このような駄文を応援してくださった皆々様

ありがとうございました

















爆発音と激しい振動が、白い病室を揺らす。

決して病院に似つかわしくない情景だが、病院内はいつもと変わらず真っ白な蛍光灯に照らされていた。

断続的に続く振動と、時折立っているのも難しいほどの揺れが起こる中、白い脚が廊下を歩き続けていた。

足音も無く動くそれは、振動など関係無いかのように変わらぬ歩調を刻んでいた。

その脚が、一つの病室の前で止まる。

碇ユイ

入り口に書かれたその名前を確認すると、彼女は軽く深呼吸した。

続けて二回ノック。

だが病室の中から返事は無い。

それでもレイナは気にせずドアをスライドさせた。

開けた途端、かすかな消毒液の匂いがレイナの鼻をかすめる。

そして視界に入るのは個室にしては広い室内と、ポタリポタリとゆっくり落ちていく栄養剤。

その蛍光灯より更に白い、病人衣に包まれた一人の女性。

髪は艶を失ってボサボサになり、色も脱色したように見事なまでの白色になっていた。

目は虚ろで、何処を見ているのか分からない。

ただブツブツと何かを呟き続けていた。

レイナが室内に足を踏み入れても、何の反応も示さない。

レイナはゆっくりと、足音を立てずにベッドへ歩み寄る。


「ユイさん……」


レイナの声に反応して、ユイは顔を上げる。

張りを失った肌、あちこちに見られる深い皺。

自分の知る姿とのあまりの違いに、レイナは息を飲んだ。

ユイの方も、レイナの姿を認めた途端、虚ろな目に光が戻った。

しかし、それは明らかに好ましい色では無かった。

色白の肌から更に血の気が引き、白から青くなっていく。

ユイの体は小刻みに震え、細い腕で頭を抱えて泣き始めた。


「ごめんなさい…ごめんなさい……」


ひたすらにユイは謝り続けた。

誰に許しを乞うているのか、ユイ自身にも分からないままユイは謝罪の言葉を繰り返した。

呪文の様に、何かに向かって謝り続ける。


「アナタは…何に対して謝るんですか…?

 誰に向かって謝ってるんですか……?」


レイナはベッドの隣にしゃがみこむと、ゆっくりとした口調で尋ねた。

怯える幼子を落ち着かせるように、頭を撫でながら話しかける。

ユイは震える声で、質問に答え始める。

だがそれは返答、と言うよりもただ謝罪を述べているのに近かった。


「ごめんなさい…シンジ……ごめんなさい……

 あんな……あんなことになるなんて……ごめんなさい…

 …そんな…そんなつもりじゃなかったの……」

「あんなこと……?」

「ああぁ…ご、ごめんなさい……

 わ、わわ私は人類の…み、未来を作りたかった…だけなの…

 あ、明るい未来を…貴方に……のこ、したかっただけなの……

 なの、に…ゲンドウさんが……」

「貴女は…他人の所為にするんですか……?」


途切れ途切れながらにユイは告白する。

だが、最後にゲンドウの名が出てきたことで、レイナの表情が若干強張る。

その口から出てきた硬質な言葉に、更にユイは体を震わせた。


「ごごごめん…なさい……」

「私は同じ姿をしていても、シンジではありません…

 だから私に謝られてもどうしようもありません。

 許すことも、咎めることも出来ません。

 ですが…もう貴女は二度とシンジに会うことは出来ないでしょう……

 だからこそ貴女がするべきことは謝る事ではありません。

 まして、他人に罪をなすり付けることでもありません。

 ……貴女は、貴女の考えは、私には分かりませんが多分間違ってません。

 ですが、貴女は思慮が足りなかった。

 自分の行動がどういう結果をもたらすのか、そこをもう少し熟考するべきだった。

 ささいな事でも、時には重大な結果をもたらすことが有り得る。

 結果、世界は一度崩壊した……

 貴女だけが悪いわけでも、シンジだけが悪かったのでも無い。

 皆が、人類自体が悪かったのかもしれません……

 それでも、貴女がこれからするべきなのは貴女の罪を忘れないこと、そしてそれを償うこと。

 その為に何が出来るのか、考えて下さい。」

「……」

「だけど今は……」


レイナは無言でうずくまるユイに手を伸ばす。

その光景が、会議室でのシンジと重なり、ユイは怯え、身を強張らせる。


「大丈夫です。何もしませんよ。」


安心させるよう、そう話しかけるとユイをベッドに寝かせた。

ユイが眠りやすいように、目を手で覆い隠す。


「だけど今はお休みなさい…

 貴女がすることは今はありません。

 それと…シンジはもう貴女を責めてはいませんから……」




空気が抜ける音がして、病室の扉が閉じた。

ベッドには一人の女性が横たわっていた。

天井の白色灯からの光が、女性の頬を伝う涙を照らした。

静かに眠る女性。

だがその寝顔はこの上なく安堵の色に染まっていた。



































第弐拾話 繰り返される世界を見届けた女神






















「攻撃開始!」


トオルが無線越しに叫ぶと、地上からおびただしい量の弾が空を駆けた。

白煙を上げながらミサイルが飛んでいき、その後ろからまた更なる戦自の装備が火を噴く。

一方、上空の編隊の方も散開し、飛び寄せるミサイルを打ち落としにかかる。

薄曇の第三新東京市上空に眩いばかりの花が咲く。

紅い花びらが乱れ咲き、その中を漆黒の機体が通り抜けていった。

それでも地上からの集中砲火は止まない。

やがて逃げ切れなかった一機が激しく炎を吹き、錐もみ回転しながら第三新東京市に墜落する。

それに追随するかのようにまた一機、二機と戦闘機が地に落ちる。

それらは第三新東京市の家屋を、ビルを破壊していく。

空に咲き乱れた華が、地上でも狂い咲く。

その様をトオルはモニター越しに見つめていた。

自分が守るはずのモノを、自分達の手で壊していく。

それは仕方が無いことだ、とトオルも分かっていた。

何かを守るためには、時としてそれより優先度が低いものは諦めなければならないことは。

ましてこれは戦争だ。

明確に敵と味方が存在する戦いなのだ。

どちらも自分の信じる正義が存在する以上、退く事は出来ない。

命は奪ってしまわなければならない。

それを躊躇すれば守りたいモノも守れなくなってしまう。

だが、どうしても陰鬱な気分になるのは否めない。

また一つ、兵装ビルが破壊された。

それと時をほぼ同じくして戦闘機の方も一つまた爆発する。

一つ、二つと花火が咲く。


(こちらの人的被害が無いのが幸いか……)


そう思うことで、トオルは自分を納得させる。

攻撃を加えるネルフ側の兵器は全て無人である。

MAGIは外部との接続を断ったが、巨大な通信網を築いた第三新東京市内ならば制御に問題は無い。

それらの兵器が全ての弾薬を使い果たす様に吐き出す。


ネルフは航空戦力をほとんど持たない。

戦自から多少持ってくることも出来たが、すずめの涙程度。

それならば、とトオルは代わりに地上兵器を要求した。

その為、本来の予定よりもかなり多い地上兵器を準備できたが、それでも足りないだろうとトオルは踏んでいた。

そしてトオルの予想通り、相手は大軍で侵攻してきた。

ならば、とばかりにトオルは地上兵器を用いて、対応出来ない相手方の航空戦力を削る方策へ出た。

ありったけの弾薬を使って。


トオルの作戦は功を奏し、着実に地上戦力を降ろされる前に相手戦力を減らしていった。

それでも青い空を覆い隠す鳥たちはその減少を感じさせない。

トオルは副官を呼び寄せ、残りの弾薬数を確認した。


(心許ないな……)


元々全てを落とせるなどと妄想は抱いていない。

だが、それなりに減らせるとトオルは予想していた。

果たして、確かにかなりの数を落とすことは出来た。

しかし、飛来した敵戦力の数はトオルの予想外に多かった。

まだそれなりに弾薬はある。

使い切るまでにどれだけ減らすことが出来るか。

トオルが思案し始めた時、敵が動いた。

それまで前線で応戦していた戦闘機が散開し、離脱し始めた。

それに従う様に、その後方にいた部隊も退き始めた。


(何だ……?何をする…?)


後退を始めた敵は、終いにはエヴァと思われる機体を載せたキャリアウイングも退き始めた。

そして最後尾から一機の大型軍用ヘリが前へ出てきた。

だがあまり前進せず、その高度をどんどん上げ始める。


(……やはりあれか!!)


トオルは怪訝な表情で相手方の出方を伺ってきたが、そこで一つの答えに行き着いた。

それは三年前に自分達がした事と全く同じ事。

乱暴に無線を取り出すと、複数のチャンネルを開いて大声で叫んだ。


「N2が来るぞ!!アブソーバーを最大にしろ!!

