少年は幸せだった。

厳しいが愛情を持って接してくれた父に、いつも優しく見守ってくれた母。

兄弟は居なかったが、その分両親の愛情を一身に受け、少年は幸せだった。

父は仕事が忙しいらしく、母と二人で過ごす時間が多かった。

それでも少年は寂しく無かった。

自分が父と母に愛されていると分かっていたから。

三人で暮らすには広すぎる程に広い家。

一つ一つの部屋が立派過ぎる家。

祖父から引き継いだ家らしいが、その家を維持するだけでも相当のお金がかかるだろうことは、小学生だった少年にも容易に想像できた。

だから、父は頑張ってお金を稼いでるのだ、と信じていた。

だから自分も寂しいのを我慢するのだ、と自分に言い聞かせた。

寂しさを紛らわすために、少年は勉強を頑張った。

元々少年は聡い子だった。

父が帰って来る度に、父は少年の聡明さに驚かされた。

やがて、父は帰る毎に少年に宿題を出すようになった。


「今度帰ってくるまでにこれを勉強しておきなさい。」


それはおおよそ小学生には相応しく内容だった。

経済学、経営学、心理学、社会学、帝王学、人身掌握術……

父は、幼い息子に己の全てを授けるつもりだった。

そのために、息子に厳しく接した。

愛情を持って接した。

息子に居ないところで、妻に涙ながらにフォローを頼みながら。

少年も父の期待に答えるべく、必死で勉強した。

少年は辛くはなかった。

確かにきつかったが、父の期待と愛情を感じていたから。



少年が成長し、中学生程度になると、仕事も落ち着いたのか、父が家に帰ってくる頻度が高くなった。

今度は父は、自らの手で少年に自らの全てを授けるようになった。

知識だけでは無く、実地を通して。

父の知識や考え方、それらを全て少年は学んでいった。

やがて少年は青年へと変化した。

成人し、社会に出て働き始めた。

大学時代に知り合った仲間と共に起業し、学んだ全てを生かして会社を成長させていった。

この頃になると、青年も父が何を生業としているのか、おぼろげながら知っていた。

父の持つ表の顔と裏の顔。

汚い事もやっているだろうことは簡単に想像できた。

そうしなければ、この世界でやって行けないことは、起業した時にまざまざと見せ付けられた。

だが、それでも青年の父への思いは変わらなかった。

父は子を愛し、子は父を尊敬する。

理想とする関係がそこにはあったのだから。



青年が成熟した大人になる頃には、父と酒を嗜むことも多くなった。

まだ若々しいが、それでも年老いた父。

酒を飲むと、いつも父は漏らしていた。


「何故、人は成長しないのだろうな……」

「人は成長するさ。」

「個人としてはそうだろう。

 だが総体として、人は常に憎み、騙し、殺しあってきた。

 私はもう、そんな世界に疲れたのだよ……」


そう言うと、父はウイスキーをグッと煽る。

その度に青年の目には、父が小さく見えた。

青年には父の嘆きがよく分かった。

いくつもの会社を経営し、巨大企業へと変化するに連れて、青年の身にも様々な事が降りかかってきた。

賄賂に恫喝、詐欺……

それらを全て青年は乗り越えてきたが、それらは青年の心に傷を残した。

加えて、毎日の様に報道される殺人、戦争の話題。

深刻そうに話すニュースのコメンテーターの顔が、青年には嗤って見えた。





その数ヵ月後、世界中をカタストロフィが襲った。


















更にその十五年後、ほとんどに気付かれぬまま二度目の大災害が襲った。














その最中、青年―――というよりはすでに中年か―――は父と意識を交わした。

何が起こったか、男は全く覚えていない。

だが確かに男は父の思いを感じた。

父の嘆き、悲しみ、苦しみ……

その中で、いかに父が本気で人を愛し、人を憎み、人の未来を憂いていたかを知った。




少年は幸せだった。

青年は幸せだった。

男は世の中を嘆き始めていたが、まだ幸せだった。

だが、父は……?




