新世紀 エヴァンゲリオン











一つ、また一つと街の灯が消えていく。ヒトの営みは止み、休息を求めてそれぞれの家に至る帰路へと着く。
疲れた顔で会社を出る者。仕事終わりの祝杯を上げに繁華街へと繰り出す者。 落ち込んだ顔をし、うつむいて騒がしげな街中を歩く者。
様々なヒトが生きる街に眠りの時間は遠い。 消えた光は新たな光を生み出し、やがてその光が闇に消える時にはまた光が生まれる。
かつての様に夜は深く、人々と共に街は眠りに。その時が来る事は決して無い。

否。
何処までも広がりそうな光の網。ある地点へと向かって急速に光の密度を増していく。
だがその中心とも言える場所にはぽっかりと濃い闇が巨大な口を開けて待ち構えていた。
何処までも濃く、何処までも深く。光全てを飲み込んでしまいそうな程に底が知れない。

街の中は、どの建物も灯りは無く、街頭さえ消えている。
ビルも家も店も、ありとあらゆる建物が暗く、当り前に人の姿は通りには無い。 時折カラスが餌を求めてさ迷い、見つけられずに甲高い声で鳴いた。

その街の遥か地下。
光の消えた街で唯一の光。巨大なピラミッド型の建物の中を彼は歩いていた。
光はある。だが廊下の電灯は節電の為か切られて、数十メートルおきに置かれた 非常口を示す表示板と自動販売機だけが廊下の行き先を照らしている。 すでにいい時間の所為か、それとも灯りが消されているからか、 ネルフの廊下にも人影は無く、彼一人が足音を立てる。

小さく響く足音。彼はポケットに手を突っ込み、人によっては不遜とも取れる態度で歩みを進める。
顔には不敵とも言える笑みを浮かべて、軽い足取りは何処か楽しげで。
そんな足があるエレベーターの前で止まる。 廊下は暗くとも階数を示す表示は明るく照らされ、到着を知らせるベルの音と共に開いたドアの向こうも 当然ながら光が溢れていた。
その光に導かれる様に彼は中へと歩み入る。
程なくドアが閉まり、だが彼は立つだけで何もしない。
しかし鉄の箱はひとりでに動き出し、彼もそれが当然の様に鼻歌を歌う。

第九のメロディーが狭い室内に反響する。 そこに観客は居ない。ただ壁に跳ねた音が彼を祝福した。

しばらくの後、軽い浮遊感と共に彼は到着した。 エレベーターに取り付けられた表示板には何も映し出されていない。
第三新東京市の地下にあるネルフの、更にその遥か地下深く。 ターミナルドグマと書かれた壁の間を彼は進む。 足音は無い。足もすでに動かしてなどいない。 エレベーターに乗る前と同様にポケットに手を突っ込み、うっすらと口元を歪めて宙に浮いたまま ゆっくりとした速度で奥へと進んでいく。

その先に見えた巨大な扉。漆黒に塗られたそれは、足元を照らすわずかな灯りに反射して黒光りしている。
彼がその扉の前に立ち、一瞬表情が消えて傍らのカードリーダーを見る。 それ以外には何もしていない。ただ見ただけ。
しかし刹那、ピーと場違いな甲高い音が鳴ると低い音を立てて扉が開いていく。
彼は、それを見て再び笑顔を浮かべた。

扉が開き切ると、彼は床へと降り立つ。 そして一歩一歩と広間へと続く一本橋を歩き進める。
部屋の中は扉が示す通りの広大な空間。 暗闇に覆われた天井は先が見えず、一本橋、そして広間の周りに満たされたL.C.Lの底からは淡い光が発せられている。
紅い光が、彼を暗闇の中に浮かび上がらせる。その中で際立つ深紅の瞳。 彼は、同じ色を持つ彼女を広間で見つけた。
彼女は一糸まとわぬ姿で何処ともつかない場所を見つめる。 が、足音に気付いたか、彼女は彼の歩調に合わせる様にゆっくりと振り向いた。 蒼い髪が少しだけ彼女の首筋を撫でた。

「待たせた。だがついに時は満ちたよ、リリス。
いや、綾波レイと呼んだ方がいいかな?」
「どちらでも構わない。どちらも私で、まだ私はどちらでも無いから。」

ただ、と言い掛けてレイは口を噤んだ。
上げた顔をうつむき気味にし、そのまま彼に向かって背を向けた。
彼はそんなレイの姿を見て小さく笑うと、横に立って見上げた。

「それじゃあ始めようか。綾波さん(・・・・)?」

ハッとレイは振り返った。 そして小さく笑みを浮かべると、彼と同じ様に正面の十字架を見上げた。

「ええ、始めましょう。」








TRUTH












2005年








国連研究開発委員会






人類発生研究所ゲヒルン人工進化研究室
第三分娩室








「どうだ……?」

暗い部屋の中でゲンドウは問うた。その声にキーボードを叩いていた手が止まる。 そして一息、大きく吐き出した。

「ダメね。やっぱり遺伝子情報だけだと個体が安定しないわ。
それにいくら私が生体工学について詳しいって言ってもあくまで本職は情報工学。 手に負えないわよ。」

ナオコはガシガシと音を立てて頭を掻いた。
口元からはタバコの煙を吐き出し、グルグルと渦を巻く。
一しきりタバコを吸い終えた後、ナオコはゲンドウに背を向けて部屋の中心に向き直る。 そこには円筒型の大きな容器。おびただしい数のケーブルが部屋の至る所からその容器に伸び、 時が惜しいとばかりにデータを送り続ける。
その中には小さな塊。人と言うにはあまりに小さく、だが確かに人の形をしていた。

「何が足りないか、それについて心当たりはあるか?」
「そうねえ……」

手を止めるとナオコは背もたれにもたれかかり、顎に手を添えて考える。 そして程なく何かを思いついたのか、顔だけを後ろに向けた。

「コウゾウ君なら何か分かるんじゃない?
私の知る限りだと生物学的な要素は特に問題無いもの。」
「形而上的な何か、というわけか。」
「そ。」

ゲンドウはしばらく黙っていたが、やがて「分かった」とだけ小さく返事をした。
用は済んだ、とばかりにナオコに背を向けてドアへと向かう。
だがそれをナオコが呼び止める。

「ねえ……」

足を止めるゲンドウ。顔は向けない。
ナオコはゲンドウの背を見つめながら口を開いた。

「まだ……ユイの事、忘れられないの?」

ゲンドウは応えない。
ナオコはゆっくりと席を立つ。その様子は子供を怖がらせない様、慎重に近づいていくヒトの様で。
ゲンドウのすぐ後ろへと立つと、ナオコはするり、と腕を絡ませる。

「忘れられないならいいの。別に忘れて、なんて言わない。」

頭一つ大きいゲンドウの背中に顔を預け、大きくも小さいそれをそっと抱きしめた。

「ゲンドウ君はひどい人。私の気持ちを知ってるくせに、私にこんな事をさせてる。」
「私は……」
「いいのよ、別に。
私もユイの事は気に入ってたし、ゲンドウ君にはあの子が必要だから。」

顎に手を当ててナオコはゲンドウを振り向かせる。
でもね、今は―――。
ナオコは口を重ねた。








その一年後








ゲヒルン第三特別研究塔








「ようやく完成したわね。」

リツコは階下で主張している巨大な設備を眺め、感慨深げに呟いた。隣で座っているナオコも娘と同じ様に深く頷いた。
戦艦のブリッジを模した造りの特別な部屋。その最上部から見える、一階層下の三つの大きな直方体の箱。 三体に分けられたコンピュータが独立に計算・解釈を行い、三様の見解を元に競合をする事によって一つの結論を出す それは、それぞれの名前を持つ。
メルキオール、バルタザール、カスパー。同じ初期条件、境界条件をスタートとしながらも その過程は異なり時に同じ、時に異なる解を弾き出す。互いの解の利点、欠点を突き合わせ、その系に応じた最適の解答を 利用者に提示するスーパーコンピューター。
まるで三人の異なる賢者がそれぞれの意見を戦わせるかのように―――

「いいえ、まだ完成には程遠いわ。」
「そうなの?でもこれでもこれまでの物と比べれば―――」
「まだ、ダメなのよ。納得は出来ないわ。」

ナオコは頑なにそう主張した。
リツコも多少手伝ったとは言え、理論段階から十数年かけて実用段階までほぼ独力でもっていったナオコに対し、 異論を唱えられるほど詳しくは無い。
だからリツコはただ、そう、とだけ答えた。

「まあ何が足りないか、アテはついてるんだけどね。」
「なら母さんが納得する、本当の意味での完成も近いわね。」
「そうね。
その時はリツコ、貴女にも手伝ってもらうから。」

そう言ってナオコは笑い、その笑顔にリツコもまた笑みで返事をした。







その10ヶ月前








彼女は彼と対面していた








「私をここに連れて来てどうしようというのかね?」

不機嫌な表情を隠そうともせず冬月は正面の二人に問いかけた。
事実、冬月は不快だった。

とある港町で冬月は医者をしていた。
無論冬月に医師免許など無い。だがセカンドインパクトから5年。 いくつかの大都市を除いて復興は遅々として進んでいなかった。 それほどまでに日本を襲った災害の被害は甚大だった。
食料も住む所も、薬も何もかも足りない。当然、医者も。
不衛生な環境は容易に病を街に蔓延させ、ろくな治療を受ける事も出来ずに 多くの人が死んでいく。それをただ眺めるだけ。 そんな毎日を冬月は送っていた。
元々冬月には傍観者な側面があった。世界で何があろうとただ黙ってそれを見送るだけ。
正義感もある。テレビのニュースで流れる事件に心痛め、義憤に駆られる事もある。 だがどれだけ自分が憤ろうとも自分の力は世界には及ばず、そしてそれをそういうものとして受け入れる。
しかしそれはあくまで自分の身が及ばない範囲での話。 自分の周りで人が苦しんでいるのを見過ごせない程には彼は善人だった。
資格は無くとも知識はある。ならば自分の出来る事を。
それから冬月は医者としての活動を始めた。薬は無くとも診察は出来る。時には医療物資が流れ着く事もある。 年甲斐も無い、と自覚しながらも冬月は闇雲に走り始めた。

