第拾弐話 暗闇の底から




















    a nuisance―――







シンは曲がるとすぐに立ち止まって壁に背を付けて隠れた。
視界の向こうでアスカと綾波がまたすぐに角を曲がるのが見えて、そして見えなくなった。

『どうするんだよ!?』
(こうするんだ……よ!!)

シンは思いっ切り足を蹴り出す事でシンジの疑問に応える。 次いで鈍い音。何かが壊れる様な。そしてネルフの作業服を着た人が二人倒れこんだ。

「ああああああっ!!」

一人は膝を押さえて叫んで、もう一人は倒れ込んだ男を避けずに躓いた。
カラカラ、と音を立てて拳銃が床に転がり、シンはそれをすぐに拾い上げる。
後から転んだ方がすぐにシンに向かって銃を向けるが、シンはその手を銃ごと蹴り飛ばした。

「お前らは何者だ?」

銃を頭に突き付けてシンは男に質問する。
もう一人は変わらず膝を押さえてわめくが、シンは耳障りに感じたのか、その男の頭を踏みつけた。

「うるさいんだよ。喚くしか出来ないなら少し黙ってろ。」

拳銃を無事な方の男の頭に押し付けながらシンは言い放つ。
男は言われた通りに声を押し殺し、シンは再び意識を目の前の男に戻した。
だがその途端、何かがシンの脊髄を駆け登る。足元に熱湯が掛けられた様に熱く、鋭い痛み。
下を向けばふくらはぎから金属が突き刺さっているのが見える。
シンはちっ、と舌打ちをする。誤算だった。 冷静に考えてみれば持っている武器が銃だけでは無いだろう事は容易に想像できたというのに。
読みが甘かった自身に悪態を吐くが、すぐにシンはその感覚を遮断する。 わずかばかりの痛みは残るがとりあえずの対処にはなる。 そう判断して痛みを無視した。
しかし、シンの視界はすぐに乱れた。
シンは失念していた。無視できるのは痛覚のみで、その他の機能がそのまま使えるわけでは無い。
力の入らない足は自らが零した血液で容易に滑り、踏ん張る事も出来ず体全体がバランスを崩す。
自然、立場は先程と逆になっていた。

「……サードチルドレンか?」

後から来た方の男はナイフをシンの首筋に当てて、初めて声を発した。
圧倒的優位な立場から発せられる、鈍重にも聞こえる低い声は、しかし驚きを多分に含んでいた。

「だからどうした?」
「くそっ……これだからコイツと組むのは嫌だったんだ……!!」

暗視スコープを張り付けた顔で男は吐き捨てた。
そしてよろよろと立ち上がったもう一人の男を、そのレンズの奥から睨みつける。

「俺は無視しろって言ったよな?にも関わらず勝手にぶっ放しやがって。案の定この様だ。」
「何の話してんだよ……?」

膝の激痛に耐え、ナイフからは紅い血を滴らせながら憤りを隠さない相方に男は尋ねる。

「サードチルドレンがどうしたんだよ?見られたからには殺すしか無いだろ?」
「もういい……」

シンの耳にまでギリ、と歯ぎしりの音が聞こえてきた。
男はシンの首にナイフを当てたまま、もう一人に向かって蹴り飛ばされた銃を取ってくるよう指示する。
砕けた膝の痛みを堪えて、何とか言われた通りに銃を持ってくる。口ではブツブツと文句を言っていたが。

(仲間割れしそうな今がチャンスなんだが……)

しかし、しっかりと刃が首に当てられている為、全く動きがシンは取れない。
少しでも動こうものなら、確実に失血死するのが目に見て取れた。

「ほらよ。」

顔をしかめたまま銃を放り投げ、一方がそれを受け取る。
引き金に指を掛け、感触を確かめる。
そしておもむろに腕を上げると、躊躇いも無く指に力を込めた。



元々不安定だった体がよろめく。
痛いはずの膝を突き、そして頭部。
ゴツ、と鈍い音が聞こえたかと思うと、そのまま動かなくなった。
帽子が紅く染まっていた。

「……どうして殺した?」
「あいつが居ると足手まといだからだ。」

照準をすでに事切れた、かつて仲間だった男からシンの方に移す。
そして暗視スコープを外すと、男の顔が露になった。
歳は二十代後半。暗くてシンからは顔ははっきりと見えないが、妙な雰囲気をシンは感じ取っていた。

「ただ見られただけなら、殺すだけで全てが丸く納まったんだがな。 よりにもよって見られたのがお前達チルドレンだって言うのが運のツキだった。」

半分何かを諦めた様に、男は深い溜息を吐いた。
その男の呟きを聞き、シンは相手にある程度辺りをつける事が出来た。
見られたらまずい事をしていて―――この場合はこの停電の犯人だろう―――しかもチルドレンを知っている。 日本人で、こういう工作を出来るなら、ある程度大きな組織が絡んでいる。となれば……

(日本政府か……?)

