この件については、機会があればリンクも含め書き足していきたいと思います。
「親学」問題とは?
産経新聞が先月あたりから「親学」と称する、子育てについての論評を掲載しています。
この内容が、端的にいって「テレビやDVDを見せ、昔ながらの遊びをやらなくなった最近の子育てが発達障害を生み出している。昔ながらの子育てをすれば発達障害は予防できるし、治すこともできる」というもので、発達障害に対する誤解と偏見と差別に満ち溢れたとんでもない内容であるために、これが全国紙に掲載されている(ネットでも配信されている)という事実も含め、厳しい批判を浴びているわけです。
これまでにネット上で掲載された「親学」の記事と、それに対するネット上での反応はこちら。
<産経新聞が掲載した記事>
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100314/edc1003141845005-n1.htm
【親学Q&A】(5)発達障害の予防
→ この記事へのはてなブックマーク
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100419/edc1004190041000-n1.htm
【解答乱麻】明星大教授・高橋史朗 豊かな言葉がけ見直そう
→ この記事へのはてなブックマーク
<上記記事への関連エントリ>
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20100328/1269747604
親が苦でなく親楽でもイイと思う−とらねこ日誌
http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/20100422/p1
産経新聞が発達障害についての風説を広め、偏見を助長しようとしている件について−俺の邪悪なメモ
→ このエントリへのtweetbuzz
http://d.hatena.ne.jp/lessor/20100423/1272049073
[障害者支援]「治るのか」という問いを問う - lessorの日記
http://d.hatena.ne.jp/STARSIA/20100422
言葉かけだけで発達障害が治るもんか−手に汗をかきながら
http://www.nadita.com/asbbs/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=33606;id=
[#33606] 「発達障害は治る」という産経新聞のインチキ記事 - アスペルガーの館の掲示板
この「親学」にまつわる中心人物は、上記の高橋史朗氏(新しい教科書をつくる会元役員だそうです)以外に、メタモル出版から出版されている「発達障害を予防する子どもの育て方」という本の共著者である、金子保・片岡直樹・澤口俊之の三氏であるようです。
ちなみに、この「発達障害を予防する子どもの育て方」という本、書店に結構並んでいます。
発達障害のお子さんへのかかわり方などについての真面目なタイトルの本の並びに「予防する」という文字があるインパクトは非常に強く、かなり目立ちます。
で、私も手にとって中を開いてみたのですが、まえがきの冒頭にいきなり、「私たちは発達障害を『治す』研究をしている研究者です。」みたいなことが書いてあって、書店で思わず失笑しました。
その「治す」の中身が、「テレビ・DVDを見せない」みたいな七田式っぽいオカルト療育法だったり、何十年前の教えだよと突っ込みを入れたくなるような「言葉かけを増やす」だったり、単に個人の子育て思想を押し付けているだけだろうという「昔ながらの子育てをする」だったりするわけで、これが「治す研究をしている研究者たち」の実態なわけです。
ちなみに、片岡直樹氏が主張している「テレビが自閉症の原因」というのは、大昔に岩佐京子氏が主張して、さまざまな問題を呼び起こした「新しくて古いトンデモ理論」の典型で、上記でも書いたとおり七田式にも引きつがれています。
<関連エントリ>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E9%96%89%E7%97%87#.E5.8E.9F.E5.9B.A0_2
自閉症−日本での社会的影響−原因 - Wikipedia
http://d.hatena.ne.jp/bem21st/20081121/p1
古くて新しい自閉症テレビ原因説 - ベムのメモ帳
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/124700004.html
テレビを消したら赤ちゃんがしゃべった!笑った!(立ち読みレビュー)
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/121107350.html#comment
「七田式超右脳教育法で自閉症の子が良くなる!」をあえて読み解く(2)
※コメント欄に、ベムさんのエントリで触れられている「浅野幸恵」さんが登場しています。
これだけだと単なる「古い説の復古版」なのですが、「親学」は脳科学と称するものを主張の根拠にしており、その点において似非科学でもある、という特徴を有しています。
(ちなみに、上記著書における「脳科学と称するもの」を担当しているのは、澤口俊之・「元」北海道大学教授ですが、なぜ「元」かといえば、セクハラ騒動で退職に追い込まれたためであるようです。)
全体的に、この「親学」というのは、少なくとも発達障害ないし自閉症については、はるか30年以上前に息絶えたはずの古い誤った主張が、「脳科学」という現代的フレーバーで古さをカモフラージュしつつ、ある種の政治思想を伴って復古してきたものであり、思想的にはむしろ障害・障害者への差別・排除意識がある、ととらえるべきものであろうと思われますね。
憂慮すべき動向だと思いますし、今後とも注意して見守っていきたいと思います。
コメントありがとうございます。
まあ、「子育て神話」みたいなのを信じていなければ、子育てをちょっと昔風にしただけで発達障害になる/ならないなんていう劇的な差が生まれるという発想にはならないでしょうね。
この「親学」ですが、エントリでも書きましたが、以下のような「ストーリー」になっているのかな、という印象を持っています。
・まず「発達障害は予防できる、治せる!」というセンセーショナルなメッセージで注目を集める。
・次に、「脳科学」のような新しそうなキーワードを使って、本当は古くさい理論を正当化する。
