自分達を守るようにして立ちふさがった量産機を見て、アカリの頭は混乱を極めた。

今まで攻撃を加えていた相手が、今度は自分達の味方に回ったのだ。

いや、そもそも本当に味方になったのかも分からない。

もしかしたらそう思わせておいて、後ろからガン、ということも有り得る。

だが、相手はすでに自分達に止めをさせる状態にあったのだ。

そうする理由が無い。

ならば発令所の方で何かしたのだろうか?

相手は所詮機械である。

ハッキングして、こちら側に立ち位置を変更するくらい出来るかもしれない。


アカリは様々な可能性を頭の中に巡らせていたが、その間に伍号機の前に立ちふさがった量産機は体勢を低くすると、一気に相手の方へ飛び込んでいった。

単純で、無謀にも思えた攻撃だったが、体当たりは見事に敵の量産機に命中した。

他の機体がサポートする間も無く、数百メートルに渡って弾き飛ばされる。

それほどまでに味方に回った量産機の動きは素早いものだった。

これまでの動きとは雲泥の差で、目視できるかどうかも微妙なほどである。

恐らく反応速度の限界を超えていたのだろう。

やや遅れて残った機体が、攻撃してきた量産機に飛び掛る。

完全に背中を見せていた量産機だが、次の瞬間には襲い掛かった方が吹き飛ばされていた。

背後から襲い掛かられた量産機だが、後ろに目が付いているかのようにあっさりと避けると、その動作を利用して機体を捻る。

そのまま回転して、避けられて無防備になった量産機に思い切り回し蹴りを食らわせる。

モニター越しのその戦いに、アカリは完全に魅せられていた。

流れるような一つ一つの動作に加え、限界ギリギリまで引き出された機体の性能。

これが本来のエヴァの動きか、とアカリはぼんやりと目の前の戦いを眺めていた。

だが、それを見ながら、アカリは先程までと一つの違いに気付いた。

三体の量産機に対峙する一機の量産機。

明らかに機体が一つ増えている。

常に素早く動く所為で中々確認できなかったが、よく見るとエントリープラグが挿入される位置にはっきりとナンバリングされていた。

”7”と。

もしかして、とアカリが一つの結論に達した時、プラグ内の回線が開かれた。


「今のうちに六号機を回収して!」

「了解。

 あの機体は……」


アカリの問いかけに、モニターに映るミサトからアカリの結論を肯定する返事が返ってきた。


「ええ、レイナちゃんよ。

 レイナちゃんが足止めしてるうちに早く!」


ミサトに急かされ、アカリは六号機の腹に突き刺さる槍をなるべくそっと引き抜く。

傷跡から吹き出る、人の血にも似た体液が、六号機の青いボディと伍号機のモスグリーンのボディを汚した。

それに構わず、アカリは六号機を抱え上げると第三新東京市中心部の方へと機体を走らせた。

そして、走り去る伍号機の背後では、量産機を圧倒し、その純白の体を鮮血に染め上げる一機の鬼神が立っていた。
























第拾参話 彼と彼女


















約一時間前














「何が起こってるの……?」


慌てて飛び出していったミサトをレイナは呆然と見送った。

静かになった店内と対照的に、街中が騒がしくなってきている。

約三年ぶりの非常警報。

当時と比べてかなり住人が入れ替わっているとは言え、まだまだその時の住人も残っている。

街中に流れる、聞きたくも無い音色に、誰もが立ち止まって聞いていた。

最初は呆然としていたが、徐々にその顔が強張り、次いで恐怖の色に染まる。

逆に、新しい住人は何の警報か分からず、不思議そうな顔をしながら、大して気にも留めずそのまま歩き続けている。

だが、ホーリーブレストのある地域は、比較的昔からの住人が多い地域であった。

何かに急かされるように一人が動き出す。

ぎこちないその動きは徐々に柔軟さを取り戻し、足は摺り足から駆け足へ変わる。

早く逃げなければ!

