a nuisance―――






「目標内部に高エネルギー反応!!」

シゲルの叫ぶような報告がミサトたちの耳をつんざく。
ミサトの予想通り、使徒は初号機の射出のタイミングを見計らって行動を開始した。
どうやって探知しているのか、それは分からない。
だが前回同様、明らかにこちらの無防備な瞬間を狙っている。
軽くミサトは歯噛みした。
しかし、ミサトにも、リツコにもまだ幾らか余裕があった。
この行動は予想していたものであるし、それを見越してミサトは初号機を兵装ビルの陰に出した。
使徒の攻撃の威力がどれ程のものかはまだ不明。
それでもシンジが動き出すまでの時間は作り出せる。
ミサトはそう踏んだ。

「円周部を加速、収束していきます!」
「初号機のロックを一応解除しておいて!すぐに動けるように。」

ミサトの指示に、マコトが素早くコマンドを打ち込む。
それに伴って初号機のロックが外され、多少不安定ながらも真っ直ぐに射出口を上っていく。
そして、初号機が地上に姿を現した。

瞬間

眩い光がモニターを焼く。
ラミエルから吐き出された一筋の矢が迷う事無く初号機へと向かっていった。
真っ直ぐ、真っ直ぐに。
加粒子砲が初号機の前に立ちはだかる兵装ビルに当たる。
ミサトの予想通りに兵装ビルがわずかな隙を作り出してくれると、発令所の誰もが思った。
だが、兵装ビルは盾の役割を果たす間もなく―――大砲の弾を受けた紙のように――― 融け去り、そのまま初号機の胸へと直撃した。

「ゲヒュッ!!」

小さく、だが確かにシンジの奇妙なうめきがミサトの耳に届いた。
それにより、予想外の事態に呆然となったミサトが瞬時に再起動を果たす。

「初号機を下げて!!早く!!」

マコトによって初号機が地下へ潜る。
だが、その間も使徒の止む事の無い砲撃は初号機の体を切り裂いていった。
完全に初号機が収納され、加粒子砲が地上の隔壁をえぐって激しく土煙を巻き上げた所でようやく 使徒の砲撃は終わりを告げた。

「三尉の状態は!?」
「危険です!!心音微弱!!」
「脳波も激しく乱れています!!」

マコトたちオペレーターの叫ぶ様な報告が発令所を震わす。
そして最も恐れていた現実がミサトに叩き付けられた。

「心音停止しました!!」
「胸部からの出血を確認!!危険な量です!!」

これまでで最大の戦慄がミサトたちの背中を駆け巡る。
これまでの戦いにおいて最大の戦力である初号機。
つい先程零号機の起動が成功したとは言え、まだ単独で戦闘に耐えれるとは思えない。
現時点で、シンジの喪失は最早致命的とも言えた。

「心臓マッサージを!!それと電気ショックをして!!」

リツコの指示によって、シンジの体が跳ねる。
それによってマヤのモニターに、シンジの心音を示すパルスが確認された。
だがそれも一瞬の事で、再び心電図は沈黙を紡ぐ。

「もう一度!出力を最大にして!!」

リツコの額からも汗が流れる。
再びシンジの体が大きく跳ね上がるが、結果は変わらない。
ただ沈黙を保つのみ。

「初号機収納終了しました!」
「もう一度電気ショック!その後LCL緊急排水!」
「赤木君……」

リツコは低い声に呼ばれて、発令所最上部を見上げた。
いつもと同じ様に机に肘を付き、口元を両手で覆ったゲンドウ。
息子の一大事にも何も変わらない姿。
だがいつかと同じ様に、リツコと冬月はその声色にゲンドウの震えを感じ取った。

「司令……」
「頼む……」

たった一言。
しかしそれだけでリツコはゲンドウの言わんとする事を理解した。
ゲンドウに向かって黙って頷くと、リツコはケージに向かって走り出した。
そして、その後姿と紅く染まったモニターを、レイはただ眺めていた。

モニターにはケージの様子が映し出されていた。
リツコの指示を引き継いだマヤが操作し、三度目の電気ショックが施されるが、 モニターは何の返事も返さない。
マヤはショックを諦め、指示通りにプラグを排出した。
通常より明らかに色の濃いLCLがプラグから吐き出される。
次いでハッチが開けられ、中からぐったりしたシンジが運び出されてきた。
そこには普段の姿は無く、完全に白目を向き、生の息吹を感じさせない。
半端に力なく開かれた口と、スーツの隙間から紅いものが流れ落ちていた。


「……使徒はどうしてる?」

悔しさを噛み殺し、ミサトは唇を噛み締めながらマコトに尋ねた。

「…依然として沈黙を守っています。」

答えるマコトにも力は無い。
まるで全てが終わったかのように重い空気が発令所を覆う。

「葛城一尉……」

最上位から低い声がミサトに投げかけられる。
ミサトはうなだれた頭を無理やりに持ち上げ、視線をゲンドウに向ける。
だが、目は、ゲンドウのサングラスに隠された目を見ることは出来なかった。

