42日前














「実験……開始……」

低く厳かな声が実験室に響く。
それとほぼ時を同じくして、実験室内も動き始めた。
オペレーター達の声が次々に重なり、にわかに騒がしくなる。

「電源接続完了。」
「起動システム、問題無し。」
「稼動電圧、突破。」

技術部の長たるリツコは、ゲンドウの隣で後ろから眺めていた。
基本的にリツコは作業を全て任せている。それはこの零号機の起動実験に限らない。
あらゆる実験の骨子は作るが、実際にやらせるのは技術部員。
実践を通して部員を教育するのがリツコの基本方針だった。
だから部屋に居るのはもっぱら監督がほとんど。
たまに口を開く事もあるが、それも一言で済む内容が大体である。
普段は雄弁でこそ無いが、それなりに話もするし、部下とも親しく接する。
だが今日ばかりは特別なのか、口が重い。

「第二段階へ移行。」
「パルス送信。」
「受信確認。全回路正常。」

オペレーターの報告を聞きながら、リツコは隣に立つ男を見た。
自分より頭一つ大きい体。それを改めて思う。
職員の間では冷徹だなんだと言われているが、リツコはそうでは無い事を知っている。
その証拠にゲンドウの頬をゆっくりと汗が流れ落ちていた。

(怖いのね、やはり……)

11年前、最愛の妻であるユイを亡くしたのと同じ起動実験。
二度とあのような事は起こらないと分かってはいるが、心は別なのだろう。
ましてや今零号機に乗っているのはレイだ。
歳や身長、髪の色こそ違えど、容姿はユイと瓜二つ。当時とだぶるものがあるのかもしれない。

「……第三ステージに移行。神経素子の接続を開始。」

オペレーター達にはゲンドウの声はいつも通りに聞こえただろう。
だが普段から接することも多く、今もすぐ隣に居るリツコにはゲンドウの声が わずかに震えているのがはっきりと分かった。

ゲンドウの不安を他所に、実験は何事も無く続く。
ここまで何も問題は無い。理想的にさえ思える。
それが逆にリツコを、そしてゲンドウを不安にさせた。
どんな実験でも理想的な結果が得られる事など、ほとんど無い。それこそ万に一つにも。
その上、今行ってるのは過去に成功が無い事例なのだ。

(怖いわね、逆に。)

不謹慎だとはリツコも思うが、少し位異常が起こって欲しいと思う。 勿論起動に問題が無い範囲で。
その方がよっぽど現実的であるし、仕事が出来て不安を束の間でも忘れる事が出来るだろう。
しかし現実には全く何も起こらない。

(このまま何事も無く終わってくれればいいけど……)

今のこの不安が杞憂に終わってくれれば―――
そうリツコが願った瞬間、平穏は終わりを告げた。

「パルス逆流!!」

マヤの悲鳴にも似た声が空気を切り裂く。

「第三ステージに異常発生!」
「中枢神経素子にも拒絶が始まっています!!」
「信号を停止!!変わりに停止信号を送りなさい!!」

リツコの指示に、慌てて代わりの信号を零号機に送る。
だが零号機に停止する素振りは見えない。

「ダメです!!信号を受け付けません!!」

ここまでの異常はいらない。
リツコは叫びたくもあったが、声を上げたところでどうなるものでもない。
オペレーターを半ば無理やり押しのけ、リツコが凄まじい速度でキーを操作する。
しかし零号機は一向に活動を止めはしなかった。

「零号機、完全に制御不能!!」
「実験中止。電源をパージしろ。」

冷静にゲンドウが最終手段を宣言する。
低く落ち着いた声に、わずかながら皆落ち着きを取り戻した。
零号機の背につけられたケーブルが爆破され、重力に従って床へと落下する。
静まり返る室内。零号機も動きを止める。
だがそれも一瞬の事で、すぐに部屋は喧騒に包まれた。

「内部電源に切り替わりました!」
「活動停止まで後48秒!!」

暴れまわる零号機は、その拳を実験室目掛けて振り下ろす。
強化ガラスが木端微塵に砕け散り、その破片を室内に撒き散らす。
あちこちから上がる悲鳴。
窓際に座っていた者は皆、一様に転げる様に奥へと逃げる。
そんな中、ゲンドウだけは微動だにせず、ただじっと零号機を見つめていた。

「司令!!危険です、下がってください!!」

リツコが叫ぶが、それでもゲンドウは動かない。
変わりなく零号機は部屋目掛けて殴り続ける。
拳の方が窓より大きい為、ゲンドウに直接当たることは無いが、それでもいつまで壁がもつか分からない。
すぐそばに死が迫る中、ゲンドウの肩がわずかに動いたのをリツコは見た。

「赤木君!!オートイジェクションは!?」

珍しく大声を上げるゲンドウ。
その問いが意味するのをリツコが理解した時、最悪の事態は起こった。

「オートイジェクション、作動します!!」
「いかん!!」

零号機の首元から爆発音が響き、そこからエントリープラグが空目掛けて射出された。
だがここは室内。
大きな音を立ててプラグは天井に激突し、収納されたパラシュートが開く間もなく数十メートルの 高さから落下した。

「レイ!!」
「特殊ベークライトを放出!救助班を向かわせて!!」
「ダメです!危険すぎて近寄れません!!」

リツコは軽く舌打ちをした。
ビル数十階分の高さから落下したのだ。
いくらLCLがプラグ内に満たされているとは言え、衝撃が吸収しきれたはずが無い。
良くて重傷、最悪は……
頭を振って悪い想像を振り払う。

「残り十秒!!」

まだ止まらないのか。
リツコの中が焦りで満たされる。
苛立ちを持て余しながら零号機の停止を待っていたが、ふと正面に居たはずの男の姿が見えない事に 気が付いた。

(―――まさか!!)

