どん、どんどん、どん、どん、と。

朝っぱらから景気良く花火が鳴っていよいよ文化祭が始まった。
何だろう、この高揚感。エヴァに乗ってる時とはぜんっぜん違う胸の高鳴り。
校庭には生徒だけじゃなくて一般の人も混ざって、ここに転校してきて以来最高潮の賑わいを見せてる。
所狭しと模擬店が並んで、大人からちっさい子まで楽しそうに笑ってる。

何より!!僕を楽しませてくれるのが!!様々な衣装に着替えた女の子たち!!
ウェイトレスさんにメイド服、チャイナに果てはナースにスッチー!!

そう!!これが文化祭!!ビバ、文化祭!!
神様ありがとう!!いっつも弟子たちを殺しちゃってごめんなさい!!



「……いや、はしゃぎすぎだろ……」



カケルの冷静な突っ込みが痛かった。























第拾話 夢の中で















僕が恥ずかしい突っ込みを受ける前日。
僕はミサトさんの執務室でせっせと事務仕事を片付けていた。
と言っても別にミサトさんの仕事を片付けていた訳じゃない。
確かにあの人は事務仕事をしない。かと言って仕事を溜めたりもしてない。 もっぱらそう言った紙仕事は日向さんの仕事だ。 ミサトさんはただ単にハンコをつくだけが仕事みたいなもんだ。 まあ多分ミサトさんはそう言った仕事が苦手って事もあるんだけど。
それでもちゃんと自分で書かないといけない書類はさっさと仕上げてしまう。
ミサトさんは二十五歳で日向さんとほとんど変わらないけど、作戦部長で一尉。 日向さんも僕から見ても相当優秀だけど、ミサトさんはあの若さでそんな階級についてしまうほど更に優秀だ。 当然事務仕事も速い。完璧超人だ。部屋の片づけ以外は。

で、何でパイロットの僕が事務仕事をしてるかって言うと、アスカや綾波さんと違って僕には正式に契約した階級がある。
二人は一応僕と同じ階級なんだけど、それは小さい頃から居るから便宜上もらってるだけで、 実質的にはパイロット業務だけが課せられてる。
それプラス破格とも言える給料をもらってる。
だからか、いつの間にか作戦部がする仕事の一部も僕の仕事になってた。 どういう訳か、いつの間にかミサトさんの執務室の中に僕の机まで用意されてたりする。 誰の嫌がらせだ。僕はまだ高校生だぞ。

そうやってボヤいても意味が無いわけで。
給料もらってる以上文句は言え無い。宮仕えの辛いところだね、なんて一人寂しく呟いてみたり。

「ふう……やっと終わった。」

僕に回ってくる書類は結構多い。勿論他の作戦部の人に比べれば少ないし、急ぎの書類はほとんど無いんだけど、 他にパイロットの仕事もあるからすぐ溜まってしまう。
金には困ってないからポケットマネーで誰か雇おうかな。 例えばアスカとかアスカとかアスカとか。

半分真面目にそんな事を考えながら執務室を出る。 凝った肩を揉みほぐしながら腕時計を見る。時間はもう十時を回ってた。
ちょうどアスカたちの実験が終わった頃だ。
ついでだ。一日の終りにアスカをからかってくるか。



とか考えたのも束の間。これ以上ないタイミングでアスカと綾波さんがこっちに歩いてきていた。
二人で楽しそう……かどうかは分からないけど、話をしながら歩いてる。
アスカがこっちに来てから、初めこそあの綾波さんの態度にアスカはイラついてたみたいだけど、 綾波さんに悪意がないって分かったのか、今じゃああして結構話してることも多い。 どちらかと言えばアスカが一方的に話してるに近いけど。何しろ綾波さんはそう、とか、そうね、しか言わないし。

「やあ、実験は終わったみたいだね。」
「そう言うアンタこそやっと仕事終わったみたいね。」
「まあね。かったるい仕事だよ。労働基準法違反でここを訴えてやろうかな?」
「無理……ネルフは超法規的組織だから認められないわ。」

おお、綾波さんが珍しくちゃんと反応してくれた。
今日という日はもしかしたらものすごく記念すべき日なのかもしれない。

「何考えてんだか……」
「いやいや、今日はとってもついてる日だなと思ってね。」
「そうでも無いわよ。レイはいつもこんな感じよ。」

何ですと?なら僕と綾波さんで会話が弾まないのは……

「間違いなくアンタが原因ね。
大体アンタ最近レイと話してないでしょ?」
「確かに……」

ここのところ仕事が溜まってたからなぁ……
実験も僕だけ始まるのが早かったりするから会う機会も少ないし。
まあアスカは学校が同じだし、家も隣だから結構話すんだけどなぁ。 綾波さんと話す機会が少ないのも当然か。

あっと、ちなみに今ミサトさんの家にはアスカが住んでる。
僕が退院して、その時点ですでに僕の荷物は隣に移されてた。 もっとも、その日はアスカに殴られて意識が飛んでたから、住むことは無かった。 それにしても、誰が僕の荷物を漁ったのか確かめたいところだ。人の許可も無く動かすのは止めてほしい。 幸いにして見られて困るような荷物はまだ持ってなかったから良かったけど。

だけど何だろう。僕の荷物の代わりに入れられたアスカの大量の荷物を見たとき、少し悲しかった。
ようやく慣れてきたこっちでの生活。部屋も僕の物としていつの間にか認識し始めていた。
それが急に失われた。僕の居場所が奪われたかのように。
大げさだと思われるかもしれない。 でも父さんの命令で半分無理やりミサトさんと住むようになったけど、離れると少し寂しいものもある。 まあ隣に住んどいて何言ってんだとか言われそうだけど。
だからしょうがない事だと割り切る事にした。 流石にアスカと一緒に住むわけにはいかない。
僕としては全然問題はない、と言いたいところだけど、正直自信は無い。
僕は男で、アスカは女の子。
僕は僕自身の事をそれなりに分かってるつもりだ。 温もりを欲して、そしてそれが目の前にあるとなったらきっと僕は自分を抑えきれないだろうと思うから。
そうなったら今の、たった出会って数週間の短い関係だけど、心地良い関係が崩れるから。
アスカの事は嫌いじゃない。一緒に居て楽しいと思える位には好きだ。 決してloveではなくてlikeだけどね。きっとそうなんだと思う。これまでの経験から。
だから少し距離を置いてる位がちょうどいい。