そうした日々を送り始めて数年。冬月は大学に居た頃よりも充実した毎日を感じ始めていた。
何年も掛けて成果を上げるのも嫌いでは無かったが、自分にはこうした眼に見える成果が感じられる職業の方が向いていた らしい。
ところがある日突然、半ば拉致される様に連れ去られた。 患者も治療もほったらかしで。
きつくも充実した毎日から急に切り離され、その苛立ちは目の前の男を目にして更に強まっていた。

「申し訳ありません、冬月先生。」

謝罪の言葉を口にするゲンドウ。しかし冬月にはそれが形だけのものに思えた。
そもそも謝罪する気など無いのだろう。ゲンドウはただ自分が必要だから呼んだまで。 冬月もそれを分かっており、自身も形だけ謝罪を受け取って本題を切り出した。

「それで、私に何をさせようと言うのかね? また下らん事でも始めたのか?」

幾許かの侮蔑を込め、ゲンドウに尋ねる。
その蔑みにもゲンドウは表情一つ変えず、前と同じ言葉を再び口にした。

「見て頂きたいものがあります。」
「また、かね。」

大方ろくでもない事だろう。
溜息混じりに呟いた冬月だが、ゲンドウはすでに立ち上がって入口へと向かっていた。
このまま帰ってやろうかとも思ったが、恐らくそれも無駄かと考え、冬月も立ち上がるとそのままゲンドウの後に 付き従う。


前、このゲヒルンの地下でエヴァンゲリオンを見せられた時と同じ通路を通り、 同じエレベーターを使って土の下へと潜っていく。 そしてその景色は否応無しに冬月に一年前を思い起こさせた。
あの、ユイの消えた日を。
自然、表情も険しいものとなる。暗い壁を見つめながら、そっと横目で冬月はゲンドウの様子を伺った。

自分はあれから間もなくこの地を去った。
理論だけの、形而上の学問。自らの修め、培った知識が命を奪う結果になるなど、あの時まで終ぞ思い至らなかった。
だから自分はここを辞めた。最早自分にこの道を進んでいく気など消え失せていた。
なるほど、と冬月は思い至った。
ユイを殺めてしまった、その贖罪として自分は医者の真似事などしていたのだと。

冬月はゲンドウの背中を見る。
ゲンドウにとってユイは最愛の人だった。ユイが居なくなった後、まるで抜け殻の様に過ごしていた姿を冬月は知っている。
その後のゲンドウの事を冬月は知らない。 ゲンドウは、もうユイの事を忘れてしまったのだろうか―――

「こちらです、冬月先生。」

掛けられた声に、冬月は意識を現実に、視線を正面に戻す。
どれほど奥深くの地獄へと入りこんで来たのか。
エレベーターの先に口を大きく開けて待つ暗闇を見てそんな事を考えた。

黙ってゲンドウは歩き、冬月もまたすぐ後ろを付いて歩く。
暗く、足元もはっきり見えない通路を歩きながら、その時冬月は不意に予感に襲われた。 が、すぐに頭を振って思い直す。
どうせゲンドウが見せる物にまともな物など無い。
鬼が出るか、蛇が出るか。もしかすると悪魔かもしれない。

やがて現れた一つの扉。長身のゲンドウがギリギリ通れる程度の、何の変哲も無いそれ。
だが冬月はそれから感じ取った。すなわち、これが審判の門であると。
引き返すなら今。その思いに足が止まる。
ゲンドウは冬月に意識を払う事無く扉に手を掛け、しかしそこで動きを止めた。

「生前、ユイが考えていた計画。冬月先生はご存知ですか?」
「ユイ君が?
いや、知らんな。」
「争い、妬み、いじめ……生きる事そのものを目的とせず、ただ欲望のままに人は人を貶め、傷つける。
それでなくても人は生きているだけで誰かを傷つけずにはいられないと言うのに……
ユイはずっとその事で心を痛めていました。」
「なるほど、優しいユイ君らしいな。」

冬月の漏らした感想に、だがゲンドウは首を横に振った。

「優しい。そう評されるのをユイは嫌がっていました。
私がそう言うと、決まって彼女は『自分は優しいんじゃなく、ただ自分が傷つくのが嫌なだけ』だと、泣きそうな顔で こぼしていました。
だが彼女はやはり優しかった。優し過ぎた。こんな私でも愛してくれた程に。」

何かを思い出す様に、ゲンドウは眼を閉じ、そして空を見上げる。 暗い地下で見えるのはただの暗闇。しかしそんな中でもゲンドウの眼には小さな光が見えた。

「世界は厳しく、人が人らしく生きるのは難しい。
だがそんな世界でも、人の中には希望があり優しさがあり、そして愛がある。同時に彼女はそう私に教えてくれた。」

話しながら右手で操作盤を操り、ガコン、と小さくない音が通路に響いた。

「ヒトが持つ、ヒトにしかない感情。
それを刺激してやればもっと世界は素晴らしいモノになる。 だから彼女はこの計画を立てた。
自らを犠牲にして」
「まさか―――!!」

冬月の脳裏に過るはかつての教え子の姿。
酒の席での会話の中で、珍しくアルコールの進んだユイの口から零れた嘆き。
研究予算でもめた直後の事で、頬を紅潮させながらの呟き。
危機に瀕してまで何故ヒトは争い続けるのか。
吐息は荒く、だが言葉は冷たく。
宥める冬月を他所に、ユイは滔々と自らの考えをまくし立てていた。
呑みの席であった事から冬月もさして気にしても居なかったが、妙に記憶に残っていた。

「そうだ。」

理論だけは完成している、とその時彼女は述べた。
そしてそれが今、実行され得る段階に達したとすれば―――

「人類補完計画だよ。」

開かれる扉。溢れ出る燈色の光。
傷んだ赤色(スカーレッド)の中心に立つ、円筒の容器。 そしてその中に浮かぶ、一人の幼女。周りには同じ容姿のヒトガタが、おびただしい程に浮かんでいた。

「碇!!貴様禁忌を……!!」
「そんなものクソ喰らえ、よ。コウゾウ君。」

部屋の奥からナオコが嘲笑を浮かべて現れる。
ヒールの床を打つ音がやけに耳障り。冬月は睨む様に双眸を細めてナオコを見た。

「科学の発展の為には、なんてそれこそ胸糞悪くなる事は言わないけど、 禁忌を守る事で何が得られると言うの?」
「何事にも越えてはならない、最後の一線と言うものがある。 それを越えてしまえば人は須らく何かを失ってしまう。」
「ならこの場合は何を失うのかしら?人としての道徳心?それとも倫理?
その程度で済むのなら私は遠慮無く捨てるわ。
いい、コウゾウ君。禁忌なんてものは所詮誰かが決めたモノに過ぎないの。 ほんの一握りの人間の価値観だけでね。
なら私も私の価値観で動く。結局はそれだけの話よ。」

それで、とナオコは音を立てて手近の椅子に腰掛ける。

「コウゾウ君の倫理観に触れた私達をどうするのかしら?」
「……止める気は無いのかね?」
「言ったでしょ?私は私の価値観で動くの。私にとってこんな面白いモノをどうして止めないといけないのよ?」
「なら……」

口を開きかけた冬月だが、それを遮る様にしてナオコが更に口を開く。

「言っとくけど、何処かに公表するなんてしても無駄よ。 この件はとっくに上が動いてるから。」
「ゼーレか……」

忌々しげに冬月はその名を紡ぐ。
このゲヒルンに所属していた冬月には、その名がどういう意味を持つのか知っている。 名目上国連の付属機関ではあるが、実質ゼーレの支配下研究機関に過ぎない。
その実態は不明で、規模、構成人員、その他諸々の一切を冬月は知らない。 分かっている事は、自分に出来る事は何も無い。その事だけ。

「私はユイの苦悩の深さに気付けなかった。」

ゲンドウの口から言葉が放たれる。 冬月からは逆光となり、その表情は見えない。だが濃いサングラスだけが光を反射していた。

「それ故に彼女は計画を立て、今ゼーレによってその計画は実行に移されようとしている。
人同士が分かり合える世界。甘美な世界だろう。
だが私は、彼女の目指した世界よりも、彼女と居れる世界を望む。」

コツ、と革靴が地面を打つ。光の加減が変わり、ゲンドウの表情が少しだけ露わになる。

「冬月、お前はやり直せるとしたら何を望む?」

やり直し。それがどういう意味を指しているのか、冬月にはピンと来なかった。 それでもその言葉は甘く、ねっとりとした粘度を以て冬月の心に絡みつく。

「どういう……事だ?」
「言葉通りだ。」

例えば昔に戻って別の職業を選ぶ。例えば過去の後悔を無かった事にする。 例えば……セカンドインパクトを防ぐ。
鋭い視線を投げかけてくるゲンドウに、冬月もまた同じ視線を返す。