それならばチルドレンである自分に手を掛けるのが躊躇われる理由も分かる。 そんな事すれば確実に内部でさえ公表できないだろうし、口封じの為にいつの間にか殺った奴は消え去ってるだろう。
そしてそれは今シンの目の前の男にも当てはまった。
言葉遣いは落ち着いているのに、銃を持つ手は震えている。
その危うい雰囲気に、シンの背中に冷たく汗が流れた。

「お前らを殺したら、もう俺は戻れない。」
「なら見逃してくれないか?まだやりたい事が残ってるんだが。」
「お前を見逃してももう戻れない。逃がせば誰かに報告するだろう?上にはすぐ伝わるからな。すぐに俺は切り捨てられる。
なら俺はどうすればいい?」
「知らん。自分で考えろ。」
「ああ、考えたさ。だから……」

男は手の中にある銃を握り直す。
撃鉄を引く音がシンの耳に届いた。
手の震えは止まっていた。

「俺が逃げる間の時間稼ぎをする事にするよ。」

じゃあな、と男は僅かに歪んだ口から言葉を零す。
引き金が引かれる。そして弾が火薬によって弾き出された。

刹那、男の腕に衝撃が走り、銃身が大きく逸れる。
シンがこめかみから僅かに血を流しながら力強く銃身を掴んでいた。
力が均衡し、銃が小刻みに震える。
しかしそれもわずかな時間の事で、事態を把握した男は力任せに銃を横薙ぎに振った。
男としては比較的シンジの体は小柄で、当然それは人格がシンに入れ替わったからといって極端に変わりはしない。
細身の体が浮き上がり、シンは強か全身を壁に叩きつけられた。
最初は脊髄。その衝撃は瞬時に脳髄へと伝わり、全身が痺れる。
揺れる脳で理解したのは、銃弾が今度こそ確実に自分を貫いていった事だけだった。









白煙をわずかに上げる拳銃を、男はゆっくり下ろした。
足元にはブレザーの学生服を来た少年が力無く座り込んでいた。
もう二度と動く事は無い。それは間違いようのない事実で、実際、三発の鉛がシンジの体を貫通していた。
腹に一発、心臓に一発。そして頭にも。
壁にはべっとりと深紅のペンキがぶちまけられ、シンジのカッターシャツを汚している。

チルドレンを殺した。
これによって世界が滅んでしまうかもしれないし、もしかしたらそうではないかもしれない。
その事実に対して、サイレンサーの付いた銃から発せられた音は場違いな程に軽い。
そんな事がふと頭に思い浮かんだが、男はすぐに気を取り直して動き出す。
今自分にとって大切なのは、この現実を生き延びる事であって、どうなるか分からない不確定な未来の事など二の次だ。

「スマンな、少年。」

運が悪かった。俺もお前も。
そう言い残すと男はシンジに背を向ける。
停電が回復するにはまだ当分時間はある。 回復する頃にはどこか遠くへと逃げなければ。あるいはこの近くの山奥、未だ復興しきっていないスラムに身を隠すのも 選択肢か。

ずる、ぺた。

これからの行動を思案する男だったが、背中から聞こえてきた何かに足を止める。

ずる、ぺた。ずる、ぺた。

何かを引きずるような音。それも水分を多分に含んだ何かを。
背筋に走る、気持ち悪い怖気を感じたが、男はそれを無視する。
あるわけが無い。そう、あるわけが無いのだ。
ここには自分とチルドレンしか居らず、しかももう一人はついさっき自分が確実に殺した。 行動を共にした同僚も殺した。それは絶対に、だ。
心臓と頭を撃ち抜かれて生きている人間なんているはずが無い。ならば他に誰が動こうか。
まさか、自分達の他に誰かが居たのか?
その考えに至った瞬間、男の背中から気味悪さは消え、代わって警戒信号が脳裏に灯る。
それがもたらす結果に不釣り合いなほど軽い銃を握りしめ、男は振り返り、正面に構えた。

「……!!」

だが、男はそれ以上動けなかった。
視線の先には、先ほど殺したはずの少年。
全身をおびただしい血液で染めながらも、少年は血溜りの中を歩いていた。

ずる、ぺた。

左足を引きずりながら一歩、また一歩と男に迫ってくる。
地面を向いた鼻先からは、ぽたり、と何かが絶え間無く垂れ落ちる。
緩慢な動作でゆっくりと迫ってくるシンジに、男は恐怖した。
逃げなければ。それとも手の中にある鉄の塊をぶっ放すべきか。
いずれにしろ何かしらアクションを起こさなければ。 そう思えどもピクリとも体は動かない。呼吸も、瞬きさえも忘れ、瞳は乾いていた。

右手を目元にあて、シンジはゆっくり顔を上げる。
男からはシンジの瞳は見えない。
だが、わずかにシンジの指が開き、その隙間から血に濡れた瞳が露わになる。
黒の瞳。だが暗いはずの通路で、男からはその色がはっきりと見えた。
何故なら瞳はいつしか紅へと変わっていたから。