・実は本当に主張したいのは社会や教育に対する復古主義的な政治思想であって、「障害」は単にその思想を主張するためのネタとして利用されているに過ぎない。
親学における「脳科学」ですが、ここには、あの「ゲーム脳」の森昭雄氏も名を連ねています。
親学会の出版している書籍『続・親学のすすめ』という本では、森昭雄氏が執筆するなどをしていますし、また、森昭雄氏も『脳力低下社会』という書籍の中で、「親学をやれ」というようなことを主張しています。
高橋史朗氏、片岡直樹氏らは、森昭雄氏が理事長であった(現在は常任理事)日本健康行動科学会という学会で講演を行うなどしているなど、この辺りの繋がりがかなり強い、ということは言えると思います。
自閉症に関していえば、冷蔵庫マザーという誤解を解くのにどれだけ年月と先人たちの努力が必要だったかを思うと、親学のような暴論が流行れば福祉や特別支援教育の後退につながりかねないと危惧します。
無責任な回顧主義は勘弁してほしいです。
コメントありがとうございます。
親学における、というか、そもそも発達障害に「脳科学」をもちだしている議論で、真に検討に値するものはほとんどないという印象を持っています。
結局、自説を力動的に語るよりも、脳の作用で語るほうが科学的に見えて「現代風」ということなのでしょう。
でも、その「脳」で語る部分をトンデモであると看破して主張の真の姿を見るなら、単に「昔の子育てに戻したいなあ」「現代の子育ては嫌いだ」という復古主義、懐古趣味に過ぎないわけです。
「治る」という主張も、「脳」を持ち出してくるのと同様、元のままでは古臭くて誰も相手にしてくれないような復古主義的政治思想に注目してもらうための「撒き餌」のようなものなんだろうと思います。
@遺伝子、遺伝的特性などの身体性
A育ってきた環境などの経歴性
B現在暮らしている場、働いている職場などの環境
Cその環境を制御している規則や法律などの社会的制度
Dその法律などを作り出している考え、価値観などの思想面
こういう五層、五階建てのハイブリッドな捉え方をしています。
今回の産経新聞の親学の問題はDの問題だと思います。
そして、親学自体の思想性、価値観、科学性の問題とそれを広めている流布している産経新聞の編集方針の二つに分けてみるべきだと思います。
「産経新聞社全体を覆うレイシズムや排外主義に関する一種の底が抜けたような無感覚さ」(梶谷懐、かじたに・かい氏)が
http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20100426/p1
高橋史朗氏の親学の、ASD=人間性の欠けたもの、つまり人間のカタチをした獣という価値観に呼応し、許容していると思います。この価値観の行き着く果ては、新たな「夜と霧」ではないかと思います。
高橋史朗氏の親学は脳科学やらで味付けしてありますが、煎じ詰めると>昔から日本人が当たり前に行ってきた伝統的な子育てや「普通の環境」を取り戻すこと<だと思います。それが、産経新聞の保守主義に合うのだと思います。
価値観の部分は、高橋史朗氏の個人レベルなら人それぞれです。発達障害に限らず、障害を持った子が十分なケアを受けているのか心配するよりも、予算、金を気にするような”人間性豊かな”高橋氏や金子氏から、そのような”人間性”にASDは乏しいと評価されのは、むしろASDの私には誇りです。
しかし産経新聞の姿勢は批判されるべきです。個人がどのような考え、価値観をもつのも自由ですが、新聞や出版、放送などメディアに携わるものは、その編集方針によって特定の価値観、考えを選択して広め流布させるのですから、批判の対象になる。(この事をお分かりにならない方がいますが。)
高橋氏はその親学=伝統的子育てを、全ての保護者・親に普及したいと考えています。そのため山車に発達障害を使っていると思います。
だから、扱い方が杜撰。
この4月の記事の中でも
>発達障害は2歳までに発見して対応すれば治り、3歳までなら5分5分、4歳以上では困難になる<とする「金子式治療指導法」
>玉川大学脳科学研究所の塚田稔教授によれば、自閉症は「治らない」とされてきたが早期発見による週30〜40時間の集中治療で約半数が治る<という「塚田式集中治療(仮)」を同列に扱っている。全部と半分では全く違う。
親学・伝統的子育てを有効なASD療育法として位置づけるのなら、ASDの親は耳を傾けるでしょうが、非ASD、定型発達の子の圧倒的多数の親にとっては無価値です。そこで圧倒的多数の親に関心を持たせるためのバイアスがかかったASD解釈をしていると思います。その解釈は、ASD当事者や親御さん等への差別を生み、支援の取り組みを阻害する内容です。
その高橋流ASD解釈が産経新聞社の編集方針と合致するため、産経新聞社によって流布され、D法律などを作り出している考え、価値観などの思想面に影響を与え、差別や支援の遅れを招く恐れがあると思います。
その高橋流ASD解釈の問題点=「予防」や「治る」=は、改めて、コメントします。
先日の世界自閉症啓発デーでは「自閉症の報道について」というテーマでシンポジウムが行われました。
NHKと朝日新聞、明石洋子さんがパネリストとして参加されていましたが、他のシンポジウムはどこかでも聞いたことがあるような内容だったのに対して、このシンポジウムは報道、番組、ドキュメンタリー制作に対していかに現場が悩み、苦悩しているのか生の声が聞かれてとても新鮮な気持ちで聴くことができました。
シンポジウムの様子が動画でアップされています。 音声が一部聞き取りづらい箇所もありますが、参考までにリンクを張っておきます。
http://www.worldautismawarenessday.jp/htdocs/index.php?action=pages_view_main&page_id=595&nc_session=e27b43125bc216fb7b6b4347cdce0556
明石さんの報道に対しての要望は、事件報道、トンデモ療法に対しては特に慎重にしてもらいたいとのことで、今回の産経の「親学」については明石さんの言葉の重みを考慮していただきたいものです。
といっても明石さんの書籍、講演については少し疑問を感じるところもあるのですが…
フロアからの質問は受け付けなかったので、一応、アンケートには、いっそのこと、「混迷する自閉症」というテーマでドキュメンタリー番組を制作してみてはいかがでしょう。と記入しておきました。
また、シンポ2では鈴木啓太さんの話が新鮮でした。