月明かりが差し込む居間。
トオルは窓際の壁に背中を預けて、チビリチビリとグラスを傾けていたが、不意に肩に重みを感じて視線を横に向ける。
トオルの視線の先には小さな頭が乗っかっていた。
窓から吹き込む、ゆったりとした風がレイナの髪を揺らす。
月明かりの当たる部分が蒼く映え、揺れる髪がトオルの頬をくすぐる。
恐らく慣れない酒を飲んで、酔いつぶれてしまったのだろう。
テーブルを見れば、レイナが少しずつ飲んでいたグラスがいつの間にか空になっている。
無茶をするレイナに苦笑しながら、トオルは自分の持っていたグラスをテーブルに置く。
時計を見てみるといつの間にか短い針が3を指していた。
(いい加減寝るかな……)
一度は置いたグラスを手に取り、残っていたウイスキーをグイッとあおる。
フッと酒臭い息を吐き出すと、もたれ掛かってかわいい寝息を立てているレイナの頭を、起こしてしまわないように気をつけながら持ち上げる。
トオルは慎重に体をずらし、レイナの首元と膝の裏に手を添える。
「よっと!」
(俺も年かな……)
レイナを抱えて立ち上がるときに思わず声が出てしまい、トオルは苦笑をもらした。
その声に反応してか、トオルの腕の中のレイナが小さく身じろぎする。
「う……ん………」
起こしてしまったかと少し焦ったトオルだったが、レイナは寝言を言っただけで再び寝息を立て始めた。
トオルは心から自分の腕の中で眠る娘を愛しく思う。
まだまだ30で18になろうかという娘がいるのは問題と言えば問題だが、そんなことは気にしない。
例え血が繋がっていなかろうと、トオルは胸を張って父親だと言うつもりだ。
そして全力で守り抜く。
トオルの中でその決意はすでに固まっている。
腕の中の娘が今、大きな流れに巻き込まれようとしていることをトオルは敏感に感じ取っていた。
レイナへと視線を下ろす。
身長150cmそこそこの小さな体が、それより遥かに大きな男たちをなぎ倒して来た。
だが今のレイナの姿はトオルには小さな体に見えた。
小さく、まるで何かから身を守るかの様に体を丸めている。
トオルはレイナを抱きかかえる手に力を込め、レイナを部屋の布団に寝かせる。
そしてそっと布団をかけると、トオルは部屋の襖を閉めた。
第九話 出口無き迷宮
2016年
トオルは昼休みに、仲間と食事を取りながら談笑していた。
しかし、その途中で大隊長に呼ばれ、已む無く昼食を中断してトオルは自分の上司である隊長の部屋へと向かった。
相も変らぬ白い壁を通りぬけ、奥の部屋の前に立つ。
そこでトオルは今が前と似た状況であることを思い出した。
自分が初めて小隊を任された時もそうだった。
食事中に呼ばれ、この一番奥の部屋へと来た。
ただ、今とその時はあくまで似た状況でしかない。
入り口のところのプレートに目を遣る。
あの頃と違い、そこにハルイチの名前は無い。
「失礼します。」
「遅い。何をしていた?私はすぐに来るように言ったはずだが。」
入ってきたトオルにいきなり無遠慮に文句がつけられる。
この男はそういう男だった。
そこに冗談などの色は微塵も見えない。
自己中心的で、自分の思い通りにならないと気がすまない。
軍で自己中心的な男というのは敬遠されるし、戦場では真っ先に死んでいく。
トオルは、何故この男が自分の上司になったのか、全く理解できなかった。
トオルにとってハルイチはまさしく尊敬に値する上司だった。
それと比べると、目の前の、一年前にやってきたこの男の名前など覚える気にもならなかった。
事実、トオルは名前を覚えていない。
役職と階級さえ覚えておけば十分だ。
内心で、一年前に銃弾に倒れた上司との違いを嘆きながらも、それを隠してトオルは頭を下げる。
「申し訳ありません。」
「まあいい。」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、さらっと重大事項をトオルに伝えた。
「ネルフ本部を襲撃する。」
「はっ?」
男が何を言っているのかトオルは分からなかった。
一拍置いて、ようやくトオルの脳が言葉の意味を理解していく。
(どうしてネルフを?確かにうちとは仲が悪いが、そこまでする必要など無いはずだ。そもそも襲撃など許されるわけが無い!)
