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01年9月の米同時多発テロをきっかけに、ブッシュ前政権は無人航空機でテロリストを暗殺する「ターゲテッド・キリング(標的殺害)」を開始した。オバマ大統領は、その対象や地域を拡大させている。だが、法的根拠や効果を疑問視する声は強く、武装勢力の報復など「新たな脅威」を招く危険性や、米国民の戦争への無関心化も指摘されている。
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米同時多発テロの数日後、ブッシュ大統領(当時)は一通の「覚書」に署名した。米中央情報局(CIA)に対し、国際テロ組織「アルカイダ」幹部らの暗殺を許可する文書だった。米メディアによると、CIAの無人機は02年2月、アフガニスタンでアルカイダ指導者のウサマ・ビンラディン容疑者とみられる「背の高い男」ら3人を殺害したが、別人だったという。
「(誰を殺すかという)判断は、本質的に、何者かに対する死刑宣告と同じだ」。ポール・ピラーCIA元テロ対策担当が指摘する。だが「人違いと判明しても、秘密情報として処理されるだけ」(元CIA職員)だ。
CIAは誰を、どのような根拠で殺害しているのか、民間人被害も含め一切説明しない。ブッシュ前政権は批判を受けると、同時多発テロの直後、議会が承認した「武力行使容認決議」が法的根拠だと訴えた。「米国に対する国際テロを防ぐため、大統領に必要な軍事力の使用を認める」との規定があるからだ。
しかし国際法の観点からは、その軍事力も無制限ではない。世界各地の非合法殺害(処刑)について国連人権理事会に報告するフィリップ・アルストン特別報告者は、昨年6月と10月、米のパキスタンでの無人機攻撃が、市民と戦闘員を区別し過剰な民間人被害を回避するよう定めた国際人道法に「違反する疑いがある」と報告した。オバマ政権は前政権と同じ説明をするだけで、アルストン氏は「オバマ大統領には変化を期待したが、失望している」と話す。
「オバマ政権による無人機を使った標的殺害は、その地域も対象者の数も、ブッシュ政権時代を上回る規模だ」。元米海軍幹部(情報担当)のウェイン・マドスン氏が指摘する。
オバマ大統領は就任以来、アフガンに計5万人余りを増派した。だが09年の戦闘による米兵死者(263人)は、08年(132人)の2倍。今年3月末までにすでに76人が死亡し、過去最悪のペースを更新し続けている。
治安の悪化に歯止めがかからない状況の中、オバマ大統領は「米兵の死なない」無人機への依存をさらに強めている。
昨年末、「テロリストの本拠地がある」としてパキスタン南西部バルチスタン州にCIAの空爆を拡大したが、人口密集地のため、民間人被害が急増している。
最近は、アルカイダ幹部が「ソマリアやイエメンの武装勢力と連携している」として、無人機の本格的な派遣を検討している。
アルストン氏は「米国のやり方は、中国やロシアなど他国にも都合のよいものになる」と懸念する。国際人道法を無視し、過剰な民間人被害を伴う標的殺害をエスカレートさせる米国の姿勢が、他国に同様の攻撃を正当化させる根拠を与えることになると危惧(きぐ)する。
無人機戦争の拡大が、むしろテロリストを米本土に呼び寄せる危険性も指摘されている。インド人イスラム教徒で米ブルッキングス研究所の元研究員、ムバシル・アクバル氏は「米兵が怖がって戦場で戦わないなら、むしろこちらから米国に乗り込んで殺そう、と考えるテロリストが増えるのではないか」と予測する。
米兵被害の減少が、米国内における戦争についての関心や議論を低下させる可能性もある。メアリー・ダジアック南カリフォルニア大教授は「民主主義国家としてのチェック機能を低下させるだろう」と指摘している。【ワシントン大治朋子】
毎日新聞 2010年4月30日 東京朝刊