NEON GENESIS EVANGELION



EPISODE 20




The Last Impact











本部内外で激しい戦闘が行われる中、トオルは本部内での戦闘状況を腕を組んで見守っていた。

幸いにして戦死者は相手と比べてそれほど出ていない。

それでも多数の死者が出ていることに変わりなく、戦況は明らかにネルフ側不利だった。

本部中心近くに位置する、戦自用簡易司令室まではまだまだ戦線は遠い。

だが、トオルの耳には激しい戦闘音が聞こえてくるように思えた。

トオルは手元の無線に目を遣る。

先程から何度も見ているが、未だ発令所からの連絡は無い。


(外も苦戦してるのか……)


焦りがトオルの中で成長する。

外の状況が見えない環境が辛かった。

それでもトオルはそんな素振りは見せない。

指揮官たる者、如何なるときでも泰然たれ。

それがトオルの中の哲学。

最初と変わらぬ様子で、トオルは報告される戦況を聞いていた。

その時、無線に連絡が入った。


「はい。ああ、葛城二佐。どうしました、そんなに慌てて。」

「まずい知らせだわ……

 レイナちゃんが病室から居なくなったわ…」


明らかにトオルの表情が変わった。

何とか動揺を押さえ込もうとするがうまくいかない。

顔が強張り、汗が額に浮かんでいた。


「今急いで探させてるけど……

 え?分かったわ、ありがと。

 もしもし?見つかったわ。

 今、E−32を通って、多分ドグマの方へ向かってるわ。

 でも何で……」


レイナが見つかった。

そして移動しているということは、レイナが意識を取り戻したという事に他ならない。

トオルは幾らか落ち着きを取り戻した。

だが、すぐに重大な事実に気付いた。


「E−32…!!

 分かりました、すぐにこちらで保護に向かいます。」

「お願い。そしてすぐに……」


ミサトが何か言いかけていたが、それを無視してトオルは無線を切った。

そしてトオルは頭の中で、現在の状況を整理する。

芳しくない戦況。

とてもレイナの為に避ける人員など無い。

だがネルフの為にも、何よりレイナの父親として放ってなどおけるはずが無い。


(どうする……)


時間は無い。

E−32通路はすでに近くまで侵入を許している。

一通り戦闘術は教え込んではいるが、もし武装している相手に出会ったなら……

そこまで考えてトオルは頭を振った。


(いかんな…悪い想像ばかりしてしまう……)


もう一度想像を振り払うかのように、トオルは頭を振った。

これからどうするか。

トオルは珍しく決断を迷っていた。


「三佐!!E−28通路が突破されました!!」


副官が大声で叫ぶ。

もう迷っている時間は無かった。


「……三沢一尉を呼んでくれ。大至急だ。」


トオルに言われて副官はヒロキを無線で呼び出す。

すぐに返事が返ってきて、無線からヒロキの声が聞こえてきた。

無線からは特別何も他の音は聞こえてこない。

トオルは少し安心すると、口を開いた。


「一尉に頼みがある。

 一時的に全指揮権を一尉に委任したい。

 ただしこれはあくまで命令では無く、お願いだ。

 どうだろう、引き受けてくれないか?」

「……一つお聞きしてよろしいでしょうか?

 もし私が断ったらどうなさるつもりですか?」

「別にどうもしやしないさ。

 他の奴に頼んでみるだけだ。」

「なら答えは決まってますよ。

 指揮権なんてものをみすみす他の奴に渡すわけにはいきませんよ。」


少しおどけた口調でヒロキは引き受けた。

訳も聞かず、特に何も言うこともなく二つ返事で。

それが余計にトオルにとって嬉しくもあり、申し訳なくもあった。


「すまないな…」

「いいですよ。私は指揮官としてより、兵士としての貴方に憧れてました。

 ぜひ帰って来たら新たな武勇伝を聞かせて下さい。」

「了解した。楽しみにしておいてくれ。」


ヒロキとの無線を切ると、トオルは味方全員にチャンネルを開いて通達した。


「これより全部隊の指揮権を一時的に三沢一尉に委任する。

 繰り返す。全指揮権を三沢一尉に委任する。

 以降、三沢一尉に命令を仰げ!以上!」


通達を終えると、すぐさまトオルは準備を始めた。

副官の男は黙って事の推移を眺めていたが、やがて口を開いた。


「指揮権も手放してどちらに行かれるのですか?」

「…網谷レイナを……娘を助けに行ってくる。」

「それは三佐が現場を放棄してまでなさる価値があるものなのですか?

