一週間前














「インドの方はどう?」


発令所に入ってきたミサトは、開口一番インドに行ったトウジの様子を尋ねた。

その問いかけに、コンソールの前で別の作業をしていたシゲルが答える。


「こちらから同伴した職員からは特に新たな連絡はありません。

 また戦自、及び日本政府からも同様です。」

「そう……」


トウジが参号機と共にインドに行って三日が経った頃、一つの連絡が日本政府から入った。

曰く、両国の首脳部と話が着いた、と。

話が着いたとは言っても、文字通りの意味ではない。

つまりは双方の主要部を制圧し終えた、ということだ。

だが、この連絡を聞いたミサトは露骨に顔をしかめた。

いくらなんでも早すぎる。

現場には日本人だけがいるわけではない。

派遣される軍は名目上は国連軍であるため、他国の軍隊と合同で作戦が行われる。

大半は日本の戦自、及び国連所属の自衛隊でありるのだが。

その為、どんなにスムーズに行っても作戦開始まで一週間はかかる。

それがたったの三日で終わったというのだ。

勿論、これではいさようなら、とはいかない。

まだまだ事後処理は忙しいし、政府と離れた残党の動きにも警戒しなければならない。

他にも治安維持にも関わる必要がある。

ネルフには治安に関しては何もすることは無いのだが、力の象徴として、日本政府のカードとして留まらなければならない。

しかし、戦闘行動そのものが三日、というのは異常な早さである。


(まるで最初から本気でなかったような……)


ミサトはそう考えるが、すぐにその考えを打ち消す。

まだ色々な理由が考えられる。

本当に三日で終わった可能性も低いにしろあるわけで、もしくは戦闘に入る前に何らかの話がすでに着いていたのかもしれない。

疑えばキリが無い。

例えば、両国とも本気でなかったとしたら、何か別の意図があったはずである。

でなければ、形だけとは言え、戦闘状態に入るわけが無い。

そして、その意図で考えられるのは、間違いなくエヴァであろう。

エヴァを本部から切り離したかった。

更にその線で考えていけば、怪しいところなどそれこそ数え切れない。

対象が日本政府ならば世界中の国、組織が怪しいし、対象がネルフに移れば、日本政府すら怪しくなってくる。

そこまで考えたところで、ミサトは判断を放棄した。

いずれにしても、現時点ではネルフに出来ることは警戒することしか無い。

持てる情報が少なすぎるのだ。

そうミサトが結論を出して、更に数日。

特に新しい情報はネルフには入っていない。

事件もほとんど終わった状況で何か起こるとも考えにくいが……


「じゃあ、悪いけど引き続きお願いね。」

「ああ、そう言えば今日はレイナちゃんのところに行くんでしたね?」

「そうなのよ。やっと時間が取れたのよね〜。」


シゲルの確認に大きく溜息をつくと、ミサトは肩を回して疲れたような仕草をした。


「紛争が起こると書類が増えますからね。」

「全くよ。大して読まないでしょうに。」


ミサトの言い草に、シゲルは苦笑いを浮かべてミサトを見る。


(あれでも大分減ったはずなんだけどなぁ……)