静寂と沈黙。誰も口を開かず、物音もまた無し。 水中を通過した光が冬月の顔の上で揺らぐ。
揺らいだ光が顔から順に冬月の全身を染め上げる。 何かを思い、何かを悩み、そして何かが冬月の頭を占めていた。

「分かってると思うけど、コウゾウ君。 もうコウゾウ君に選択肢は残っていないのではなくて?」

いやらしくナオコは口元を歪めた。
それは悪魔の囁き。冬月の性格を熟知した上で甘く囁く。
良くも悪くも冬月は善人であり、そして悪人でもあった。 すなわち、ある意味で最も一般的日本人の思考と嗜好を持つ。 自身の倫理と善意と正義。それに対する欲望と願望。 それらが混ざり合い、ナオコの言葉がスパイスとなって冬月の思考を溶かし、再構成していく。
目元と紫に彩られた唇だけが、その存在を強く主張していた。

「私は……何をすればいい?」
「良いわぁ。物分かりの良い男って好きよ?」

茶化すナオコから視線を逸らすと冬月はゲンドウを見る。
ゲンドウは無表情のまま、だが確かに口元に笑みを浮かべた。

「冬月の専門を生かせる仕事だ。
魂をボディに込めるにはどうすればいい?」

そう言ってゲンドウは背後の幼女を見上げた。







再び10ヶ月後








特別研究塔











リツコが去ったのを見届けると、ナオコはもう一度階下を見下ろした。
ただし今度は手摺から体を乗り出す様にして。
視界にMAGIを収め、それから全体を眺める。眼を細めて見るその様子は第三者に寂しさを感じさせる。 柔らかい笑みは慈しみを示し、だがそれを認める者はこの場には居ない。

(後、少し……)

そう、後少し。
ほとんど完成と言っても差支えないMAGIシステム。でも何かが足りなかった。 最後の一手の為だけに数年を捧げた。それでも見つからなかった。
だが。
だが新たに加入した冬月のおかげでナオコは解を得た。 研究者人生の半分以上を費やした、唯一にして最高の作品に至る為に必要なモノを。

ヒトがヒトとして生きる為に必要なのは、肉体に宿る魂。精神と言い換えてもいいかもしれない。 それでようやくヒトが人としての形を保てる。
だがMAGIに人の形は必要ない。求められるのはヒトの様に柔軟な思考だけ。 ヒトの様に多種多様な考えを行う器官は何処か。それでいて単独でもある程度形を保てる物。
ナオコはそれに思い至った。ヒトが持てる唯一の武器であり、従来のコンピュータが持たない高度な演算の出来るそれに。

手摺から体を離すとナオコは手元の端末に手を伸ばした。
キーが押され、スクリーンセーバーからデスクトップ画面に切り替わり、そこには一枚の写真が貼り付けられていた。
仏頂面で立つゲンドウ。そしてそんなゲンドウを見て笑うユイの隣に自分が居て、 ゲンドウを挟んで反対側に横眼でゲンドウの様子を伺うリツコ。幸せな二つの家族の姿がそこには有った。 そしてそれは過去のモノ。

あれから数年。 ユイは消え、ゲンドウは過去にすがり、自分は醜くも友人だったユイの死を喜び、ゲンドウを愛してしまった。
もうゲンドウは止まらない。そしてあろうことか自分はそんなゲンドウに手を貸してしまった。 自分だけでなくリツコも不幸にしてしまうと分かっているのに。

いや。ナオコは思い直した。
自分は不幸か。改めて自分に問う。出てくる答えは否。
リリスの魂はすでに定着した。アダムとリリスの禁じられた融合は十年の後には成されるだろう。 そうなれば自分もリツコももっともっと幸せになれる。いや、ならなければならない。
なら自分が行うべきは狂い無くそれを行うべき演算装置の構築。 それは他の誰でもない自分にしか出来ない事。

ナオコはメールソフトを立ち上げ、予め書いてあった文章を開く。
内容と宛先を確認し、送信。そして自らのアカウントを削除した。

そのナオコの後ろで扉が開く。 予期せぬ出来事に慌てて振り向く。そこに居たのは幼い、レイと名付けられた少女。
レイは、人が見れば無垢とも言える瞳でじっとナオコを見つめる。 口は開かない。だがその眼は何処か責めている様にもナオコには感じられた。
トコトコ、と擬音が聞こえてきそうな足取りでレイはナオコに近づく。 ナオコの足元に到着し、また無言でナオコを見上げた。
ナオコはしゃがみ、笑ってレイの頭を撫でる。 レイはそれを嫌がるでもなく黙って受け入れていた。
一しきりレイの蒼い髪を撫で、すっと立ち上がる。

「……ゲンドウさんを、よろしく頼むわね。」

そしてナオコの姿は消え、階下で鈍い音が響いた。









その10年後









彼女は彼と出会った











「レイ、予備が使い物にならなくなった。すぐに出撃だ。」

自分の位置から遥か遠く。スピーカーから聞こえたゲンドウの声にレイは小さく返事をした。
小さく華奢な体が全身で悲鳴を上げる。痛みは確かに感じるが、レイはそれを無視してベッドの上で起き上がった。
あの人は自分の役目を果たした。次は自分の番。
自らに課せられた、最後の時までの役割。すなわち使徒の殲滅。 それを成す事は役割を果たすと共に、レイにとっては自分の存在を確認する上でも必要な事だった。
魂は確かにここにある。でも綾波レイという存在はここに居るのか?
自分が作り出されて十年。その証を常に求めてきた。
だからこそ―――

「その子が乗るくらいなら、俺が乗ります。」

聞き慣れない声がレイの耳に届く。
痛みに霞む視界を、ありったけの力を込めてクリアにする。
そこで眼に入ったのは、初めて見る少年の姿だった。







その2日後










少年はもう一人の自分に出会った








自分が全身で光を浴びる時が来るとは思わなかった。 自分の思い通りに体を動かせる日が来るとは予想さえしていなくて、まして期待なんて一度もした事は無かった。
全てにフィルターが掛かっていて生の世界は見えなく、だから常に想像するしか無くて、 だがそれでもいいと思っていた。
俺は自分の役割を理解している。 シンジが耐えきれない程に辛い経験をした時、その気持ちを吸い取り、感情的に無かった事にする。 ともすれば記憶ごと俺が持って行く。
全てはシンジの為。
シンジが生きていく為にはそれが必要で、 その為に俺と言う存在が生み出された。
だから俺には光は必要無くて、一生薄暗い世界の中で生きていくのだ。誰にも、シンジにさえも気付かれずに。
ずっとそう思っていたし、事実俺が生み出されてからの十年というものそうやって生きてきて、 それが当然だと思っていた。

だが世界は変わった。
何が起こったのか、詳細は分からない。 シンジが使徒とかいう奴にやられてシンジの世界は閉じ、そして俺の意識も当然ながら果てへと飛ばされていったのは覚えている。 その後の事は俺もシンジも覚えて無くて、シンジの中から消えた何かが俺の中に入ってきたのは後から感じた。 その何かが関係してるのかもしれない。 ともあれ、俺は俺自身の、借り物では無い世界を手に入れた。 そして世界は―――素晴らしかった。
青空と太陽の下で感じる眩い光。自分の意図した通りに動かせる手足。 踏みしめる度に感じる地面の反発に土の匂い。
勿論これが世界の一面である事も理解している。 でなければシンジはもっと幸せで、俺が生まれる理由はない。 俺の中にある、元はシンジの感情は世界と言うモノを否定し、俺にもそれを強要してくる。
それでも俺自身は素晴らしいと感じた。 それは紛れも無く初めての自分の持ち得た感情で、それに気付いた時にもまた例えようも無い幸福感に囚われた。

『もういいだろ?そろそろ教室に戻るから体を返してよ。』

つい先ほどまで自分が居た場所からシンジの声が聞こえた。 それで俺は我に返り、幸福感を捨て去った。
シンジは何気無い様に振舞っているが、そのココロは震えていた。 常にシンジのココロに触れていた俺にはそれが分かり、また今シンジの居る世界がどんなものかも熟知している。 だから俺はすぐに体を明け渡した。
あの世界は外しか知らないヒトには寂し過ぎるところだから。

「どうだった、外の世界は?」
(ああ、悪くないな、外も。)

シンジの問い掛けにそれだけ答える。
俺にとっては素晴らしくともシンジにとっては辛いだけの世界。 そして俺は何があろうともシンジの味方で、シンジの価値観を否定できないしするつもりも無い。
ただ俺がする事は、シンジにとって幸せであるように手助けをするだけだ。 それは俺が体を得ようとも変わらない。

俺は祈った。シンジに気付かれない程にココロの奥底で。
俺が感じた幸せをシンジも感じる事が出来ますように。 そしてシンジが世界のヤサシサを享受できますように、と。







更に2ヶ月後









「久しぶりね、ミサト。」






オーバー・ザ・レインボー上







「ぐっじょぶ!!」
「何が『ぐっじょぶ!!』じゃあああああ!!!」






二番目の適格者セカンドチルドレン








「ぐ…じょぶ……」
「このバカ!!ヘンタイ!!信じられない!!」
「中々良いフックね〜。」








その前夜









空に浮かぶは満点の星。澄んだ闇夜の中から降り注ぐ星々がアスカをほのかに照らす。
空母オーバー・ザ・レインボーの甲板の上で寝転がり、アスカは星を眺めていた。
涼しげな―――ともすればやや肌寒い風がアスカの髪と肌を撫で、 それでもアスカはじっと空を見つめていた。

