ピッ、ピッ、ピッ……

真白に彩られた室内に無機質な電子音が響く。

生活感を感じさせないほど清潔に保たれ、そこに居る住民も生きていく上でついていく”アカ”を感じさせない。

住民たる少女は、部屋同様真っ白なベッドに身を横たえていた。

柔らかな、赤みがかった髪がフワッと広がり、白いシーツに良く映えている。

だが、感じさせないのは”アカ”だけではなかった。

電子音に加え、シュー、といった音が時に漏れ聞こえる。

白い、シミ一つない肌に取り付けられたチューブ。

細い腕に差し込まれる点滴針。

それらが、今レイナをこの世に留めている全てだった。

そんな眠り続けるレイナを、トオルは外から見つめていた。

トオルとレイナを割く分厚いガラス。

以前にレイナが暴走した時にも収容された、同じ病室だが、そこに入れられすでに一週間が過ぎようとしていた。

しかし、未だにレイナは覚醒の兆しを見せない。

特に外傷も無く、内臓器官の機能にも問題は見られない。

にもかかわらず生命維持装置無しでは命を保つことが出来ないほどに衰弱していた。

原因が分からない以上、不安要素を持ち込むべきでは無いとの判断で、医療関係者以外の入室も禁じられていた。

トオルは、眺めるしか無い自らのふがいなさが悔しかった。

唇を噛み締めて、ガラス越しにレイナを見守る。


「……少し休んだらどう?」

「……そうですね。」


声を掛けてきたミサトからトオルはコーヒーを受け取る。

緊張した頬を緩めて、そばにあった椅子に腰を下ろした。


「医者は皆さじを投げたわ。

 それくらいに肉体的にはレイナちゃんは健康体。となると……」

「恐らく、精神的な原因でしょうね。」

「そうね……」


ミサトはレイナ―――この場合、シンジ―――が倒れた瞬間を思い返していた。

殺されることを覚悟したミサトだったが、突如としてシンジは倒れた。

ただ、その直前、何やら漏らしていた。


(『やめろ』とか『お前は出てくるな』とか言ってたわね……

 あの時誰も動けなかった。

 もし、シンジ君の話を全部信じるなら、可能性はレイナちゃんね。)


シンジがいつ、どのタイミングで、そして何故出てきたのかは分からない。

勿論推測は出来るし、タイミングに限れば大体分かっている。

レイナがエヴァに乗り込んだ瞬間。

恐らく、その瞬間にシンジとレイナが入れ替わったのだろうとミサトは思う。

確かにあの時はレイナを乗せなければならなかったし、レイナの方から乗ると言ってきた。

しかし、ミサトに返って来た結果は散々なものだった。

量産機を退けることが出来たのは良い。

だがその代償として、レイナは消え―――まだ消えたわけではないだろうが―――子供達を傷つけた。

特にアカリとコウヘイは非常にショックを受けたようだ。

意識を失って数日後に目覚めたが、二人とも未だに職員とまともに会話していない。

トウジは目を合わせようともしないし、アスカはすっかり塞ぎ込んでしまっている。

そして、その様を見るのはネルフ職員にとっても辛いものだった。

特にシンジの話を聞いた者はやるせなかった。

シンジの言われた通り、後一歩を踏み出していれば。

その想いが今となっては後の祭り。

自分達が貯めてきたツケが一気に表に出てきたような気分だった。

トオルはミサトからもらったコーヒーを飲み干すと、立ち上がってミサトに背を向けた。


「何処に行くの?」

「……せめてアイツの帰ってくる場所だけは守ってやらないといけませんから。」


そう言うと、トオルは店に戻る為病院を後にした。

それを見送ると、ミサトも病室を離れ、発令所に向かう。


(そう言えば、ずっと私達を責めることも、罵る事もしなかったわね……)