そうシゲルは内心で呟くと、今はここにいない同僚の姿を思い浮かべた。

本来ミサトが処理しなければならない書類も、マコトがかなりの量を処理していた。

勿論、マコトに出来るのはマコトが処理しても問題ない書類に限られるが。

トウジと共にマコトは今インドの方へ行っているが、その直前までせっせと書類を片付けるマコトの姿に、シゲルはホロリと零れる熱いものを隠せなかった。

もっとも、ミサトがその事に気付いていないので、マコトの努力は空しい結果になってしまうだろう。


「まあ、それでもついさっき終わったんだけどね。

 何とかレイナちゃんとの約束守れそうだわ。」


そう言ってシゲルに手をヒラヒラと振りながら、ミサトは発令所を出て行こうとする。

その時、シゲルの手元の端末が、チカチカと光る。

シゲルが受話器を取り、何やら話し出すのをミサトは背を向けて聞いていた。

何やら嫌な予感を感じながら。

話が終わる前にさっさと出て行こう、とミサトは足を速めた。

だが、無常にもミサトが出て行く前にシゲルから呼び止められた。


「……何かしら?」

「いや、その……今度はアフリカです……」


その報告にガックリと肩を落とすと、ミサトは携帯を取り出してレイナへキャンセルの電話を入れ始めた。























第拾弐話 望まざる、再開

















泣く泣くミサトが電話を入れて一週間。

ようやく状況が落ち着いて、再びレイナと会う時間が取れた。

青いスポーツカーが昼間の第三新東京市を疾走する。

しばらく走ったところで、ミサトは目的地近くの駐車場に車を入れる。

車を止めて、ミサトは車を降りた。

駐車場から少し歩いたところで、目的の建物が見えてくる。

喫茶店、ホーリーブレスト

時刻は午後3時を少し回ったところだが、入り口にはClosedの文字の板が掛けられていた。

それを一瞥すると、戸を押し開ける。

カランカラン……

入り口に取り付けられた鐘が鳴り、ミサトは店内へ入った。

中ではトオルが皿やカップを洗っていた。

当然、店内に客はいない。

トオルは入ってきたミサトに気付くと、ニッコリ笑って頭を下げる。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」

