カタカタカタカタ………

キーボードを打つ音が静かな部屋に木霊する。

司令室以上に少女趣味に走った品々が部屋の隅から隅に所狭しと置かれており、この部屋もまた司令室以上に入るものを圧倒するものがある。

パソコンのモニターとにらめっこしていたマヤだが、目元をほぐしながら顔を上げる。

ちょうど顔を上げた視線の先には彼女愛蔵のぬいぐるみ達が持ち主を癒そうと愛くるしい顔を向けている。

マヤは椅子から腰を上げると、部屋の端で鎮座するそれらを手に取り、ぎゅ〜と抱きしめた。


(ん〜、気持ちいい………)


どうしてだかは分からないが、小さいころからこうしてぬいぐるみを抱きしめると気持ちが落ち着くのだ。

この年にもなってこの癖が抜けないのは恥ずかしいとは自分でも思う。

しかし、どうしても止められない。

今みたいに行き詰ったり、落ち着いたりした時にはこうする以上に落ち着く方法は無かった。


(でも、誰かに見られたら恥ずかしいな………)


そうは思えど、やはり気持ちとは裏腹にますます強く熊のぬいぐるみを抱きしめる。


プシュ


気づいたときにはすでに時遅し。

慌てて振り向くとこめかみを引きつらして立ち尽くすミサトと目が合う。

気まずい沈黙が流れる。


「あ〜……ま、まあ人の趣味はそれぞれだしね!」

「………何も言わないでください…」

「や、や〜ねぇ!そんなに落ち込まないでよ!」

「いいんです。自分でも変だとは思ってますから。」


壁に頭を預けてどよ〜ん、と効果音が聞こえてきそうなほどに思いっきり落ち込むマヤ。

こうなってしまったらミサトの必死の慰めも意味を成さない。

そんな意味の無い慰めをひたすらミサトはマヤに向かって延々と掛け続ける。

レイナのシンクロ率が低い以外はまだ概ね世界は平和なのかもしれない。
























第五話 持ち得ないモノ



















「もう、マヤちゃんたら、まださっきのこと根に持ってるの?」


本部内の廊下をミサトとマヤが並んで歩きながら先ほどの事件(?)の話をしている。


「いーえ。もう過ぎたことですから。」


そう言いつつも頬を膨らませてミサトと逆方向に顔を向ける。

これもいい加減三十前の女性がやるような仕草では無いと思うのだが、これに関しては本人も気付いていないらしい。

ミサトも敢えて何も言わずに見なかったことにする。

下手に突っ込んで藪から蛇を出すのは避けたようだ。


「そ。

 で、まじめな話に戻るけど、レイナちゃんはどう?シンクロはうまく行きそう?」

「それは何とも言えませんね…。

 一応こちらで出来ることは全てしましたけど………」


前回の実験から三日。

予想外に低かったレイナのシンクロ率の原因究明、及び少しでもシンクロ率を伸ばすべく、マヤは昼夜を問わず部屋に籠もって調査していた。

とは言え、原因は全く分からず、出来たのはコアをレイナに合わせて調整することくらいであった。

そうこう話しているうちに実験室に到着し、中に入るとすでに実験の準備はほとんどが終了していた。

前回は初機動実験だったが、今回は単なるシンクロテスト。

危険性ははるかに下がり、すでに何十、何百と行われたテストである。

コアの情報もすでに送られており、マヤが直接携わらなければならない仕事はほとんど無い。


「おそぉい!何やってたのよ!?」


だが、それでも責任者がいなければ実験は行えない。

いい加減待ちくたびれたか、モニターからのアスカの大声が二人を出迎えた。


「いや、まあ、ね。」


あいまいな表情でミサトはマヤの方をちらりと見る。

そもそもミサトがマヤの部屋を訪れたのは実験がまもなく始まることを知らせるためであった。

来るのが遅れた原因に心当たり大有りのマヤもあいまいな笑顔で誤魔化す。