だがその許されないことが許される、ということはそれなりの理由があるはずだ。
恐らく自分が疎い、政治的なものだろう。
そう考えたトオルだが、事実は分からない。
その理由を聞こうとして噛んでしまい、一度呼吸を整えてトオルは聞きなおした。
「どうしてその必要があるのでしょうか?」
「君がそれを知る必要は無い。」
男は機械の様に、無表情で冷淡に言い放つ。
トオルもこの男のこの反応はすでに予想していた。
男が隊長に就任してから数回作戦が行われた。
その全てにおいて、トオルに作戦の意義、その他諸々が知らされることは無かった。
そしてその判断も、トオルはある意味では正しいと思っていた。
トオル自身もまだ二尉である。
佐官やそれ以上の偉い方々から見れば、自分など他の兵士と変わりないのだろう。
だから食い下がるわけでも無く、敬礼して辞そうとしたのだが、その前に男の方が口を開いた。
「だが今回は事が事だ。知っておいても良いだろう。」
「よろしいのですか?」
これにはトオルの方が驚いた。
だが、すぐに考え直す。
どういう風の吹き回しか、いや、どういう意図があるのか。
基本的にトオルは男を信頼していない。
しかし、次に男の口から出た言葉はトオルのその疑心を完全に吹き飛ばしてしまった。
「ネルフはサードインパクトを画策している。」
「!!」
簡潔な男の言葉だが、それはトオルに激しい衝撃を与えた。
トオルだけではなく、セカンドインパクトを経験したものなら、少なからず怒りを覚えるはずだ。
またあの悲劇を繰り返すのか、と。
また自分たちから大切なものを奪い取るのか、と。
だが、ネルフがそんなことを考えているなど、トオルは信じられなかった。
ネルフに関してはいい噂は戦自には入ってこない。
超法規的な存在であることを利用して、傲岸不遜極まりない振る舞いをしている。
好き勝手にあちこちから物資を持ってこさせ、その為に世界中にあちこちで大変な餓死者を出しているとも言われている。
戦自からも新型のライフルを一方的に徴発したこともトオルの耳に入っていた。
そのくせ自分たちからは何の情報も公開しようとしない。
マスコミに対しても良い様に加工されたものばかりである。
それでも、トオルはネルフを毛嫌いする気になれなかった。
何と言っても、常に戦闘の矢面に立っているのは彼らなのだ。
彼らの兵器―――エヴァとか言ったか―――しか使徒とかいう敵を倒すことが出来ないのもその理由だが、そんな事を続けるには、そんな振る舞いになるのも已むを得ないところもあるのだろう。
情報を公開しないのも軍と考えれば当然だ。
事実、自分の居る戦自も公に出来ないことをいくつも持っている。
彼らはそれが他の組織より多いだけなのだろう。
餓死者が出ているというのは容認しがたいものがあるが、これは割り切ってしまうしかない。
何よりトオルが嫌いになれないのは、その兵器を操るのが中学生の少年少女だという事実が理由だろう。
国民の盾になるべき自分たちではなく、守られるべき子供が守っている。
その事実はトオルの心に密かに重くのしかかっていた。
そんな、世界を滅ぼしてしまうようなことを考えているのなら、どうして使徒を倒す必要がある?