「葛城一尉…」
「はい……」
「至急目標に対する作戦を立案しろ…」

そこで初めてミサトはゲンドウの顔を見た。驚きの表情で。
ミサトだけでなく、発令所にいた全てのメンバーが初めてゲンドウの顔を見た。
誰もが、特にミサトは、ゲンドウの口から出てくるのは間違いなく非難の言葉だと思っていた。
今死に瀕しているであろうシンジは、今現在の関係がどうあれ親子であるのは事実。
指揮する立場と実際に戦う立場。そしてそれを選んだのは、間違いなくシンジ自身と自分たち。
責任論を論じていけば、最終的な責任は作戦部長である自分と上層部に帰結する。
だが、感情は別だろう。
だからゲンドウにどんなに非難されても、最悪現在の任を解かれても仕方が無いとさえミサトは思った。
それが、ゲンドウから言われたのは批判でも解任でも無く、事実上の続行宣告。
ミサトは耳を疑った。

「何をしておる!?
こちらは敗れたが、まだ終わったわけではない!
急いで対策を練らんか!!」
「は、はい!!」

珍しく語気を荒げた冬月に、ミサトは反射的に敬礼して返事をするとすぐさまモニターへと振り返った。
その時、ネルフが落ち着くのを待っていたかの様にラミエルは行動を開始した。

「何を始めたの!?」
「目標直下から筒状の物を降下!!表層部を掘削しています!」
「ここに直接攻撃を加える気ね!?
予想到達時刻は!?」
「このままのペースで行きますと…… 恐らく今晩日付変更頃には……」

計算を終えたマヤの報告に、ミサトは焦りを禁じ得なかった。

「まずいわね……
日向君、作戦部、技術部の主要メンバーを第三作戦室に集めて!大至急!!」










































第六話 肯定と否定




















「……どうだ…?」
「はい、問題ありません。」

薄暗い室内で、ゲンドウの簡潔な問いの声が響き渡る。
静まり返った部屋では、ゲンドウの様な低い声でも良く通る。
決して大きな声では無かったが、その重厚な響きはリツコの耳にもはっきり届いた。

「細胞の崩壊速度、及び再生速度とも許容範囲内です。
今のところ、特に支障を及ぼす事はありません。」
「そうか……」

そう呟くと、ゲンドウは足を部屋の奥へと進ませた。
リツコもゲンドウのやや後ろに付き従って足を進める。
光に乏しく、足元は全く頼りないが、それでも二人は慣れているのか、淀みなく歩く。
その間、二人の間に会話は全く無い。
ただ、足元からのほのかな灯りに照らされた二人からは、何の表情も読み取れず、 足を前へ進めるという行為だけが頭を占めているかのようにさえ見える。
その足も、先程の部屋の更に奥にある扉の前で止まった。
スリットにカードを通し、ロックが解除される。
ロックのカラーがレッドからグリーンへ。
そして、重厚な扉が開かれた。


「夢でも……見ているんでしょうか…?」

ゆっくりと歩きながら、リツコはゲンドウの隣に立つ。
目の前には淡い光を放つ円筒型の容器があった。
その中で、一人の少女が目を閉じて浮かんでいた。

「……これは人では無い。
それに…夢を見ようが見まいが、どうでも良いことだ。」

表情を変える事無く、ゲンドウは答え、視線を正面のレイからずらした。

「なら……」

言いかけてリツコは口を噤んだ。
口ではどう言おうとも、ゲンドウがどう思っているかはとうに知っている。
そして何故ゲンドウがレイを疎遠に扱おうとしているかも。 決してゲンドウはそれを肯定しないだろうが。

リツコもゲンドウの視線の方へ顔を動かす。
そこには水族館の水槽の様に、部屋を囲む巨大な水槽があった。

「……私たちが行き着く先は地獄しか残されて無いでしょうね…」

ポツリとリツコは呟いた。
視線は正面の水槽に固定されたまま、動く事は無い。

「そんなものは当に覚悟している。
全てを計画した時からな……
今更な事だ……
そこに罪が一つ増えたところで何も変わらん。ただ何処までも堕ちていくだけだ…」
「そうですね……」

じっと見つめる二人の先には、同じ形をしたヒトが何十人も漂っていた。

「ところでシンジの様子はどうだ?」









「現在、303号室で眠っています。パルスが若干高めですが許容範囲内です。」
「そう……」

マコトからシンジの容態を聞いて、ミサトは一つ安堵の息を吐いた。
一時期はどうなるかと思ったが、これでかなり戦術に幅が出てくる。
一体ではダメでも二体なら。
たかが一が二に増えただけでも、大分違ってくる。
ましてや初号機が使えるのだ。
まだ不安の残るレイや零号機だけよりも、気分的にも大きく変わる。