 チルドレンなのですから、ネルフに任せておけばよいはずです。」


非難の篭った口調で、副官はトオルを問い詰める。

トオルは無言で、準備を淡々と進めている。

だが、副官はトオルの無言を肯定と受け取った。


「……正直失望しました。

 私も三佐の噂は聞いています。

 どんな方かと思っていたら、このように公私を混同なさるとは思いませんでしたよ。」

「…そうだな。君の言うことも、もっともだと思う。

 だが、私は軍人であると同時に父親でもあるんだ…

 過去二回、私は娘を守ってやれなかった。

 だから今回こそ守ってやりたいんだ……」


この命に代えても。

そう副官に告げると、トオルは銃器のチェックに入った。


「勝手ですね…」

「ああ、自分でもそう思う。

 私が君の立場でも非難するだろう。」


だから幾ら非難してくれても構わない。

そう言ってトオルは武器を手に取ると、部屋を出て行こうとする。

止められない。何を言おうとも。

それを察した副官は、帽子を目深に被り、トオルに背を向けた。


「…まだ言い足りません。

 だから…すぐに用事を片付けてここに帰ってきてください。」


副官の言葉に、トオルは無言で敬礼をした。

そして、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。












レイナはゆっくりと慎重に足を進めていた。

つい先程まで激しく銃声が聞こえていたが、今はそれが鳴りを潜めている。

その事が、逆にレイナを警戒させていた。

足音を消し、壁伝いに前へ進む。


(血の臭いがする……)


警戒を強め、角からそっと顔を出して先を確認する。


「うっ……」


凄惨な光景だった。

壁には紅い血がべっとりと張り付き、床にはそこら中に血溜りが広がっていた。

その上には体中に穴を開けた男や、首筋を切り裂かれた兵士が何人も横たわっている。

息苦しいほどの臭いが立ち込め、レイナは思わず口元を覆った。

だが、目的のエレベーターはこの先にある。

レイナは息を半ば止めながら、再び歩き始めた。

ピチャ、ピチャ、と一歩進むごとに静かな通路に音が響く。

白い素足の裏が紅に濡れ、ぬめりが気持ち悪い。

転ばない様に、と壁についた手にも乾きかけの血がついた。

全身を這い回る気持ち悪さを堪えながら、レイナはエレベーターまで歩き続けた。

エレベーターまで後一歩と言うところで、レイナは人の気配を感じた。

だが敵意は感じない。

姿は角になっていて見えないが、特に何をしているわけでもなさそうだ。

タバコを吸う手だけが見えていた。


「…誰……?」


意を決してレイナは声を掛けた。

すると、角から顔が出てきた。

乱れてはいるが、きちんとオールバックにセットされた髪。

何かを睨むかのように細められた眼。

血の臭いに混じる硝煙の臭い。

どれもとっても、レイナには馴染みの無い姿だった。

それでも、レイナはすぐに相手が分かった。


「お父さん……」

「よぅ…遅かったな……」


壁に体を預けて、トオルはタバコを吸っていた。

戦闘服のあちこちに紅いものが付着し、顔や手もところどころ紅く染まっている。

タバコを咥えたまま、トオルは軽い感じで手を上げてレイナの声に応じた。


「…何やってるの?」

「何って、見ての通りだよ。こいつらをこれから先に行かせる訳にいかなかったからな。

 手荒いことはしたくは無かったが、そういう訳にもいかなかった。」


腕が落ちたな。

そう言ってトオルは笑った。


「そうじゃなくって!!」

「何でここに居るのか、ということか?」

「そうよ。早く……」

「別に大した理由は無い。

 他の人がそうであるように、俺も今、というものを守りたかった。

 そして、俺には微力ながら守れるだけの力があった。

 ならその力を使うのは当然だろう?」

「違う!そう意味じゃなくって!!」


尚も何か言おうとしたレイナだったが、それもトオルに阻まれた。


「今はこんな事を言ってる場合じゃないだろう?

 前に俺がお前に聞いた事、言った事を覚えているか?」


また新たにタバコに火を点けながら、トオルはレイナに尋ねた。

表情は飄々とした物から、真面目で何もかもを見透かすような物に変わっていた。


「覚えてるけど……」

「なら早く行け。

 早くしないと手遅れになっちまうぞ。」


エレベータを指差しながら、トオルはレイナを促す。


「お前にも決めたことがあるんだろう?

 家を出て行く前に悩んだんだろう?

 後悔しない様にって、守りたいものを失わない為にお前は、来たくも無かったここに来たんだろう?

 覚悟を決めたんだろう?

 じゃあ俺の事は気にせず、前に進め。」


そう言うと、トオルはエレベーターの扉を開けた。

レイナの手を引いて中へと入る。

そして、レイナだけを残して、トオルはエレベーターから出たところで振り向いた。


「そう言えば、シンジ君はどうしてる?」

「……今は私の中で眠ってるわ。」

「そっか……俺の息子だからな。

 一度くらいは会っておかないとな。」

「そうだね。是非とも今度会ってあげて。」


じゃあ。

レイナは手を振り、笑顔を浮かべた。

そしてエレベーターの扉が閉まり、レイナの姿はトオルから消えていった。

眼に浮かぶ涙をトオルの記憶に残しながら。

レイナが見えなくなると、トオルは大きく息を吐き出した。

二本目のタバコを吸い終わり、灰が足元に落ちる。

ポケットから三本目を取り出し、また火を点けた。


(折角長いこと禁煙してたのにな……)


