「海なんて久しぶりです。」
右を向いても左を向いても海。
前を見ても後ろを……流石に後ろは見えないか。
ともかく今僕の周りは360度見渡す限り青い海が広がっていた。
扉が片方開けられていて、プロペラが回る音がうるさいけど、そんなのは気にならない。
海風に乗って潮の香も一緒に入ってきて、それが僕の肺を満たしてくれる。
「シンジ君、気分はどう?悪くない?」
「ええ、もうすっかり大丈夫ですよ。
ミサトさんもそんなに気にしなくてもいいですよ。」
家で気を失って、気が付いたらまた病院だった。しかも次の日の。
リツコさんが言うにはどうも過労らしい。
確かに倒れる数日前から何処か体調がおかしかったけど、そこまで疲れてるとは思ってもみなかった。
これもリツコさんの言葉だけど、エヴァに乗るのってかなり疲労が溜まるみたいだ。
と言っても、肉体的な疲労じゃなくて精神的なものらしいけど。
それも僕が倒れたおかげで初めてわかったらしいんだけどね。
全くそんな様子が見えない綾波さんをホント尊敬するよ。
見かけと違って、どうやら彼女は随分とタフらしい。
でも分かったのが、一番問題なのは自分で自覚が無かったって事だ。
おかげで一週間も入院しっぱなしだった。
たまにはゆっくり休めって事らしくて、睡眠薬も処方されたおかげで一週間特に退屈することも無かった。
つまりはほとんど寝てたって事だけど。
その分、今はすっかり体調も良くなった。
「だけどいいんですか?」
「え、何!?何か言ったぁ!?」
海風は気持ちいいけど、声が中々聞こえないのは困った。
精一杯声を張り上げないと、お互いにコミュニケーションとれない。
「だから!本部から離れても大丈夫なんですか!?
使徒がいつ来るか分からないのに!?」
「ああ!大丈夫よ!レイも居る事だし、万一使徒が来てもその時はシンジ君だけYak−38で送り返すから!!」
送り返すってそんな、人を物みたいに。
ま、実際そんな事が起こったらそうするしかないだろうけど。
「それに、今回はシンジ君の静養も兼ねてるんだから!
碇司令のお墨付きよ!」
「静養って言う割には随分とやかましいですけどね!」
「いいじゃないの!素直に楽しみなさい!」
そうは言われても、あの父さんがそこまで僕の事を考えてくれるだろうか?
何年も放っておいて、その罪滅ぼしとか?
もしそうだったら、そんなのくだらないし、今更何の罪滅ぼしになるだろうか。
もっとも、そんなの信じられないけどね。
セカンドチルドレンと顔合わせする以外に、何かきっとあるに決まってる。
僕をここに来させた裏の目的がある。
僕の静養っていうのは多分口実で、何かは分からないけど絶対何かが起こるんだ。
『だけど……』
正直、悪くない。
どこまでも伸びる水平線を眺めてると、気持ちが落ち着く。
父さんの考えなんてどうでも良くなってくる。
何かあるにしてもどうせ何も出来ないだろうし、それまではゆっくりと景色でも楽しませてもらおう。
「見えてきたわ!」
ミサトさんの声に、僕は少しヘリから身を乗り出して海原を見た。
遥か向こうに見える点のような物。
しばらく見ていると段々大きくなってきて、それが巨大な空母なんだとようやく分かった。
「へぇ〜……」
海が見るのが久しぶりなら、空母なんて生まれて初めてだ。
でかいでかい、とは話には聞くけどホントにでかい。
キレイに整列してる戦闘機を見ると、訳も無く嬉しくなってくる。
うん、やっぱり来てよかった。
「後で空母を見学できたりします!?」
「多分大丈夫だと思うわ!
折角だからアスカにでも案内してもらったら!?」
きっと仲良くなれるわ、なんてありがたい言葉をくれた。
それは嬉しいんですが、ミサトさん、何でそんなにニヤニヤ笑ってるんですか?
「い〜え、別にぃ。シンちゃんもそろそろ彼女が出来てもいいんじゃないかと思っただけよ。」
「何ですか、その呼び方は。
それはともかく、僕は女の子にはうるさいですよ?」
「あら?じゃああの報告は嘘なのかしらね?」
嫌な笑い顔を浮かべたまま、どっから仕入れたのか分からない情報を嬉しそうに教えてくれた。
「学校で毎日違う女の子と頬を緩めて話してるらしいじゃない。
とっても嬉しそうに。」
「……」
「全く節操無いんだから。その内後ろから刺されるわよ?」
「……勘弁してくださいよ。」
完敗。
恐るべき諜報部。てか何に労力を使ってるんだよ。
「ま、大方シンジ君にあの子の彼氏は無理でしょうね。」
「それ、どういう意味ですか?」
「ん〜……まあ、会ってみれば分かるわよ。」
結局ミサトさんはその意味を教えてくれなかった。
う〜ん、どんな子なんだろ?
