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日本人はフィルム・ノワールを誤解している!?
――今回のテーマは、フィルム・ノワールです。ノワールと一言でいってもアメリカ、フランスなどいろいろあると思いますが、恥ずかしながら私はつい最近までフィルム・ノワール(※直訳すると黒の映画、闇の映画など)とはフランスのギャング映画のことだけを指すと誤解していました。べつに自己弁護するわけじゃないですが、そう思っている人って意外と多いと思うのですが…。
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『サムライ』
ジャン=ピエール・メルヴィル監督が、新渡部稲造の「武士道」をモチーフにえがいた作品。一匹狼の殺し屋をアラン・ドロンが熱演。
発売:IMAGICA
¥4700(税別) |
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渡辺 そうかもね。"フィルム・ノワール"ってあくまでも映画ファンの中だけで、それほど一般的に浸透している言葉じゃないもの。そもそも"フィルム・ノワール"という言葉はいつ頃にできたのかしら?
宇田川 第二次大戦が終わって、アメリカ映画がフランスにどっと入ってきた時にできたみたいですよ。'45年8月にレイモンド・チャドラー、ダシール・ハメット、W.R.バーネットといったアメリカの犯罪小説の翻訳がガリマール社から"セリ・ノワール"、つまり"黒のシリーズ"と名づけられた叢書で出た。それにちなんで、一連のアメリカ映画を"フィルム・ノワール"と呼ぶようになった、と。"フィルム・ノワール"という言葉自体はフランス語だから、フランス映画のことだと思っている人は多いと思いますよ。アメリカで"フィルム・ノワール"という言葉が使われるようになったのは60年代かららしいですよね。
渡辺 『俺たちに明日はない』('67)の頃かな。
宇田川 それまではアメリカでもあまり知られていなかった。フランス人がある種のアメリカ映画のことをそう呼んでいたけど、日本ではちょっと誤解されていて、『いぬ』('63)や『サムライ』('67)といったジャン=ピエール・メルヴィルの映画がフィルム・ノワールの典型だと思っている人が多い。
――誤解していたのは私だけじゃなかった(笑)。
宇田川 日本で"フィルム・ノワール"という言葉の正しい定義と歴史的経緯を最初にしるしたのは、山田宏一さん(『なんでも映画誌』を連載中)でしょう。フィルム・ノワールってヌーヴェル・ヴァーグとも関係が深いから。それが70年代ぐらいかな。それも一部の映画マニアだけで、一般にまでは広まらなかった。
渡辺 『俺たちに明日はない』で製作と主演を務めたウォーレン・ビーティがジャン=リュック・ゴダール監督に撮ってほしいと頼んだけど、断られて、結局アメリカにもって帰ったという有名な話があるんだけど、その頃からアメリカとフランスの映画人って重なっているのよね。
宇田川 アメリカ人はフランスのヌーヴェル・ヴァーグにあこがれて、そのまえにフランス人はアメリカのフィルム・ノワールにあこがれて(笑)。だって、ジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』('59)や『気狂いピエロ』('65)、フランソワ・トリュフォー監督の『ピアニストを撃て』('60)、『黒衣の花嫁』('68)など、ヌーヴェル・ヴァーグの初期の作品は題材がノワールですよね。
――フランスではそうやってジャンル立てて注目されていたわけですが、フィルム・ノワールという概念がまだなかった当時のアメリカではどういうふうに評価されていたんですか?
宇田川 ジョン・ヒューストン監督の『マルタの鷹』('41)のようにいいものはいいし、それ以外のB級的な作品は評価されないという、ふつうのジャンルのあり方ですよ。探偵映画、犯罪映画としてくくられていたはずです。
渡辺 今でもアメリカにはフィルム・ノワールというジャンルはないかもね。
宇田川 いわゆる評論用語ですよね。
渡辺 気障に売り込んだりするときには便利な言葉よね(笑)。
監督自身も知らなかった日本独自の"香港ノワール"
宇田川 日本では『男たちの挽歌』('86)を宣伝するときに"香港ノワール"って言葉をつくっちゃいましたよね。ツイ・ハークに会ったときに、『男たちの挽歌』は日本では"香港ノワール"と呼ばれているって伝えたら、「あれは全然フィルム・ノワールじゃないじゃない」と首をひねってました。その後、日本語だった"香港ノワール"が、英語で書かれた本にも出てくるようになった。でも、日本で使っている意味とはかなり違っていて、もとのフィルム・ノワールの意味にとっていた。例えば、『チョウ・ユンファの地下情』('86)なんかが、撃ち合いもないし、ギャングものでもなんでもないのに、"香港ノワール"にはいっている…。言葉が一人歩きしていて、おもしろいなって思った。
渡辺 ツイ・ハーク自身は『男たちの挽歌』のような映画を、どうジャンル分けしているの?
宇田川 あれは英語でいえば、ギャングスター・ムービーでしょ。香港ではあの映画から"英雄片"というジャンルができたんです。英雄っていう言葉は、もともとは『HERO』('02)でジェット・リーが演じたような役でしょうけど、香港では『男たちの挽歌』以降、ギャングのなかの英雄という意味になってますよね。 |
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