暴れる零号機に目もくれずリツコは窓際まで走り寄った。
幸いにも零号機は頭を抱え、苦悩にもがき苦しむかの様に身を震わせていた。
そっと実験場の下を覗き込む。
リツコは決して高い所が得意では無い。
ぞっとするような距離にわずかに尻込みするが、彼女の瞳は小さな人影を確かに捕らえた。



動き回る零号機の足元をゲンドウは駆け抜けた。
頭上から破片が大小降ってくるが、今の彼にとってそれは些細な事だった。
すぐ横を紅いベークライトが流れ、冷ややかな床や零号機の装甲に触れて瞬時に固まる。
それでも脇目も振らず、ゲンドウは隅に横たわるプラグへと足を急がせた。

「レイ!!」

叫びながら、ゲンドウはレイを助けるべくハッチへと手を伸ばした。

「ぬおっ!!」

だがプラグは射出の為のブースターで加熱され、とても素手で触れる温度では無かった。
うめき声を上げ、一度ゲンドウはハッチから手を離した。
ゲンドウの眼鏡が床に落ちる。
しかし、すぐにゲンドウは再び取っ手に手を掛けた。
皮膚が一瞬で融け、肉が焦げる音がゲンドウの耳にも入る。
それすらも無視し、ゲンドウは激痛の走る両腕に力を込めた。
熱でわずかに歪んだ取っ手が軋む。
金属の擦れる音がゆっくりと響く。
取っ手が二周りもした時、バコン、と大きな音を立てて勢い良くハッチが開いた。

「レイ!!大丈夫か!?」

床にLCLが流れ、レイの顔が水面から顔を出した。
ぐったりと顔を垂れ、頭から一筋の線が流れ落ちる。
腕は不自然な方向へと折れ曲がり、ゲンドウの呼び掛けにも反応しなかった。

「レイ!レイ!!」

大声でゲンドウは呼び掛け続ける。
ゲンドウの額を冷たい汗が流れ落ちた。

「…は……い……」

短い返事が聞こえた。
次いでゴフと言う咳。
レイの口から大量のLCLが吐き出される。
そしてレイはゆっくりと顔を上げた。

「レイ、大丈夫か!?」

決して大丈夫では無い自分の体。
それを自覚していたが、レイは擦れた声で答えた。
笑みを浮かべて。

「は…い……」
「そうか……」

途端、時間が動き出したかの様にゲンドウの眼鏡がミシリと音を立てて歪んだ。































第五話 死に至らしめる物























「おめでとう、シンジ君。」

プラグから出てそのまま制御室の中に入った早々、赤木さんからそう声を掛けられた。
突然おめでとう、なんて言われても何の事か分からない。
多分僕の顔は随分と間抜けだったに違いない。
それで赤木さんにも分かったんだろう。
苦笑いしながら訳を教えてくれた。

「シンクロ率よ。最高記録更新よ。」

そう言いながらプリントアウトされたグラフを見せてくれた。
なるほど、70%の少し下をプルプルしながら一本のラインが走ってる。
これが僕のシンクロ率なんだろう。

「はあ。」

そうは言っても、それがどれ位凄いのか分からない。
学校のテストと同じ感覚で考えるとそれほど良いとは思えないけど。

「気の無い返事ねぇ。」
「そうは言われても、70%って大した事ないんじゃないですか?」

ミサトさんに言われて思ってる事を伝えてみた。
するとミサトさんはいざ知らず、赤木さんにまで呆れた顔をされた。
そんな顔されても……
僕が困った顔で何と言って良いか分からず、若干挙動不審気味に視線をチョロチョロさせてると、 赤木さんが後ろを振り返ってマヤさんに声を掛けた。

「マヤ。」
「どうぞ、先輩。」

まるで僕がこういう反応するってのが分かってたみたいに阿吽の呼吸で、マヤさんは赤木さんに 別の紙を渡した。

「これを見なさい。」

差し出された用紙を手にとって見ると、さっきと同じグラフがプリントされてた。
同じだと思ったけど、よく見てみるとちょっと違う。
僕のよりも大分低いところで線が一本引かれていた。
大体40%くらいだろうか、まるで定規か何かを使って手で引いたんじゃないか、ってくらい 全く乱れが無く真っ直ぐ横に伸びている。

「これは?」
「レイのグラフよ。レイは安定してる代わりに少し低いんだけど、それでもレイは七ヶ月 シンクロテストをしてるわ。
まして全てのデータはレイの実験データを基にして比較されるの。
わずか一ヶ月でこれだけの数値を出すシンジ君が異常なくらいよ。」

綾波さんでもこんなに低いんだ……
なら僕ってもしかしなくても凄かったりする?