むちゃくちゃ性格が悪いとか?例えそうでも僕は大概の女の子は許せる。
どうせ付き合う気は無いし、普通に話す分には性格悪くても問題無い。
でも可愛かったらいいなぁ……
胸にちょっとだけときめきと期待を乗せて、僕らを乗せたヘリは空母に降り立った。
第八話 アスカ、来日
「おっとと。」
やっぱり海の上は風が強い。
ヘリから降りた途端、物凄い風が吹いて体が持っていかれそうになった。
だけどやっぱり良い。
僕は手を大きく広げて、もう一度肺一杯に潮の香を吸い込む。
すっかりタバコで汚れきった肺が浄化されてるみたいだ。
閉じた目を開けて360度広がる海を眺めると、
ミサトさんがこっちを見て苦笑いを浮かべてるのが見えた。
「まず先に提督に挨拶に行くわよ。
その後でゆっくり楽しんできなさい。」
まあ確かに。まずは一応形だけでもお仕事はしとかないとね。
ミサトさんに付き従って、風の強い甲板を歩く。
涼しい風が心地良い。
「あら、アスカ。」
立ち止まったミサトさんが誰かに声を掛けた。
ミサトさんは背が高い。
僕も決して高いほうじゃないから、170を超える長身のミサトさんは僕より少し背が高い。
だからそのおかげで、前に居るのが誰かは分からない。
名前から推測すると多分セカンドチルドレン。
早速顔合わせの時が来た、てところかな。
「久しぶりね、ミサト。」
「アスカも。一年前と全然変わってないわね。少しは成長しなさいよ。」
「そういうミサトは少し太ったんじゃない?」
なんて会話を聞きながら、ひょいっと顔をミサトさんの横に出してみる。
声から判断すると、結構可愛いっぽい感じがするけど。
果たして、結果は!?
……
そう、ここは海の上だ。
当然風は強い。しかも物凄く。
そして彼女は事もあろうかワンピースを着ていた!それも仁王立ちで!
これが何を意味するか!?答えは一つ!!
……はっきり言おう、『白』だった。
ここは男として感謝しよう、風に。
そして僕は大空に向かってサムズアップして口を開いた。
「ぐっじょぶ!!」
「何が『ぐっじょぶ!!』じゃあああああ!!!」
めきょ!!
彼女の小さな手が鋭く僕の顔面を貫く。
めり込む拳!宙に浮く体!
そして僕は今日も鳥になった……
「ぐ…じょぶ……」
「このバカ!!ヘンタイ!!信じられない!!」
「中々良いフックね〜。」
……ミサトさん、他に言う事は無いんですか。
「そ、それで!サードチルドレンってぇのはどいつよ!」
「もう会ったじゃない。」
甲板に転がってる僕を無視して、ミサトさんは当たり前の様に彼女にそう言い放った。
その瞬間、ピキ、なんていうギャグマンガみたいな音が聞こえた気がする。
「いてて……」
すっかり赤くなった頬をさすりながら立ち上がった僕の方を、
油の切れた機械みたいな擬音を立てて彼女は見た。
「ま、まさか……」
「そうよん。この子がサードチルドレンの碇シンジ君。階級は三尉だから、アスカと同等になるわね。」
「初めまして、惣流さん。碇シンジです。」
自信満々の笑顔を浮かべて、僕は惣流さんに手を差し出した。
「うそでしょぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!??」
「おやおや、随分若いお姉さんが来たからボーイスカウトの引率かと思ったよ。」
開口一番そう皮肉をのたまってくれたのはこの艦隊の提督だった。
流石に海の男らしく、多分もうすぐ60に迫ろうって歳なのに、
筋骨隆々って言葉がぴったり当てはまるような体をしてる。
帽子を目深にかぶって、口周りは見事な髭で覆われて頼りがいがありそうだけど、
今ばかりは不機嫌そうに口元を歪めてた。
当たり前ながら英語だけど、とりあえず何て言ってるか位は分かった。
こういう時、きちんと勉強してきて良かったと思う。
内容はアレだけど。
それはともかく、まあそりゃ文句の一つも言いたくなるよね。
職務を全うしてるすぐ隣であんなコントみたいなやり取りしてれば。
「少しは長旅の慰めになったと思います。」
「やれやれ、ご苦労な仕事だよ。
いつからうちは宅配屋に転職したのかな?」
「某特務機関が結成されてからと記憶しております。」
多分提督の副官に当たる人なんだろう。
後ろに手を組んで、提督の問いかけにこれまた盛大な皮肉で返してくれた。
何だろうね……この前のミサトさんの出張話も聞いて思ったけど、
どう考えてもネルフって嫌われてるよね。
わが父ながらトップがアレだし、人類の存亡の為に嫌々協力してるって感じが
ひしひし伝わってくるよ。
しっかし…何で惣流さんは満足そうに胸を張ってるのかねぇ。
この空気に僕は胃がキリキリさせてるって言うのに。
しかもご丁寧に僕から相当離れて立ってるし。
横目で見てたら惣流さんが僕が見てるのに気付いた。
そしたらそれまでの嬉しそうな顔から急に不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
あれは不可抗力だよ……
