【コラム】「デジタル遺産」の処分を考える(下)

 とはいえ、ユーザーがそれこそ住民登録番号までを入力し、多くの時間と金、さらには情熱を投じてサイバースペースに構築した資産は、ひとたびユーザーがこの世からいなくなってしまうと、そのまま放置される。遺族が故人のメールボックスなどにアクセスすることはできない。釈然としない死を遂げた家族の電子メールでも、裁判所の令状なしに見ることはできない。電子メールなどには、第三者の私的な情報も含まれているため、通信秘密保護法はこうした情報の公開を禁じている。周囲の人が知らないところに残された資産について遺族が知るはずもなければ、ウェブサイト側がユーザーの死について知るすべもない。関連法規がないため、大手ポータルサイトはそれぞれ内規を定め、遺族が証拠書類を持参した場合に限り、公開された故人のメールボックスの削除や金融資産などに対する継承を許可している。

 誰も、デジタル世界に残る自分の足跡が、死後に公開されることを望んではいないだろう。しかし今は誰もが、少なくとも自分が残すデジタル資産の処分について、考えなければならない時代になっている。また、ポータルサイトをはじめとする各ウェブサイトが遺族に「公開」「継承」できるデジタル資産についても、統一された法規の整備が求められる。オンライン上でのわたしたちの活動は、現実とサイバー空間をますます区別しづらいものにしているため、なおのことそうだ。

李哲民(イ・チョルミン)デジタルニュース部長

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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