「と言うわけなんだけど、ようやく理解できたかしら?」

赤木さんの言葉に首を振って応える。
こんな風に褒められたのっていつ以来だろ?
なんか嬉しいな……

「レイもシンジ君に負けないくらい頑張りなさい。」
「はい……」
「うおっ!!」

いつの間に……
存在感が全く無かったから気付かなかった。

「何?」
「い、いや、何でも無いよ?」

ぶんぶんと音が出そうなくらい思いっきり首を振って否定した。
理由聞かれたって説明できないし。

「三尉はレイに気付かなかったから驚いたのよ。」

と思ってたらミサトさんが全力で暴露してくれやがりましたよ。
余計な事を…言わなきゃばれなかったのに。
赤木さんは赤木さんで苦笑いしてるし。
どう綾波さんに繕おうかと頭をフル回転してたら、綾波さんは別に気にしてない風で 「そう……」とだけ言って部屋を出て行ってしまった。

まずった……
多分僕の顔は今真っ青だろう。もしかしたら顔には出てないかもしれないけど。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……
やっぱ嫌われたかな?そうだよな、あんな反応したら誰だって気を悪くするよな……
後で謝らなきゃ…でも許してくれるかな……

僕が落ち着きを失くしてるのに気付いたのか、ミサトさんがフォローしてくれた。

「大丈夫よ、レイは怒ってないわ。レイは誰にだってあんな感じなのよ。」
「そう言って頂けるとホッとします。」

そう言えば前に病院で会った時もそっけなかったな。
あの時もまともに会話が成り立たなかった気がする。思い出したくない屈辱の記憶だけど。
いや別に屈辱でも何でもないけどね。

「とりあえず今日はおしまい。三尉も今日はもう上がっていいわよ。」
「了解です。んじゃお疲れ様でした。」

部屋に居る人皆に挨拶をして部屋を出た。
とりあえずシャワーを浴びよう。LCLが乾いて気持ち悪いや。










シャワーを浴びて速攻で家に帰った。
時刻はまだ七時半。いつもより大分早いな。
時計で時間を確認して玄関を開ける。
大分日が長くなったと言ってももうすでに外は暗くて、だから当然中も真っ暗。

「はあ……」

溜息を付きながらカバンを部屋に置いて、そのままベッドの上に座る。
壁に背中を預けて、天井以外何も無い上を見上げる。
最近ずっとこんな感じだ。
一人で居るとぼーっとして、ただ時間を無駄に過ごしてる。
部屋が暗い所為かもしれないけど、灯りをつける気が起きない。
何故かは分からないけどここ最近の僕の気持ちに適してるからかもしれない。

「はぁ……」

もう一度溜息。
部屋が暗いから気が滅入る。気が滅入るから部屋は暗いまま。 逆か。気が滅入ってるから部屋が暗いのか。どっちでもいいや。

(相変わらずだな……)

それでも落ちるところまで落ちないのはこいつのおかげかもしれない。
こいつが居るから、独りになることも無くてまだ留まっているのかも。

『お前だって分かってるはずだろ。僕がこういう人間だっていうのは。』
(ああ。だからこそ、こうやって俺から声を掛けてるんだよ。)
『その点に関しては感謝してるよ。』

正直うざったくもあるけど。
でもそんな事はコイツも分かってるから気にする必要も無い。

(何にそんなに落ち込んでるんだ?)
『分かってるくせに聞くなよ。』
(話す事で楽になる事もある。それくらいお前だって分かってるだろ?)

シンは馬鹿にしたような口調で淡々と話しかけてくる。
それがコイツで、いつもなら何か言い返すんだけど、今日に限ってはコイツの言う事を 素直に聞く事にした。
やっぱりどうも僕はおかしいみたいだ。

「怖いんだよ……」

シンに話すだけなのに、僕は声に出してみた。
その方が僕自身の確認になるかもしれないから。そういう事も多いと僕は知ってるから。

「この前、あの子達を無視して戦おうとした……」
(それは気にする必要は無いだろう?葛城さんもそう命令したし、あれはあのガキ共が悪い。)
「邪魔だと思ったんだ。苛々したんだ。普段はそんな事思わないのに……」

僕が苛々したり、誰かを邪魔に思うなんて今までほとんど無かった。
あの状況ならそう思うのは当然だと客観的には思うし、切羽詰った状態で わざわざ進んで戦場に出てきた民間人の世話なんて出来るはずが無い。
それは分かってるけど、僕が嫌いな言い方をすれば……どう考えても僕らしくなかった。

(確かにお前らしくは無いかもな。お前なら間違いなく助ける様葛城さんに進言しただろうからな。 周りの目を気にしてな。)
「そして……鈴原君達を殺そうとした……」

僕はあの時間違い無く鈴原君を殺そうとした。
死んでも構わない、じゃない。自分から潰そうとしたんだ。
ただ、邪魔だからという理由だけで。
まるで虫を潰すかの様に、気軽に人を殺そうとしたんだ……