久々に味わうタバコを吸いながら、トオルはぼんやりとそんな事を考えていた。


「全く…分かっちゃいたけど、子育ても楽じゃないな……」


一人になった通路でぼやいてみる。

タバコの煙だけが動いていた。

数分後、トオルの手からタバコが零れ落ちる。

血溜りに落ちたタバコはジジジ…と音を立て、やがて完全に火は消えた。










降下を続けるエレベーターの中、レイナは腕で涙を拭う。

それでも涙は止まらない。

何度も、何度も拭ってレイナは顔を上げた。

何とか涙を堪えようとするが、止め処なく溢れてくる。

やがて目的の階に着いたのか、チン、と音を立ててエレベーターが止まる。

だが、レイナは降りなかった。

涙で濡れた目で、じっと階数ボタンのやや下を見つめる。

すると、再び扉が閉まり、また更に下へと降り始めた。

設置されている階数よりもかなり地下へと潜る。

どれくらい潜ったか、すでに分からない。

エレベーターの階数表示も、もはや動いてはいない。

ネルフ本部の最深部とも言える所で、エレベーターは止まった。

扉が開き、レイナは一歩踏み出した。

その途端、先にある巨大な扉のロックが電子音を立てて解除される。

先に続く長い通路をレイナは歩き続けた。

数分、暗闇の中をしっかりした足取りで歩いたところで、レイナは足を止める。

目の前にある、三年前に分かれたもう一人の自分。

大きな体をがっちりと固定され、物静かにたたずんでいる。


「行くよ…もう一人の私……」


レイナの呟きと共に、その双眸に光が灯った。









「アスカ!!」


足を貫かれた四号機を見て、ミサトは叫び声を上げた。

エヴァ同士の戦いに、発令所からは何も支援できない。

三年前にはあったジオフロント内の兵装ビルも、その時以来破棄され、攻撃施設は何も残っていない。

歯痒さにミサトは爪を噛んだ。


「アスカ!もう少し時間を稼いで!

 そうすればコウヘイ君が戻ってくるから!」


アスカに向かって叫ぶが、通信機器が故障したのか、アスカには届かない。

色んな事が予想外だった。

前より更に量産機―――つまりはダミープラグ―――の性能は上がっている。

アスカがこうも短時間で追い詰められるとは思わなかった。

アスカもかなり頑張っていた。

二機を戦闘不能にしただけでも本来なら十分なのだ。

だが、出来ればもう少し時間を掛けたかった。

それが比較的短時間の戦闘になったのは、他ならぬアスカの能力とダミーの所為だった。

スムーズに戦闘が続いたことで、またダミーがアスカに息を吐かせない程続けて攻撃を仕掛けたことで、時間が掛からなかった。

すでにコウヘイが本部へ帰還しているとの連絡は入った。

後数分。

それが足りない。

何か出来ることは無いかと、ミサトは頭を捻る。

だがすぐに名案が浮かんでくるはずも無い。

悔しさに、握りこんだ右手の爪が皮膚に食い込む。


(何て…何て無力なのよ!!)


案の代わりに出てくるのは、自らの不甲斐無さに対する愚痴ばかり。

ミサトの思考がそのループに陥った時、本部をこれまでと違った揺れが襲った。

次いで鳴り響くアラーム。


「今度は何!?」

「本部最深部より何かが上昇して来ます!!」

「識別コードに合致する物がありません!

 目標不明!!」


オペレーターの報告の声が響く中、通信を示すランプが光った。

そしてモニターには、地下から上がってくる、光の翼を広げた紫の巨人の姿が映し出された。


「エヴァ初号機……」

「ミサトさん!!」


ミサトがその名を呟いた時、レイナがミサトを呼んだ。


「レイナちゃん!?」

「今すぐ隔壁を全て開放してください!!」

「わ、分かったわ!

 外に出たらすぐにアスカを!!」

「はい!!」


ミサトがすぐさまに指示を出し、初号機の上部に広がる隔壁がゆっくりと開いていった。

それらを半ば壊しながら、初号機は上空へ昇って行く。

光が祝福するかの様に、紫の機体を照らす。

すでに大分傾いた太陽が、上空に躍り出た初号機を優しく包み込んだ。


「アスカ!!」


レイナが地上を見下ろすと、すでに量産機は槍を投げ終え、それをアスカがフィールドで何とか堪えている状態だった。

すぐにレイナは機体を急降下させる。

まだ量産機達は初号機の存在に気付いていない。

落下のエネルギーを利用して、レイナはフィールドに突き刺さっている槍を砕いた。

所詮レプリカでしか無い槍は、呆気なく真っ二つに折れる。

そして、そのままレイナは量産機の前に立ち塞がった。


「アスカ!大丈夫!?」

「大丈夫じゃないわよ!

