「未来は私たちの手の中に」 かけはし2010.5.3号 |
基地のたらい回しはもうやめろ 県民の意思は絶対に揺るがない |
イエローカラー
に思いをこめて
【沖縄発】四月二十五日、沖縄県で 「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」が開かれた。読谷の会場には県内各地から市町村単位、自民党を含めた政党支持者単位で参加者を乗せたバス、自家用車などが集会場を目指した。また、黄色いシャツ、リボンなどを身につけた人が徒歩で、自転車で集まっている。
午後一時からは金城繁さんの三線、うるま市の子供たちの舞踊などがそれぞれに基地はもういらないという決意を表現し、大会の雰囲気を盛り上げていく。午後二時からは文化センター中庭で二〇〇九年十一月に起こった村民ひき逃げ事件の報告集会が開かれ、地位協定を変えるぞとシュプレヒコールをあげた。米兵は無罪を主張し、保釈金によって釈放されている。浦添市職労のメンバーはブルーシートを使った幕をグランドの一角に敷くなどさまざまな創意工夫が発揮されている。
知事を動かした
直接民主主義
集会は読谷高校の河口明里さんの司会で始まった。抑えた調子でいながら参加者の熱気をしっかり伝えている。
開会挨拶として、翁長雄志・那覇市長が登壇した。「十三年間の経緯を無視して一九九六年にタイムスリップしたようだ」「鳩山首相を信じたい」という発言もあったが、「日本の品格」、「仲井真知事も参加し、オール沖縄が実現した」などの表現を忘れないこの人の発言は、この日の県民大会の限界を象徴しているのかもしれない。
高嶺善進・沖縄県議会議長の後に発言した仲井真知事は「普天間基地の危険性早期除去、沖縄の過重な基地負担軽減」の二点を訴えたが、普天間については鳩山政権への注文という主張に終始し、基地負担については「戦争の痕跡はほとんどなくなったが、基地は座っている」「日米同盟を拒否しない立場だが」と断りを入れて、「全国の皆さん、一人ひとりの安全保障が沖縄につながっている。負担軽減に手を差し伸べて」と発言した。
仲井真知事は二十三日になってようやく大会への出席を決めたが、辺野古沖案を推進したのになぜ大会に出席しなければならないのかという戸惑いは、発言にもあらわれていた。発言の内容の矛盾、辺野古案をあきらめていないことなどもあるが、これまで県民大会に出席しなかった首長を直接民主主義の場へ引きずり出した沖縄の民衆の圧力は、大会のひとつの成果といえる。
宜野湾・名護
うるま市から
また住民代表の発言が始まり、伊波洋一・宜野湾市長は持論であるグアムへの海兵隊撤兵シナリオが決まっているということを具体的に説明し、改めて政府の確認を迫った。また、「今は普天間だけに反対といっているが、無理だというのなら沖縄の基地全部撤去を言わなければならない、米国に妥協はしない」と宣言すると、ひときわ高い拍手が鳴り響いた。
前日まで街頭で大会への参加を呼びかけたという稲嶺進・名護市長も官房長官の「しんしゃく」発言、この日の辺野古回帰案報道など「県民を愚弄するもので許さない」「私の当選で自公政権がアメとムチの手法で進めてきた辺野古V字案を断念に追い込んで今日の流れを作った」とし、約束したことを貫くと訴えた。四月二十五日付の新聞は岡田外相が辺野古沖案再提示と鳩山首相の「自然を冒涜するから辺野古はできない」と否定するコメントを詳記している。
取りざたされた勝連半島埋め立て案に反対するためうるま市方面の住民も「与勝沖案反対」などの旗さしものを集めて、会場に押し寄せた。その代表として島袋俊夫・うるま市長、勝連漁協の赤嶺博之さんが発言した。赤嶺さんは勝連半島案推進の論拠となった死滅したさんご礁、反対しない漁協という宣伝は間違っており、千二十ヘクタールの人工島と航路しゅんせつでは生活できない、子供たちのためにも日本一の生産量を誇るモズクをうみだす美しい海を破壊させない、と強調した。
大会に出席した国会議員は県内選出が八人、その他は十一人だった。県議会議員、県内市町村長、市町村議会議長も壇上で紹介された。また連帯メッセージは徳之島の三人、グアムからチャモロネーションなどが紹介された。
そして普天間高校の岡本かなさん、志喜屋成美さんも、米軍機が常に視界に入る学校生活と、基地のフェンスの外側にいるのかわからなくなるなど思考停止状態におちいっていたことを切々と語り、「私たちが考えれば何かが変わる」「基地は沖縄に必要ないと思うのです」と提案して、「未来は私たちの手の中に」と締めくくった。
沖縄差別はもう
いい加減にしろ
大会決議が大城節子さんによって読み上げられガンバロー三唱で集会は終了したが、四月二十六日から代表団百人が国会前などで座り込み、請願、院内集会などの取り組みをおこなう。
自民党の動員、沖縄の自由を守る会の情宣への登場など鳩山政権攻撃をばねにした結集から、伝統的な反基地運動勢力の盛り返しなど、会場を見渡すだけでも混沌とした活力が感じられたが、この大会で統一した沖縄の人々の政治的意思があるとすれば、いい加減に沖縄ばかり差別して米軍基地をたらいまわしにするなという当然の主張がこの日の九万人(渋滞による不参加を一万人と試算)の集まりに結実したに違いない。沖縄の人々は依然懐疑的ながら、日本政府とそれを支えるヤマトの民衆をよく注視し、若干の希望を捨てていない。東京、京都、九州など多くのヤマトでの取り組みはいちいち報じられている。軍基地の完全撤去、日米安保体制解消と、沖縄差別の根源でもある天皇制への切込みを強く意識しなければならない。(海田昇)
|