「なら万一に備えて、盾も必要ね。」
「そうですね。後は自衛隊との折衝だけでしょうか?」

椅子を回転させて、ミサトはモニターにラミエルの姿を映し出した。
とても生命とは思えない見た目。これが生き物なら明日にはエジプトでピラミッドが 空を飛ぶんじゃないかとすら思えるが、事実は事実だ。

「しかし、明日が怖いですね。赤木博士が何て言ってくるか……」
「そうね。でも怒った赤木博士の顔を見る為にも、この作戦を成功させなきゃいけないわね。」

続いて映し出された映像には、おびただしいまでのミサイル群がラミエルを攻撃する様が 映っていた。
だが、予想通りラミエルは何の反応を示さず、そのまま地面を掘り続けている。
しかし、次の瞬間、ラミエルの光の壁が始めて露になった。
その数瞬後には、初号機の胸を貫いた加粒子砲が発射され、ラミエルの遥か前方で激しい爆発が起こった ところで映像は終了した。

「虎の子のポジトロンライフルでようやくデータが得られましたね。これでダメだったらぶっつけ 本番でしたよ。」
「欲を言えば、もうちょっち情報が欲しかったんだけどねぇ……
まあ、欲を言えばキリが無いわね。」

まだ未完成だったポジトロンライフル。 それをリツコが居ない間にミサトは勝手に借用していた。
正確に言えば作戦部の権限で強引に完成させ、ラミエルのデータを得る為、無人大砲として 使用したのだ。
結果、技術部が苦労して作り上げた武器は、わずか一発撃っただけでキレイに加粒子砲の餌食となったのだが、 それで得られたデータは随分と貴重な物だった。

(これで作戦がうまくいくのなら、幾らでもリツコの実験に付き合ってあげるわよ。)

口には出さず、心の中だけでそうミサトは呟いた。





電話口でのリツコの怒り狂ったセリフがフラッシュバックする。
事後承諾の形でミサトは恐々ながら、リツコに事の次第を報告した。
最初は黙って聞いていたのだが―――ミサトが遠回りに話を進めていったからであるが――― 話がポジトロンライフルに及ぶと、電話越しながらミサトに向かってマシンガンの如く 罵詈雑言の限りが撃ち放たれた。
ミサトもリツコとそれなりに長い付き合いになるのだが、ここまで怒った彼女を見たのは 初めてかもしれない。
冷や汗を流しながら黙ってリツコの言葉を受け入れていたが、最後のリツコのセリフには 流石のミサトも怯えずにはいられなかった。

『…ミサト、明日を楽しみにしてなさい…忘れられない日にしてあげるわ……』

それだけを告げて、プツリと電話が切れる。
虚しくツーツーという音だけがミサトの耳に残った。





その時のリツコの様子を思い出して、ミサトは身震いした。
ああなったリツコは何をするか。
幾ら鍛え上げているが、リツコの実験から無事帰れるか自信が段々なくなってきた。
勝手な事を思いながら、ミサトはうなだれた。

「と、とりあえず準備が出来たみたいなんで、行きましょうか?」

突然青い顔をして落ち込んだミサトを、慌ててマコトは明るい声で促した。
ドアの向こうには、詰襟の制服をいつも通り着込んだ冬月が立っていた。










「と、言うわけで、本日現時刻を持ってそちらを徴発させていただきます。」

筑波自衛隊研究所の職員に徴発礼状を見せながら、ミサトが平然と言ってのける。

「そ、そんな……」
「申し訳無いですが、これはすでに日本政府からも許可が下りております。
現在、副司令がそちらの所長と会談を行っておりますが、時間があまりありませんので、 先に頂こうかと思いまして。」

そう言い放つと、ミサトはもう用は無いとばかりに目の前の男から視線をずらした。
職員は皆、ミサトを見ながら怒りを隠せないようだが、礼状を見せられ、すでに上の方で話が着いているなら 何も出来ない。
悔しそうに、そして名残惜しそうに自らの研究の成果を見つめていた。
ミサトはそれに気付いたが、敢えて無視をした。
そして、ミサトはさっと手を上げた。
次の瞬間、何かが軋む音が響き、そして場違いな程晴れ渡った青空が覗いた。

「精密機械だから慎重に運ぶ様伝えて。」
「了解。」

隙間から顔を出した単眼の巨兵がその腕を伸ばす。
落とさないようにそっと手を添えながら、起動に成功したばかりの零号機が外に運び出した。

その様子をミサトは見守っていたが、やがて上着のポケットから携帯を取り出すと、どこかへ 電話を掛け始めた。
コールすること数回。そして不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「あ、赤木博士?葛城です。」
『……何かリクエストでもあるのかしら?今なら要望を十倍にして返してあげるわよ?』
「い、いや〜……それはちょっち……
じゃなくて!今自衛隊のポジトロンライフル借りてきたんだけど、そっちの方はどう?」
『胸部装甲版を貫通。素体まで見事に貫かれてるわ。』
「どうなの?……使えそう?」
『個人的には使わせたく無いわね。
幸い機能中枢に問題は無いみたいだから動けなくは無いけど、ダメージは完全には取り除くのは 不可能でしょうね。
ただそうも言ってられないんでしょう?』
「そうね……何とかしてもらうしかないわ。」
『そう言うと思ったわ。
技術部総出で何とか間に合わせてみるわ。』
「頼むわね。」
『今度何か奢りなさい。それでチャラにしてあげるわ。』