どうしても解せないトオルは、顔を上げて男を見据える。
「……それは確かですか?」
「資料を読ませてもらったが、十分信用に値するものだった。」
「私も読ませて頂いてもよろしいでしょうか?」
「構わん。」
そう言って男は机の引き出しを開け、中から分厚い書類を取り出した。
ドン、と音を立てて机の上に置かれ、それをトオルは手に取った。
一枚ずつ目を通していく。
そこには、ネルフが計画しているもの、及びその証拠になるものが事細かに記載されていた。
トオルは、自分の頭が冷えていくのを感じていた。
それと同時にどこか分からない、体の奥底が熱くなっていくのも感じていた。
読み終え、静かに書類の束を机に戻す。
「もう良いのかね?」
「ええ。」
「では今日は以上だ。下がりたまえ。」
敬礼をしてトオルは部屋を出て行った。
トオルの顔に、表情は全く無かった。
トオルが出て行った後、男はポケットからタバコを取り出すと口にくわえる。
火をつけて煙を吐き出すと、ドアの方を見つめて口を開いた。
誰に言うでも無く、しかし自分に言い聞かせるでも無く、ただ事実をそのまま述べるかのように。
「裏切り者には死を………」
『始めよう、予定通りだ。』
無線からトオルの耳に指揮官の言葉が入ってきた。
それを受け、トオルの隊を始め、次々と茂みから戦闘服の男が現れる。
ふら、と現れるその様は、真っ黒な服装と相まって、生命を感じさせず、無機質な機械と違わない。
「了解。」
それに応える隊員の声にも生命感は無く、機械的に受け答えが返ってくる。
音をなるべく立たないよう、気配を察知をされないよう息を殺して、素早く行動する。
バラバラ、と遠くから音が聞こえてきて、トオルが空を見上げるとヘリが飛んでいた。
続いて爆音が轟く。
トオルの視界の端を激しい閃光が染める。
目の前の新たな芦ノ湖の対岸に大きな火柱が上がった。
味方の激しい攻撃の音に紛れてトオル達を始め、歩兵部隊が一気に本部施設へと近づく。
『第1から第8までのレーダーサイトに命中』
『特科大隊は強羅より進行しろ!』
『第一大隊、これより御殿場より進行します。』
『三島の部隊は周辺施設の無力化に当たれ!』
トオルの耳につけたイヤホンから各部隊の状況が伝わってきた。
作戦通りに行っていることを確認すると、息を殺してゲートに近づく。
トオル達の部隊は、各員様々な入り口に分かれていた。
これは異例のことだが、現在最も練度の高いトオルの達はそれぞれのゲートに別れ、潜入の責を負った。
トオルもハブステーションで息を殺してチャンスを待つ。
目の前を警備らしき人物が通り過ぎる。
「がっ!!??」
トオルの声にくぐもったうめき声が聞こえた。
ナイフを持った左手に力を籠める。
ぽた、と紅い綺麗な液体が流れ落ちる。
ビクッ、と抱え込んだ男が細かく痙攣すると、トオルはナイフを引き抜き、男を放り捨てる。
ボールの様に男が床で跳ねると真っ赤なシミが床を染める。
(悪党の血も綺麗なものだ……)
そう内心で呟くと、封鎖されていたゲートを開ける。
ウゥゥゥン、と低い音を立ててゲートが上がっていくと、真っ黒な塊がうごめいていた。
ゲートが開ききるのも待てず、その塊はゲートをくぐって走り出した。
何も言わず、手にはただライフルを持って。
トオルもその一団に混じって駆け出す。
今、トオルの願いが叶おうとしていた。
正義の味方。
自分たちは正義の味方で、ここはボスの砦。
ここを落とせば、多くの命が救われる。
英雄なんかになりたいわけじゃない。
ただ、正義の味方に、弱いものを守り、悪を打ち倒す皆の味方に。
トオルの心の内を心地よい高揚感が支配していく。
だが表情には出さない。
悪党の命とは言え、命は命。
それを表に出すのは、不謹慎な気がしてはばかられた。
それでも皆似たような気持ちだとトオルは思う。
作戦の意義は、行動前に全員に説明された。
その時の熱気をトオルは忘れられない。
そう、自分がやっていることは正しい。
トオルはそのことを微塵も疑っては居なかった。
暖かい機械達は前進を続ける。
目の前に現れる、全ての者を蹴散らしながら。
例え、相手が何も持っていなくとも。
NEON GENESIS EVANGELION
EPISODE 9
I don't know what to do!!