男は決意した。

父の悲願と、父の裏の名前の一部を継ぐ事を。






















第壱拾七話 罪と罰





















「ええ、はい、はい……

 そうです、ええ……」

「いえ、まだ確証はありませんが、こちらはかなり高確率で来ると見ています。

 ……そこを何とかお願いします。」

「事が起きてからじゃ遅いんですよ!!

 ならば今出来る事をするべきじゃないんですか!?」


本部の発令所に、オペレーター達の様々な声が響き渡る。

彼らは関係各省との調整に当たっていた。

先日の量産機の到来。

三年前の光景を彷彿とさせるその事件は、ネルフ職員に否が応でも危機感を募らせた。

再び大規模な虐殺紛いのことが行われるのか?

もし、それが行われた場合、今度こそネルフ本部単独では乗り切るのは困難である。

現在の状況からして、日本政府―――引いては戦自―――が侵攻してくる可能性は低い。

だが、今度は他の国から、というのがミサトの考えであった。


(まるで前世紀のアメリカよね……)


腕を組んで、仁王立ちの状態で発令所を眺めながらミサトは思う。

サードインパクト後の日本政府は、まさに前世紀のアメリカと何ら変わり無かった。

いち早く立ち直り、各国に支援をする。

そこまでは良かった。

しかしその後、ネルフを政府傘下に加えてからおかしくなっていった。

各地で頻発する紛争に次々と介入し、エヴァとMAGIをネルフに駆使させて争いを治める。

更には軍事力も増強し、介入した紛争は全てを力で抑えていった。

すでに有名無実と化していた国連でも勝手な発言が目立ち、各国の反発を無視し、介入拒否すら認めず強引に事を治める。

それはミサトを始め、ネルフの人間にとっても不愉快であった。

だが、資金源も無く、人材すら不足気味のネルフは政府に反発することすら出来ない。

それ以上に、三年前の侵攻の記憶が尾を引いていた。


(それにしても、やり過ぎたわね……)