軽い電子音がして電話が切れる。
ホッとミサトは一息吐いた。
リツコは一度口にした約束は守る。
それはそれなりになる付き合いの長さからも分かっていた。
これでこちらの準備はある程度目処は立った。
となると、残る問題は後一つ。

「…しかし、シンジ君は乗ってくれますかね?」

ミサトと同じ懸案に至ったのだろう。マコトが心配そうに尋ねてきた。
だが、その心配もここまで来たらするだけ無駄だ。
そもそもシンジには乗る以外に選択肢は残されていない。

「それは杞憂よ、日向君。彼には乗るしか出来ないんだから。」
「しかし、シンクロ率の事を考えると……」
「それも考えるだけ無駄よ。」

続けて口にしたマコトの不安をピシャリとミサトは遮った。
シンジは必ず乗る。それも特に何の感情も抱かずに。
根拠といえるものは無い。
それでも何か確信めいたものがミサトにはあった。
自分と何処か同じ者だからだろうか、何か欠陥を抱えた。
今は遠く離れたあの娘と同じ。

「双子山決戦、急いで!!」











     ―――fade away


























NEON GENESIS EVANGELION 
Re-Program



EPISODE 6




Affirmative

















「ん……」

眩しさに開きかけた目を閉じる。
ここは何処だろう……?

体を起こして部屋を見渡してみれば、そこはもう見慣れた場所。
最初に見た時は少し気持ち悪いくらいに白かった壁も、もう何も感じない。

「…どうなったんだっけ?」
(出会い頭にやられたらしい。
多分お前が意識を無くしたからだろう。俺もその後記憶が無い。)
『そっか…そう言えばそうだっけ……』

何も出来ずにやられた。
いつものあの感覚も無かった。どうやら必ずしも信用は出来ないらしい。 一つ勉強になった。
でも何故だろう。基本的に僕は負けず嫌いなはずなんだけど、悔しくない。
それに、何だか体の調子がおかしい。ずっと寝てたからかな?

(お前もか?俺も何かがおかしい。)
『お前は体無いだろ?』
(いや…それはそうなんだが、何かいつもと違う感じがする……)

それもやっぱり意識を失ってたからかな?
今まで気絶なんてしたこと無いから分かんないけど。

「そういえば…使徒はどうなったんだろう……」
(分からん…まあ生きているんなら、零号機が倒したか、それかまだ戦闘中って事だろうな。)

それもそうか。
まあ、あんな攻撃―――どんなだったか良く覚えてないけど―――を喰らって生きてる事に感謝すべき なんだろうね。

「ん?」

ドアが開いて、カラカラ、とキャスターが転がる音がした。
乗ってる物を見ると、どうやら食事らしい。

「食事を持ってきたわ。」
「どーも。
まあ、あんまり腹は減ってないけどね。」

トレーに乗った、いかにも体に良さそうな、それでいてあんまり美味しく無さそうな食事を 綾波さんから受け取る。
ふと、綾波さんの顔を見ると少し顔が赤い。どうしたのかな?

「…だから裸で出歩いたらダメなのね……」
「?」
「……その格好で外、出ないでね。」

格好?
自分の体を見てみる。
腕……何も無い。いつの間にか掌の包帯も取れてる。
胸…今度はこっちに包帯が巻かれてる。
でも別に痛くも何とも無いな…まだ麻酔が少し効いてるのかな?
で、視線を少しずらしてみる……納得した。
なるほど、確かにこのお世辞にも立派とは言えない体は見せるべきじゃないね、うん。

「あー……了解。
……でも責任を取ってくれるなら見せてもいいよ?」

冗談のつもりで言ったんだけど、そしたら綾波さんはますます顔を赤くしてしまった。
昔の人(?)はよく言ったもんだ。まるでタコやリンゴみたいだと。

「ま、また後で来るわ……」

そう言うと、綾波さんは顔を真っ赤にしたまんま逃げるように部屋から出て行ってしまった。
照れなくてもいいのに……
それにしても綾波さんはあんな表情も出来るんだな。
少し可愛かったりして……
でもさっきのはちょっと下品だったか。

まあそれは置いといて、とりあえず貰った飯を食う。
予想通り、栄養のバランスは取れてるんだろうけど、味はやっぱり二の次、って感じだ。
まあ自分で用意しなくていいんだから文句は無いけど。