男がそれに気付いた時、すでに視界は闇に包まれていた。
やっぱりこんな作戦に参加するんじゃなかった、と思いながら。














「はっはっはぁ……!!」

荒い呼吸音を聞きながら、アスカは必死で足を前へと進ませる。
彼女の正面には、同じように息を切らしながらも走り続けるレイの姿がある。
レイと比べて、アスカは体力には相当自信があった。
にもかかわらず、アスカの目にはレイが自分よりも足取りが軽く映っていた。

「次は……!?」
「こっちよ。」

レイの後ろを追いかけてアスカも角を曲がる。
その際に足がもつれるが、何とか踏み止まる。
そして再び走り出そうとするが、顔を上げた時、レイは足を止めて辺りを見回していた。

「何やってんのよ!?早くしないと……」
「着いたわ。」

焦るアスカを他所に、レイは冷静に事実を告げる。
言われてアスカも周りを見回すが、そこには特に何も無い。 強いて言えば、資材置き場なのだろう、何かの建材と思われる鉄筋やパイプが無造作に置かれていた。

「ふざけないで……!!」

ギリ、とアスカは強く歯を噛みしめた。
こうしている間にも奴らが追い付いてくるかもしれない。
あいつらは間違い無くアタシを殺すつもりだった。
殺す、殺す、コロス、コロシテ、コロサレル。
チカチカ、とアスカの視界が点滅する。
体の震えが止まらない。息が苦しい。寒い。
嫌だ、そんなのは嫌だ。アタシは死にたくない。殺されたくない。
だから早く、早く何とかしなければ。
でもここは行き止まり。逃げられない。ならば……

「落ち着いて、アスカ。もう誰もついてきてないわ。」

両腕で自身の体を掻き抱くアスカに向かって、レイは言葉を発する。
額にびっしりと汗を掻き、震えるアスカだったが、レイの言葉に改めて付近に気を配った。
レイの言う通り自分たち以外に周りには居なさそうだ。
初めてアスカは大きく息を吐き出し、力を抜いた。だがすぐにそれの意味する所に気づき、顔を青ざめさせた。

「て事はあいつらシンジの所に行ったんじゃ!?
急ぐわよ!!」
「ええ。」

焦るアスカだったが、レイは動こうとしない。そして辺りを見回すと、隅に置かれていた鉄パイプを手に取る。

「何してんのよ!?」
「だからここよ。ここはケージの真上に当たるわ。」

そう言うとレイはおもむろにパイプを床に叩きつけ始めた。
ゴッ、と鈍い音が響き、レイの手から鉄パイプが離れる。

「きゃ!!」

宙に舞ったパイプがアスカの頭上から降ってきた。
慌ててアスカはその場を飛び退き、そして数瞬後にはその場所にパイプが地面にバウンドした。
レイは手の中から消えたパイプをしばし見つめていたが、 地面に転がったそれを見つけると何事も無かったかのように拾い上げた。

「あ、危ないじゃない!」
「手が滑ったわ。」

ただ単に事実だけを告げ、レイは再びパイプを振り上げる。

「さっきから何をしてんのよ!?分かるように説明しなさいよ!
まさかアンタこの床をぶち壊そうっていうんじゃないでしょうね!?」
「そうよ。」

変わらず冷静にレイは答える。
アスカは頭痛を堪えるように頭を抱えた。

「んな事出来るわけないでしょ!」
「ここなら出来るわ。」

そう言ってレイは床を指さした。
視線をアスカがそっちへと動かすと、そこだけ床では無く金網になっていた。

「ここからダクトに降りて、ケージに降りれる。ケージに出れば発令所まですぐ行けるわ。」
「……それならそうと早く言いなさいよ。」

合点が行った、とばかりにアスカも鉄パイプを手に取りに走る。
手頃なサイズの物を見つけて振り返る。が、そこでアスカは固まった。
ガン、ガン、ガンと無表情でただひたすら地面を殴り続けるレイ。どこか怖い。

「何……?」
「……いえ、何でもないわよ。」









ガタ、と大きな音が聞こえ、ミサトは頭上を見上げた。
釣られて、リツコやマヤといった技術職員も遅れて見上げる。
見ると、ダクトが歪み、一部が壊れていた。 さらに叩きつける様な音が続き、ミサトは胸から銃を取り出し、リツコ達を下がらせる。
武器を持たない技術部員と入れ替わるように保安部、作戦部が前に出てくる。
この非常事態に何が出てくるのか。 この停電が人為的なものという事はすでに自明であって、敵が姿を現してくれるかもしれない。

(奴さんがこんな間抜けなわけないでしょうけどね。)