 総員対ショック体勢を取れ!!!」


叫ぶが早いか、これまでに無い凄まじい揺れがネルフ全体を襲う。

三年前と同じ様に、築き上げた第三新東京市が消えていく。

外郭部が抉られ、土砂が巻き上げられ、灼熱が全てを溶かしていった。

そこにあった物が、記憶が全て炎と爆風と共に消されていった。






揺れが収まったネルフの作戦室で、トオルはその身を起こした。

意識は失っては無かったが、どこかで打ったのか、頭が多少ふらついた。

頭を二、三度振って意識をはっきりさせる。


「皆、大丈夫か?」


トオルが声を掛けると、そばにいた数人から肯定の答えが返って来た。

無事にトオルは胸を撫で下ろすが、すぐに状況の確認を指示する。


「けが人と外の様子の確認を至急行え。

 残った奴は敵が来る前に装備の点検を行っておけ。」























熱が引き、多量の水蒸気に包まれた中から徐々にジオフロントが露になる。

十分に気温が下がったところで、高々度のウイングキャリアーから白い機体が解き放たれた。

三年前と同じ9機のエヴァシリーズ。

純白の翼を広げ、優雅に本部施設の上空を旋回し始めた。

それと時を同じくして、地上を黒い塊が埋めていく。

四方から押し寄せる、様々な国籍を持つ軍隊。

それが本部施設に迫る。

戦闘服を着込んだ兵士が歩を進める。

その時、一箇所で大きな爆発が起こった。

それをきっかけとして、付近に警報が鳴り響き、一機の真紅の巨人がその姿を現した。

アスカは仕掛けられたトラップが爆発した一角を一瞥したが、すぐに視線を上空の量産機に向ける。


「やっときたわね。」


舌なめずりをしながらアスカは笑った。


「あの時はやられたけど、今度はそうはいかないわ。」


前回やられた要素は、今回全て克服されている。

例えケーブルが切断されても、動ける時間は大幅に伸びた。

相手の弱点も分かっている。今度はコアを潰せばいい。

だが新たな不安要素もある。

アスカの乗る四号機は弐号機の時と違ってシンクロ率は低い。

どれだけ弐号機の時と同じ動きが出来るか。

ミサトから聞いた話では、ダミープラグの性能も大幅に向上しているとの事。

だがアスカの中で、そういった不安よりも高揚感の方が支配的だった。

記憶の中にある、恥辱の歴史。

それを雪ぐ機会が訪れたのだ。

旋回する量産機が徐々に高度を下げ、地に下りて来る。

それを確認したアスカは、姿勢を低くし、大きく息を吸い込んだ。

そして吼える。


「Gehen!!」






















外でアスカと量産機の戦いが始まったのとほぼ時を同じくして、本部施設内でも戦争が始まった。

そう、外は「戦い」であり、中は「戦争」であった。

純粋な戦いと異なり、施設内では双方のスペシャリスト達がその命を散らしていっていた。

相手を殺すことを前提とした戦い。

人間から人間性を奪い、生きるか死ぬかの選択を常に迫られる場。

秒単位でヒトが死んでいった。

数が同じであれば、本部内の場合、篭城するネルフ側が有利であったかもしれない。

狭い通路に来るのが分かっているので、あらゆるトラップ・バリケードを築ける。

実際、トオルはそうしていた。

移動に最低限必要な通路を残して、残りの通路全てにベークライトを注入した。

バリケードを築いてそこで待ち伏せし、更には少しでも敵の数を減らすべくトラップも山の様に仕掛けた。

だが、敵の数が多すぎた。

いかに質がよくても、量には敵わない。

戦争においては、一概に言うことは出来ないが質より量なのだ。

質の差を凌駕できるほどの量を用意できれば、質の差など問題では無い。

そして、この場ではそれだけの量が用意されていた。

これは負け戦なのだ。

次々と入る報告を聞きながら、トオルはそれを再認識していた。

ならばネルフ側である自分はどうすれば良いのか。

答えは簡単。時間を稼げば良い。

外が全て事を終えるまで耐えてしまえば良い。

決して勝てなくても構わない。

負けなければよいのだ。


「三番と五番の部隊を下がらせろ。

 そこも破棄する。

 撤退が完了し次第、隔壁を降ろしてベークライトを注入するよう二佐に伝えてくれ。」


副官に指示を出し、すでに劣勢だった部隊を下がらせた。

これで出来る通路には全てベークライトを注いだ。

後は、こちらがどれだけ粘れるか。











その頃、支援に向かったコウヘイとアカリ、特にコウヘイは現実を目の当たりにしていた。

厚木を諦めて入間に向かったコウヘイだったが、そこに広がっていたのは目を覆いたくなるような光景だった。

燃え盛る炎、崩れてしまった建物。

まだ一部で攻撃らしきものが行われていることから、完全にやられたわけでは無さそうだ。

しかし、コウヘイが来たところですでに手遅れだったのは明白だった。

基地のすぐそばに降り立ったコウヘイは機体を基地へと走らせた。

近づくにつれて、基地の状態がより明らかになってきた。

そこで行われていたのは一方的な虐殺。

逃げ惑う隊員を、容赦無く、無慈悲に背後から撃ち抜く。

生きたまま人を火炎放射器で焼き尽くす。

後には黒焦げの死体だけが残った。

それをコウヘイは呆然と見ていた。

モニターに物言わぬ黒い死体が写る。

もうすでにどこが顔で、うつ伏せなのか仰向けなのか、その判別すら出来ない。

人の焦げた臭い。

それがどんなものか、当然コウヘイは知らない。

だが、モニター越しにそれが臭って来たような気がして、思わずコウヘイは口元を押さえた。

吐き気がする。

気持ち悪さと不快感、そしてその後にはどうしようも無い程のどろどろした感情がコウヘイの中に溢れ出す。

それらが自分の外へと出てしまわない様、押さえる手に力を込めた。

コウヘイの六号機に、小さな振動が走る。

六号機の存在に気付いた敵は、攻撃の矛先をコウヘイへと向けてきた。

ヘリから放たれる弾丸が、ミサイルが装甲に当たり、爆発する。

だが、エヴァの装甲にはそれらは効かない。

それでも、それはコウヘイの心に響いた。


「何で……」


顔を伏せたままコウヘイは呟いた。

そして徐々に体を起こしていく。

それに伴い、六号機もゆったりとした動作で巨体を起こす。


「何でそんなに簡単に人を殺せるんだよっ!!」


慟哭。

悲しい叫びの中、コウヘイは姉の事を思い出していた。

混乱の中で命を落としたユウナの姿が目の前に現れる。

父と母を亡くし、姉と二人で生きてきた日々。

その悲しみが癒されようとした時、悲劇は起きた。

買い物から中々帰ってこないユウナを心配したコウヘイは、姉を探しに町を走っていた。

第三新東京市近郊とは言え、まだまだ治安が安定していない。

その為、ユウナはいつもコウヘイを安心させる為、遅くなる時は電話をしていた。

それが今日に限ってない。

ユウナは合気道を習っていて、コウヘイより遥かに強かった。

更にほとんど使うことは無かったが、フィールドの出力もコウヘイの比では無かった。

だからか、最初コウヘイは心配していなかった。

それが一時間過ぎ、二時間過ぎてもユウナは帰ってこなかった。


夕闇が帳を下ろす頃、コウヘイは姉を探して走り回る。

ユウナ行きつけの店、いつも通る道を丹念に探っていくが見つからない。

諦めて一度家に戻ろうとした時、何かがコウヘイの頭の中に閃いた。

その閃きに導かれるように、道を辿っていく。

これが不幸だったのかもしれない。

十分も歩くと、コウヘイは見知らぬ道に出た。

その通りの傍らにある、小さな路地に足を踏み入れる。

そこは異空間だった。

異様な臭い、異様な光景、異様な人物。

これは現実じゃない。

コウヘイはそう思おうとした。

だがそれの臭い、視界は紛れも無い現実。

横たわる男達の中で、一人が起き上がる。

ボロボロになった服。

暴行されたのか、あちこちに傷が出来、そこから血が滲んでいる。

胸も露になっているが、ユウナは気にせず立ち上がる。

ゆらり、と身を起こしたその姿はすでに人では無かった。

