昼下がり―――すでに日が傾きかけている頃。
店内はまだそれなりの数の客で賑わっていた。
皆、楽しそうに談笑し、またある者はコーヒーを飲みながら何やら読書をしている。
時折、カウンターに座った客がトオルに話しかけ、トオルもコーヒーを入れながら愛想よく応対していた。
嬉しそうに今日あった出来事を話す者、しかめ面して一日の愚痴をこぼす者……
それら全てに笑顔で、相槌を打っていく。
そこには内心の不安など微塵も感じさせない。
「そういえば……」
また一人、客がトオルに話しかける。
トオルも皿を拭きながら、その客の方に顔を向けた。
「どうしました?」
「最近レイナちゃんを見かけないね。どうしたんだい?」
一瞬、トオルの動きが止まる。
だがそれも本当にわずかな時間の事で、客は全く気付かない。
「ああ、レイナなら今ちょっと私の知り合いの所に行ってましてね。
一応先方の方が忙しそうなんで貸し出しちゃいました。」
「え〜、何だって貸し出しちゃうんだい。
私はレイナちゃんの姿を見るのがここに来る楽しみなのに。」
「おや、私のコーヒーじゃ物足りませんか?」
「いやいや、そんな事は無いよ。
マスターのコーヒーにレイナちゃんの”あの”笑顔が合わさって、何とも言えず私の傷ついた心を最高に癒してくれるんだよ。」
「徳さん、それって変態みたいに聞こえますよ?」
徳さん、と呼ばれた男性の隣に居た別の男が突っ込みを入れる。
店の一角が笑いに包まれ、トオルも釣られて笑顔を浮かべる。
カラン、カラン……
「いらっしゃいませ。」
入り口の鐘が鳴り、新たに入ってきた客に笑顔をトオルは向けた。
だが、その人物を見た途端、今度こそはっきりと動きが固まった。
「マスター、ブレンドを一つ。」
手短に注文を済ませると、ミサトはいつもの奥の席に座る。
トオルもすぐに復帰し、注文通りにコーヒーを注いでいく。
しかし、その動きはどこかぎこちない。
顔からも笑顔は消え、無表情に近い。
客達は急に変わったトオルの様子に怪訝な表情を浮かべるが、また談笑を始めた。
「お待たせ致しました。どうぞごゆっくり。」
カップをミサトの前に置き、トオルは元のカウンターへと戻る。
去り際、トオルはチラ、とミサトの方に目を向ける。
ミサトはカップを持つと、無言のまま口元へ持っていく。
そのミサトの顔にも苦渋の色がにじんでいた。
トオルは窓の外に視線を移す。
いつの間にか日はすっかり傾いていた。
差し込んでくるはずの眩しい夕日も厚い雲に隠されていた。
「それで、今日は何の用ですか?」
一人を除いて客が全て帰り、表に「CLOSED」の表札を掛けたところでトオルは口を開いた。
ミサトは三杯目になるコーヒーに口を付ける。
トオルはミサトの正面に座り、ミサトに顔を向けた。
ミサトは俯き気味だったが、やがて顔を上げてトオルを見た。
「今日はお願いがあってきました。
指揮官、高屋トオル二尉に。」
ここ最近の気安さでは無く、固い口調でミサトは話し始めた。
トオルを元の階級で呼ぶ。
それの意図するところにトオルは気付いたが、敢えて気付かぬ振りをする。
「元、ですよ。とっくの昔に辞めたはずですよ。」
「分かってるわ。
でももう一度戻って欲しいのよ。」
「……戦自に、ですか?」
「いえ、戦場に。」
無言でお互い見つめ合う。
男女が見つめ合う、と言う、本来なら気恥ずかしいはずのそれは、周りから見てもそんな感情は感じ取れない。
ただ重苦しい空気が店内を覆う。
「……詳しい事情を聞かせてくれますか?」
トオルの問いに、ミサトは黙って頷く。
「この前、ここで何があったかはもう大体知ってるわね?