あらゆる武装が使われた。
壁におびただしい弾痕が残り、無事な箇所など、トオルには見つけることが出来なかった。
今通過してきた通路を振り返る。
数え切れない程の生暖かい死体が並び、床も壁も綺麗な鮮血で染められていた。
その中に武装したものは一人も居なかった。
皆何が起こっているのか事態が飲み込めておらず、武装したトオル達を不思議な目で見ていた。
そして次の瞬間には、何も分からぬまま、物言わぬ有機物へと変化した。
次々と悲鳴が響き、皆一様に逃げ出す。
それらを何の感慨も無く、後ろから射殺する。
自分達は正義
それを疑うことすらしなかったトオルだったが、ここに来て一つの疑念が生じた。
(奴らは何も知らないのか………?)
奇襲に対応できず、情報が末端まで回っていないのか。
だが、死ぬ間際の彼らの目がトオルの脳に焼き付いていて、それを否定していた。
彼らは全くも疑っていなかった。
自分達のことを。
自分達が悪いことをしているなどと思ってもいない。
トオルは人を見る目には多少の自信がある。
地に、血に伏した彼らの誰もが、悪人であるとは思ってはいない。
それがトオルには何となく分かった。
それと共に、トオルには分からなくなった。
自分達は本当に正義なのかと。
今、トオルの目の前でまた一人殺された。
手を上げて投降の意志を示した女性だった。
何処の隊の人間かは知らないが、無言で彼女を撃ち殺し、頭を踏みつけた後更に頭を撃ちぬく。
その光景を見た瞬間、トオルは冷や水を浴びせられたかのように熱が引いていった。
今まで生きて捕らえられた奴はいたのか?
今みたいに投降してきた奴はいなかったのか?
皆どうなった?
皆どうされた?
俺たちは、彼らをどうした?
彼らに銃を向けた。
彼らに………銃を撃った。
無抵抗の彼らに。
自らの行いに、トオルは体が、心が震えだすのを止められなかった。
呆然として、周りをトオルは見回した。
立ち止まったトオルを気にするでも無く、次々とトオルを追い抜いていく。
また一人、殺された。
人が一人命を失った。
誰もその事実に気付かないように、その重さに気付かないように、淡々と弾を吐き出していく。
まるで熱に浮かされたかのように、パブロフの犬のように、同じ事を繰り返す。
気がつけば、トオルの周りには誰もおらず、熱気も引いていた。
トオルはもう何をして良いのか分からなかった。
トボトボと歩いていると、薄暗い通路を発見した。
暗く、ひんやりした通路に、トオルは引き込まれるように入って行った。
細く、暗い上に爆薬を使った後の瓦礫の所為で気付かなかったのだろう。
トオルの先に行った兵士達は来てはいないようだった。
汗が引き、少し寒いくらいの空気がトオルには心地よかった。
だが、頭が冷えたところである考えがトオルの頭をよぎった。
今、ネルフの職員に遭遇したらどうするのか、と。
撃つのか、見逃すのか。
そもそも、相手が武装していたらどうするのか。
突入してからすでに相当時間が経っている。
情報はすでに十分に伝わっているだろう。
答えを出せないまま、奥へ奥へと足が進んでいく。
遠くから足音が聞こえてきた。
恐らく第二陣が突入してきたのだろう。
しかし、それも今のトオルにとってはどうでもよかった。
気にしないまま歩き続ける。
その時、トオルの目に白い影が入った。
非常階段の下、暗くてよく見えなかったが、どうもうずくまっているようだ。
トオルの心臓が激しく鼓動する。
どうする?
どうする?
どうする?
