紅い海の中に少年はいた。

もうどれほどの時間こうしていたのだろうか?少年以外が消えてしまったこの世界において、それは誰も分からない。

そもそも時間、という概念は意味を成すのだろうか?

時間は人が生活を営むのに必要となったから生まれた。

また、時計が出来る前は皆朝日が上れば起き、働いて、日が落ちれば眠りについていた。

だがこの世界はもはや日を、暖かな恵みの光を享受することすらない。

一日中薄暗く、ただ漫然と一日―――24時間が経過するだけである。

また、少年が生活を営んでいるといえるだろうか?

答えは否。

もはや少年には生気が感じられず、何のアクションも見られない。

呼吸しているかどうかも怪しいものだ。

例え呼吸が止まり、命が失われたとしても悲しむものなどいない。少年は一人なのだから。



時間は意味を成さない。

時間は意味を成さないのだが、敢えてここで、一度は他人の存在を願った少年が紅い海の中で何を感じ、何を思い、嘆き、そして全てを放棄するまでの時間は十分にあったことだけ記しておこう。

少年はただ眠り続ける。

しかし、かつての少年の願いは叶えられようとしていた。




まだ少年がそれを望んでいるかどうかは別として―――














福音を伝えし者



















「ありがと〜ございましたぁ〜!!」

昼下がり―――午後3時くらいだろうか―――の喫茶店に少女の明るい声が響いた。

この時間帯はこの店の一番の稼ぎ時で、決して広くない店内は買い物帰りの主婦や、学校帰りの女子生徒ですでにいっぱいだった。

近所には中学や高校が数校密接してあり、また、少し離れた所にはマンション、及びそこに住む住人をターゲットしたスーパーがあり、そこから出てくる客にとってしばしの休憩をするにはこの喫茶店は持って来いだった。