「ふむ、何をやっていたかは聞かないが、そろそろ始めないかね?他の子たちも皆待ちくたびれとるようだ。」

「す、スミマセン。

 ではこれからシンクロテストを開始します。」


冬月に言われて、マヤは慌てていつものオペレーターの後ろに陣取る。

モニターに五人のチルドレンの顔と様々なデータが表示される。

いつもより、グラフに一本多くラインが映し出されるが、それ以外は至って見慣れた光景。

若干いつもの四人のグラフに上下が見られるものの、総じて安定していると言える。

だが、今日の皆の一番の関心は新たに加わった一本にあった。

前回の機動実験で意外に低かったその数値が、今日まででどれだけ改善されているか。

その一点にのみ、皆の興味が集約される。


「8番、シンクロ率15.1%。誤差プラスマイナス0.7%です。」


読み上げられたその数値に何処からと無く溜息が漏れる。

前回より2ポイントほど上昇したが、それでも期待したものには程遠い。


「ん〜、やっぱり今回は例外だったのかしらね〜?」

「かもしれませんね。

 でも、強いフィールドを張れることとシンクロ率にあまり相関が無いことが分かっただけでも十分です。」

「ま、そりゃそうね。

 動かせないわけじゃないし、レイナちゃんには悪いけど、このまま予備役として残ってもらいましょう。」


マヤと話し終えるとミサトはマイクを持ってチルドレンにテストの終了を呼びかけた。


「お疲れ様、今日のテストはおしまい。一時間後にトレーニングルームに集合すること。いいわね?」


そう告げるとそれぞれから様々な了承の返事があり、ミサトはマヤに後処理を任せて実験室を後にした。














「ほら!気を抜かない!重心がずれてるわよ!」


トレーニングルームにやってきたミサトが耳にしたのはまたしてもアスカの大声だった。

ただし、今度はミサトに向けられたものでは無かったが。

先ほどまでマヤからもらった先のテストの結果に目を通していて、少し約束の一時間を過ぎたところでここにやってきたのだが、すでに訓練はアスカ主導の下行われていた。

作戦部長という役職上、ミサトもそれなりに忙しい。

格闘訓練の監督もミサトの管轄になるのだが、そうそう時間通りに顔を出すことは難しい。

故にそんなときはもっとも格闘技能の優れているアスカが代理として監督している。

現在もアスカ監督の下、トウジとコウヘイが実戦形式の組み手をしていた。

エヴァを動かすには、実際のイメージが大切になる。

そのため、このような実践的な訓練も必要なのだが、それ以上にチルドレン自らが自分の身を守ると言う意味でも重要な意味を持っている。


「はっ!!」


掛け声とともにコウヘイがトウジに踏み込む。

コウヘイもチルドレンになってから結構な日数が経っている。

故に動き自体はなかなかのもので、素早い攻撃を次々と繰り出す。

対するトウジも格闘訓練を受けている時間はアスカに次いで二番目に長い。

だが、片足が義足のトウジはコウヘイほど素早く動き回ることが出来ない。

だから自然と動きを最小限に留めて少ない手数で倒す戦い方が身についていた。

コウヘイの攻撃を確実に受け止め、力を受け流しながら反撃の機会を待つ。

先ほどアスカに言われた通り、体の重心に注意を払いながらコウヘイは軽い牽制のパンチを繰り出す。

それでも、トウジはそんな牽制を見透かしたようにかわしていった。


「ほれ、どないしたんや?全くあたらへんで?」

「うっせえ!!」


端から見ていたらトウジに良いようにあしらわれている様に見える。

しかし、コウヘイの動きもかなりのものでトウジもなかなか反撃の糸口をつかめないでいた。

ところが、コウヘイはトウジの挑発に徐々に頭に血が上り苛立ちを見せ始めていた。

そんな中、コウヘイのローキックがトウジのバランスを崩した。


(もらった!!)


