「うーん………」


所狭しと物が置かれたネルフ作戦部長室。

机の上には、これでもか、という程に書類が散らばり、机の元の色を隠してしまっていた。

前技術部長の部屋と違い、決して必要な物が多いわけでは無い。

所狭し、と評したが、それは実は物が多いわけでは無く、単に整理が成されていないだけである。

事実、彼女の副官がこの部屋を整理すると、雑多な印象は拭えないがそれなりに見られる部屋に変わる。

だがその副官の上司である女性は、そういった整理整頓とは無縁な性格をしていた。

だからこそ眼鏡の副官は未だに苦労が絶えないのだが。

今日も先日、こっそりとマコトが暇を見つけて、机周りを整理したにも関わらずこの有様である。


(葛城さんも少しぐらい自分でしてくれればなぁ……)


そうマコトは心の中でぼやくが、決してそんなことは表面には出さない。

惚れた者の弱み、というところか。

その相手であり、上司であるミサトは椅子に座って書類を見ながらうなっていた。


「ここに書かれているのは本当のことなのね?」

「はい。マヤちゃんにも協力してもらって、MAGIも使用しましたがそれ以上は得られませんでした。」


ミサトの質問にマコトは淀みなく答える。

マコトもその調査結果が信じられず、調査員に直接話を聞いたり、その調査内容も調べてみたのだが、おかしな点は見当たらなかった。

逆に調査員の試行錯誤の跡だけがはっきりと分かった。

次にマコトは、技術部長であるマヤに協力を依頼した。

とは言え、ただの技術屋であるマヤに諜報活動の真似事が出来るわけが無い。

マヤが頼まれたのは、そこに情報操作の跡が無いか、の調査だった。

マヤの手によって、MAGIを使っての調査が行われたのだが、そこには何の人為的操作の跡は発見されなかった。


「でも……ありえないわよねぇ……」


頭をガシガシと掻きながらミサトは呟いた。

ミサトの手に握られた書類は、最も新しく入ったチルドレン、網谷レイナの調査書だった。

そこにはぎっしりと文章が書かれていたのだが、最後に書かれた一文が事態の異常さを示していた。





網谷レイナ

2016年より過去の経歴については不明―――






















第拾壱話 秘密


















ミサトが頭を悩ませているその頃、司令室でも同様の報告を受けていた。

ミサトとゲンドウが出した調査依頼は、それぞれが別々のものであり、当然調査した人間も異なるのだが、得られた結果には双方に寸分の違いも無かった。

そのおかげで司令室では冬月がうなり声を上げていた。


「ううむ……これは事実なのかね?」

「ええ、間違いありませんわ、冬月先生。

 情報操作の跡も見つかりませんでしたし。」

「しかしだな……」


にわかには信じられないのだ、と冬月はこぼした。


「事実は事実として受け止めるしかあるまい。」

「だが、これでは疑ってくれ、と言っているようなものだぞ?」


食って掛かる冬月だが、ゲンドウは分かっている、と頷く。

普通、人間が生きていれば何らかの痕跡が残るものである。

現在、戸籍が無い人間は少なくはあるが、そう珍しいものでもない。

特にセカンドインパクト直後に生まれた人は、そういう人が多い。

勿論、情勢が落ち着いてから新たに戸籍に登録された者がほとんどである。

だが、それでも中には戸籍が存在しないまま生活している者もいた。

そういう人間でも、生きた痕跡―――親しい人の記憶や、住居の後など―――は必ずどこかにある。

しかし、レイナの場合、それが全く無いのだ。

現在からどう辿っていっても、ある一点で全てが途切れる。

2016年

それを境にして、まるでそれ以前には存在していなかったかのように、何の痕跡も残されていなかった。

そしてその経歴は、二人にある人物を思い起こさせた。


「これではまるで……」

「まるで綾波レイのよう、ですか?」


横から冬月の言葉をユイが奪う。

レイの事は、以前簡単に説明をしていたが、その言葉に冬月は緊張した。

レイについては、単に零号機パイロットとしてしか説明しておらず、その上、戦自との戦闘で戦死と説明していた。

だが、この場ですぐに自分達の言葉をさらったユイは、それ以外のことを掴んでいることになる。

ニコニコとしているユイだが、それが逆に冬月には怖かった。

それでもゲンドウの方は大して驚きもせず、あっさりとそれを認めた。