それでも警戒だけはしておかなければ。何せ今ネルフは丸裸も同然なのだから。
ミサトだけで無く、天井から聞こえる物音に、全員が手を止めて注意を払う。
ただ技術部と作業員だけは手を動かしてはいたが。

「……っ、よっと。」
「……」

掛け声と共にまずアスカ、次いでレイが無言のままダクトから姿を現す。
姿を確認すると同時に、皆一斉に肩の力が抜ける。
それを見てアスカは怪訝な表情を浮かべるが、すぐに事態を思い出して叫ぶ様にミサトに報告した。

「ミサト!あの、シンジが、えっと……」
「落ち着いて、アスカ。何があったの?」

ミサトが落ち着かせるが、横からレイが正確に何が起こったか報告する。

「こちらに向かう途中、銃撃されました。恐らくこの停電の犯人と思われます。」
「そう!それで、アタシ達は大丈夫だったんだけど、多分あいつらシンジの方に行ったのよ!」
「何ですって!?」

驚きの声を上げるが、ミサトはすぐにマコトの方に視線を向ける。
ミサトからの視線を受けたマコトは小さく頷くと、レイに問いかけた。

「場所は覚えてるかい?」
「C−12ブロックです。そこで碇三尉と二手に分かれました。」
「分かった。すぐに人を向かわせる。君達はここに。」

だがマコトの指示にアスカは激しく反発した。

「嫌よ!シンジがどうなってるのか分かんないのに、ここで待つなんて!
アタシも行くわ。」

言い切るとアスカは身を翻してケージを出て行こうとする。 が、その肩をミサトがつかんで制止した。

「放して……!」
「それは出来ないわ。」
アスカの要求を一言の元に拒否すると、アスカは無理やりに手を振り解こうとする。
が、ミサトはつかんでいる手に力を込め、指がアスカの制服に食い込む。
鋭く走った痛みにアスカは顔をしかめるが、それを無視してミサトは言い放った。

「貴女達は今から使徒と戦ってもらわないといけないもの。」






















NEON GENESIS EVANGELION 
Re-Program



EPISODE 12




I'm Hungry for The Light.





















二機のエヴァ縦穴を登っていく。
本来ならばカタパルトを使って一瞬で地上に辿り着くはずなのだが、停電している以上それは出来ない。 手足を使って登るのは已むを得ないのだが、安全を確保するロープのような物は何もない。 いくらエヴァに乗っているとは言え、すでに人間でいえば10メートル以上登っている。 少し気を抜けば、大怪我。下手をすれば死ぬかもしれない高さ。
エヴァに乗っている以上、これ位の高さで死ぬとは思えないが、怪我は免れない。
自然、アスカの口からは文句が零れる。

「本来なら感謝しなきゃいけないんでしょうけどね……」

カタパルトこそ使えないのだが、代わりに非常用のガスタービンと人力でエヴァの拘束具を外し、 更には非常用のバッテリーまで搭載してくれたのだ。 ここまでして自分達に活躍のお膳立てをしてくれたのだから感謝するべきなんだとアスカは思う。
何より驚きだったのが、その準備の陣頭指揮を執っていたのはゲンドウだった。
ゲンドウとの面識はアスカはあまり無い。
それでもサングラスで表情が伺い知れない上に威圧感が溢れるその姿に、初めて会った時は背中に戦慄が走った。
イメージとして絶対王政時代の権力者。シンジが息子だと言うが、とても見た目からは信じられない。
だがそのゲンドウが汗を流し、階級上は下っ端に過ぎない自分の為に準備をしてくれる。
その姿を見る事は適わなかったが、それでもそう言った話はアスカの自尊心を存分に満たしてくれた。

それでも、だ。今も、そしてこれから危険にさらされるのは自分なのだ。
出来る限りの備えはしていきたいし、バックアップは何より必要なもので、 手持ちの武装が備付のプログレッシブナイフとパレットガン一丁と言うのはこれから戦闘しようというにはお寒い状況だ。
内部電源の限りもあるのでエヴァ同士の通信も頻繁に行えない。
戻って来なかったシンジの事も当然心配だ。
自分達の方に来なかった、と言う事はシンジの方にあのイカレタ二人が行った事は確実で、 アスカとしてもシンジの安全を確かめてから、安心してエヴァに乗りたかった。
しかし使徒が待ってくれないのも事実で、使徒を殲滅するのが自分の使命であり、また自分の存在意義でもある。
シンジの安否を気にするのと自己のアイデンティティ。 その狭間でアスカの心は揺れる。
その状態のまま一人っきりでエヴァに乗っている今の状況は、アスカにとって心細い事この上なかった。

(そういえば……)

考えてみれば、エヴァに一人で乗って戦闘を行うのが初めてだという事にアスカは気が付いた。
その事に気が付いた途端、アスカの体が震え始める。
海の上では、シンジが隣に居た。
あの時、アスカはシンジに自分の操縦技術を見せつけてやる為に 半ば無理やり一緒に狭いプラグ内に乗せたのだが、それは無意識下での アスカが自分の不安を紛らわす為の自衛行動だった。

