人を死亡させた罪の公訴時効を見直す改正刑事訴訟法施行で、刑事裁判への被害者参加制度などに続く被害者側を重視する施策が出そろった形だ。「司法に置き去りにされた」と訴えてきた被害者らの思いと支持する世論が、一連の法整備を後押しした。一方、今回の改正は人を死亡させた罪に限られ、他の犯罪とのバランスの観点から批判もある。その他の被害者支援施策も実効性を高める必要があり今後の課題となる。【石川淳一】
00年1月に「全国犯罪被害者の会」(あすの会、代表幹事・岡村勲弁護士)が設立され、被害の当事者が声を上げ始めてから10年。当時は刑事裁判での被害者の意見陳述などがやっとだったが、被害者重視の施策が相次いで法制化された。
99年の東名高速飲酒運転追突事故を契機に、01年に危険運転致死傷罪が創設。04年には、厳罰化を柱とした刑法改正と、殺人の公訴時効を15年から25年に延長するなど刑事訴訟法も改正された。
08年には刑事裁判への被害者参加制度、少年審判の被害者傍聴制度が施行され、司法への直接参加が可能となった。犯罪被害者給付金制度も額が自動車損害賠償責任(自賠責)並みに引き上げられた。「被害者施策はほぼ整った」(政府関係者)との声が出始めた中、叫びを上げたのが、未解決事件の遺族だ。
時効廃止は05年に策定された犯罪被害者等基本計画にも盛り込まれておらず、当初は法務省も否定的だった。だが、未解決事件の遺族らが「殺人事件被害者遺族の会」(宙(そら)の会)を結成。世論調査などでも時効廃止を求める意見が高まり改正が現実味を帯びた。
被害者の声を受け施策が前進する流れについて、常磐大大学院の諸沢英道教授(被害者学)は「刑事司法は公共の利益だけでなく、被害者の利益のためでもあるとようやく理解された」と評価する。
被害者施策は、今回の改正刑事訴訟法施行で出そろったと言えるが課題も残る。一つは、犯罪被害者給付金制度など内容の充実だ。制度については、被害者団体から額の引き上げなどの要望が出ている。内閣府は犯罪被害者等基本計画の見直しの中で、経済的支援拡充や、被害者へのカウンセリングといった精神的被害回復策などの導入を検討中だ。
また、改正刑事訴訟法が人を死亡させた罪に対象を絞ったことで、救済対象からこぼれた犯罪も多い。殺人未遂や強姦(ごうかん)などの性犯罪は従来のままで、岡村弁護士は「性犯罪や重篤な傷害事件も廃止すべきだ」と主張する。千葉景子法相は4月27日の改正刑事訴訟法成立後の会見で「心痛いのは性犯罪」と述べ、課題の積み残しを認めている。
また、今回の法改正は、反対は「国民的議論が尽くされていない」と主張した共産党だけで、スピード成立が実現したが、審議では主に民主党側から、冤罪(えんざい)を防ぐために取り調べの可視化を求める声が相次いだ。捜査の長期化で証拠が散逸したり、関係者の記憶も薄れる中、自白の強要が起こる可能性を指摘。法務省はこの観点からも可視化導入について検討している。
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■被害者支援施策重視の流れ■
81年 1月 犯罪被害者等給付金支給法が施行
00年 1月 全国犯罪被害者の会(あすの会)設立
5月 犯罪被害者保護法などが成立。刑事裁判での被害者の意見陳述制度など導入
01年11月 危険運転致死傷罪を創設する改正刑法が成立
04年12月 有期刑の重罰化を盛り込んだ改正刑法と、公訴時効期間を延長する改正刑事訴訟法が成立
05年 4月 犯罪被害者等基本法が施行
07年 6月 被害者参加制度などの改正刑事訴訟法が成立
08年 6月 被害者の少年審判傍聴を認める改正少年法が成立
10年 4月 公訴時効を廃止・延長する改正刑事訴訟法が成立
毎日新聞 2010年5月7日 東京朝刊