「そうだ。」

「確かにレイちゃんも過去の経歴は白紙、でしたね?」

「ああ。」


それがどうした、と言わんばかりのゲンドウだが、隣の冬月は生きた心地がしなかった。

淡々とした口調で話すユイは、冬月が知る限り、明らかに怒っている時の態度だった。


「教えてください。彼女は何者ですか?」

「お前に教えた通りだ。」

「なら、どうして死んだはずの彼女が多くの人に目撃されているのですか?」


そう言ってユイは書類の束を机の上に置いた。

ユイの表情にはいつの間にか、怒りの色が浮かんでいる。


「こんなものがまだ残っていたとはな。」

「それだけじゃありません。彼女は私が消えた直後にもいましたね?」


更にユイはいくつかの紙束をゲンドウの机に置いた。

そこには、何人かのレイの目撃情報が記載されていた。


「その後、一時的に姿を消しますが、零号機の専属パイロットとして登録。

 その際マルドゥック機関の報告書では全ての経歴が抹消済み。」


二人がユイに知らせていないことが、本人の口から次々と明らかになっていく。

自分でも冬月は血の気が引いていくのが分かったが、ゲンドウの方はわずかな感情の揺れさえ見られなかった。


「ゲンドウさん……」

「くだらん。」


ユイは、ゲンドウの口から真実を聞かせてもらいたかった。

だが、ゲンドウの口から出てきたのはそんなユイの思いを両断するものだった。


「こんなものに気を取られている暇があるなら、他にやることがあるだろう。」

「……教えてくれないのね。」

「お前が知る必要の無い事だ。」

「そうですか。」


ユイの視線が一際厳しいものへと変わる。

ゲンドウはそれを真っ向から受け止める。

尤も、サングラス越しであるので、本当にユイの視線を受け止めていたのかは不明だが。

ゲンドウとユイの睨み合いが続く。

冬月にとって、胃の痛くなる時間が続いたが、それも長くは無かった。

冬月には無限にも思えたのだが、その時間もユイの溜息で終止符を打たれた。


「はあ……分かりました。とりあえず今日のところはこれで引きますね。」

「何度聞かれても、今まで以上のことは教えられない。」

「はいはい。そういうことにしておきますね。」


呆れた様子でそう言うと、ユイは机の上に出した書類を片付け始めた。

それらをまとめ終わると、ユイは二人に背を向けて、司令室を去った。


「……どうするのだ、碇?」

「どうもしない。これまで通りの説明を繰り返すだけだ。」

「だが、彼女に知れるのも時間の問題だぞ。」


ゲンドウに詰め寄る冬月だが、ゲンドウはその心配は無い、と冬月を制した。


「レイのことを知っているのは、伊吹技術部長と葛城二佐の二人だけだ。

 その二人にしても、他人に明かそうとはしないだろう。」

「それでも保証は出来ないはずだ。」


溜息と共にそう漏らす冬月に、ゲンドウは気にし過ぎだ、と返す。


「その二人にしてもレイの真実を知っているわけではない。」

「それはそうだが……」

「赤木君もすでにここにはいない。」


だから心配する必要は無いのだとゲンドウは言い切った。

それよりも今は網谷レイナのことだ、とゲンドウはそこでレイの話題を打ち切った。


「そうだといいがな……」


そう呟いた冬月だが、胸騒ぎだけはどうしても消すことが出来なかった。



















「よしっ!これで終了〜!!」


そう叫ぶと、ミサトは椅子を回転させて大きく足を投げ出した。

それと共に、腕を上へと伸ばして固まった筋肉をほぐす。


(思ったより時間がかかったわね〜……)


机の上に置かれた、すでに書類の山に埋もれている時計を発掘すると、時間を確認する。

それに伴って視界に入ってくる、更なる書類の洪水に顔をしかめるが、二秒後にはすでに視界からは、それらは消えていた。

別にミサトが超能力を使ったり、書類を床に落としたわけではない。

机の上には、処分待ちの書類が寸分狂い無い位置にいるのだが、それらの存在をミサトは意図的に無視して認識しないようにしたのである。

それはそれで超能力と言えるかもしれないが。

とりあえずは、今日仕上げなければならない書類を終え、それらをまとめる。

立ち上がり、書類の高さをトントン、と整えて部屋を出ようとしたとき、ミサトの携帯がなった。


「はい、葛城です。

 ああ、青葉君?ええ、大丈夫よ。

 え?また〜!?