(それが怖いのか?)
「違う!
それも確かに怖いさ。
いつか僕が普段から人の生死を軽視してしまいそうで確かに怖いよ。
でも本当に怖いのはそれじゃないんだ。」

僕が怖いのは、いつか、僕と言う存在が消えてしまうんじゃないかという事。
現実感が今、徐々に僕の中から消えていっている。

「エヴァに乗ってて、その事を自覚して怖くなった。
その時までは殺そうとした事が本当に怖かった。
でも、目が覚めたら、それすら僕の『感覚』から消え去ってた。」

夢から覚めて残ったのは「記録」としての記憶だけ。
思い出しても恐怖は無くて、「怖かったんだ」という無味乾燥な言葉だけが残る。

「こうやってどんどんと僕を僕たらしめてる物が消えて行って、 最後には何も残らなくなってしまうんじゃないか。
僕という人間がどこにも居なくなってしまうんじゃないか。
そう考えると、どうしようもなく怖くなるんだ……」

言い終えて、震える肩を抱えて顔をうずめた。
そうしないと僕が消えてしまいそうな気がしたから。

(……お前の気のし過ぎだよ。
戦場の恐怖から逃れる為に、お前の脳みそが感情を切り離してるだけだ。
こんな馬鹿げた現実が終われば、直に戻ってくるはずだ。)

シンの言う通りなのかもしれない。
ストレスを軽減する為に、僕の頭が勝手にそんな事をしたのかもしれない。
でも、その言葉がどれくらい信用できるだろうか?
望んでたはずの非日常的な日常。
それが終わる事は、こんなになっても望んでいない。
この日常が終わる事も、僕にとって辛い日常の始まりだから。
どうすればいい?
どっちを望んでも辛い現実。
どっちを選べばいい?

答えは……まだ出ない……





























NEON GENESIS EVANGELION 
Re-Program



EPISODE 5




Dreadful World


















暗い気分から何とか脱却して、僕は明るいキッチンで準備をしていた。
ついさっきミサトさんから連絡があって、今日これから赤木さんと一緒に酒を飲むらしい。
その電話のおかげで陰鬱な悩みから抜け出せた訳で、それに関してはミサトさんに感謝してるけど、 急にそんな事を言い出すのは勘弁して欲しい。

基本的に僕はキレイ好きじゃなくて、どちらかと言えばかなり不精な部類に入る。
頻繁に使うものはそこら手の届く所に適当に置いてるし、掃除もあまりしない。
逆にキレイにしてる方が菌に対する抵抗が出来なくて体に悪い、なんて声高に主張するつもりはないけど、 そんな気も無きにしもあらず、かもしれない。
流石にそこら中にゴミが散らかってるなんて事はないけど、決して家の中はキレイとは言えない。

僕でさえそうなんだから、ミサトさんは言うまでも無い。
相変わらずミサトさんの部屋は足の踏み場もないほど散らかってて、 あれはもう部屋じゃない。昔有ったと言う夢の島か腐海とか表現した方がいいのかもしれないな。
しかも性質の悪い事に、あの人は片付けとかキレイにするとか言う概念を持ってないみたいだ。
片付けるという発想が無い。いや、必要性を感じてないのか。
ミサトさんの執務室を見る限りじゃ別に片付けるのが苦手、という訳じゃなさそうだけど……

そんな二人だから、当然お互い料理らしい料理なんてしない。 というかいつも帰ってくるのが遅いから料理をしようなんて気力も無い。
ミサトさんが料理自体出来るのかどうかは知らないけど、 僕はここ何年か一人で暮らしてたから何とか簡単な料理くらいは出来るけど、 それさえ適当だ。
だから酒を飲むなんて言われても、片付けも大変だし、つまみも多少は作らないといけない。
と言う訳で、今僕は台所に居る訳だ。

「とりあえずは〜……」

適当な鼻歌を歌いながら、食材のほとんど入ってない冷蔵庫を漁る。

「使えそうなのは……ねぎと豆腐か……」

冷奴と、ねぎを素焼きすれば何とかなるか……
そう言えば冷食のから揚げもあったな…レンジでチンすれば良し、だな。






「さて、と……」

とりあえずの片付けも終わって、何とか客を迎え入れても問題ない程度にはキレイになった。
まあ邪魔な物はミサトさんの部屋に投げ込んだだけだけど。
つまみも全然足りないけど、多少は準備した。後はミサトさんに期待しよう。

ぴんぽ〜ん

とまあ、極々普通なチャイムが鳴って僕は玄関に向かった。
多分ミサトさんなんだろうけど、何でチャイムを鳴らすんだ? 普通に自分で開ければいいのに……

「はいは〜い、今開けますよっと……」

ぼやいてもしょうがないからさっさと開ける。
で、そこには予想通りミサトさんと赤木さんが居たわけだけど、流石に ミサトさんがどういう状態かまでは予想出来なかった。
てか予想できねぇだろ、まさかミサトさんがこんな状態だなんて……

「なるほどね……」

道理で自分でドアを開けられない訳だ。
まさかビールを前も見えないほど箱買いしてるとはね。

「ほらミサト、開いたわよ。」
「ホント?
あ、シンジ君、悪いんだけど一箱持ってくれない?」
「あ、は〜い。」

しかし、ホントにこの量飲むのか?
普段からビールは飲んでるけど、そこまで量は飲んでないみたいだし……
まさか赤木さんが実は物凄い酒豪とか?