心の中で叫び、コウヘイはチャンスとばかりに攻勢に出る。


「ちっ!!あのバカ……!!」


アスカは横からそれを見ていたのだが、舌打ちをして吐き捨てる。

アスカのその行動にミサトが一瞬目を逸らした瞬間、勝負は決まっていた。

ドン、という音にミサトが再び二人に視線を戻すとコウヘイが床に尻餅をついている。


「また悪い癖が出たわね。」


ここ数日、訓練に顔を出せていなかったミサトはアスカの言葉を理解できていなかった。

自体の説明をアスカに求める。


「別に大した事じゃないわ。コウヘイの蹴りの隙を縫って鈴原がカウンターを当てただけよ。」


ローキックを当てた後、コウヘイは一気に勝負をつけようと頭部めがけてハイキックを繰り出した。

そして、これこそがアスカに舌打ちをさせた悪癖であった。

なかなか攻撃が当たらない苛立ちに加え、トウジから挑発されコウヘイは冷静な判断を奪われていた。

更にコウヘイは派手に勝負を決めようとする癖があった。

そこでハイキックを繰り出したのだが、そこに問題があった。

コウヘイは中学三年にしては小柄な方で、トウジとは頭半分ほど体格に差があった。

したがってハイキックをするにはかなり高く足を上げなくてはならない。

なので始動から当たるまで時間差が少しある。

それをトウジは狙っていたのだ。

ローキックでバランスを崩したのもわざとで、挑発も判断力を鈍らせるため。

後は狙い通りに攻撃したところをガードしてがら空きになったところを攻撃するだけであった。


「へえ〜!トウジ君もやるわね〜。」

「まあアイツの場合はそういう戦い方しか出来ないわね。已むを得ず身につけたものよ。」


そう言うと、負けて悔しがるコウヘイを無視して、部屋の端でストレッチをしている二人に声をかける。


「次、アカリとレイナ!二人とも実戦と思ってやるのよ!」

「はい。」

「分かりました。」


二人とも上着を脱ぎ、アカリはいつも通りプロテクターを着ける。

アカリの方は上着の下もネルフから支給されたトレーニングウェアだが、レイナは自分の黒いウェアを着ており、プロテクターの類を全くつけずに所定の位置につく。

そして試合場に入った瞬間、レイナの顔から表情が消え、纏っている雰囲気が変わる。

その様子に外のミサトやアスカの眉がピクリと動く。


「プロテクターを着けないのですか?」


アカリがレイナに尋ねるが、レイナはそれを無言で断る。


「そうですか………。なら、行きます。」


表情こそ変わらないものの、アカリもその実、なかなかの激情家である。

―――見くびられた

プロテクターを着けないレイナの態度にそう感じたアカリは一気に攻め立てる。

コウヘイと違い、激情に駆られても冷静な部分を残すアカリは細かなフェイントを織り交ぜながらレイナに迫る。

コウヘイほど素早くは無いものの、アカリもスピードは十分なものを持つ。