必死の形相で走り出した一人を、皆、怪訝な表情で眺める。

その一人を、何かを確信した別の一人が追いかける。

その数は一人から二人、三人と増え続ける。

誰かにぶつかろうとお構い無しに、逃げ出した人はただ一つの方向へと足を急がせた。

その行動は、三年前の記憶が癒えぬ昔からの住人に電撃の如く伝わっていく。

手に持っていた荷物を投げ出し、昔から指定されていたシェルターへと急ぐ。

あっという間に、道は走り出す人の波に埋まった。

それを見て、ようやく新たに移り住んできた住人もただ事ではない事に気付く。

第三新東京市に移り住む時に、きちんと自分が避難すべきシェルターを指定されたことを思い出した。

しかし、そういった危機に晒されたことが無い為、適当に聞き流してしまっていた。

何処に行けば良いか、全く分からず、とにかく人の流れに乗って走り出す。

この際、自分の身が助かるのならば何処であろうと構わない。

結果、シェルターはあっという間に許容人数を超え、街は何処へ逃げれば良いか分からない人間で溢れかえった。



パニックに染まった街を、レイナは店の窓越しに見つめる。

人をなぎ倒し、泣く子を見捨て、迷走を続ける人達。

それを見るレイナの瞳には悲しみが溢れていた。


「何が起こっているか、何となく分かってるんだろ?」


後ろからトオルがレイナの問いに、質問の形で応える。

確認とも言えるトオルの問いだが、レイナはそれに特に反応することなく、外を向いたまま返事をする。


「また使徒が来たの?」

「そこまでは分からんけどな。

 葛城さんの慌て様からして、それに近い事が起きてるんじゃないか?」


トオルの推測にもレイナは返事をしない。

ただ、荒れ狂う街の通りを眺めている。


「それで、お前はどうするんだ?」


トオルは背を向けているレイナに声を掛ける。

口調は相変わらず軽いが、顔は決して笑ってはいない。

問われたレイナは、窓の方を向いたまま答えた。


「別にどうもしないよ。ミサトさんに言われた通り、シェルターに避難するでしょ?」

「お前はそれで良いのか?」

「……何が言いたいの?」


トオルの何か含みのある言い方に、レイナはトオルの方に向き直った。

お互いに厳しい面持ちのまま見つめ合う。

だが、別に、と言うと、トオルは表情を崩した。


「ただお前はこのまま何もしないで良いのかと思っただけだ。

 何もする気が無いのならそれはそれでいい。一緒にシェルターへ避難するだけだ。」

「私は……」

「お前が後悔さえしなければそれでいい。

 まあ、別に後悔することも無駄じゃ無いとは思うがな。」

「……」

「後悔の全く無い人生なんて無い。後悔するからこそ、人は前に進めるんだ。

 そうは言っても後悔なんてしたくないもんだが。」


そこまで言って、トオルは準備をしてくる、と店から自宅の方へ戻った。

店にはレイナだけが残る。

視線をずらせば、テーブルの上に飲みかけのコーヒーがある。

外を向けば先程と同じように、パニックに陥った人々が我先にとシェルターに群がっている。


(私は……)




私は何を望むのだろうか?

何を今すべきなのだろうか?

無垢なる存在として作られた私はどうあるべきなのだろうか?

いや、最早私は無垢ではない。

無垢だった私はすでに消え去り、人の明と暗の両方を見てしまった。

パンドラの箱はすでに開かれた。

ならば、どうする?

どうある?

絶望と、希望の化身とも言うべき私は、どうある?

相反する二つの要素。

その上に成り立つ私に何をしろ、と言うのだろう?