ミサトは思う。そちらの方が気が楽だったと。






レイナが倒れて病院に収容された以上、トオルに知らせない訳にはいかない。

以前の様に機密の一点張りをしても良かった。

まだそれくらいの権限はかろうじてネルフには残っている。

だがミサトはそれをしたくなかった。

トオルとレイナは血は繋がって無くても親子であり、またトオルがどれくらいレイナの事を想っているかを知っている。

だから、ミサトは独断でトオルを病室へと呼んだ。

ところがいざトオルが到着し、事情を説明しようとしても、ミサトはどう説明してよいか分からなかった。

何しろ、シンジの話は、普通に考えれば荒唐無稽極まりないのだ。

ミサトにしても、直接シンジから話を聞き、思い当たる節が多々あったからこそ納得できた。

それを、全く事情を知らないトオルにどう説明したものか。

色々と単語が浮かび上がってくるが、うまく文章になってくれない。

トオルを前にして今更思案するが、それをトオルは手で押し留めた。


「もう、良いですよ、ミサトさん……大体分かりましたから。」


は?と一瞬ミサトは疑問符を浮かべるが、すぐに表情を苦渋に歪めた。

ミサトはずっと地下のネルフにいたので気付かなかったが、地上ではこの日の天気は雨。

勿論、天気予報はミサトは知っていたが、あまり気にすることなく見ていただけであるので、そのことを忘れていた。

トオルの力を見たのが大分前であることも原因の一つだが。

悲しげに表情を変えたトオルを見て、急にミサトは胸の痛みに襲われた。

空虚感が一気に押し寄せ、涙が零れる。

何もしてやれなかった自身への怒り、レイナがいなくなった事への悲しみ、シンジに関する秘密に知っていたであろうレイナから聞き出せなかった事への悲しみ、そしてレイナに秘密をきちんと話してもらうまで信頼されなかった自分のふがいなさ。