「あ、赤木さんもどうぞ。汚い所ですけど。」
「お邪魔するわね。ミサトの家だから汚いのは分かってるから気にしなくていいわ。」
「ちょっと〜、リツコ、それどういう意味よ?」
「あら、そのままの意味だけど?」

そう言われたら僕としても苦笑するしかない。
でも赤木さんのそういうところは嫌いじゃない。変な気を遣わなくて済むし、 気楽に話す事ができるから。

「適当なつまみは作っておきましたけど、ミサトさん何か買ってきました?」
「あ〜……」

反応を見ると買ってないな……
しょうがない、足りなくなったら後で買いに行くか。 夜風に当たるのもたまにはいいだろう。

「大方ミサトの事だからそんな事だろうと思ったわ。」

そう言うと赤木さんは持っていた袋を差し出した。
中にはピーナッツやらあられやら、つまみになりそうなお菓子がいっぱい入ってる。
これなら買出しは別によさそうだな。

「それからこれも。」

……
更に差し出された袋にはまた酒が入ってた。
しかもこっちは日本酒やら焼酎やら……
二人揃ってどんだけ呑むつもりだよ、この人達は。




で、やっぱりと言うか、予想通りミサトさんは物凄い勢いでビールを消費し始めた。
そりゃもう何処に流し込んでるんですかって聞きたくなる位大量に。
赤木さんは赤木さんで日本酒と焼酎をゆっくりと嗜む様に、でも休む間もなくコップの中が空になったら すぐに次を注いで飲み干していった。
僕は僕でつまみのピーナッツを齧りながらゆっくりとビールを飲んで、二人の馬鹿話と言うか、 酒の席のたわいも無い話に耳を傾けていた。

色々と二人は話してたんだけど、どうも赤木さんとミサトさんが出会ったのは、フランスらしい。
ミサトさんは当時、フランスの外人部隊に所属していて、そこでたまたまドイツの国境付近の研究所に 出向していた赤木さんと知り合ったようだ。
それ以来、お互い異国での日本人同士って事で仲良くなったらしい。
他にも色々あったらしいけど、要するに生活面で危なっかしいミサトさんを見かねて 赤木さんが結構世話を焼いていたみたいだ。

そんな感じで、酔っ払いに絡まれないようずっと話の聞き役に徹していたんだけど、やっぱり それは無駄な抵抗だったらしい。
若干目の据わった二人にコップを差し出されて、どうやって断れと言うのか。
しかも普段より若干低い声で「飲め」と言われて。
更には酔った赤木さんに「ミサトは名前で私は名前で呼んでくれないのね。罰として一気に行きなさい」 とか全然前後の脈絡の無い事を言われながら酒を差し出されたし。
まあ酔っ払いに理屈が通用しないのは分かってるけど。
嘘泣きをする赤木さん……リツコさんに名前を呼びながらコップを受け取って、 結局、僕も酒をわんこそばの様に二人に次から次へと注がれて席は馬鹿騒ぎの様相になってしまった。



飲み始めて三時間が経っても、席の雰囲気は収まる事を知らなかった。
それどころかますます酒のペースが速くなってるし。
ここまで来ると、いい加減僕もヤバイ。
いくら酒が好きだとは言っても人にはそれぞれ飲むペースがある。
でも二人のペースのおかげで、僕のそれを完全に無視した形になってる。
そして僕には飲み会の席での決定的な欠点があった。
僕は酒に酔えないのだ。
決して酒に強いわけじゃない。人より強い方だとは自覚してるけど。
酒に酔ってテンションが上がるわけじゃなく、むしろ下がる。
なるべくそんな素振りは見せないようにしてるけどね。
て言うか、そんな気遣いをしてる段階でいかに冷静なのかが我ながら分かる。
で、あまり飲み過ぎると酔いが気持ちの良さより先に気分が悪くなる。
もしくは飲み会が終わってから気分が悪くなって、バイト先の飲み会でも帰る頃にはフラフラに なってた。
それともう一つ、僕の悪い癖が。
中途半端に酔うと、言わなくても良い事を口にしてしまう。
別に相手に不快感を与えるわけじゃないんだけどね、黙ってても問題無い事を口にしてしまうんだ。

「ミサトさん……」
「ん、な〜に?まだ飲み足りない?じゃあほら、ほら。」
「あ、いえ、そうじゃなくってですね。」

とか言いつつもコップを差し出してしまう。
並々に注がれた日本酒に、わずかに顔が赤くなった自分の顔が映って、それを 一気に飲み干した。

「リツコさんも、今日はありがとうございました。」

そう言って僕は頭を下げた。
僕は自分で言うのも何だけど、他人の機微には結構敏感だ。
勿論他人の心の内なんて絶対に分かんないけど、どんな事を感じてるか、みたいに漠然とした 物に関しては異常なほど僕は気が付く。
だから、今日何で二人が急に飲み会をしようなんて言い出したのかも、 ここに来てある程度予想が付いていた。
まあ、酒が入ってるからこんな余計な事を口にしてしまったんだと思うけど。

「…何だ、気付いちゃったの。」

ミサトさんはカタ、と音を立ててビールの缶をテーブルに置いた。
合わせる様にリツコさんもコップを静かに置いた。

「……僕を気遣ってくれたんですよね?」
「……そうね。ここのところ元気無かったみたいだしね。
勿論アタシもリツコもたまには馬鹿みたいに飲みたかったって言うのもホントよ。」