いまや日本政府に反感を抱いている国は、両手両足では足りないだろう。

そういった国々の爆発をミサトは予感していた。

確たる証左こそ無いが、ミサトは先日の事件は三年前をかなり意識して計画されたと考えている。

三年前を踏襲するかの様な襲来。

先日のは、言うなれば警告に近いものだろう。

そして、もし本当に三年前と同じならば起こる事は―――


「今度はどこが来るのかしらね……」


そう呟いたミサトだが、勿論簡単に侵攻などさせるつもりは無い。

だからこそ、司令に上申し、今現在もオペレーター達に連絡を取らせているのだが。


「どのくらい進んでる、日向君?」

「あまり芳しくはありませんね。

 戦自の方は話は付きそうですが、政府の方はやはり腰が重いですね。」

「所詮は平和ボケした日本人か……」


マコトの話を聞き、ミサトは吐き捨てた。

いくら海外で戦争をしようとも、結局は政府にとっては対岸の火事。

例え再び量産機が襲ってくる確証は無くとも、日本本土が攻撃を受けたのは事実。

その為に対策を講じるのは当たり前の事なのだが、事態の重大さを理解していないのか、中々動こうとしない。

前世紀からの重い腰は変わっていなかった。


「まあ、すぐに政府も動くでしょ。

 その為に司令と副司令が折衝に向かったんだから。」

















数時間前―――






「それで、我々にどうして欲しいのかね、葛城二佐?」


ミサトが持ってきた書類に目を通したながら冬月は、ミサトに尋ねた。

事務仕事が苦手なミサトだが、冬月の持つ書類にはびっしりと文字が書かれていた。


「はい、司令と副司令には政府関係各省にネルフ側からの正式な要請をして頂きたいと思います。」

「三年前の悲劇を繰り返さぬ為に、三年前の敵と共闘する、か……

 皮肉なことだな。」

「是非ともお願いします。」

「しかし、職員の中には納得せん者も居るだろう?」

「はい。

 ですが、今我々の味方と成り得るのは戦自、及び日本政府だけです。

 この際感情には目を瞑ってもらうしかありません。

 今居る、我々のここを守るためですから。」


冬月を見据えて、ミサトは言い切る。

くだらないプライドなど、すでにミサトは捨て切っている。

ましてや相手は使徒では無く、ヒト。

自分達を守るためには、ミサトはいくらでも頭を下げるつもりでいた。

冬月はミサトを見つめていたが、不意に頬を緩めた。


「分かった。こちらで政府に働きかけてみよう。」

「ありがとうございます。」

「碇も良いな?」


そう確認を取る冬月だが、返って来たのは「ああ……」という力無い返事だった。

いつもと違うゲンドウの様子に、ミサトは怪訝な顔を浮かべる。

が、すぐにその原因に思い当たって、思わず笑い声を漏らしてしまう。

ジロ、とサングラス越しにミサトをゲンドウは睨み付ける。

だが、ミサトは涼しい顔をして謝罪の言葉を口にする。


「失礼しました。

 ですが、そうお気に病む事も無いのではありませんか?」

「……ユイはもう私を許してはくれないだろう。」

「ずっとこいつはこんな感じなのだよ。」


そう言うと、冬月は笑い始めた。

不思議と、冬月はユイに全てを知られても焦ることは無かった。

シンジがユイに全てを知らせた瞬間は、かなり慌てたが、今となってはそうでもない。


(所詮、誰かの不幸の上にある幸せなぞ、長続きはしないものだな……)


これは贖罪なのだ。

むしろ、ユイに会えただけでも良しとしなければ。

そう考えると、冬月の中ではユイが自分達をどう思うか、というのは大した問題では無くなっていた。

だが、目の前の、普段ふてぶてしい男は、未だに未練があるようだ。

そして、それが冬月には滑稽でならなかった。


「それはこれからの司令次第ではありませんか?

 贖えない罪は無いと私は思います。」

「だが、贖えない罪もある。

 それほどの罪を私は犯したのだ。」

「ならばどうしますか?

 司令はどうしたいのですか?」


ゲンドウはその問いに、答えに窮した。

ミサトがゲンドウを追い詰める、という不思議な光景が司令室で繰り広げられる。

滅多に見れない、ゲンドウがやり込められる姿に、冬月は大声を上げて笑い始めた。

傍目には分かりづらいが、近くにいると良く分かる。

ゲンドウが激しく動揺しているのが。

ミサトも珍しいゲンドウの姿に、少しだけ評価を上昇させた。

どこかで聞いた、ユイの「かわいい」という評価。

それが少し分かった気がした。


「碇、お前がどうしようと勝手だがな、とりあえず今出来ることをすべきでは無いのか?

 それともお前はそうして呆けておいて、ユイ君もろとも消えてしまうつもりかね?」

「……そんなつもりはありませんよ。」

「ならばすぐに政府の方に行くぞ。

 ああ、葛城君、後は我々に任せてくれたまえ。」


ミサトに告げると、早速冬月は準備を始めた。

それに引きづられる様に、ゲンドウもしぶしぶ動き始める。

ミサトは冬月のそれがポーズだと分かっていた。

事前連絡も無しに突然押しかけて、などという真似が出来るはずも無い。

それでも冬月のポーズは、ミサトの案を口先だけではなく、すぐに実行することを表すものであった。

だからミサトは大きく頭を下げて司令室を後にした。
























NEON GENESIS EVANGELION



EPISODE 17




You will laugh at her decision, won't you?




















(後、やっとかないといけないのは……)


発令所でマコトの報告を聞きながら、ミサトは頭の中ですべきことを検討する。

いつ敵が来るか―――そもそも来るかどうかも不明なのだが―――は知らないが、そう遠くない未来だとミサトは踏んでいた。

その為に残された時間は少ない。

だからミサトは、浮かび上がってきたすべき事項に優先順位を付けていった。


(これは……後回しでいいわね…で、これとこれは出来るだけ早めに……)


急ぎとそうでないものを区別し、次々と取捨選択していく。

だが、すぐに溜息をついて、頭をガシガシと掻き毟る。

優先順位が圧倒的に高いものが一つあった。

しかし、それはミサトにとって最も難しい関門だった。


(あの三人をどうやって説得するかしらねぇ……)