(寒い……)

プラグスーツ越しに片腕で自らを抱きしめる。
あいつらは……シンジやレイはどんな気持ちで戦いに挑んでいるのだろうか。
普段のシンジと、海で一緒にプラグに入った時のシンジ。
どちらも明るい性格だったが、何処かが違うとアスカは思う。
エヴァに乗っていたシンジは―――何処がと聞かれればアスカも答えに窮するが――― 何か異常な雰囲気をまとっていた。
それと同時にどこか頼もしさと、脆さもアスカに感じさせていた。
何かが欠けた。そしてそれに気づいていない。
レイはどうだろうか。
いつも無表情で―――別に感情が無いわけではない事は一緒に過ごす内に分かってきたが――― こうして自分みたいに心細さを感じているのだろうか。

「アスカ!!」

アスカの目の前のウインドウが突如開いたかと思うと、レイの叫び声がプラグ内に木霊した。
その声にハッとして上を見上げるが、それが失敗だった。

「あああああああああぁっ!!」

頭上から降ってきた何かが、弐号機の頭部に張り付いて白い煙を立ち昇らせた。
粘着質なそれは余す事無く弐号機の目に当たる箇所にまとわり付き、アスカの目を激しく焼く。
紅く点滅する視界。焼き付けられ、焦げる網膜。
脳髄を掻き回すような激痛に、アスカは叫び声を上げ、両手で自らの両目を抑えつけた。
それに伴い、支えを無くした弐号機はバランスを崩して地に向かってその身を落としていく。

「ぐっ……」

だがそれを下から続いていた零号機が受け止めた。
歯を食いしばって耐えるレイだが、それでも何とか落下を一時的に食い止めただけで、 じりじりと零号機もろともずり落ち始める。
その間もモニターからはアスカの泣き叫ぶ声が聞こえてきて、それが更にレイの集中を削ぐ。
頭上からは絶え間無く溶解液が降り注ぎ、弐号機、そして零号機の装甲を溶かしていった。

何とか少し下に空いていた横穴に避難すると、レイは弐号機を降ろす。
レイも体中のそこかしこがヒリヒリするが、それを無視してモニター越しにアスカに声を掛けた。
だがアスカからの返事は無い。
沈黙が流れ、レイの中に不安が芽生え始める。

もし自分一人になった時、どうやって使徒を倒すべきか。
手持ちの武器はパレットガン一つ。敵の様子も未だ不透明。
上半身だけを横穴から出し、上の様子をレイは伺った。
壁に張り付いた液は未だに白煙を上げては居るが、すでに使徒は通り過ぎてしまったのか、新たな攻撃は無いらしい。

体を元の位置に戻し、再び弐号機の様子を見た。
相変わらずアスカからは何の反応も無い。
ここから地上まではそう距離は無い。
だがフル機動はしていないものの、すでにバッテリーは一つ使いきってしまった。
発令所の機能は未だ回復していない。

どうしたものか。
レイは零号機の中で思案する。
アスカの回復を待つか。それとも自分一人で攻撃を開始するべきか。はたまた一時撤退するという手もある。
だが判断を下してくれる発令所とは連絡が取れない。
悩んでいる暇は無い。
それはレイにも分かっていた。
しかし、レイにはどうすれば良いかの判断がつかなかった。

プラグ内の壁に表示された残り活動時間が二桁を切った時、それまでピクリとも反応しなかった弐号機が その身をゆっくりと起こした。

「……アスカ。」

アスカが動き出した事で選択肢が一つ消え、悩む必要は無くなった。
アスカがどうするかの決断を下してくれる。 アスカに掛けられたレイの声色にも安堵が多分に混じっていた。

「……る。」

だがモニターから聞こえてきた声を聞いた瞬間、レイの背中に戦慄が走る。

「……してやる。」

聞こえてきたのは聞きなれた明るい声では無く、低くくぐもった怨嗟。
それと共に、目を押さえていた掌の隙間からアスカの瞳がわずかに窺えた。
普段は蒼く輝く瞳。しかし充血し、痛みに耐える際に掻き毟ったのか、その左目は紅に染まっていた。

初めて間近に見る怒りと殺意に満ちた表情。
レイは初めて故、その表情が何を表しているのか分からなかった。
ただアスカの目を見た瞬間にレイは恐怖に駆られた。

レイが固まって動けない中、アスカの姿がレイの視界から突如として消え失せる。
不意を完全に突かれた形になり、レイが気が付いたときには アスカの乗る弐号機はカタパルト用の縦穴に飛び出していた。
遅れてもアスカに続くべき。 それは分かっていたが、レイは全く動けず、ただ横穴から地上へと飛びあがっていく弐号機の姿を 見送っていくしか出来なかった。