「全く、あんなおもちゃを運ぶのに太平洋艦隊が勢ぞろいとはな。」
「有事に対する備え、と理解していただけますでしょうか。」
「この書類もかね?」
そう言いながら提督が手に取ったのは一枚の紙。
ミサトさんが最初に手渡した、確か非常時における優先が
どうたらこうたら書かれている書類だったと思う。
「納得して頂くしかありません。
これでも我々は対使徒専門を掲げておりますので。」
「ふん。
我々も軍人だ。命令には大人しく従うよ。」
「ありがとうございます。
あくまで有事ですから。何事も無ければこちらも大人しくしておりますので。」
まあ確かにこんな海の上で都合よく使徒に出会うわけなんて無いしね。
使徒が第三新東京市…というかネルフの真下にあるアダムを目的に来てる以上、この場で遭遇するなんて
どんな確率だ。
出会ったら出会ったで、使徒がどこから来てるか特定できそうだけど。
「あっれ〜、葛城じゃないか。」
こんな息の詰まりそうな空間なのに空気が読めてないのか、それともこんな雰囲気だから
なのか、後ろからノーテンキな声が場の空気をぶち壊しにした。
そしてその途端、シリアスな流れは終わりを告げて、ミサトさんは
さっきの惣流さんと似たような音を立てて声の方を振り返った。
「加持さ〜ん!!」
「加持君!君をブリッジに招待した覚えは無いぞ!」
惣流さんの甘える声と提督の殊更不機嫌な声。
提督はともかく、惣流さんはさっきまで怒ってたのに。
嬉しそうだったり、怒ったり、甘えたり。忙しい子だな。
「なななななななななななななな!!」
「落ち着けよ、葛城。そんなに俺に会えて嬉しいのか?」
う〜ん、ここまで慌てるミサトさんっていうのも新鮮だな。
普段、特にネルフに居る時は真面目で少し近づき難い雰囲気だけど、
少し今のミサトさんは可愛かったり。
でもミサトさんがここまで慌てて、惣流さんが腕に絡み付いてるこの人は誰だ?
「……」
あ……提督がこっちを睨んでる。
話も終わったみたいだし、そろそろ退散した方がいいかもしれない。
「提督、お騒がせしました。
もし有事の時は、是非僕らを守ってくださいね。」
それじゃ失礼します、と頭を下げた。出来るだけ笑顔で明るく。
散々邪魔してしまったからね。少しでも印象を良くしようという努力だ。
そして僕は「なんで…なんでよ……」と頭を抱えてブツブツ呟いてる
危ない様子のミサトさんを押すようにしてブリッジを出て行った。
英語はしゃべるのは苦手だけど、ちゃんと伝わったかな?
「あんな子供が世界を守るというのか……!」
出る時に、忌々しげに吐き捨てた提督の言葉が耳に残った。
「それで!!なぁ〜んでアンタがここに居んのよ!?」
旗艦「オーバー・ザ・レインボー」の食堂に着いた途端、
ミサトさんは加持さんに詰め寄った。
見たところ、単なる知り合い、というわけじゃ無さそうだ。
「なに、アスカの随伴さ。でもまさか葛城もネルフに入ってるとはな。」
「まずったわ。アンタまでネルフに居るなんて……」
「あの〜。お二人はお知り合いみたいですけど……」
そう話しかけた瞬間、ギン、なんて擬音が聞こえてきそうなくらい
ミサトさんに睨まれた。
そんなに睨まないで下さいよ、ミサトさん。マジで怖いです。
ついでにミサトさんは口を開きかけた加持さんの方も睨んでた。
で、その目ははっきりと「余計な事はしゃべるな」って物語ってて、加持さんの
方も目配せで「分かってる」て言ってるみたいだ。多分。
てか、それだけでお二人の関係が何となく見えてくるんですけど、いいんですか?
「そうだな……
シンジ君は葛城の寝相の悪さは知ってるかい?」
早速爆弾を落としましたよ、この人は。
僕の名前を知ってるのは、まあ、ネルフに居るなら当たり前として、
なるほど、二人はそういう関係ですか。それならさっきのアイコンタクトも納得だね。
しーんとなった空間に周りを他の二人を見てみると、ミサトさんと惣流さんは
揃いも揃って固まってた。
ミサトさんはこれでもか!ってくらいに顔を赤くして肩をプルプル震わせて、
惣流さんは惣流さんでこれまたリンゴみたいに耳まで赤くなって明後日の方を向いてる。
何て言うか、二人とも意外とウブなんですね。
特にミサトさんはそんな恥ずかしがる歳でも無いでしょうに。
そして加持さんはそんな二人を見て笑ってた。
それを見て僕も何となく加持さんの性格が掴めた気がする。
「ば!加持!アンタ何言ってんのよ!?」
「いや〜、僕もこれでも健全な男の子ですからね〜。
ミサトさんから一緒に住むって言われた時は正直期待してたんですけどね。
生活はすれ違いばっかで、たまにミサトさんが早く帰って来たらそのままゴミ溜めみたいな
部屋で大きないびきかくんですもん。
下着もあちこち散らかってて、あれじゃ百年の恋も一気に冷めるってものですよ。」
「いやいや、シンジ君。それも葛城らしさなんだよ。
付き合ってみると君も分かってくるさ。」
「そうですか?
それじゃミサトさん、試しに付き合って見ますか?