「ところでシンジ。」
「何、愛しのアスカさん?」
「誰がいつ、どこでアンタの愛しの人になったってぇのよ。」
「たったい「それはいいとして」」

無理やりアスカに遮られた。むう、恥ずかしがり屋め。

「誰が恥ずかしがり屋よ、誰が。」
「あれ、僕の心の声が聞こえてる?そうかこれも僕とアスカのあ「また意識を飛ばしてあげましょうか?」 ……スイマセン、冗談です。」

ドスの聞いたアスカの声に素直に頭を下げた。 何度も言うけど僕は決してMでは無い。殴られるのはゴメンだ。
膝に頭がぶつかるんじゃないかという位に深く下げた頭を上げると、綾波さんがこっちを見てた。 しかも不思議そうな眼で。何だろう?

「どうしたの、レイ?」
「いつもと様子が違うわ…何か有ったんですか、碇三尉?」
「そう?」
「いつも通りだと思うけど?」
「以前話した時より明るい感じがします。こういう時を空元気、というのでは無いのですか?」
「いや、そういうわけでもないけど……」

アスカと二人して顔を見合わせて、アスカが眼で聞いてくるけど心当たりはない。
別段変った事なんて無いし、アスカとは出会ってからずっとこんな感じだし……

「ああ、そっかそっか。」

そう言えば綾波さんの前じゃこんな『キャラ』で接した事無かったな。あの時とは全然キャラ違うし。

「何よ、自分だけ納得してないで説明しなさいよ。」
「いや、大した事じゃない。
何て言うのかな…僕ってそう、鏡みたいなもんなんだよ。」
「は?」

何言ってんの、みたいな、半分呆れた顔で見てくる。そんな顔されてもなぁ…… 他にうまい例えが見つからないんだから。

「あー…例えばさ、綾波さんみたいに静かな子を相手にしてる時はどういう訳かこっちもあんまりしゃべらなくなるんだよ。」
「ふ〜ん…て事はアタシの時は何であんなにバカみたいなのよ?」
「それは僕の口からは言えないね〜。」

ぶんっ!!

アスカのすんばらしいフックが僕の前髪を刈り取っていった。
ハラハラと地面に舞い落ちる。
だがそんなものじゃ僕は怯まない!!こんなものを食らう位じゃアスカをからかうなんて出来ないね。
我ながら神が舞い降りたかの様な反射神経でアスカの突っ込みをかわしていく。
一撃で命を刈り取られんばかりだけど、当たりはせんよ!

「冗談。」
「何がよ!?」
「アスカが突っ込むなら僕はボケるしかないでしょ?」

だからカケルと一緒の時は基本突っ込みなんだけどね。
そう言ったら、アスカは脱力して膝から崩れ落ちた。ふ、勝ったな。

「頭痛くなってきた…こんな奴が同じエヴァのパイロットだなんて……」
「ふむ、それは最高の褒め言葉だと受け取っておこうか。」

そしたらますますアスカは頭を抱えた。 んで、綾波さんが頭を撫で撫でしてあげると。
何でかな、中学二年生のはずなんだけど、綾波さんって結構見た目と違って幼い言動をするよね。
いや、幼いとはちょっと違うか。 どっちかって言うと常識知らず、の方が近いか。
そんな事を考えてたらこの前の綾波さんとの衝(笑?)撃の対面を思い出してしまって、反応してしまった。
まずいまずい。心頭滅却心頭滅却。

「それで、アスカは何の話をしようとしてたんだ?」

誤魔化す為に話を元に戻す。アスカに気付かれたら何言われるか……いや、何されるか分かんないし。

「ん?ええっと、明日ってスクールフェスティバルじゃない?」
「…ああ、そういえばそんな行事あったな。」

文化祭の事を知った時は結構楽しみにしてた気がするけど、すっかり忘れてた。 忙しい日々って嫌だね。もうちょっとスローライフでいきたいよ。

「でさ、アタシってこっちの…文化祭って言うんだっけ?何やるか知らないんだけど、どんなのするの?」
「ん〜…大した事やらないと思うけど。
定番だと、模擬店っていう簡単な飯を出すのをやったり、喫茶店とか、お化け屋敷とかかな?」
「ふ〜ん……じゃあ、あの衣装何なのかしら?」
「衣装?」

舞台で劇でもやるのかな?何クラスかはそういう所もあるだろうし。
でも一年生って劇やるクラス無かったと思うんだけど……

「他に何か情報無いの?」
「何も準備に参加してないから分かんないのよ。 向こうもずっと何も言ってこなかったし、今日になって急にサイズ測られただけだし…」
「私も似たようなものだったわ……」
「綾波さんのクラスは何やったの?」

ていうか、綾波さんもちゃんと文化祭は参加したんだ。
あんまりそういうのに参加し無さそうだけど。

「喫茶店……」
「へえ、ウェイトレスさんとかやったの?」

しまった、そういう事なら中学校に行けば良かった。 そしたらこんな可愛い子のウェイトレスさんに会えて目と心の保養が出来たというのに。
そんなダメ人間まっしぐらな妄想に残念がったけど、綾波さんはフルフルと頭を横に振った。 最近アスカと話すことが多いからだろうか、正直な話、ちょっと前みたいな全くの無表情では無くなった気がする。
だからそんな仕草も少し胸にキュン、と来たり…うん、死語だよね、それって。