相手にはまだ気付かれていないようで、トオルの方には何の反応も示していない。
うずくまっているところを見ると、もしかしたら怪我をしている可能性もある。
そう考えたトオルは、肩に担いでいたライフルを構える。
早鳴る心臓を押さえ、ゆっくり近づいていく。
(いざとなれば、無力化すればいい………)
大丈夫、大丈夫だ。
自分に言い聞かしながら、トオルは階段の下へ達した。
白い肌に、小柄な体。
一瞬トオルは女性かとも思ったが、すぐに着ている服が学生服だということに気付いた。
すぐさま正体に思い当たる。
ネルフに入れて、未だに学生服を着ている存在はただ一人。
「サードチルドレン………」
トオルの前で体育座りをしたまま、全く反応を見せなかったシンジだったが、その単語にわずかに体を震わせる。
しかし、それ以外には何に対しても反応しなかった。
トオルが来ても顔を上げすらしない。
ただ顔を自身の膝にうずめ、時間が止まっているかのように体勢を変えようともしない。
トオルはシンジの前にしゃがみ、顔を上げさせる。
その目を見て、トオルはゾッとした。
目に光は灯っておらず、濁りきった瞳は何も映し出していない。
気力も全く感じられず、生の息吹を感じさせない。
無機質な感じでは無く、生きながらに死んでいる。
心をすり減らしきった少年の姿がそこにあった。
こんなにまでして戦った少年達を、自分達は殺そうとしている。
どうしてそうする必要がある?
どうしてここまで戦わせなければならない?
この年頃なら、まだ毎日学校へ行って、友達と馬鹿やって、勉強して、恋をして……
トオル達もセカンドインパクトの所為で、本来ならば送るべき生活とは無縁だった。
だからか、他の世代より一層、子供達に平穏な生活を送って欲しい気持ちは強い。
だが、現実はどうか。
今、目の前に消えそうな命がある。
恐らく、このまま放って置けばいずれは発見され、殺されてしまうだろう。
(どうすればいい………)
何をすればよいか、迷うトオル。
不意に、背後から声が聞こえた。
「サードを発見。これより処理する。二尉は下がってください。」
弾かれたようにトオルは後ろを振り返った。
薄暗い廊下でライフルの銃口が不気味に黒光りする。
三つのライフルがトオル越しに、シンジの頭に当てられる。
正義の味方
これが正義の味方のすることなのか?
弱いものを助けるんじゃなかったのか?
この少年は……弱者ではないのか?
何故殺す?
何のために殺す?
正義?
何が正義だ?
何が悪だ?
自分達は正義か?
それとも悪か?
分からない……
分からない、分からない、分からない、分からない、分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない
ワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ
気が付いた時、トオルは三人を殴り倒して走り出していた。
何処に向かっているのかは自分でも分からない。
また分からない。
呼吸が荒く、膝が笑っている。
それでもトオルは走り続けた。
どうして走っているのか、トオルには分からなかった。
何が分からないのか、それさえも分からない。
ただ、ひたすら走り続けた。
そうしなければいけない気がしたから。
走り続けるトオルの目の前に、突如として一人の少女が現れた。
蒼い髪に真紅の瞳。
一糸纏わぬ姿の少女は、明らかに異質な存在だった。
だがトオルにはそんなものは関係なかった。
ひたすら逃げ続ける。
そこで、初めて自分が逃げているのだ、ということにトオルは気付いた。
では何から逃げている?
そんな疑問が浮かんだが、トオルにはそれを考える暇は無かった。
そして、少女がトオルの頬に触れた瞬間、トオルの意識は途絶えた。
波が打ち寄せる音が耳元で響き、トオルは目を覚ました。
ぼんやりとした頭を振り、何とか脳の働きを正常に戻そうとする。
どれくらいの時間が経ったのか、そして自分の居る場所が何処なのか、トオルはその確認をしようとした。
腕時計を見る。
だが、デジタルの時計は何も表示せず、液晶の色だけが残っていた。
(電池が切れたか………?)