そういったトオルの感情がミサトに押し寄せる。

不意に胸を押さえてうずくまるミサト。

それを見て、今度はトオルがしまった、という表情を浮かべる。

トオルが意識すると、ミサトの体に失われた空間が戻ってくる。


「……スイマセン。今日は帰ります。

 連絡していただいてありがとうございました……」


頭を下げ、トオルはミサトを見ることなくその日は病院を去った。

そして、次の日にはいつもと同じ、ミサトの知るトオルが現れた。

両目を真っ赤に腫らしたままで。








「……どこの誰が何を考えているのか知んないけど、ここは守りきってみせるわ。」


ミサトは発令所へ向かう通路で、自分に言い聞かせるように呟く。

正体不明のエヴァ量産機。

目的も所属も分からないが、敵意を持って来ていたのは明らか。

ならば今度こそ打ち砕く。

ミサトは今、自分が為すべきことを確認し、強い意志を瞳に湛える。

発令所に向かうミサトの足に迷いは無かった。




















第壱拾六話 零れ落ちる夢



















「うっ……」


うめき声を上げて、レイナは目を覚ました。

わずかな頭痛を感じて、頭を押さえながら立ち上がる。

頭を二、三度軽く振り、辺りを見回してみる。

だが、そこは漆黒の闇だけが支配する静かな空間だった。

自身の呼吸音だけが響き、他に何の音もしない。

それでいて自分の姿ははっきりと分かる。

白い肌に、白いシャツと薄水色のスカート。

それは見えるのに、他には何も見えない。

それでも、不思議とレイナは恐怖を感じなかった。

ふと、レイナは何かに呼ばれた気がした。

自然と足が動き出す。

視覚も聴覚もほとんど機能しない暗闇。

だが、レイナはその声がどこから聞こえてきたか、何故か分かった。

足音もせず、自分が何処を歩いているのか分からない。

しかし、レイナに不安は無い。

導かれるかのように歩き続ける。

決して長くない距離を歩いた後、何か白い影をレイナの視界が捕らえた。

暗闇の中で、明るく光る少年の姿。

黒との対比で目立つはずのその姿が、レイナには今にも消えてしまいそうな、はかない姿に映った。


「シンジ君……?」


直接会ったことがあるわけではないのに、レイナはその少年が誰だかすぐに分かった。

声を掛けられた少年は、顔を上げ、レイナの姿を確認すると、見る見るうちに表情を歪める。

憤怒で顔を真っ赤に変色させ、立ち上がってレイナに向かって叫ぶ。


「何で……何で邪魔をしたんだ!!??」


声変わり前の、やや甲高い声でシンジが叫ぶと辺りに嵐が立ち込める。

あるはずの無い何かが飛ばされ、レイナの頬を切り裂く。

レイナの白い肌を、紅い何かが流れ落ちた。


「彼らを傷つけさせるわけにはいかなかったからよ。」

「ふん、流石はリリスのコピーだよ。自分の子らが傷つけられるのは黙ってみていられないって?」

「それもあるわ。

 でも……貴方が傷つくのが嫌だったから。」


レイナの口から出た言葉に、シンジの表情が怒りから驚愕へ変わる。

一方で、レイナも自分の言った事に驚いていた。






エヴァに乗った瞬間、レイナは意識が遠のくのを感じていた。

レイナにとって、こうなる事は予想できていた。

だから必死でレイナも抗った。

しかし、自らの内から押し寄せてくる大きな波には、最後には抗うことが出来なかった。

視界が暗くなり、自らの存在が希薄になっていく。

それでも、何とか自分を保とうと歯を食いしばり、荒い呼吸を落ち着けようとする。

やがて抵抗空しく、レイナの視界が完全に暗闇に捕われたが、すぐに再び視界が開けた。

だが、それは先程とは違い、第三者が見ている、そんな感覚だった。

見ている光景は確かに自分の目から見ているはずなのに、どこかで自分の物ではないと自覚している、そんな感覚。

体を動かす感覚は確かにあるのに、動きは決して自分の意図した動きではなかった。

気持ち悪さを感じながら、レイナは目の前で行われる殺戮を見ていた。

砕かれ、裂かれていく量産機。

そして、戦闘が始まり、自らの口から語られていく真実。

それは自分の記憶の中にある内容と一致していた。

にもかかわらず、何処か違和感を感じていた。

そして、最後に「シンジ」が話した言葉。


「……僕はアスカをずっと好きだったのかもしれない。」

「さよなら。」


それを聞いたとき、気付けばレイナは叫んだ


(ダメェェッ!!!)






(そっか……私は”識って”いたんだ……)