 全く、来るのが遅いわよ。」

「ごめん。」


レイナは量産機から目を離さないまま、雑音混じりに聞こえてくるアスカの声に言葉少なに謝る。

量産機達は初号機の登場に戸惑ったように、一時その動きを止めていたが、またすぐに初号機に向かってきた。

後一歩の所まで迫るが、それ以上は初号機に近づくことが出来なかった。

金色に輝く壁が立ち塞がり、それ以上の接近を拒んでいた。

それを見て安心したのか、はたまた大丈夫と予感していたのか、アスカは平然と話を続けた。


「まあいいわ。

 それで……シンジは…」

「私の中で眠ってるわ……」

「そっか…

 また会えるかな?」

「多分、無理だと思う…」

「そう……」


それを聞いて、アスカは気が抜けた様にプラグに背をもたれた。

大きく息を吐き出し、気泡が少しLCLの中に混じる。


「アタシはちょっと休ませてもらうわ。

 すぐに復帰するからそれまでよろしく。」

「分かったわ。

 …あの、アスカ……」


アスカの頼みを了解したレイナだが、何か聞きたいことがあるのか、アスカに呼びかけた。

だがその後が続かない。


「何よ?」

「私の事…知ってるんでしょ……?

 その……私の事、信頼して…くれるの?」


アスカは何を言っているんだ、とばかりに怪訝な顔をするが、すぐに合点が行った。

レイナは自らの存在と生まれについて言っているのだと。

確かにレイナはその存在と生まれ、両方が異常と言えば異常だ。

少し前―――三年前―――なら、アスカもレイナの事を使徒だ何だと騒ぎ立てたかもしれない。

とても信頼など出来なかっただろう。

だが今はそんな事は無い。

アスカ自身も少しは成長したつもりだし、大事なのはその人となりだと考えられるようになった。

その点では、短い時間ながらもレイナは信頼できた。

勿論、こう考える人は少数派だとアスカは思う。

人は異端を忌み嫌う生き物だから。

だから、レイナの不安も理解できた。


「何言ってんのよ、アンタは。

 アンタはアンタ。

 アタシはアンタに任せられると思ったから任せるのよ。シャキッとしなさい。」

「アスカ……」


アスカの励ましに、レイナは目頭が熱くなるのを感じた。

涙を堪え、量産機を睨みつける。

無駄な力を抜き、それでいていつでも動ける様にレイナは体勢を取る。

溜め込んだ力を解放しようとした時、レイナにミサトから通信が入った。


「レイナちゃん、アスカの様子は分かる?

 こっちからはモニター出来ないのよ。」

「大丈夫です。モニターには移りませんけど、声から判断すると多分無事です。」


そうレイナが告げると、モニターからもミサトが安心したのが良く分かった。


「そう。

 ならレイナちゃんは出来るだけ時間を稼いで。

 もうすぐコウヘイ君が帰ってくるから。」

「了解です。」

「それと、これは推測なんだけど…

 一番奥の量産機を攻撃する時は狙ってみてくれない?」

「一番奥、ですか?」

「ええ、さっきから一番後ろの奴だけ積極的に戦闘に参加してないのよね。

 それに量産機の連携があまりにも良すぎるわ。

 もしかしたら、その機体が何か司令塔の様な役割をしてるかもしれないわ。」

「分かりました。やって……」


ミサトの指示に同意を示そうとした時、レイナは背中にゾワリとしたものを感じた。

フィールドを解いて、四号機を庇う様にしてその場を飛び退く。

四号機を抱えたまま地面を転がり、先程まで居た所を見ると、そこには槍が刺さっていた。

飛んできた方を見てみれば、先程ミサトが指示した量産機が投擲後の体勢を取っていた。


「まだ残ってたの!?」


砂嵐のモニターからアスカの声がレイナの耳に入る。

レイナは右脇に四号機を抱えながら走り出した。

それを追うように量産機も動き出した。


「ミサトが言った途端に動き出すなんて、相手も焦ってるわね。」


もっとも相手が通信を傍受してればだけど、とアスカは付け加えた。

レイナは何も言わず、走り続ける。

その動きには四号機を抱えている事など感じさせない。

右へ左へ、と軽やかに踊る初号機に量産機は中々捉えることが出来なかった。


「アスカ。」


動き回りながら、レイナはアスカに呼びかけた。

ザザザ、と雑音に混じってアスカの声が聞こえてくる。


「どうしたの?