今しがた会計を済ませて出て行った客を店先まで出て見送ると、少女は急いで中に戻り、すれ違った客に笑顔で挨拶しながら奥へと戻る。


「おい、次、三番テーブルにモカとブレンド。頼む。」

「はいは〜い。」


カウンターの奥から主人らしき男がコーヒーを二つ持って戻ってきた少女に渡す。

少女の方はそれに軽い返事をしながら受け取ると、お盆に乗せて急いで指定されたテーブルに運んでいく。


「お待たせしました〜。モカとブレンドコーヒーです。」

「すいませ〜ん!」

「あ、は〜い。少々お待ち下さい!」


注文のコーヒーをテーブルに持っていくと、また他のテーブルから呼ばれ、先ほどと同じようにパタパタと足音を立てて呼ばれた方へと走っていった。

店にいる客は基本的には皆常連さんと課しており、少女が明るく、また忙しそうに走り回るのは見慣れた光景となっている。

そして、それを見守る人々の目もまた暖かなものだった。

何の屈託も無く、本当に楽しそうに仕事をする彼女を見ることはそれだけで心が穏やかになる。

そんな不思議な魅力を持った少女の名は網谷レイナと言い、小さな店の押しも押されぬ看板娘である。


「レイナちゃん、今日も元気だねぇ〜。」

「ええ、勿論!それだけが私の取り柄ですから。」

「いやいや〜。レイナちゃんくらいかわいいと周りがほっとかないだろ?」

「もう〜。おだてたってお代は安くなりませんよ?」

「あら、ばれた?」


常連客の一人とじゃれあいとも言える冗談を交わし、店内が一際大きい笑いに包まれる。

店のコーヒーや料理も美味しいこともこの店が繁盛している理由ではある。

だが、ここに来る客のほとんどはこの店の暖かい空気が好きであった。

店の中心で客達と笑いあうレイナをカウンターの奥で店主である高屋トオルもまた暖かく見つめていた。

そして、それがトオルの日課であり、またこの店の日常の姿でもあった。
















第三新東京市ネルフ本部




「やっほ〜。マヤちゃんどお?」

「あ、葛城さん。データはさっきまとめ終わりました。」


先ほどの喫茶店とはまた違った感じの能天気な声が部屋に響く。

かつてと全く変わらぬ容姿のまま性格も全く変わってない様子の元ネルフ作戦課長は、部屋に入ってくるとコーヒーメーカーから持参したカップに並々とコーヒーを注ぎ始めた。

昔なら赤木リツコから嫌味の一つも言われたかも知れない、変らない行動だが、マヤは全く気にした様子は無い。

これは決してミサトに何度言ってもやめないからではなく、今そのコーヒーメーカーを使用しているのは主にミサトだからである。



重度のコーヒー依存症と周りから思われていたリツコとは違い、マヤはコーヒーをほとんど飲まない。

全く飲まないわけでは無いのだが、マヤは紅茶派である。

その為今二人がいる部屋にはマヤが持ち込んだ紅茶の袋が数袋常時備えられていた。

とは言ってもリツコがコーヒーに凝っていたほどではない。

どちらかと言えばコーヒーより紅茶、といった程度である。



かつては金髪の美女が所狭しと物を置いていた、どこか無機的な感じの否めなかった部屋は今は小奇麗に整頓されて部屋の主を教えてくれる少女趣味の小物が目に入る。


「ふぅん、どれどれ………おっ!皆伸びてるじゃない!」

「ええ、皆これまでの最高を更新しています。」


先ほど行われた実験の結果に顔をほころばせるミサトにつられてか、マヤも嬉しそうにミサトに報告する。

かつての使徒戦から3年、三十路も間近に控えたマヤであるが、その童顔は以前と変わらない。

ホントに年を取っているのか、と誰もが疑うほどで、一部ではこっそり不老不死の薬でも開発したのではないかと囁かれている。


「アスカが45%でトップ、続いてトウジ君が39%ねぇ…

 やっぱり前からのチルドレンは強いわね。」