その時の様子は、三年前と酷似してたわ。」
三年前。
その単語が出てきて、トオルの表情がわずかに曇る。
ミサトはその様子に、一瞬不思議そうな顔をするが気にせず続ける。
「最初は気持ち悪くなるくらい一緒だったわ。
でも後半部分は特に何も起こらなかった。」
「つまり、その……三年前には起こった事が、今回は起こらなかった、と?」
「そう。三年前に何が起きたかは詳しく話せないけど、とにかく何も無く、こちらも迎撃出来たわ。
戦自の侵攻も無かった。」
当然だけど。
ミサトは最後にそう付け加えた。
「でも、最初は明らかに三年前をなぞっていたわ。
だからこの前のは、何処の誰が計画したかは知らないけど、多分本気じゃなかったのね。」
「だから、近いうちに今度は『本気の』やつが来ると?」
ミサトは頷いて答える。
「恐らく、なんだけどね。
向こうは三年前に何らかの拘りがあると思われるわ。
だから今度も三年前をなぞって来る。
そしてその時は、本部施設にも直接侵攻してくる部隊が必要だわ。」
「それで、私がどう関係してくるんです?」
「結論を言えば、こちらの戦力が圧倒的に足りないのよ。
航空戦力に対してはエヴァが居れば、大した問題にはならないわ。
ただ地上部隊、特に三年前と同じく隠密性を持って行動された場合、ウチの保安部、諜報部じゃ太刀打ちできないの。
そこで戦自に防衛を依頼することになるんだけど……」
「何か問題が?」
「指揮出来る人材が圧倒的に不足してるのよ。
まだ日本政府は事態の深刻さを理解してないわ。
自分達がどれくらい世界で恨みを買っているか、も。
だから適当に兵士だけを派遣して、後は知らん振り。
だから貴方に現場での指揮を頼みたいの。」
ミサトが説明を終えると、トオルは口元を手で覆い考え込む。
その様子をミサトは黙って見守る。
「……少し時間を頂けますか?」
「いいわ。でもあまり時間が無いの。」
「どれくらい頂けますか?」
「本当なら今日中に答えが欲しいんだけどね。
明日まで待つわ。それまでにお願い。」
第壱拾八話 終わりの始まり
「失礼ですが、葛城二佐でありますか?」
作戦部の部屋へ向かう途中、背後から声を掛けられ、ミサトは振り返った。
そこには若い男が直立していた。
短く刈り込まれた髪に鋭い目つき。
年の頃は二十七、八といったところか。
「そうだけど、貴方は?」
「はっ、私は本日ネルフに出向して参りました、戦略自衛隊所属桧山アキオ一尉であります。」
「ああ、今日来る予定だった戦自からの出向組ね?」
数日前に目を通した書類を思い出しながら、ミサトは確認した。
二十台で一尉になるに相応しく、よく訓練された様子がミサトには見た目からも読み取れた。
「初めまして。ネルフ作戦部作戦部長の葛城ミサト二佐です。よろしくね。」
ミサトがそう言うと、アキオはピシッ、という擬音語が良く似合うほど素早く敬礼をする。
あまりに堅苦しい様子に、ミサトは苦笑いを浮かべる。
「そんなに畏まらなくていいわ。
ここはそんなに階級に厳しくは無いから。」
ミサトの言葉に、アキオはやや力を抜いて腕を下げる。
それでも慣れぬ場所に緊張しているのか、まだ動きが固い。
「それで、どうしたのかしら?」
「はあ、集合時刻より少し早めに到着したので、ここの職員に断って本部内を見学していたのですが……」
そこでアキオはやや恥ずかしそうに言いよどむ。
「お恥ずかしい話ですが、部屋に戻ろうとしたのですが……」
「場所が分からなくなったのね?」
ミサトがクスッ、と笑うとアキオはますます身を小さくする。
ミサトにもアキオの気持ちは良く分かった。
テロ対策のため、本部内はかなり入り組んだ構造になっている。
ミサトも本部に着任した直後はよく迷ったものだ。