荒い息に焦点の合わない目。


「ね、姉さん……」


コウヘイの声に反応し、ユウナは振り向いた。

ドス黒くなった眼には、コウヘイの姿は映っていなかった。


一般にA.Tフィールドの強さはその心の内によって半分程度が決まる。

心の闇が深ければ深いほど、暗ければ暗いほどその出力は強くなる。

目の前で両親を奪われ、弟の面倒を見て、家事一切をして……

泣くことも、遊ぶことも出来ず、ただ弟を養うための毎日。

ユウナの心はすでに限界を迎えていたのかもしれない。

それが、男達に犯されることでその限界を超えてしまった。

完全にユウナはフィールドを、心を暴走させていた。

弟であるコウヘイのことを認識出来ないほどに。

叫びながらユウナはコウヘイに飛び掛ってきた。

その野生的な動きに、コウヘイは避けることが出来ず組み敷かれる。


「姉さん!俺だ!コウヘイだ!!」


コウヘイが呼びかけるが、その声は届かない。

感情のこもらない瞳は、コウヘイを映し出しただけだった。

ユウナの手が振り下ろされる。

殺される。

それを悟ったコウヘイには恐怖しか感じられなかった。




「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


コウヘイの絶叫と共に金色の壁が六号機から広がっていく。

急速に伸びていくフィールドの壁は、全ての弾丸を落とし、ヘリを爆発させ、地上の兵士を潰し、切り刻み、建物を破壊する。


「ああああぁぁぁぁぁっ!!」


広がりは限界を見せず、いつしか基地のほぼ全体を覆うほどに拡大していた。


「ああああぁぁぁ…ああぁ……はあっ、はあ……」


絶叫が途切れると共に、六号機を中心として展開されたフィールドも終息する。

後には、ただ廃墟が残された。

火炎が燃え盛り、陽炎が揺らめく中、グレーに塗られた六号機の影だけがはっきりと見えた。


「……」


炎の海と化した入間の基地を高い位置からコウヘイは見下ろしていた。

未だ荒い呼吸を落ち着け、LCLに混ざった涙で濡れた頬をそのままにコウヘイは呟いた。


「……帰ろう…」


まだ俺には守るべき場所があるはずだから。

そして、コウヘイは六号機を走らせた。


A.Tフィールドの強さを決定する、もう半分の要素は扱う者、それ自体に依存する。

その意味でコウヘイは紛れも無く天才であった。

本人は決して望んでいないけれども。









以前より遥かに高性能になったウイングキャリアーで九州に飛んだアカリだったが、その仕事はあっさり終了した。

遥か上空からアカリの伍号機が舞い降りる。

両手を広げ、フィールドを展開して落下速度を調整しながら落ちてくる様は、見る者によっては天使に思えたかもしれない。

その機体が漆黒でさえ無ければ。

四肢をついて着地し、敵を睨みつけながら一気に上半身を起こす。

九州はまだそれほどダメージを受けていなかった。

戦自間で緊急の連絡がいっていたのか、完全とまではいかなくても迎撃体勢を整えられたらしく、いくつか炎上している建物はあったが、十分に戦線を維持できていた。

どうやら今は膠着状態になっているらしく、それほど前線は活発にはなっていなかった。

だが、アカリが降り立った瞬間状況は一変した。

控えめだった攻撃はその力を取り戻し、光の雨が基地に向かって放たれた。

それは何かに怯えるかのようで、絶対的恐怖から逃げ出すための些細な抵抗のように見える。

しかし、その行為は自らの首を絞めただけだった。


アカリは容赦というものが無い。

基本的に如何なる時でも、例え相手が戦う意志を無くしても、相手と自分達との間に絶対的な力の差があろうと手を抜くことは無い。

ましてや、それが自分に対して敵意を向けていた時は尚更である。


広範囲に及んだ攻撃も、アカリによって全てが阻まれる。

傾きかけた太陽の光を反射して、フィールドが眩しいくらいに輝いた。

着弾による煙が晴れ、視界がクリアになるとアカリは基地の方に通信を入れ、指示を出した。

曰く、全軍を自分の後ろに下げるように、と。

アカリに命令権は無いが、指示を受け取った基地司令部はその要求に素直に従った。

アカリの声色にそら恐ろしいものを感じたから。

普段から抑揚に乏しいアカリだが、この時ばかりは抑揚が完全に消えていた。

味方部隊が完全に伍号機より退いてしまったのを確認すると、アカリは基地に背を向け、敵主要部隊の方向へ向き直った。

腕を体の前で組み、そして横に腕を振るう。

何でも無い動作であったが、腕が振るわれた数瞬後、離れた所で次々と爆発が起こった。

日光よりも明るい光が伍号機を照らす。

その光景をアカリは無感動に見ていた。

表情からは悲しみも、動揺も、嘲りさえも読み取れない。

爆発が治まると、少し向きを変えてまた腕を振るう。

そしてまた同じ様に戦闘機や戦車、武装が爆発を起こしていった。

それが治まると三度同じことをアカリは繰り返した。

そこに慈悲は無く、ただ殲滅を目的とする機械の様に淡々と攻撃し続けた。

彼女のこれまでの生き方同様に。


伍号機が行動を開始して数分。

たったものの数分で戦場は静かになった。


「敵部隊の全滅を確認しました。

 任務完了。これより本部に帰還します。」


感情を交えず基地の方へアカリは報告した。

あまりにも圧倒的で一方的な攻撃に、呆然とした指揮官はアカリに生返事をすることしか出来なかった。

基地の了承を得ると、伍号機は彼方で上がる炎の海を背にして基地を去っていった。






一方で、北海道に飛んだトウジはひたすら耐えていた。

バッテリーを持って千歳に到着したトウジだったが、こちらはあまり余裕は無かった。

広大な敷地のあちこちから火の手が上がり、すでに一部は敵側に侵入を許していた。

到着後、トウジは参号機の肩にバッテリーを装着するとすぐに前線へと走った。

最前線へと飛び出したトウジは、その身をさらして攻撃を一身に受ける。

しばらく様々な弾が飛んできていたが、参号機が出てきたからか、一時その攻撃が止む。

次いで、前線に展開していた部隊を後退させ、数分前までと打って変わって、静寂が場を支配した。

緊張した表情でトウジは前を見つめる。

LCLの中にも関わらず、トウジは口の渇きを覚えた。

仁王立ちで参号機は遠くを睨みつけていた。


「……来よったか!?」


トウジが叫ぶと同時に無数の光がきらめく。

次の瞬間、凄まじい数のミサイルが雨のように降り注いだ。


「ぐっ!!」


激しい衝撃が参号機を襲う。

A.Tフィールドを展開して耐えるが、その衝撃までは防げない。

プラグがシェイクされ、体のあちこちをトウジはぶつけるが、歯を食いしばってそれに耐えていた。

薄く延ばされた金色の壁。

それは基地全体を襲うミサイルを唯一つとして落とさせなどしなかった。

止むことのない嵐。

トウジは避けることも攻撃することも無く、ひたすらにそれに耐え続けていた。

























NEON GENESIS EVANGELION



EPISODE 20




The Last Impact























勇んで飛び出していったアスカだったが、量産機との戦いに苦戦を強いられていた。

向かって行っての第一撃こそ量産機に当てることが出来たが、その後が続かなかった。

一気に畳み込もうと目論んだアスカだが、すぐに他の量産機がサポートに回る。

咄嗟にかわした為、ダメージこそ無いがおかげで攻撃の機会を失ってしまった。


(やっぱりダメか……)


ひどく人間的な動きをする。

それが映像で見た時のアスカの量産機に対する感想だった。

淀みの無い、スムーズな動き。

他の機体を即座にカバー出来る連携の良さ。

映像を見てイメージはしていたが、実際に見てみるとその隙の無さがまざまざと分かる。

もしかしたら前に来た時よりも動きは良いかもしれない。

更に相手は九機。

アスカの背中に冷たい汗が流れる。


(出来れば最初ので一機だけでも落としたかったけど……)