シンジがあの時、コウヘイとアカリに何を見せたのかは分からない。

だが想像には難くなかった。

恐らくシンジは、シンジ主観のありのままを見せたのだろう。

未だ、ミサトは二人と顔を合わせていない。

それでもミサトを始め、ネルフに良い印象は絶対に持たないだろう。

トウジにしてもそうだ。

ミサトとしては騙したつもりは無くとも、ネルフ、という組織で見てみれば騙したと言われても反論は出来ない。

予想されるこれからの戦いに、エヴァに乗ってくれるか。

アスカはミサトにとって落ち着かせ、説得することはそう難しいことではなかった。

ネルフが綺麗な組織でないことはすでにアスカも十分に知っていることであるし、ミサトとも長い付き合いだ。

三年前はそうでも無かったが、最近は良好な関係を築けていた。

しかし、トウジ、コウヘイ、アカリの三人はそうもいかない。

それなりに良好ではあった関係だが、知らなかったネルフの暗部を知ったことで、その関係は白紙に戻った。

いや、もしかしたら紙すら、すでになくなってしまったかもしれない。


(だけど、逃げるわけにもいかないわね……)


これは罰だ。

ミサトは思う。

これは三年前に逃げ続けた罰である、と。

子供達を戦わせ、常に死の危険にさらしながらも、罪悪感だけを抱き続けて何もしなかった。

それに対する、自分への罰である、と。

贖えない罪は無い。

ゲンドウに言った言葉が、ミサトの胸を過ぎる。

ならば、自分の今居る場所を守ることこそが、ネルフの皆を一人でも生かすことが、贖罪だ。

ミサトは再び決意した。



何をやろうとも、乗ってもらわねばならない。

嫌がっても無理やりにでも乗せなければならない。

後でいくら罵倒され、誹られ、殴られようと、例え殺されようが構わない。

全ては生き残ってこそ、だ。

まずは戦いに勝利すること。

それこそが最低条件。

贖罪するために、また同じような罪を犯す。



くだらない、三文ジョークのような自分の行動に、ミサトは思わず自嘲の笑みを浮かべた。


(だけど、構わないわ。)


戦いが終わった後ならば、いくらでも罪を贖う。

命が必要だと言われれば、喜んで差し出そう。

どうせ一度は失ったはずの命だ。

何も惜しいことなど無い。


(だから今は……)