何度も迷うので、親友にはかなりバカにされたものだが。
「いいわ。ちょうど私も作戦部に行く途中だったから一緒に行きましょうか。」
「申し訳ありません。」
連れ立って歩くと、五分も歩かない内に作戦部に到着した。
部屋の前に着くと、アキオは深く溜息を吐いた。
「こんなに近くだったんですね……」
「ま、初めての内はしょうがないわよ。」
そうアキオを慰めると、ミサトは扉の前に立ち、部屋の中へ入る。
中にはすでに作戦部員は全員集まっており、中にはミサトが見慣れない者も居た。
部屋の奥の方に戦自の軍服を着た男が二人立っていた。
二人ともアキオ同様短い髪に、がっちりした体格をしている。
入り口に向かって右の方の男の方がやや背が高い。
「遅いぞ、アキオ。何をやってたんだ?」
「スマン。」
責めてきた男に簡単に謝ると、アキオもその男の隣に立つ。
男達の斜め前にミサトは立ち、三人に向かって確認する。
「これで戦自からの士官は全員揃ったわね?」
「はい、我々三人だけです。」
なら、と三人に向かって自己紹介をミサトは求めると、ミサトと反対側の男の方が口を開いた。
「戦略自衛隊所属一尉、木村ヨシヒロです。」
「同じく一尉、三沢ヒロキです。」
最後にアキオが紹介を終えると、ミサトは三人に向かって話し始めた。
「貴方達三名にはそれぞれ中隊を率いてもらいます。
こちらの作戦部からも各隊二名ずつ補佐としてつけます。
本部を中心として東、西、南側をそれぞれ該当区域とし、そこを防衛・迎撃してもらいます。」
「北側はどうするのですか?」
ミサトの説明にヒロキが質問をする。
ミサトは考えている、と告げると、話を続けた。
「北側はこちらが用意した人物に担当してもらいます。
それと同時に、貴方達戦自組の総指揮官としても働いてもらうことになるわ。」
それを聞き、三人ともわずかに眉を寄せる。
彼らはいずれも若くして一尉まで上り詰めた人物。
自惚れてはいないが、それなりに自分達の能力には自負があった。
少なくともネルフの人間よりは、こういった荒事に対して上手く対応できる自身はある。
だが、苦しい戦いになることは予想出来、自分達の命はその上の指揮官に左右される。
だからこそ、彼らはネルフの用意した人材に不安とわずかな憤りを感じた。
ミサトは三人のそんな様子に気付いたが、気にせず続けた。
「彼には特務三佐として働いてもらいます。
いいわよ。入ってちょうだい。」
ミサトが声を掛けると、部屋の奥の扉が開く。
そこからネルフの制服を着た男がゆっくり入って来る。
やや短めに切られた髪。
モデルほどに整った顔。
しかし、鋭い目つきや細身ながらも鍛えられた体、何よりその身が纏う雰囲気は、厳しい修羅場をいくつもくぐり抜けた軍人そのものだった。
「高屋トオル特務三佐です。よろしく。」
トオルが挨拶をし、作戦部員達とヒロキは返事するが、ミサトやアキオは呆然とトオルを見つめていた。
一方ヨシヒロは憮然とした表情でトオルを睨む様に見ていた。
ミサトは初めて見るトオルの雰囲気に見惚れていた。
トオルの経歴は全て知ってはいたが、改めて現物を見ると資料とは全く違う。
(流石、と言ったところかしらね。)
そんなミサトの感想は他所に、ヨシヒロは憮然としたまま口を開く。
「アンタが俺等の指揮をするのか……」
「ああ。実戦から離れて久しいが、手伝ってくれると助かる。」
「ふん。まあ精々足を引っ張らないでくれよ。」
上官に対する口の利き方ではないヨシヒロに、ミサトは頭が痛くなるのを感じた。
(見た目だけで判断、か……
まだまだ大したこと無いわね。)
一般人から見れば鍛えられた肉体も、軍人であるヨシヒロ達と比べれば小さく見える。
