家畜伝染病の口蹄疫(こうていえき)問題で、えびの市の農家からも28日、感染疑いの牛が確認された。1例目(都農町)の農家から約70キロ離れており、県内の畜産農家に不安が広がった。都農、川南両町で封じ込めるはずが、思わぬ場所に飛び火する形となり、県は防疫対策の強化を指示するとともに、総額約33億円の緊急対策費を10年度の一般会計補正予算に計上することなどを発表した。【口蹄疫取材班】
「まさか(1例目の都農町から)70キロも離れたえびので」--。畜産のまち・えびの市に28日、衝撃が走った。「消毒をさらに徹底し、市内から2例目を出さないよう封じ込めなければ」「移動制限で出荷ができず、収入がなくなる」--。行政や畜産農家は対応に追われ、不安が広がった。
市は県の発表に先立つ午前7時半から三役会議、課長会議を続けて招集。最悪の事態を想定して職員の配置などを確認した。市民に対しても正式発表後、防災無線やホームページで畜舎周辺の消毒徹底を呼びかけた。村岡隆明市長は「都農、川南町から離れているし、県の封じ込めも奏功していると思った」。
現場の農家周辺には、和牛繁殖農家9戸がある。最も近い農家で約100メートル。地元住民らは一般の車が畜舎周辺に近づかないよう、進入道路2カ所で立ち入りを規制した。
えびの市は、和牛と乳用牛2万6600頭、豚6万4400頭(09年2月現在)を飼養する畜産のまち。「これまで約700戸の牛、豚農家には消毒薬を配布している。一段の消毒徹底を呼びかけるしかない」と吉留伸也・畜産農林課長。
約3000頭を飼養する養豚農家(53)は、かねて自主防疫を徹底している。「売り上げがなくなる一方、餌代はかかる。豚舎も詰まってくる。早く終息してほしい」と訴えた。
県は28日、総額32億9900万円の緊急対策事業の概要を発表した。まん延を防ぐための消毒などの防疫対策や飼料用の県産稲ワラの増産、農家への金融支援が主な柱で、前回発生が確認された00年の対策事業費約16億円の倍の規模となった。
10年度一般会計補正予算で計上し、東国原英夫知事の権限で専決措置した。経営維持のための国の融資枠拡大を含む事業費総額は約257億円。しかし、市場の閉鎖による出荷停滞などで、今後の追加予算措置は必至だ。
緊急防疫(6億円)では各市町村を事業主体に、消毒剤購入などの初動、まん延防止対策を進める。稲ワラ確保(8400万円)では、中国や韓国で口蹄疫が多発している現状を踏まえ、輸入から国産飼料用稲ワラへの転換を図り、県産稲ワラ約2500トンを増産する。
家畜疾病経営維持資金融通事業では100億円の融資枠を新設。家畜を殺処分した農家が経営を再開する際や、搬出制限により経営が困難になった農家が金融機関から融資を受けるに当たり、基準金利年2・95%相当の全額を国と県、市町村で補い、無利子とする。
緊急対策貸付では、融資枠50億円分を新設し、牛や豚肉を扱う食品製造業や売り上げが激減した観光業者などに県が融資を実施する。知事は「防疫の徹底と農家や中小企業の生産・経営安定のための緊急措置」とのコメントを出した。
県観光推進課によると、修学旅行のキャンセルは28日までに2件あった。5月19~20日に宮崎市を訪れる予定だった鹿児島県大崎町の小学校(5、6年生13人)と、5月26~27日に宮崎市を訪れる予定だった鹿児島県鹿屋市の小学校(6年生12人)。いずれも目的地を熊本県に変更した。両校とも畜産が盛んな地域にあり、「口蹄疫の影響を考慮した」としている。
自民党の谷垣禎一総裁や同党の国会議員らが28日、川南町(JA尾鈴)に視察入り。繁殖、肥育牛、養豚、酪農の各部会代表者ら30人が窮状を訴えた。
JA尾鈴養豚部会(38戸)の遠藤威宣(たけのり)部会長(56)は「えびの市でも感染疑いの牛が出た。今後どうなるのか不安で、パニック状態だ」と訴え、「農家からは『出荷できないなら、1カ月持たない』などの電話が朝から鳴りっぱなし。経済損失は計り知れない」と不安を口にした。
また、肉用繁殖牛部会(362戸)の江藤和利さん(65)は「不安で生きた心地がしない。まず精神ケアを第一に」。河野正和・都農町長も「融資だけではなく、経済損失も100%近い支援を」と要望した。消毒などで自衛隊へ協力要請を求める声も上がった。
これに対して谷垣総裁は「地域に打撃を与えていることが分かった。初動態勢に甘いところがあり、国会で厳しく議論していく」と述べた。
毎日新聞 2010年4月29日 地方版