だが、レイナはあっさりとそのアカリの背後を取った。

一ミリも表情を変えることも無く、ただ当たり前の事をこなすかのように。

無駄の無い動作でアカリの背後に回ったレイナは、これも無駄の無い動作で手を伸ばす。

あまりに速い攻撃に咄嗟にアカリはA.Tフィールドを展開してしまう。


「あっ!!」


思わずアスカが声を上げる。

訓練ではフィールドを展開することは禁止されている。

これは攻撃側が怪我をしてしまう可能性を考慮しての事なのだが、これはコウヘイ、アカリに共通して言える最大の悪癖なのだ。

アスカ、トウジは元々A.Tフィールドを張って組み合うことは無いのだが、コウヘイとアカリはネルフに入る前から喧嘩や争い事にフィールドを使い続けてきた。

その際の強力なフィールドをネルフに買われて入ったのだが、それ故、防御と回避が下手なのである。

そのため訓練の際に禁止している面もあるのだが、こういう風に追い込まれると無意識の内に使ってしまうのだ。

アカリとレイナの前に目視できるほどの強力なフィールドが展開される。

だが、レイナの掌はあっさりとアカリの体に触れようとする。


「えっ……!?」


寸止めしたため、ダメージは無いが、その部屋の誰もが呆然とその光景を眺めた。

アカリも何が起こったのか分からず、その場に呆けて崩れ落ちる。


「私の勝ちでいいのかな?」


周りの空気に困惑した表情を浮かべながらレイナがアスカに聞いてくる。

そこでようやくアスカは我に返り、レイナの勝ちを認める。


「えっ、あっ、ええ。」

「ゴメン、当ててないつもりだけど、もしかして当たった?」


そしてレイナは未だ呆然と座り込んでいるアカリに手を差し出す。

されるがままにして立ち上がるアカリ。

まだ誰もが現実を理解できていなかった。

確かにあの瞬間、アカリはフィールドを張った。

それこそかなり強力なものを。

にもかかわらず、レイナはそれをあっさりと打ち破った。

簡単に破られたアカリもショックだが、同じように他のメンバーにとってもショックだった。

それほど先ほどの光景は衝撃的だった。

無論、ミサトも例外ではない。

すぐにレイナに駆け寄って確認をする。


「レイナちゃん!今のは……!?」

「あっ!実戦と同じようにするんですよね!?ごめんなさい、つい手加減しちゃいました……」

「それはいいから!最後のは何!?あの超強力なフィールドは!?」


ミサトは見当違いのレイナの謝罪を強引に遮り、レイナに詰め寄る。

アスカやトウジ達もレイナの周りに集まってきた。


「フィールド?ああ、あの『壁』の事ですか?」

「そう!あんなにあっさり中和するのなんて見たことが無いわよ!」

「ホンマ大した奴やで。ワシらでさえあんなにあっさりは出来へんで。」

「スゲーよ、レイナさん!!ぜひ俺にその秘密を二人っきりで………」


ゴスッ!!!