「いいえ、ただ入り口に立ってただけ。」

教室の入り口にウェイトレスさんの衣装に着替えた綾波さんがちょっと頬を赤らめて「いらっしゃいませ」なんて言って 頭を下げる……うん、たまらないね。無表情の中にわずかに照れが見える綾波さんが「ぐっど」だ。

(バカだな……)
『やかましい!!』

ボソッと呟くシンを心の中で一喝して、改めて綾波さんを見る。
頬を赤らめている綾波さん……は妄想の中の存在で、こっちは相変わらずだ。

「……」

アスカも返答に困ってるみたいだ。
でも中々いいチョイスだと思うけどなぁ。綾波さんを看板娘として使うっていうのも。

「アスカの衣装ってどんなんだったの?」
「よく分かんないけど…そういえば黒い服でヒラヒラしてたっぽいわね。 カチューシャみたいなのもあった気がするけど。」

……何となく読めてきた気がする。

「エプロンみたいなものは無かった?それもヒラヒラしてるのがついてるやつ。
それと多分、お菓子みたいなものも誰かが作ってたりすると思うんだけど。」
「そうそう!あったあった!何人か調理室に行ってたみたいよ。
アンタよく分かったわね〜。それって何屋さん?」

間違いない。黒くてヒラヒラしたエプロンを着け、おまけにカチューシャ。 きっと胸元には可愛らしいリボンも付いてるに違いない。 そして可愛い子が注文の品を持って、多分そこには「シンジ様(ハート)」なんて書いてる。いや、絶対に! スカートの裾が長いか短いかは気になるところだが、いづれにしても真実は一つ!!それは―――

「メイド喫茶だな。」
「のわっ!!」

加持さんいつの間に!!この僕に接近を悟らせないとは流石だ!

「加持さん!!」

気付くや否や、アスカが嬉しそうに加持さんの腕に絡みつく。 その横で綾波さんの表情が少し動いた。

「や、シンジ君。久しぶりだね。」
「そうですね、お久しぶりです。我が心の友であり、最高の師たる加持さん。」
「これはこれは。君からそのようなお言葉を頂けて光栄だね。」

芝居がかった仕草で、加持さんは大仰に頭を下げた。
海の上で出会って以来だけど、こういうとこを見るとつくづく僕と同類だと思う。主に趣味の分野で。

「ところで、どうして加持さんがここに?」
「そっか、シンジ君は知らなかったな。俺もまた先週、正式に本部付の職員になったんだよ。」
「そうだったんですか。ならミサトさんが泣いて喜んだでしょう?」
「ああ、本部で会った早々いいものを腹にもらったよ。」

まだ痛みが取れないよ、と言いながら加持さんは腹をさすった。
ミサトさんの事だから容赦無く手加減無し問答無用のフルスイングをお見舞いしたんだろうなぁ。

「それで加持さん、『めいどきっさ』って何ですか?」
「何だ、アスカは知らないのか。
―――シンジ君、説明してやってくれ。」
「分かりました……」

スッと一歩前に出て頭を垂れる。パチン、と指を鳴らすと廊下の照明が落ちて僕だけにスポットライトが降り注ぐ。

「メイド喫茶、それにはまずメイドさんの説明から入らねばならない……」
「ちょ、ちょっと、アンタ一体何を……」
「アスカ、ここは黙って聞いてるんだ。」

口を挟もうとしたアスカを加持さんが制止する。流石です、加持さん。分かってらっしゃる。

「メイドさん、それは十九世紀にイギリスを中心に広まった、単なる給士役の女性に端を発する。 貴族や富豪の家に住み込みで働き、当時は各屋敷に大勢のメイドさんが居て掃除係から子供の世話まで各役割が分担されていた。 メイドを雇う事は当時は富裕のステータスの一つであり、屋敷によっては三ケタに及ぶ膨大な数の使用人を雇っていたらしい。 その多くは貧しい農村出身だったりして、また社会的地位も著しく低いもので、衣食住はそれなりに保証されては いたが、その自由というのは制限されていたと聞く。 日本においても似た社会的立場の女性は存在し、最も近いものは封建時代から続く奉公である。 だが、その存在も時代の移り変わりや所得の全体的な向上とともに次第に薄れ、特に日本では非常に稀有な存在だった。
しかぁし!!
前世紀末に日本が誇るとあるアニメやゲームがきっかけとなって急激にその存在を顕わにし始めた! そこには以前の姿は無く、可愛い女の子がフリフリのドレスとエプロン、そしてカチューシャという 一部のヲタク達にとっての新三種の神器と言われる装備を身に着けて男の子の身の世話をする姿があった! 慣れないメイドの仕事を失敗し、四苦八苦しながらも甲斐甲斐しく世話をする姿! そして少し恥ずかしそうに照れながら『御主人様……』と呼びかけてくる声! これを見て世の男たちは思った!『僕も御主人様と呼ばれたい!』と!!」
「ええっと……」
「そんな世の男共の願いが通じたのか、世の中、特に旧東京の秋葉原を中心にメイドさんの姿が急速に見られるようになった。 アイドル顔負けの可愛い子をたくさん擁し、ヲタク達の心を、いや、世の中の男達の心を がっちりとつかむべくいささか偏在しては居るが、 メイドさんが飲み物を持って来てくれたり、食べ物を持って来てくれて、あげくにはメイドさんと戯れる事が出来る 夢のような空間が現れた!
それがメイド喫茶!!」
「あー……」
「しかし!しかしだ!どんなに顔が可愛かろうと、どんなに可愛らしい甘い声で『御主人様(ハート)』などと言われても 所詮はバイト!その大半がお金をもらって愛想を振りまいているだけのうわべだけの存在でしかない! そこに何が足りないか!そう!そこには『愛』が無いのだよ!愛無しで本当のご奉仕など出来ない!
分かるか、アスカ君!?」
「そうね、分かったわ。アンタがイタい子だっていうのは。」
「そうか!分かってくれるか!!ならば「聞いちゃいないわね」話は早い。 アスカが明日するのはきっとそのメイド喫茶のメイドさんだ!それは間違いない! たかが文化祭と侮るなかれ!男ならば求めるのは本物!そして本物の男ならばその本質を見抜く力を持っている! だからアスカは全力を以ってそれに応える義務がある!
さあ、だから今から練習しようでは無いか!案ずる事は無い。 今の僕ならば確実に一日でアスカを男達の求める本物の『メイドさん』に仕上げる事が出来る! 男達の夢に応える第一歩だ!さあ!目を閉じて想像してみよう! 君は今衣装を着ている!そして手をそっと前で組み、君が仕える主人の姿を想像し、創造し、 その少しうるんだ目で心から叫ぶんだ!『いらっしゃいませ、御主人様』と!!」
「死んでこいやぁ!!!!」