しょうがないので、トオルは次に自分の記憶を探ってみた。
場所は見覚えがあった。
確か………
少しずつ曖昧だった記憶が鮮明になっていく。
そして、突如として跳ね起きた。
トオルは完全に思い出した。自分が何をしたのか、何をしてしまったのかを。
どうしてここに寝ていたのか、それは分からない。
ネルフを襲撃し、味方であるはずの戦自兵を殴り倒したところまでは覚えている。
そこまでははっきりと記憶に残っているのだが、走り出したところからはどうもボンヤリとしている。
それでも、残っている記憶から、もう自分がどこにも行けないことが分かった。
もしかしたら、すでに戦自では自分は死んでいることに成っているかもしれない。
何より、トオルはもう戦自には戻りたくなかった。
冷静な目で、彼らが、自分がしたことを見つめなおしてみる。
ネルフでしたことは、明らかに「正義」では無かった。
いや、そもそもあそこに正義があったのか。
自分の成りたかった正義の味方に足るものが、戦自にあったのか。
トオルの頭に、インドネシアの戦闘が蘇る。
トオルにとって、あの戦闘は、罪も無い人々が傷つくのを失くすためのものだった。
だが、現実にあったものは、良いにしろ悪いにしろ、多くの人間の陰謀が渦巻く、汚い世界だった。
騙し、騙され、権謀術数の世界だった。
今考えてみれば、政府軍、反政府軍双方に彼らなりの「正義」があった。
多少なりとも成長したトオルにはそれが分かった。
正義とは何か。
今まで数え切れないほど、トオルはそれを考えてきた。
それなりの結論が、それこそ星の数ほど出て来た。
それでも、トオルはその全てに満足できなかった。
所詮、正義はその人それぞれによって千差万別。
不意に、トオルの中にシンヤの言葉が流れる。
『君は君なりの正義を見つければいい』
だが、今の自分にそれが見つけられるのだろうか。
トオルは自分が自分を許せなかった。
どう言い繕っても、ネルフでしたことは虐殺だった。
その事実―――トオルにとっての―――が重くトオルにのしかかっていた。
あても無く、トオルは新しい芦ノ湖を眺めながら湖畔を歩き続ける。
(これは第何芦ノ湖になるんだろうな……)
ぼんやり湖を眺めながら、トオルはどうでもいいことを考えていた。
沖の方に何やら奇妙な物体が見える。
遠目なのでトオルにはよく見えなかったが、どうも羽のようなものが見えた。
しかし、トオルはすぐに目を逸らした。
理由は分からなかったが、見たくは無かった。
見ているだけで、どこか不快になってくる。
湖から再び足元に視線を落とす。
頭の中で、これからどうするか、現実的な問題が渦巻いていたが、それらを全てトオルは無視した。
お金の問題もそうだが、何より、自分がこれから何を持って生きていけば良いのか。
それが分からない。
トオル自身、それが意味の無い現実逃避だとは分かっていた。
それが自身の弱さだということも。
知識、体力、人心掌握。
それらについては十分すぎるほど手に入れたと、トオルは自負している。
だが、それと引き換えに失ってしまったものの大きさにトオルは気付いてしまった。
正義の味方になるために、正義の味方である資格を失う。
そのことをトオルは認めたくなかった。
覚束ない足取りで、トオルは歩き続けた。
すでに何時間歩いたのか、時計も無いトオルにはそれも分からない。
もしかしたら芦ノ湖を一周してしまったのかもしれない。
トオルは下げていた視線を上げた。
湖には何の変化も無い。
トオルの視界に入る景色にも何ら変わりは無かった。ある一点を除いて。
記憶の中の景色とのわずかな違いに、トオルはその点へ視線を向ける。
そして、彼と彼女は出会った。
shin:はぁ〜………
シンジ:どうしたの?溜息をつくと幸せが逃げていくよ?
shin:いや、また過去話が終わらなかったなぁ、と思って……
シンジ:まあ、確かに長引いてるよね。
ミナモ:結局今回も終わらずじまい、ね……
shin:それもそうなんだが……
ミナモ:まだ他に何かあんの?
shin:今回は今まで以上に内容が滅茶苦茶だった。
書きたいことがあるけど、それが言葉に、文字にならなくて……
シンジ:まあ力不足って事だよね。
ミナモ:そうよね。
shin:それは分かってる。
分かってるけど、歯痒くてどうにもならんかった。
ミナモ:ま、精進しなさい。
shin:月並みだが、そうするしかないな………