このままではやられる。

その考えがアスカの脳裏をよぎる。

何せ、最初の一撃以外に有効打を当てられていない。

アスカの方もダメージらしいダメージは受けていないが、それがいつまで持つか。


「くっ!!」


睨みながらアスカは蹴りを繰り出す。

量産機はそれをガードするが、四号機のパワーが勝ったか、後ろに弾き飛ばされる。

更に四号機は詰め寄り、連続してパンチを放つ。

だが量産機はガードを崩さない。

その隙に他の量産機がアスカに体当たりを仕掛ける。

いち早くそれを察知したアスカはガードをして少しバックステップをする。

威力は吸収出来たが、今度は背後から別の量産機が剣を振るう。

アスカはそのままわざと体勢を崩して、横に振るわれたそれをギリギリでかわした。

続いて更なる剣が四号機に向かって突き立てられる。

機体を横に転がして避けるが、腕をかすめ、傷から紅い体液がにじみ出る。

わずかにアスカの顔が歪む。

だがそれもわずかな時間の事で、すぐにアスカは反撃に転じた。

起き上がりながら、アスカは近くにいた量産機の足を払う。

バランスを崩して地面に倒れる量産機。

その量産機が持っていた剣を奪うと、アスカはそのコアに突き立てた。

手を天に伸ばし、身をピクピクと震わせる。

それもすぐに止まり、量産機は完全に活動を停止した。


「erst……」


アスカは小さな声で呟くと、すぐに次の量産機に掛る。

二体の巨人が振るう大剣がぶつかる。

轟音が空気を震わす。

反動でお互いが体勢を崩し、四号機もたたらを踏んだ。

だがアスカはすぐに体勢を立て直し、弾かれた勢いを利用して横なぎに剣を振るった。

空を切り裂き、剣風が周囲の木々をなぎ倒す。

そしてその先にいる量産機の体を真っ二つに切り離した。

鮮血の様な体液を天に向かって吹き上げながら倒れる。

なおも動こうともがく量産機に、アスカは剣を最初の量産機と同じ様に突き立てた。


「zweite!」


アスカは息を荒げながら叫ぶが、休む暇は与えられなかった。

背筋に寒気を感じたアスカは、倒れこむように四号機を転がした。

その首元を鋭い剣が通り過ぎていった。

慌てて立ち上がったアスカだが、起き上がった所にも量産機の姿があった。

突くように繰り出された剣を、アスカは上半身を反らしてやり過ごす。

その際に無防備になった下半身に向かって蹴りが量産機から出された。

堪らず、アスカは大きくバランスを崩した。

その隙を狙って数体の量産機が一斉に飛び掛る。

機体を捻って最初の一撃をかわす。

だが次の剣での攻撃を避けられないと思ったアスカは、何とか自らの剣で受けようとした。

しかし体勢が悪すぎた。

踏ん張りが効かず、受け止めることは出来たものの、剣ごと四号機は弾き飛ばされた。

倒れこむことは避けたが、休むことなく量産機の攻撃は続く。

すでにアスカの集中力は限界に近づいていた。

わずかだが四号機の動きは鈍り、そのことをアスカ自身も自覚していた。


「ちぃっ!!」


舌打ちしながらもアスカは機体を動かし続ける。

量産機のパンチをギリギリでかわしたところで、アスカは一度間合いを取るべく、真紅の機体を上空に躍らせた。

だがこれはアスカの失策だった。

アスカとしては、連続するギリギリの戦いに磨り減った集中力を取り戻すためだったのだろうが、それを量産機は許さなかった。

着地の瞬間を見計らって、量産機から何本もの剣が同時に投擲された。

それは飛びながら形を変え、ロンギヌスの槍へと変わった。

一本目は四号機の足元に外れた。

だが二本目は確実に右足を貫く。


「アアアアアアアアァァァァァァッ!!!」


アスカの叫びが響く。

叫びの間にももう一本、更に一本と四号機の体を貫く。

更なるアスカの叫びが木霊する。

それでもシンクロ率が以前より低いことが幸いしたか、体の中心を狙って投げられた物は何とかフィールドを展開し、角度を変えてかろうじて避けた。

だが、すでにアスカに戦う力は残されていなかった。

足を襲う激しい痛みに、視界がかすむ。


(また…ダメなの……?)


アスカの脳裏に三年前が蘇る。

貫かれる眼球

貫かれる肉体

犯されるカラダ

喰われる手足

捕食される臓腑


(動け……)


恐怖に駆られ、トリガーを激しく動かす。


(動け、動け…動きなさいよ……)


ガチャガチャ、という音だけが空しく響く。


「動きなさい…速く動きなさいよ……」


量産機が動き始めたのがアスカの目にも入る。

だが、四号機は鈍い動作で移動するばかり。

四号機には母は居ない。

四号機はアスカの願いにも何も応えてはくれなかった。

目前に迫る量産機。

勝負を決めるために、一気に四号機に襲い掛かる。

殴られる四号機。

蹴り飛ばされるアスカ。

有り得ない方向へ曲がる腕。

鈍い音を立てる膝。

視界が漆黒にそまりそうになる。

痛みに悲鳴を上げ、アスカは意識を手放したくなる誘惑に襲われた。

それでもアスカは耐えた。

今出来る、最大の強度のフィールドをアスカは展開した。

もっと強く、固く…

目を閉じ、心で強く念じる。

作り出された拒絶の壁は、殴りかかる量産機からアスカを守った。

量産機は拳を振り上げ、A.Tフィールドの壁を何度も殴る。

しかし、アスカ全力の、結界とも言えるまでに強くなったフィールドはびくともしない。

そこで量産機は一旦皆退いた。

そしてまだ手元に剣を持っていた量産機が、それを槍に変化させる。

投擲体勢に入る量産機。

あらん限りの力を持って、量産機は神殺しの槍を投げた。

空気を切り裂く音が響き、次いで槍がフィールドと接触する。

火花が散り、辺りを焦げ臭い匂いが満たす。

だが、レプリカとは言えロンギヌスの槍。

アンチA.Tフィールドを発生させるそれは、徐々にアスカのフィールドを切り裂いていった。

その光景を、アスカはじっと見つめていた。

槍の先端はすでにフィールドを通り抜けていた。

今フィールドを消せば、確実に槍は四号機を貫く。

かと言って、このままでもいずれは槍は自分を貫くだろう。

まさに八方塞り。

スローで流れる目の前の光景をアスカはどこか他人事の様に見ていた。

槍はもう叉の部分まで貫通していた。

アスカは諦めた様に目を閉じた。

何かが砕ける音がした。

それに伴ってアスカの意識は闇に閉ざされ……無かった。

恐る恐るアスカが目を開けると、そこには新たな巨人が槍を真っ二つに折り砕いていた。


「バカ……遅いわよ……」











本部内外で激しい戦闘が行われる中、トオルは本部内での戦闘状況を腕を組んで見守っていた。

幸いにして戦死者は相手と比べてそれほど出ていない。

それでも多数の死者が出ていることに変わりなく、戦況は明らかにネルフ側不利だった。

本部中心近くに位置する、戦自用簡易司令室まではまだまだ戦線は遠い。

だが、トオルの耳には激しい戦闘音が聞こえてくるように思えた。

トオルは手元の無線に目を遣る。

先程から何度も見ているが、未だ発令所からの連絡は無い。


(外も苦戦してるのか……)


焦りがトオルの中で成長する。

外の状況が見えない環境が辛かった。

それでもトオルはそんな素振りは見せない。

指揮官たる者、如何なるときでも泰然たれ。

それがトオルの中の哲学。

最初と変わらぬ様子で、トオルは報告される戦況を聞いていた。

その時、無線に連絡が入った。


「はい。ああ、葛城二佐。どうしました、そんなに慌てて。」

「まずい知らせだわ……

 レイナちゃんが病室から居なくなったわ…」


明らかにトオルの表情が変わった。

何とか動揺を押さえ込もうとするがうまくいかない。

顔が強張り、汗が額に浮かんでいた。


「今急いで探させてるけど……

 え?分かったわ、ありがと。

 もしもし?見つかったわ。

 今、E−32を通って、多分ドグマの方へ向かってるわ。

 でも何で……」


レイナが見つかった。

そして移動しているということは、レイナが意識を取り戻したという事に他ならない。

トオルは幾らか落ち着きを取り戻した。

だが、すぐに重大な事実に気付いた。


「E−32…!!

 分かりました、すぐにこちらで保護に向かいます。」

「お願い。そしてすぐに……」


ミサトが何か言いかけていたが、それを無視してトオルは無線を切った。

そしてトオルは頭の中で、現在の状況を整理する。

芳しくない戦況。

とてもレイナの為に避ける人員など無い。

だがネルフの為にも、何よりレイナの父親として放ってなどおけるはずが無い。


(どうする……)


時間は無い。

E−32通路はすでに近くまで侵入を許している。

一通り戦闘術は教え込んではいるが、もし武装している相手に出会ったなら……

そこまで考えてトオルは頭を振った。


(いかんな…悪い想像ばかりしてしまう……)


もう一度想像を振り払うかのように、トオルは頭を振った。

これからどうするか。

トオルは珍しく決断を迷っていた。


「三佐!!E−28通路が突破されました!!」


副官が大声で叫ぶ。

もう迷っている時間は無かった。


「……三沢一尉を呼んでくれ。大至急だ。」


トオルに言われて副官はヒロキを無線で呼び出す。

すぐに返事が返ってきて、無線からヒロキの声が聞こえてきた。

無線からは特別何も他の音は聞こえてこない。

トオルは少し安心すると、口を開いた。


「一尉に頼みがある。

 一時的に全指揮権を一尉に委任したい。

 ただしこれはあくまで命令では無く、お願いだ。

 どうだろう、引き受けてくれないか?」

「……一つお聞きしてよろしいでしょうか?

 もし私が断ったらどうなさるつもりですか?」

「別にどうもしやしないさ。

 他の奴に頼んでみるだけだ。」

「なら答えは決まってますよ。

 指揮権なんてものをみすみす他の奴に渡すわけにはいきませんよ。」


少しおどけた口調でヒロキは引き受けた。

訳も聞かず、特に何も言うこともなく二つ返事で。

それが余計にトオルにとって嬉しくもあり、申し訳なくもあった。


「すまないな…」

「いいですよ。私は指揮官としてより、兵士としての貴方に憧れてました。

 ぜひ帰って来たら新たな武勇伝を聞かせて下さい。」

「了解した。楽しみにしておいてくれ。」


ヒロキとの無線を切ると、トオルは味方全員にチャンネルを開いて通達した。


「これより全部隊の指揮権を一時的に三沢一尉に委任する。

 繰り返す。全指揮権を三沢一尉に委任する。

 以降、三沢一尉に命令を仰げ!以上!」


通達を終えると、すぐさまトオルは準備を始めた。

副官の男は黙って事の推移を眺めていたが、やがて口を開いた。


「指揮権も手放してどちらに行かれるのですか?」

「…網谷レイナを……娘を助けに行ってくる。」

「それは三佐が現場を放棄してまでなさる価値があるものなのですか?