だが、三人の中で一番若いヨシヒロは、トオルの持つ雰囲気に気付けないようだ。
「おい、やめろ。ヨシヒロ。」
アキオが咎める様にヨシヒロを止める。
だが、ヨシヒロはまだ不満そうにアキオの方を向いた。
「この人なら俺も納得だ。
よろしくお願いします、高屋二尉……失礼、今は三佐でしたね。
木村が失礼致しました。また貴方の下で働けるとは光栄です。」
「アキオ、お前三佐を知ってるのか?」
旧知の様な話し方をするアキオに、ヒロキが尋ねる。
「ああ…
お前も知ってるだろう?俺がインドネシアでかなりヤバイ戦いに参加してたことを。」
「あの裏切りにあった戦いか?」
「そうだ。その時、俺の小隊の隊長だったのが、高屋三佐だ。
三佐のおかげで俺は日本に生きて帰って来れたんだ。
その時はありがとうございました。
そう言えば、三年前には天使の皮を被った悪魔、なんて呼ばれてましたね、確か。」
そうアキオが言うと、トオルは恥ずかしそうに鼻を掻いた。
「よしてくれ、アキオ。
所詮は昔の話だ。
三年ものんびりと暮らしてたんだ。
今はお前にも敵わないさ。」
トオルは謙遜するが、腕が落ちていないだろう事はミサトにもアキオにも分かった。
その事はレイナの動きを見ても分かる。
彼女がどこかの道場などに通っていた形跡が無いところを見ると、恐らくレイナを鍛えたのはトオルだろう。
「ま、ともかくも三人ともよろしく頼む。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
アキオとヒロキと握手をトオルはした。
だがヨシヒロはバツの悪そうにそわそわしていた。
それを見て、アキオはそっとトオルに耳打ちした。
「実はアイツ、三佐に憧れてたんですよ。」
すると、トオルはすっとヨシヒロの前に出て手を差し出した。
「お前の力が必要だ。
頼りにしてるぞ。」
トオルが言うと、ヨシヒロは少し恥ずかしそうにトオルの手を握った。
ミサトは、それを見ながら希望を見出した。
NEON GENESIS EVANGELION
EPISODE 18
Even Though All of them Never Forgive, I Forgive You.
真っ暗な空間にひびが入る。
次の瞬間には爆音が静寂を食い破り、ひびの入った空間がガラスの様に砕け散った。
散った破片が次々と漆黒の闇の中に落ち、また暗闇に飲まれる様にそれらが消えていく。
その中に弱々しい声が響く。
「ど…どうして……」
シンジはうろたえた。
確かに消したはずだった。
なのに、その対象は前と変わらぬ姿で表情も変えずに立っていた。
「どうして…何でなんだよ!!」
わけも分からず、シンジは泣く様に叫んだ。
そこでレイナは表情を和らげた。
笑みを浮かべてシンジに近づく。
一歩、また一歩と。
それに伴って、シンジも一歩ずつ後ずさる。
「やめろ……近づくな…僕に近づくな……」
怯えるようにシンジはなおも下がった。
だが、それもすぐに止まった。
自身が作り出したはずの漆黒の空間。
にも関わらず、シンジの後ろには頑強な壁が存在していた。
それがシンジの行く手を阻む。
必死でシンジは壁伝いに移動する。
どこかに抜け道は無いかと、手探りで無いはずの壁を叩き続けた。
何故壁が存在するのか。
シンジにとってそれはどうでも良かった。
ただ逃げる。
何処までも逃げる。
それだけがシンジの頭の中を占めていた。
だが何処まで壁伝いに逃げても、先など無かった。
やがて逃げ場など無くなった。
シンジは壁を叩く。
叩き、殴り、蹴飛ばし、体ごと壁にぶつける。
それでも頑丈な透明な壁はびくともしなかった。
握りこぶしを壁に力なく叩きつけながら、シンジは崩れ落ちる。