ミサトはそっと左手で、あったはずの銃創の位置を撫でる。

ついで胸の谷間にある、大きな傷跡を。

最後に首にかかるロザリオを強く握り締めると、ミサトは後をマコトに任せて発令所を出て行った。























よく晴れた空の下、さわやかな空気と深緑の木々が辺りに溢れている。

未だ戻らぬ季節で、まばゆい太陽がジリジリと地面を焦がす。

だが、木々に囲まれたここ、第三新東京市の郊外にある森林公園は、柔らかな緑が光を弱め、暑さにうだる人々を休ませていた。

そんな中、トウジは山道を歩きながら小さく溜息を吐いた。

しかしすぐにハッとしてチラ、と自分のすぐ後ろに目を遣る。

そして今度は安堵の溜息を吐いた。

だが二回目ばかりは見つかったらしい。


「どうしたの、トウジ?溜息なんか吐いて。」

「い、いや、何でもあらへんで、ヒカリ。」


慌てて取り繕うトウジ。

その様を不思議そうにヒカリは見ていたが、やがて笑い出した。


「ふふっ、変なトウジ。」


嬉しそうにトウジを見て微笑む。

事実、彼女は嬉しかった。

トウジと付き合い始めて二年。

中学卒業と同時に恋人となったが、ネルフに在籍し続けることになり、学校外で会う機会はほとんど無かった。

その為の久々のデート。

ヒカリの心が弾まぬはずが無い。

場所が公園、というのが少しに気になるが、ある意味トウジらしいとも言える。

二人の時間をずっと二人で過ごせる、という点では持って来いだろう。

ただ電話越しでのトウジの声に、やや影が混ざっていた気がして、それが気にはなっていたが。


「ちょっとそこのベンチで休みましょう。

 お弁当作ってきたから。」


しばらく二人で歩いていたが、ベンチが見えてきたところでヒカリが提案する。

トウジもそれに同意し、二人並んでベンチに腰を下ろした。

木々で日光が遮られたそこに、少し肌寒い風が二人を撫でる。


「はい、お弁当。」

「お?おお、スマンなヒカリ。」


差し出された弁当箱に、トウジはやや間を置いて受け取った。

ヒカリはわずかに顔を曇らせるが、それを隠す様に笑みを浮かべてトウジに手渡す。

その後もベンチに座ったまま、二人並んで弁当を食べた。

傍目にも楽しそうな二人。

笑顔を浮かべて談笑する二人は、二人きりの時間を楽しんでいた。

だが、笑顔で隠しながらも、トウジの心は晴れなかった。


(ワイは、何をやっとるんやろうか……)


昨夜、ヒカリに電話してデートに誘った。

そして今日、ネルフの誰にも知らせず、黙ってトウジはネルフを出て行った。


(まあ、ワイが今何しよるんか、なんぞ向こうは知っとるんやろうけど。)


