経済界 ワシントン発ポトマック河畔に吹く風

CSIS創立40周年記念式典:アメリカ外交政策コミュニティーの歴史と現在

2002108日号掲載)

                                     CSIS戦略国際問題研究所日本部主任研究員 渡部恒雄

 

さる910日に、わがCSISは創立40周年記念会議を行った。テロ一周年の前日に行われ、かつCSISのアメリカの政策への影響力の深さもあり、この会議はワシントンの外交政策コミュニティーの歴史と現在を映し出す一大イベントとなった。

昼間の会議の目玉は、CSIS理事で諮問委員会議長のブレジンスキー元安保担当大統領補佐官(カーター政権)の司会による「グランド・チェスボード・地政学とアメリカ外交との対話」である。これは彼の著書の「グランド・チェスボード」(日本題「ブレジンスキーの世界はこう動く」日経新聞社刊)に沿って、ユーラシア大陸の地政学をCSISの6人の専門家(ヨーロッパ、ロシア、中東、中国、南アジア)が議論した。

ここでの幅広い議論を紹介するには限りがあるが、私が受けた印象は、史上例を見ない圧倒的な軍事力の優位を誇る現在のアメリカにとってすら、今後の世界の地政学の挑戦は困難なものであるという冷厳な現実だ。

例えば、イラク攻撃の可能性も含めて、アメリカはヨーロッパの同盟国の協力なしに長期的な外交政策の遂行は難しいが、アメリカとヨーロッパの問題意識は乖離している。ロシアの動きも独立したもので、この時期にイラクに対して大規模な経済協力を約束するほどだ。中東の難しさは、これまで最重要の同盟国であったサウジアラビアが、大量の若年層の失業を抱えて、極めて不安定な政治状況にあることに象徴される。パレスチナ問題も含めて、これまでのアメリカの取り組みは決して一貫性のあるものではなかった。そして中国の不透明な将来は、あくまでも対外関係よりは、その巨大な人口と経済、および共産党体制の行方というの国内の問題に左右されるという現実である。

ブレジンスキーはこのような地政学の挑戦は、テロからの挑戦よりも大きなものだと考えている。彼は、テロリズムというのは地政学的な難しさが生み出した危険な症状であっても、根本の問題は地政学に帰せられると考えているようだ。

地政学の専門家達の間で共有されている問題意識の一つが、アメリカが今回、大量破壊兵器の開発阻止を理由に、イラクに先制攻撃をした場合、睨みあうインド・パキスタン、パレスチナに対するイスラエル、台湾に対する中国、チェチェンに対するロシアに対して、今後どのような理由で自制を説得できるのか、という点だ。

この議論の後にスピーチをしたアーミテージ国務副長官も、これまで国際テロに対していかに世界各国が協力して取り組んできているかを強調するスピーチを行った。これは、当日彼を紹介したCSIS評議員のスコークロフト元安保担当大統領補佐官(フォードおよびブッシュ政権)の「対テロ国際協力維持のためにイラク攻撃は控えよ」というメッセージに呼応する。

もちろん、イラク攻撃に対する積極派も参加している。晩餐会の主賓は1981年にCSISの大戦略グループの議長を務めて以来、CSIS と強い繋がりを持つチェイニー副大統領だったが、テロ記念日の一日前という事情もあり、ビデオでのスピーチの参加ということになった。会場には、イラク主戦派の代表、ウォルフォビッツ国防副長官も参加していた。

ただし晩餐会は、現在の議論というよりも、CSIS創設当時の思い出話しが語られるリラックスしたものであった。舞台の最後の主役は、CSIS共同創設者のアブシャイアー元NATO大使、長らくCSISの理事長を務め共和党の母とも称せられているアームストロング元駐英大使、そしてCSIS理事で評議員のキッシンジャー元国務長官で、彼らは全員ニクソン政権に参加していたが、当時の思い出話に花が咲いた。

CSISは、1962年9月、キューバミサイル危機の政府の対応に危惧を抱いたアブシャイアーが、ジョージタウン大学内に民間の戦略研究所として創設した。その最初の会議に参加したのが、当時ハーバード大学教授のキッシンジャー氏で、彼は現在もCSISの国際評議会を主宰している。アブシャイアーは、「その最初の謝礼金は相当高かった」と述懐するが、キッシンジャーは「よく覚えていないが心配ない。それ以来、私の講演料は下落の一途をたどっている」答えて、会場を沸かせた。私は、これほどリラックスしたキッシンジャーのスピーチはこれまでに聞いたことがない。

CSISが日本に関心を持ち、密接な関係を維持してきた理由の一つにアブシャイアーと共同でCSISを創立したのが、故アーレー・バーク提督であったことがある。バーク提督は、戦後、日本に来てから、日米開戦時の駐米大使を務めた野村吉三郎海軍大将の親友となり、海上自衛隊の創設にも力を尽くした人である。当日は、やはりアブシャイアーとの深い友情で結ばれ、昨年CSIS内にアブシャイアー・稲盛・リーダーシップアカデミーを創設した稲盛和夫京セラ名誉会長が、サム・ナンCSIS理事長(元上院軍事委員長)から感謝の言葉とともに紹介された。

 

 

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