誰も居ない。音もしない。
ただ窓の外からひぐらしの鳴く声だけが聞こえてきて、それが少し寂しかった。

「……綾波さん可愛かったな…」






日が傾いて、本来なら夕日がキレイな頃なんだろうけど、地下にあるジオフロントじゃ それも望めやしない。
ただ採光用の窓から入ってくるオレンジの光だけが外の時間を教えてくれた。

「はあ……」

少し赤く色づいた景色を見ながら、つい溜息が出た。
のどかな景色だ。ここだけ見てると、とても人類の存亡を賭けた所とは思えない。 それが例え作られた景色であっても。

「ん?」

窓から視線を病院の廊下に移すと、見たことのある人影が見えた。
向こうも僕に気付いたらしい。
一人は僕から視線を外して、気まずそうにしていたけど、眼鏡の子の方が声を掛けてきた。

「碇さん……」

確か、鈴原君と相田君だったっけ?
いつしか僕に切りかかってきた二人だ。

「やあ、鈴原君と相田君だったかな?
……妹さんのお見舞いかい?」
「ええ、本来ならもう避難して無いといけないんですけどね。
無理言ってさっきまで一緒に居させてもらったんです。」

てことは、まだ使徒は居るって事か。
なら今頃ミサトさんが作戦を練って、その内僕もまた駆り出されるんだろうな。

「まだ……あまり良くないのか?」

僕は一人っ子だし、父さんは僕を捨てた。母さんは居ない。
だから僕にそこまで大事に思える人なんて居ない。
だから…僕には大切な人を傷つけられた痛みは想像するしかない。
それしか出来ない。それも一般的な常識に照らし合わせて。
僕は例え鈴原君と同じ状況になっても、きっと感情は共有できないだろうから。

「まあ…前より良くはなりましたけど……」
「そうか……」

それ以上掛ける言葉も無く、僕も鈴原君も黙り込んだ。
気まずい時間が流れた。

「ほら、トウジ。」
「あ、ああ……」

嫌な雰囲気を打ち破るように、相田君が鈴原君に何かを促した。
何だろ?

「あの……碇さん……」
「何だい?」
「あの…謝っても許されるもんやないかもしれへんのですけど……この前はスンマヘンでした。」

そう言うと突然頭を下げてきた。
それに合わせる様に、相田君も頭を下げた。
でもそうされても、僕は何も出来ない。
多分切りつけてきた時の事を謝ってるんだろうけど、そうされても僕も困る。

「と、とりあえず頭を上げてくれないか?」

しかし、意外だ。
相田君はともかくとして、鈴原君は僕が憎いはずだ。
それがこうも簡単に頭を下げるなんて。

「こいつ妹に諭されたんですよ。私達を守ってくれたのはあのロボットなのよーって。」

訳を聞くまでも無く、相田君が笑いながら説明してくれた。
彼なりに気を遣ってくれたんだろう。
だけど、その気遣いも虚しく、鈴原君はまたばつの悪そうな顔を浮かべた。
そして僕もまた。

「止めてくれよ……」

僕にはそんな風に謝られる資格なんて無い。
そんな風に庇ってもらう資格なんて無い。

「何を勘違いしてるのか知らないけど、僕は君達を、人類を守ろうなんて考えちゃいないんだ。」

ちら、と横目で二人を見てみる。
真っ直ぐ、彼らの目を見て、なんて出来ない。
それでも二人が呆然としてるのが分かった。
当然だ。こんな腐った人間が人類の未来を担ってるんだから。さぞかし不安になるだろう。

「じゃあ…何の為に碇さんはエヴァンゲリオンに乗ってるんですか?」
「……何で君がその名前を知ってるかはこの際、置いとこう。
理由は単純な事さ。相田君、君は現実問題としてこの世で生きていく中で、最も必要な物はなんだと思う?」
「よく言われとる、愛でっか?」
「それなら世界はさぞかし平和なんだろうけどね、鈴原君。
残念ながら、世の中そんなにうまくいかないんだよ。」
「お金、ですか……」
「正解。」

どれだけキレイ事を言っても、結局はそこに行き着く。
だからと言って、別に愛とか友情とかを僕は否定するわけじゃない。
お金だけで世の中うまく回るはずも無い。生きているのは血の通った人間なのは確かなんだから。
それでもお金が無ければ、うまく回るものも回らなくなるのもまた事実だ。

「がっかりだろ?でも現実はそんなものさ。
しかもその為に僕は自分の命を投げ出す気なんて無い。
何て言っても、命あっての物種だからね。
正直に言うと、この前君達が僕の足元に居た時も、僕は君らを…踏み潰しても構わないとさえ思ったよ。」

そう告げると、流石に二人とも驚いたみたいだ。
何せ、自分の命が後少し運が悪かったら消えてたんだからね。

「この前はそんな事にならなかったから良かったけど、次は―――無い事を祈ってるけど――― どうなるか保証は出来ないよ?だからもう出てこないでね?」

全く、僕はどうしてこういう事を口にしちゃうんだろうね。
こういう考えしか出来ないって事をアピールして、可哀相な奴だなんて同情を引く為?
危ない奴だって事で、周りから人を遠ざけたいから?
嫌われるのが死ぬほど嫌なくせに、人から嫌われる事を平気で言っちゃう。
ああ、何てスバラシイ矛盾なんだろう!
こんな僕こそ死んでしまえばいいのに。

「それでも……」

沈黙を破って相田君が何か口にしようとしてる。
そこから出てくるのは何だ?怒声か?罵りか?同情か?