ネルフに居たくなかった。

今、ネルフが大変だろう、という事くらいはトウジにも分かった。

だがどうしても、ネルフに居るとシンジの言葉を思い出してしまう。

だからトウジはネルフに居たくなかった。


「……ジ、トウジ。」

「ん?ああ、何やヒカリ?」


ヒカリに呼ばれていたことにようやく気付き、トウジは顔を上げた。

ヒカリはその様子を見て、盛大に溜息を吐く。


「……トウジ、何か私に話したいことでもあるんじゃないの?」

「いや……」


そんなことはあらへん。

そう続けようとしたが、トウジの口は動かなかった。


「……そうかもしれへんな。」

「なら、私に話してよ。聞いてあげるくらいは出来ると思うから……」


心配そうにヒカリはトウジの顔を覗き込む。

そこには、数年前の初々しい様子は無く、真摯にトウジの事を心配するヒカリの姿があった。

トウジはしばらく黙って俯いていたが、やがてポツリ、ポツリと話し始めた。


「ヒカリにはまだ話したこと無かったなぁ、何でワイがネルフに居り続けるんか。」

「うん……」

「今でこそ何でも無くなっとんけど、ワイかてエヴァに乗るんは最初抵抗があったわ。

 何せ、ワイの片足を奪って、シンジには悪いんやけど、妹ん未来を奪った原因やからな。

 せやけど、ワイはネルフで唯一、エヴァを外からと内から見とる、そう思うんや。」


生きながらにして体を潰され、それと同時に客観的にもエヴァに乗ることの恐怖をトウジは知っている。

かつては妹を苦しめたエヴァを、シンジを憎みもした。

今、トウジの目の前にはシンジを殴り飛ばした時の光景が映し出されていた。


「やから、ミサトはんにもう一度エヴァに乗ってくれんか、言われた時はホンマに迷った。

 そん時やな、ヒカリにも相談したんわ。」

「そうね。あの時はトウジのしたいようにすればいいって言ったんだっけ?」

「あん時は、ヒカリん言葉で決心ついたんや。

 ワイでも出来るんやったら、そう思うたんや。」


感謝しとるで。

トウジは顔を上げてヒカリを見ると、そう付け加えた。


「それで、どうして乗り続けてるの?」

「……さっきも言うた通り、ワイはエヴァっつうもんを他の人より知っとるつもりや。

 そして惣流や綾波、シンジの苦しみも……

せやけど、あいつらの頑張りも知っとるつもりや。

 やから、あいつらのやった事の意義を引き継いで、いつかあいつらはすごかったんや。

 そう世界に知らしめてやりたかったんかもしれへん。

 それだけやない。

 エヴァに乗って、他ん国に行って、戦争で傷ついた子供らを助けたる。

 それが死んだナツミん供養にもなる、そう思うたんや。

 ナツミみたく傷つく子らを、一人でも救うてやりたかったんや……」


せやけど。

そこまで話した所で、トウジは頭を抱え込んだ。

わずかに嗚咽が混じる。

日に焼けた、やや黒い肌を澄んだ涙が伝う。

零れ落ちた雫が、木漏れ日に当たってキラリと輝いた。

慟哭。

決してトウジはヒカリの前で泣かなかった。

彼の信ずる男としての矜持なのか、付き合って二年経つが、決して涙を見せなかった。

今も声を殺して、それでも抑え切れなかった叫びがその口から零れるだけ。

だが、ヒカリにはそれが、トウジの心からの叫びだと感じた。

泣き叫ぶトウジに、すっと手が伸びる。

そしてその手は、優しくトウジの頭を包み込んだ。


「泣きたかったら……泣いていいのよ?」


その言葉が切欠だった。

頭をヒカリの胸に預けると、トウジの口から激しい泣き声が溢れる。

次から次からこみ上げる涙。

胸の内に溜まったしこりを、全て洗い流すかの様にトウジの両目から零れる。

それらがおめかししたヒカリの服を濡らす。

だが、ヒカリは気にすることなくかき抱いたトウジの頭を更に抱きしめる。

溢れた涙を、一滴たりとも零すまいと。


















「落ち着いた?」


泣きながらトウジは、シンジから聞いた話をヒカリに話した。

自分がネルフに居た意義。

それを根本部分から覆された悔しさ。

その事に気付けなかった悲しみ。

それらを全て、トウジは涙と共にヒカリに打ち明けた。



トウジの頭上から優しい声が掛けられる。

太腿の上に頭を置いたトウジからは、ヒカリの頭上から降り注ぐ柔らかな木漏れ日の所為で、ヒカリの表情は見えない。

それでもトウジには、ヒカリが微笑んでいるのが分かった。


「ああ。

 ……スマンかったな。」

「いいのよ。

 ううん、むしろ嬉しかったわ。トウジが初めて本音を話してくれたんだから。」

「そか……そうやったかいな。」


そう言いつつ、トウジは起き上がろうと体を起こす。

だがそれもヒカリの手に遮られた。


「もう少しこのまま……」


雲が通過しているのか、木漏れ日が遮られる。

そのおかげで、今度はトウジからもヒカリの顔が見えた。

頬がわずかに朱に染まっていた。

トウジもかなり恥ずかしかったが、ヒカリの表情を見て起き上がるのを諦めた。

幸いにも二人の周りには誰もいない。

ならばこの状態もいいか。

そう思い直して、再びヒカリの腿に頭を預ける。

それでもまだかなり恥ずかしかったが。


「大体、トウジは優しすぎるのよ。」


恥ずかしさを誤魔化す様に、ややぶっきらぼうにヒカリが口を開く。


「普通そんなことあったんだったら、何を言われようとも二度とネルフに戻ろうとしないわよ。」

「そうかいなぁ……」

「そうよ!