「シンジ君達に見せれませんでしたね。」

掛けられた声に、ゲンドウは振り返らず脱いだ上着を羽織った。
返事を返さないゲンドウだが、リツコは気にした様子も無くゲンドウの隣に立って 誰も居なくなったケージを眺める。

「別にシンジに見せる為に動いた訳ではない。」
「でもシンジ君に見てもらいたかったのも事実ですわよね?」

それからレイにも、と付け加えて小さく微笑み、リツコは頭一つ自分より大きいゲンドウを見上げた。
それに気付いてか、ゲンドウは僅かに顔をリツコから背ける。
そしてそのままリツコに背を向け、ケージを後にしようと足を進めた。

「くだらん。」
「あら、父親として自分が働いている所を見てもらいたいのは当然だと思いますけど?」

もっとも、自分は父親の姿を知らないが、とリツコは付け加えた。
そう言うリツコを、ゲンドウは自らの肩越しにちら、と視線を送るが、ぽり、と右手で頬を一掻きすると 何も言わずに止めた足を動かし始める。
そんなゲンドウを見て、リツコは笑みを深くする。

(かわいい人……)

昔、ユイがゲンドウに言った言葉がリツコの中で蘇る。



その言葉を初めて聞いたのは、母の同僚だったユイさんの出産祝いに、自宅に伺った時だった。
ユイさんは、母さんと並んで共に東方の三賢者、と言われる優秀な学者で、直接の分野こそ違えど共に学者として認め合い、 仲が良かったらしい。
そんなユイさんがゲンドウさんと結婚すると聞いた時は本当に驚いた、と母さんはいつか教えてくれた。
母に連れられ、ユイさんの家に行ったら、ユイさんと長身の男の人、そしてユイさんの腕の中で眠る 子供が出迎えてくれた。
ユイさんの姿は写真で見た事があったから分かったけど、隣の男の人が誰か、最初は本当に分からなかった。
柔和な笑みを浮かべるユイさんと、ゴツイ感じの男の人。 その二人が夫婦だとは、どうしても私の中で結び付かなかった。


挨拶もそこそこに、母とゲンドウさんが奥の部屋に籠ってしまい、 庭には私とユイさん、そして生まれたばかりのシンジ君が残された。
ユイさんはテラスに用意された椅子を私に勧め、カフェオレを注いで渡してくれた。
もう七月も終わりに近づこうか、という時節で、冷たいカフェオレはこの暑さには有難い。
礼を言って一息に飲み干す。するとユイさんはまたすぐに注いでくれた。
私が恐縮してユイさんは微笑む。その笑顔がとても魅力的だったのをよく覚えている。


どうも母の目的は出産祝い、と言うよりもどちらかと言えばゲンドウさんが持っていた資料らしい。
母から渡された手土産をユイさんに渡し、母に代って不義理を謝ると、やっぱりユイさんは笑って許してくれた。

その後は、ユイさんと楽しく談笑していた。
流石に三賢者、と呼ばれるだけあって話せば理知的で、なのに冷たさも全く感じさせない、穏やかで、同性の私から見ても ユイさんは素晴らしくて魅力的な人だと言えた。
だからこそ尚更ゲンドウさんとユイさんが夫婦だと結び付かない。
失礼だとは思いつつも、強面で、一見すればその筋の人にも見えなくもない。
そんな事を考えていたら、ユイさんが口を開いた。

「不思議なんでしょ?私とゲンドウさんが夫婦なんだって事が。」

……見抜かれていた。咄嗟に私は答える事が出来ず、結果、その沈黙が肯定を表しているのに気付けなかった。
その事にすぐ気付き、どう弁解をしようかと必死で思考を巡らせるが上手い言い訳が浮かんでこない。
だけどもユイさんは「いいのよ、よく言われるから。」と言って許してくれる。
だから私は思い切って聞いてみた。ゲンドウさんがどんな人か。
その時に出てきた言葉が「かわいい人」だった。
当時はまだ自分は二十歳にも満たない子供で、ユイさんの言葉が分からなかった。

「かわいい……ですか?」
「そう、あの人はホントはとってもかわいいところがあるのよ?」

微笑んでユイさんは、私に話してくれた。 それはまるでとっておきの宝物を子供が自慢するかの様で、ユイさんが彼を本当に愛してるのが私にも分かった。
でも私にはその意味が理解できない。というより無理だ。あの人をかわいいなんて。
愛してるのは分かるけど、ちょっとだけユイさんのセンスを疑う。
だから私は苦笑いを浮かべて、僅かに首を傾げるだけだった。