量産機との戦いから後の出来事を思い出しながら、レイナは気付いた。

今までシンジが「出てきた」のは三回。

レイナがレイプされそうになった時、碇ユイが出てきた時、そしてエヴァに乗って量産機と戦った時。

ユイの時は憎しみ。

だが、他の二回は全てアスカに起因している。

三年前、シンジの目の前で量産機にアスカは喰われた。

そして、レイプされそうになった時にシンジが「出てきた」のは、病室での出来事が原因だった。

シンジが覚醒するきっかけとなったあの事件まで、レイナは記憶も無く、シンジも深い眠りについたままだった。

しかし、その事件を境に、レイナはシンジの記憶を全て受け継ぎ、シンジも半覚醒状態にまで押し上げられた。

それほど、三年前にシンジが犯した事を、シンジは憎悪していた。

強烈な雄の臭い。

男としての性に、シンジは憤りを感じ、自らの存在を嫌悪した。


「……何を言い出すかと思えば……

 あいつらを殺せば僕が傷つく?何処からそんな考えが出てくるのさ?」


シンジの声がレイナの思考を遮る。

心底馬鹿にした様な口調を取るシンジだが、レイナにはシンジの戸惑いがはっきりと分かった。

レイナはシンジの言い方にも憤ることなく、冷静にシンジを見た。


「貴方は本心から皆を憎んでるわけじゃないわ。

 ……いえ、違うわね。

 憎いのも本心。だけど、シンジの中にある感情はそれだけじゃ無いわ。」

「分かったような口を利くね。

 どうしてお前にそんなことが分かるのさ?」

「分かるわよ。

 私は三年前、毎日の様にシンジとシンクロして、サードインパクトの瞬間にはシンジは私の中に居た。

 シンジが目覚めてから、私の魂はシンジと半融合状態だった。」

「そうであっても、僕は僕でお前はお前。所詮、お前は他人なんだ。

 父さんの言葉を借りるのは癪だけど、人間同士が分かり合う事なんて、決して有り得ないさ。

 世界を見てみなよ。分かりきっていた事とは言え、世界はこんなに狂ってる。

 憎み、嘲り、騙し、陥れ、殴り、蹴り、刺し、撃って人が人を傷つけ、殺しあう。

 人の世界は欲に満ちて、常に疑心暗鬼。他人を思いやるなんて偽善者の戯言だよ。

 人が人を思いやる。本気でそう思ってるなら、それこそ思い上がりも良い所だ。

 人は本質的に汚い。今ならキール・ローレンツが補完計画を推し進めたのも分かる。」

「それに関しては否定はしないわ。

 確かに人はずっと誰かを傷つけながらここまで歴史を重ねて来たわ。

 それでもここまで人類が存続出来たのは、人の心がそれだけでは無いからよ。

 人が人を完全に理解する。

 それは無理かもしれない。

 でも、他人だからこそ分かることも確かにあるのも事実よ。」

「だからお前は僕の事が分かると?」


頷くレイナに、シンジは今度は大きな笑い声を上げた。

腹を抱え、涙を浮かべながらシンジは笑い転げる。

それでもレイナは、怒りを抱くことなく、黙ってシンジを見続けた。

暗闇の中、ただ一人の少年の笑い声が木霊する。

ケタケタ……と壊れた機械のように、笑い声が繰り返される。

だがそれも、唐突に終わりを告げられた。


「ふざけるな!!!」


二人を取り囲む空間が音を立てる。

ピリピリとシンジの怒声がレイナの鼓膜を打つ。

そして、何も無いはずの漆黒の闇。

そこに、ガラスの様に大きな亀裂が入った。


「もういい。」


能面を貼り付けたシンジが顔を上げた。

表情は無いが、苛立ちを隠そうともしていないのが、口調からレイナにはすぐ分かった。


「お前、消えてくれない?」


日常の何かを尋ねるかの様に、軽い口調で尋ねる。

だが、問いかけを発したにも関わらず、答えは求めてなどいなかった。

沈黙の間にも、レイナを取り囲んでいるひびは、その数を増していった。


「いや……」


シンジは軽く頭を横に振ると、もう一度言い直した。


「消えろ。」


冷たい声と共に、大きな音を立てて空間が爆ぜた。



























NEON GENESIS EVANGELION



EPISODE 16




Sweet Hatrid




















ミサトはある部屋の前に立っていた。

コンフォートマンションの一室。

第三新東京市のかなり外れにある為、三年前で零号機の自爆の影響を受けずに済んだ。

その為、ミサトは未だにそこに住んでいた。

ガラ、と木で出来た扉をスライドする。

主の居ないその部屋は、当然ながら静まり返っていた。

納戸である為、窓は無く、何処か湿っぽい感じはするものの、部屋の内装は三年前と全く変わりない。

今は多少埃が溜まってはいるが、定期的に掃除されているのだろう、三年という時間を考えれば清潔に保たれている。

その代償を払うかの様に他の部屋は腐海を形成してしまっているが。

一言も発することなく、ミサトはじっと未だ帰らぬ主を待つ部屋を見ていた。


主の居ない部屋を見るのは慣れたはずだ。


ミサトは思う。

いつ帰ってきても良いように、慣れない掃除をしていた。

だが、それも後一回で終わりだろう。

もう、部屋の主が戻ってくることは無い。

理由は無いが、ミサトはそのことを感じていた。


「クェ……」


声の方にミサトは視線を向けた。

いつの間にかペンペンがミサトの足元にやって来ていた。

濁り無い瞳でミサトを心配そうに見上げていた。

ミサトはペンペンに微笑むと、しゃがんでペンペンの頭を撫でる。


「さてと……」


ペンペンの頭から手を離すと、ミサトは向かいの部屋に振り返った。

大きく息を吸い込んで、手を上に上げる。

ミサトは口の中が粘ついているのを感じた。

緊張を誤魔化すかのように、一度唇を舐める。

そして、上げた手を振り下ろした。


「アスカ、入るわよ?」


中の返事を待たずして、ミサトは部屋に入り込んだ。

以前はシンジの部屋であったアスカの部屋。

その部屋で、アスカはベッドの上に座り込んでいた。

目は何処か虚ろで、あまり寝ていないのか、目の下には隈が出来ている。

夏布団を頭から被って虚空を見つめる姿は、ミサトには何者の干渉も拒否している様に思えた。

そして、それは三日前にミサトが見た姿と寸分の違いも無かった。

多少変わったことがあると言えば、アスカの頬の肉が更に落ちた事か。

ミサトは、部屋に勝手に入っても何ら反応をしないアスカの様子に戦慄を覚えた。

だがミサトは意を決すると、アスカの正面にしゃがみこんだ。


「アスカ、いつまでそうしているつもり?」


厳しさの籠もった、凛とした声でアスカに問いかける。

しかし、アスカは依然としてミサトに目を合わせない。

その様に、ミサトはアスカの顔を掴むと、強引に自分の方を向かせる。


「アスカには悪いけど、今は塞ぎ込んでる暇は無いわ。

 私達は今居るこの場所を守らないといけないわ。」

「……私達にそんな価値あるのかしら……?」


喝を入れるミサトを見ながら、ポツリと漏らした。


「……シンジの言う通りこの世界は争いに溢れているわ。

 薄汚い本性を持ったのが人間なら、シンジの望み通り滅んでしまえばいい。」

「じゃあ、アスカはここを守りたくないのね?