僕は八個くらいの歳の差なんてぜんっぜん大丈夫ですから。
この若い体できっと満足させてあげますよ?」
「し、シンジ君まで何言ってんのよ!?」
「そ、そうよ!アンタ自分で何言ってるか分かってんの!?」
「おやぁ、お子様のアスカちゃんにはちょっと刺激が強すぎたかな〜?」
「な!!」
ぼぐぅ!!
「な…ナイスフック……」
何とも初々しい反応だったから惣流さんをからかってみたんだけど、
ちょっとそれは失敗だったかもしれない。
日本人離れした体のバネを存分に使ったフックは座ったままのはずなのに、
僕は気付いたら天井を眺めてた。
どっからそんなパワーが出てるんだよ……?
「ふん!!」
僕を殴ったら、そのまま惣流さんは鼻息荒くドスドスと足音を鳴らして食堂から出て行っちゃった。
「いたたた……」
「はは、シンジ君も手痛くやられたな。」
「いやいや、あれも彼女なりの愛情表現だと思えばこの痛みも喜びに変わりますよ。」
「葛城も照れるとすぐ手を出してきたな。
だからシンジ君の気持ちも分かるんだが、そういう事は口に出すとヘンタイみたいだぞ?」
「アンタたち気が合いそうね……」
頭を盛大に抱えたミサトさんが疲れた様にそんな事を言ってきた。
何でそんなに疲れてるのか分かんないけど、そう言われて僕と加持さんは顔を見合わせて
ニッと笑い合った。
「ははは、面白い子だよ、シンジ君は。」
「これからも加持さん、よろしくお願いしますよ。」
がっちりと笑顔で僕らは握手した。
その隣でミサトさんがガックリと肩を落としたのは見なかったって事で。
結局その後、加持さんは惣流さんのご機嫌を取りに食堂を出て、
ミサトさんはまだ仕事が残ってるとかで、食堂で書類を広げ始めた。
こんな海の上に来てまでお仕事とは…ご苦労様です。
で、僕はもう顔見せも終わったことだし、外に出て潮風を存分に浴びてた。
手すりの隙間から足を出して腰掛けて、何処までも広がる青い海を眺める。
蒼穹の空と微妙に色合いの異なった青の狭間にある水平線。
それを眺めていると、自分が何処までも広がっていって、いつかエヴァに乗ってるときに感じた
感覚とはまたちょっと違った全能感を感じる事が出来て気持ちいい。
座ったまま寝そべってみる。
もう九月の終わりだっていうのにジリジリと焦がすような暑さを感じる第三新東京市と
違って、降り注ぐ光は僕を明るい世界に連れ出してくれるようで、寝たままその光をずっと全身で
感じていたい衝動すら感じる。
「サードチルドレン!」
う〜ん…このまま何もしたくない。寝ちゃおうかな……?
「ちょっとサードチルドレン!!聞いてんの!?」
(おい、お前の事呼んでるぞ。)
「ふえ?」
間の抜けた声を出しながら、寝たままで視線だけをずらしてみる。
そしたらいつの間にかすぐそばに惣流さんが来てた。また仁王立ちで。
「……白。」
むぎゅ
「もう一回見たらその目潰すわよ!!」
「いたた……
さっきのもそうだけど、不可抗力だよ。
第一君がそんな所に立ってるのが悪い。」
「ほ〜う、私に責任を押し付けるつもり?」
「はいはい、私がわるぅございました。」
起き上がってそう言ったら惣流さんはまた何か言い返してきたけど、このままじゃ話が進まない。
適当に聞き流して、いい加減疲れて息を切らしてるところで本題を促した。
「それで?何か僕に用があったんじゃないの?」
「ぜえぜえ……アンタねぇ〜。」
睨んできたけど、それも無視。
むしろ一人で百面相してるのを見てる。面白いし。
惣流さんも諦めたのか、息を整えるとキッと鋭い視線を向けてきた。
「ちょっと付き合って!!」
「そんな…いきなり付き合ってなんて惣流さんって手が早いんだね」なんてお約束をかましたら
速攻で殴り飛ばされた。
そして頬を腫らせたまんま、半ば引きずられるようにしてヘリに乗せられて、着いた所はオーバー・ザ・レインボーとは
別の船。
どうも輸送船らしく、船の大部分が何か大きな荷物で覆われてた。
巨大な一枚のカバーの端っこを惣流さんは捲り上げると、ずんずんと中に入って行っちゃった。
勝手に入っていいんだろうかと思って待ってると中から惣流さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
おずおずと中に入っていくと、紅い荷物の上で惣流さんが腕組みをして立ってる。
どう見ても機嫌が良いとは思えない。
加持さんご機嫌取り失敗したな…って僕の所為か?
「所詮零号機と初号機はプロトタイプとテストタイプ。
だけどこの弐号機は違うわ!!」
へえ、これが弐号機か。真っ赤で惣流さんにはピッタリかもしれない。
「これこそが世界で始めて造られた本物のエヴァンゲリオンよ!
アンタなんかぽっと出の奴がシンクロ出来るもんじゃないわ!!」
どうでもいいけどまたパンツ見えてるし。
学習能力無い娘だなぁ。経歴には大学卒業済み、なんて書かれてたけど本当なのかな?