店からトオルが消え、一人店で悩むレイナだったが、何処からか聞こえてきた泣き声に顔を上げた。

窓の方に顔を向けると、小さな、3,4歳位の女の子が店の前で泣いていた。

騒がしい店の外なのに、何故かレイナにはその泣き声がはっきりと聞こえた。

それを見てレイナは慌てて店を飛び出す。

女の子の前に立つと、その子の目線に合わせて屈み込む。


「どうしたの?お母さんとはぐれたの?」


だが、女の子は泣きじゃくるだけで、何も言わない。

その二人の横を、人々が叫びながら慌しく走り回っている。

外に居るのは危険と判断したレイナは、女の子の手を引いて店の中に入った。

入り口のドアを閉めると、外のけたたましさと隔離された様に静かになる。

そしてレイナは再び女の子の正面にしゃがみこむと、女の子をそっと抱きしめた。

まるでそうすることが当たり前であるかの様に、自然な動作で。

表情には、優しい笑みを、包み込むような暖かさを持って。

抱きしめられた女の子は、落ち着いたのか、泣き止んで体をレイナに預ける。

そして、泣きつかれたのか、そのままレイナの腕の中で眠ってしまった。

腕の中の、幼い子供独特の柔らかさと温もりを感じながら、目を閉じる。

どれくらいそうしていただろう。

防音の聞いた店内の静けさに溶け込む様に、目を閉じたまま、身じろぎすらしない。

やがてレイナは、ゆっくりと目を開けると、女の子を抱えて立ち上がる。


(私は……)



そう、悩むことなど無かったのだ。

悩む、ということは選択の余地があるということ。

自分の成り立ちがどうだとかは関係無い。

自分がすべきだと思ったことをすればいい。

私が為したいことは最初から決まっていたのだから。

結局、私が留まっていた原因はただ一つ。

私自身の覚悟。

それだけが足りなかったのだ。

私が私でなくなる可能性。

今の生活を失くしてしまう可能性。

それが怖かった。

だから、それを無視しようとした。

逃げ出そうとした。


(お父さんには見抜かれてたみたいだけどね……)


高屋トオル。

元戦自の兵士で、私が父と呼ぶ人。

当然血は繋がってない。

昔は、あちこちの戦場で輝かしい戦績を残したらしい。

だけども、私にとっては適当で、怠け者で、いつもボサボサ頭で……

それでも、私が大好きな人。

世間一般のお父さんよりも、ずっとお父さんだと思う。

だからこそ、今の生活を失いたくなかった。

この世界を、今私が居る世界を壊してしまいたくなかった。

もし、それを望むなら、自分から動かなければならないのに。


(だから……)


