思想なんていらないと
言われた衝撃
監督をやってくれないかと3年ぶりに話が来たのは、『機動警察パトレイバー』でした。そのプロデューサーは、はっきりと物を言う男で「実際にきちんと映画を作れる監督はほとんどいない。でも君はちゃんとエンターテインメントができるじゃないか」と、僕に依頼してきたのです。いろいろうるさいことを言う監督だし(笑)、訳の分からない作品もあるけれど演出能力は高い。監督としての手腕を信頼しているから、うまくやってくれよということだったんですね。
自分の企画で頭でっかちになっていた僕に、彼は「君の思想とかには何の興味もない。映画というのは口に入れた時においしい味がして、最後まで飽きないことが大切なんだ。その中に思想として薬や毒を隠し入れるのは自由にやればいいさ」と言い切った。中に何を入れてもいいから、観客がおいしいと言うあめ玉として丸めて見せろと。その時にやっと僕は分かったんです。世の中が言う才能とは、ちゃんとあめ玉を形作り、最後まで味わわせる才能なんだと。
映画監督だけでなく、おそらく政治家だろうが、経済人だろうが、まず世の中の期待に応えられなきゃダメなんですね。それをやりながら、10年、20年たった時に本人が貢献しようとした「思想」が見えてくればいい。僕なら、赤字にならない映画を作るのが期待に応える才能、抱いている思想は見えない才能。そして観客を喜ばせて結果を出せば、とりあえず次の闘いも任せてもらえる。そう納得して本当にラクになりました。
場数を踏ませてもらえる。
それが仕事のありがたさ
僕の周囲は頑固オヤジばかりだと怒っていたら、本当の頑固オヤジは自分だった(笑)。そう気付いてからは、漫画原作だろうが恋愛映画だろうが、どんな仕事の依頼にも「やります」と返事をするようになりました。それはどんなものでも最後は必ず自分味のあめ玉が作れると知ったからです。
社会人になって責任を持って仕事をすれば、その仕事が自分を鍛えてくれることが分かるし、場数を踏めば経験則が増えていきます。仕事の力とは何かと言われたら経験則だと言いたいですね。閉じこもってないで、泣いたり笑ったりけんかしたりしなくちゃならないのです。
僕は若い人に言います。自分を売り込むためだったらどんな大ぼらを吹いてもいい、とにかく入り込め。そのかわり、実際に仕事をもらったら一切うそをつかず、できる限りの精いっぱいを尽くせと。それは制作の場に呼んでもらって、経験を積み重ねていくための通行手形なんです。僕たち凡人は、そうやって仕事で学んでいくことが大切だから。
そして仕事は友人さえもたらしてくれる。僕は「仕事仲間」という友人しかいないのですが、それで十分。とにかくみんな早く仕事現場に出ていらっしゃい。(談)
おしい・まもる ●映画監督。1951年東京都生まれ。83年『うる星やつら オンリー・ユー』で劇場映画初監督。84年『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』、89年『機動警察パトレイバー 劇場版』、93年『機動警察パトレイバー2 the Movie』など数々の劇場作品を制作。95年『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』は日英米で同時公開され、海外の著名監督に大きな影響を与えた。2004年公開の『イノセンス』は日本アニメーション映画初のカンヌ国際映画祭オフィシャル・コンペティション部門出品作品。08年『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公開。09年『宮本武蔵−双剣に馳せる夢−』原案・脚本 。近著に『他力本願[仕事で負けない7つの力]』『ケルベロス 鋼鉄の猟犬』(共に幻冬舎)などがある。公式サイトhttp://www.oshiimamoru.com/
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