「どうもお時間を作っていただいてありがとうございます。あの、今日はお店は……」

「ああ、ついさっき閉めたところです。そちらも客が大勢居るところで話すわけには行かないでしょうし。」

「お気遣いいただいて申し訳ないです。稼ぎ時でしょうに。」

「いやいや、ウチのバカ娘の所為でお越しくださったんです。本来ならこちらから出向かなければならないのですから、これ位は当然です。」


そう言うと、トオルはカウンター越しにミサトに席を勧める。

ミサトもそれに従って勧められた席に腰を下ろした。

一番奥のボックス席。

初めてここに来た時と同じ席。


「この席は一番狙撃されにくいですしね。勿論盗聴器の類も無いことは確認済みです。」


おもむろに狙撃という単語が出てきてミサトは少々驚いたが、すぐにトオルの経歴を思い出した。


「そう言えば、戦自の出身でしたね。」

「ええ、三年前に辞めましたがね。」


ミサトの確認に、お盆にコーヒーを乗せたトオルが答える。

お盆からコーヒーをテーブルに置き換え、ミサトの正面にトオルは座る。


「どうぞ。今、レイナは買い物に行ってますので。多分もうすぐ帰ってくると思いますから。」


言われてミサトは腕時計を見る。

約束の時間にはまだ少し余裕があった。


「やだ、少し早かったですね。」

「まあそういうわけですので、レイナが帰ってくるまでこれでも飲んで待っていてください。」

「どうしてお辞めになったんですか?まだ若いのに。」


トオルの入れたコーヒーに口をつけながらミサトは尋ねた。

対するトオルも自分の入れたコーヒーを飲みながら質問に答える。


「若い内に色んな事を経験しておきたかったんですよ。

 結局はしがない喫茶店のマスターに落ち着きましたがね。」


それから、と言いながらカップをテーブルに置いた。


「別にそんなに畏まらなくてもいいですよ。そっちの方が年上なんですから。」


自分に敬語を使う必要は無い、と告げると再びコーヒーに手を伸ばす。

だがそうは言われても、ミサトにはそうするのが躊躇われた。

どうもトオルの方が自分より年上のように思われるのだ。

とは言え、トオルがそう言っているし、確かに年上の自分が相手より畏まるのもどこかおかしい。


「ならお言葉に甘えさせてもらうけど。

 そういえば、今日は声は聞こえないの?」

「声?」


そう言われて、トオルは前回ミサトに会ったときを思い出した。

その時は天気が悪くてトオルの中にうるさい位に声が聞こえてきていた。

そしてその時にミサトに声が聞こえることを明かしたことをトオルは思い出した。


「ああ、今日は天気が良いですから。天気が悪いと自分でコントロールできないんですよ。」


怪我をした古傷が痛むのと同じモンですよ。

そう言って、ははは、と笑った。


「それはそうと、中々そちらも大変のようですね。」


ミサトは一瞬、何の話か分からなかったが、すぐに合点が行った。


「そうなのよね。終わったと思ったらまた始まって。

 おまけに今は二つ同時に起こっちゃって。

 おかげでウチも人手不足よ。」


今、アフリカにはアスカが行っている。

これにはアカリとコウヘイが戻ってきたばかりだというのもあるが、ミサトの言う通り人手不足の所為もある。

サードインパクトと思われる現象が起きた後、ネルフ本部では辞職をする者が後を絶たなかった。

生き返っても、記録からは消えても、決して記憶からは消えない。

正義の組織と信じて疑わなかった下級職員のほとんどが辞め、発令所勤務の職員の中にも退職者が出た。

本来なら職員の充填を行うのだが、ネルフの規模縮小も相まって、ほとんど補充は行われなかった。

使徒戦の最中ならば、猫の手でも借りたいくらいだったが、今では残った人員だけでも組織は十分にまわっていた。

それでも、今回みたいに紛争が重なってしまうと人手不足に陥るのだが。

特に作戦部・技術部は現場指揮及びエヴァのメンテに多くの人員がエヴァに同伴する。

なのでどうしても本部の人員が不足してしまうのだ。

その点、アスカを派遣すれば派遣人員を削減できる。

数ヶ国語に堪能で、幼い頃から戦闘訓練、作戦指揮に関する学習をしてきたので、エヴァ運用現場の指揮を十分任せられる。

特にここ数年で指揮官としての能力も上昇している。

アスカ一人で作戦部員数人分の働きをしてくれるのだ。

勿論、エヴァの操縦もしなければならないので、それなりのサポートをつけるが、それでも派遣人数は少なく出来る。


「そうだ。トオル君、ウチに入らない?

 元戦自だし、キャリアとしては十分だと思うんだけど?」

「ありがたいお言葉だと思いますけどね。申し訳ないですが、遠慮させていただきますよ。

 これでもこの店が気に入っていますんで。」

「そう?もし、力を貸してくれる気になったらいつでも言ってちょうだい。」


そう言って、ミサトは時計に目を遣った。

もうそろそろ約束の時間である。

もうすぐレイナも帰ってくる。

ミサトの体がわずかに緊張で強張る。

向かいに居るトオルは、その事に気付いていたが、特に何も言わなかった。

代わりに席を立ってミサトに尋ねる。


「どうです?お代わりはいかがです?」

「え?ええ、そうね。頂こうかしら。」


(気付かれたのかしらね……)


カウンターの奥でコーヒーを入れるトオルを見る。

その「声」を聞く力だけでなく、見た目の動きから相手の内心を推測する洞察力。


(流石は、天使の皮を被った悪魔、ってところかしら?)


トオルの経歴をミサトは思い出す。

その年齢より若い見た目とは裏腹に、数々の激戦を潜り抜けてきた戦士。

その能力の高さは、戦闘力・指揮能力他、幅広い範囲に及ぶ。

先ほどの言葉は、ミサトとしては本気のセリフだったのだが、ああもあっさりと断られるとどうしようもない。


「どうぞ。」


いつの間にかコーヒーを入れたトオルが戻ってきていた。

差し出されたカップをミサトは受け取ると、そのまま口元に運ぶ。


「遅いですね。何やってんだか……」


壁に掛けられた時計を見ながら、トオルがぼやく。

時計の針は、すでに約束の時間を指していた。

ピリリリリ……

トオルが帰ってこないレイナにブツブツ言い出した時、ミサトの携帯が鳴った。


(こんな時に……)

「はい、葛城です。

 ああ、青葉君?どうしたの、そんなに慌てて?

 え!?何ですって!?そんな馬鹿な!?