どふぅ!!!!!

「ぼ、ぼでーぶろー…か……」

足もとから崩れ落ちる。そして僕の血が上った頭にひんやりとした廊下がぶつかった。

「加持さん?」
「な、何かな、アスカ?」
「今から食堂に行くんですけど、一緒に行きますよね?勿論オゴりで。」
「あ、ああ、そうだな。早速行こうか。レイちゃんも一緒に。」

僕の視界から目が笑っていない笑顔を浮かべるアスカと冷や汗をアスカから見えないところで 垂らしている加持さんが消えていく。 待ってください、加持さん。逃がしませんよ?

薄れ行く意識の中、最後の力を振り絞って加持さんに手を伸ばす。

めきょ

その最後のあがきも一本の白い足で潰された。

見上げると「なに…この感じ……そう、これが嫌悪感なのね……」と呟きながら足をグリグリして去っていく綾波さん。
加持さんに目を遣ったら「スマン、シンジ君。だが俺も命は惜しいんだ」っていう電波を受信した。
そうか、僕は要らない子なんですね。

意識が飛ぶ寸前、金髪博士の「ふっ、無様ね」って声が聞こえた気がします。合掌。























NEON GENESIS EVANGELION 
Re-Program



EPISODE 10




the Dreamer




















    a nuisance―――






ゲンドウはいくつかの机の上に置かれてあった書類を片付けると、黙って席を立った。
多忙を極めるゲンドウだが、この日は何処かに出張する用事は無い。 いや、出かけなければならない用事は全て前日までに片付けておいた。 どうしても外せない会議、それがもうすぐ行われる。
ゲンドウ自身はこの会議はお世辞にも好きとは言えないものだが、已むを得ない。 ゲンドウが出なければならないレベル―――会議の内容は別として―――の会議ではあるし、出なければ 老人たちに何を言われるか分かったものではない。
老い先短い老人の戯言に付き合ってやるのも仕事の内か。
そう思わないとやってなどいられない。

ゲンドウが立ち上がったのを見て冬月もゆっくりと腰を上げる。 だがその表情には「やれやれ……」といった、溜息を吐きた気な様子がありありと表れていた。
それもそのはずで、ゲンドウが見るはずの書類はほとんどが冬月が眼を通しており、 ようやくそれがついさっき終わったばかりなのだ。
開いたばかりの将棋の本を閉じ、まだ湯気が上がっている湯呑の中の茶を流し込む。
熱さにわずかに顔をしかめつつも、何食わぬ顔で先を行くゲンドウの後ろを歩いて行った。

同じ司令室内に作られた中継会議用の部屋。
そこに設置された一組の机と椅子にゲンドウは腰掛けると、いつものポーズを取る。
口元で手を組み、下からの照明の光がサングラスで反射し、それがゲンドウの目の動きを完全に隠し通す。
元より無表情に近いゲンドウだが、念には念を入れて徹底的に相手に表情を読み取らせない。
万が一にでも自分という存在を読み取られる訳にいかない。 そうゲンドウは自分に課していた。
それがこの世界で生きる為に身につけた処世術。 耄碌した爺たちに弱みを握られるなど絶対にあってはならない。

ゲンドウが席につき、冬月がその後ろに黙って立つ。 冬月が会議中に発言する事はほとんど無い。 自発的にも、求められる事も。
それでも会議に参加するのは立場故か、それとも。

秒針が時を刻み、それと長針が同時に十二を指した時、円を描くようにして光が下から立ち上った。
五つの光と共に、老人たちの姿が浮かび上がる。
鼻髭を生やし、貫禄のある者。冷たい眼をした白人。 恰幅の良い、笑顔を絶やさない禿頭の者。 見事なまでの鷲鼻を鳴らして踏ん反り返っている者。 そして視力に問題があるのか、目元全体をバイザーで覆っている者。
六人全員が時間通りに揃い、定例の会議がスタートした。

「まずは計画の進行状況から説明してもらおう……」

バイザーの老人―――キール・ローレンツが会議の口火を切る。 すでに真白に染まった頭髪からも分かる様に、すでにかなりの老齢に達しているが、 その口調には厳かな響きがあり、また他の五人がじっと耳を傾けている事からこの場での立場が伺える。
キールがこれまでの簡単な確認を述べ終わると、ゲンドウもまた静かに口を開いた。

「現在のところ、全ては順調に進んでおります。
すでに報告書をまとめてお手元に届いているとは思いますが、問題ありません。」
「しかし一部の計画に遅れが見られるようだが?」