「そんなところで寝てると風邪引くぞ、アスカ。」
「あ、加持さん。」

頭の上から聞こえてきた加持の声にアスカは体をさっと起こし、 座り込んだアスカの隣に加持もよっと声に出しながら腰を下ろした。

「加持さんオヤジ臭〜い。」
「そうか?まあ俺もいい歳だからな。」

そして胸ポケットからタバコを取り出すと一度アスカを目で確認し、 アスカが頷くのを見て火を点けた。
静かで落ち着いた時間が流れる。アスカは膝を抱え、あごを埋める様にして真黒な海に視線を漂わす。
低いエンジンの唸り声に混じって空母が波を切り裂いていく音が聞こえた。

「……不安か?」

煙を吐き出しながら加持が尋ねる。 アスカは一度顔を上げて加持の顔を見るが再び膝に顔を埋めると、小さな声で頷いた。

「そうか……
だが大丈夫だ、今のアスカならな。」
「そうかなぁ……」

そうだよ。そう言って加持はアスカのうつむいた頭を強めに撫でた。
アスカは急な加持の行動に驚いたが、やがて為されるがまま気持ち良さげに眼を閉じる。

「しかしアスカも大人になったなぁ。」
「そう?アタシは逆に子供っぽくなったんじゃないかと思うんですけど。」

今みたいにすぐ弱気になるし。
アスカは恥ずかしそうに顔を加持から背ける。だがそんなアスカを見て加持はいやいや、と否定した。

「そんな事はないさ。
大人っていうのは自分で自分の弱さを認められる人を差すのさ。」

もっとも、ほとんどの奴はそれを悟らせないがな。
言いながら加持はタバコをもみ消し、先ほどアスカがしていた様に寝転んで星空を見上げた。

「自分が弱い事を知ってる。だがそれを人に見せる事は弱みを見せる事に繋がり、不利益を被る。
人というのは常に争いを止める事は出来ない生き物だからな。
なまじ身に着いた知識と経験から、眼の前の利益を守る為に弱みを覆い隠すんだ。
時として、例え相手が自分の愛した人でさえも。」
「……業が深いんですね、人って。」
「そうだな。」

澄んだ空とヒト。やや厳しい風が二人を打ちつけ、そして時に優しげに撫でる。
それは世界。自然とヒトとが融合し、全てを内包する空間が小さくとも確かにそこにはある。

「話が逸れたな。
まあ、なんだ。つまりはアスカは自分を見つめる余裕が出来たって事だ。」
「確かに。昔のアタシは一つの事しか見えて無かった。早く、一刻も早く大人になる事しか考えて無かった。 そして自分だけの力で生きて、自分を認めさせる事しか頭に無かった気がするわ。」
「そうだったな。
俺に胸元開けながら迫って来て『アタシは大人よ!!』なんて叫んだ時は正直どうしようかと思ったよ。」
「……あれはもう忘れて下さい。」

いやいやあの時の事を後悔してるよ。もう加持さん殴りますよ?
二人は笑い合い、そしてどちらともなく立ち上がった。

「アスカも日本に着けば彼氏の一人も出来るさ。そうすれば不安も寂しさも感じなくて済む。
サードチルドレンは男の子だって話だぞ?」
「『バカなガキに用は無いわ。』」

それはかつて同様の質問をされた時に応えた言葉。
その時はムキになり、くだらない質問をするなと言わんばかりに加持を睨みつける様にして答えた。
だが今、アスカは笑っていた。

「ま、明日そいつを見てからですよ。このアタシに相応しいかどうか。」

足取りも軽く、アスカは甲板から離れる。
加持は安心したように軽く溜息を吐き、そしてアスカに付き従う様にして船室の方へと向かった。

「おやすみなさい、加持さん。」
「ああ、おやすみ。
すぐに寝るんだぞ?」

分かってますって。
不安が消え、満面の笑顔を加持に向け、そしてドアが閉じた。






それから半年後








「303号室の患者さん、どう?」

ナースステーションの中で器具の準備をしていた看護師の女性に、 婦長らしき年配の女性が尋ねる。
尋ねられた女性は顎に手を当てて考える仕草をすると、聞かれた患者に思い至ったのか、ポン、と手を叩きながら答えた。

「303号室……ああ、あの女の子ですね?えっと、確かアメリカとのハーフの。」
「クォーターよ。しかもドイツとの。
それで様子はどうなの?」
「はい、さっき見てきましたけど特に変わった様子は無かったですよ?」

答えを聞き、婦長は小さく返事をすると分かったわ、とだけ答えて自分の仕事に取り掛かる。

「でも可哀そうですよね。あんなに綺麗な子なのに……」
「そうね。最近はあの髪の蒼い子もお見舞いに来てないみたいだしね。」
「確かあの子、彼氏が居ましたよね?ほら、線が少し細くて優しそうな。 うちに結構頻繁に入院してた。
あの子も全く見ませんね。」

少しは見舞いに来ればいいのに。
そう言って憤慨して見せる看護師に、婦長が宥める様に話しかける。

「人には人の事情があるものよ。
ましてあの子たちは私達の為に戦ってくれてるの。 あんまり悪く言っちゃダメよ。」
「それはそうですけど……
でもずっと一人なんですよ?前はあんなに見せてくれてた笑顔も消えて、体も痩せちゃって……
いくら意識が無いって言ってもやっぱり寂しいですよ、あの子も。」
「そうねえ……」

巡回に二人は向いながら話を続ける。

「あの子って精神的なものだって言ってましたよね?
なら尚更彼氏の力が必要ですよ!
愛の力で眠り姫が目を覚ます。素敵ですよね……」

もうそれなりにいい歳のはずだが、彼女は目をキラキラさせた。
そんな部下に呆れた視線を送っていた上司だが、手に持っていたバインダーで軽く小突いて現実に引き戻す。

「そんな都合のいい事現実じゃ起こらないわよ。
いい歳して乙女みたいな事言ってないで早く行くわよ。」
「あっ!待って下さいよ〜!」








その12年前











「……カちゃん、アスカちゃん。」

自分を呼ぶ声にアスカは目を覚ました。 目の前には一人の女性。アスカは彼女に見覚えがあった。
たまに連れて行かれていたママの研究所。時々しか連れて行ってもらえなかったけれど、その時によくこの人を見ていた気がする。
幼いアスカは、ぼんやりした頭ながらも年齢の割に聡明な頭脳を以て記憶を探る。
ここは何処だろうか。思い出しながら自分の顔を覗き込む女性の顔を見る。
彼女が居るのはママの研究所。ならここは研究所の何処かだろうか。
部屋を見回して否定。違う。滅多に連れて来てもらえなくても一通り研究所を案内してもらった事がある。 そしてその時にこんな部屋は無かった。
何とか記憶を探るが出てこない。自分は何をしていたのか。何があってここに居るのか。どうして自分は寝ていたのか。

「よかったぁ……急にアスカちゃんが倒れたからどうしようかと思ったのよ。
だから慌てて研究所の医務室に運んだの。
大丈夫?何処か痛いとこなぁい?」

微笑みながら、かつ心配そうに女性は声を掛ける。
その言葉を聞き、アスカの中で徐々に記憶が蘇ってくる。
そうだ。確かアタシはママに教えてあげたい事があって、ママに会いに病院に行ってたんだ。

「でも急いでたみたいだけど、何処に行こうとしてたの?」

こうしてはいられない。
アスカはベッドから飛び降り、逸る気持ちそのままに駆け出す。

「ちょっと何処行くの!?」
「ママのところ!!」

ダメよ、と女性はアスカの腕を掴む。対するアスカは必死でその腕を振り解こうと身をよじった。
そんな中彼女はアスカの腕を掴んだまましゃがみ込み、諭す様に話しかける。

「ママに報告しに行くんでしょ、選ばれた事?」

どうして知っているのか、と一瞬アスカは疑問に思ったが、 よくよく考えればこの女性が選考の時にも現場に居たのをアスカは覚えていた。
まだ誰にも秘密のつもりだったが、アスカは素直に頷く。

「アスカちゃんはどうしてエヴァのパイロットになろうと思ったの?」

そんな事は決まってる。ママと一緒に居たいからだ。
アスカがそう答えると、彼女は嬉しそうに頷いた。

「でしょ?アスカちゃんはいい子ね。
今まで一人ぼっちで寂しかったでしょ?だからこれからはママとずっと一緒。
でもママもお休みが必要だと思わない?」

アスカは頷いた。
母親がどれだけ大変な仕事をしているか、幼いながらにアスカは理解している。 そしてそれが大切な事も。 だからこそ今までアスカは特に不満も言わずに寂しさに耐えてきた。
故に母親に休息が必要である事は容易に理解出来た。

「なら持って行くものがあるんじゃない?」

そう言って彼女はアスカの手に一つの物を手渡した。

「これで何をすれば良いか、アスカちゃんなら分かるよね?」

その言葉を掛けられた瞬間、アスカの頭に映像が流れた。
病室のドアを開け、手の中の物を母親に見せる。 それを差し出すと、それまでずっと人形に語りかけていた母は笑って受け取って 今度はアスカに向かって微笑んだ。
それは久々に向けられた、アスカへの心からの笑顔。 そしてアスカが心から待ち望んでいたモノ。
これまでそんな光景が繰り広げられた事は無い。 しかしそれはアスカの中でリアルな感覚を以て根付いていった。
それが真実であるはずも無いのに。

手にずっしりと感じる重みを見て、アスカもまた映像の中の母と同じ様に笑みを浮かべた。

「ダンケ。」

礼を述べ、今度こそアスカは医務室を出ていった。
右手に光輝くナイフを持って。

アスカを見送った後、医務室である事を気にする事も無く携帯電話を取り出した。
アスカに向けられていた笑顔は消え、無表情のまま受話器の向こうの相手に報告する。

「予定通りセカンドには処置を施しました。
たった今病院に向かいましたので後はお願いします。」

















NEON GENESIS EVANGELION 
Re-Program



SEMI-FINAL EPISODE




Lie?