鈍い音がコウヘイの頭とアスカ、ミサトのこぶしから響き、なにやら白いものが両方から立ち上る。

頭を抱えてうずくまるコウヘイを無視して本題に戻る。


「あのバカはほっといて………

 一回全力で張ってみてくれない?」


アスカがリクエストするが、何故かレイナは困惑顔だ。

皆からはレイナが出し惜しみしているように見えるのか、更に要求する。


「良いじゃない、減るものじゃないし。」

「いえ、違うんです。」

「違う?何が?」

「私、皆がフィールドって呼んでる―――私達は壁って呼んでるんですけどね―――壁、張れないんですよ。」


レイナの言葉に皆、一様に頭にクエスチョンマークを浮かべる。

それはそうだろう。つい先ほど目の前でアカリのフィールドを中和して見せたのだから。


「私にとって相手の壁っていうのは意味が無いんです。どんな強い壁でもあって無いようなものですから。

 壁が張れないので私自身は敵の攻撃は避けるしかないんですけどね。」


そう言うとレイナは苦笑いを浮かべる。

じゃあ、どうやってアカリのフィールドを中和したのか。

皆の関心がそちらへ移ろうとしたが、ミサトだけは心当たりがあった。

しかし、ミサト自身も自分で出した結論が信じられないのか、口ごもる。


「まさか………!いえ、そんなわけ無いわよね……でも………」

「何、ミサト!?何か思い当たるところでもあんの!?」

「ええ。でも無いことも無いわ。でもアタシは専門家じゃないし、詳しくは無いけど、多分……」

「いいから!早く言いなさいよ!」


アスカから激しく迫られ、ミサトもようやく行き着いた答えを口にする。


「多分………アンチA.Tフィールド………」


















NEON GENESIS EVANGELION



EPISODE 5




Loved Children

















「それだったら納得いきますね。」


紅茶の入ったカップを手にマヤはうなづいた。

ミサトもコーヒーを口に運び、熱いコーヒーが喉を潤す。

痛いくらいに熱を持った液体が胃に流れ込むと、大きく空気を吐き出す。

ミサトはレイナ達全員に口外を禁止した後、また後で集合するよう告げてトレーニングルームを飛び出した。

かつてならば親友に真っ先に相談したであろう。

だが、その親友はすでにネルフを離れ、事が事だけにうかつに連絡すら取れない。

とりあえずこういう問題においては現時点で一番信頼の置ける現技術部長の部屋へと駆け込んだのである。

息を切らせて走りこんだミサトにマヤは驚いたものの、彼女もミサトとはそれなりに付き合いが長くなっている。

椅子に座らせ、温めのコーヒーを渡す。

喉がカラカラであったミサトは一息にそのコーヒーを飲み干した。

次いでマヤは熱めのコーヒーを渡し、そこでようやくミサトは一息をついて、先ほどの話をマヤに聞かせたのである。


「でもそうなると過去のデータと食い違いが出るんですよ。

 さっきまで昔のデータに目を通していたんですが……」


そう言いながらマヤはミサトに数枚の紙を手渡した。

ミサトが受け取ってそれに目をやると、そこには氏名と様々な数字がびっしりと並んでいた。


「何これ?」

「コア開発時の実験データです。名前の隣のマルやバツはその人がA.Tフィールドを張れるかどうかです。

 それで、その隣にある数字がコアとのシンクロ率なんですが、フィールドを張れない人は誰一人として起動数値に達してないんです。それも圧倒的に。

 逆に張れる人はどんなに弱くても最低10%はあるんです。それからある程度の強さまではシンクロ率はほとんど変わりません。

 レイナちゃんの15%というのはそれなりに強いフィールドを持つ人と同等なんです。」

「つまり、レイナちゃんもA.Tフィールドを張れるはずだと?」

「はい。張れるとすると、現在はそのアンチA.Tフィールドで自分のフィールドまで消されているか、もしくは張り方を知らないか……」

「まあ、それは今はどうでも良いわ。それよりもっと深刻な問題があるわ。」


ややぶっきらぼうに話題を変える。

自分らしく無い乱暴さに、ミサトはコーヒーの入ったカップをもう一度大きく傾けた。

先ほどから幾分冷めている。なのにさっきより喉が痛かった。

肺から先と同じように大きく空気を押し出し、自分を落ち着ける。


「ゴメン………

 マヤちゃんはアンチA.Tフィールドについてどれくらい知ってる。」

「スミマセン、私もそんなに詳しくないんです。先輩ならよく知ってるかもしれませんが……」