 ああ、私の事は気にしないで置いてっていいわよ。

 速くは動けないけど、フィールドでしばらくは持ちこたえられるわ。」

「じゃあ、私が今から四号機を遠くへ投げるから上手く受身を取って。

 その後全力でフィールドを展開して。」


アスカからはレイナの表情はうかがい知れない。

だが、その口調からアスカは、レイナに何か策があるのだと思い、すぐに了承した。


「OK。

 何か策があるんでしょ?それ位お安い御用よ。」

「ごめんね……」


その謝罪は四号機を粗雑に扱うことへの謝罪だと、アスカは思った。

だから適当な返事をレイナに返すと、いつ投げられてもいいように心の準備をする。

レイナが四号機を力の限り投げ飛ばす。

アスカの視界が目まぐるしく回る。

それでもアスカは何とか姿勢を制御すると、四肢を使って這いつくばる様にして着地した。

そして言われた通り、すぐにフィールドを全開にする。

金色の壁がアスカの四方を取り囲む。

レイナはそれを確認すると、自らも再び結界とも言えるフィールドを展開した。

それによって量産機の動きもまた制限される。

これから何をしようというのか。

固唾を飲んで、ミサトもアスカもモニター越しにレイナを見守った。

その視線の中、レイナは右手を上空に掲げた。

その意図が図れず、皆同じ様に怪訝な顔を浮かべる。

だがそれもオペレーターからの報告ですぐに判明した。


「大気圏外から高速で接近中の物体有り!!」

「何だと!?」

「ロンギヌスの槍か……」


ゲンドウの呟きに答えるように、モニターに深紅の槍が姿を現す。

音速を遥かに超える速度で地球に降りて来たそれは地上を間近にして、急速に速度を落とした。

ゆっくりと天に掲げた初号機の掌の中に納まる。

ブン、と音を立てて、初号機はそれを振り下ろす。

最強の機体が最強の武器を手に入れた。

ミサトは勝敗の行方を確信した。

負けるわけがない、負けるはずがない。

ミサトの握り締めた拳にも力が入る。

量産機達も警戒するように、姿勢を低くする。

アスカも、フィールドには気をつけながらもレイナの挙動から目を離さない。

初号機はたくさんの目に見られながらじっとしていた。

振り下ろした後、特に動き出すことなく、ただじっと…

自然な体勢で立っているだけだった。


「レイナちゃん……?」


不審に思ったミサトがレイナに声を掛ける。

もしかしたら何か異常が起こったのではないか。

そんな不安に駆られての行動だったのだが、レイナからは落ち着いた声で返事が来た。


「ミサトさん……」

「レイナちゃん、大丈夫?

 何か問題でも起こったの?」

「マヤさんも、日向さんも、青葉さんも、冬月さんも…ゲンドウさんも……

 短い時間でしたが、お世話になりました。

 そしてご迷惑をお掛けしました。

 ごめんなさい…そして…ありがとうございました……」

「レイナちゃん……?」

「他の皆さんも…色々とありがとうございました。

 今すぐに自分を強くイメージして下さい……」


レイナの口から感謝の言葉がとうとうと紡がれる。

淀みなく、それでいて急いている様でもなく、清らかに…


「何を言ってるの…?」

「さよなら…」


別れの言葉と同時に、初号機は槍を自らに向ける。

左手を胸に当て、一気に胸部の装甲を剥ぎ取る。

そこには、槍と同じ深紅のコアがあった。


「レイナちゃん!!」

「やめるんだ、レイナちゃん!!」


発令所から口々に静止する声が聞こえてくる。

それらは勿論レイナの耳にも届いた。

しかし、レイナは右手に力を込めた。


「世界を本来の姿に…

 そして…皆に幸せを……」

「こんのぉバカレイナァァァァ!!!」


コアにロンギヌスの槍が突き刺さる。

その途端、血管の様な模様がコアを中心に広がる。

コアから槍へ、そして初号機の全身へと。

全身に行き渡ると、今度は光が溢れ始めた。

弱くて強い、淡いようで眩しい、そんな矛盾した光が満ち溢れる。

その光に誰もが目を閉じる。

そんな中、一機の量産機が飛び出した。

フィールドの壁を乗り越え、光の中に飛び込む。

光の海を泳いで初号機に近づく。

付近が完全に光に包まれていく。

その直前、飛び出した量産機の手が突き刺さった槍に届いた。

そして辺りは完全に真白な輝きに包まれた。

































「う……」


男は目を覚ました。

遠くから潮騒の音が聞こえる。

アルベルトはその身を起こして、辺りをぐるりと見渡した。

波が押し寄せる音は聞こえるのに、どこにも海岸が見当たらない。

それどころか、どこまで行ってもただ白い世界が広がっていた。

アルベルトは何となく歩き始めた。

特に理由は無い。

ただ、何となく歩き始めた。

どうして自分がここに居るのか、そもそもここは何処なのか。

それすらも分からなかったが、不思議と不安は無かった。

何処からとも無く聞こえる潮騒の音が落ち着かせてくれているのだろうか。

そんな事を考えながら、アルベルトは歩き続けた。

不意に音が途切れる。

それに気が付いたアルベルトは、立ち止まり左右を見回す。

しかし辺りは相変わらず白いばかりで、何一つとして物は存在しない。

何かしらの変化を発見できなかったアルベルトは、探すのを諦めて正面に視線を戻す。

顔を上げてまた歩き出そうとしたが、動きかけた足を止めた。


「……」


アルベルトは言葉を失った。

目の前には一人の少女が立っていた。

背景の白よりずっと白い、純白という言葉がぴったりとはまる翼を広げた少女。

一糸纏わぬ姿の少女がじっとアルベルトを見つめていた。

美人と言えばそうかもしれない。

だが絶世の美女でも美少女とまではいかない。

しかし、アルベルトはその少女を美しいと思った。


「……リリスか?」


ふと頭に浮かんだ名前を口に出してみる。

すると少女は困ったように微笑んだ。


「半分正解、といったところかしら?」


正しくはリリスのコピーね。

そう言って、レイナはまた微笑んだ。


「ならば、さっきの初号機か?」


アルベルトがもう一度答えると、レイナは驚いた表情を浮かべた。


「よく分かったわね。

 普通エヴァに魂があるとは考えないと思うけど。」

「初号機の事は色々と調べたからね。

 そしてずっと探してたよ。」

「インパクトを起こす為に?」


その言葉に、アルベルトは光に包まれる直前の事を思い出した。


「何故インパクトを起こしたんだ?