 言い訳はいいわ!!すぐに発進準備をしてアカリとコウヘイ君を乗せて!!それから……」


電話を受けた途端、ミサトの顔が作戦部長のものへと変わる。

それまでののんびりとした空気は也を潜め、鋭い雰囲気が喫茶店を占めた。

トオルも急変したミサトの空気に、表情が強張る。

ミサトはその後、大声でいくつか指示を出すと、携帯を切り、トオルへと向き直った。

ミサトが口を開こうとした時、入り口の鐘が鳴り響き、続いて暢気な声が店内に響いた。


「スイマセン、遅くなりました……」


息を切らしながら、大きなビニール袋を抱えてレイナが店内に入ってきたが、そのいつもと違う雰囲気にレイナも表情が変わる。


「レイナちゃん……」

「……何があったんですか?」


レイナの問いかけに、ミサトは一瞬口篭った。

だがすぐに事実を、事務的に二人に告げた。


「……現在、数機の輸送機が第三新東京市に接近しています。

 すぐにシェルターに避難してください。」

「避難って……何が来てるんですか?輸送機なんでしょ?」

「ええ。ただし、そこに吊られてる荷物が問題なのよ……」

「吊られてる?」


輸送機に積まれてる、では無く吊るされている。

そう言うミサトに、レイナは怪訝な表情を浮かべるが、更なる質問を状況は許さない。


「詳しいことは後!トオル君は急いでシェルターに!レイナちゃんは……」


そこでミサトは一度区切ってレイナを見る。

口を開きかけるが、すぐに唇を噛み締め、再び口を開いた。


「……レイナちゃんもすぐにシェルターに避難して。

 それじゃ私は本部に戻ります。」


そう告げてミサトは駆け出した。

一度、入り口で名残惜しそうに振り返るが、すぐにホーリーブレストを飛び出した。

そしてその直後、第三新東京市に数年ぶりの警報が響き渡った。























NEON GENESIS EVANGELION



EPISODE 12




The Battle!!
























「状況は!?」


発令所に駆け込むと、ミサトはすぐに現状の報告を求めた。

その要求にすぐにシゲルが応える。


「本日15:22時、駿河沖に突如未確認の輸送機が発見されました。

 識別信号を発するよう輸送機に指示。しかし現状維持のまま飛行を続行。戦略自衛隊が警告するも反応しなかったため威嚇射撃、その後輸送機に向かって発砲しましたが……」

「見事に阻まれたわけね?」

「未確認ですが、A.Tフィールドと思われるものも確認されています。」

「映像は記録されてないの?」

「はい……

 と言いますのも、目視で確認されるまで戦自とネルフの一切のレーダーに表示されませんでした。カメラについても同様です。」

「……どういうこと?」

「恐らく、全てのコンピュータがハッキングされたのだと思います。」


怪訝な表情を浮かべて尋ねるミサトに、シゲルの口から驚くべき推測が吐き出された。

一気にミサトの表情が驚愕のそれに変わる。


「まさか!?有り得ないわ!!」

「今、マヤちゃんがMAGIのチェックを大至急行ってますから、それまでは何とも……」


そう告げたところで、マヤがタラップを駆け上がってきた。


「やはりMAGIにハッキングプログラムが仕掛けられていました!

 でも……信じられません!MAGIにハッキングを仕掛けるなんて……」

「その問題は後回しよ。

 それで、今輸送機はどこに?」

「今は第三新東京市から南東およそ30kmのところを飛行していると推測されます。

 マヤちゃん、もうMAGIの機能は通常通り使えるかい?」


シゲルの問いかけに、マヤは頷く。

するとシゲルは、手元の端末を何やら操作しだした。

そしてすぐに、発令所の主モニターに現在の映像が映し出された。

発令所に決して小さくは無いどよめきが轟く。

真っ黒な輸送機に、吊るされているモノ。

その姿を見れば、発令所のどよめきにも納得がいくというものだ。


「やはり……」


未確認の情報だったとは言え、A.Tフィールドが展開された時点で、ほぼ決まりだった。

それでも断定しなかったのは、未確認、という事情以上に誰もが信じたくなかったというのが本当のところだろう。

真っ白なボディにのっぺりとした顔に当たる部分。

爬虫類を想像させるその顔は、見るものに生理的な嫌悪を感じさせる。

エヴァンゲリオン量産機

人類に福音をもたらすはずのその機体は、少なくとも本部勤務の者にとっては絶望の化身とも言える。


「このままの速度で飛行した場合、後10分前後でここ第三新東京市に到着します。」

「エヴァの準備は?」

「二人ともすでに伍号機、六号機に搭乗。いつでも発進出来ます。」

「市内の避難状況は?」

「現在60%が避難を完了しています。

 ですがこのままでは間に合いません。」


シゲルの報告に、ミサトは爪を噛んだ。

三年前では多少のゴタゴタはあったが、基本的に避難が間に合わなかったというのはほとんど無かった。

第拾四使徒の時こそまともな避難こそ出来なかったが、それは例外だろう。

この数年で以前とは人口の流出入が大きく起こり、かなりの住人が避難行動をしたことが無い。

しばし思案するとミサトはエントリープラグに居る二人に回線を開いた。


「アカリ、コウヘイ君、聞いた通りよ。開戦までに避難は間に合わないわ。

 まずは出来る限り郊外で時間稼ぎをして。」


ミサトの指示に二人とも無言で頷いた。

やはり緊張しているのか、普段は軽口を叩くコウヘイも一言もしゃべらない。

アカリの方も普段と見た目は変わらないが、オペレーターの手元に表示されているデータには緊張を示すデータが表示されていた。


(仕方ないか……)