笑顔を崩さないユイさんだったけど、でもね、と付け加えた。
その顔は笑顔だけど、ちょっとだけ曇ってて。

「あの人はとても不器用で、人に誤解されてばっかりなの。」
「不器用、ですか?」
「そう、生きる事がね。
ゲンドウさんは本当は傷つきやすくて、誰よりも優しくて、誰よりも愛されたがってる。 でもあの風貌と性格だから、疎まれる事が多かったらしいわ。誰に理解される事なく……
私は全部ゲンドウさんの事を理解してるなんて思いあがってるつもりはないけど、 これから時間を掛けてあの人を愛してあげたい。理解してあげたい。
そして彼を理解してくれる人をもっと増やしていきたいの。
世界はもっと素晴らしいもので、たくさんの人があの人を大切に思ってるって教えてあげたい……
だからリツコちゃんもゲンドウさんを怖がらないであげてね。」

その言葉に、私は頷く事しか出来なかった。
そして、純粋にすごいと思った。一人の男性をここまで愛せる事を。
母さんと話が終わったゲンドウさんが部屋から出てきて、この話はそこで終った。

「待たせてすまない。
何の話をしてたんだ?」

冷たいコーヒーが入ったカップを持って、ゲンドウさんはユイさんに尋ねる。
そしてユイさんは笑ってこう言った。

「貴方の事を自慢してたのよ。素晴らしい旦那様だって。」

彼ははにかむと、ぽり、と右頬を一度掻いた。



(ホント……この年になってようやくユイさんの言葉が理解できるなんて……)

ユイさんより6年遅れか、と小さく呟いた。
あれから17年。当時13歳だったリツコももう30歳になり、見た目も中身もすっかり変わってしまったと自分で思う。
その間にユイは消え、ゲンドウの彼女に対する思いは何物にも代え難い物になった。
だが変わらないモノもある。

「……もう冬だ。いつまでもそこに居ると風邪を引いてしまうぞ。」

ケージから出る前、ゲンドウはリツコに声を掛けると、そのままケージを出て行った。
リツコは小さく微笑むと、ゲンドウの後を早足で追いかけるようにケージを後にした。








零号機の傍らに置かれていたパレットガンを手に、アスカは横穴から飛び出した。
元々カタパルトの整備・点検用に作られた横穴故、天井の高さは無い。 かろうじてエヴァが中腰で立てる程度で、にもかかわらず、弐号機は身を低くし、 獣が飛び掛かるが如くの姿勢で狭い空間を疾走する。
左肩に装備されていたプログレッシブナイフを走りながら抜き取り、空間が広がると共に中空に紅いヒトガタが舞い上がる。
驚異的とも言える跳躍力で一気に地上付近まで到達し、右手に持ったナイフを壁に突き刺した。
高振動で切り裂くナイフは、壁に刺さった瞬間、一瞬のみ音と光を放ち、そしてその振動を止める。
弐号機は刺さった瞬間、その身を丸め、ナイフを足場に再び飛び上った。

ドロドロに溶けたカタパルトハッチにかろうじて弐号機の手が掛かる。
今にも崩れてしまいそうなそれだが、どうにか崩れる事なく指だけで全身を支えていた。
下には何かが出てきて引きずりこんでしまいそうな黒い闇。 だがそれに飲み込まれまいと、弐号機は軽やかに指の力だけで光の世界へその身を躍らせた。



ズン、と四肢を使って弐号機は地上へと降り立った。
そしてゆったりとした動作で視線を正面に向ける。

「……見つけたわ。」

普段からは想像もつかない低い声で、アスカは呟いた。
嬉しそうに口元を歪めて。
先ほど浴びた溶解液の所為で弐号機のメインカメラが無くなり、その下から素体の眼が光る。
暗闇の中に輝く瞳。それがわずかに細められ、そして大きく見開かれた。

瞬間、弐号機が弾けた。
横穴から飛び出した時と同様に、異常なまでに低い姿勢で駆け抜ける。
目標は正面に位置する蜘蛛の様な使徒。 先の第五使徒と似た胴体に、細く長い六本の足を持ち、胴体には目の様な模様が全体に渡って描かれていた。
それは異様で、何か宗教に関係がありそうな模様だが、アスカにはそれは関係ない。
使徒は使徒であり、自分に破滅をもたらすかもしれない敵。 今アスカにとってはそれが全てであり、それ以外は枝葉な事だ。

朱に染まった視界で、アスカは疾走する。
右手にパレットガンを、左手には予備のナイフを逆手に持って。
使徒の方はゆっくりとした足取りで街の中心へと向かっていたが、その背後から迫ってくる気配にようやく気が付いたのか、 器用に体を回転させて目の模様の所から溶解液を吐き出した。
先にアスカが目に浴びたのよりも遥かに多い量だったが、アスカは怯まず足を走らせた。
空いている左手で顔を庇い、裏拳を見舞うが如く全力で飛んできた液を弾き飛ばす。
弾かれた溶解液は飛び散って、街のビルや信号に張り付き、音を立ててビルに穴を開け、信号などの細い建造物は崩れ落ちる。
弐号機の拳にも当然張り付き、特殊装甲が白い煙を上げて侵されていくが、それも瑣末な事。
獲物を見つけた肉食獣の笑みを浮かべ、アスカは駆けた。