分かったわ。書類を提出したらすぐそっちに行くわ。ついでに司令にもこのことを伝えとくから。

 ええ、じゃあ情報収集よろしく。」


携帯を耳元から離し、電源を切ったところで、ミサトは大きく溜息を吐いた。


「また戦争、か……」


一時期小康状態だった各地の紛争だったが、ここ最近、再び起こり始めていた。

まだ頻発、とまではいかないが、ここ数週間で数件勃発している。

規模こそまだ小競り合いのレベルを脱しないが、芽は早いうちに摘んでおくに越したことは無い。

そもそもエヴァを擁しているネルフにとって、各地の紛争は大した苦労では無い。

通常兵器でエヴァには傷一つつけることは出来ない。

相変わらず活動時間は短いが、以前と違って5分などという全く使い物にならないものとは雲泥の差である。

紛争の調停の象徴とも言える状態になるのに、現状の活動時間で十分なのだ。

それに、最近まで紛争が小康状態だったのには、ネルフの存在が大きく関係していた。

紛争を起こすのは良いが、結局はお互い何も出来ないまま、ネルフの介入によって紛争が終了してしまう。

ネルフが介入、つまりはエヴァが出てきた時点でお互い矛を納めるしかないのだ。

ただいたずらに被害を出すだけでは何の意味も無い。

自然と紛争の数は減っていった。


「やっぱ不自然よねぇ……」


減少傾向にも関わらず、紛争はまた起こり始めた。

ミサトはそこに何らかの意図を感じずにはいられなかった。

しかし、ミサト自身にも深読みのしすぎ、との思いもある。

紛争がまとまって起こったのも、単なる偶然の可能性だってあるのだ。

事実、各地で起こる紛争において、位置、原因、人種、民族などに関連性は全くと言っていいほど無かった。

それに加え、ちょっと前までは、今回みたいにまとまって紛争が起こることも珍しくは無かった。


(それともやっぱり考えすぎかしら……)