 チルドレンなのですから、ネルフに任せておけばよいはずです。」


非難の篭った口調で、副官はトオルを問い詰める。

トオルは無言で、準備を淡々と進めている。

だが、副官はトオルの無言を肯定と受け取った。


「……正直失望しました。

 私も三佐の噂は聞いています。

 どんな方かと思っていたら、このように公私を混同なさるとは思いませんでしたよ。」

「…そうだな。君の言うことも、もっともだと思う。

 だが、私は軍人であると同時に父親でもあるんだ…

 過去二回、私は娘を守ってやれなかった。

 だから今回こそ守ってやりたいんだ……」


この命に代えても。

そう副官に告げると、トオルは銃器のチェックに入った。


「勝手ですね…」

「ああ、自分でもそう思う。

 私が君の立場でも非難するだろう。」


だから幾ら非難してくれても構わない。

そう言ってトオルは武器を手に取ると、部屋を出て行こうとする。

止められない。何を言おうとも。

それを察した副官は、帽子を目深に被り、トオルに背を向けた。


「…まだ言い足りません。

 だから…すぐに用事を片付けてここに帰ってきてください。」


副官の言葉に、トオルは無言で敬礼をした。

そして、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。












レイナはゆっくりと慎重に足を進めていた。

つい先程まで激しく銃声が聞こえていたが、今はそれが鳴りを潜めている。

その事が、逆にレイナを警戒させていた。

足音を消し、壁伝いに前へ進む。


(血の臭いがする……)


警戒を強め、角からそっと顔を出して先を確認する。


「うっ……」


凄惨な光景だった。

壁には紅い血がべっとりと張り付き、床にはそこら中に血溜りが広がっていた。

その上には体中に穴を開けた男や、首筋を切り裂かれた兵士が何人も横たわっている。

息苦しいほどの臭いが立ち込め、レイナは思わず口元を覆った。

だが、目的のエレベーターはこの先にある。

レイナは息を半ば止めながら、再び歩き始めた。

ピチャ、ピチャ、と一歩進むごとに静かな通路に音が響く。

白い素足の裏が紅に濡れ、ぬめりが気持ち悪い。

転ばない様に、と壁についた手にも乾きかけの血がついた。

全身を這い回る気持ち悪さを堪えながら、レイナはエレベーターまで歩き続けた。

エレベーターまで後一歩と言うところで、レイナは人の気配を感じた。

だが敵意は感じない。

姿は角になっていて見えないが、特に何をしているわけでもなさそうだ。

タバコを吸う手だけが見えていた。


「…誰……?」


意を決してレイナは声を掛けた。

すると、角から顔が出てきた。

乱れてはいるが、きちんとオールバックにセットされた髪。

何かを睨むかのように細められた眼。

血の臭いに混じる硝煙の臭い。

どれもとっても、レイナには馴染みの無い姿だった。

それでも、レイナはすぐに相手が分かった。


「お父さん……」

「よぅ…遅かったな……」


壁に体を預けて、トオルはタバコを吸っていた。

戦闘服のあちこちに紅いものが付着し、顔や手もところどころ紅く染まっている。

タバコを咥えたまま、トオルは軽い感じで手を上げてレイナの声に応じた。


「…何やってるの?」

「何って、見ての通りだよ。こいつらをこれから先に行かせる訳にいかなかったからな。

 手荒いことはしたくは無かったが、そういう訳にもいかなかった。」


腕が落ちたな。

そう言ってトオルは笑った。


「そうじゃなくって!!」

「何でここに居るのか、ということか?」

「そうよ。早く……」

「別に大した理由は無い。

 他の人がそうであるように、俺も今、というものを守りたかった。

 そして、俺には微力ながら守れるだけの力があった。

 ならその力を使うのは当然だろう?」

「違う!そう意味じゃなくって!!」


尚も何か言おうとしたレイナだったが、それもトオルに阻まれた。


「今はこんな事を言ってる場合じゃないだろう?

 前に俺がお前に聞いた事、言った事を覚えているか?」


また新たにタバコに火を点けながら、トオルはレイナに尋ねた。

表情は飄々とした物から、真面目で何もかもを見透かすような物に変わっていた。


「覚えてるけど……」

「なら早く行け。

 早くしないと手遅れになっちまうぞ。」


エレベータを指差しながら、トオルはレイナを促す。


「お前にも決めたことがあるんだろう?

 家を出て行く前に悩んだんだろう?

 後悔しない様にって、守りたいものを失わない為にお前は、来たくも無かったここに来たんだろう?

 覚悟を決めたんだろう?

 じゃあ俺の事は気にせず、前に進め。」


そう言うと、トオルはエレベーターの扉を開けた。

レイナの手を引いて中へと入る。

そして、レイナだけを残して、トオルはエレベーターから出たところで振り向いた。


「そう言えば、シンジ君はどうしてる?」

「……今は私の中で眠ってるわ。」

「そっか……俺の息子だからな。

 一度くらいは会っておかないとな。」

「そうだね。是非とも今度会ってあげて。」


じゃあ。

レイナは手を振り、笑顔を浮かべた。

そしてエレベーターの扉が閉まり、レイナの姿はトオルから消えていった。

眼に浮かぶ涙をトオルの記憶に残しながら。

レイナが見えなくなると、トオルは大きく息を吐き出した。

二本目のタバコを吸い終わり、灰が足元に落ちる。

ポケットから三本目を取り出し、また火を点けた。


(折角長いこと禁煙してたのにな……)


久々に味わうタバコを吸いながら、トオルはぼんやりとそんな事を考えていた。


「全く…分かっちゃいたけど、子育ても楽じゃないな……」


一人になった通路でぼやいてみる。

タバコの煙だけが動いていた。

数分後、トオルの手からタバコが零れ落ちる。

血溜りに落ちたタバコはジジジ…と音を立て、やがて完全に火は消えた。










降下を続けるエレベーターの中、レイナは腕で涙を拭う。

それでも涙は止まらない。

何度も、何度も拭ってレイナは顔を上げた。

何とか涙を堪えようとするが、止め処なく溢れてくる。

やがて目的の階に着いたのか、チン、と音を立ててエレベーターが止まる。

だが、レイナは降りなかった。

涙で濡れた目で、じっと階数ボタンのやや下を見つめる。

すると、再び扉が閉まり、また更に下へと降り始めた。

設置されている階数よりもかなり地下へと潜る。

どれくらい潜ったか、すでに分からない。

エレベーターの階数表示も、もはや動いてはいない。

ネルフ本部の最深部とも言える所で、エレベーターは止まった。

扉が開き、レイナは一歩踏み出した。

その途端、先にある巨大な扉のロックが電子音を立てて解除される。

先に続く長い通路をレイナは歩き続けた。

数分、暗闇の中をしっかりした足取りで歩いたところで、レイナは足を止める。

目の前にある、三年前に分かれたもう一人の自分。

大きな体をがっちりと固定され、物静かにたたずんでいる。


「行くよ…もう一人の私……」


レイナの呟きと共に、その双眸に光が灯った。









「アスカ!!」


足を貫かれた四号機を見て、ミサトは叫び声を上げた。

エヴァ同士の戦いに、発令所からは何も支援できない。

三年前にはあったジオフロント内の兵装ビルも、その時以来破棄され、攻撃施設は何も残っていない。

歯痒さにミサトは爪を噛んだ。


「アスカ!もう少し時間を稼いで!

 そうすればコウヘイ君が戻ってくるから!」


アスカに向かって叫ぶが、通信機器が故障したのか、アスカには届かない。

色んな事が予想外だった。

前より更に量産機―――つまりはダミープラグ―――の性能は上がっている。

アスカがこうも短時間で追い詰められるとは思わなかった。

アスカもかなり頑張っていた。

二機を戦闘不能にしただけでも本来なら十分なのだ。

だが、出来ればもう少し時間を掛けたかった。

それが比較的短時間の戦闘になったのは、他ならぬアスカの能力とダミーの所為だった。

スムーズに戦闘が続いたことで、またダミーがアスカに息を吐かせない程続けて攻撃を仕掛けたことで、時間が掛からなかった。

すでにコウヘイが本部へ帰還しているとの連絡は入った。

後数分。

それが足りない。

何か出来ることは無いかと、ミサトは頭を捻る。

だがすぐに名案が浮かんでくるはずも無い。

悔しさに、握りこんだ右手の爪が皮膚に食い込む。


(何て…何て無力なのよ!!)


案の代わりに出てくるのは、自らの不甲斐無さに対する愚痴ばかり。

ミサトの思考がそのループに陥った時、本部をこれまでと違った揺れが襲った。

次いで鳴り響くアラーム。


「今度は何!?」

「本部最深部より何かが上昇して来ます!!」

「識別コードに合致する物がありません!