その肩に、手が添えられる。
「ひっ!!」
悲鳴を上げながら、シンジは大きく目を見開いた。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「やめろ!来るなぁ!!」
大声を上げ、シンジは両腕で頭を抱えてうずくまった。
そんなシンジを、レイナは見下ろしながら腰を下ろす。
「……」
小さくうずくまったまま、シンジは震えていた。
ゆっくりと手がシンジに伸びる。
そしてその手は、シンジの頭に添えられた。
レイナの柔らかな手が、そっとシンジの頭を上げさせる。
シンジは怯えのこもった、涙で濡れた目でレイナを見た。
シンジの目を、レイナは優しい眼差しで見つめ返す。
それから柔らかに微笑むと、数瞬後には破裂音のようなものが暗闇に響いた。
「!……」
呆然としてシンジは頬を押さえた。
そしてまた涙が頬を伝って流れ落ちる。
左目の視界の隅に、レイナの右手が映る。
それを見て、シンジは再び頭を両腕で隠した。
身を守るように、先程より腕に力を込めて頭を隠す。
先程と同じように、レイナの手がシンジの頭に触れる。
だが今回はシンジも頭を上げず、じっとして恐怖が過ぎ去るのを待った。
しかし、今度は痛みは襲ってこなかった。
代わりに、全身を暖かさが包み込む。
それでも警戒して身を固くするシンジだが、いつまでもその温もりは消えなかった。
「もう、いいのよ……」
頭上から優しい声が降り注ぐ。
その声は少しだけ、じわっとシンジの心に入り込む。
「もう…苦しまなくていいのよ……」
更に深く、染み込んでいく。
「もう…誰も憎まなくてもいいのよ……」
シンジは恐る恐る顔を上げた。
今度は右手は飛んでこなかった。
「憎もうとする必要は無いのよ……
好きなのに……無理に嫌いになろうとする必要なんて……ないのよ…」
そう言うと、レイナは少しだけ腕に力を入れた。
壊してしまわないように、それでいて失くしてしまわない様に、その手から零れ落ちてしまわない様に、そっと力を込めた。
「だから私を…二人に似せて創ったんでしょ……?」
レイナの胸に抱かれながら、シンジは目を見開いた。
体が小刻みに震える。
震える声でシンジは話し始めた。
「憎かったんだ……」
「誰が?皆が?」
尋ねながら、レイナは少し腕の力を抜いた。
代わりに腕に柔らかさが戻る。
「僕が……自分が憎かったんだ……
自分が嫌いなんだ……」
「……」
口を開く代わりに、レイナはシンジの頭を抱えなおした。
自分の懐にもっと頭が入り込む様に。
「皆が僕を傷つけたんだ。
ずっとそう思ってた。
だけど、それは僕がアスカを、綾波を…皆を傷つけてきた結果でもあったんだ。
皆が僕に優しくしてくれなかったんだ。
でもそれも、僕が自分の事ばっかり考えて、皆から逃げてきた結果だったんだ。
だからこれからは逃げたくなかった。
傷つけても…傷つけられても……逃げずにぶつかっていこうと思った……
でも、戻ってきたら誰もいなかった……
アスカしか居なくて、傷つけるしか出来なくて……
アスカも居なくなって…僕だけが残されたんだ……」
「その後、紅い海に入ったのね?」
胸の中でシンジは頷いた。
レイナはむず痒さを感じ、わずかに体をよじる。
その動きに、シンジはビクッ、と体を震わせた。
それを見て、レイナはゆっくりとシンジの髪を撫でる。
「やり直したいと思った…やり直せると思ったんだ……
でもそれは無理だったんだ…
一度有った事は無かった事には出来ない……
そんな当たり前の事にその時初めて気付いてしまったんだ……
皆、僕を嫌いだったんだ……」
「そんなこと無いわ……
アスカも、ミサトさんも、皆シンジを心配してたわ……」