ロシア系、と思われる白人の男がジロリとゲンドウを見る。 会議開始から変わらぬ冷たい視線を向けるが、ゲンドウは格好を変える事なく淡々と報告を続ける。

「全ての計画はリンクしています。全体として三%も遅れてはいませんよ。」
「この計画は我々にとって後が無いのだ。」
「左様。わずかな遅れであっても許されない。」
「どんな些細な事から計画が崩れだすか分からんからな。」

口々にゲンドウの報告に対し、非難の言葉を吐き出す。
それでもゲンドウは顔色一つ変えずに反論を口にした。

「その事については十分心得ております。
しかし、どんな出来事にもイレギュラーは付き物です。全てが計画通りに行くなど有り得ませんが。」
「ふん、そんな事などこちらも承知している。
だがそういったものにも問題なく対処出来るよう君には十分な権限と予算を与えておるのだぞ?」
「計画自体もイレギュラーな出来事が起こった場合も含めて計画されている。
にも関わらず遅れが生じるなど、君の怠慢の結果では無いのかね?」
「末席とはいえ、折角席を用意してやったのだ。
それさえも要らないと見える。」

鷲鼻の男の眼鏡が光を反射する。 そしてその口元が左右に広がった。
それと同時に他のメンバーの顔に嘲りが浮かぶ。
だがゲンドウには何の変化も見られなかった。

「こちらに落ち度はありませんよ。」

何事も無いように口にする。
しかしその途端、嘲笑を浮かべていた委員会の面々に静寂が訪れた。

「口に気をつけたまえ。」
「自分の立場を分かっていないようだな。
貴様の代わりなどいくらでもいるのだぞ。」

老人達の表情が一様に強張る。
ゲンドウを一斉に批判しながらも、その顔には先ほどまであった余裕は消えていた。

「これまでの戦闘もそうだ。 親子揃っていくら使えば良いのだ?」
「君だけでなく息子の方も挿げ替えねばならないのかもしれないな?」

ピクリとゲンドウの体が揺れる。
ともすればただ単に体勢を整えただけにも見える。
しかし後ろに立つ冬月には確かにゲンドウが震えたのが分かった。

「静まれ……」

これまで黙して語らなかったキールが口を開く。
静かだが力強い声。決して大きなものでは無かったが、その声は場に再び静寂をもたらした。
キールはゆっくりと首を回してメンバーを一瞥する。
何も変わらない。いつもと変わらぬポーズのゲンドウが居た。

「報告書は見せてもらった。 不足分の予算については一考しよう。」
「ありがとうございます。」
「だが、碇。」

キールは正面に座るゲンドウを見据える。
バイザーの所為でキールの視線はうかがい知れない。 それでもゲンドウはキールからのプレッシャーをしっかりと感じ取っていた。

「計画の遅れは許されん。 速やかに対策を取れ。」
「承知しました。」

これでこの話は終わりだ、と言わんばかりにキールは議題を変更する。
他の者も一切口を挟まず、黙って手元の書類をめくる。
パラ、と紙をめくる音が響き、そしてゲンドウが反論した時とは違った、焦りとも取れる空気が部屋を包んだ。

「これはまずいですな……」
「うむ…これはいかん。」

ゲンドウからの報告書に隠れていた、もう一つの重要な議題。
こちらも計画の遅れと同様、もしくはそれ以上の危険性をはらんでいた。

「どこでこの情報を仕入れてきたのだ?」
「ドイツ支部にいた諜報員の一人がたまたま耳にしたそうです。」
「奴か……」
「はい。」

そしてキールは改めて全員を見回す。
一人を除き、全員がキールから目をそらす。それ程の失態だった。
内心で溜息を吐き、キールは改めて指示を下す。

「すぐに自分の足元を探れ。同じような事が起きておらぬか確認せよ。
発見し次第それを知り得る者を抹消しろ。
碇は…分かっておるな?」
「はい。すでに周辺部に網を張り、内部にも捜索部隊を派遣しております。」

ゲンドウの返事に静かに頷くと、キールは会議の閉会を速やかに宣言した。
こういう事態が起こった以上、一分一秒すら惜しい。
散会すると同時に、キールとゲンドウを除いたメンバーのホログラフが消え、向かい合う二人だけが残された。

「碇、くれぐれも頼むぞ……」
「はい……」

短い返事と共にキールの姿が消える。 そして部屋に明かりが点いて、冬月の姿がようやく顕わになった。

「ようやく終わったか……」
「ああ。全くうるさい奴らだ。」
「しかし、最後は老人達も慌てていたな。」

ゲンドウの後ろに立ったまま、冬月は少しだけ暗い笑みを浮かべる。
ゲンドウと同じ良いように使われる立場にも関わらず、会議に参加する資格すら与えられず、 ただの傍観者に徹しなければならないのが腹に据えかねていたのだろう。

「人を貶めるのだけが仕事の奴らだ。 老人達のボケ防止にはいい薬だよ。」
「だがこちらも落ち着いていられないのも事実だ。
今のところ第三新東京市に侵入した、という報告は上がってきてはないがな。」
「ドイツの方でもマスコミにはすでに圧力はかけている。 情報源は絶ち、情報操作も行った。
だが厄介なのは……」
「過激派に漏れた事か……」

冬月は盛大に溜息を吐き出した。
一般市民に使徒や戦闘の情報が漏れる事はそう問題では無い。対処などいくらでも出来る。
すでに行われた情報操作にしてもそうであるし、何より大多数はあの様な巨大な生物が襲ってきていると言っても まともに信じる人間などいない。精々よく出来た合成映像だと思われるのが関の山だ。
だが、話が宗教家に伝わったとすると途端にややこしくなってくる。
何の力も持たない普通の牧師や神父になら問題は無いが、一部暴力に訴えるだけの力を持った団体に伝わった事が問題だった。