私は、私の出来ることをしよう。

この世界を、腕の中で眠るこの子の居る世界を、父が居る世界を守るために。

私にはその力があるかもしれないから。




「お父さん……」


立ち上がったレイナは、女の子を抱きかかえたまま、トオルの名を呼ぶ。

呼ばれたトオルは柱の影から姿を現すと、背を向けたままのレイナを見つめる。


「決めたのか……?」

「うん……」


トオルの問いに、レイナは振り返ると静かに頷いた。

そして女の子を起こしてしまわないよう、そっとトオルに渡す。


「この子をお願い。多分この騒動でお母さんとはぐれたんだと思う。」

「分かった。

 ……後悔しないな?」


トオルはレイナの目を真っ直ぐに見つめて、確認をする。

レイナもトオルの目を同じように見つめ返して、黙って、ただ頷いた。


「なら俺が言うことは無いな。

 お前が正しいと思い、短い時間だが十分に考えた結果なら、それがお前にとって最善の選択なんだよ。

 ほら、早く行かないと手遅れになっちまうぞ?」


トオルはレイナの返事に表情を緩めると、手をひらひらさせてレイナを急かす。

折角格好良かったのに、とレイナは思ったが、トオルらしい振る舞いにレイナも表情を緩める。

言われた通りにレイナは店を駆け出していこうと玄関のドアノブに手を掛ける。

だがそこで、トオルはレイナに声を掛けた。


「何?」

「いや、ただ頑張ってこいよって言いたかっただけなんだがな、もう一言だけ。」

「何よ?早く行けって言ったのはそっちなんだから、手短にね。」

「分かってるよ。

 レイナ……ちゃんとここに戻ってこいよ。ここはお前が居るべき場所なんだからな。」


トオルの言葉にレイナは驚きの表情を浮かべた。

だがすぐに嬉しそうに目を細めると、大きく頷いて、店を飛び出していった。
























NEON GENESIS EVANGELION



EPISODE 13




Reina Amiya
























「はあっ、はあっ」


まだ避難できていない人混みの中を抜けて、レイナはネルフ本部へと走った。

このパニックで、地上の交通手段は使えない。

バスは人に邪魔されて進まず、モノレールも非常事態宣言が出されて全て停止している。

ならば、とレイナはホーリーブレストから若干離れた、地下を走るネルフ専用のリニアへと向かった。

2016年以降に新たに建てられた兵装ビルの扉を開けると、そこからリニア用の駅に行ける様になっている。

扉の前に到着すると、息を整えながら、前にミサトから渡されたIDカードを穴に差し込む。


(お願い、開いて……)


ミサトがレイナに渡して、すでに相当の日数が経っている。

それだけにまだその時のIDが使えるか、心配だった。

だがそんな心配を他所に、ドアロックは呆気なく開いた。

安心するレイナだったが、すぐに顔を引き締め、再び勢い良く扉を開けて中の階段を駆け下り始めた。

自由落下の様な勢いで、階段を駆け下りる、と言うよりも飛び降りると言った方が正解かも知れない。

凄まじい時間で全ての階段を降り終えると、ホームの電光掲示板を見る。

まだホームに電車の姿は無く、掲示板には、後一分、と表示されていた。



地下リニアはネルフの職員用に普段から環状に回っている。

いくつかの駅があり、通常ならば各駅に停車しながら、ネルフ地下ゲートへ向かう。

だが非常時になると、MAGIによって統制されたそれは、地上の兵装ビルの扉に差し込まれたIDカードに反応して、その地下にある駅へ真っ直ぐに向かう。

本部に送るべき人物の優先順位が決められており、その順位があるラインより高い人物のところまではノンストップで電車が到着する。

その人物が乗ると、またネルフ本部までノンストップで走り出す仕組みになっている。



レイナはチルドレンに選出されていることもあり、最優先でレイナの元へ電車は到着した。

それに乗り込むとすぐに電車は出発する。

レイナ以外、その車両には誰も乗っていない。

にもかかわらず、レイナは座ることなく、吊り革に手を掛けて、落ち着かずに足を動かす。


(早く、早く……)


直通のリニアはわずか5分程度で本部まで着く。

しかし、今のレイナにはそれが1時間にも2時間にも感じられていた。








本部直通の駅に到着するや否や、レイナは弾かれた様に飛び出した。

エスカレーターを駆け上り、廊下を風の様に駆け抜ける。

あっという間に本部入り口のゲートに到着し、もどかしい思いをしながらレイナはスカートのポケットからカードを取り出す。

慌てている所為か、スロットに中々カードが入らず苛々する。


(落ち着け、落ち着け……)