そう言いながらミサトさんは頭をボリボリとかいた。

「気付かせちゃうなんて僕もまだまだですね。」
「パイロットのケアも作戦部長の仕事の内だからね…
それにやっぱこの前の命令も酷だったかな〜なんてね……」

ミサトさんは僕の状態の原因が自分の命令の所為だって思ってるみたいだ。
本当はちょっと違うけど、それは黙っておく。
ミサトさんには申し訳ないけど、多分誰も理解できないと思うから。

「確かにショックと言えばショックだったかもしれませんね。自分でも気付いてない内に。」
「そうね、確かに普通は衝撃を受けたでしょうね。シンジ君はまだ17歳だし、 人を殺める事に慣れてるはず無いもの。」

そう言って、リツコさんは一口お酒を口に含んだ。
しんみりした空気になってしまった。
今更になって、自分が口にした話題を僕は後悔した。

「確かにその通りだわ。でも……」

ミサトさんはビールを一気にあおった。
アルコール以外の物も飲み込んでしまう様に。

「でも、アタシは似たような状況になったら、今後も同じ様に命令するわ。 作戦部長として、目的を果たす為にはね。」
「それで良いと思います。
結局は僕の覚悟の問題ですから。ミサトさんの決断は正しいと思います。」
「そう言ってくれると助かるわ……」

安堵の表情を浮かべると、もう一度ミサトさんはビールの缶を大きく傾けた。









「えっと……ここか。」

紙に書かれたマンションの名前と目の前の建物を見比べる。
ミサトさんの家と同じくらい大きなマンション。
グルリと辺りを見回せば、いくつも同じ様なマンションが建っている。
流石は時期首都、といったところかな。

でも何でここに遷都するんだろ。使徒が来てるのに。
(確かにおかしいな……)

エレベーターを待ちながらその事を考えてみる。

『首都を移すのが決まってから使徒が来る事が分かったとか?』
(いや、それは無い。ジオフロントにしても兵装ビルにしてもここ数年で作れる様なもんじゃない。)
『…首都を移すってなれば莫大なお金が掛かるよね?』
(金を集める為か……)

僕だってここに来るまで使徒の事なんて知らなかった。
勿論周りの人だって誰一人そんな事知らないと思う。
つまり、全ての事は極秘にされてる。
極秘って事は表に出来ない金で物事を動かさなきゃいけない。
それにしたってとてもじゃないけど、これだけの金を動かす事なんて出来ない。
まして、今の日本にそんな余裕なんてとても無い。
まだ地震の復興だって完全じゃない。多分国連から出てるんだろう。ネルフも国連の組織だし。
それさえも多分非公式だと思う。
お金の動きを隠しきれないなら、表の理由を作ってしまえばいい。

「その為の遷都か……」
(しかし、どうして隠そうとする?人類の危機なら全人類で立ち向かうのが当然だと思うが?)
『パニックを避ける為じゃない?経済にも打撃が出そうだし。』
(怪しいのは他にもある。
何故、使徒はここにしか来ない?)
『えっ?』

言われて気付いた。
ここにネルフがあるって事は使徒がここに来るって分かってるって事だ。
どうしてそれが分かる?
ここに莫大なお金を使うのに、信用に足る確証があったのか?

「まっ、それは今は置いとくか。」

とりあえず今は目下の目的を果たすとしよう。
エレベーターの扉が開いて、目的の部屋に向かう。

昨日の赤木さん…リツコさんの話に拠ると、今日は凍結されてた零号機の起動実験らしい。
で、それに合わせてIDカードを更新したんだそうだ。
そんな訳で、僕にしたって新しいカードが無けりゃ今日からネルフに入れないんだけど、 それは綾波さんにしたって同じな訳で。
昨日の今日で若干顔を合わせ辛いけど、頼まれた物はしょうがない。
リツコさんが渡し忘れたのが原因なんだけど、リツコさんは忙しいし、 その忙しさに拍車を掛けたのが僕がこの前の使徒戦で初号機を痛めつけてしまったからで、 そうなると断り辛い。
何より僕は女性には優しいのだ、と言ってみる。

「え〜っと、ここだな。」

目的の部屋の前に立って、一度深呼吸する。
何せ大して交流も無いとは言え、女の子の部屋だ。
僕だって男だし、緊張しないと言えば嘘になる。
無意識の内に掌を閉じたり開いたりして、両手に巻かれた包帯が気持ち悪い。

ゆっくりと手を伸ばして、ドアに備え付けられたチャイムに触れる。
我ながら何をためらっているのか。ボタンに触れたまま数秒が経過。
もう一度深呼吸して今度こそボタンを深く押し込んだ。

ビーっと何だか的外れに感じる音が鳴った。
落ち着かずあちこちを見回しながら待つ。
待つ事十秒。全く反応無し。

(居ないのかもしれないな。)
『もうネルフに行っちゃったとか?』

もう一度押してみる。
やっぱり出ない。
ちょっと苛立って来た。
思い切って友達にするみたく連打してみる。それでも誰も出てこない。
こんだけ連打して出ないなら居ないんだろう。
しょうがない、ネルフに行ってみるか……

諦めてネルフに向かおうと玄関に背を向けたら、ギィと音がした。

『何だ、居るんじゃん』

ホッとして振り向く。
で、そこで僕は固まった。


え〜……
出てくるのが遅かったのは許そう。
恐らくシャワーを浴びてたんだろう。それは彼女の蒼い髪から滴り落ちる雫からも容易に想像が付く。
多分僕がチャイムを連打したから慌てたんだ。だから髪を拭く暇も無かったんだ。
でも…だからってはだかで出てくること無いじゃないか!!