使徒―――キリストの弟子の名を冠する、何処から現れるのかも定かでない、人類の人知を遥かに超えた能力を持つ生物。
今ネルフが行っているのはそのエンジェルたちを殺戮する事。
それが彼らに取って許されざる行動であるのは容易に想像がつく。
倒さなければ人類が滅亡する、と言っても話が通じるかどうか。
だからこそ一般レベルに対しては全世界で最重要の秘匿事項にされているのであるが。

「人の口に戸は立てられんよ。 むしろ今まで全く漏れなかったことの方が奇跡だよ。」
「だが速やかに計画を実行するには最大の難問でもあり、クリアせねばならん問題だ。」

執務室に戻り、ゲンドウは天井を見上げた。
釣られて冬月も同じように描かれた絵を見つめる。
カバラに描かれる生命の樹。 神に至る為の、人類が登るべき階梯を表しているとも言われるそれが広い部屋の天井一面に描かれていた。
ゲンドウはすぐに視線を正面に戻し、自らの机に陣取ると小さく吐き捨てた。

「いつの世も厄介なのは同じモノだ。」








     ―――fade away












さて、文化祭が始まったわけだけども最初は何処行こうか。
まずは定番通り一階の展示から順に見て回ってもいいし、前もって人気がありそうな所を優先していくのもありだ。 ずらりと校庭に並べられてる模擬店めぐりをするのもいいな。 何しろ半分その為に朝飯を抜いて来たわけだし。

「あ?何だ、真っ先にさっき言ってたアスカちゃんとこ行くんじゃないのか?」

ちっちっち、甘いね、カケル。そんな美味しいモノを最初に行っちゃあ駄目だろ。

「何だ、碇は大好きな物は最後に取っておくタイプか。」

そ。昨日の今日だからね。アスカもきっと警戒してるだろうし。 疲れて気を抜いたくらいに行くのがちょうどいいのさ。

「碇君って見た目と違って結構いい性格してるよね。」
「それって誉めてると受け取っていいんだよね?」
「さ〜あ?どうかな〜?」

わざとらしく口笛を吹いて彼女―――洞木コダマさんは明後日の方を向いた。
彼女もクラスメートの一人で、僕が転校してきて以来、何かとお世話になってる。
んで、今日はいつの間にか僕とカケルと一緒に見て回る事になってた。
別に特別親しいわけじゃないけど。 僕は全ての女の子に対して平等だからね。
だから別に断りもしない。勿論笑顔で承諾したさ。

「さっきも色んな格好してる女の子にはしゃいでたしねぇ。」
「いやいや、洞木さん。僕は可愛いものは可愛いと感じる素直な心を持ってるんだよ?」
「俺にはただのイタイ奴にしか見えなかったけどな。」

むう、それを言われると痛い。 誤魔化してはいるけど、自分でも少し冷静になってみれば確かにイタイ奴だったと思うし。
イカンなぁ。カケルと立場がいつもと逆転してるし。

「それでどうする?」
「俺も朝飯食い損ねたしなぁ。模擬店漁りから始めるか?」
「洞木さんもそれでいい?」

確認を取ると洞木さんもそれでいいらしい。
なら朝飯…て言うにはちょっと遅すぎるけど腹ごなしから始めますか。
それに、カケルにも洞木さんにも何だかんだで世話になってるわけだし、ちょっとここは太っ腹にいきましょう。

「よし、なら今日の模擬店代は全部僕が持つよ。」
「お!マジでか!?」
「えー!いいの、碇君!?」

全くもって無問題。折角高給もらってるのに、使い道無いから溜まっていくばっかだしね。

「なら今日は碇の奢りで食うか!」
「おー!」

二人で握り拳を天に掲げて叫んだ。 遠慮はいらないけどさ、この二人も結構いい性格してるよね。







ありとあらゆる模擬店を回りつくしたのはそれから約二時間半後。 時計を見ると二時を回ろうか、といったところだった。
グルッと僕ら三人で食い散らかした店を見てみるとそこには死屍累々とした状態が……ってわけでも無く、 今までと同じように、僕らが通った後なんて何一つ残って無くて、今まで通り店を続けてた。
それにしても君ら結構食ったね?
両隣を見てみると、「ふぅ〜食った食った」なんてオヤジ臭く腹をさすってるカケルと 「どっかにデザート無いかな〜」って辺りをキョロキョロしてる洞木さん。
アナタまだ食べるつもりですか。 もう僕の財布の中は空っぽですよ?元からそんなに入ってなかったけど。

「腹も満たった事だし、そろそろ次の所行くか?」

そうだなぁ。お昼も大分回ってるし、アスカのとこに行くにはいい時間かもしれない。

「じゃあ、一年の教室に行こうか。」
「あ、ちょっと待って。もうすぐ妹が来るから。」
「妹?」

洞木さんがまた辺りをキョロキョロしたかと思うと、今度は手を上に上げてブンブン振り始めた。
すると大分引いた人ごみの中からお下げの女の子が走ってきた。少し遅れて…あれ、あの二人は……

「碇さん。この学校やったんですか。」
「やあ、二人とも。久し振りだね。どうしてここに…て聞くのも変か。」
「ああ、イインチョに誘われたんですよ。」
「イインチョ?」

相田君が指差す方を見ると、さっきのお下げの子。
ん?この子もどっかで見たことあるような……
そう思ってたら少し目を逸らしてお辞儀をした。 どうも向こうはきちんと覚えてるらしい。

「あの、こんにちは。」
「ええと、こんにちは。
……どっかで会ったことあるよね?」
「は、はい。あの、その…前に鈴原が……」

ああ、あの時か。そういえば居たね、彼女は。
もう結構前の、鈴原君に切りつけられそうになったあの日の事を思い出した。
そういえば、鈴原君の妹さんに何も言ってない。
鈴原君には謝罪したというのに、肝心の妹さんには何も、会ってすらいない。

その事に思い至った瞬間、何かを感じるかと思ったのに何も感じなかった。 ただいつかはお見舞いに行かないといけないな、と常識的な考えだけが浮かんできて、 そして多分、その考えは実行されないだろうな、なんて思った。 僕ってひどい奴で、そしてそんな事はとっくに分かってたって開き直って、それで終わり。
だって今日は楽しむべき日なんだから。
だからそんな気持ちには蓋をした。


「あれ?」

どっかで感じた雰囲気だな、なんて思って後ろを向くとそこには綾波さんが居た。
この空気にもすっかり慣れたのはいいんだけど、何で君も?