勉強だけが頭がいい証拠にならないってことのいい見本だよね。
ん?ちょっと待てよ。
何で僕はエヴァに乗れるんだ?
惣流さんの言う通り、誰だってコイツに乗れるもんじゃない。
ならそれはどっから出てきた話だ?何か適正があるのか?
それはいつ分かった?どうやって検査した?
それを言い始めたら、最初の使徒だってそうだ。
僕を呼んでエヴァに乗れっていきなり言い始めたって事は、その時点で僕がアレに乗れるって
分かっていたって事だ。
その日に使徒襲来?話が出来すぎてる。
ただの偶然なのか?
(それもあり得なくは無いが…)
『だけどそれで済ませちゃいけない気がする。』
絶対何かあるはずだ。何か、僕の知らない、そしてミサトさんもリツコさんも知らない何かが。
「ちょっと!!人の話聞いてんの!?」
ええい、やかましい!!人が折角考え事をしてるっていうのに!
「ああっと、うん、それで?」
勿論内心の苛立ちは彼女には見せない。
適当に話を聞いてる素振りを見せて相槌を打つと、彼女は今度は機嫌良さそうに
話の続きを話し始めた。
単純だね、彼女は。
そして彼女の話を聞き流して、また自分の考えにふけろうと思ったんだけど、
その時、急に船全体が大きく揺れた。
「きゃあ!!!」
立っているのも難しいほどの揺れ、そして外から聞こえてきた爆音。
それが何を意味してるのか、僕には残念な事にすぐ分かってしまった。
「やっぱり……!」
外へ出ると、その瞬間熱風が吹きつけ、次いで激しい雨が僕の体を打った。
いや、それは雨じゃない。空は相変わらず素晴らしい青色をしてる。
そしてまた僕の目の前で一隻、戦艦が爆散した。
「何よ、これ……」
すぐ後ろから惣流さんの息を飲む音が聞こえた。
「多分だけど……」
彼女の少し荒い息遣いを聞きながら、僕は彼女に事実を告げた。
「使徒だよ。」
NEON GENESIS EVANGELION
Re-Program
EPISODE 8
Boy Meets Girl
「何で僕はここに居るのだろうか?」
そう自問してみる。
あちこちで火の手が上がるのを見ながら、僕はシリアスに決めたはずだ。
なのに今こうして弐号機の中に居るのはどうしてですか?
「うっさいわね!アタシの華麗な操縦を特等席で見せてやるって言ってんのよ!?
少しは喜びなさい!」
「そうは言ってもねぇ……」
まあ百歩譲って弐号機に乗るのはよしとしよう。
あのまま輸送船に残ってるのも危険だし、ずっとドイツで訓練してきたっていう
惣流さんの操縦を間近で見て参考にするのもいいかもしれない。
でもどうして惣流さんのプラグスーツを着なきゃいけないんだよ!!
欧米人の血が混ざってるらしく、背が高い惣流さんのスーツは確かに着れなくはない。
でも僕は男で彼女は女の子。背はそう変わらないとは言っても体格は全然違う。
特に…ね?
正直かなり恥ずかしい。
(無様だな。)
『やかましい!!』
「だあーーー!!ぐちぐちぐちぐちうるさいわね!!
それよりシンクロするわよ!!」
一方的にそう告げて勝手にシンクロし始めた。
そしてプラグ内に見慣れた景色が流れ始める。
でもそれもいつもより遥かに短い時間で終わって、その後360度真っ赤な文字で染まった。
「エラー?」
「アンタ日本語で考えてるでしょ!?
ちゃんとドイツ語で考えなさいよ!」
こらまた無茶をおっしゃる。
英語だってやっとなのに、ドイツ語なんてしゃべれるわけが無い。
というわけで、とりあえず知ってる言葉でからかってみる。
「Ich liebe dich.」
その途端惣流さんの顔がみるみるうちに真っ赤になっていった。
「バカ!!いきなり何を言い出すのよ!?」
赤い顔のまんま小突かれた。
うん、やっぱりからかうと期待通りの反応をしてくれる。
「そんな事言われてもそれくらいしか知らないし。」
「何でそんな言葉だけ覚えてんのよ……
ったく!基本言語を日本語にしてミックス!!」
「最初っからそうしてくれればいいのに。」
「うるさい!!」
怒鳴るだけ怒鳴って惣流さんはシンクロに集中し始めた。
起動してない状態じゃ外の様子は分からない。
まだかろうじてこの輸送船は無事みたいだけど、多分もうかなりの船が沈んでしまってるだろう。
通常兵器じゃ、少なくともフィールドの中和無しじゃダメージは与えられない。
人が死んでいく事への焦りなのか、起動が中々終わらない事に少し苛立つ。
『ホントにそうなのか?』
本当に僕は人の生死に対して焦ってるのか?
違う。僕が焦ってるのは……
(逸る気持ちを抑えきれないんだろ?)
『……!!』
(早く奴と戦いたいんだろ?使徒を殺したいんだろ?)
『違う!!僕はそんなに好戦的じゃ無い!!』
(嘘を吐くなよ。俺には分かるんだからよ。)
『……』
(エヴァに乗ってる時はいつだってそうだろ?