考えれば考えるほど、ミサトは自分が考えすぎのような気がしてきた。

その一方で、嫌な予感が働いているのも事実である。

普通ならば、その予感を振り払って考えすぎとして処理するのであろうが、ミサトはそれが出来なかった。

今まで幾度と無くその予感がよぎり、そのほとんどが現実のものとして当たってしまったのだから。

警戒だけはしておこう、と決め、書類を持ってミサトは自室を出た。

備えあれば憂いなし。

そうは考えても、使徒戦ならまだしも人類相手に警戒しなければならないことは、ミサトを辟易させた。


「いつになったら人類って奴は成長するのかしらね……」


最後にそう呟くと、ミサトは書類を届けに、そして新たな紛争勃発の事実を伝えに司令室へと向かった。














「どう?何かまた情報は入ってきたかしら?」


数年前までは対使徒戦の砦として、そして現在は世界平和を担う日本政府傘下の組織として機能する発令所。

尤も、ミサトを始めとする職員にそんな意識は無いが。

司令室でゲンドウ達に事実を伝えたミサトは、その足で発令所にやってきた。

ミサトのその声に、先ほどミサトに電話をかけたシゲルが応える。


「ええ。とは言っても大した情報はまだですが……」

「構わないわ。とりあえず今分かっている分だけで良いわ。」

「分かりました。

 えー、今までの情報をまとめますと、紛争が起こったのはインドとパキスタンの国境付近。」

「前世紀から情勢が不安定なところねぇ……」

「はい。数日前から各地で小規模な小競り合いが行われていたようですが……」

「ついに開戦に踏み切った、と言うことね?」

「そうなんですが……」


ここにきてシゲルの歯切れが急に悪くなる。

怪訝に思ったミサトは、何か気になることがあるのか尋ねる。


「いえ、両国とも核保有国ですからね。ちょっと気になっただけです。」




前世紀初期から半ばにかけて勃発した、史上最大の戦争中に開発された兵器。

シラードやオッペンハイマーを始めとする、多くの科学者を集め、多額の資金を投入されたマンハッタン計画がアメリカで始まった。

第二次大戦中に完成した核兵器は、二度戦争中で使われただけで、その後実際に使用されることは無かった。

その威力は他のどの兵器より凶悪で、甚大な被害をもたらした。

それに人々は恐怖した。

いつか、自らの身を滅ぼしてしまうのではないかと。

そうした懸念の結果か、核兵器は決して抜いてはならない”伝家の宝刀”的な扱いに変化した。

持つことに意味があるのだと。

それと同時に核を持つことは強国の仲間入りという、どこか間違った認識も広がったのだが。

セカンドインパクト後に開発されたN2兵器によって、核兵器の重要性はわずかに下がった。

しかし、そのN2兵器の開発によって、本来使用しては意味が無いはずの核兵器の敷居が低くなるという結果をももたらした。

N2兵器の威力は、核と比較して遜色ないものである。

それに加え、核と違い、後処理の面倒な放射線が出ない。

結果、N2兵器は実際に使用できない核にその立場を取って代わった。

だが、戦略や政治的なしがらみを取り払った―――つまりは純粋な兵器として見た―――場合、核の脅威は些かの衰えも無い。

N2が爆発や熱で破壊するのに対し、核の場合はそれに放射線汚染が加わる。

つまり、核を使用された場合は、その地域を長い間封印しなければならない。

更に、放射性物質は風に乗って広範囲に広がる。

うまく計算すれば敵国ほぼ全域をあっという間に壊滅できる可能性を秘めている。

また、N2兵器と核兵器に威力の面で大した違いは無いが、それが核兵器の歯止めを少しずつ外していた。

見た目の威力に違いは無いのなら使っても大丈夫ではないか。

そこまで明瞭に考えなくても、追い詰められたとき、それまでより容易く核に手が伸びるようになった。

幸いなことに、これまで実際に使用されてはいないが、その懸念は根強い。


「そうね……そこまで考え無しじゃないことを祈るだけだけど、ちょっと気を配っておいた方が良いかもね。」


シゲルの心配に同意し、ミサトは両国の動向に注意を払うよう指示を出す。

ミサトとしては、その心配がある以上すぐにでもエヴァを出したいところではあるのだが、そうは行かない。

名目上とは言え、日本政府の傘下組織となっているネルフである。

上からの指示も無しに、勝手に行動するわけには行かない。

その名目も、ネルフの力が政府より強いから得られたわけではない。

限られた力を政府に貸す代わりに、自分達を守る力を政府から借りる、持ちつ持たれつの関係なのだ。

ネルフ側のカードはエヴァとMAGI、そしてサードインパクトに関する情報だけである。

そんな数少ないカードで、対等な関係まで持っていったゲンドウの手腕は賞賛に値するところがあるだろう。


「葛城二佐、伊吹部長から連絡が入っています。シンクロ試験の準備が出来たので実験室に来てくださいとの事です。」

「分かったわ。すぐに行くって伝えてちょうだい。」


オペレーターからの伝言を受け、ミサトは発令所を後にした。

胸にまだくすぶる嫌な予感を無視して。
























NEON GENESIS EVANGELION



EPISODE 11




Her Secret Will Be Brought To Light Soon.


























