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「一人前でありたい」
 国谷裕子が語る仕事-3
写真
荷が重いとは考えない

経験不足とコンプレックスを
仕事の量と質で埋めていく

 テレビは、自分の未熟さをさらけ出してしまう。降板という、そのことをはっきりと思い知らされた挫折を経験したのに、私はキャスターを辞めようとは思いませんでした。このままでは悔いを残すことになると考えたのです。報道の現場は厳しく、一度信頼に応えられなかったら二度とチャンスはめぐってこないと言われていますが、幸運なことに私はふたたび衛星放送の仕事をいただきました。

 1989年から93年まで、私はNHK-BS1の「ワールドニュース」「アジアナウ」「世界を読む」などの番組キャスターを担当しています。激動の時代でした。中国では天安門事件が勃発(ぼっぱつ)し、東ヨーロッパの社会主義政権が相次いで倒れ、ベルリンの壁も崩壊。その後、湾岸戦争、ソ連邦解体と続きます。私は外国人ゲストへの中継インタビューをはじめ、刻々と入ってくるニュースを見ながら専門家を招いて長時間討論するなど、今までに経験したことのない量と質の仕事に夢中で取り組んでいきました。

 世界史が塗り替わるような時代の真っただ中で、ニュースを伝える。毎日の睡眠時間が3、4時間というような激務でしたが、逃げてしまいたいと思ったことはなかったし、疲れ果てていても仕事を休みたいとも思いませんでした。私は荷が重いと考えるよりは、むしろ経験不足を克服できる絶好のチャンスだと感じていました。今こそ鍛えられているという充実感があったのです。

 そして、その後「クローズアップ現代」のキャスターの話があった時、私は、何の迷いもなく、やらせてくださいと答えました。

番組スタッフの情熱と
同じ熱を持ちたい

 「クローズアップ現代」は、17年間変わることなく、世の中で起きている事柄の底流を伝えることを狙いとして続けられてきた番組です。毎日一つのテーマを追い、背景を探り、掘り下げ、複雑化し見えにくくなっている現代に少しでも迫ることができればとの思いで私は週4日カメラの前に立ちます。

 番組スタッフは時間をかけて取材し、VTRを制作してきますから、それを軸に検討を重ねます。私も同じ土俵で議論できるよう、時間の許す限り様々な資料を読むなどして準備をしています。記者やディレクターは情報をたくさん持ち、伝えたいという思いでいっぱいですから、試写室はその熱気でとても暑いんです(笑い)。しかし、初めてVTRを目にする私には、情報が整理されていないとか、伝えたい事実が分かりにくいと感じることもあります。番組キャスターという私の仕事はできる限り視聴者の目線に立ち、その感覚を大事にすることが重要な役割です。最も大事にしなくてはならないメッセージは何なのか。それをどう伝えることがベストなのか。番組スタッフの熱い思いを受け止め、自分が納得した内容を自分の言葉で話す努力を重ねていきます。

 テレビは何でも映し出すと、いつも感じています。それは、私が発する言葉一つ、表情一つにも言えることで、だからこそ仕事には労を惜しまずと、いつも自分に言い聞かせています。(談)

くにや・ひろこ ●キャスター。大阪府生まれ。父親の海外勤務にともない、幼稚園時代からニューヨーク(NY)、サンフランシスコ、香港と日本を行き来しながらすごす。79年、米国ブラウン大学(国際関係・国際経済専攻)卒業。帰国後、家庭用品メーカーに就職。81年、NHK「7時のニュース」英語放送アナウンサー、ライター。再び渡米、衛星放送のNY発キャスター。88年帰国、総合テレビ「ニューストゥデイ」、BS1「世界を読む」などを経て93年から総合テレビ「クローズアップ現代」キャスター。ほかに「ベルリンの壁崩壊」「湾岸戦争勃発」「クリントン大統領に聞く」「日本のがん医療を問う」など多数の番組キャスターを担当。放送ウーマン賞、菊池寛賞(制作スタッフとともに受賞)などの受賞歴がある。「クローズアップ現代」公式サイト http://www.nhk.or.jp/gendai/

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