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2010年 3月2日記念LSA短編 僕の望む補完計画
ネルフの病棟の303号室。

惣流・アスカ・ラングレーという名札がかけられた病室を訪れるものはほとんど居ない。

彼女の保護者役を買って出た葛城ミサトは、アスカが病室に運ばれた日に一度だけ顔を見せたきりだった。

同僚のチルドレン達も一度も病室を訪れる事は無い。

唯一、赤木リツコが部下の伊吹マヤを従えてたまに病室に入るだけ。



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僕の補完計画



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しかし、今日は赤木リツコ以外の訪問者が303号室を訪れた。

入ってきたのは学校の制服姿のシンジ。

生命維持装置しかない殺風景な病室の様子を気にすることなく、シンジは人形のようにベッドに横たわるアスカの姿を暗い瞳で見下ろしていた。

それからどのぐらいの時が経ったのだろう。

機械類の電子音しか聞こえない室内の静寂を破ったのはシンジだった。

「アスカ……、起きてよアスカ……」

シンジはアスカが横たわるベッドにゆっくり近づくながら呟いた。

「なにいつまでもそんなトコで寝ているんだよ。みんな死んじゃったんだよ、綾波も渚も、加持さんも……」

そこまで言うとシンジはアスカの腕をつかむ。

「アスカっ、起きろってば!」

するとシンジはアスカの腕に温もりがまったく感じられない事に気がついた。

慌ててアスカの脈を取る。

しかし全く反応が無い。

いつの間にか生命維持装置の機械音も止まっていた。

シンジの顔はいよいよ真っ青になった。

「僕には! アスカしか居ないんだよ! 前みたいに笑ったり怒ったりしてよ」

全く呼吸をしていないアスカの胸にシンジは顔をうずめてさらに叫ぶ。

「僕をバカにしたり、毒突いたり、余計なおせっかい焼いたりしろよ!」

ついに耐えきれなくなったシンジの瞳から涙があふれ出す。

「僕は守りたかった! アスカがこんな抜け殻になってしまう前に!」

「……それは本当の気持ちなのね?」

病室のドアが開いて、ミサトが姿を現した。

シンジは振りかえること無くベッドに横たわるアスカを抱き上げながら答える。

「はい……。僕はアスカが好きなんだってはっきりと気がつきました……。もう遅いけど……」

「まだ遅くはないわよ?」

「えっ?」

シンジが驚いて振り返ると、そこには微笑むミサトと……。

見覚えのある赤いインターフェイス・ヘッドセット。

赤みを帯びた金髪。

淡い黄色のワンピースを身に纏った少女。

惣流・アスカ・ラングレーが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむいていた。

「ど、どういうことですかミサトさん!」

「シンジ君、あなたが抱きしめているモノを良く見てみなさい」

シンジが抱いているものを確認すると、抱きあげられたせいで顔の部分を覆っていた金髪がすっかり分けられていた。

あらわになった顔をみると、それは精巧に作られたマネキンだと理解した。

「アスカ……」

「シンジ……」

シンジはマネキンを投げ出すと、素早い動きでアスカに飛びついた!

「ちょ、ちょっとシンジ……」

「アスカ……、生きている……! 本当に良かった……!」

シンジは堪らずアスカの心臓に耳を押し付けていた。

今までのアスカの性格ならシンジを撥ね退けていただろう。

しかし、逆にシンジを抱き寄せるアスカを見てミサトはアスカに質問をする必要はないと感じた。

アスカもシンジを受け入れたのは一目瞭然だからだ。

冷静さを取り戻したシンジはアスカの肩をしっかり抱き寄せながらも、少し憤慨した様子でミサトをにらみつけた。

険悪な雰囲気を察したミサトは慌ててシンジに向かって弁解を始める。

「実はね、この前シンジ君が倒した使徒が最後の使徒だったの……。それで、アスカは役目を終えてドイツに帰る事になったのよ」

「ええっ!? アスカは帰ってしまうんですか!」

ミサトの言葉にアスカの肩を抱くシンジの手に力が入った。

「シンジ、痛い」

「あ、ご、ごめん」

シンジはアスカに謝り少しだけ力を緩めるが、アスカの事を放そうとはしなかった。

ミサトはそんなシンジを見て少しあきれたように溜息をついた。

「大丈夫よシンジ君。アスカが日本に残ると言えば、残れるようになったから」

そのミサトの言葉を聞いたシンジはホッとして一気に体の緊張を解いた。

「でも、シンジ君とアスカがこのまま仲違した状態のままだと、アスカも意地を張ってドイツに帰るって言い出すかも知れない。そこで加持のやつが策を練ったわけ」

そこまで話すとミサトは少し不機嫌そうな顔になる。

「ミサトさん、何を怒っているんですか?」

「あのバカ、敵を欺くにはまず味方からとか言って、あたしに対しても死んだふりをしてたのよ! しかも碇司令やその部下の剣崎君まで使って!」

ミサトはそう言ってうなだれて、少し気恥ずかしそうに呟く。

「おかげであたしはさ、帰って来た加持に涙を流して抱きつく羽目になっちゃったわけよ」

思わず噴き出してしまったシンジをミサトがジト目でにらみ返す。

「シンジ君もでしょ」

そしてミサトはアスカの方を見て嬉しそうに微笑みかける。

「それにしても良かったわ。アスカの振りをしたマネキンに向かってシンジ君が自分の気持ちを吐きだしてくれて」

今度はシンジの方に向かってウィンク。

「隣の部屋のモニターで、シンジ君の様子をアスカと二人でみてたけど、アスカも感激して涙を流しててね。すぐにでもシンジ君の所に行きたいと言うのを引き止めるのが大変だったのよ」