「何……?」

綾波さんの声でようやく脳みそフリーズ状態から回復。
それでもまだオーバーフロー気味だ。シンの奴も出てきやしねえ。

「えっと……綾波さん?」
「何?」
「どうして裸なのかな?」
「シャワーを浴びてたから。」

予想的中ぅ!!ってそうじゃねえ!!
てか何でアンタはそんなに冷静なんだ!?

「いや、だから何で裸で外に出てきたんですか?」
「……ダメなの?」

不思議そうな顔して、おまけに首を小さく傾けてくれました。
前に言った事を撤回します。可愛い娘は何をやっても可愛いです。例え無表情であっても。
もう僕にどうしろと……

「とにかく、待ってるから早く服を着てきて……」
「分かったわ。」

理性をフル動員して、何とか綾波さんに部屋に戻ってもらった。
危ない危ない。あんな状態を誰かに見られでもしたら、ぼかぁ犯罪者だよ。

ホッと息をついたのも束の間。未だ素っ裸の綾波さんが戻ってきた。

「上がって待ってて……」

それだけ言うと、僕の返事も待たずまた部屋の方に戻ってった。
取り残された形になったけど、とりあえず言われた通り部屋の中に入らせてもらうことにしよう。
ちなみにもう女の子の部屋に初めて入る感動なんてどっかに吹っ飛んでしまった。
何が衝撃的だったかなんて聞かないでくれ。

「おじゃましま〜す……」

恐る恐る中に入る。
キッチンと一体になった廊下を抜けて部屋に足を伸ばすと、そこには如何にも女の子らしい 空間が広がってた。
明るい色のカーテンにカーペット。ベッドのカバーもピンク色で、壁際に置かれたカラーボックスの 上にはいくつか可愛らしいぬいぐるみも置かれてる。

「へえ……」

僕は思わず感嘆の声を上げていた。
僕の中の綾波さんのイメージとは大分違う。
あまり話す機会も無いから勝手なイメージになってしまうんだけど、 無表情と言うか、はっきり感情を表す事が少ないからもうちょっと殺風景な部屋かと思ってた。
失礼かとは思いつつも、部屋をじっくりと眺める。
でもそこで、何か違和感を感じた。

最初はイメージとの齟齬かと思った。
でもそれとは何か違う、奇妙な気持ち悪さを感じる。
何だろう……

「何……?」

後ろからの声で振り返ってみると、そこには中学校の制服を着た綾波さんが立っていた。
相変わらずの無表情で、制服って事もあってか、没個性と言う一時期流行った言葉が頭に浮かんだ。

『そうか……』

部屋のインテリアにも個性が無いんだ。
僕自身は個性と言う言葉が嫌いだけど、それでも敢えて使うなら綾波さんの個性が部屋に無いんだ。
床も壁もカーテンも、何処かで見たことあるような模様で見様見真似で配置したような感じ。
部屋は明るいはずなのに、何故か寂しさを感じた。

「いや、ただこれを届けに来ただけ。」

部屋の感想を黙っておいて、本来の目的であるカードを綾波さんに渡す。
早いところこの部屋が出たかった。
寒い場所は嫌いだから。








ネルフまでの道は至って静かだった。
どうも僕は誰かと一緒に居るのに何も話さないと居心地が悪くなるから、大抵はこっちから話しかけるんだけど、 今回ばかりは黙って綾波さんの少し後ろを歩いていた。
どうせ話しかけてもまともに会話は成り立たないだろうし、そうなったらそうなったで 尚更居心地悪い思いをするのは僕だ。
なら最初から開き直って黙ってた方がよほど精神衛生上良い。

結局、ネルフに着くまで一言も話さず、綾波さんも新しいカードで無事ゲートを通過して中に入っていった。
随分と長いエスカレーターに乗って、どんどん地下へと降りていく。
何処までも単調な景色が続いた。

「今日、零号機の起動実験だよね?」

分かりきってる事だけど、退屈を紛らわす為にやっと僕は口を開くことにした。
この話題なら何とか話が繋がるかもしれない、と思ってこれを選んだんだけど、 予想通り、話は一言で終わらず多少は弾んでくれた。

これを弾む、と言っていいのかは分からないけど。

「そうよ。」
「起動出来そうなの?」
「ええ……貴方はお父さんの仕事が信じられないの?」

ちょっと剣呑な雰囲気になってきた。
参ったな……そんなつもりで言ったんじゃないんだけど。
てか、何で綾波さんが怒ってるの?