 事が始まる前の、ここが大好きだって言ったのは嘘だったのね?」


そう突きつけるミサトから、アスカは目を逸らした。


「……自信が無いのよ……。

 ネルフで言った事は嘘じゃなかった、今を乱そうとする相手に遠慮する気なんて全く無かったわ……。

 あの時は本気でそう思ってたつもりだった……」

「なら……」

「でも!!あんな話聞いた後で、どうやって守ろうなんて思えるのよ!?

 何でミサトはそんなに前向きに考えられるのよ!?

 アタシ達は結局、アイツ一人救えなかったわ!

 そんなアタシ達がどうして世界を守ろうなんて思えるのよ!?」


アスカは、頬に当てられたミサトの手を振り払いながら泣き叫んだ。

瞳に溜まった暖かい雫が弾け飛び、ミサトの服を濡らす。

だがそれもすぐに染み込んでしまい、あっという間に目立たなくなってしまった。


「アタシもシンジをいっぱい傷つけた。

 アイツもいつも助けを求めていたのに、アタシは自分の事しか考えてなかった。

 気を遣ってくれてたアイツの手を振り払うだけでなく、いっつも馬鹿にして、アイツの心を傷つけた……」

「傷ついてたのはシンジ君だけじゃないわ。

 あの時は皆そんな余裕は無かった。

 実際、トウジ君は片足を失って、レイは……一度死んだわ。

 それにシンジ君も人をたくさん傷つけている。

 人が生きるとはそういうものだわ。」

「でもアタシ達はこうやって今を過ごしていて、シンジは絶望の中で過ごしていたのよ。

 思い出したのよ。アイツが何を望んでいたのか。

 アイツはただ、当たり前の毎日を望んでいただけ。

 特に何か特別な事を望むことなくて、パパがいて、ママがいて、皆と楽しく笑い合う毎日……

 でも、アイツはそれすらも一生手にすることが出来ないって気付いてしまったのよ……」


アスカは悲しげに話すと、膝に顔をうずめた。

止まらない涙は、アスカの頬を止め処なく濡らす。

その状態のままアスカは話し続けた。


「やっぱりアタシはシンジの事を好きだったのよ……

 アイツが変わってしまった姿を見て分かったわ。

 ショックだった。

 あんな嗤い方出来る奴じゃなかったのに……

 人の顔色ばかりうかがって、気が弱くて、でも優しくて、誰かを憎む事なんて出来そうになかった。

 シンジが苦しんでる間、アタシは毎日を忙しく、楽しく過ごしていた。

シンジを傷つけた事を忘れて、当たり前の毎日を笑ってた。」


アスカは思い出していた。

紅い海で、自分の首を泣きながら締め付けるシンジの姿を。

そして、最後の瞬間、シンジの頬を撫でながら言った、絶対の拒絶と取れる言葉を。


「……シンジを狂わせてしまったのはアタシだわ。

 シンジに嫌われるのも当然よね……

憎まれるのも当たり前よ……」


アスカが塞ぎ込んでいる理由は極論すれば二点に集約する。

すなわち、シンジに嫌われてしまった事に、シンジを救えなかった事に。

ミサトは小さく溜息を吐くと、アスカに向かって言い放つ。


「だからと言って、シンジ君がした事は許される事じゃないわ。

 こんな世界になってしまったのは、私達がシンジ君を助けてやれなかった結果かもしれない。

 でもシンジ君の行動の結果でもあるわ。

 それに人が汚いのは今に始まった事じゃないし、綺麗な心も誰もが持ってる。

 人の汚さを受け入れて、思いやりの心に気付いていく事が大人になる、ということだと私は思うわ。

 それから目を背けて、生きることなんて出来ない。

 結局シンジ君はまた逃げ出したのよ。」


シンジをミサトは痛烈に批判した。

だが、内心では、ミサトは自分の言葉を傲慢だと考えていた。

シンジのした事は所詮、子供のわがままでしか無い。

嫌な事から逃げ出して、責任を全て他人に押し付ける。

しかし、シンジの成長過程から考えればそれも仕方が無い、とミサトは思う。

お世辞にもシンジのこれまでの人生は幸せだったとは言えない。

精神の成長を阻害される環境に置かれ、健全な成長を遂げることは不可能に近かった。

精々、健康的に過ごせたのは、三歳くらいまでだろう。

だから、本来なら自分達大人がシンジを支えてやらなければいけなかった。

それを、忙しさと精神的余裕の無さに任せて、それを放棄した。

そんな自分達がどうしてシンジを批判できるのか?