「ってことで、また近々誰かに向こうに行ってもらうことになりそうなのよ。」


シンクロテスト終了後、状況を考えればノーテンキとも言える声で、ミサトはチルドレンに話した。

ミサトにしてみればノーテンキ、という評価は心外だろう。

あまりいい話題では無い上、また子供達に負担をかけることになるのだ。

エヴァの長時間の搭乗は、神経にかなり負担がかかる。

それに加え、右も左も分からぬ土地に行かなければならないのだ。

慣れない土地での生活はかなりきついものがある。

子供たちは決してそれを表に出さない。

だからミサトも殊更に明るく接するようにしていた。


「え〜!また〜!?」

「そうなのよ。全く嫌になるわよね。」

「ま、ええやないか。向こうの美味しいもん一杯食えるで。」

「そうそう。アンタの好きな美人と会えるかもしれないわよ。」


年長であるアスカとトウジは、そんなミサトを始めとする大人達の心遣いを察していた。

それがかつての戦いの罪悪感に由来していることも。

昔のアスカならば、そんな気遣いに気付かなかったかも知れないし、気付いたところで逆に拒絶したかもしれない。

だが、今のアスカにはそんな気遣いをありがたく感じられるほどには成長していた。

トウジにしても、かつてはシンジと並んで鈍感大王の異名をほしいままにしていた。

それでも何もしなかったとは言え、使徒戦を経験し、ここ数年も他にも多くの経験をしてきた。

再びエヴァに乗れ、と言われた時は流石に迷ったが、ヒカリの支えもあってここまでやってこれた。

その数年がトウジを成長させ、人の機微もそれなりに察することが出来るようになった。

だから二人も明るく軽口を返す。


「でもよ〜……」


だが、コウヘイはブツブツと文句を言いながら渋っていた。

勿論、ミサト達も渋るのは分かるし、それが歳相応の反応だと思っているので特に咎めはしない。

アカリは相変わらず、何も言わずに皆のやり取りを聞いていた。


「それで、今度は誰が行くんでっか?」

「この前はアカリとコウヘイ君が行ったじゃない?

 だから今度はトウジ君に行ってもらうことにするわ。いいかしら?」


ミサトの発表に、コウヘイはホッと胸を撫で下ろした。


「別に構いまへん。」

「んじゃ、よろしくねん♪」


ミサトはトウジに向かってウインクすると全員に向き直る。


「じゃ、アスカとトウジ君は後で私の部屋にきてちょうだい。

 アカリとコウヘイ君は今日はもう上がっていいわよ。」


















場が解散した後、ミサトはアスカとトウジを連れて自分の執務室へ戻った。

プシュ、と軽い音を立ててドアが閉まると、ミサトは椅子に座って大きく溜息をついた。


「どうしたのよ、ミサト?えらく疲れてるじゃない?」


そんなミサトを見て、アスカはミサトに声をかけた。

アスカの中のミサトは基本的にいつも元気一杯のイメージがあった。

アスカもミサトとは大分長い付き合いになるが、今みたいに露骨に疲れを見せることはほとんど無かった。

そのミサトも、そんな自分に少し驚いていた。

気心のすっかり知れた二人を前にして、緊張の糸が切れたのかも知れない。


「ん〜……ちょっちね。やることが多くてね……」

「いい加減ミサトも歳ね。もう無理が効かないんじゃない?」


そんなことは無い、とミサトは反論したかったが出来なかった。

思い当たることが多すぎるのだ。

妙に体がだるかったり、立ち上がるのが億劫だったり……

三年前と比べ、徹夜もかなり体に堪えるようになった。


(やだ……完全におばさんじゃない……)


端から見ていればおばさん、というよりおっさんなのだが、ミサトにその自覚は無かった。

その為、今思い起こした最近の自分の体を鑑みてミサトはかなりショックを受けた。

三年前では、それなりに仕事が多くて忙しかった。

それでもあまり疲れが溜まる事は無かった。

前は使徒戦の最中ということもあり、適度な緊張と忙しさに慣れたところもあったのかもしれない。

ところが最近は基本的にはあまり仕事は無い。

無くは無いのだが、デスクワークが主で、特に大変だということもなくなった。

だが月に何度か仕事が立て込むことがあり、現在はその状況の最中にある。

更にプラスして、今のミサトは考えなければならないことが多々あった。

その筆頭がレイナの扱いである。

まだレイナと直接話をしていないので、レイナがどういうつもりでネルフから抜け出したのかは分からない。

はっきり言って、全くと言って良いほど何の情報も無いのだ。

近々向こうに出向いて話をしよう、との約束はしているが、今の状況ではそれもいつになるか分からない。

それにアンチA.Tフィールドの問題もある。

結局それも事実関係を確認できないままであるが、ミサトとしては早いところレイナの身柄を確保したかった。

もし、レイナがアンチA.Tフィールドを展開できるとしたら、レイナの身が危ない。

今のところは他の組織や国がそのことを嗅ぎつけた事実は無いが、レイナを拉致する可能性もある。

まあ、レイナの実力を考えればそう簡単に拉致が出来るとも思えないが……


(ホント、頭痛くなってきた……)

「ちょっと、ミサト?ホントに大丈夫なの?」


いつもならばすぐに反論が来るはずだが、ミサトからのそれが無かったことに少し不安になったアスカは、心配そうに声をかける。


「大丈夫よ。

 とは言え、ホントに歳かな〜、なんて思ってね……」

「ミサトさんはまだまだ若いでっせ。」

「ありがと。」


トウジの言葉にミサトはにっこりと微笑んだ。

お世辞とは言え、そう言われるのは悪い気はしない。


「まあ色々考えることが多くてね。ホントに嫌になるわ。」

「考えること?