2000年








南極大陸








「探査針、設置完了。」
「データ、オールリンク。」
「信号送信テスト完了。オールグリーンです。」

報告を聞き、葛城博士は満足そうに頷いた。そしてその隣に居る男性を見ると、彼も同じく嬉しそうな笑顔を向ける。

「いよいよ始まるのですね。」

南極大陸で発見された謎の巨人。その調査の為に急ピッチで建造された特殊な研究施設。 だがその中は現在の技術の最先端を結集させた、今まで葛城博士も見た事のない程の立派なものだった。 施設内に存在する計測技術のほとんどがまだ日の目を見ていない程に開発されたばかりのもので、 傍目に見ても金と人材が惜しげも無く注ぎ込まれている事が分かる。
こんな世界の最果てまで持ってくるのにどれだけの額が掛かったのか。 しかし博士の頭の中を占めているのはこれから始まる実験の事だけで、興奮も露わに口を開く。

「ああ、私がこれまで作り上げてきた理論。その実例が目の前にあるんだ。 慎重さが必要だとは分かってはいるが今すぐにでも始めたいよ。」
「ハハハ。気持ちは分かります。これまでの道のりは山と谷ばかりでしたからね。 私もずっと葛城先生に着いて来て良かったと、今本当に思いますよ。」

二人が話している間にも着実に準備が進められる。
これから行われる実験の総責任者は葛城博士だが、実験の取りまとめをする人物は他に居り、 博士は始まるまではただ傍観しているだけで良い。 あくまで葛城博士は理論の提唱者であり、それを元にして実験方法を構築した者は別。 ただ形式的に報告を聞くだけだが、その何でも無い報告の一つ一つが博士の興奮を更に高めていった。

「ああ、確かに長かったよ。」

自身の助手を長く勤める男性の言葉に葛城は、遠くを眺める様に眼を細めた。





彼にとってそれは天啓とも言えた。
彼の専門である遺伝子工学。医療を始めとして様々な方面で活用されるその技術に魅せられ、 学生時代からその世界に飛び込んで行った。 そして学生から研究者として成長し、一般には知られないものの多くの業績をあげていた。
結婚して子供も生まれ、学者としても順風に吹かれた毎日を過ごす彼がこの時取り組んでいたのは人の遺伝子。 まだまだ未解明の部分も多く、故にそれは彼の知的好奇心を強く揺さぶった。
だがそれは難問だった。 これまで多くの謎を解明し、応用させてきた彼であっても容易には研究は進まなかった。 その中で特に彼を悩ませたのは人の中に多く存在する、 いわゆるジャンクDNAと呼ばれる部分だった。
無駄な物は生命には無い。 その持論の元で彼はジャンクDNAにも意味を求め、しかしどれだけ調べても意味は出てこない。
それは彼にとって初めてとも言える挫折で、大きな壁だった。 次第に家へと帰る事も少なくなり、家族との関係も冷え切っていく。
妻は嘆き、娘はそんな母を見て父を憎む。
それを葛城自身も感じていた。 だが彼には研究があり、彼にとっては家庭よりもそれの方が重要だった。
支えてくれるモノを自身の手で捨て置き、ひたすらに研究だけを続ける。

そんな中で訪れた一つのアイデア。
人の遺伝子二重螺旋構造(スーパーソレノイド)に隠された意味。そして他のものとは異なる、特異な構造がジャンク遺伝子にある、 その事実が指すもの。
思い浮かんだ当初、彼は自身の正気を疑った。 相当疲れているのだ、と天も仰いだ。が、気晴らしにでもと思い、試しに計算を行ってみた。
そしてそれが彼の運命を変えた。

得られた結果は、一言で言えば有り得ない。彼自身、結果を見た直後はその言葉を口にした。
しかし、どれだけ計算コードを調べても、どれだけ理論の穴を見つけようとしても何も出てこない。 彼は確信した。

それからの仕事は早かった。
寝食を、昼夜を忘れて彼は論文を書き上げた。 理論だけで実証データも無い、ただの机上の空論。 そう考えれば全てが上手くいく、それだけの内容。
彼には確信があった。この理論が受け入れられるはずである、と。
似た構成の論文も他に多くあり、何よりこれまで積み上げてきた彼の実績があった。 だからこそ自信を持って彼は論文を提出した。

だが現実は違った。
提出先の学会誌全てに断られ、学会の度に自説を論じてみても返ってくるのは嘲笑。 積み上げた業績は全て水泡に帰し、論じる度に彼の地位は地の果てへと落ちていった。
それほどまでに理論は荒唐無稽だった。
質量、エネルギー、化学種。これまでの常識とも言える保存式や法則を無視したその理論を受け入れる事は、 他の科学者達には不可能に近かった。
科学者として持っていた物を、彼は全て否定され、失った。

だからこそ彼は欲した。自身を認めれくれるモノを。実証データを。者を。
ありとあらゆる動物の遺伝子情報を求めて世界各地を飛び回り、 行く先々の嘲笑に耐えて彼は頭を下げ続けた。
部下は去り、研究費も無く自身の貯金を崩して研究に没頭した。
この時にはもうすでに、彼の頭に家族の事は無かった。 妻の顔も娘の顔も、意識しなければ思い出す事が出来ない。
それでも彼は続けた。 いや、だからこそ彼は続けた。 妻に去られ、すがるモノが彼には研究しか残されていなかったから。

しかし転機は突如として訪れた。S2理論を閃いた時と同じように。
ある日、突然声を掛けられ、言われた。力を借りたい、と。
何の話か、初めは分からなかった。だが今、自分が持っているモノは、と言われれば彼には自分の理論しかない。 だからすぐに思い至り、しかし断った。
彼はすでに半ば諦めかけていた。 自分の理論は間違いで、裏付けるデータなど何処にも存在しないのではないか。
そんな想いに駆られていたが、その気持ちは声を掛けてきた男の一言で一変する。
曰く、S2理論を証明する実例が南極に存在する。
それは闇夜に降り注ぐ、一筋の光の様で、一割の優しさと九割の毒性を以て彼の内へと染み込んで行った。

「南極の地下で見つかりました巨人は他のどの生命とも遺伝子情報が一致せず、 ただ我々人類の物と大筋で一致しています。99.89%の割合で。
そしてその差異の0.11%の中に情報としては一致している物の、状態としては微かに異なっている事がこれまでの調査で判明しました。」
「つまりそれが……」
「ええ。我々調査チームは、それこそが葛城博士の提唱したS2理論、それが実際に活用されていた証拠だと考えています。 我々人類とは絶対量の違う、まさに無限とも言えるエネルギーを生み出す事にね。」

地獄から天国。まさに彼の中を支配しているのはそんな感情だった。
全てを失ったと思っていた。だが神は彼を見捨てなかった。 一度は呪った神に今は心から謝罪したいとさえ思った。

男と連絡先の交換を終え、一週間後に南極へと飛ぶ約束を交わした彼はすぐに準備を始めた。
元来彼は身の回りに気を配らない性質であった。従って旅行の準備は時間が掛からずに終わり、 後は約束の時を待つだけだった。
数少ない彼の嗜好品であるコーヒーを香りを味わいながら、かつお気に入りのロッキングチェアに身を委ねて 彼は時を過ごしていた。
時に自分の理論を確認し、必要な情報を整理しつつも落ち着いた時間。 ゆっくりとした時間を過ごすのはいつ振りだろう、と彼は記憶を探る。
そしてふと思い浮かんだ妻と娘の顔。
冷静になった頭に、彼は更に冷や水を浴びせられた様な気がした。

自分は妻と娘に何をしてやれただろうか。
そう自問し、だが何も思い浮かばなかった。 何においても研究優先。家にもほとんど帰らず、研究が行き詰ってからは尚更蔑ろにしてきた。
ゆっくりと思い出してみると、如何に自分が酷い夫と父親であったか。
そう思うと、彼には急に今居る自分の家が寂しく感じられてきた。

妻との関係は最早修復不可能。それに関しては弁解の余地はない。
夫婦という関係は未だ続いているものの、それは形だけのもので、 もう間もなくその絆も切れてしまうだろう。
だが親子の関係は、永遠のモノで切れる事は無い。 それでも離婚が成立してしまえば、儚く切れやすいモノへと変質してしまう。
ならばせめて最後くらいは―――
彼は受話器に手を伸ばした。





「葛城博士。」

隣から掛けられた声に、博士は意識を目の前の実験へと戻した。

「あ、ああ。もう始められるのかい?」

声を掛けてきたドイツ人である実験責任者の男に尋ねるが、男はにこりともせずに否定した。

「準備の方は大方整ったのですが、どうもお嬢さんの方が緊張していらっしゃるみたいでして。
博士の方から声を掛けて頂けると有難いのですが。」
「そうか、分かったよ。」