「やっぱり経験もありますし、元々コアがこの二人のデータを多く取り入れていますから。」

「えっ、そうだったの?」

「あれ、葛城さん知らなかったんですか?」

「ぜんっぜん。リツコの奴何も教えなかったんだもの。」

「そうなんですか?先輩と葛城さん親友ですし、てっきり知ってるものだと思ってました。」

「全く。そういうことはきちんと言ってから辞めて欲しかったわ。今度文句言ってやろうかしら。」


不機嫌そうな顔を作るとすでにここを去った親友であり、同僚でもあったリツコに悪態をつく。

しかめっ面をしてぶつぶつと呟くミサトだがマヤはミサトがリツコの事を心配していることを知っている。









マヤも汎用コアの完成とともに突如として姿を消したリツコの事は心配で行方を暇を見ては捜していた。

MAGIをこっそりと活用しては探していて、ミサトも自分の足を使ってあちこちで情報を集めていた。

だが、マヤはリツコが抜けた後、技術部長に抜擢され、ミサトも再編成された作戦部長に任命されたためほとんど捜索の時間を取ることが出来なかった。

ゲンドウのところを訪れた際にリツコの場所について尋ねるのだがゲンドウは頑として口を割らなかった。

そうしている内に一年以上が経ち、二人とも諦めかけた頃、二人の元へリツコから連絡が来た。


「リツコ!?アンタ急に辞めてどこ行ってたのよ!!??」

『そんな大きな声出さなくても聞こえるわよ。』

「先輩!!先輩なんですね!?」

『あら、マヤもそこにいるのね?久しぶりね、マヤ。』


二人の心配も何処吹く風、といった感じのリツコ。

だが、久しぶりにリツコの声を聞いたマヤは安心して気が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。

大げさだとミサトはマヤを見ながら思わないでも無かったが、とりあえず今は問い詰めたいことが山ほどあった。


「アンタが随分心配かけるからマヤちゃん安心して泣き崩れちゃったわよ。」

『……そうねそれに関しては謝るわ。ろくに引継ぎもしないまま辞めてしまったことだし。』

「で?アンタは今何処から電話してるのかしら?それにどうして辞めたのよ?」

『最初の質問から答えるわね。それに関しては言えないわ。』


答えると言っておきながらいきなりのノーコメント。

ミサトが額に青筋を立てるのも無理なからぬことであろう。


「アンタねぇ……!」

『落ち着きなさい、ミサト。こればっかりは言いたくないのよ。』

「どうしてよ?何かまた機密に関わるような仕事でもしてんの?」

『貴女に言うと家が荒らされるからよ。』

「どういう意味よ!!」

『冗談よ。』

「………」


電話越しにミサトの怒りが通じたのだろうか。リツコはコホン、と咳払いをすると真面目に話し出した。


『冗談が過ぎたわね。

 ともかく、こればっかりは勘弁して頂戴。』


頑なに拒み続けるリツコに、ミサトは溜息をつくと話を進めることにした。

こうなった親友は決して口を割らないと長い付き合いで分かっていたから。


「まあ、いいわ。
 
 辞めた理由は何なのよ?」

『辞めたのはもう私の仕事は終わったと感じたのよ。

 それに………あの時、精神的にだいぶ危なかったから……』


だから理由を告げることすら出来なかったのだ、とのリツコの言葉に、ミサトは当時のリツコの様子を思い出した。

どこか思いつめた様な顔をいつもしていた。

話を振れば普通に返してくるし、いつもの毒舌も垣間見えたのだが、どこか危うげな雰囲気をかもし出していた。

飲みにでも連れて行って話を聞こうと考えていたのだが、そうそうそんな時間が取れる訳ではない。

ましてや当時はまだ世界中で紛争が起こっており、ネルフはそれに対する準備に追われていた。