 それを自分で勝手にどうしようか悩むなんて、お人よしも良いところよ!」


断言するヒカリ。

そこまではっきり言われると、トウジも反論しようが無い。

所在無くトウジは頬をポリポリと掻いた。


「せやかて……見捨てるかて出来んやろ……」


トウジはポツリと呟いた。

トウジは知っていた。

ミサトを始めとする、ネルフのほとんどの大人達が、子供達に対して優しいことを、常に自分達の為に骨を折ってくれている事を。

ヒカリはまた溜息が出るのを禁じ得なかった。


「はあ……トウジのそういうところを好きになったんだけどね。」


口にしてしまった後で、自分が何を言ったのか自覚し、ヒカリの頬が今度ははっきり分かるほどに、真っ赤に染まる。

トウジの方もいつの間にか、すっかりタコみたいに赤くなっていた。

涼しげな風が、二人の髪を揺らす。

穏やかな時間だけが、ゆっくりと過ぎる。


「あら〜、お邪魔だったかしら?」


その瞬間、バッ!という擬音語が聞こえてきそうなくらい素早く二人は離れる。

真っ赤な顔で声がしてきた方を見ると、そこにはニヤニヤしているミサトの姿があった。


「熱いわね〜。少しどこかで時間潰してこようかしら?」

「い、いえ!だ、大丈夫ですさかい!」

「そう?無理しなくていいのよ〜?」


そう言いつつも、ミサトは顔を引き締める。

それで直前までのおちゃらけた雰囲気は鳴りを潜め、トウジの顔からも熱が引く。


「あ、あの……私は席を外しますね。」

「いえ、別に構わないわよ。聞かれちゃまずい話じゃないから。」


ミサトに言われ、ヒカリはどうしようか迷ったが、結局同席することにした。

トウジには素振りを見せなかったが、内心ではヒカリはかなり怒っていた。

トウジを苦しめるネルフに何か言ってやりたかった。

この期に及んでミサトが何を言い出すのか。

それを監視するつもりで、ヒカリは同席を決めた。

ヒカリが見守る中、ミサトが口を開く。


「トウジ君、またエヴァに乗ってくれないかしら?」


それは二年前と同じセリフ。

だが、二年前と違い、ミサトは大きく腰を曲げて頭を下げた。

その体勢のまま、ミサトの頭には三年―――四年になるか―――前の光景が浮かんでいた。

紫の巨人を前にしたシンジに、自分は何をしたか。

弱気な少年に合わせて目線を下げた振りをして、その実、命令しただけ。

どうしてあの時、今みたいに頭が下がらなかったのか。

そんな疑問がミサトの頭の中をグルグル回る。

―――頭は今度は下がった。ならば後はただ一言口にするだけ。

そして、ミサトは四年前に言えなかった、言うべきだった言葉を口にした。


「お願い…します……」


ミサトの擦れた声がトウジとヒカリの鼓膜を打つ。

トウジは頭を下げるミサトに声も出ず、ただ見つめるだけ。

しかし、ヒカリはその隣でトウジに気付かれないように、歯を噛み締めた。

奥歯でギリ、と音が鳴り、それが骨を伝ってまた鼓膜を揺さぶった。

本来なら自分が口出しすることでは無いとは分かっている。

それでも、ミサトがまだ何か色々言うのなら、取り繕おうとするのなら一言言ってやろうと思った。

トウジにどう思われてもいい。

口汚く罵ってやろうと思った。

だが頭を下げられ、お願い、とだけ口にされたら、何を自分が言えるのか。


「……ミサトはん、頭を上げて下さい。」


だが、ミサトは頭を下げたまま微動だにしない。


「正直……ネルフのした事は許せません。

 せやけど、今ネルフは大変な状況にあるんですよね?」

「ええ……ネルフだけじゃなくて、もしかしたら日本自体が大変な事になるかもしれないわ。」


ようやくミサトは顔を上げた。

トウジはミサトの目が少し赤くなっているのに気付いたが、それについては何も言わない。


「そうでっか……

 分かりました。またミサトはんのお世話になりますわ。」


あっさりとトウジはミサトの申し出を受け入れた。

ヒカリは何か言おうとするが、トウジはそれを手で制する。


「ただ、これはネルフの為にエヴァに乗るんやありまへん。

 ネルフを含んだ自分らの周りを守る為です。

 それ以外の理由はありません。」


それでも良いか、と尋ねるトウジに、ミサトは頷いて答える。

次いでトウジはすっと手を差し出した。

ミサトも黙ってトウジの手を握り返す。

その後ろで、ヒカリがやれやれ、といった感じで溜息を吐いた。

だがその時の表情は幾分和らいでいた。


















shin:引越し前に無事終了!

シンジ:よかったね。

ミナモ:でも最近ずっとこんな感じね。

    もうちょっと余裕もって出来ないのかしらね。

shin:勘弁してくれ。テスト終わった直後に引越し準備やら、クラスの打ち上げやらで中々時間取れなかったんだよ。

シンジ:忙しくなる前に完結できるの?

ミナモ:四月になったら更に忙しくなるんでしょ?

shin:まあ、引越しが終われば一旦落ち着くしな。

   それに後二、三話で終わるから何とかなると思う。

ミナモ:口先だけで終わらないようにしなさいよ。

shin:何とかしてみせるよ。

   それと、トウジの妹の名前は諸説ありますが、ここでは「ナツミ」を採用させて頂きました。

   納得いかない方もいらっしゃると思いますが、ご容赦下さい。























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