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電子書籍:「元年」出版界に危機感 「紙の本」はなくなるのか

 出版界にデジタル化の波が押し寄せている。電子端末が人気を呼び、今年は「電子書籍元年」とか。危機感を持った出版界は、行政も巻き込んで活字コンテンツの電子化に向けた真剣な議論を続けている。紙の本はなくなるのか。日本人の読書スタイルは変わるのか。【内藤陽】

 「今後、電子書籍市場が日本の出版界にもたらす大きな影響は、決して無視できるものではない」。東京都内で3月に開かれた「日本電子書籍出版社協会(電書協)」の設立総会の記者会見。代表理事の野間省伸・講談社副社長はそう話した。電書協には講談社や新潮社など大手出版社31社が参加、来るべき「電子書籍時代」の対応に乗り出す。

 総務、文部科学、経済産業の3省も同月、作家や出版社、通信事業者らを集め「出版物の利活用の推進に関する懇談会」を開催。「日本型出版ビジネスモデル」などを検討して、6月中に電子書籍データの規格のあり方などを取りまとめる。

 官民が躍起になって取り組む形となったのは、米ネット検索大手のグーグル社による一方的な書籍デジタル化問題がきっかけになったとされるが、米ネット通販大手アマゾン・ドット・コムの読書専用端末「キンドル」などの売れ行きが好調で、日本の出版界への波及は避けられないという危機感が背景にある。

 07年11月に米国で発売されたキンドルは英語の本のみだが、日本を含めた世界100カ国以上でも販売を開始。米国内だけでも販売台数300万台以上のヒット商品となった。また、米コンピューターメーカー、アップルの多機能携帯端末iPad(アイパッド)も絶好調。米国では発売1週間で販売台数50万台を突破、日本での発売は生産が追いつかず売り始めが1カ月延期された。そのことが「品薄感」を生み、さらに人気に拍車をかけている。

 メディア調査会社、インプレスR&Dによると、電子書籍の市場規模は年々拡大。09年度予想だと、前年比1割以上増えて520億円という。特に市場をけん引しているのは携帯電話で読めるコミック分野で、全体の7~8割を占める。

 出版業界には、楽曲のネット配信がCDの売り上げを減少させた音楽産業のデジタル化を「失敗例」とする見方が強い。細島三喜・電書協事務局長は「時代が欲しがっている媒体を利益に結びつけるためにどういう方法がいいか模索している。電子書籍への対応は、『紙とデジタルの両立』や『著作権処理の方法』など、もはや個別の出版社ではなく、業界全体で取り組まなければならない問題だ」と話している。

 ◇キンドルDX、便利で軽量 「紛失したら…」不安も

 1月に日本でも発売された「キンドルDX」をアマゾンジャパン(東京都渋谷区)で触ってみた。

    ■   ■

 スイッチを入れて作動状態になるまでほんの数秒。普段、パソコンの立ち上がりの遅さにイライラしている身にはうれしい。モノクロ画面は目にはよさそうだが、やや地味な印象。縦26・4センチ、横18・2センチ、厚さ0・96センチで、重さ535・8グラム。「軽いなぁ」。思わずそうもらしていた。これに約3500冊分の保存が可能という。

 メニュー画面で「書籍」を選ぶと、ノンフィクション、ミステリーなど23分野に分かれていた。下部の小さなキーボードで「murakami」と打ち込み検索してみる。すぐ村上春樹さんの著書一覧が出た。残念ながら最新作「1Q84」3部作はない。「海辺のカフカ」を選択すると、第1章が無料提供されており「立ち読み」できるという。本のあらすじや読んだ人の感想欄もある。ダウンロードの料金は11・99ドル(約1120円)。通信費は無料だ。

 本の「海辺のカフカ」を手に入れようとすれば、駅前の小規模書店にはないだろう。ネットの通販なら可能だが、入手までに数日はかかる。いまは英語版のみだが、日本語版が出れば、うたい文句の「60秒以内」入手は間違いなく魅力になる。さらに、「読み上げ機能」が付き、文字の大きさも6種類から選べた。つまり、高齢者や障害を持った人にも優しい。内蔵された辞書も便利だし、端末を横に倒せば文章も自動的に横になった。一度手にしたら、放せなくなるだろう。

 現在、購入できるのは39万75冊の英語の書籍で、今後も増え続けるという。試しに「新聞」も探してみた。日本の「毎日デイリーニューズ」など2紙をはじめ世界17カ国の計110紙が選べた。

 古本屋に売る手間は省けるし、自宅の部屋から本が一掃され広くなるかもしれない。しかし、万が一端末を紛失してデータがなくなった時のことを考えるとぞっとする。私の読んだ本は私の人生そのものだ。紙の本ならそんなことを考えずに済む。やはりモノがないと安心できないのは、昭和生まれだからなのだろう。

毎日新聞 2010年5月3日 東京朝刊

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