少なくとも俺は早くアイツをぶちのめしたい。)
感じるだろ?
何を、とは言わずシンは僕に同意を求めてくる。
そして僕はそれを否定できなかった。
機体は違えど感じるものは同じ。
ただ少しだけいつもより体が重い気がするけど。
「さあて、行くわよ。」
得意気な顔で惣流さんはこっちを振り返ったけど、僕はそれどころじゃなかった。
何かが近づいてくるのを感じる。それも急に猛スピードで、敵意と共に。
「飛べ!!」
「はあ?いきなり何言ってんのよ?」
「いいから飛べって言ってるんだよ!!」
「何でアンタに指図されなきゃいけないのよ!?」
くそっ!!
このままじゃ間に合わない!
「ちょ、ちょっと何してんのよ!?」
わめく惣流さんを他所に僕は強引にレバーを掴んで機体を動かした。
強烈なGが体を押さえつけ、その後に今度は下から突き上げる様な衝撃。
無重力状態みたいな浮遊感を感じながら下を見ると、そこにはもう足場は無かった。
「ちいっ!!」
慌てて周りを見回す。
辺りには何処にも着地できる場所は無い。ただ一機の戦闘機が発進していたのは見えたけど、そんなの
役に立たない。
ならば……
「海に潜るぞ!!」
「ちょっと!B型装備なのよ!!」
そう言われてももう遅い。
機体の向きを変えて飛び込みの選手みたいに頭から深青の海に飛び込んだ。
「何て事すんのよ!アタシの弐号機に!!」
「ならあのまま使徒にやられてた方が良かったか?」
そう言ってやると惣流さんは黙ってしまった。
まあこのまま言い争いを続けているよりは良い。
状況は最悪に近い。
使徒の姿は見えないし、こっちはB型装備でまともに動けない。
「B型装備でどれくらい動ける?」
「ダメね。機動力はゼロ。普通の人間が泳ぐのと同じ感覚、てとこね。」
「オーバー・ザ・レインボーと連絡は?」
「通信機能は生きてるけど、チャンネルが分かんないわ。」
「全周波数で呼び掛ければいいだろ?」
「あ、そっか。
…て、何でアンタが命令してんのよ。」
あー、うるさい。何でそんな事に拘るんだか。
ケーブルも繋がってないから時間も無い。
内部電源は充電されてたみたいだし、予備用のバッテリーも搭載されてたみたいだから多少はもつけど、
今もどんどん表示時間は減っていってる。
横でごちゃごちゃうるさい惣流さんとこの状況。
いい加減辟易してたら、勝手に通信モニターが開いて「SOUND ONLY」の文字が映し出された。
「アスカ、無事!?」
「ミサト?」
「ミサトさん?」
「良かった、三尉も一緒なのね?」
ミサトさんの溜息がマイク越しに伝わる。
連絡してなかったからな。居場所も掴めなくて探してたんだろうな。
「そんなことより使徒は?視界も悪いし何処にも見えないわよ?」
「いや…来る。」
「居たわ!距離850!!後ろよ!」
後ろか!!
惣流さんが弐号機を振り向かせて、モニターにまだ小さく何かが映る。
だけどそれはあっという間にモニターを埋め尽くしてしまった。
「くっ!!」
弐号機の手が前に伸びる。
魚みたいな使徒の表面を押して、ギリギリのタイミングで体の向きを変えた。
何とか体を捻ってこの場はやり過ごせたみたいだ。
「つう!!」
だけど早すぎる。
使徒が通り過ぎた勢いで、まるで竜巻の中に居るみたいにプラグの中がかき混ぜられて、
僕はプラグの壁に叩きつけられた。
少しくらくらする。頭をちょっと打ったか……
でも悪くない。この感覚は悪くない。
生きるか死ぬか分からないこの空気。遊びじゃない事くらいもう分かってるつもりだ。
なのに僕はこの快感を否定出来ない。きっとこれからも。
「撃てぇ!!」
ミサトさんの叫びが聞こえて、しばらくしたら小さく爆発音が聞こえた。
でもこれだけ離れてたらきっと中和も出来てない。
ダメージは無いだろうし、どうすれば……
「どうする……?」
「離れてちゃどうしようも無いわよ。今度来たら捕まえてやるわ!」
モニターを端から端まで注意深く見ながら、惣流さんは強い口調で言い切った。
とは言うものの、どうやって捕まえるか。
奴はでかい。多分これまでで一番でかい。それこそ弐号機を一飲みに出来るくらいに。
正面からぶつかってもまず勝てない。
それにコアも何処にあるか見えなかった。コアをまずは見つけないことには……
「コアが何処に有ったか見えた、惣流さん?」
「表面には少なくとも見えた部分には無かったわよ。
多分体の中ね。」
それしかないよなぁ……
となるとどう攻撃するか。
アレだけでかかったらナイフじゃ焼け石に水だ。
ミサトさんに何か落としてもらうにしても、多分致命傷にはならない。
「来たわよ!!」
惣流さんが叫ぶのと同時に一気に使徒が迫ってくるのが見えた。
しかも口を開けて。
「くちぃ!!??」
すっとんきょうな声を上げてるけど、これはチャンスだった。
口を開けて近づいてくる使徒。そこには何度も見てきた紅いコアが有った。
「有った!!」
思わず叫んだ。
惣流さんの方はさっきと同じ様にしてかろうじて避けたけど、また激しい揺れが僕らを
襲って、僕はまたシートから投げ出された。
鈍い音がした。
頭の奥からズン、と重い痛みが来てそのまま表面部分を熱い何かが駆け巡った。
「いってぇ……」
足元がふらつく。
それでも何とかまた惣流さんが座ってるシートに掴まることが出来た。
中からこみ上げてくるズキズキとした痛みを無視しようと、僕は一度目を閉じた。
……中から…閉じる……
「そうか、これなら何とかなるかも……」
「アスカ!三尉!無事なの!?」
「こっちは何とか無事よ。変態サードも……」
多分変態サードって僕の事なんだろうな、とか思ってたら惣流さんがこっちを見て固まってた。
何だろう?何か顔についてるのか?