自分に言い聞かせて見るが、うまく行かない。

ようやく入り込み、再びレイナは走り出そうとした。


ポーン、ポーン


しかし、ゲートからは無情な音が返ってくる。

ゲートはうんともすんとも言わず、黙って来訪者を拒んだ。



ネルフ関連施設でカードが必要な施設では、定期的にカードの交換が行われる。

以前はどの施設も同時にカードの交換が行われていたが、三年前より、交換間隔が施設により異なるようになった。

これは人材及び予算削減によりその余裕が無くなった事に因る。

流石に本部施設はその交換頻度を落とすわけにはいかなかったが、それ以外では重要度に応じて頻度に差がつけられた。

その為、レイナのカードでも兵装ビルの扉は開けることが出来たが、本部ゲートは開かない、と言う事態が起こってしまったのである。



「っ!!何で開かないのよっ!!」


無論、レイナがその事を知るはずも無く、叩き壊さんばかりの勢いでガンガンと機械やゲートを蹴ってみる。

が、当然それで開くはずも無く、音とレイナの息だけが空しく響く。

非常時の為か、ゲート付近に職員もいない。

どうしようか思案したレイナだが、突如ガタン、と音を立ててゲートが開き始めた。

思いがけない事態に、ポカン、と口を開けてレイナはその様を見ていたが、レイナの背後から声が掛かる。


「葛城二佐に連絡をしておいた。気にせず行くといい。」

「貴方は……」


レイナが振り向くと、そこにはこの前、店で携帯を借りた諜報部の男がいた。

男は携帯をポケットにしまうと、表情を変えずに口を開く。


「君が入っても問題無いことは私が証明する。

 それに許可を出したのは葛城二佐だ。

 電話越しだが、外はかなり大変な様だ。急いだ方が良い。」


それだけを話すと、男はゲート周りの警護に当たるため、レイナに背を向けて仁王立ちする。

レイナは男に向かって一礼すると、ゲートをくぐって走り出した。














「ミサトさん!!」

「レイナちゃん!」


息を切らして走りこんできたレイナを、発令所にいるほぼ全員が目を向ける。

そんな中、ミサトは瞳に悲しそうな色を湛えてレイナに近寄る。


「ホントに…いいのね……?」

「ええ、決めましたから。後悔はしたくないですし、後悔するにしても流されてしたくは無いですから。

 それに……」


一度ミサトから視線を外し、レイナは逡巡の表情を見せる。

だが、すぐに何か決意を固めたように、真っ直ぐにミサトの目を見る。


「それに、今どういう状況かは知りませんが、この騒動が終わったら全てお話しようと思います。」

「レイナちゃん……」


それは、固い、固い決意。

周りが何と言おうと、決して覆らないであろうモノ。

シンジの、レイの、そしてアスカの色を持つ、不思議な少女。

それだけにミサトは、本心ではレイナをネルフに、エヴァに関わらせたくなかった。

今更だとは思う。

だが、今となってはそれを口にすることは出来ない。

状況もそれを許さない。

モニターに映し出されている外の様子は、明らかに苦戦を表していた。

こちらを馬鹿にするかのように、三年前と同じ相手の動向。

ただ一つ違うのは、敵の量産機の動き。

バラバラの動きをしていた三年前と異なり、数こそ大きく異なるものの、連携の取れたその動きは、ネルフ側のエヴァを圧倒していた。

アカリ、コウヘイとも頑張ってはいるが、このままでは長く持ちそうも無い。

今、シンクロ率が二人より低いレイナが入っても状況を打開出来るかは、はっきり言って不明である。

それどころか、きちんとフォーメーションの訓練もしていないレイナを入れることは逆効果ではないか。

誰も口にしないが、発令所のメンバーは多くがそう思っていた。

かと言って代案があるわけでもなかったが。

発令所のメンバーの、レイナに対する印象は悪い。