 って起こしたのは君に乗ってた奴か……」

「いいえ、私よ。

 私が初号機に乗ってたの。

 でも貴方も起こすつもりだったんじゃないの?」


言われてアルベルトは頭を掻いた。

確かに自分もそのつもりだった。

その自分がそんな事を聞くのもおかしい。


「まあ…それはそうなんだが……

 それはそうと、初号機の君が初号機に乗るっていうのはどういうことだ?」

「私の名前は網谷レイナ。

 調べてたなら当然知ってるでしょ?

 詳しい事は省くけど、私は人として生きてたの。」

「そうか、君が……

 なら尚更だ。

 どうしてインパクトを起こしたんだ?」

「この世界は本来の姿とはかけ離れてしまったの……

 人が心を読めたり、A.Tフィールドを張れたり……

 それは人には本来、出来るはずが無いことだから…」

「だからそれを戻そうとしたのか?」


レイナは頷く。

それをアルベルトは不快そうな表情を浮かべて聞いていた。


「だが、それは君が決める事じゃないだろう?

 事実、人が心を読めるようになって悪いことばかりじゃない。」

「そうね。もしかしたら人の力だけでそこまで進化できたかもしれない。

 心が読めるようになったことを歓迎してる人も居るでしょうね。

 だからこれは私のエゴだわ。」

「それが分かってて、それでも起こしたのか?」

「ええ。

 でもどうして貴方はさっきから私を咎めることばかり言うの?

 やろうとした事は貴方も同じじゃなくて?」


言われてアルベルトは気付いた。

何故自分はこうもこの少女に反論したがるのか?

自分も父の跡を継いでインパクトを計画し、ここに居るでは無いか。


「それが貴方の本心。

 貴方は決してお父さんの考えを全体的に肯定してるわけではないわ。」
「そんな事は無い。

 私は……」

「ここでは嘘は通用しないわ。

 心が、思いがそのまま言葉になる。

 だから貴方の口からは否定の言葉ばかりが出る。」

「私は……」

「貴方はただお父さんの無念を晴らしたかっただけ。

 お父さんへの思いが、貴方のインパクトに対する疑念を上回ったから、貴方は動き出した。」

「父は…キールは素晴らしい人だった。

 私と母を心から愛し、何万、何十万という社員を守る為に昼夜を問わず働いていた。」

「ええ…そうね。」

「セカンドインパクトもそうだ。

 他の連中はどうだか知らないが、あれも父は断腸の想いで決断した。

 その時の疲労とストレスで視力も失った。」
 
「人類を…人を心から愛していたのね。」

「全ては人類全体の事を想って父はサードインパクトを起こした!

 だが!事は失敗し、父には大罪人の汚名が着せられた!

 父の考えは誰にも知られること無く、それどころか人類を滅ぼそうとしたなどと言われる始末だ!」

「だからそれを公表したネルフを攻撃したのね?」

「そうだ。

 今更本当の事を言ったって誰も信じやしない。

 ならば父の汚名を、無念を晴らすためには、もう一度インパクトを起こして人類を更に進化させるしか無かった。」


そこまでアルベルトは力強く主張していた。

しかし、次には力無くうな垂れた。


「だが言われてみると、確かにインパクト自体はどうでも良かったのかもしれないな……

 父の跡を継ぐこと、それ自体が重要だったのかも知れない。

 それでも、もう私は後戻りは出来ないよ……

 その為に自分の会社を半ば潰し、日本を敵視する各国に協力を要請した。

 データを得る為に各地で紛争を起こし、エヴァをそこで作った。

 人材を確保する為に脅迫もした。」

「矛盾してるわ。」


レイナが指摘すると、アルベルトは無言で頷いた。

そして自嘲の笑みを浮かべる。


「そう、矛盾してるのさ。

 人類を想った父を受け継ぐと言っておきながら、人類を苦しめていたんだ。

 でもそれすらも私は気付けなかった。」


そう言うと、アルベルトは小さく笑った。

全てを悔やむような、情けない様な表情を浮かべて。


「なあ……」

「何?」

「これから…人類はどうなるんだ?」

「今後については分からない。

 ただインパクトが終われば、人類は前と同じに戻る。

 LCLに溶ける事も無いわ。

 そして、これまでと同じ日常が続いていく……」

「なら、一つ頼んでいいかい?