「結果的にでも、碇さんは俺たちを守ってくれた。
俺たちを助けてくれて、そして今俺たちはこうして碇さんの前に立っています。
だから俺たちが感謝するのを、もっと素直に受け取ってくれて良いと、俺は思います。」

そう言って、また相田君は頭を下げた。
ありがとう、という言葉と共に。

頭を上げると、二人はシェルターの方へ歩き出した。
僕はただ、二人を見送るだけで何も言えなかった。
そして、少し気恥ずかしかった。









「それでは作戦について説明します。」

もうすっかり日も暮れて、病室に戻ったら、ちょうど綾波さんに呼ばれた。
新しいプラグスーツを着て、連れられて行った先は作戦部のブリーフィングルーム。
ようやく反攻作戦を開始するみたいだ。
多分一回負けたからだろう。ミサトさんも、他の作戦部の人たちも大分緊張してる。
皆顔が少し強張ってるよ。

「作戦実行箇所はここ。」

そう言ってミサトさんが指し示したのは第三新東京市郊外にある小高い山。
その後、リツコさんとミサトさんが交互に色々と説明してくれたけど、 簡単にまとめれば、遠く離れた所から長距離砲で仕留めるって感じだった。
確かにアイツに接近戦を挑むのは自殺行為に等しい。それどころか近づくこともままならないよ。

「それで、どっちがその…ポジトロンライフルでしたっけ?それを撃つんですか?」
「今回は今までより高度なオペレーションが要求されます。
ビームは地球の自転、磁気などの影響を受けて直進しないの。
だからその補正をMAGIにさせるんだけど、シンクロ率が高い方が、より精密な計算を 素早く行えるから、シンジ君の初号機にやってもらうわ。」

一分一秒を争う作戦。
こういうプレッシャーが掛かる事は得意じゃないけど、この際そんな事言ってられない。
折角高い給料貰ってるんだ。給料分の仕事はちゃんと果たさないとね。

「私は……」
「レイは盾で万一に備えて待機。使徒の砲撃から守ってあげて。」
「了解。」

ちょっと待ってくれ。
事も無さ気に綾波さんも了承してるけど、あの砲撃にそんなに耐えられる盾があるのか?

「理論上はあの砲撃にも16秒は持つわ。
だからもし一発目を外した時はレイに守ってもらうしか無いわね。」
「一応聞きますけど、二発目を撃つまでどれくらい掛かるんですか?」
「……18秒よ。」

それが分かれば十分だ。
僕がする事はただ一つ。一発で仕留めるだけ。
しかし…ますますプレッシャーが掛かるなぁ……

「本作戦を以後ヤシマ作戦と称します!
作戦開始は明日零時。三尉とレイは時間まで待機。」








外に出された初号機と零号機。
そしてその正面に急遽建造された仮設ケージの上に僕と綾波さんは座って、来る時を待っていた。
眼下に広がる第三新東京市の町並み。
普段はこの時間でも流石は時期首都、と言うくらいに明るいけど、今は暗闇に包まれてて、 ど真ん中に正八面体の使徒がひたすら土木工事を続けていた。

(しかし、彼女も無茶な作戦を立てたものだな…)
『日本中から電力を集めてくるなんてね。ミサトさんらしいと言うか……』

およそ2億5千万キロワット。きっと日本中の原子力発電所が悲鳴を上げてることだろう。
途方も無いエネルギーだけど、それだけ無いとアイツのA.Tフィールドは貫けないらしい。

(私が信じてるのは碇司令だけ。)

不意に頭の中で綾波さんの声がリフレインした。

『信じてるもの、か……』

信じてるものなんて僕にあるのだろうか。
多分、普通は誰でも何かしら信頼できる物、信頼できる人が居るんだろう。
なら僕は?僕は何を信じてる?何を頼って生きている?

「綾波さんは……」

そんな事を考えてたら、いつの間にか口を開いてた。

「綾波さんは、どうしてコイツに乗るの?」

しばし沈黙。
夏にしては冷たい、ひんやりした風が僕の首筋を撫でた。

「私は…碇司令の役に立ちたい……」
「それが理由?」
「そして…エヴァに乗る事が私の役割で、それが私を私たらしめてるから……」
「死んじゃうかもしれないのに?」

この作戦、一番危険なのは綾波さんだ。
なのに、どうしてこうも綾波さんは平然としてるんだろう?