 ああ、今回の事?」

「ええ、今回の分だけ見てると、今までと何ら変わらない紛争なんだけどね……」


ミサトのその言い方に、アスカは何か引っかかるものを感じた。

その事をミサトに指摘すると、ミサトからは肯定の返事が返ってきた。


「最近、紛争が増えて来てるのよね。」

「そりゃあんまり好ましいことじゃないでしょうけど。」

「何か気になるのよ。ここんところずっと発生件数が減ってたじゃない?」

「考えすぎ…って言いたいところなんだけどね。ミサトの悪い勘って結構当たるのよね。」

「まだはっきり分かってるわけじゃないんだけどね。それでも念のため二人には知らせとこうと思ったのよ。」

「それでアタシ達を呼んだの?」


アスカの質問にミサトは頷く。


「で、アタシ達は何をすればいいの?」

「別に特別なことをする必要は無いわ。ただ何か起こるかも知れないって心構えだけしていてちょうだい。」


今日は以上だ、とミサトは二人に告げた。

それを聞いて、アスカとトウジは部屋を出て行こうとしたが、アスカが気になったことをミサトに尋ねた。


「そういえば、レイナの件はどうなったのよ?」

「それも頭痛い問題なのよねぇ……」

「ネルフ権限で無理やりしょっ引いてくれば良いじゃない?」


乱暴な提案をするアスカに、ミサトは苦笑いで応える。


「それも考えたんだけどね。レイナちゃんってかなり強いじゃない?」

「そんなの数で押し切れるでしょう?」

「まあね。でもそんなことしちゃ協力を望めなくなるし、ギスギスしちゃうじゃない?」

「それはそうだけど……」

「それに向こうから電話が来たじゃない?」


ミサトにそう言われ、アスカは先日のレイナからの電話を思い出した。

アスカには色々レイナに言いたいことがあったのだが、向こうから切られてしまった。

吐き出しきれなかったアスカの不満は当然のごとくトウジとコウヘイに向けられたのだが。


「その時に今度話をする約束をしたのよ。」

「でも、レイナが戻ってくる可能性は低い。

 ミサトはそう見てるのね?」

「まあね。戻ってくるつもりなら最初から脱走なんてしないわよ。

 それに、無理に戻って来なくても、その方がいいのかなぁ、なんて思ってね……」

「?どうしてよ?」


作戦部長という立場からは口にしてはいけない言葉だったが、この場にはそれを特に責めるような人間はいない。

アスカもそれを責めるような口調では無く、ただ疑問に思ったからそれを口にした。

しかし、そこでミサトは口にするのをためらった。

だが、一度出かかった言葉を止めることは出来なかった。


「何て言うか……レイナちゃんってシンジ君みたいなところがあるのよね……」


ミサトは口にした後でしまった、という顔をした。

この場で口にすべきでは無かったが、もう遅い。

微妙に顔色が変化したアスカに、ミサトはどう話を続けようかと思案したが、横から意外な助け舟が入った。


「そうでっか?わいは惣流に似とる思うたんですが。特に暴力的なとこが。」

「ちょっと、アイツの何処がアタシに似てるって言うのよ?アタシはアイツみたいに突然暴れだしたりしないわよ!!」

「ミサトさんもそう思いまへんでしたか?」


トウジに話を振られたミサトだったが、咄嗟に返事できなかった。

トウジのアイコンタクトを受け、慌てて相槌を打つ。


「そ、そうね〜。昔っからアスカはすぐ手が出てたもんね〜。」

「昔っていつの話よ?」

「え、えっと……」


そうアスカに問われてミサトは返答に窮した。

またここでシンジの話を出すわけにはいかない。

何て言おうか困ったミサトだったが、それを見てアスカは溜息をつく。


「ミサト、別にアタシに気を使わなくても良いわよ。」

「べ、別に気なんて……」

「いいわよ。確かにシンジの事は気になるわよ。ずっと一緒に戦ってきた仲だしね。

 でもそれだけよ。今は別に特別な気持ちは無いし、会ってどうこうしようなんて思っちゃいないわよ。」


そこでアスカは一旦区切って、話を元に戻した。


「で?アタシがレイナに似てるって?