 目標不明!!」


オペレーターの報告の声が響く中、通信を示すランプが光った。

そしてモニターには、地下から上がってくる、光の翼を広げた紫の巨人の姿が映し出された。


「エヴァ初号機……」

「ミサトさん!!」


ミサトがその名を呟いた時、レイナがミサトを呼んだ。


「レイナちゃん!?」

「今すぐ隔壁を全て開放してください!!」

「わ、分かったわ!

 外に出たらすぐにアスカを!!」

「はい!!」


ミサトがすぐさまに指示を出し、初号機の上部に広がる隔壁がゆっくりと開いていった。

それらを半ば壊しながら、初号機は上空へ昇って行く。

光が祝福するかの様に、紫の機体を照らす。

すでに大分傾いた太陽が、上空に躍り出た初号機を優しく包み込んだ。


「アスカ!!」


レイナが地上を見下ろすと、すでに量産機は槍を投げ終え、それをアスカがフィールドで何とか堪えている状態だった。

すぐにレイナは機体を急降下させる。

まだ量産機達は初号機の存在に気付いていない。

落下のエネルギーを利用して、レイナはフィールドに突き刺さっている槍を砕いた。

所詮レプリカでしか無い槍は、呆気なく真っ二つに折れる。

そして、そのままレイナは量産機の前に立ち塞がった。


「アスカ!大丈夫!?」

「大丈夫じゃないわよ!

 全く、来るのが遅いわよ。」

「ごめん。」


レイナは量産機から目を離さないまま、雑音混じりに聞こえてくるアスカの声に言葉少なに謝る。

量産機達は初号機の登場に戸惑ったように、一時その動きを止めていたが、またすぐに初号機に向かってきた。

後一歩の所まで迫るが、それ以上は初号機に近づくことが出来なかった。

金色に輝く壁が立ち塞がり、それ以上の接近を拒んでいた。

それを見て安心したのか、はたまた大丈夫と予感していたのか、アスカは平然と話を続けた。


「まあいいわ。

 それで……シンジは…」

「私の中で眠ってるわ……」

「そっか…

 また会えるかな?」

「多分、無理だと思う…」

「そう……」


それを聞いて、アスカは気が抜けた様にプラグに背をもたれた。

大きく息を吐き出し、気泡が少しLCLの中に混じる。


「アタシはちょっと休ませてもらうわ。

 すぐに復帰するからそれまでよろしく。」

「分かったわ。

 …あの、アスカ……」


アスカの頼みを了解したレイナだが、何か聞きたいことがあるのか、アスカに呼びかけた。

だがその後が続かない。


「何よ?」

「私の事…知ってるんでしょ……?

 その……私の事、信頼して…くれるの?」


アスカは何を言っているんだ、とばかりに怪訝な顔をするが、すぐに合点が行った。

レイナは自らの存在と生まれについて言っているのだと。

確かにレイナはその存在と生まれ、両方が異常と言えば異常だ。

少し前―――三年前―――なら、アスカもレイナの事を使徒だ何だと騒ぎ立てたかもしれない。

とても信頼など出来なかっただろう。

だが今はそんな事は無い。

アスカ自身も少しは成長したつもりだし、大事なのはその人となりだと考えられるようになった。

その点では、短い時間ながらもレイナは信頼できた。

勿論、こう考える人は少数派だとアスカは思う。

人は異端を忌み嫌う生き物だから。

だから、レイナの不安も理解できた。


「何言ってんのよ、アンタは。

 アンタはアンタ。

 アタシはアンタに任せられると思ったから任せるのよ。シャキッとしなさい。」

「アスカ……」


アスカの励ましに、レイナは目頭が熱くなるのを感じた。

涙を堪え、量産機を睨みつける。

無駄な力を抜き、それでいていつでも動ける様にレイナは体勢を取る。

溜め込んだ力を解放しようとした時、レイナにミサトから通信が入った。


「レイナちゃん、アスカの様子は分かる?

 こっちからはモニター出来ないのよ。」

「大丈夫です。モニターには移りませんけど、声から判断すると多分無事です。」


そうレイナが告げると、モニターからもミサトが安心したのが良く分かった。


「そう。

 ならレイナちゃんは出来るだけ時間を稼いで。

 もうすぐコウヘイ君が帰ってくるから。」

「了解です。」

「それと、これは推測なんだけど…

 一番奥の量産機を攻撃する時は狙ってみてくれない?」

「一番奥、ですか?」

「ええ、さっきから一番後ろの奴だけ積極的に戦闘に参加してないのよね。

 それに量産機の連携があまりにも良すぎるわ。

 もしかしたら、その機体が何か司令塔の様な役割をしてるかもしれないわ。」

「分かりました。やって……」


ミサトの指示に同意を示そうとした時、レイナは背中にゾワリとしたものを感じた。

フィールドを解いて、四号機を庇う様にしてその場を飛び退く。

四号機を抱えたまま地面を転がり、先程まで居た所を見ると、そこには槍が刺さっていた。

飛んできた方を見てみれば、先程ミサトが指示した量産機が投擲後の体勢を取っていた。


「まだ残ってたの!?」


砂嵐のモニターからアスカの声がレイナの耳に入る。

レイナは右脇に四号機を抱えながら走り出した。

それを追うように量産機も動き出した。


「ミサトが言った途端に動き出すなんて、相手も焦ってるわね。」


もっとも相手が通信を傍受してればだけど、とアスカは付け加えた。

レイナは何も言わず、走り続ける。

その動きには四号機を抱えている事など感じさせない。

右へ左へ、と軽やかに踊る初号機に量産機は中々捉えることが出来なかった。


「アスカ。」


動き回りながら、レイナはアスカに呼びかけた。

ザザザ、と雑音に混じってアスカの声が聞こえてくる。


「どうしたの?

 ああ、私の事は気にしないで置いてっていいわよ。

 速くは動けないけど、フィールドでしばらくは持ちこたえられるわ。」

「じゃあ、私が今から四号機を遠くへ投げるから上手く受身を取って。

 その後全力でフィールドを展開して。」


アスカからはレイナの表情はうかがい知れない。

だが、その口調からアスカは、レイナに何か策があるのだと思い、すぐに了承した。


「OK。

 何か策があるんでしょ?それ位お安い御用よ。」

「ごめんね……」


その謝罪は四号機を粗雑に扱うことへの謝罪だと、アスカは思った。

だから適当な返事をレイナに返すと、いつ投げられてもいいように心の準備をする。

レイナが四号機を力の限り投げ飛ばす。

アスカの視界が目まぐるしく回る。

それでもアスカは何とか姿勢を制御すると、四肢を使って這いつくばる様にして着地した。

そして言われた通り、すぐにフィールドを全開にする。

金色の壁がアスカの四方を取り囲む。

レイナはそれを確認すると、自らも再び結界とも言えるフィールドを展開した。

それによって量産機の動きもまた制限される。

これから何をしようというのか。

固唾を飲んで、ミサトもアスカもモニター越しにレイナを見守った。

その視線の中、レイナは右手を上空に掲げた。

その意図が図れず、皆同じ様に怪訝な顔を浮かべる。

だがそれもオペレーターからの報告ですぐに判明した。


「大気圏外から高速で接近中の物体有り!!」

「何だと!?」

「ロンギヌスの槍か……」


ゲンドウの呟きに答えるように、モニターに深紅の槍が姿を現す。

音速を遥かに超える速度で地球に降りて来たそれは地上を間近にして、急速に速度を落とした。

ゆっくりと天に掲げた初号機の掌の中に納まる。

ブン、と音を立てて、初号機はそれを振り下ろす。

最強の機体が最強の武器を手に入れた。

ミサトは勝敗の行方を確信した。

負けるわけがない、負けるはずがない。

ミサトの握り締めた拳にも力が入る。

量産機達も警戒するように、姿勢を低くする。

アスカも、フィールドには気をつけながらもレイナの挙動から目を離さない。

初号機はたくさんの目に見られながらじっとしていた。

振り下ろした後、特に動き出すことなく、ただじっと…

自然な体勢で立っているだけだった。


「レイナちゃん……?」


不審に思ったミサトがレイナに声を掛ける。

もしかしたら何か異常が起こったのではないか。

そんな不安に駆られての行動だったのだが、レイナからは落ち着いた声で返事が来た。


「ミサトさん……」

「レイナちゃん、大丈夫?