 人類を、人をほんの少しでいい、優しくして欲しい……」

「それが貴方の望み?」

「ああ…私の些細な自己満足と、父の願いを果たして欲しい。」


君の考えには反するかもしれないが。

そうアルベルトは付け加えた。

レイナはしばらく考えていたが、やがて頷いた。


「いいわ。私も子供達に傷ついて欲しくないもの。」


そう言ってレイナはアルベルトに手を差し出した。

その手を、アルベルトは嬉しそうに握った。

心の底からの笑顔を浮かべて。


「ありがとう。」


そしてアルベルトの意識は光に包まれた。















光が溢れた。

初号機から溢れ出した光はジオフロントを、第三新東京市を、日本を、そして世界を包み込んだ。

柔らかな光がヒトの心を満たしていく。

その中心から巨大な人影が姿を現す。

白いその体は雲を抜け、長い髪が地上に垂れる。

両手を広げ、全身を使って月明かりを受け止める。

その体から、腕から新たに光が溢れ始めた。

その光もまた世界中に広がっていく。




「何だ…これ……?

 何でまた涙が……?」




「どうして……悲しくないはずなのに……

 何で涙が止まらないの……?」





「何や、一体……

 どないしたんや……」









欠けた心が満たされていく。

決して全てが満たされたわけではない。

それでも、確かに心は満たされた。

その喜びは涙となって世界に雨を降らせた。

決して失われる事の無い、歓喜の記憶を人々に残す。

光の次には、世界で歓喜の叫びと涙が溢れ出した。








徐々にレイナの姿は薄れだした。

体から溢れた光は消え去り、薄くなったその体を月に反射した光が通り過ぎていく。

その存在が、生物の死でも無く、ただ存在が消え去っていく。


(これで…いいの……)


体が薄くなっていくにつれて、レイナの意識も遠のいていった。

その中で、レイナはぼんやりと空を眺めていた。

すでに日は沈み、上空には普段よりも大きい満月が顔を出している。


(そうこれで……)


レイナは全身の力を抜く。

もう、何も感じない。

ただ、眠かった。


(ダメだよ……)


何処からか、声が聞こえる。

女性の声より低い、それでいて甲高い少年の声。


(勝手に終わらせちゃダメだよ…

 まだやることが残ってる……)


何だろうか?

レイナは全てをやり終えたつもりだった。

だから少年の言うことに心当たりは無かった。


(お父さんを……)


ああ、そうか。

お父さんを連れて帰ってあげなきゃいけなかった。

それに思い至ったレイナは笑みを浮かべた。

そしてレイナの意識は光に包まれた。


























NEON GENESIS EVANGELION



ONEMORE FINAL EPISODE




Everyone can't Love Me, But I will Love You.























「もういいの?」


私の頭の上からミサトさんの声が聞こえた。

その声に私の口から、少年の声で返事が返された。


「ええ、もう全て伝えましたから。」


それにもう長い時間体を借りる力はありませんから。

ミサトさんにそう告げると、私の体に自由が戻ってくる。

手足を軽く動かしてみる…うん、特に問題は無い。

シンジにこちらから体を明け渡すのは初めてだったから、少し不安だったけど、大丈夫のようだ。

そして、私はもう一度正面を見て手を合わせる。


「トオル君も幸せ者ね。結婚もしてないのに立派な子供が二人も居て。」


ミサトさんも手を合わせながら、お墓に向かってそう語りかけた。

あれから一年が経った。

世界中から攻撃を受けた日本だったけど、すぐに停戦に持ち込むことが出来た。

日本にとっては不利な条件での講和条約だったけど、しょうがないと思う。

元々日本の横暴な態度が背景にあったわけだし、むしろその程度で切り抜けられたのは僥倖だってミサトさんは言ってた。

ネルフは完全に日本政府から独立して、碇司令の元、人類の進化についての研究機関に変わった。

言ってみればネルフの前身のゲヒルンに近いものらしい。

ネルフの職員もほぼ皆そのまま籍を移したから、実質的にはそんなに変わってない。

勿論対外的な戦力は全て放棄したけど。

ただ研究内容を守るための警備ぐらいは持っていて、ミサトさんもそこの部長と護身術の教官をしてる。

コウヘイ君とアカリちゃんはそれぞれ普通の学生に戻った。

コウヘイ君は相変わらず色んな女の子をナンパしてて、それをアカリちゃんが冷静に突っ込みを入れてるらしい。

多分だけど、その内あの二人はくっつくんじゃないかな?

トウジ君は高校を卒業するとすぐに洞木さんと結婚したんだって。

今は二人して同じ大学に通ってる。

意外にもトウジ君は努力家らしくて、二人で頑張って義手や義足の研究をするんだって張り切ってた。

アスカはそのままネルフに残った。

元々アスカは大学を卒業してたし、技術部に在籍してマヤさんの下で生物関係の事を勉強してる。

大学院で勉強しないの?って聞いたら、何でもマヤさんから教わる方が勉強になるらしい。

とにかく今は充実した毎日を送ってる。

そういえば、リツコさんもあの後すぐに保護された。

髪も元の黒髪に戻ってて、私の記憶と随分違ったから驚いたけど、それ以上に驚いたのがリツコさんが結婚してたことだ。

旦那さんを人質に捕られてたらしく、無事開放された旦那さんと涙を流して抱き合ってたのが印象的だった。

リツコさんが無事だったことにミサトさんは喜んでたけど、その顔が微妙に引きつってたのが笑えた。

ミサトさんがからかってたみたいだけど、逆にリツコさんに何かうまく返されたらしくてかなりヘコんでた。

多分二人の関係って一生そんな感じで続くんだと思う。




そんなこんなで色々と忙しくて、お父さんのお墓参りに来るのが随分と遅くなってしまった。

今、お父さんはお墓の下で眠ってる。

だけど寂しくは無い。

お父さんはずっと私のそばに居てくれてるから。


「さて、と……」


十分時間をかけてお参りもしたことだし、そろそろ行こうかな?