そうこうしている内にある日、ぷっつりとリツコは姿を消してしまったのだった。


「今はどうなの?大分落ち着いたの?」

『ええ。今は無難な生活を楽しんでるわ。』

「そう…。良かったわね。」

『ありがとう、ミサト。』


その声を聞いてミサトは心から安心することが出来た。

受話器から聞こえてきた感謝の言葉には初めて聞く優しい色が含まれていた。


「ともかく、元気そうで何よりだわ。今度久しぶりに飲みに行くわよ。」

「ハイ!私も!私もご一緒させてください!!」

「とまあ、マヤちゃんも言ってることだし、いいわよね?」

『ええ、構わないわ。それから今度からはこの番号に連絡してくれればいいわ。』

「りょーかい。」

『じゃ、また今度。』

「ええ、また今度。」












「ともかく、そういうことなんであの二人がシンクロ率が他のチルドレンより高いのは必然なんですよ。」

「じゃあ、この数字は他の子たちも頑張ってるってことね。」


ミサトの手にあるデータには二人のシンクロ率からわずかに離れたところに固まって2本程ラインがあった。

先ほどのマヤの話通りなら大健闘と言えるだろう。


「そうですよ。本当はシンジ君のデータがあればもっと良かったんですけど……」


そこまで言ってマヤの顔が曇る。

ミサトの方も表情から笑顔が消え、今にも泣き出してしまいそうに見える。


「手に入らないものはしょうがないわ。

 それに……あの子はあれで良かったのかもしれないわ………」

「そう……ですね…

 何処にいるか分からないですけど、元気でやってるといいですね。」

「元気にやってるに決まってるわよ。
 
 だってあの子はこれからずっと幸せにならなきゃいけないもの。」

「そうですよね。」


二人は心から願う。

自分達が壊してしまった少年が何処ででもいいから平穏な日々を過ごしている事を。


























第壱話 始まる鼓動





NEON GENESIS EVANGELION


EPISODE 01


HEART BEATING



















季節が春から初夏へと所々でその兆しを見せ始め、それに合わせるかのように人々も活動を活発にしていた。

見事に晴れ渡った青空はそれだけで気持ちを良くし、全身でその恵みを享受しようと外出をするのは大体の人にとって当たり前の行動なのかも知れない。

だが、天気は当然ながら気まぐれで、一年三百六十五日毎日がその恵みを人々に与えてくれるわけでは無い。

時には曇天になるし、雨が降ることもあるのが自然である。

勿論、そのような天気も無ければならないのも当たり前であるのだが。

それでも雨が降るとそれだけで人によっては気も滅入り、愚痴も増えるのは止むを得まい。

それは喫茶店の主人であるトオルにとっても例外では無く、人気の無い店内のカウンターに突っ伏していた。


「あ〜…客来ねぇなぁ………」


そうぼやきつつ、店内をぐるりと見渡してみる。

視界に入るのは誰もいない椅子やテーブルとカウンターに座って本を読むレイナの姿だけであった。

普段はにぎやかな商店街も自然と閑散としたものになり、その商店街から少し離れたところにある喫茶店―――ホーリーブレストもそのあおりを食らっていた。

ホーリーブレストでも客は一人も居らず、完全に商売上がったりである。


「しょうがないじゃない。誰も雨の中わざわざコーヒーを飲みに来ないわよ。
 
 まして、まだお昼前よ。それも平日の。」

「そうは言ってもなぁ……」


それだけレイナに返すとトオルは溜息をついて再びカウンターに体を投げ出した。

いつもなら平日の昼前でもそこそこ客はいる。

ここはコーヒーだけでなく、お昼時には簡単なランチのようなものも出すため、それを目当てに来る客も多い。