ミサトはあごに手を当てて考える。

ここは危険を冒してリツコと連絡を取るか。

一応ここはネルフ本部であり、相手はあのリツコである。

そう簡単に外部に盗聴されるとも思えない。

だが、慎重に慎重を期してもし過ぎということも無いだろう。

となると、他にそこらについて詳しい人物はいないだろうか。


そこまで考えて、ミサトは一人の人物に思い当たった。

エヴァ、及びそれに関する事項について技術部長のマヤよりもずっと詳しいであろう人物。

気が付けばミサトはマヤの手を引いて廊下へと出ていた。


はっきり言って、ミサトは上層部を信頼していない。

特に碇ゲンドウについては。

だが、今はそんなことを言っている場合ではないのかもしれない。

もし、レイナのことが外部に漏れているとしたら。

その時は遠からず状況は現在とは一変する。


「……たい、痛いですって!葛城さん!!」


マヤの悲鳴でミサトはようやく我に返った。

振り返ってマヤの方を見てみるとマヤは自分の手首の辺りをなでていた。

よく見てみるとそこには手のあとがくっきりと残っていた。

どうも気付かないうちに力がこもっていたらしい。


―――いけない、どうも今日は落ち着きを欠いている。


ミサトは自分を戒めるが、そんなことをしているうちにいつの間にか目的の場所に着いていた。

よく考えてみると、自分の方からこちらに来たのは初めてかもしれない。

緊張しているのか、さっき潤したはずの喉がまた渇いていた。

気を落ち着けて司令室のブザーを鳴らす。

目的の人物はここにいるはずなのだ。

以前はずっと技術部の方にいたが、リツコがネルフを後にするのとほぼ時を同じくして技術部に顔を出していない人物。


「作戦部、葛城ミサトです。」

「何のようだね、葛城二佐?」

「そちらにユイ博士はいらっしゃいますでしょうか?相談したいことがありまして。」


そうミサトが告げると、少し間が空いて扉が開いた。


「失礼します。」

「同じく伊吹マヤ、失礼します。」

「ミっちゃんいらっしゃい。マヤちゃんも。」


すでに30を過ぎている自分のことを「ちゃん」付けで呼ぶのは一人しかいない。

ミサトは部屋の中央のソファに腰掛けてお茶をすするユイの姿を認めた。


「ユイ博士、ちょっとお時間よろしいでしょうか?

 それから司令と副司令も。」


ただならぬ雰囲気のミサトにユイも姿勢を正す。


「ふむ。構わんが、どうやらただ事では無さそうだな。」

「はい。

 先ほど格闘訓練を行っておりましたが、その際に新しいチルドレンの網谷レイナについて重大な事実が判明するかもしれません。」

「重大な事実?」

「はい。正直なところ、まだはっきりと事実と分かったわけではありません。

 ですが、素人考えながら、恐らくは事実と言って差し支えないと思われます。」


いつものポーズを取っているゲンドウが、低い声で先を促す。


「続けたまえ。」

「はい。先ほど網谷レイナと柳井アカリが組み手をしていましたところ、レイナがアカリのA.Tフィールドを一瞬で中和しました。

 訓練中のフィールドの使用は禁止されているため、またあまりにも中和が早かったため直ちに事実の確認を行ったところ、私見ではありますが、アンチA.Tフィールドではないかと思われます。」

「何だと………!」

「私も自分の考えが信じられず、こうやってユイ博士に確認していただこうと参りました。

 現在はその場にいたもの全員に口外を禁じ、待機させております。」

「うむ、適切な処置だ。」

「あの〜………」


この場で唯一事態を把握できていないマヤは控えめに手を上げる。

ここら辺は技術関連以外についてもそれなりの洞察が出来ていたリツコとは大きく異なるところである。

マヤはよくも悪くも未だに純真である。

それなりに世の中が汚い部分があるとは知ってはいるが、実感として持ってはいない。


「何がそんなに問題なんですか?」

「いい、マヤちゃん?アンチA.Tフィールドについてはまだよく解明されていないわ。

 それは何故か?答えは今まで誰も使うことが出来なかったし、記録もデータも無いから。ただ一部―――私達のような人間―――だけが存在だけを知っているの。

 アンチA.Tフィールドは自分の防御には役に立たないけど、強力な武器となるわ。

 何故なら普通のA.Tフィールドの中和と違って足し算引き算の関係じゃないわ。言うなれば掛け算で零を掛けるようなもの―――ここら辺は技術部長の貴女なら知っていることよね?」