「ワイらが行こうか、ちゅう時に綾波の方から自分も行く言い出しよったんですよ。」

ふむ、何とも珍しい事だ。だけど、悪くないと思う。 そうやって自分から動くっていうのは。
他人をどうこう言うつもりはないけど、やっぱり前の感じじゃ今後辛いだろうからね。
残念ながら人は一人だけで生きてるにあらず。だから面倒なんだけどね。

「何か知らないけど、皆知り合いみたいね。
私はヒカリと見て回るつもりだったんだけど、一緒に回ってもいいかな?」
「ああ、オレは構わないよ。」
「僕も。」

というわけでこんな大人数で一年C組に押し掛ける事になりましたとさ。
しかし、アスカもびっくりするだろうなぁ。綾波さんまで居るんだし。





「げっ!!」

僕らの姿を見た瞬間アスカは予想通りの反応を見せてくれた。
盛大に顔を引きつらせてマンガみたいに器用に口元をピクピクと動かしてね。

「何でレイまで居んのよぉ!」
「…ダメだったの……?」

綾波さんが微妙に沈んだ表情を浮かべた。
他の誰も気付かないけど、僕とアスカだけはそれに気付いた。 やっぱり一緒に居る時間が長いからだろうね。
で、そんな表情を浮かべられた暁にはアスカも何も言えないわけで、僕もついでにニヤっと笑って言ってみた。

「あれぇ、僕らはお客さんなんだけど、アスカは入店拒否をするのかなぁ?」
「くっ……!
ど、どうぞごゆっくり……」
「あれ?ここってそんな店だっけ?」

そう、僕は知っている。ここがどういう店かを。

「お、お帰りなさいませ。御主人様……」

精一杯の笑顔を浮かべて、だけどこめかみを震わせながらアスカは奥に引っ込んでいった。
いけないなぁ。そんな事じゃ真のメイドさんになれないぞ?

「碇三尉」
「ん?何?綾波さん。」
「私は来ない方が良かったのでしょうか?」

無表情の中に揺れる瞳。
僕は笑ってポンポン、と彼女の頭を軽く叩いた。

「アスカは君が来てくれて嬉しいはずだよ。
ただ綾波さんが来るとは思ってみなかっただろうから驚いただけさ。」
「そう……」

それだけ返事すると、前を向いて座った。
僕もその隣に座る。
当然こんな大人数で一つのテーブルに座れるわけがないから二つに別れて。
んで、注文を取りに来た子に向かって手招き。

「ゴメン、悪いけどこっちのテーブルはアスカ専任で。」

ニヤリ、と我ながら邪悪な笑みを浮かべる。
するとアスカと同じくメイドの格好をした子もニヤリ、と笑う。

「オッケーですよ。存分にイジってあげて下さいね。」
「それは勿論。」

そしてお互いにもう一度ニヤリと笑い合って彼女はアスカを呼びに奥へ。
そしたらすぐにアスカが出てきて、こっちに向かってきた。
明らかに表情にはイヤイヤ感がスバラシイ程溢れてたけどね。

「……何をお持ちしましょうか、御主人様。」
「そこまでイヤそうにしなくてもいいじゃないか、アスカ。」
「だってさっきまで次々と客が来るのよ。しかも男ばっか。
いやらしい顔浮かべて、そいつらの相手をしなきゃいけなかったのよ?
そしたら何でアンタがこんな大人数引き連れて来んのよ!?」
「僕としてもここまで大人数になるとは思わなかったけどね。 最初は僕とこいつと二人で、しかもちゃんと気を遣って人が引いた時に来るつもりだったんだから。」
「こいつ、とはご挨拶だな、碇。ちゃんと紹介しろよ。」
「そうよ。てか全員紹介しなさいよ。」

ふむ、ならリクエストにお応えしようか。メンドイけど。

「えっと、まずこのバカが佐藤カケル。」
「待て、アスカちゃんみたいな可愛い子を前にしてそんな紹介すんな。」
「えーと、それとあっちのテーブルの「ムシか!?ムシなのか!?」あーうるさい。
女の子が洞木さん姉妹。ねーちゃんの方と僕とカケルは一応同じクラス。」

んで、次いで鈴原君や相田君について説明。
カケルや洞木さんがいるから詳細については何も述べなかったけどね。
最初は「何で中坊がこんなとこに来んのよ」とかアスカは言ってたけど、 綾波さんの友達って紹介したらあっさり納得した。どうでもいいけど綾波さんには甘くありませんか? もうちょっと僕にも優しくしてくれてもいいと思うんですが?

「ハッ、何でアンタみたいなのにそんな事しなくちゃなんないのよ?」

って鼻で笑われた。まあ期待してなかったけどさ。
ちなみにもう一個のテーブルには別の女の子が付いてて、鈴原君が鼻の下を伸ばして足を洞木さん妹に 思いっきり踏みつけられてた。なるほど、二人はそういう関係なのか。

「ところで、だ。アスカ君、君は大事な事を忘れていないかね?」
「何よ、いきなり。」
「僕らは今『客』としてここに居るんだよ?こうやって話すのも十分に楽しいからいいんだが、 そろそろ注文をとるなり、何らかの動きを見せてほしいんだが?」

よくよく見るとアスカはメイド服のまんま僕らのテーブルに座ってるし。
頬杖までついて随分とふてぶてしい態度だ。仕事する気あるのかね?