「レイナちゃんはどうする?店まで送るけど。」

「あ、いえ、大丈夫です。今日はお店は休みなんでアスカと待ち合わせしてるんです。」

「そう?

 じゃあ私は先に帰るわね。」


ミサトさんにお礼を言って別れた後、私は街へと向かった。

待ち合わせの場所に行くと、すでにアスカは到着してた。

うう…アスカを待たせたなんて、何を言われるか分かったもんじゃない。

慌ててアスカの所へ走った。


「おっそーい!!」


やっぱり。

とは言え、約束の時間に遅れたのは私だから何も言えない。


「ゴメンゴメン。」

「はぁ、まあいいわ。

 …ちゃんとファーターと話してきた?」

「うん。」


いつもと変わらない日常が流れていく。

確かにヒトは前よりも優しくなったかもしれない。

でもそれは、その人が元々持っているモノをほんの少し後押ししてあげただけ。

だから普段の生活で、それらが目立って現れることは無い。

でもそれでいいと思う。

ヒトは優しい、残酷な生き物だと思うから。



アスカと二人で街中を歩く。

男の人、女の人、大人、子供。

多くの人とすれ違う。

そして皆楽しそうに歩いていた。


「あっ、あれかわいい!

 ちょっと入ってみよ!?」


アスカと一緒に色んな店に入ってはキャーキャーと騒ぐ。

そう、世界で何が起ころうとも、この毎日は変わらない。

楽しい事も、嬉しい事も、悲しい事も、苦しい事も、誰にも平等に訪れる。

私がそう思ってる限り、きっとそうなのだ。




「大分見て回ったわね。

 ちょっと休憩しましょ。」


アスカの提案に私は頷いて応える。

ちょうど良かった。私も歩き回って少し疲れてたのだ。

都合良く、すぐそばにファストフード店がある。

暑い日差しから早いとこ逃れようと、店の方向に足を向けた。

その時だった。


「!!……」

「どうしたのよ?」


突然立ち止まった私を見て、アスカが訪ねてきた。

私はお腹に力を入れて、何とか答える事が出来た。


「あ…ちょっとお店のカップを買うの忘れちゃって……

 アスカは先に行ってて。」

「分かったわ。何か適当に注文しとくわね。」

「うん、よろしくね。」


アスカから離れると、人ごみに隠れてすぐにアスカの姿は見えなくなった。

でも私はそれを確認する事無く走り出した。

そんな余裕は無かった。

倒れそうになる体を支えて、人が少ない所へ足を動かす。

二、三分も走る―――と言ってもそんな速度では無かった―――と公園があった。

炎天下だからか、人の姿は少なかった。

ベンチに腰掛けると、力が抜けたのか、意識がかすんできた。

背中に刺さったナイフから血が垂れているのが自分でも分かった。

いつかはこうなるのは分かってた。

私はヒトにフィールドは要らない、と思ったけど他の人がそう考えるとは限らない。

当然、反対の人だって居ると思う。

それで大きな被害を被った人だっているだろう。

自分のわがままを通したのだ。

この結果は自分で受け入れないといけない。


(でも…そんなの悲しすぎるよ……)


瞬きをすると、目の前にはシンジがいた。


「いいの……

 それでも私は人が好きだから……

 今のヒトが好きだから……」


視界が黒く染まっていく。

ああ…これが「死」なんだ……

もう力も入らない。

まぶたを開けるのも億劫だ。

誰かが悲鳴を上げてる。

当たり前か、多分私の足元は真っ赤だろうから。


(……死なせない、絶対に死なせない!!)


シンジが叫んでるけど、もう眠い。

私の意識はそこで途絶えた。










「あら?」


リツコは足を止めて、足元を見た。

そこには三匹の猫がリツコの足に擦り寄っていた。


「ふふ……」


しゃがみこんで猫を撫でる。

すると三匹とも気持ち良さそうに身をよじった。


「どうするんだい…って聞いても、答えはもう分かってるか。」

「ええ、この子達を連れて帰ってもいいかしら?賢そうだし。」

「いいけど…これでもう六匹になるよ?」

「いいじゃない。多いほうがきっと楽しいわよ。」


歩きながらリツコは嬉しそうに話す。

隣を歩く男は、困ったような、それでいて楽しそうな笑顔を浮かべた。


「ところで、その子達の名前はどうするんだい?」

「そうね……」


顎に手を当てて考える。

そしてふと思いついた名前を呼んだ。

呼ばれて猫は嬉しそうに鳴くと、リツコの頬を舐めてまた嬉しそうに鳴いた。


























終劇











後書きへ



SEO [PR]  ローン比較 再就職支援 バレンタイン 無料レンタルサーバー SEO