ユイの言葉にマヤは黙ってうなづく。

ユイは一度話を切ってお茶で喉を潤すと、話を再開した。


「もし、この原理を他の組織や国が解明、いいえ、利用できるだけでも十分ね。利用する技術を開発したとするとどうなるかしら?」


そこまで言われてやっとマヤも事態の重大性が理解できてきた。

途端にマヤの顔から余裕が消えていく。


「ネルフの優位性は一気に失われて再び世界は混乱の一途を辿るでしょうね。」

「最悪、技術などもいらんよ。

 レイナ君だったかな?彼女の有効範囲がどれくらいかは知らんが、誘拐して洗脳、後は戦場に放置するだけでも戦況は一気に変わる。」

「もし、このことがすでに他の組織に気付かれていたら―――言い方は悪いけれど―――重要なサンプルであるレイナちゃんを放っては置かないわね。それに………」


更に続きを言いかけて、そこでユイの口が止まる。

この場にいる全員が恐らくその内に至るであろう最悪の可能性。

だが、この場でそれを口にするのははばかられた。


「いえ、ともかくまずは本当にレイナちゃんがアンチA.Tフィールドを使えるかどうか、そこの確認をしなければなりませんね。」


そう告げると湯飲みをテーブルにおいて立ち上がる。

その顔はここ最近、見たことが無かった厳しいものだった。

そして、ゲンドウと冬月はそうしたユイの心情をほぼ正確に読み取っていた。


(シンジ君の残してくれた未来だ。失くさせなどせんよ……)


そう心のうちで呟くと微動だにしないゲンドウを見やる。

表に現れこそしないが、恐らく一番現在を気に入っているのはこの男だろう。


「実験室の準備を手配する。

 伊吹博士は碇博士と共に実験準備を、葛城二佐は網谷レイナを実験室に連れて来い。」






















「さっきのスゲーよな!!どうやったらあんなに一瞬でフィールド中和できんの!?」


訓練の後、シャワーを浴びたにも関わらず、コウヘイは未だ興奮収まらない様子である。

一同の中で一人大はしゃぎしながら、ミサトに言われた場所に向かっている。

そんな中、アカリは一際静かにポツリ、ポツリと少し離れたところを歩いていた。

激情家、と評したように、彼女は見かけとは違い、感情の起伏が激しい。

小さな変化こそ乏しいものの、一度大きく揺れたらどんどんその振幅は大きくなる。

今回もその例に漏れず、一人で気持ちは沈んでいった。

うつむいたその視線にそっと影が入り込む。


「………あまり気にすんなや。さっきのは相手が悪かったんや。」

「いえ、大して気にしてませんから。自分が未熟だったということです。」

「さっきの動き見よったらワイらですら未熟に思えるわ。大したやっちゃで。」

「そうね。本気で一度アイツとやってみたくなったわ。」


トウジがアカリを慰めていたが、いつの間にかアスカもアカリのそばに来ていた。

目を細めて好戦的な視線を前でコウヘイの相手をしているレイナに送る。

コウヘイは相変わらずレイナの周りを飛び跳ねながらはしゃいで、それの対処にレイナも苦笑いを隠せない。


「アイツだけは何がホントにすごかったのか分かってないみたいだけど……」


一人だけピントはずれに喜んでるコウヘイを見てアスカは溜息を禁じえない。

確かにレイナのフィールドはすごい。

コウヘイがしつこく迫っているが、恐らく誰も真似することなど出来ないだろう。

それに、本当の凄さを分かるのは多分この場ではアスカ一人であろう事をアスカ自身も理解していた。


アスカは中学卒業後、高校に進学せず、完全にネルフに就職する形となった。

内容は回収した量産機のテストパイロット、及び技術部所属で様々な研究に参加すること。

何故、そうしたのかは分からない。

ただ言うなれば、高校生活に期待を持てなかった、といったところか。

シンジがいない。

それだけで明確な高校のビジョンを描けなかった。

ヒカリはずっとアスカを誘っていたが、それでもアスカの気持ちは変わらない。

では何故ネルフなのか?

その問いに対してもアスカは明確な答えを持たなかった。

自分が仕組まれていたことも、ネルフが自分と、母にしたことも覚えている。

それでも不思議と憎い、といった感情は無かった。

シンジに対しても同様で、かつては殺したいほどに憎んでいた。

それなのに、シンジがいないと分かって涙を流す自分がいた。

冷静に考えてシンジに対して少なからず好意を抱いていたことを否定はしない。

でも、それは愛情と呼ぶには幼すぎる感情。

その気持ちは徐々に端に追いやられ、やがて見つけるのも困難なほどに小さくなっていった。

でも、暗闇から目を覚ましたときには、その小さな気持ちが確かに存在していたのかもしれない。

結局のところ今になっても自分でも分かっていないのだ。

でも、そのシンジとのつながりを手放したくは無かったからまだネルフにいるのかも知れない。


そこまで考えてアスカは思考が最初と無関係な方向にずれていることに気付いた。

以前は何故自分がここにいるのか、それを考えることが多かったが、最近はそういうことも少なくなっていた。

でも何故かレイナのことを見ていると、そのことを考えてしまうことが多くなる。


(そう言えば……何処と無くバカシンジに似てるわね……)