故にこの時間でもピーク時よりはマシとはいえ、それなりに忙しいのだ。

加えてここ一、二週間はずっと天気も良く、たまに深夜に雨が降る程度だったため、客の入りが良かった。

それ程広くは無い店内だが、やはり店にいるのが自分とレイナだけでは寂しいらしい。


「諦めよう?たまにはこうしてのんびり過ごすのもいいじゃない。」

「お前は良いよなぁ……

 どうやったらそんなにいつもポジティブに考えられるんだか。」

「ぼやいたってしょうがないでしょ?そんなこと言ってたって晴れるわけじゃないんだし。」

「昔ならまだ雨とは言ってもそこそこに皆出歩いてたんだけどなぁ………」


そう呟くトオルだが、そんなに昔から店を開いていたわけではない。

トオルがホーリーブレストを開店したのは今からまだ一年ほど前である。

トオルの言う昔とは3年以上前を指している。

トオルの指摘通り、昔は確かに雨とは言え、それなりに通りは人で溢れ、よほど辺鄙なところか、まずい店でない限り店には人が入っていた。

だが、3年前を境にして状況はがらりと変わることになる。

天気が悪くなると人々はピタリと外出を止め、皆家に篭って息を潜めて過ごすようになった。

薄暗い空と相まって街は一気にゴーストタウンへと変化する。

顔を少しずらし、窓の外へとトオルは目をやった。

いつもならこの時間でも騒がしいほどに活気が溢れている商店街も人影は一つも無い。

もう見飽きた光景だがいつまで経っても慣れることは無い。


「どうしてなんだろうな?天気が悪くなるとうまく制御できないのは?」

「……私には分かんないよ。元々そんなこと出来ないんだから。」

「そうだよなぁ………」

「大方神様がそういう風にしちゃったんだよ。」

「そう考えるしかないか……」


辛そうに答えるレイナ。

トオルはそれに気付いていたが敢えて気付かない振りをした。

気だるそうに体を起こしながら諦めたように席を立つ。

普段は底抜けに明るい彼女だが、時折今のような表情をのぞかせることがあった。



トオルがレイナを引き取って3年近くになる。

その間にそれとなく原因を探ってみたり、直接レイナ本人に聞いてみたこともある。

しかし、原因ははっきりせず、本人も絶対に話そうとはしなかった。

そんなレイナにトオルは寂しさも感じたが、誰にでも話したくないことはある。

そう思い直し、それ以降詮索することは無かった。



「さて、折角時間が出来たことだし、久々に部屋の片付けでもしようかな?」


レイナは先ほどまで読んでいた本を閉じ、体中のコリをほぐす様に大きく背伸びをした。

そして仕事の邪魔になるからか、背中まである長い茶色い髪を結んでポニーテールにしていたが、それをほどく。


「そう言えば俺もしばらく掃除してないな。」

「しばらくってどれくらいよ?」

「………半年くらい?」

「きったない!早く掃除してきなさい!」

「へいへ〜い。」

「返事は一回!」

「は〜い。」


レイナに怒られても気にする風も無く、間延びした返事を返しながら、相変わらずだるそうに立ち上がった。


「掃除終わるまで私が店番しておくから。いい?きっちり掃除してくるのよ。」

「分かってるよ。

 じゃあよろしくな。」


後ろ手にレイナに向けて手をヒラヒラさせながらトオルが二階の自宅へ上がろうとした時、カランカラン、と入り口の鐘が澄んだ音を立てた。

その音に半分靴を脱ぎかけていたトオルは回れ右をすると再び店の方へ戻ってきた。


「いらっしゃい……て、なんだ。またお前か。」


今日初のお客にいつも以上の営業スマイルを浮かべて出迎えたトオルだったが、店に入ってきた男の顔を見るなり盛大な溜息をついた。


「まあそう言うなよ、マスター。」

「だってお前が来るってことはまたアレ、だろ?