選ばれてすぐに突然暴れだすし、黙って勝手に本部から居なくなる。

しかし、ミサトはレイナなら何かやってくれそうな気がしていた。

だからこそ、微妙な雰囲気が漂う発令所からミサトはレイナを連れ出そうとした。


「分かったわ。

 じゃあ時間が無いから状況を説明しながらケイジへ案内するわ。

 司令、しばらくの間指揮をお願いできますでしょうか?」


目線をレイナから最上階に座するゲンドウへ移す。

戦闘中に作戦部長が席を外す。

本来ならばこれはもっての他である。

だからゲンドウの隣に立つ冬月は露骨に顔を歪める。


「葛城君、君は作戦部長なのだから……」

「問題無い。」


冬月の言葉を遮ってゲンドウが許可を出す。

冬月がゲンドウに文句を言おうとするが、その前に素早くミサトが発令所を後にする。

礼を簡単に述べて、ミサトはレイナを連れて発令所を出て行く。


「碇、どういうつもりだ?」

「何も含むところなど無い。状況を移動しながら伝えた方が時間短縮になる。

 それに都市部の外での戦闘など、作戦部長が指示を出せることはほとんど無い。」

「それはそうだが……」

「仕方ありませんよ、冬月先生。

 ミサトちゃんがもういないんですから、こちらとしては今やれることをするだけですよ。」


渋る冬月をユイがなだめる。

そしてユイは階下のマヤに指示を出した。


「伊吹部長、至急七号機の発進準備を。」


モニターには完全に押され始めている伍号機と六号機の姿があった。














走りながら、ミサトは現在の地上の状況をレイナに伝えた。

レイナもそれを真摯な表情で聞き、自分が為すべき事を考える。

時間に一刻の猶予も無い現在ではプラグスーツを着る暇も無い。

レイナは技術部員から受け取ったヘッドセットだけを着けると、エントリープラグに駆け寄る。

スカート姿だが、それを気にしている暇も無い。

恥ずかしさを隠し、プラグに乗り込もうとしたところでミサトが声を掛ける。


「色々ときっちり話してもらわないといけないんだから、

 だから……帰って来てね……」


説明している時、レイナの態度は確かに真摯だった。

だが、それにどこか悲しみが洩れ出ていた。

そして、プラグに乗り込もうとする直前、ミサトにはレイナが全てを振り切ろうとしているように見えた。

だから、ミサトは時間が無いにも関わらず、レイナに声を掛けずにはいられなかった。

レイナは笑みを浮かべてミサトに向かって頷くと、エントリープラグの中に消えた。

心の中で謝罪しながら。












ゲンドウが七号機の発進を告げた時、ミサトは発令所に戻ってきた。

心なしか、出て行く前より発令所の喧騒が大きくなっている気がミサトはした。

すぐにオペレート席のシゲルに状況を尋ねる。

シゲルはすぐにミサトに報告するが、明らかに焦りを含んでいた。


「先程、敵量産機の一機がロンギヌスの槍と思われる物を使用しました!

 それにより、六号機の腹部を損傷!モニター出来ず、パイロットの生死は不明です!」

「回収は!?」

「伍号機も三機に囲まれた状態でとても出来ません!」


次いで技術的な部分をマヤが引き継ぐ。

ミサトに報告するマヤの口調にはどこか戸惑いが混ざっていた。


「七号機ですが、シンクロ率14.9%、誤差ですが、0%を示しています。」

「誤差が0%?そんなこと有り得るの?」

「分かりません。理論上の理想的な状態ですが、現実に有り得るとは……」

「起動に問題は無いわよね?」

「それは無いです。」

「なら良いわ。原因は後でそっちで当たってちょうだい。」


今はそれは些細なことだ、とミサトは視線をモニターに移す。

ちょうど七号機が地上に到達し、最終安全装置が外される。


「良いわね?すぐに戦線に向かって二機と相手を引き離して!」


シンクロ率の低いレイナで本当に間に合うか?