 何か問題でも起こったの?」

「マヤさんも、日向さんも、青葉さんも、冬月さんも…ゲンドウさんも……

 短い時間でしたが、お世話になりました。

 そしてご迷惑をお掛けしました。

 ごめんなさい…そして…ありがとうございました……」

「レイナちゃん……?」

「他の皆さんも…色々とありがとうございました。

 今すぐに自分を強くイメージして下さい……」


レイナの口から感謝の言葉がとうとうと紡がれる。

淀みなく、それでいて急いている様でもなく、清らかに…


「何を言ってるの…?」

「さよなら…」


別れの言葉と同時に、初号機は槍を自らに向ける。

左手を胸に当て、一気に胸部の装甲を剥ぎ取る。

そこには、槍と同じ深紅のコアがあった。


「レイナちゃん!!」

「やめるんだ、レイナちゃん!!」


発令所から口々に静止する声が聞こえてくる。

それらは勿論レイナの耳にも届いた。

しかし、レイナは右手に力を込めた。


「世界を本来の姿に…

 そして…皆に幸せを……」

「こんのぉバカレイナァァァァ!!!」


コアにロンギヌスの槍が突き刺さる。

その途端、血管の様な模様がコアを中心に広がる。

コアから槍へ、そして初号機の全身へと。

全身に行き渡ると、今度は光が溢れ始めた。

弱くて強い、淡いようで眩しい、そんな矛盾した光が満ち溢れる。

その光に誰もが目を閉じる。

そんな中、一機の量産機が飛び出した。

フィールドの壁を乗り越え、光の中に飛び込む。

光の海を泳いで初号機に近づく。

付近が完全に光に包まれていく。

その直前、飛び出した量産機の手が突き刺さった槍に届いた。

そして辺りは完全に真白な輝きに包まれた。

































「う……」


男は目を覚ました。

遠くから潮騒の音が聞こえる。

アルベルトはその身を起こして、辺りをぐるりと見渡した。

波が押し寄せる音は聞こえるのに、どこにも海岸が見当たらない。

それどころか、どこまで行ってもただ白い世界が広がっていた。

アルベルトは何となく歩き始めた。

特に理由は無い。

ただ、何となく歩き始めた。

どうして自分がここに居るのか、そもそもここは何処なのか。

それすらも分からなかったが、不思議と不安は無かった。

何処からとも無く聞こえる潮騒の音が落ち着かせてくれているのだろうか。

そんな事を考えながら、アルベルトは歩き続けた。

不意に音が途切れる。

それに気が付いたアルベルトは、立ち止まり左右を見回す。

しかし辺りは相変わらず白いばかりで、何一つとして物は存在しない。

何かしらの変化を発見できなかったアルベルトは、探すのを諦めて正面に視線を戻す。

顔を上げてまた歩き出そうとしたが、動きかけた足を止めた。


「……」


アルベルトは言葉を失った。

目の前には一人の少女が立っていた。

背景の白よりずっと白い、純白という言葉がぴったりとはまる翼を広げた少女。

一糸纏わぬ姿の少女がじっとアルベルトを見つめていた。

美人と言えばそうかもしれない。

だが絶世の美女でも美少女とまではいかない。

しかし、アルベルトはその少女を美しいと思った。


「……リリスか?」


ふと頭に浮かんだ名前を口に出してみる。

すると少女は困ったように微笑んだ。


「半分正解、といったところかしら?」


正しくはリリスのコピーね。

そう言って、レイナはまた微笑んだ。


「ならば、さっきの初号機か?」


アルベルトがもう一度答えると、レイナは驚いた表情を浮かべた。


「よく分かったわね。

 普通エヴァに魂があるとは考えないと思うけど。」

「初号機の事は色々と調べたからね。

 そしてずっと探してたよ。」

「インパクトを起こす為に?」


その言葉に、アルベルトは光に包まれる直前の事を思い出した。


「何故インパクトを起こしたんだ?

 って起こしたのは君に乗ってた奴か……」

「いいえ、私よ。

 私が初号機に乗ってたの。

 でも貴方も起こすつもりだったんじゃないの?」


言われてアルベルトは頭を掻いた。

確かに自分もそのつもりだった。

その自分がそんな事を聞くのもおかしい。


「まあ…それはそうなんだが……

 それはそうと、初号機の君が初号機に乗るっていうのはどういうことだ?」

「私の名前は網谷レイナ。

 調べてたなら当然知ってるでしょ?

 詳しい事は省くけど、私は人として生きてたの。」

「そうか、君が……

 なら尚更だ。

 どうしてインパクトを起こしたんだ?」

「この世界は本来の姿とはかけ離れてしまったの……

 人が心を読めたり、A.Tフィールドを張れたり……

 それは人には本来、出来るはずが無いことだから…」

「だからそれを戻そうとしたのか?」


レイナは頷く。

それをアルベルトは不快そうな表情を浮かべて聞いていた。


「だが、それは君が決める事じゃないだろう?

 事実、人が心を読めるようになって悪いことばかりじゃない。」

「そうね。もしかしたら人の力だけでそこまで進化できたかもしれない。

 心が読めるようになったことを歓迎してる人も居るでしょうね。

 だからこれは私のエゴだわ。」

「それが分かってて、それでも起こしたのか?」

「ええ。

 でもどうして貴方はさっきから私を咎めることばかり言うの?

 やろうとした事は貴方も同じじゃなくて?」


言われてアルベルトは気付いた。

何故自分はこうもこの少女に反論したがるのか?

自分も父の跡を継いでインパクトを計画し、ここに居るでは無いか。


「それが貴方の本心。

 貴方は決してお父さんの考えを全体的に肯定してるわけではないわ。」
「そんな事は無い。

 私は……」

「ここでは嘘は通用しないわ。

 心が、思いがそのまま言葉になる。

 だから貴方の口からは否定の言葉ばかりが出る。」

「私は……」

「貴方はただお父さんの無念を晴らしたかっただけ。

 お父さんへの思いが、貴方のインパクトに対する疑念を上回ったから、貴方は動き出した。」

「父は…キールは素晴らしい人だった。

 私と母を心から愛し、何万、何十万という社員を守る為に昼夜を問わず働いていた。」

「ええ…そうね。」

「セカンドインパクトもそうだ。

 他の連中はどうだか知らないが、あれも父は断腸の想いで決断した。

 その時の疲労とストレスで視力も失った。」
 
「人類を…人を心から愛していたのね。」

「全ては人類全体の事を想って父はサードインパクトを起こした!

 だが!事は失敗し、父には大罪人の汚名が着せられた!

 父の考えは誰にも知られること無く、それどころか人類を滅ぼそうとしたなどと言われる始末だ!」

「だからそれを公表したネルフを攻撃したのね?」

「そうだ。

 今更本当の事を言ったって誰も信じやしない。

 ならば父の汚名を、無念を晴らすためには、もう一度インパクトを起こして人類を更に進化させるしか無かった。」


そこまでアルベルトは力強く主張していた。

しかし、次には力無くうな垂れた。


「だが言われてみると、確かにインパクト自体はどうでも良かったのかもしれないな……

 父の跡を継ぐこと、それ自体が重要だったのかも知れない。

 それでも、もう私は後戻りは出来ないよ……

 その為に自分の会社を半ば潰し、日本を敵視する各国に協力を要請した。

 データを得る為に各地で紛争を起こし、エヴァをそこで作った。

 人材を確保する為に脅迫もした。」

「矛盾してるわ。」


レイナが指摘すると、アルベルトは無言で頷いた。

そして自嘲の笑みを浮かべる。


「そう、矛盾してるのさ。

 人類を想った父を受け継ぐと言っておきながら、人類を苦しめていたんだ。

 でもそれすらも私は気付けなかった。」


そう言うと、アルベルトは小さく笑った。

全てを悔やむような、情けない様な表情を浮かべて。


「なあ……」

「何?」

「これから…人類はどうなるんだ?」

「今後については分からない。

 ただインパクトが終われば、人類は前と同じに戻る。

 LCLに溶ける事も無いわ。

 そして、これまでと同じ日常が続いていく……」

「なら、一つ頼んでいいかい?

 人類を、人をほんの少しでいい、優しくして欲しい……」

「それが貴方の望み?」

「ああ…私の些細な自己満足と、父の願いを果たして欲しい。」


君の考えには反するかもしれないが。

そうアルベルトは付け加えた。

レイナはしばらく考えていたが、やがて頷いた。


「いいわ。私も子供達に傷ついて欲しくないもの。」


そう言ってレイナはアルベルトに手を差し出した。

その手を、アルベルトは嬉しそうに握った。

心の底からの笑顔を浮かべて。


「ありがとう。」


そしてアルベルトの意識は光に包まれた。















光が溢れた。

初号機から溢れ出した光はジオフロントを、第三新東京市を、日本を、そして世界を包み込んだ。

柔らかな光がヒトの心を満たしていく。

その中心から巨大な人影が姿を現す。

白いその体は雲を抜け、長い髪が地上に垂れる。

両手を広げ、全身を使って月明かりを受け止める。

その体から、腕から新たに光が溢れ始めた。

その光もまた世界中に広がっていく。




「何だ…これ……?