「えー……」
「それともアスカは僕らの『バイト』の事以外ろくに出来ないのかな?
あーやだやだ。これだから学歴だけ高い奴は。」

肩をすくめて、半分バカにした口調でわざとアスカをあおってみる。
そしたらムッとした表情を浮かべてアスカは立ち上がった。 相変わらず扱いやすい奴だ。

「フン、見てなさい!アタシはアンタみたいなバカと違って何でも完璧にやってみせるわ!」
「おーそいつは楽しみだ。精々頑張ってくれい。」

椅子に我ながら偉そうに踏ん反り返ってアスカがどうするのか見てみる。
すると、アスカは一度下を向いてまだ赤みが残った金髪を垂らした。
そして両の手で大きく髪を掻き上げた。

「いらっしゃいませ、御主人様。何をお持ち致しましょうか?」

人が変ったように可愛らしい声が聞こえた。アナタ誰ですか?

「そうですねぇ、外は寒かったでしょうから温かいミルクなんて如何でしょう?」
「あ、ああ、そうだね。」

ホント別人みたいだ。正直少し気持ち悪くもあるけど。
カケルの方もポカンと口を開けてる。綾波さんは……おお、いつもよりちょっと目を見開いてる。 流石にこの変わり様には驚いてるらしい。
メチャクチャ動揺してるんだけど、よくよく見たらアスカのこめかみに青筋が浮かんでるのが見えたりする。 ああ、なるほど。相当無理してるんだね、アスカも。
それに気付いたらこっちも少し自分を取り戻せた。

「ああ、ついでにオムライスもよろしく。」
「おお、碇。いきなりあれを行くのか?」
「カケル、メイド喫茶に来てあれを頼まずして何を頼むと言うのだね?」
「確かにな……じゃあ俺も同じのを一つ。」
「それとオムライスにケチャップで文字を頼む!
勿論文字は『シンジ様LOVE』で!!」
「何!?そんな事も出来るのか!?なら俺も頼む!!」

カケルも悪乗りしてきたな。さてアスカはどうかな?

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」

笑顔でよどみなく答えた。だけどアスカが持ってるお盆がギシギシ音を立ててるのは何故でしょう?


程なくしてオムライスが届いた。どういう訳か三つ。だけどそこに文字は無い。
文句を言おうとしたらアスカがケチャップを持ってやってきた。 これはもしかして……

「失礼します。」

そう言いながら一礼して一つ目のオムライスに文字を書き始めた。
一つ目は綾波さんに対するものだった。

「これは綾波様へのサービスでございます。」

そう言って綾波さんの前にオムライスを差し出す。

「ありがとう……」
「それでは続いて……」

今度はカケル。ケチャップで「佐藤様へ」と丁寧に書いていく。
でもその手は綾波さんに書く時と違って微妙に震えてる。
当のカケルは感涙を壮大に流しながら「俺、今日の今この瞬間を忘れない」とか呟いてる。
さて、いよいよ次は僕の番か……

楽しみに待ってたんだけど、一向にアスカは書き始めない。
僕が声を掛けると「しょ、少々お待ち下さい」と言ってようやく書き始めた。
だけどケチャップを持った手が震えるだけで、ケチャップは全く落ちてこない。

「どうしたんだい、アスカ。
はっ!まさかこの僕に愛の告白にも等しい行為に感動して震えているのか!?
そうかそうか!そうならば別に構わないさ。存分に僕への愛を噛みしめてくれ!! そして前も言った気がするが心から叫ぶんだ!『御主人様、私の愛を食べて下さい』と!!」
「ふんがーーーーっ!!!」
「ぎゃああああああっ!!」


出来立てほやほやのオムライスが顔に!!熱い熱い熱い!!

「何でこのアタシがアンタなんかにこんな事しなきゃならないのよ!!」
「アスカ熱い痛い熱い痛い!!!」

襟をつかんで頭を揺さぶらないで!!服の中にトロトロ玉子がぁ!!

「何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でアンタなんかにアンタなんかにアンタなんかにアンタなんかに アンタなんかにアンタなんかにアンタなんかにアンタなんかに!!!」

ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん!!!

「は、速い!!何て高速ビンタだ!!」

そんなのんびり解説してないで助けて、カケル!
揺れる視界の中そんな事思ってたら腹にとんでも無い衝撃!

「こんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにぃ!!」
「な、内臓殺しニ―キック!!」
「う〜ん、これは見事に決まりましたね、佐藤さん。」

洞木さんまで!!??

ガシッ!!

「えっ?」
「おーっと、これはぁ!!」

視界が今度はグイン、と下から上へ。

「遊ばれなきゃなんないのよーーーーーーーーっ!!」

どごぉっ!!!

「決まったぁ!!ジャーマンスープレックス!!!」
「先ほどのニー以上に見事に決まりましたね。こんなに奇麗に決まったのは見た事ないですよ。」

誰か僕の心配をして下さい。綺麗に脳天から落ちましたよ?

「お?おお……綾波さん……君は……」
「……無様ね。」

し、しどい……


「さて、と……」
「な、なんだい?アスカちゃん?そんなに笑顔浮かべて……」

「アンタも同罪よ!!!」 「うぎゃあああああああああああっ!!!」






その後もアスカの暴走は留まる事を知らず、次にカケルがターゲットにされた。
にも関わらずその後また僕が殴られてるのはどういう事だろう?

狭い教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化して、あちこちから悲鳴が上がってる。
だけど、僕はこんな瞬間でも楽しかった。 こんなに遠慮せずに何でも言える関係なんて今まで作ってこれなかったから。

だけど、僕は分かってる。
こんな楽しい時間なんて、絶対に長続きなんてしないという事を。
世界はそんな風に出来ていやしないと。
だから僕は期待なんてしない。

だから僕は神様なんて信じない。









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