各地には幾度も派遣された二人とは言え、現地で戦闘に参加したことはほとんど無い。

戦闘といえばそうかもしれないが、主にエヴァの役目は圧倒的な防御力で敵本部を壊滅させることなのだ。

N2でさえ通さない鉄壁の防御。

それ故、まともに攻撃の脅威にさらされることは無い。

だが今度ばかりは状況が異なる。

相手のエヴァがどれほどの能力を見せるのかはまだ不明だが、腐ってもエヴァである。

A.Tフィールドは防御の役には立たない。

絶対的な信頼を置けるものが無いという事実は、必要以上にエヴァに乗る二人に緊張を強いていた。


(こんな時にアスカが居てくれたら……)


アスカを派遣してしまったことをミサトは歯噛みした。

アスカが居れば大きく状況を変えてしまうだろう。

すでにトウジとアスカには緊急連絡が行っているが、確実に間に合わない。

ここは二人に踏ん張ってしまうしかなかった。


「エヴァ発進!!」


内心の不安を隠すように、ミサトは大声で発進を叫んだ。























第三新東京市の南の端に射出された二機は、それぞれ射撃武器を携えて輸送機を待ち構えていた。

アカリの乗る伍号機はパレットガンを、コウヘイの六号機はポジトロンライフルを構える。

L.C.Lで流れるはずは無いのだが、二人とも自分の頬を伝う汗の感覚を感じていた。


(落ち着け、落ち着け、落ち着け……)


コウヘイは心の中で自分に言い聞かせ続ける。

そうしていないと不安でたまらなかった。

前の使徒との戦いのことをコウヘイは良く知らない。

だが話に聞く限りでは、かなりの苦戦の連続だったと言う。

今度の相手は、アスカもやられた相手だと聞いていた。

実戦経験もほとんど無い、シンクロ率もアスカには及ばない。

数の違いこそ有るものの、そんな相手に自分は勝てるのか?

コウヘイは自問してみるが、決して肯定の返事など返ってこなかった。


(大丈夫、俺ならやれる……)