レイナの横顔を見て、アスカは初めてそのことに気付いた。

それだけでなく、レイにも似ている気がする。


(顔だけじゃなくて名前も似てるし………)


偶然とは面白いものだと思いながら困惑顔のレイナを見ていたが、まだどこかに引っかかりを感じる。

誰に似ているかは分かった。でもそれだけではない気がする。

まだ誰かに似ている気が。


そんなことに頭を悩ませていると、正面からミサトたちがやってきているのが見えた。


「あら、ちょうどよかったわ。」

「どうしたんですか?司令や副司令まで一緒で。」


アスカの問いかけにミサトは答えず、とりあえず部屋に入るよう促す。

とりあえず促されるままアスカたちは部屋に入ったが、レイナだけはその場に立ち尽くしていた。

視界にはミサトとマヤを除く三人しか映っていない。

その視線にミサトはああ、と気付いた。


「そういえば、レイナちゃんはまだ会ったことが無かったわね。

 こちらが碇司令、でこちらが冬月副司令よ。

 そして、こちらの女性が司令の奥さんで、技術部の特別顧問をなさっているわ。」


ミサトがレイナが初めて見るであろう三人を紹介するが、レイナの耳には入っていなかった。




急速に色あせていく世界

急速にしぼんでいく声

急速に速くなる鼓動

急速に荒々しくなる呼吸

それらはこの間のケイジでの時の比では無かった。

世界が、自分が崩れていくのをレイナは正確に感じていた。




何の反応も見せないレイナを不審に思ったミサトがレイナに近づく。

見れば、先のケイジと同じように呼吸が荒い。

レイナの異変を感じ取ったミサトが声を掛ける。


「レイナちゃん!?大丈夫!?レイナちゃん!?」


ミサトの大声に一度は中に入ったアスカたちも何事かと顔を出す。


「……て………」

「えっ?」


小さな声に、聞き取れなかったミサトが更にレイナの近くに寄る。

だが、それはレイナの両腕により妨げられた。


「逃げて!!!!!」


レイナの叫び声とともに辺りに爆音が鳴り響く。

付近の壁が見る見る内に変形し、天井のライトが激しく音を立てて砕け散る。


「キャアアアアアア!!!」


ユイの悲鳴が木霊する。

ミサトも突然の事態にレイナに突き飛ばされたままの格好で呆然と見ていた。


「何やってんのよミサト!!!」


アスカに引っ張られてようやくミサトは立ち上がり、その場を離れる。

ミサトがいた場所にガラス片が雨のように降り注ぐ。


「アアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」


喉を突き破らんばかりのレイナの絶叫と何かが砕け続ける音だけがその場を支配していた。





















shin:今回はいいペースで書けた。

シンジ:その分、本分をほとんどやってないけどね。

shin:うるさい!まだ夏休みだ!

ミナモ:それも後二日だけどね。

shin:言ってくれるな………

シンジ:それは置いといて………

shin:おぃ

シンジ:レイナの秘密が少し明らかになったのかな?

ミナモ:そうね。アンチA.Tフィールドを使える、というのがヒントになるのかしら?

シンジ:読者の間にはレイナ=シンジ+レイという予想が多いみたいだね。

shin:う〜ん……言ってしまえば当たらずとも遠からず、てところか。

シンジ:あれ、正解じゃないの?

shin:残念ながら。

ミナモ:ひねくれてるこいつがそんな答えを用意してる訳ないじゃない。


























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