勿論僕も外す気はさらさら無い。
だけど僕自身、一発で仕留められるとは信じてない。
僕がもし主人公だとしても、物語の中みたいに都合良くうまく行くはずが無いんだ。

「…怖くないの?」
「貴方はどうなの?」

言われて気付いた。
僕が何も感じていない。
さっきからどれだけ言葉を並べても、どれだけ思いを巡らしても、あるのは情けない悩みだけで 恐怖も不安も期待も無かった。

「どうなんだろうね?あんまりにも怖くて麻痺してるのかな?
半日前には死にそうになったはずなのにね。」

肩をすくめて笑ってみせる。
だけど綾波さんは少し不思議そうな表情を浮かべると、顔を僕から背けた。

「……いてないのね……」
「何だって?」
「何でも無いわ。」

手首の部分に埋め込まれた時計から、電子音がして、それで会話が途切れた。

「時間だね……」
「そうね。
行きましょう。」

それで分かれて、二人ともそれぞれエヴァに乗り込む。
その直前、珍しく彼女の方から声を掛けてきた。
月明かりが彼女を照らして、幻想的って言葉が初めて僕の中に浮かんだ。

「私を信頼していいわ。」
「え?」
「貴方は死なない。私が守るもの。」








「作戦スタート!!」

モニターからミサトさんの号令が聞こえる。
それと同時に敏感になった僕の耳―――初号機の耳かも知れないけど――― に山をぐるっと囲むように連なった変圧器の低い駆動音が聞こえ始めた。

「各変圧器、正常に作動!」
「関東・中部地域からの送電良好です!」
「陽電子、順調に形成されています!!」
「目標の様子は?」
「未だ掘削を続けている以外、特に変化はありません。」

モニターから聞こえてくる声を聞く限り、今のところ問題無さそうだ。
このまま順調にいってくれればいいんだけど。

「自衛隊の航空部隊はどう?」
「後300秒で目標地点に到達します。」
「よし……!
最終安全装置解除。ポジトロンスナイパーライフル、装填!」
「了解!初号機、撃鉄起こせ!!」

言われた通り、ライフルの撃鉄を引く。
ガコン、と音がして、アナログな表示が切り替わった。
そして、頭の上からバイザーが降りてきて、僕の目にフラフラとした標準が現れる。
後、少し。
だけど、向こうも何かに気付いたんだろう。
モニター越しに、何かがうっすらと光るのが見えた。

「目標内部に高エネルギー反応!」
「まずい!
兵装ビル一斉射!!何でもいいから敵の攻撃を妨害しなさい!!」

地上のビルから一斉にミサイルが飛んでいった。
着弾して、その爆煙で使徒の姿が見えない。
ただ、ほんのりと光っているのは分かった。

「ポジトロンライフル、充電完了!!」
「撃てぇ!!!」

ほぼ反射的に、手元のトリガーを引いた。
次の瞬間には凄い反動が僕の腕に伝わって、一筋の光がターゲットに向かって飛んでいった。
そして向こうからも。

「ぐぅっ!!!」

視界の端をアイツのビームが通りすぎて、機体ごと僕を激しくシェイクした。
それが治まって首を動かしてみると、すぐ隣が大きく抉れてた。
こんなものを僕は喰らったのかと思うと、少し背筋が寒くなった。

「奴は!?」
「目標未だ健在!ダメージありません!」

ちっ!!外したか!!
やっぱりうまくなんていかない。僕が関わってると尚更だ。

「三尉はすぐにその場から動いて!時間を稼ぐのよ!!」
「了解!!」

ミサトさんの指示通り、僕はすぐに移動を開始した。
撃鉄を起こすと、何本も引っ付いた巨大なコードを乱暴に掴んで山裾を滑り降りる。
だけど、それも無駄な足掻きだったみたいだ。
これまでに無いほど冷たい何かが首筋を流れるのを感じると、僕の視界は真白に染まった。
不思議と怖くなかった。
逆に嬉しくもあったかもしれない。
僕自身が僕自身の感情を分からない。
やっぱり僕は何処か壊れてしまってるんだろう。
のんびりと終わったな、なんて考えながら、目を閉じた。

音は聞こえるけど、衝撃は中々来ない。
死ぬ間際にはゆっくりと時間が流れるって聞いたことあるけど、それは本当だったらしい。
でも音だけはきっちりといつもと同じ速さで伝わって、変な感じだ。

(貴方は死なないわ)

突然、別れ際の綾波さんの言葉が蘇った。
そして、僕は違和感の原因に、愚かにもようやく思い至った。

「綾波さん!!」

僕の前には一つの影が立っていた。
その影は人影のようで、それでいて不格好なシルエットであって、今にも白い光の渦に飲み込まれてしまいそうだった。

「綾波さん!!もういい!!避けろ!!」
「盾が融解していきます!このままでは持ちません!!」
「もう一度兵装ビルを一斉射しなさい!」

盾が融ける。
消えていく、消えていく。
僕も、綾波さんも。

「充填はまだなの!?」
「後…5秒!!」
「新型のバンカーミサイル到着しました!!」

消えていく?
キエル?死ぬ?僕が?綾波さんが?