 大体、見た目だけならアタシよりレイの方が似てるでしょうが。」

「そうか?ワシは惣流に似とると思うがなぁ。」

「どこがよ?アタシが似てるなら、レイとはそっくりってことになるわね。」

「そういえば、レイナちゃんとレイって名前も似てるわね。」


名前の方へ話題がずれて、アスカは何気なしにレイナとレイの名前を反芻していた。


(前も思ったけど、確かに名前も似てるわよね……)


綾波レイと網谷レイナ

あやなみれいとあみやれいな


(ん?)


綾波レイと網谷レイナ、あやなみれいとあみやれいな、アヤナミレイとアミヤレイナ、アヤナミレイ・アミヤレイナ……


「ねえ、ミサト……?」


それまでと違った色を含んだアスカの声に、ミサトはトウジとの会話を止めてアスカに顔を向ける。


「何、アスカ?」

「ミサトと鈴原はレイナがアタシと似てるように見えるのよね?」

「そうだけど?」

「で、アタシはアイツがレイに似てると思ってる……」

「アスカ?」

「アタシ達に似てて、名前も同じなのも偶然?」

「どういうこと、アスカ?」

「アイツの名前並び替えて見なさいよ。」


言われてトウジとミサトはレイナの名前を並び替えてみる。

しばらく小声でブツブツ言っていたが、二人ほぼ同時に息を飲む声がアスカに聞こえた。


「綾波……レイ……」

「分かったでしょ?偶然にしちゃ出来すぎと思うのは私だけかしら?」

「アンチA.Tフィールドといい、やっぱりレイナちゃんには何かあると考えたほうが良いわね……」


一刻も早くレイナと会うべきだ。

ミサトは手元の書類をどけて、スケジュール帳を発掘すると、向こう数日の予定を確認し始めた。

















ブロロロォォ………

快晴……とまではいかないものの、薄曇でそれなりに天候は良い。

街には人が賑わい、活気に溢れていた。

平日の昼下がり、冷房の効いた快適な車内にミサトはいた。

明るい街とは対照的に、ミサトの気持ちは暗い。

自分にとっても、そしてレイナにとっても、恐らくは面白くは無いであろう話をしなければならない。

そして、そこで語られる内容によっては直ちにレイナの身柄を拘束しなければならないかもしれない。


(この前と同じね……)


初めてレイナに話をしに行った時も似たような気分だった。

また一人不幸にしてしまうかもしれない。

そう考えるとどうしても気が滅入ってしまった。

今も同じかもしれない。


(そういえば……)


確か、前回はこんな気持ちで行って、トオルに悟られてしまったのだった。


「全く……こんなんじゃ、またあのおっさんに読まれちゃうわね……」


自分より年下相手におっさんは無いか……

そう考えて、ミサトの口元がわずかに緩む。


(そうよね。まだどうなるか分かってるわけじゃないし……)


悩むのは後。

そう考えると、ミサトはアクセルに乗せた右足に力を込めた。




ミサトのいる第三新東京市より遥かに離れた、どこかの上空。

数機の輸送機が空に浮かんでいた。

付近の空には他に何も無く、その輸送機も何処にでもありそうな、何の変哲の無いものだった。

ただ一点、その輸送機に吊るされた物を除いては。















shin:やっと2019年に話が戻ってきたんだが……

ミナモ:全く話が進んでいないわね。

shin:そうなんだよな……

シンジ:これまでの設定をおさらいしてるような感じがするんだけど……

shin:……

シンジ:……図星?

shin:……一ヶ月以上2019年の話を書いてなかったからな。

   結構どういう設定だったか、細かいところを忘れてたんだよ……

ミナモ:それって作者としてどうなの……?

shin:言うな。分かってる……


























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