目を閉じて深呼吸する。

二度、三度とゆっくり、大きく息を吐き出す。

これが最後、と何度目か分からない深呼吸をするため、これまで以上に大きく息を吸い込んだ時、六号機の通信画面が開いた。


「……来た!!」


突然のアカリからの通信に、コウヘイは驚いてむせ返り、ゴホゴホと咳き込んだ。


「……何やってるの?」

「き、気にすんな。」

「いい、二人とも?目標が射程内に入ったら一斉射撃。エヴァを狙わなくても最悪、輸送機だけでも攻撃して!」


ミサトの指示に、二人とも気を取り直して頷く。

そこに先ほどまでの緊張は無く、表情は和らいでいる。

その表情に、ミサトは安心すると、一拍置いて開戦を告げる指示を出した。


「撃てぇっ!!!!」















ミサトの号令の直後、二機のエヴァから一斉に弾が吐き出された。

秒間数十発の弾丸が伍号機から襲い掛かり、光の弾丸が六号機から解き放たれる。

爆音を轟かせて、次々と三つの輸送機に着弾する。

劣化ウランが砕け散り、粉塵が輸送機と吊るされた量産機を覆い隠す。

それをモニター越しに見ながら、ミサトは眉間に皺を寄せる。

粉塵が出たということは、それよりも固い物に当たった、つまりはエヴァや輸送機には届いていない。

果たして、ミサトの予想通り、粉塵が晴れるとそこには変わらぬ姿でエヴァと輸送機がいた。

この距離ではA.Tフィールドは中和できない。

ポジトロンライフルでも貫けないならば、敵のフィールドはそれなりの強度を持つということになる。

ともかくは相手が地上に降りてこなければどうにもならない。

持久戦になるか、とミサトは思ったが、すぐにその予想は覆された。

輸送機はエヴァを切り離すと、どんどんとその高度を上げていった。


「輸送機の飛行経路にも注意を払って。」


そばにいたオペレータにそう指示を出すと、ミサトはまたモニターに視線を戻した。

輸送機から切り離された量産機は、光を反射しながら自由落下を続ける。

そして地上までおよそ百メートルというところで、収納されていた純白の翼を広げた。

物理法則を無視するかの様に急制動をかけると、三機の白いエヴァは上空を旋回し始めた。

三年前と同じように。

三年前とほとんど同じメンバーで占める発令所の職員たちは、皆一様に顔をしかめる。


「随分と洒落が効いた登場の仕方ね。

 エントリープラグは?」

「生体反応なし。恐らくはダミープラグが使われているものと思われます。」


オペレータの答えを聞くと、ミサトは伍号機と六号機に回線を開いた。


「向こうには人は乗ってないわ。いわば自動制御されてるようなものね。

 だから人命とかそういった事は一切考えなくて良いわ。」

「了解。」

「了解です、ミサトさん。」


ミサトからもたらされた情報に、コウヘイは分かりやすく、アカリは表情に出さずにホッとした。

この期に及んで、二人とも相手を五体満足で帰すつもりは無い。

が、もしパイロットが乗っているのならば、出来る限り無傷で済ませたかった。

二人とも多くの人の生き死にを目撃してきた。

コウヘイはまだ無いが、アカリは自らの手で人を殺めたこともある。

それでも誰かが傷つき死んでしまうのは、いくら敵とは言え後味が悪い。

だからその危険が無くなった事はプラグにいる二人にとって、初めての朗報と言えるものだった。




よく言えばリラックス、悪く言えば気を抜いていたのかもしれない。

無人のプラグに、ホッとした二人は、注意こそしていたものの、油断していた。

油断、というのは不適当かもしれない。

相手の力も分からず、伝え聞いた内容ではどう前向きに解釈しようとも自分達の不利。

そんな状況下で油断など、愚の骨頂と言える。

正確には、緊張の糸が切れた、というのが適当だろうか。

命に関わる状況で長時間の緊張を保つなど不可能な話だ。

ましてや、パイロットはきちんと訓練され、百戦錬磨の戦士などでは無く、少年少女である。

だから二人を責めるのは酷というものだ。



沈黙を守っていた量産機だったが、旋回を止め、一斉に急降下し始めた。

それまでのゆったりした動きに慣れてしまっていた二人は、急な量産機の動きに反応できなかった。

先頭の量産機の体当たりを受け、コウヘイの乗る六号機は大きく弾き飛ばされた。

伍号機の方もかろうじて一機目の体当たりは避けたものの、その影に隠れていた三機目の攻撃は避けられなかった。

二機のエヴァを激しい衝撃が襲う。

プラグの中で大きくシェイクされた二人だが、幸いにも致命傷では無かった。

すぐさま体勢を立て直し、距離を置こうと後ろに飛び退く。

近接戦闘に切り替えようと、肩のウェポンラックからプログナイフを取り出す。

だが、構える間も無く地上に降り立った量産機が迫る。

これも三年前と同じように剣の様な武器を持つ。

ただ三年前と違うことは、それを扱う量産機の動きだ。

武器を持とうともきちんと扱えず、アスカの弐号機に一方的に蹂躙された、かつての量産機とは全く違った。

数の有利を存分に利用し、互いが互いを補いながら伍号機と六号機を追い詰めていく。

決してまとめて飛び掛るような真似はせず、巧みにタイミングを取りながら量産機は攻撃を加えていった。

一機が大剣を上段から振り下ろし、それをかわした所で次の一機がすぐにフォローに回る。

その間、残された一機はネルフ側のエヴァと一対一で牽制し、相方のフォローに回れないようにする。

また、アカリとコウヘイの二人にしても他対他の戦いに慣れていなかった。

戦闘訓練でも基本は一対一であるし、シミュレーションにしてもフォーメーションの確認が第一で、またその時も一対他が基本であった。

ネルフに来る前でも、二人とも多人数を相手に大立ち回りを演じるなどの経験は無い。

もっとも、他の人間と比べて強力すぎるA.Tフィールドがあるため、そうする必要も無かったのだが。

それでも致命傷こそ二機とも負っていないが、徐々に体力を削られていった。

アンビリカルケーブルがまだ繋がっているため、稼働時間自体に問題は無い。

だが、搭乗者の二人の体力の方が限界に達しようとしていた。

命のやり取りを不慣れな二人が数十分続けているのだ。

体力的にも、精神的にも疲れが見え始め、それが集中力を奪っていった。


(ホントにこいつら無人で動いているのかよ!?)