出来るはずが無く、自分達は責任を取らなくてはならない。

行動には必ず責任が付きまとうのだから。


ミサトは睨み付けて来るアスカを見て、少し安心した。

少なくとも、今にも消えてしまいそうな、話す前の気配は鳴りを潜めた。

だからミサトは、立ち上がって部屋を出て行こうとした。

アスカの視線を背で受け止めていたミサトだが、部屋を出る前に足を止めた。


「最初の質問に答えて無かったわね。

 私がここを守ろうとするのは、一つはここが好きで、ここに居る人が好きだから。

 そして家族の不始末を始末するのは家族の役目だからよ。」

「家族?」

「ええ、だってシンちゃんは私の家族だしね。」


そう言って、ミサトは笑みをアスカに浮かべた。

そしてミサトは部屋を出て行った。

が、少し戻って部屋に首だけ入れると、一言付け加えた。


「それと、シンちゃんはアスカを嫌ってなんか無いわよ。」


ミサトは笑顔ではっきりとそう告げると、今度こそアスカの部屋を後にした。




























「ああ、分かってるさ、心配するな。

 ん?何だ、怖気ついたのか?世界の警察も落ちぶれたものだな。

 おっと、そう怒るなよ。冗談だよ。

 ああ、そっちの心配はしてないさ。後は全部そちらに任せる。

 じゃあ予定通りに、な。」


最後に笑いながら男は受話器を置いた。

するとそれまでの笑顔は消え、椅子の背もたれに体を預けると大きく息を吐いた。

革張りの椅子が自身の体重で沈む。

椅子を反転させ、窓の方に向き直って椅子から立ち上がる。

リモコンを操作して、ブラインドを上げると、まばゆい光が男の網膜を刺激した。

男はこの場所から見える景色が好きだった。

周りには男がいる場所より高い建物は無く、何処までも遠くが見えた。

それこそが男がこの景色が好きな理由。

超高層とも言えるこのビルの最上階に位置するこの部屋は、下界と切り離された空間の様に感じるのだ。

普段はこの部屋も下界に毒されている。

様々な古狸がここを訪れ、腹に一物も二物も入れたままこの部屋を汚していく。

男にとってそれは我慢ならなかったが、ここでしか取引は出来ない。

故にそういった男達を受け入れていたが、今、この瞬間の様に、男の他に誰も居らず、一人で雄大な自然を眺めている瞬間は男の心を癒してくれていた。

汚れていないはずの自然、それすらも人は痛めつけていく。

男は決して自然主義者ではない。

だから人が自然を搾取し、破壊してしまうことも已むを得ないと思っている。

だが、人はそれをやり過ぎた。

セカンドインパクト、サードインパクトのおかげで大分生き返ったが、それも再び壊されようとしている。

人の醜さに汚染されようとしている。

男は、その人の醜さが心底我慢ならなかった。


「しかし、それももうすぐ終わる……」


男は美しい景色に目を細めながら、呟いた。

―――そう、もう後数日のうちに全てが終わる。


心の内でもう一度呟いた時、机の上の電話がなった。


「ローラント様、間もなく会議が始まります。」

「分かった。すぐに会議室に向かうよ。」


そう笑顔で返事をし、モニターに映し出された秘書官が消え去る。

そして男―――ローラントはブラインドを下ろした。

その途端、明るかった室内に暗闇が訪れ、白いはずの壁も濁った様に感じられた。

ローラントの軽薄な笑顔が消え、目つきが鋭いものへと変わる。

自分の姿を消し去り、陰謀渦巻く会議室へ。

ローラントは自分を読ませない為に、無表情の仮面を被る。











会議の議題はただ一つ。

数日後に迫った終焉への最終調停。

























shin:ギリギリ間に合った、かな?

シンジ:ホント、ギリギリだね。掲載一時間前だよ。

ミナモ:でも結局今回も何も判明してないに等しいわよ。

シンジ:ここの僕がレイナの中から出てくるのに、何らかの関係があるのと、LASっぽいことくらい?

shin:少しずつ小出しにしてるつもりではいるんだけどな。

   LASな感じはあるけど、この後発展していく予定は無し。

   いつか書いたけど、カップリング要素は無しだから。

ミナモ:そろそろまた話が動き出すのかしら?

shin:次話で、もしくはその次くらいで最後の山が始まる……はず

シンジ:話半分で聞いておくよ。

























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