感謝します。
短くそれだけ告げると元来た道を戻り、その後ろを葛城は付いていく。

「……なあ。」

その道すがら、葛城は口を開いた。

「どうしても、娘じゃなきゃダメなのかい?」
「……どうしても、というわけではありませんが、現在ここには未成年の子供は博士のお嬢さんしか居りません。 ご負担を掛けてしまう事はこちらとしても心苦しいのですが……」
「ああ、いや。私としても実験が上手く行って欲しいから構わないよ。
危険は無いんだろう?」
「それは勿論。」

男が大きく頷くと同時に別室の準備室へと到着した。
葛城をマイクの前に連れてくるとスイッチを入れ、そしてモニターに実験室の様子が映し出された。
葛城は息を飲んだ。
映し出されたのは、幾つものチューブが体に繋げられた娘の姿。 首から上しか表示されていないが、ミサトが気持ち悪そうに体をよじる度にまだ無垢な体が垣間見え、 裸である事が分かる。
これではまるで実験動物(モルモット)ではないか。
抗議の声を上げようとし、だがそれも男に制される。

「ご心配なさらず。実験の性質上このような姿ですが、体に悪影響はありません。 最善の配慮をしています。」

だから口は出さないでくれ。
言外にそれを伝え、そして実験内容には一切関わっていない葛城は何も言えなかった。

「分かってるよ。
それで、今更で申し訳ないんだが、実験の概要について教えてくれないか?」

だから代わりにそう尋ねた。それは内心に過る不安を押し隠す為のもので、 それを知ってか知らずか、男も特に不満気な様子も見せずに説明を始めた。

「まずこの巨人ですが、生きています。」

そう言ってミサトとは別のモニターに一つの異形が映し出された。
氷の大地に眠れる巨人。 身動き一つせずともその存在感は部屋に居た一同を圧倒する。

「生きている?まさかそんな事が……」
「正確には仮死状態ですがね。
どれだけ長い間こうして氷の下で生き延びて来たのか、その生命力には圧倒されますよ。
話が逸れました。
こいつは仮死状態である為、自力でS2機関を稼働させる事が出来ないのです。」
「その為に娘が必要なのか?」
「ええ。
これまでの研究で、人の持つある神経が活発になるとわずかではありますがジャンクDNAの配置が変化する事が分かってます。」

説明を続けながら、男はミサトの方を見遣り、つられる様に葛城も娘の映るモニターを見た。
バイザーの様な物が頭を覆い隠している所為で表情は見えない。

「そのA10神経を活性化してやり、神経を流れる微弱な電気信号を増幅して 巨人側にも何かしらの反応を引き起こしてみようというのが今回の実験です。
納得していただけましたか?」

なるほど、話を聞く限り娘に危険性は無い。
葛城はひとまず胸を撫で下ろし、それを確認した男はマイクを葛城に手渡す。

「どうぞ。お嬢さんが待っていますよ。」

マイクを受け取り、葛城は一度深呼吸をした。
娘を安心させる為に何を話せば良いのか。 刹那の時間に思考を巡らせるが、全く言葉が出てこない。 娘一人落ち着かせる手段を持たない自分に失望し、それでもせめて、と笑みを浮かべてマイクへと話しかけた。

「……ミサト、お父さんだよ。」
「おとう…さん?」
「ああ、そうだよ。気分はどうだ?」
「……少し気持ち悪い。」
「そうか……
ごめんな、でも少しの間だけだから我慢してくれないか?」

遮られた視界で、ミサトからは父親の姿は見えない。
それでもこれまで聞いた事のない、父の優しい声にミサトは小さく頷いた。



葛城の意識がミサトへと向き、視線が逸れた隙に男はそばに座っていた別の男に耳打ちする。

「実験を開始しろ。あくまで秘密にな。」
「了解。」

指示を受けた男は周囲を見渡し、他の職員にも目配せする。
皆、一様に小さく頷き、実験は開始された。



「どうだ、何処か痛かったりしないか?」
「ううん、大丈夫。」
「そうか、それならいい。
何か異常を感じたらすぐにお父さんに言うんだぞ?」

短くも久々の親子の会話に、葛城は少しの疲労感と、それを大きく上回る満足感を感じていた。
有るべきだった親子の姿。これまでどうしてこんな機会を持とうとしなかったのだろうか。 後悔が葛城の胸を何度も過る。
帰ったらもう一度妻と話をしよう。そしてこれまでの事を詫びよう。 許してもらえないかもしれないが、それでも今までこんなどうしようもない自分と夫婦で居てくれた事に 感謝しよう。

決意を新たにし、そして埋没した思考から戻って来た時、葛城は周囲の空気が変わっている事に気付いた。
慌しく職員達が手を動かしている姿は変わらない。 だがその雰囲気は明らかに何処か違う。
何か異常でもあったのか。

直後、スピーカーからミサトの小さくうめく声が聞こえた。

「ミサト!どうしたんだ!?」

慌てて葛城は娘の名を呼ぶ。 しかし返事は無く、くぐもった声だけが返ってくる。
焦燥に駆られて葛城は一緒にこの部屋に来た男の姿を探した。 果たして、葛城から離れた部屋の隅に男は居た。

「おい!何をしたんだ!?」

声を張り上げ、葛城は問いかける。 だが男は目の前の小さなモニターに集中していて葛城の声は届かない。
已むなく葛城は男の方に手を伸ばす。その時、興奮気味な声が耳に届いた。

「すばらしい……このエネルギー量はすばらし過ぎる……!!」
「おい!!」

肩を乱暴に掴み、男を振り向かせる。 それでようやく気付いたか、男は、失礼、と非礼を詫びた。

「いえ、この巨人の持つエネルギー量があまりにも想像からかけ離れていましたので つい興奮してしまいました。」
「実験をもう始めたのか!?
それより娘の様子がおかしい!すぐに実験を止めてくれ!」

叫ぶ葛城。だが男は努めて冷静に言い放つ。

「その必要はありません。現在実験は正常に行われています。」
「馬鹿な!?
なら娘が苦しむのも知っていたと言うのか!?」
「今のお嬢さんの状態が苦しみならば、その通りです。」

葛城の中で何かが弾けた。
男を殴り飛ばし、男は周りに居た職員を巻き込みながら激しく音を立てて倒れ込む。
それを確認するまでも無く、葛城は突き飛ばす様に傍に座っていた別の職員をどかすと キーを叩き潰さんばかりの勢いで操作する。
葛城にとってもう研究などどうでも良かった。 頭と視界を占めるのは娘の声と何度目かの後悔。 こんなところに来るんじゃなかった。一刻も早くここを出て日本に帰ろう。

瞬間、銃声が響いた。
うめきと共に肩を抑えて葛城はうずくまる。 その頭上で冷徹な声が降り注いだ。

「勝手な事をしては困りますよ、葛城博士。
ここでは貴方に決定権は無いんです。」

ギリ、と歯が軋む音がして葛城は男を睨みつけた。

「こんなチャンスはまたと無いんです。貴方も研究者なら分かるでしょう?」
「その為に娘を犠牲にする事などできん!」
「そうですか……残念です。」

カチ。撃鉄の下りる音が葛城の耳元に響く。
こめかみに突き付けられた金属の冷たい感触が、葛城にははっきりと感じられた。

「私は個人的に貴方を尊敬していました。
ですがこうなっては已むを得ないですね。」
「な…に……?」
「貴方の存在は危険なんですよ。今は爪弾きにあっていますが、いつ誰が貴方の能力に目を着けるか分からない。 だから上は貴方を取り込む、最悪の場合は存在そのものを抹消する事も已む無し、との判断をしました。」

葛城は助けを求めて部屋を見回した。
だが返ってきたのは無反応。 誰もが無機質な瞳で葛城を見下ろしていた。

「まあ貴方の仕事は終わりましたしね。
S2理論の方もどうとでもなります。」

だからお別れです。
男の指に力が徐々に込められていき、金属が小さく擦れる音だけが明確な意志を以て葛城を射抜く。
どうしようもない無力感が葛城の気力を奪い去る。
引鉄が引き絞られる―――

「きゃあああああああっ!!」

その刹那にミサトの悲鳴が静寂を切り裂いた。
そしてそれに呼応する、地の底から湧きあがる低い唸り。 悲鳴に比べて遥かに小さく轟くそれは、施設に居る者全員に耐えがたい苦痛を、恐怖を与えた。

「状況を報告しろ!!」
「巨人からのエネルギー反応増大!」
「エネルギー、更に上昇していきます!計測機器の針を振り切っています!!」
「S2機関の起動を確認!!」

ノイズ混じりのモニター。現れる氷の亀裂。 少しずつ巨人の全身から光が発せられていく。

「おお……!!」

慌しく全員が動き出す中、男だけが恍惚の表情で巨人を見つめていた。
溢れだす光は希望か、それとも全てを塗りつぶす絶望か。
絶え間無く響き渡る、苦しみを表している様にも聞こえる声を男はただ聞いていた。

「暴走だ……」

額から汗を滴らせながら葛城が立ち上がる。

「すぐに実験を中止しろ。このエネルギー量だ。 全てが暴発すれば大陸が吹っ飛ぶぞ。」
「すばらしい……」
「何?」

葛城の警告に対し、返ってきた男の呟きは賛辞。

「これこそが私が求めていたモノだ。
圧倒的な力!全てを魅了する能力!!これを制御できれば……」
「馬鹿を言うな!
これは最早我々の範疇を超えたモノだ!!制御などできん!!」