コウヘイは心の中でそう叫んだ。

シンクロ率が低く、生身の時の動きが出来ない。

だから自分が相手に敵うどうか、不安だった。

とは言え、こうも簡単に追い詰められるとも思っていなかった。

まして相手は人ですらない機械である。

それなのに、人間である自分達以上に整ったフォーメーションをとってくるのだ。

思わず叫びたくなるのも無理の無い話である。



三位一体の攻撃を繰り返していた量産機だが、主にバックアップを行っていた一機が大きく振りかぶった。

何をしてくるのか、と警戒を強めるアカリとコウヘイだが、その前に残り二機が接近する。

多数入り乱れての乱戦ならともかく、一対一の戦闘なら二人とも遅れは取らない。

薙ぎ払おうとする量産機の剣をバックステップで避け、伍号機はプログナイフを逆手に持って切りかかる。

振り払いのモーションの大きくなった量産機は、それを捌ききれず白い機体の脇腹をわずかだが抉った。


(いける!!)


残り一機が何を狙っているのかは分からないが、タイマンなら負けはしない。

そう判断したアカリは、今のうちに勝負を決めようと一気に間合いを詰めた。

しかし、伍号機が前に踏み出した瞬間、目の前にいた量産機が大きく横にステップした。

逃がさないとばかりにアカリも量産機を追いかける。

その時、後ろで振りかぶっていた量産機が手に持っていた剣を伍号機に向かって投げつけた。


(ちっ!!)


舌打ちしながら、アカリは手負いの量産機を追うのを止め、フィールドを展開して剣を受け止めた。

それもまた三年前と同じ光景。

受け止められた剣は、フィールドとぶつかり、空中に静止する。

ぶつかった剣はその瞬間、大きくその形を変えた。

諸刃の剣は、先端が二股に分かれ、いともあっさりと伍号機の展開したフィールドを破った。


「!!??」


アカリにとっては信じられない光景だった。

ネルフに入ってから、コウヘイと一緒に三年前の話を多少は聞いたことはあった。

だが、その時の結末があまりにも悲惨だったからか、詳細は誰も語ってくれることは無かった。

だから目の前の光景にあっけに取られるだけで、自らに迫り来るロンギヌスの槍をただ呆然と見ていた。

そのアカリを激しい衝撃が襲った。


「があああああああぁぁぁぁぁっ!!」


大きく吹き飛ばされ、その痛みに顔をしかめたアカリだったが、回線からの叫び声に大きく目を見開いた。

ついさっきまで自分がいた場所にはコウヘイの乗る六号機がいた。

腹を神殺しの槍に貫かれて。


「コウヘイ!」


必死で呼びかけるが、六号機から聞こえてくるのは痛みを堪えるうめき声だけだった。

すでに戦闘開始から40分が経過しようとしていた。

第三新東京市の避難もすでに完了している。

三年前の兵装はほとんどが失われているが、それでも多少なりとも武装は残っている。

ここは一旦退却すべきなのだが、アカリにはどうやってこの局面を抜け出すか、それが分からなかった。

冷たい汗がアカリの頬を伝う。

事実上の一対三の苦しい状況。

じりじりと量産機が間合いを詰めてくる。

そして伍号機に一斉に飛び掛ってきた。

六号機はすでに動ける状態ではなく、自分が避ければ六号機が、コウヘイが量産機の餌食になる。

覚悟を決め、レイナは六号機に覆いかぶさるようにして目を瞑った。

体を強張らせて身を貫くであろう痛みに備える。

だが、いつまで経ってもその衝撃が来ない。

恐る恐るアカリが目を開くと、そこには二機を守るように、量産機の前に立ちふさがる純白の機体があった。

















shin:ようやく話が動き出したな。

ミナモ:随分と時間がかかったわね。

シンジ:確か書き始める前、拾話くらいで終わるとか言ってなかったっけ?

shin:昔のことだ。忘れろ。

シンジ:昔って……

shin:過去に捕われていてはいけない。大事なのはこれからなのだよ。

ミナモ:予定では後何話くらい?

shin:……多分5,6話?

シンジ:多分当てにならないんだろうね……

ミナモ:そうね……

shin:ま、まあそれは置いといて……

   次回くらいで多分レイナの正体が明らかになるはず。

ミナモ:多分?

shin:い、いや、絶対!

シンジ:ホントに?

shin:き、きっと、いや、多分……

ミナモ:はぁ……























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