「ゴメンゴメン、別に父さんの事を悪く言うつもりは無かったんだよ。」

とりあえず謝っておく。余計な波風はゴメンだ。
でもあの父さんがそんなに綾波さんに慕われてるなんて、何だか信じられないな。
我が父ながら、どう考えてもあの父さんの顔は犯罪者顔だと思う。
近頃僕も鏡を見るのが怖いんだけどね。

「でも、そんなに父さんの事、好きなの?」
「ええ、私が信じてるのは碇司令だけ。」

振り向いて、綾波さんは迷いの無い目でそう断言した。
珍しい紅い目が、僕には怖かった。








「実験、開始……」

父さんの低い声が聞こえた。
それと同時に、それまで静かだった部屋が急に騒がしくなった。
キーボードを叩く音、リツコさんの指示を出す声、オペレーターの人達の報告。
皆忙しそうに動いてる中、僕だけは特にやる事も無く、ただじっと部屋を眺めてた。
そして、僕の頭の中ではさっきの綾波さんの言葉がグルグルと回ってた。

綾波さんは父さんを信じてるって言った。
でも僕はそこまで真っ直ぐに父さんの事を信じられない。
ずっと離れて暮らしていたし、何より、父さんは僕を…捨てた。
その時の事は覚えてないし、別に今は父さんを恨んでなんか居ない。
でもそれは父さんを許したという事じゃない。
もう僕の中で捨てられたという事実が色あせて、すでにどうでもよくなってるって事だと思う。
それでもその事実があるから、碇ゲンドウという人物を僕は信用出来ない。
突然僕を呼んだかと思えば、何の訓練もしてない僕に「死ね」という事に等しい 命令を出した。脅迫に近い形で。

『どう信用しろと言うんだよ……』

僕が頭を悩ましてる間にも、実験は着々と進んでた。
一旦思考を止めて様子をうかがって見ると、どうも多少の問題はあったけど、概ね順調に 進んでるみたい。

「零号機、起動します。」

誰かの言葉と同時に、窓から見える零号機の腹の部分が動くのが見えた。
そして実験室に歓声が響いた。

「おめでとうございます、司令。」

リツコさんが父さんの下にやってきて手を差し出す。
それを父さんは無言で握り返した。
僕も緊張が解けて、小さく溜息を吐いた。
これで僕だけじゃ無くなったから、これからの戦いも少しは楽になるかもしれない。
だけど、その喜びは残念だけど長く続かなかった。よほど神様は僕らが嫌いらしい。

「碇、未確認物体がここに接近中だ。」

突如鳴った電話を取った冬月さんが内容を父さんに告げる。
実験が成功した喜びの声も鳴りを潜め、皆父さんの方を向いた。

「実験中止。総員第一種戦闘配置。初号機の発進準備を始める様葛城一尉に連絡しろ。。」
「零号機は使わないのですか?」
「まだ戦闘には耐えん。」

そう言うと、父さんは僕の方を向いた。

「どうした……早く行け。」

冷たい父さんの物言い。
僕が最初に乗った時とえらい違いだ。
零号機を使わない理由は頭では分かるけど、感情的にはどっか引っかかる。

「了解……」

でもこんな所で不貞腐れていてもしょうがない。
短く返事だけして、ロッカーへ向かった。





僕がスーツに着替えてプラグに乗り込んだ時には、すでにいつでも発進できる状態だった。
シンクロが終わると、右のモニターにミサトさんが映し出された。

「聞こえる、三尉?」
「ええ、聞こえますよ。かなりクリアに。僕の耳が健全ならですけどね。」
「そいつは上等。」

エヴァにいつも乗った時と同じ様に、若干テンションはハイ。
少し鬱気味だった気分も完全に晴れた。問題は無い。

「それじゃ敵の情報を伝えます。」

ミサトさんの言葉に次いで、左側のモニターに今回の使徒らしき姿が映った。
今までの生物的な奴とは違って、今度はいかにも作り物って感じだ。
キレイな正八面体で、見事なまでに青一色。
そいつがフワフワと浮かんでる感じで、見た感じ機動性は無さそうだ。

「見ての通りこれまでと違って無機的な印象を与えるわ。
手も足も無くて、今はただ浮かんでるだけだけど、そのおかげで攻撃手段の予想が難しいわ。」
「分かんないんですか?」

聞き返すとミサトさんは少し悔しそうに説明を続けてくれた。

「前回の奴もそうだけど、エヴァ以外は徹底的に無視ね。
国連の攻撃に見向きもしないわ。」
「じゃあ、何の情報も無しに出撃ですか?」
「攻撃手段に関してはそうね。 ただ、手足が無いから恐らくは射撃重視タイプでしょうね。 でも現時点じゃ断言は出来ないし、当たってたとしてもどの程度の威力や射程を持ってるかは全く不明よ。」

全く困った奴だ。ちょっとはこっちに情報くれてもいいのに。

「なので、今回は出来る限り離れた兵装ビルの陰に射出するわ。もしやばそうだったら迷わず撤退しなさい。」
「りょ〜かい。」

さて、今度は何が出るやら……

(警戒するに越した事は無い。)
『そりゃそうだ。』

何事も注意し過ぎて困ることは無い。
まだこの目で奴の姿を確認出来てないけど、敵意だけは沸々と湧き上がって来る。

「初号機、発進!!」

号令とほぼ同時にGが掛かる。
その心地良さを味わっていたら、モニターから鋭い声が耳を突き刺した。

「目標内部に高エネルギー反応!!」
「やっぱり今回も狙い撃ちするつもり!?」

だけど、僕の首筋を駆け上がる感覚はまだ無い。
なら大丈夫なんだろう。
だから完全に安心してた。

掛け値無しのとびっきりの危険にはそんな物何の役には立たないと言うのに。



視界が開ける。
そこに見えるのは、モノトーンのビルと青い空のはずだった。
だけど僕の目に飛び込んできたのは、唯一つの光で。

僕は暗闇の中に捕われた。












お酒は二十歳から(笑)














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