少し強がって冷静に見えるように振る舞っていたアスカの顔が茹でダコのように真っ赤になってしまった。

シンジはそんなアスカの表情を見て胸をときめかせ、優しくアスカの髪を撫で始めた。

「さて、作戦も無事に成功したし、加持やあなた達のお母さんにも報告しないとね。心配しているだろうから」

「「お母さん?」」

シンジとアスカがユニゾンして尋ねると、ミサトはしまったと口を押さえたが、すぐに愛想笑いを浮かべる。

「加持の考えた作戦の肝はね、シンジ君とアスカがお互いに頼る相手が一人しか居ないと思いこませる事だったのよ。だからあたしに自分が死んだってウソをついて、あたしの心を不安定にしてあたしが落ち込んでいるアスカを慰められないようにしたり、シンジ君に厳しい事を言わせるように仕向けた。そしてレイにも碇司令に頼んでシンジ君の事を知らない振りをさせて絶望させようとした」

ミサトの言葉にシンジは少し気まずい顔になる。

「確かに、僕はアスカが少し怖かった。だからミサトさん、綾波が目の前に居たらすがっていたかもしれない……ごめん、アスカ」

「ううん、アタシも加持さんが生きてたら加持さんにすがってばかり居たと思う……でも、多分それは恋じゃ無くて憧れのような気持ちだったのよ。大人になりたくて無理に背伸びしてた」

アスカはそこまで言うとまた照れ臭そうにシンジの瞳を上目遣いに見つめる。

「アタシはもっと自分の年相応の相手を見つけるべきだったのよ。例えば……シンジとか」

黙って見つめあう二人の沈黙を破る様に病室のドアが開き、複数の人数の足音が響く。

シンジとアスカが入口の方に顔を向けると、そこには碇ユイ、惣流キョウコを先頭に、ゲンドウ、コウゾウ、リツコ、オペレーターの三人、加持とレイが大挙して押し寄せていた。

みんな拍手をして口々に祝いの言葉を述べる。

「シンジ、そして惣流君。今までエヴァンゲリオンパイロットとしての任務、ご苦労だった。ただいまを持ってチルドレンを解任する。そして……おめでとう」

ゲンドウの言葉にシンジとアスカは満面の笑みを持って答える。

「「ありがとう」」



どうやらゲンドウは最後の使徒を殲滅させた後、ゼーレが動き出す前にエヴァンゲリオン初号機と弐号機から急いで碇ユイと惣流キョウコをサルベージしたようだ。

コアの無くなったエヴァンゲリオンはただの巨大な人形同然であり、ゼーレの人類補完計画は頓挫してしまった。

肝心なところで失敗してしまったキール議長にゼーレの議員達は失望し、その後は全く足並みが揃わず、ネルフのゲンドウにされるがままになってしまった。

ゼーレはすっかり弱体化し、もはや人類補完計画を実行するだけの力は無くなってしまった。

ネルフもその任務を終えて解散し、ゲンドウはその体格を生かして見習い職人として復興が急ピッチで行われる第三新東京市の工務店に再就職した。

惣流キョウコもミサトも第三新東京市の職場に就職し、新たな住居はコンフォート17において碇家を真ん中に葛城家と惣流家が隣り合う形になった。

ネルフが解体され、コンフォート17も民間に払い下げられることになったのだ。

ユイは専業主婦となり、シンジとレイ、働いている惣流キョウコに代わってアスカの三人の面倒を見るようになっている。

再び中学校が始まり、楽しそうに登校するシンジとアスカとレイの三人。

そしてそれを幸せそうに見送るユイ。

そんな光景を眺めている銀髪で赤い瞳をした少年の姿があった。

彼は渚カヲル。

祖父の家がある第三新東京市に引っ越してきたのだった。

第三新東京市にある高校を受験するため、故郷を離れて上京してきた。

「……結局人類補完計画は発動されてしまったんだね。でも、これがシンジ君の望んだ世界だなんて意外だったね。僕は辛かった使徒との戦いの事も、彼は帳消しにするかと思ったのに」

「だって、今まで辛い思いをしてきたから、僕はみんなの事が好きになれんだと思うからだよ」

そう呟くシンジの声が聞こえたような気がしてカヲルは後ろを振り返った。

しかし、そこにはつむじ風が一陣、舞い上がっただけだった。
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