迫りくる弐号機の迫力に押されたか、使徒は弐号機から後退し始めた。
それでも溶解液を吐く事は止めない。
連続して弐号機に向かって黄色い塊を叩きつけ続ける。

絶え間無く送られてくる液を、弐号機は軽やかな動きで避け続けた。
ビルを陰に、あるいは先と同じく手で払いながら。
やがて、弐号機が跳ねる。
膝を大きく曲げ、全身の筋肉を最大限に使って兵装ビルの屋上に飛び移る。
ビルのコンクリートを軋ませ、そしてまた違うビルへと。
義経の八艘飛びを彷彿とさせる軽やかさで使徒へと迫る。

使徒に間近に迫った所で、弐号機は大きく舞い上がった。
そしてそのまま自由落下をしながら、弐号機はパレットガンの引き金を引く。
上空から霰の様に降り注ぐ銃弾は、使徒の周りのアスファルトを細かく砕いた。
だが、使徒の体へは、吐き出された液に溶かされて届かない。

「ちっ!!」

舌打ちをし、ならばとアスカは左手のナイフを握りしめた。
近接戦闘へと切り替え、三度アスカは走り出した。
牽制にパレットガンを放ちながら一気に近づく。

その時、使徒の体が小さく収縮した。
八面体に近い形をしていたのが、球へと変わる。
やがて元の半分ほどの大きさまで縮み、瞬間、一気に弾けた。

これまでとは比較にならない程の、大量の溶解液を、使徒を中心とした半球状に撒き散らす。
上空に向かって吐き出されたそれは、やがて雨となって第三新東京市に降り注いだ。
密度の濃い雨は一瞬で兵装ビルの外壁を溶かし、中に保管されていた弾薬に達する。
内一つが暴発し、次々に弾薬に引火してビル全体を吹き飛ばした。

「くあああああっ!」

それは弐号機にとっても例外では無く、全身に降りかかる溶解液は装甲を次々と溶かしていった。
そして火傷の痛みがアスカを蝕んむ。
鈍痛と鋭利な痛みが交互に襲い掛かり、アスカの意識が白濁する。
弐号機の膝が折れる。
上半身は大きく傾き、今にも弐号機は倒れそうで。
だがしかし、それでもアスカは膝は突かなかった。



マトリエルの体が再び中心に向かって収縮し始める。
角が削れ、八面体は球に。大きさは一度目よりも更に小さく。
弓を弦が千切れる限界まで引き絞るが如く。
そして、溜めに溜めたエネルギーを一瞬で放出した。
これまでで最も大量の溶解液が飛び出す。
A.Tフィールドでコーティングされたそれは、吐き出された後もエネルギーを減衰させる事なく空気中を突き進む。
今度は上空にでは無く、弐号機に向かって。
密度の濃い円錐型をかたどり、アスカの居る弐号機の中心に向かって真っ直ぐに飛んで行った。



形を変えるマトリエルを、アスカは見向きもしない。
弐号機と同じ様にわずかに頭を垂れ、やや長めの前髪がアスカの表情を隠していた。

「アタシ……なない。」

小さく、そして何度と無く口元が上下に動く。
ぶつぶつと小声で呟かれるそれは、同じ言葉をひたすら繰り返していた。
やがてその動きは僅かな変化を見せ始める。

「……為には……事は一つ……」

曲げられていた膝が伸び、かろうじて爆発の影響を免れたパレットガンを握りしめる。

「……殺す!」

前髪が跳ね上がり、アスカの視線がマトリエルを射抜く。弐号機の瞳が怪しく光った。
マトリエルから溶解液が発射され、それと同時に右腕を大きく振りかぶり、パレットガンを正面に向かって投げつける。
空気を切り裂き、巨大な鉄の塊が弾丸となる。
そのコースは溶解液のそれと全く同じ。寸分の狂いも無い。
自然、全てを溶かしうる液は当然の如くあっさりとパレットガンの外郭を溶かす。
だが、その際に使われたエネルギーは熱となって、内包されたエネルギーの塊へと伝わった。

そして一気に解放されたエネルギーは瞬時に辺りに爆風を撒き散らす。
狭い空間に閉じ込められた弾薬は、ほんの数ミリ秒の単位で全てのエネルギーを爆風へと変え、 その風は溶解液の内部から暴れ出して液の全てを四散させた。

マトリエルは動かない。
模様では無い、本物の眼の位置から一本の棒が突出していた。
紅い棒が捻られ、マトリエルの中を抉る。
瞳からは止め処なく液が流れ落ち、それは使徒の本物の涙の様にマトリエルの体を伝った。

涙は枯れる。
あまりにも辛過ぎて、悲し過ぎたから、はたまた心の底から打ち震えんばかりの歓喜の結果、幾日も涙を流せば枯れるのか。 それとも最期の時か。
使徒の涙は止まっていた。
弐号機も、そのただれた左腕を力無く地に着けて止まっていた。
















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