爪を噛みながらミサトはレイナに指示を確認する。

だが、レイナからは何の返事も返ってこない。


「レイナちゃん!?」


ミサトが再度呼びかけるが、やはり返事は返ってこない。

代わりに、発令所のモニターから七号機の姿が掻き消えた。


「!?」


突然の事態にミサトは声も出なかった。

すぐに広域を映し出すカメラに切り替えられる。

そこにはソニックウェーブで破壊されていく街の姿が有った。


「七号機、音速を突破!」

「シンクロ率に変動有りません!」


シンクロ率が低い状態で、この移動速度は有り得ない。

15%程度では到底ぎこちない動きにしかならないことは、発令所の誰もが知っている。

不可思議な状況に、何をすべきか、誰一人分からなかった。

量産機が伍号機と六号機に飛びかかろうとしたところで、間一髪七号機が間に割って入る。

だが、それは二機を助けたと言うよりも、獲物を見つけた猛獣の様であった。

そして、一方的な殺戮が始まった。





























すでに戦況は決まっていた。

七号機により、それまで優勢を保っていた量産機は圧倒的な力により、最早原型を留めていない。

辺りは血のような紅い溜りがあちこちに出来、異様な匂いが立ち込めている。

それでも量産機はS2機関の為せる業か、損傷した箇所を修復しながら立ち上がろうとする。

しかし、七号機はそれを許さない。

地に伏す一機の量産機の頭部を踏み潰し、グシャ、という気持ち悪い音を立てて真紅の体液があちこちに飛び散る。

残りの二機も完全に頭部とプラグを潰され、S2機関も完全に活動を停止していた。

最後に踏み潰された量産機は、痙攣するようにわずかにピクピク、と動く。

それを七号機は見下ろしていた。

純白だった機体は、すでに鮮血に染まりきり、仁王立ちする様はかつての弐号機を思い出させる。

もう一度頭を踏み抜き、プラグに真っ赤な腕を伸ばす。

その時、激しい光が七号機を襲った。

量産機を中心として光の柱が立ち上り、残りの量産機も含めて山ごと吹き飛ばす。

上空の雲は瞬時に蒸発し、天までも吹き飛ばしてしまわんばかりの勢いで爆発した。

だが、第三新東京市には爆発は全く届かず、ある平面を境界にして被害は零であった。

そして、その境界線上に七号機は真紅の機体で立っていた。















本部に収容された七号機を皆が恐怖に彩られた視線で見つめていた。

レイナがプラグから降りてきても、誰も声を掛けることが出来ず、シャワー室へ消えていくレイナを黙って見送るだけだった。

それでも仕事はしなければならない。

内心の動揺を誤魔化すかのように、皆一心不乱に事後処理へと当たっていった。

そうしなければ本部全体を包み込む、一種の異様な空気に耐えられそうに無かったから。

シャワーを浴び終えたレイナは、浴びている間に簡単にクリーニングされた服を着直し、適当に髪の水分を取ると更衣室から出てきた。

プシュ、と発令所の扉が開き、発令所にいたメンバーはそんな音にも敏感に反応し、体を強張らせる。

レイナが歩いて入ってくるが、誰も口を開かない。

カタカタ、とキーボードを打つ音だけが響く。

レイナの動きは、完全にミサトの予想を超えていた。

何かやってくれるだろうとは思っていたが、これほどとは微塵も考えていなかった。

また、先程の戦闘での七号機の行動がミサトの知るレイナとは全く結びつかない。

何処までも無慈悲に、残虐に、冷酷に、暴力的に、徹底的に敵を叩き潰す。

だからミサトもレイナに話しかけ辛かった。

それでも意を決してねぎらいの言葉でも掛けようとレイナに近づく。

場の空気を少しでも和らげようと、出来るだけ軽いノリで話し掛けようとする。

だが、レイナまで後数メートル、というところでそれ以上近づくことは叶わなかった。

突如として吹き飛ばされるミサト。

その音に作業していた皆が一斉に二人の方へ振り返る。

ミサトも何が起きたか分からず、腰をさすりながら顔をしかめてレイナを見る。

そこには、多くの人が張ることの出来る、そして拒絶を表す心の壁が光を反射していた。

多くの目が見つめる中、底冷えするかのような冷たい声が、レイナの愛らしい口から紡ぎ出された。


「ダメですよ、ミサトさん。それ以上近づいたら。

 つい殺してしまうじゃないですか。」


薄ら笑いを顔に張り付けて、あざ笑うかの様に口元を歪めてミサトを見下ろす。

まだ湿り気の持った髪が顔に張り付き、その隙間から見える瞳は漆黒に濁り切っていた。






















shin:「福音を伝えし者」第拾参話でした。

シンジ:何か、後半はダーク満開だね。

ミナモ:結局、レイナって何者なの?

シンジ:途中意味深、というか、ヒントになりそうなことを言ってたけど。

ミナモ:でも最後のセリフは「彼」っぽいわよ。

shin:まあそう慌てるな。次回で確実に明らかになるから。

ミナモ:これだけ正体を引っ張ったんだから、読んでる人を納得させる設定なんでしょうね?

シンジ:普通、主人公の正体はこんなに後半まで引っ張らないもんね。

shin:矛盾は多分無いと思うが、納得するかどうか……

ミナモ:結構無茶な設定なのよね?

シンジ:掲示板でも百点満点の解答は出なかったみたいだし……

shin:年明けまで待ってて頂ければ、明らかになるから。

ミナモ:それまでしばらくお待ち下さい。

shin:では皆様、本年も当サイトにいらしてくださってありがとうございました。

   来年も精一杯頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

シンジ:来年も良い年でありますよう、お祈り致します。

ミナモ:年末年始、お体には気をつけて下さいね。























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