 しかもコーヒーの一杯も飲んで行きやしねぇし。」


馴れ馴れしく声を掛けてきた男は身なりはそれなりに綺麗だが、いつも顔の何処かしらにガーゼを貼り付けており、よく見ないと分からないが頬には小さな切り傷がある。

何より放っている空気がいかにもチンピラです、といった感じなのだ。

前に他のチンピラ数人に暴行されていたところを偶々トオルが助けたのだが、それ以来、何かあるとすぐにここに逃げ込んでくるようになっていた。

そして、ここに今日来た、ということは当然この男―――カズキ―――の手に負えないことが起きたということになる。


「分かったよ。今日無事に戻ってこれたらここで飯を食わしてもらうさ。」

「おっ!マジでか!?」


それまでぼやいていたトオルだったが、カズキが諦めたように食事を約束すると急に態度を変えて食いついてきた。


結構現金な男である。


「それで、今日はどんな奴なんだ?今のお前が来るくらいなんだからかなり強いんだろう?」

「ああ。はっきり言って俺の力じゃ手も出せない。仲間もさっき何人かやられちまった。」


そんなことを言っているが、慌てた風も無く椅子に座って待ち続ける。

トオルはツッコミたいところだったが、それを何とか堪える。

焦っても何もいいことは無い。ましてや今は目当ての人物を待っているところだ。


「お待たせしました。」


そう言って現れたのは全身を黒い衣装で染めた十代の少女。

手は黒いグラブで覆われており、足元も漆黒のブーツをはいている。


「おう。さっさとお仕置きして帰って来い。」

「ええ。

 じゃあ、カズキさん。行きましょうか。」


トオルに短く返事をすると、クルリ、と踵を返して裏口からカズキを引き連れて雨の路地裏へとレイナの姿は消えていった。













「今日はどのような方ですか?」


雨に打たれても気にせず歩を進めていた二人だが、その道すがらレイナは自分よりやや前を同じように傘もささず歩くカズキに尋ねる。


「見た目は立派な奴だが、体術に関してははっきり言って素人だ。

 だが力はずば抜けて強い。元々強いんだろうが、この天気だ。いい感じに強化されているんだろう。」

「被害の方は?」

「まだそれ程出ていないが、何軒か家の一部を壊されたようだ。それと強盗まがいの被害が一件。

 幸いにもその程度で俺らが見つけたからそれ以上は広がっていないはずだ。」

「そうですか。」


感情の無い、無表情でそう返すと視線をまた前方へと戻す。

カズキはそんな少女の態度に小さく溜息をついたが、いつものことと諦めた。


そういつものことなのだ。

店にいる間は明るく元気な少女らしいが自分は今までこの少女のそんな姿など見たことが無い。

自分が見たことがあるのは、現在の様に無表情な顔だけだ。

どちらが本当の顔かは知らない。多分昼間がそうなのだろう。

そう考えると無性にそれを見たくなった。

マスターの昼飯を食べるのも悪くないかもしれないな。


カズキはそんなことを考えながら歩みを進める。

商店が立ち並ぶ表通りとは違い、ホーリーブレストの裏から路地裏に入ると世界は一変する。

ガラの悪いチンピラや不良たちがたむろし、しばしば事件が起こっていた。

大分情勢が落ち着いたとは言え、警察などは依然としてアテに出来ない。

それで今はカズキたち数人が自警団のようなものを作って定期的にパトロールをしている。

元々はカズキもそちら側の人間だったがトオルに助けられた&喝を入れられて以来立場を百八十度変えてしまったのだ。

カズキは助けられたとは言ってもそれ程弱いわけでは無い。

数人に袋小路に追い詰められるまではいわばここら一帯のボスのような存在であった。

見た目は細身なのだが、その能力は大したもので、一対一の戦いならまず負けることは無い。

助けられた後半強制的にトオルに格闘技を仕込まれ、生身なら数人程度なら問題は無い。

そんなカズキだが、天気が雨になると話は別である。

だからこそ、今日もトオルとレイナを頼ってきたのだが。



「この角を曲がったところだ。時間稼ぎに徹しろ、と言ってあるから無茶はしてないはずだが……」


そういう間に角を曲がり、目的の場所へたどり着いた二人だが、いきなり過激な出迎えが二人を襲う。

咄嗟にカズキは体を捻り、飛んできた何かを避ける。

カズキの髪が数本切れ落ち、後ろの壁を少し削った。

レイナは一歩も動くことなく、飛んできた方向を無感情に見つめている。


付近の物を盛大に破壊しながら攻撃をする男の周りを二人の少年が忙しく逃げ回っていた。

そんな中一人が注意を払いながらようやくやってきた二人に叫ぶ。


「カズキさん!遅いですよ!!」


そう言いながら簡単な攻撃を止めない。

だが、その攻撃のどれもが相手に当たる前に何か硬いものに当たって届かない。


「スマンスマン。よく持ち堪えたな。」

「もういっぱいいっぱいですけどね。

 スイマセン!レイナさん、よろしくお願いします!」


その時、注意が途切れたのか、少年の足元がぬかるみに取られてバランスを崩す。


「危ない!!」


チャンスとばかりに飛んできたパンチを割って入ったカズキが何とか受け止める。

だが、一瞬止まった後、パリン、と音が響き、大きな男がカズキを殴り飛ばした。


「カズキさん!!」

「大丈夫だ!お前ら、もう離れろ!」


口元を流れる血を拭いながら二人の少年に指示を出す。

すぐさま少年達は飛びのき、場の緊張が少し途切れた。


「……というわけなんだ。」


カズキが言ったのはそれだけだが、十分にレイナには言いたいことが伝わったらしい。

少年達が戦っていた男の前に静かにレイナが出る。


「なんだ。一人消えたからどんな奴を呼びに行ったのかと思えばこんなかわいらしいお嬢ちゃんか。」


明らかに嘲りを含んだ口調で男は軽口を叩く。

そんな男の言葉を適当に聞き流しながらレイナは冷静に相手を分析していた。



(なるほど、確かに動きは完全に素人ね。頭も悪そう……。

 それでも力はそれなりにあるみたいね。)



「どうだい、嬢ちゃん。俺と一緒に楽しいとこに行かねぇか?色々と教えてやるよ。」

(決定ね。やっぱり馬鹿だわ。)


パシッ!