レイナがシンジを慰めるが、シンジはゆっくりと頭を振った。
「それは僕が皆の悪意を取り去ったからだ……
例え、そうでなくても憎しみを持ってたのも事実なんだ……」
「だから嫌いになろうとしたのね…?」
「嫌いになれば、嫌われても傷つくことが無いから。」
「だから嫌いになろうとしたのね……?」
「嫌いになれば、自分を誤魔化せるから。」
「だから嫌いになろうとしたのね?」
「嫌いになれば、嫌われても当然だと自分で思えるから。」
「だから嫌いになろうとしたのね?」
「嫌いになれば、逃げ道を作れるから。」
「だから嫌いになろうとしたのね?」
「嫌いになれば、自分を守れるから……」
「でも、所詮誤魔化しは誤魔化しでしかないわ。」
「誤魔化すしか…僕は出来なかったんだ……」
「ずっと自分を傷つけてきたのね……」
「違う…僕が傷つけていたのは皆だ……
自分が可愛いから…自分の事ばかり考えてたんだ……
やっぱり僕は周りを傷つけることしか出来なかったんだ……」
「でもそれは自分をも傷つける事だわ。
だからシンジはずっとここで泣いてきた…」
「それが僕の罰だから……」
「でも、もう良いのよ……」
指でシンジの髪を梳く。
何度も、何度も繰り返しレイナはシンジの髪を梳いた。
女性のような柔らかな髪が、指の流れに沿って整えられていく。
指に絡まることなく、梳きほどかれていく。
「誰が貴方を責めようとも、私は貴方を責めない。
誰が貴方を許さなくても、私は貴方を許す。
だから……」
頭をしっかりと抱きしめながら、レイナは耳元で囁いた。
何物からも傷つけられることの無い様、シンジを守る様にレイナは全身を使って抱きしめた。
「だから…もう自分を責めなくても、周りを傷つけなくてもいいの…
もう我慢しなくていいのよ……
罪は消えなくとも…もう貴方は十分苦しんだ……
もう楽になりなさい……」
レイナの言葉と共に、シンジの両目から涙が溢れる。
それは先程までのものと違い、恐怖に彩られたものでは無かった。
安堵の、心の奥底からこみ上げてくる涙。
心の叫びの大きさを表す様に、止め処なく暖かい雫がシンジの頬を伝う。
そしてそれらは、少しずつひび割れたシンジの心を癒していった。
「だから私の中で眠りなさい……
私の中で癒されなさい……
全ての母であるリリスの母胎で……」
そして暗闇が光に包まれた。
規則正しい音が無機質な部屋に響く。
窓から差し込む真白な光が、病室を明るく照らす。
部屋に唯一つあるベッド。
そこに横たわっていた影がゆっくりと起き上がる。
部屋を見渡し、次いで何かを確認するように自分の体を見る。
体に付いていた様々な器具を丁寧に外していく。
全てを取り外し終えると、窓の外に目を遣る。
そして小さく呟いた。
「……始まるのね……」
そしてネルフの長い一日が始まる
shin:役者がやっと揃った。
ミナモ:ここまで八ヶ月…長かったわね。
シンジ:ペースは前作と比べると随分遅いけどね。
shin:約二ヶ月遅いのか……
シンジ:まあ、前のは逆行だから書きやすいと言えばそうだけどね。
ミナモ:関係無いわ。要はやる気の問題よ。
shin:そりゃそうだが……厳しいな…
ミナモ:でも事実よ。
シンジ:残り二話だっけ?早いとこ書いてしまうんだね。
shin:そうだな。もしかしたら一話になったり三話になったりするかもしれんが。
残り二話は言ってみれば劇場版みたいな雰囲気で書きたい。
ミナモ:また前作みたいなノリで書くわけ?
shin:いいだろ。好きなんだから。
ミナモ:精々頑張ることね。
shin:へいへい。
あっと、後、IE以外のブラウザでは最後のレイナのセリフのルビの部分がきちんと表示されません。
ご了承下さい。