痛みを忘れ、葛城は男の胸倉を掴み、額を突きつける。

「今すぐだ……今すぐに止めろ。」
「何と言われようが私は止めない。止められるはずがないだろう。」

意志を変えようとしない男に、葛城は強く舌打ちすると男を突き飛ばす。
その間にもスピーカーからはミサトの、 そして施設を覆う様に巨人からの咆哮が360度から届く。

「これからは私が指揮を執る!
ただちに実験を中止!死にたくなかったら全力を尽くせ!!」

普段からは考えられない程の大きな声を出し、葛城は叫んだ。
どうすべきか職員達は一瞬の戸惑いを見せるが、再度葛城が「急げ!」と叫ぶと弾かれた様に動きだす。

「全階層に非常事態宣言!防御服を装着後、実験担当外の上級職員は避難を誘導!
他の職員を大至急でセントラルドグマ上層へ避難させろ!」
「ダメだ!信号が止まらない!巨人側からアクセスされてるぞ!!」
「強制解除は出来ないのか!?」

怒号が飛び交い、警報と光が部屋を満たす中で各々が作業を進める。
しかしそれでも事態は好転しない。
震動が激しく、巨人を覆う氷の破片が次から次へと落ちていく。

「くそっ!!表面の発光が予定限界値を超えてやがる!!」
「被験者の遺伝情報がすでに取り込まれ始めています!こちら側からの遮断が出来ません!!」
「諦めるな!!何か……何か手段があるはずだっ!!」

鼓舞する様に何度も葛城は檄を飛ばす。それでも漂う絶望感。焦燥と絶望が気力を奪っていく。

「装置の物理的破壊は!?」
「出来なくはないですが……この中を行くんですか!?危険です!!」
「それしかないならやるしかないだろっ!!」

葛城は走り出した。
防御服を着る事も無く、空調の比較的効いた簡単な防寒具だけを身にまとい娘の元へ走り出す。

「私も行きます!!」

後からの声に葛城は振り向いた。そこには長年連れ添ってきた助手の男の姿。

「馬鹿!何が起こるか分からんのだぞ!?早く戻れっ!!」
「もう今更ですよ、博士!どれだけ貴方の無茶にこれまで付き合わされたと思ってるんですか!
後、もう何人かも道具を持って来るはずです!」

道具が無いとどうしようも無いでしょう。博士は何処か抜けてるんですから。
走り、息を切らせながら助手は笑う。
葛城は前を向いた。顔を見られない様に。



「ぐぅっ……!!」

実験現場に到着した時に葛城達を暴風雪と、耳をつんざく轟音が襲う。
小粒ながらも顔を打ちつける雪は弾丸の様で、かろうじて開いた眼で葛城は娘の居る場所を探した。

「あれじゃないですか!?」

助手が叫んで指差す方向に、かろうじて見える巨大な円筒型の容器があった。
地鳴りと震動が地下に作られた人工の空間を揺らし、二人の頭上からはギシギシと鉄筋が軋む音が暴風を切り裂いて届く。

「ミサト!!」

彼方、とも言えない距離で佇む巨人。すでに氷の壁は多くが砕かれ、半分以上が露出している。
奥歯を噛みしめながら葛城は一歩一歩確実に、時に出血の痛みに意識を飛ばされそうになりながらも進んだ。

「ミサト!大丈夫か!?」

ミサトの入った容器に取り付き、有らん限りの力で以て叩き、叫ぶ。 氷点を遥かに下回る極寒の容器に耳を押し付け、ミサトの元気な声を期待する。
しかし返ってくるのは部屋の中で聞いた悲鳴。叫び過ぎて喉が擦り切れたか、擦れたそれだけが葛城の胸を締め付けた。

「どいて下さい!!」

葛城を押し退け、工具を持った助手と職員がハッチの部分に刃を当てる。
白い世界に散る火花。ハッチと時間が刻々と削り取っていく。

「開いた!!」
「ミサト!!」

全身をチューブが覆い、目を閉じたままのミサト。 だがその胸は微かに上下して命の存在を主張していた。

「良かった……」

娘の無事な姿に葛城は涙した。
足の力は抜け、それでも両腕はしっかりと、力強くミサトを抱きしめる。

「……は?」

その後ろで一人が間の抜けた声を上げる。が、付近の轟音に掻き消されて他の人には届かない。

「何だって?……ああ、そうだ……馬鹿野郎!!」

怒声を上げ、尋常ならざるその様に皆驚いて振り向く。
男は通信機から耳を離し、至近距離から叫んだ。

「急いでそこから離れろ!!」
「どうした!?何があった!?」

助手の男がとりあえずその場を離れながら問いかける。
そして返ってきた答えは絶望だった。

「巨人が……完全に覚醒します。」
「槍はどうしたんだ!?」

胸にミサトを抱いたまた葛城が問う。
先に実験担当の男から聞かされていた、ロンギヌスの槍。 完全ではないにしろ、万一の為の保険として用意されたそれは非常時唯一の巨人の制御方法。
しかし男は頭を振った。

「すでに奴に取り込まれてます!正真正銘のバケモンですよ、アイツは!!」
「ちっ!貸してみろっ!!」

その場から離れながら耳に通信機を強く押し当てて葛城は指示を出す。

「槍を引き戻せないのか!?」
『ムリだ!すでに磁場が保てなくなってる!引き戻すだけの出力は得られない!』

最早事態は自分達の制御下を完全に離れた。
それを悟った葛城はすぐに頭を切り替え、被害を抑える方向に思考をシフトする。

「電源はどれだけ残っている!?」
『実験用のモノはもうほとんどイカレてる!! 他のをかき集めてるが微妙な量だ!』
「少しでもいい!被害を抑えるんだ!!このままじゃ大爆発が起こるぞ!!」
『分かってる!』

背後で爆音。それは建物の一部を吹き飛ばし、葛城達に向かってより一層眩い光が降り注ぐ。

「God damn……」

誰かの呟きと時を同じくして巨人は起き上がった。
人型の異形は全身から眩く光を発し、その中で瞳にはぽっかりとした、どこまでも吸い込まれていく暗闇が奇妙に 際立っていた。
その双眸がギョロ、と動く。果たして、暗闇は葛城を捉えた。

「走れっ!!」

葛城は叫んだ。ゾクリと背筋を走る、その感覚を信じて。

「聞こえるか!?巨人が目覚めた!!」
『こっちでも確認した!
何てでかさだ……上でも奴の頭が見える。』

通信機の奥からは感嘆の声。そしてその声は震えていた。

「もうすぐガフの扉が開く!その時に熱処理を行えば被害を抑えられるかもしれない!」
「葛城博士!!」

呼ばれて振り向くと、その先には瓦礫と化した建材を掴み、上へ上へと昇っていく神の子の姿。
だがもろくなった建物はその重みに耐えられずに崩れ、それでも再び地の底へと堕ちていく。

「なっ!?」

何とかエレベーターの入り口に到着し、制御室へと到着した葛城はモニターに映っていた驚愕の光景に声を上げた。
何度目かの墜落を繰り返した後、背中に広がる四枚の光の翼。 覚束なく揺れていたそれはやがて、感覚を取り戻したか、ゆっくりと羽ばたいて巨人は空へとむかっていく。

「地上に出るぞ!
必要なエネルギーは溜まったか!?」
「もうすぐだ!もうすぐで……奴に干渉可能なエネルギーが溜まる!」
「地上に出ました!歩行も確認!!」
「くっ……!間に合うか!?」
「やばいっ!!奴が羽を…羽を広げるぞ!!」

小さく半分に折りたたまれていた羽がその全貌を露わにし、羽の数も四つから八つへと増える。 それと共に全身からの発光も激しくなり、もがくかの様に頭部を抱える。
そのまま何かを探しているのか、三六〇度周囲を見渡し、双眸がより暗く染まる。
体をのけ反らし、咆哮。
世界を揺るがす叫びが世界の端で響き渡った。
その声は苦しげで、悲しげで、寂しげで。
咆哮の先に巨人は見つけた。 一時凌ぎ、ほんの一時凌ぎであっても欠けたココロを埋めてくれていたモノを。
例え失った半身の代わりにはならなくとも。

巨人は手を伸ばした。それに向かって。
そして―――

白い閃光が世界を支配した。






荒廃した雪の大地を男の足が踏み締める。
ザク、ザク、と規則的な足音。時に不自然にそれが止まる。
腕の中に居る少女を落としそうになり、それでも決して落としはしない。 挫けそうになる足を叱咤し、目的の場所へと歩を進める。

背後には立ち尽くす光の巨人。 力無くその両腕を地へと垂らし、少しずつ自分から離れていく男の姿を眺めていた。

葛城は脱出ポットのある場所へと到着し、ハッチを開ける。
先ほどの爆発が嘘であったかの様に、何事も無く稼働するそれを見て安心し、 娘をその中に寝かせた。
大切に防寒具で包み、寝息を立てるミサト。 その頬に小さな雫が落ちる。
少しだけ紅く濁った涙。ミサトの頬が濡れていく。

小さな衝撃に気付いたか、ミサトの口からうめきが零れ、力無い両まぶたの下から瞳が現れる。

「おとう…さん……?」

その言葉を最後まで聞く事無く、葛城はハッチを閉じた。
膝を突き、ポッドに向かって葛城は倒れ込む。 背中から止め処無く流れ出る血液が白銀の地面とポッドを紅く染め上げた。