「三尉、大丈夫なの!?報告をしなさい!!」
「ええ、無事ですよ。
それよりミサトさん、お願いがあるんですけど。」
「何か武器を、でしょ?」
「ええ、こっちはナイフしかありませんし、N2が艦に乗ってますよね?」
僕としては特に意識せず尋ねたんだけど、マイクからは息を飲む声が返って来た。
「…三尉、それを水中で使う事の意味は分かってるのかしら?」
「分かってますよ。だからミサトさんたちは投下した後すぐに離れてください。」
「貴方の勝手な判断で弐号機を捨てるつもり?」
「ちょ、ちょっと!どういう事よ!?」
流石に弐号機云々の話になっては黙っていられなかったのか、惣流さんが話に割り込んできた。
今まで黙っててくれてて静かだったけど、しょうがない。この機体は彼女の物だし。
「どうもこうも、N2を使って奴をぶちのめす。ただそれだけだよ。」
「それだけって…そんな事したらアタシらはどうすんのよ!?」
「運が良かったら助かる、かな?」
「アンタねぇ……!!」
今にも噛みつかんばかりの形相で僕を睨む。
でも他に僕には方法を思いつかない。ならやらないよりマシだ。
「LCLは水より粘っこいし、肺にLCLが残ってるから水面まで息は保つ。
だから惣流さんはすぐここから逃げて。幸い僕でもコイツは動かせそうだ。」
「っ!!」
LCLの中に乾いた音が響いた。
頬がジリジリと痛んだ。
「ふざけんじゃないわよ!!これはアタシの物よ!!
放っといて逃げ出せるわけないわ!!」
「……いいの?」
「アタシを舐めんじゃないわよ!!アタシがエースなのよ!?
一番エヴァを上手く使えるんだから!!使徒を倒してアタシたちも生きて戻る!!」
……やれやれ。やっぱりこの娘はバカだよ。
黙って普通の生活をしてれば可愛かろうに。
でも…こういう娘は嫌いじゃない。
「なら生き残る為に全力を費やすとしようかね。」
「当ったり前よ!!」
「……ったく、私をのけ者にして二人で決めるんじゃないわよ。」
あ…ミサトさんの事すっかり忘れてた。
「いいわ。これからの作戦は二人に任せるわ。」
「すみません、ミサトさん。」
「その代わり……ちゃんと生きて戻りなさい。そしたら二人して説教よ。」
「ミサトさんのお説教、長くてきついんですよね。」
「これまでよりとびっきり長くてきついやつを準備して待ってるわ。
楽しみにしてなさい。」
じゃあ、今から落とすわよ。
そう残して通信が切れた。
そしてモニターにはN2魚雷の落下を示すマーカーが映し出されて、その隣に使徒の場所を示した
レーダーが表示された。
使徒は何かを警戒してるのか、一定の距離を保ちながらグルグルと僕らの周りを回ってる。
「ねえ……」
「ん?」
「アンタ、頭大丈夫?」
「頭が大丈夫かってひどい言われようだな。」
「違うわよ。頭の怪我は大丈夫かって聞いてんの。」
言われて額に手を遣る。
すると手にはプラグスーツより尚紅い液体が付いていた。
「ああ、全然気付かなかった。痛くないって事は多分大丈夫でしょ。」
「そう……」
それきり二人とも黙ってしまって、マーカーだけが小さくプラグ内で音を立ててた。
低い音が外から響いて、それがN2が海底に落ちた音だと気付くのに少し時間が掛かった。
無言のまま惣流さんはそれを両手に一つずつ持つ。
準備は整った。後は使徒がこっちに来るのを待つだけか。電池がそれまで保てばいいけど。
「惣流さん。」
声を掛けると、彼女はビクッと体を震わせた。
「な、何よ!?」
「やる事は分かってるよね?」
「わ、分かってるわよ!アイツの口の中にコイツを放り込めばいいんでしょ!?」
「それだけじゃダメだ。」
多分それだけじゃ十分なダメージを与えられない。
奴を倒すためには全エネルギーを使ってしまわなきゃダメだろう。
「その後奴の口を閉じて全部の爆発エネルギーをアイツに食らわせてやれ。
そしてその爆発を利用して僕らも一気に外へ出る。」
口にしてみると分かる。かなり…じゃないな。ほぼ不可能な作戦だ。
アクション映画みたいな事を一発でやって、しかもこれには撮り直しは無い。
全部が一発勝負。
どれくらい無茶か、惣流さんも分かってるんだろう。
「……怖い?」
「こ、怖くなんか無いわよ!!」
「声震えてるよ?」
「こ、これは…その……武者震いってやつよ!」
隠さなくてもいいのに。それが普通だろうから。
死ぬかもしれないのに、何も感じない僕は異常だろうか?