肩に手を掛けようと男は手を伸ばすが、その手をレイナは軽く弾く。


「お断り致します。それにそんな汚い手で触らないで下さい。」


相手を睨むでも無く、だが底冷えのするような蒼い視線が男を突き刺す。


「……黙ってりゃ好き放題言いやがって。」

「別に黙って無かったと思いますが?」

「うるせえ!!」


叫ぶと男は大きく振りかぶり、明らかな大振りでレイナに殴りかかる。

レイナは軽く溜息を吐くと、あっさりとその攻撃を避け、体を回転させて回し蹴りを繰り出す。

男には余裕があった。

今まで自分を守っている壁は誰一人として破れやしなかった。

だからこそ格闘技を学ぶ必要など感じなかったし、これからもそんなつもりは毛頭無かった。

男の目にはゆっくりと迫るレイナの足が入っていた。


そら、そろそろ相手の驚く顔が見れるぞ。

もうすぐだ。

壁にぶつかって……

………

あれ?おかしい………



男の意識はそこで途絶えた。

鈍い音が静かな路地裏に響き、腹にはレイナの黒いブーツが深々と突き刺さっていた。

その様をカズキは顔をしかめて見ていた。


何度聞いても嫌な音だ。骨が砕け散る音というのは。


ゆっくり男の体が崩れ落ち、細かく痙攣し始める。

その様子をレイナは無表情で、だが、見る人が見れば―――トオルくらいだろうか―――明らかに辛そうに見ていた。

無言のまま体の向きを変え、その場を立ち去る。


「……後のことはお願いします。」

「こっちから頼んだんだ。お前が気にする事は無い。

 ありがとうな。後でこいつらと一緒に飯を食いに行くってマスターに伝えといてくれ。」

「…分かりました。じゃあ先に戻ってお待ちしていますね。」


そしてわずかに笑顔を浮かべるとレイナは店への帰途に着いた。


















「お父さん、お風呂空いたよ〜。」


レイナは風呂上りなのか、バスタオルで頭を拭きながら居間でテレビを見ていたトオルに声をかける。


「おう、これ見終わったらすぐに入る。」

「そんな事言いながらまたいつかみたいに寝てしまわないでよ?」

「はいはい。行くよ、今すぐ行きますよ。」


急かすレイナに聞こえないようぶつぶつ文句を言いながらトオルは風呂場へと足を運ぶ。

レイナはその姿を見届けると台所に行き、冷蔵庫から牛乳を取り出す。

一リットルパックごと持って自分の部屋に行き、腰に手を当ててそのまま飲み始めた。

大人しそうな外見とは裏腹に豪快に喉を鳴らしながら牛乳を流し込む。

プハァ、と景気のいい声を上げながら飲みきると、まだわずかに水滴の滴る頭を再び拭き始めた。

わずかに上気した顔を冷まそうと部屋の窓を開け、夜風に当たる。

まだ初夏だからか、風呂上りの火照った体に少しひんやりする風が心地よかった。

夜風に綺麗に手入れの行き届いている茶色い髪が揺れる。

空を見上げれば、昼間の雨はすっかり上がり、まん丸とした見事な満月が顔を覗かせていた。


「今夜は満月かぁ……」


そう呟きながら控えめな光を届けてくれる月を見つめる。

その瞳は紅く、風に揺れる髪はどこか蒼がかって見えた。


















後書き



久々に新連載を始めました。

読んでくださってお分かりの通り、EOE後のお話となっております。
まだほとんど進んでなく、恐らくどういう世界なのか分からないと思いますが、少しずつ謎を明かして行きたいですね。

まあ、謎になってるかどうかは分かりませんが(汗)

シンジは?アスカは?レイは?など色々あるでしょうが、話が進んでいく様を暖かく見守っていただければ幸いです。

ちなみにキャラコメについてはどうしようかと思案中です。
次回からつけるかもしれませんし、ミナモ辺りに出張ってもらおうかとも思っています。


とりあえず今日はこれくらいで。
では。














SEO [PR]  ローン比較 再就職支援 バレンタイン 無料レンタルサーバー SEO