「母さんに……よろしくな……」

決してミサトには届かない呟き。 そうと分かっていても口に出さずには居られなかった。

「全ては……仕組まれていた、か……」

巨人の内部に組み込まれていた起爆装置。 自分達の方へ巨人の手が伸びた時そのS2機関は完全に稼働し、そして葛城がそれに気付いた直後、起爆すべく 葛城は動いた。自分に被害が及ぶのも恐れず。ただ被害を最小限に抑えるべく。
そして起爆は行われた。 自分達は何も行う事無く。
セットは十分後。その間になるべく場を離れ、逃げ場は無くともその時間があれば全滅という悲劇は逃れられるはずであった。
しかし現実は違った。
他にも仕掛けられていたのか、それとも誤作動したのか。至近距離で爆発は起こった。
いや、仕組まれていたと考えるのが妥当か。
実験担当官が話していた内容を思い返せば、自分が殺される事は既定路線。
恐らくここで自分が果てるのは、仕組まれた事なのだろう。 だがそれでも葛城は自分の運命を、仕組んだ者を恨む気にはなれなかった。
心残りはある。だがここに来なければ自らの過ちを悟る事は無かった。 そして最後に娘だけは助けられた。全てが吹き飛ばされた後で、唯一自分だけが助かり、奇跡的にも娘には致命的な傷は無い。 なら神にでも感謝してやってもいいかもしれない。

徒然とそんな事を考えながら葛城の意識は薄れ、 再び辺りを爆発が白く染め上げていった。








同時刻







半身を失ったもう一体の巨人の慟哭が極東を揺るがした。





日本 関東・東海地方を中心としてM7.8の地震が発生








その二時間半後






三重県沖 及び 四国南方沖にて東南海・南海地震発生を日本政府は発表







同時に世界に対し非常事態宣言を発令









「やれやれ、何とか被害は最小限に収まったか。」
「まあ相当の人員と資材を使いましたからな。 あの程度で無ければ全てが水泡に帰すところです。」
「だとしても被害は甚大だ。
我々が投資していた南極地下資源、それが大陸ごと吹き飛んだのだからな。」
「それは君の国だけだよ。出し抜くのも重要だが、今回はそれが裏目に出たみたいだね。」
「ふん。」
「だが今回は驚いた。まさか極東の人間がここまで被害を抑えられるとはな。」
「いやはや、研究だけで一人では何もできない人間だと思っていたが 中々どうして。こうまでも人というモノは追い込まれると力を発揮できるのですな。 少々勉強になりましたよ。」
「確かにな。
こうなるならば少々奴を処分するのも早かったのやもしれん。」
「取り込む方向で議論を進めるべきでしたかな?」
「馬鹿な。我々の中にサルを入れろと言うのか?」
「過去に例はある。しかもこの場に座る程の地位にな。」
「だが奴には我らに加わる程の背景があるとは思えん。」
「どうでもよい事だよ。すでに彼は死んだのだから。」
「そうだな。今更議論しても栓の無い事だ。」




「しかし……あれだけ探しても見つからなかった黒き月。かような形で世に出てくるとは。」
「内部まで完全に埋まっていたからな。現在の技術では発見できないのも道理だよ。」
「リリスは見つかったのか?」
「いや、まだだ。だが時間の問題だろう。」
「アダムとリリス。アダムの叫びに呼応したか。」
「地震も恐らくリリスが原因だろう。
しかし参った。これであの国で事を為さねばならん。」
「最も金を絞り取れる国だったのだがな。そこは諦めるしかあるまい。」
「それどころかこっちが金を出してやらねば体制も整えられまい。」
「予算も考え直さなければなりませんな。」
「忌々しい事この上ないな。」
「我々側に被害が及ばなかっただけでも良しとしますか。」
「それもそうか。我々の命は地球より重い、だったかな?」
「傲慢な事だ。」
「何かご不満でも、キール殿?」
「いや、別に。」
「まあいい。元々操り易い国ではあったが、これでより計画が進めやすくなるというものだ。」
「では修正を含めた話し合いを始めようか。」




「まったく、あの国とは付き合い辛いな。
国民全員がああなのかね?」
「人それぞれ、だろう。似た傾向があるのは否めないが。
ただ私腹を肥やしたり、単に国民に迎合するよりはましだ。」
「否定はしないがね。
だからと言って自国の利益だけを追求し過ぎるのもな。
加えて自分が一番だという自惚れが癇に障る。」
「私達の様に歴史を持たないからな。他に誇るモノを持たない故、仕方のない事だ。」
「我々の様にはなれない、か。」
「何百年という歴史の上に今の私達があるのです。それを求めるのは酷というものですよ。」
「それと、キールにも困ったものだな。」
「そうだな。理想を抱くのは結構だが、現実というモノをもう少し冷静に見つめる必要がある。」
「能力はある。だがあの歳にしては青過ぎる。」
「若いうちはいいが、老いてからは害悪でしかなくなるものだ。情熱というのは。」
「眼の前の利益で動いてはいかん。一般的には悪と罵られようが全体の利益を考えなければならないからな。」
「多角的な見方が必要だ。」
「傲慢でも我々が無知蒙昧な人類を導いてやらねばならんのだ。」
「それが我らがゼーレの役割。」
「その為の話し合いを今、真に始めようか。」
「分からないんだ……」
「何がだ?」
「どうして人は人を嫌ってしまうのか、憎んでしまえるのかな。」
「お前は憎いと思った事は無いのか?」
「僕だって人だ。苦手だと思う人はいるよ。
でも嫌いなんて思った事は無い。」
「異常だな。」
「僕もそう思う。」
「ならアンタ、好きな人は居るの?」
「分からない。好きか嫌いかと言われれば好きと言える人も居るけど、 愛情の意味だと良く分からないんだ。」
「恋人も居たのに?」
「うん、彼女は好きだったんだと思う。でも断定はできないんだ。
人を愛するって事がどういう気持ちになった時か分からないから。」
「家族……家族についてはどうなの?」
「どうなんだろう……母さんの事は良く覚えてないし、父さんの事も知らないしあまり知ろうともしなかった。
他人にしてもあまり知りたいと思えない。
僕は自分以外に関心が無いのかもしれない。」
「ウソツキ。」
「嘘じゃない。」
「なら、どうして貴方は父親から自立する事を願うの?」
「それは……」
「どうして貴方は他人に恐怖するの?」
「どうしてだろう……?」 「分からないの?。」
「他人が分からないんだ。」
「自分が、だろ?」
「自分も分からない。他人も分からない。
だから自分に自信を持てないし、他人とも関われない。」
「でも一人で生きていくのは辛い。だから自分を誤魔化して生きるのね。」
「他人が何を考えているのか分からないんだ。
もしかしたら好かれてるのかもしれない。好意を持ってくれてるのかもしれない。
でもそれは僕の思い込みでしかないのかもしれないんだ。
笑顔の裏で僕をバカにしてるのかもしれない。 手を差し出しながら蹴落とす瞬間を今か今かと待っているのかもしれない。
一緒に笑い合いながらココロの中では僕を嘲ってるんだ。
仮面を被って見下してるんだ。」
「だから他人のフリをするのね。」
「他人と同じ様に自分も隠すんだ。」
「そうしないと自分を守れないからでしょ?」
「他人に自分を悟られないように、自分の本心を見透かされないように。」
「でもそれは自分からも自分を覆い隠す行為。」
「故に自分というモノを理解出来ず、他人を表層でしか見られない。」
「自分を愛せない。だから他人も愛せず、他人から愛される事を信じられない。」
「世界は無味乾燥で、刹那の喜びと永続的な苦痛の中で生きなければならない。」
「ならどうして貴方は生きているの?」
「別に死ぬ理由が無いから。
死んでもいいとは思ってる。でも積極的に死ぬ理由が無いから、 だからまだ僕は生きている。
楽しいと思えるから。まだ生きていてもいいと思えるから。」
「まだ生の希望が死の願望を超えているのか。」
「なら生きる事が辛いと感じ始めたら?」
「正直、辛いんだ。今でも。
だからすぐ考えてしまうんだ。僕という存在を消してしまえたら、どんなに楽だろうって。」
「自分を完全に溶け込ませてしまえば、他人の恐怖に悩まされる事はなくなるからね?」
「それなのにまだ貴方はここに居る。」
「ならどうして貴方はまだここに居るの?」










2016年











「待ったか?」

陽の光さえ届かない遥かな地下。その巨大な一つの空間。
最後の使者が命を絶たれたその場所に決して大きくない声が反響する。
独り言に間違えられてもおかしくない、半ば自分に問いかけるニュアンスを含んだその言葉は、 だが確実に相手に届いた。

声を掛けられたレイはゆっくりとその髪を揺らす。
一糸まとわぬ姿だがその表情に羞恥の色は無く、また 声を掛けたアダムもそれが当然の風に接する。

「時は満ちた。
私達の願い。それがもうすぐ叶う。」
「長かった。」
「ああ、長い時だった。そのほとんどをお互い眠りの中で過ごし、 互いを失ったショックにこの身を蝕まれた。
私もお前も姿は変わった。
だがこの身に宿る願いだけは変わらない。」
「全てを一つに。本来の自分に戻り、私の意味を取り戻す。」

二人は向き合い、互いの瞳を見つめ合う。
自らの眼に映る相手と、相手の瞳に映る自分の姿。自分と相手だけがそこにはあった。

「そして私は未来を取り戻す。」

二人の間に入り込む一人の男。 全身黒ずくめで、サングラスの向こうには二人の姿は映らない。

「来たか。」
「ああ、あと少しで全てが始まり全てが終わる。
事を起こすのが私達であっても他人であっても。」
「ならば取る道は一つだな。」
「私は私の願いを叶える。」
「始まりは制御できなくとも結果は可能だ。」

周囲から照らされた三人のヒト。
そしてただ一人のリリスの子は掛けていたサングラスの位置を整えた。

「なら始めよう。全ての終わりを。」






















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