頬を赤く染めた綾波さんの姿が蘇る。
守るといってくれた綾波さんの姿が。

「…嫌だ……」

僕だけじゃなくて綾波さんまで消えてしまう。
そんなのは…嫌だ!!そんなの認めない!認めない!絶対に認めない!!

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

「零号機の前方にA.Tフィールドを観測!!初号機からです!」
「敵の砲撃が弱まっています!!
あっ!今完全に遮断しました!!」
「すごい……!!」
「ポジトロンライフル充填完了!!
ですがまだ照準計算が……」
「バンカーミサイル投下しなさい!!」

空から何かが降ってきて、奴にぶち当たる。
奴の体にひびが入って、それとほぼ同時に砲撃が弱くなったのが分かった。
でもそんな事はどうでも良かった。

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

照準計算が何だ?
MAGIが何だ?
そんなものどうでも良かった
絶対に当てる事。奴を…コロス事だけが僕の頭を占めていた。

奴だけを見て引き金を引く。
そして、二度目の光線は奴のど真ん中をぶち抜いた。

「よっしゃあ!!!」

ミサトさんの、指揮車の歓喜の声が聞こえてくる。
だけどそれも今の僕には意味を成さなかった。
息切れした自分の呼吸音がうるさい。
頭がくらくらする。酸素が欲しい。

僕がようやく冷静さを取り戻した時、目の前を一つの影が横切った。
それは一瞬で通り過ぎると、次には大きな音を立てて崩れ落ちてしまった。

「綾波さん!!」

熱でただれた外装。
それを見て、自分の中の熱が急速に引いていくのが分かった。

別れた時の綾波さんの姿が思い浮かんだ。
怖かった。
何故だか、怖かった。
そんな感情はとっくに消えてしまったと思っていたのに、綾波さんが居なくなってしまいそうで、怖かった。

気が付けば、僕はプラグを飛び出していた。
むわっとした空気がまとわりつく。
それさえも僕は寒くて、気持ち悪かった。

直接触れてないはずのエントリープラグさえ、少し熱で融けていた。
息は切れて、確かに僕は走ってるはずなのに、どこまでも遠い感じがした。

「待ってろよ!今開けるから!」

声は綾波さんに届くはずないのに、僕は声を掛けずにはいられなかった。
そうしないと不安で押し潰されそうだった。

「ぐぅ……」

ハッチのレバーを掴んだ手から煙が出てる。
熱い。熱くて、また僕の掌が焼けてるのが分かったけど、それも無視。
熱で歪んだレバーが回って、中から熱湯が溢れる。
そして、その中で綾波さんは漂っていたんだ。

「綾波さん!綾波さん!!」

僕は必死で声を掛け、体を揺すり、顔を叩く。
意識の無い綾波さんが何処かへ行ってしまわない様、何度も何度も呼び掛けた。

「い…た……い……」
「綾波さん!大丈夫!?何処が痛いの!?」
「たた…かれた……頬……」

その言葉に一気に気が抜けた。これなら大丈夫そうだ。

「はは…ははははは……」

どうしてか、笑いがこみ上げてきた。
そして、何故だろう。それが止まらない。
体を起こした綾波さんも不思議そうに見てる。

「どうして笑ってるのに…泣いてるの?」

手を目に遣る。
融けたスーツの上に涙が光ってた。

「何でだろうね。僕にも分かんないや。
でも良かった……綾波さんが無事で……」

静かになったプラグの中に夜風が吹き込んだ。
サウナの様なプラグに、それが気持ち良かった。

「どうしてあんな無茶を……
いくら命令でも、綾波さんが死んじゃうかもしれなかったんだよ?」

僕にそこまでの価値なんて無い。
誰かに命を賭けてまで守ってもらう人間じゃない。
なのに……どうして綾波さんは……

「それが命令だったもの……」
「命令だからって!!」
「それに、貴方はまだここに居るべきだと思ったから……」

(私を信頼していいわ。)

また綾波さんの声が蘇った。
自然と体が動く。

「あ……」

綾波さんの体を、僕は抱きしめていた。
涙が止まらない。

「ありが…とう……ありがとう…ありがとう……」

最近使うことのなくなってしまった言葉を、何度も僕は繰り返し呟いた。
柔らかくて、華奢な体。
僕を守ってくれた存在。
そして僕を認めてくれた、僕が欲しかった言葉を掛けてくれた存在。

「うぐ…ありがとう…ひっく…ありがとう……」

これからも僕は生きていける。
まだ僕はここに居ていいんだ。
そう思ったら、ますます涙が止まらなくなった。











必ずしもLRSとは限りませんのであしからず










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