 何でまた涙が……?」




「どうして……悲しくないはずなのに……

 何で涙が止まらないの……?」





「何や、一体……

 どないしたんや……」









欠けた心が満たされていく。

決して全てが満たされたわけではない。

それでも、確かに心は満たされた。

その喜びは涙となって世界に雨を降らせた。

決して失われる事の無い、歓喜の記憶を人々に残す。

光の次には、世界で歓喜の叫びと涙が溢れ出した。








徐々にレイナの姿は薄れだした。

体から溢れた光は消え去り、薄くなったその体を月に反射した光が通り過ぎていく。

その存在が、生物の死でも無く、ただ存在が消え去っていく。


(これで…いいの……)


体が薄くなっていくにつれて、レイナの意識も遠のいていった。

その中で、レイナはぼんやりと空を眺めていた。

すでに日は沈み、上空には普段よりも大きい満月が顔を出している。


(そうこれで……)


レイナは全身の力を抜く。

もう、何も感じない。

ただ、眠かった。


(ダメだよ……)


何処からか、声が聞こえる。

女性の声より低い、それでいて甲高い少年の声。


(勝手に終わらせちゃダメだよ…

 まだやることが残ってる……)


何だろうか?

レイナは全てをやり終えたつもりだった。

だから少年の言うことに心当たりは無かった。


(お父さんを……)


ああ、そうか。

お父さんを連れて帰ってあげなきゃいけなかった。

それに思い至ったレイナは笑みを浮かべた。

そしてレイナの意識は光に包まれた。


























NEON GENESIS EVANGELION



ONEMORE FINAL EPISODE




Everyone can't Love Me, But I will Love You.























「もういいの?」


私の頭の上からミサトさんの声が聞こえた。

その声に私の口から、少年の声で返事が返された。


「ええ、もう全て伝えましたから。」


それにもう長い時間体を借りる力はありませんから。

ミサトさんにそう告げると、私の体に自由が戻ってくる。

手足を軽く動かしてみる…うん、特に問題は無い。

シンジにこちらから体を明け渡すのは初めてだったから、少し不安だったけど、大丈夫のようだ。

そして、私はもう一度正面を見て手を合わせる。


「トオル君も幸せ者ね。結婚もしてないのに立派な子供が二人も居て。」


ミサトさんも手を合わせながら、お墓に向かってそう語りかけた。

あれから一年が経った。

世界中から攻撃を受けた日本だったけど、すぐに停戦に持ち込むことが出来た。

日本にとっては不利な条件での講和条約だったけど、しょうがないと思う。

元々日本の横暴な態度が背景にあったわけだし、むしろその程度で切り抜けられたのは僥倖だってミサトさんは言ってた。

ネルフは完全に日本政府から独立して、碇司令の元、人類の進化についての研究機関に変わった。

言ってみればネルフの前身のゲヒルンに近いものらしい。

ネルフの職員もほぼ皆そのまま籍を移したから、実質的にはそんなに変わってない。

勿論対外的な戦力は全て放棄したけど。

ただ研究内容を守るための警備ぐらいは持っていて、ミサトさんもそこの部長と護身術の教官をしてる。

コウヘイ君とアカリちゃんはそれぞれ普通の学生に戻った。

コウヘイ君は相変わらず色んな女の子をナンパしてて、それをアカリちゃんが冷静に突っ込みを入れてるらしい。

多分だけど、その内あの二人はくっつくんじゃないかな?

トウジ君は高校を卒業するとすぐに洞木さんと結婚したんだって。

今は二人して同じ大学に通ってる。

意外にもトウジ君は努力家らしくて、二人で頑張って義手や義足の研究をするんだって張り切ってた。

アスカはそのままネルフに残った。

元々アスカは大学を卒業してたし、技術部に在籍してマヤさんの下で生物関係の事を勉強してる。

大学院で勉強しないの?って聞いたら、何でもマヤさんから教わる方が勉強になるらしい。

とにかく今は充実した毎日を送ってる。

そういえば、リツコさんもあの後すぐに保護された。

髪も元の黒髪に戻ってて、私の記憶と随分違ったから驚いたけど、それ以上に驚いたのがリツコさんが結婚してたことだ。

旦那さんを人質に捕られてたらしく、無事開放された旦那さんと涙を流して抱き合ってたのが印象的だった。

リツコさんが無事だったことにミサトさんは喜んでたけど、その顔が微妙に引きつってたのが笑えた。

ミサトさんがからかってたみたいだけど、逆にリツコさんに何かうまく返されたらしくてかなりヘコんでた。

多分二人の関係って一生そんな感じで続くんだと思う。




そんなこんなで色々と忙しくて、お父さんのお墓参りに来るのが随分と遅くなってしまった。

今、お父さんはお墓の下で眠ってる。

だけど寂しくは無い。

お父さんはずっと私のそばに居てくれてるから。


「さて、と……」


十分時間をかけてお参りもしたことだし、そろそろ行こうかな?


「レイナちゃんはどうする?店まで送るけど。」

「あ、いえ、大丈夫です。今日はお店は休みなんでアスカと待ち合わせしてるんです。」

「そう?

 じゃあ私は先に帰るわね。」


ミサトさんにお礼を言って別れた後、私は街へと向かった。

待ち合わせの場所に行くと、すでにアスカは到着してた。

うう…アスカを待たせたなんて、何を言われるか分かったもんじゃない。

慌ててアスカの所へ走った。


「おっそーい!!」


やっぱり。

とは言え、約束の時間に遅れたのは私だから何も言えない。


「ゴメンゴメン。」

「はぁ、まあいいわ。

 …ちゃんとファーターと話してきた?」

「うん。」


いつもと変わらない日常が流れていく。

確かにヒトは前よりも優しくなったかもしれない。

でもそれは、その人が元々持っているモノをほんの少し後押ししてあげただけ。

だから普段の生活で、それらが目立って現れることは無い。

でもそれでいいと思う。

ヒトは優しい、残酷な生き物だと思うから。



アスカと二人で街中を歩く。

男の人、女の人、大人、子供。

多くの人とすれ違う。

そして皆楽しそうに歩いていた。


「あっ、あれかわいい!

 ちょっと入ってみよ!?」


アスカと一緒に色んな店に入ってはキャーキャーと騒ぐ。

そう、世界で何が起ころうとも、この毎日は変わらない。

楽しい事も、嬉しい事も、悲しい事も、苦しい事も、誰にも平等に訪れる。

私がそう思ってる限り、きっとそうなのだ。




「大分見て回ったわね。

 ちょっと休憩しましょ。」


アスカの提案に私は頷いて応える。

ちょうど良かった。私も歩き回って少し疲れてたのだ。

都合良く、すぐそばにファストフード店がある。

暑い日差しから早いとこ逃れようと、店の方向に足を向けた。

その時だった。


「!!……」

「どうしたのよ?」


突然立ち止まった私を見て、アスカが訪ねてきた。

私はお腹に力を入れて、何とか答える事が出来た。


「あ…ちょっとお店のカップを買うの忘れちゃって……

 アスカは先に行ってて。」

「分かったわ。何か適当に注文しとくわね。」

「うん、よろしくね。」


アスカから離れると、人ごみに隠れてすぐにアスカの姿は見えなくなった。

でも私はそれを確認する事無く走り出した。

そんな余裕は無かった。

倒れそうになる体を支えて、人が少ない所へ足を動かす。

二、三分も走る―――と言ってもそんな速度では無かった―――と公園があった。

炎天下だからか、人の姿は少なかった。

ベンチに腰掛けると、力が抜けたのか、意識がかすんできた。

背中に刺さったナイフから血が垂れているのが自分でも分かった。

いつかはこうなるのは分かってた。

私はヒトにフィールドは要らない、と思ったけど他の人がそう考えるとは限らない。

当然、反対の人だって居ると思う。

それで大きな被害を被った人だっているだろう。

自分のわがままを通したのだ。

この結果は自分で受け入れないといけない。


(でも…そんなの悲しすぎるよ……)


瞬きをすると、目の前にはシンジがいた。


「いいの……

 それでも私は人が好きだから……

 今のヒトが好きだから……」


視界が黒く染まっていく。

ああ…これが「死」なんだ……

もう力も入らない。

まぶたを開けるのも億劫だ。

誰かが悲鳴を上げてる。

当たり前か、多分私の足元は真っ赤だろうから。


(……死なせない、絶対に死なせない!!)


シンジが叫んでるけど、もう眠い。

私の意識はそこで途絶えた。










「あら?」


リツコは足を止めて、足元を見た。

そこには三匹の猫がリツコの足に擦り寄っていた。


「ふふ……」


しゃがみこんで猫を撫でる。

すると三匹とも気持ち良さそうに身をよじった。


「どうするんだい…って聞いても、答えはもう分かってるか。」

「ええ、この子達を連れて帰ってもいいかしら?賢そうだし。」

「いいけど…これでもう六匹になるよ?」

「いいじゃない。多いほうがきっと楽しいわよ。」


歩きながらリツコは嬉しそうに話す。

隣を歩く男は、困ったような、それでいて楽しそうな笑顔を浮かべた。


「ところで、その子達の名前はどうするんだい?」

「そうね……」


顎に手を当てて考える。

そしてふと思いついた名前を呼んだ。

呼ばれて猫は嬉しそうに鳴くと、リツコの頬を舐めてまた嬉しそうに鳴いた。


























終劇











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