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岩見隆夫のコラム

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近聞遠見:「最後の潮時」ではないか=岩見隆夫

 宮沢喜一が蔵相としてある国際会議に出席し、スピーチした時、

 「『人間の一生には潮時というものがある』と誰かが言いましたね……」

 と言うと、出席した欧米の政治家、学者の間からどよめきが起きた。シェークスピアのジュリアス・シーザーのセリフを直接でなく、さらりと引用したのが、最高のユーモアに聞こえたからだった。宮沢ならでは、である。

 民主党の小沢一郎幹事長をめぐる政治資金規正法違反事件で、検察審査会が<起訴相当>と議決(4月27日)、政界の内外がどよめいた時、昔のこの話を思い浮かべた。政治家の一生にも潮時がある。

 余計なおせっかいと言われるかもしれない。しかし、国民の側からすれば、せっかく政権を委ねた党の最高実力者が、いつまでも不起訴か起訴か、つまり犯罪者かそうでないかで騒がれる姿は、到底耐え難いものがあるからだ。

 潮時とはいい言葉。小沢は世の中と政治を多少でも明るくするために、政治指導者としてのけじめをつける最後の潮時と思われたが、幹事長続投を表明した。身の処し方を決めるのはまず小沢、ついで鳩山由紀夫首相と民主党だ。その結果をこんどは全国民が審判する日が近い。

 政界では小沢による中央突破説が増えている。世論の批判を突破しようとするのだから、国民を敵に回すことになりかねない。突破説の根拠はいろいろだが、一つが、

 「参院選で負けても、その後、公明、自民両党や新党グループに手を回し、参院の数合わせ(過半数確保)ができるのは小沢しかいない」

 という見方だ。小沢の得意業で、すでに布石が打たれているらしい。一例は、2月26日、小沢が創価学会の秋谷栄之助最高指導会議議長(前会長)と会談したのを理由に、民主・公明急接近説が流れた。

 事情通の矢野絢也元公明党委員長などは、池田(大作・学会名誉会長)・小沢ラインを想定し、<「池田大作と小沢一郎」最後に嗤(わら)うのはどっちか>と刺激的な題の論文(「新潮45」5月号)まで発表している。真偽ははっきりしないが、公明党が参院の議席不足を補う有力カードであることは間違いない。

 また、小沢はこれまで何人かの政治家を首相候補に仕立て、政争の武器にしてきた。最初に海部俊樹の政権を作った時(89年)は、自民党幹事長の小沢が、

 「担ぐ御輿(みこし)は、軽くてパーなやつが一番いい」

 と漏らしたと報じられ、話題になる。海部が人づてに聞いて、直接問いただしたところ、小沢は、

 「言った覚えはない。書いた記者を呼びつけましょう」

 とすごんだ。最近になって、海部はそう語っている。

 今回も、担ぎやすい<軽い候補>の物色が始まった、といううわさが飛んでいる。多分、うわさ好きの永田町が作ったのだろう。すべては参院選の結果次第だ。

 ミニ新党のいくつかは、10人以上の当選をもくろんでいる。かりにそれが実現すれば、キャスチングボート政党になりうる。党首は首相候補に浮上するかもしれない。

 あるいは、さらにこみ入った再編劇が展開されそうな予感もある。過去の再編ドラマの中で、小沢は細川護熙、羽田孜、鳩山由紀夫の3人を首相に就け、福田康夫首相とは結果的に失敗したものの、自民・民主大連立の合意にこぎつけた。

 この歴戦の政治的パワーが小沢の存在をふくらませている。策略家として稀有(けう)なことは確かだ。

 しかし、これまでと今回は決定的に違う。小沢は国民の信頼を失った。やはり潮時である。(敬称略)=毎週土曜日掲載

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 岩見隆夫ホームページhttp://mainichi.jp/select/seiji/iwami/

毎日新聞 2010年5月1日 東京朝刊

岩見 隆夫(いわみ・たかお)
 毎日新聞客員編集委員。1935年旧満州大連に生まれる。58年京都大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。論説委員、サンデー毎日編集長、編集局次長を歴任。
 
 

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