そんな問いももう飽きた。別に害があるわけでも無いし、気にする事は無いか。
「さて、そろそろ来るかな?」
「いつ、いつでも来なさい!」
力強く自分の胸を惣流さんは叩いて見せた。
でもそこにさっきまでの覇気は無い。彼女の手も震えてた。
「ったく……」
「え……?」
後ろから彼女の髪を撫でてあげた。
いつだっただろうか、小さい頃僕も誰かにこうやって撫でられた記憶がある。
ほとんど残ってないのに、どうしてかその記憶はその時の心地良さと一緒に鮮明に残ってる。
惣流さんの透き通る様な綺麗な金髪を、ゆっくりと僕は撫でた。
我ながら似合わない事してるなぁ……
「いきなり何すんのよ!?」
「おや、お気に召さなかったか?」
「当たり前でしょ!」
「じゃあ気持ち良く無かった?」
そう聞くと惣流さんは言葉に詰まって、困ったように口をパクパクさせた。
ホント、こうやってると可愛いのにねぇ……
惣流さんを他所にチラリと横目で残り時間を確認する。
最初二十分近くあった時間も後五分。
本当に一発勝負しかない。
「こっちから仕掛けるか……」
「え?」
「時間制限が厳しそうだからね。一個N2を使ってしまおうかと思ってね。」
「何に使うのよ?まだ相当距離があって届かないわよ。」
「使うのは僕らにだよ。」
怪訝な顔をする惣流さんにゴメン、とだけ言って彼女手の上から勝手にレバーを握る。
そしてタイマーをセットすると、僕は後ろに向かってそいつを放り投げた。
「な!?」
驚きの声が聞こえて、直後に衝撃。
少し距離を開けてると言っても十分近い事に変わりなくて、背中に焼ける様な痛みを感じた。
N2の爆発力で一気に奴に近づく。無謀だけどやってしまったものはしょうがない。
後で惣流さんに平謝りだな。
「いっけえええええええええええっ!!」
「アンタ馬鹿あああぁぁぁぁぁっ!!??」
惣流さんの罵声を聞きながら、目の前に奴の巨大な体が広がる。
でも横じゃ意味が無い。
「惣流さん!!」
「でえええええりゃああああああああああっ!!」
奴の頭の真横にしがみついて口を開かせようと左腕を無理やりねじ込む。
でもそう簡単に頭を開けてくれるはずがない。
すると惣流さんは、肩からナイフを取り出して奴の頭に突き刺す。
そうしたら痛みからか、上手い具合に奴はその大きな口を開けてくれた。
「今だ!!!」
「こんちくしょおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
タイマーを素早くセットして強引にN2を口の中に突っ込む。
後は奴の口を閉じさせるだけ。
「早く口を!!」
彼女の耳元で叫ぶ。
するとすぐに口が閉じた。いや、奴が口を閉じた。弐号機の腕ごと。
「きゃああああああああああっ!!」
「があああっ……!!」
彼女の悲鳴と腕からの激痛が交互に脳を駆け回る。
イタイイタイイタイイタイ。
視界がアラームみたいに紅く点滅する。
全てが僕に警告する。このままじゃヤバイと。
「くっそおおおおおおおおおぉぉ!!」
腕を押さえてうずくまる惣流さんに上から覆いかぶさるようにしてもう一度レバーを握ると、
僕はナイフを弐号機の腕に突き立てた。
奴の鋭い歯が突き立てられてた左腕は、僕が切りつけるとあっさり切り離された。
その時の何かが千切れる音とこれまでに無い痛みが僕の意識を奪っていった。
直前に奴の体が不自然に歪むのが見えた。
頭が盛り上がって、へこみ、そしてまた膨らんで僕らを激しく舞い上げた。
何も見えず、何も聞こえない。
感じるのは単なる浮遊感だけだった。
意識が戻ると、弐号機は何かにナイフを突き立てて水面を泳いでいた。
二三度瞬きをして確認すると、それはあちこちにダメージが見て取れるオーバー・ザ・レインボーだった。
そしてミサトさんや他の船員たちが駆け寄って来るのが見えた。
水しぶきが舞って、その向こうに青い空と白い雲が広がっていた。
(全く…無茶しやがる。大変だったぞ、いくら迎えに来てたからって艦まで泳ぐのは。)
『…何とか生きてるんだな……』
(俺はもう寝るぞ……痛みを堪えるのに疲れた。)
そっか…シンが艦まで運んでくれたのか……
惣流さんは……眠ってるだけか。
後で腕をぶった切った事も謝らなきゃな……
そんな事考えながら、また僕は意識を失った。