ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
※この話はLRSな方には辛い作品の内容になっています。綾波レイとユイさんのファンの方はお気を付け下さい。
2010年 ひな祭り記念LAS短編 ひな祭りユウカイ
「実物大の雛飾りを作るだと?」

ゲンドウの言葉を聞いた冬月は顔をしかめた。

「使徒を倒す任務を終えた新生ネルフが研究機関として世間に認めてもらうためのイメージアップ作戦だ」

誇らしげにそう言い放ったゲンドウを冬月はやぶにらみする。

「ふん、どうせユイ君のアイディアだろう」

「う、うむ……」

そう言ってゲンドウは顔を赤くした。

碇ユイが無事にサルベージされてからと言うもの、ゲンドウはその鉄仮面を脱ぎ捨てたかのようにすっかりと普通の人間に戻ってしまった。

「そこで、私がお内裏様に立候補したのだが……」

「碇、正気か!?」

「……民主主義的方法で却下された」

「多数決か」

冬月はそう呟いて胸をホッとなでおろした。

ネルフの発令所のスタッフにアンケートを取ったところ、赤木リツコや葛城ミサトなど主だったメンバーは全て賛成してくれた。

そこで気を良くしたゲンドウは、ネルフ職員500人に無記名アンケートを行うことにした。

MAGIの反対(カスパーが断固拒否)を押し切って行われた投票では、賛成1、反対499となり、1票は自演なのではないかとまで噂された。

「私は人望の無い司令だったのだな……」

いや、人望があってもお内裏様はNGということだろう、という作者のツッコミはそれほどにして、ゲンドウはユイと話し合った結果、シンジをお内裏様にすることに決めた。






「えっ、僕がお内裏様の役を?」

学校から帰って来たシンジは夕食の席でユイにそう打ち明けられた。

ユイが戻ってきてから、シンジはレイとゲンドウと共に4人家族として暮らすことになった。

ここは新しく移り住んだ碇家のリビング。

ユイは今までシンジとレイの側に居られなかったことを悔やみ、専業主婦としてシンジとレイの近くに居る事にしたのだ。

「テレビで全国放送されちゃうなんて……恥ずかしいな」

シンジが照れ臭そうにそう言うと、ユイは優しく微笑みながらシンジに拝みかける。

「名前は出したりしないから。ほんの少しの間だけでいいの。お願い」

「うーん、わかったよ」

シンジが了承すると、今度は隣で黙々と食事をしていたレイに向かってユイは話しかける。

「それで、お雛様の役をレイ、あなたにやって欲しいのよ」

「……それは命令ですか?」

レイが無機質な声と表情で返事を返すと、ユイはとても悲しげな顔になった。

しかし、ユイは無理やり作り笑いを浮かべてレイに再び話しかける。

「命令じゃないけど、それに近いお願いよ」

「了解」

レイの言葉を聞いて、ユイはとりあえず一安心したようだ。

「じゃ、とりあえず今度衣装合わせをしましょう。レイちゃんはお人形さんみたいにかわいいからきっと似合うわ」

ユイははしゃいだ様子でゲンドウに電話を掛けた。

ゲンドウもとても喜んだ様子で、

「うむ、これで今まで寂しくつらい思いをさせていたシンジとレイに償いができる。二人には幸せになってほしいものだ」

と、受話器の向こう側で話していた。






一方、シンジが去った後の葛城家のリビングは、明るさを欠いていた。

アスカとミサトの2人きりになった夕食の席では毎日ため息ばかり。

食卓のシンジの席も、シンジの部屋の入口に掛けられたプレートも、取り払われずにそのままになっていた。

今日はまたアスカが一段と暗い。

学校で何かあったことを察したミサトが理由を聞き出すと、アスカは目に涙を貯めながら話し始める。

「今日学校でシンジに、今度の3月3日に、ネルフでひな祭りをやるからって……」

それはミサトも先ほどリツコから連絡を受けたので知っていた。

「アタシに三人官女の一人になって欲しいから、今度シンジの家に衣装合わせに来て欲しいって……」

そこまで聞いて、ミサトは自分の胸が鋭い針に突かれたような痛みを覚えた。

みなまで言わなくても、レイがお雛様になる事は推測できる。

きっとアスカは胸が潰されるような思いをしたのだろう。

ここで改めてミサトはユイに対する怒りを燃え上がらせた。

「アタシは頭に来ちゃって、ファーストをまた人形呼ばわりしたら、アイツは『人形は可愛いから別に構わない』って平然と答えたの。アタシはクラスのみんなから白い目で見られて、きっとシンジも……」

アスカはそこまでしゃべるとこれ以上は耐えきれなくなったのか、声を上げてワンワンと泣き出した。

「もういいわ、それ以上は言わないで。あたしにはわかるから……」

ミサトは泣きじゃくるアスカを抱き寄せて優しく背中をさすった。

かつてミサトは加持との関係を巡って自分に反発するアスカを手に余る厄介な存在だと思ったことがあった。

しかし、シンジが立ち去り、その後だらしない生活に戻りかけたミサトの側でシンジに代わって料理や家事をこなすようになったアスカにミサトは驚きを感じていた。

もう日本に居る必要はないのにミサトに土下座してまで滞在を頼みこんで来たアスカ。

シンジへの想いがそうさせているのかもしれないが、ミサトは家族として、可愛い一面を見せ始めた「妹」のことをとてもいとおしく思ってきた。

本来、シンジが側に居ればアスカはシンジの方に寄りかかっていたかもしれない。

アスカの方もだんだんとミサトを姉のように慕い始め、ミサトの前では涙を見せるようになった。

相変わらず外の人間に対しては強気な態度で塗り固めているらしいが。

「くやしいけど、あたしの力じゃどうにもならないわね」

アスカがレイとシンジが雛飾りに並ぶ姿を見たら、また大きなショックを受けてしまうに違いない。

ユイとゲンドウの妄想はすでにシンジとレイが結婚するところまでイッちゃっていると言う噂まであるぐらいだ。

「……大変なことになっているようだな」

そう言って葛城家のリビングに姿を現した男の姿に、アスカを抱きかかえたミサトは驚いて言葉が出なかった。






「か、加持!?」

ミサトの声にアスカも泣きやんで顔を上げて玄関の方からやって来た加持の方を見つめる。

「よっ! 元気にしていたか?」

陽気にそうミサトとアスカに向かって声を掛けた加持に真っ先に反応したのはアスカだった。

「この、バカァ!」

加持はいきなりアスカに殴られた。

しかも、平手打ちより痛いグーパンチだった。

加持は驚いた顔で尻餅をつく。

「おいおい、いきなり何するんだよ?」

加持がアスカに殴られるのは初めてだった。

「この! 生きていたならミサトに連絡の一つでも寄こしなさいよ!」

「すまんな。碇司令の命令で、俺は徹底的に死んだ事にしなければならなかったんだ」

そう加持が弁明してもアスカは怒りを抑えきれずに叫ぶ。

「ミサトはね! 加持さんが居なくなってからずっと塞ぎこんでて、今になってもビールを一滴も飲めないほど落ち込んでいるんだから!」

アスカにそう言われて加持が部屋を見回すと、ビールの空き缶が一個も無い。

代わりにゴミとして台所の隅に置かれていたのはコーヒーの空き缶だった。

加持は神妙な顔をして溜息を付くと、顔を伏せたまま黙り込んでいるミサトを優しく自分の胸に抱き寄せた。

「……すっかり痩せちまったな。俺のせいだ、すまん」

安心して加持の胸に体を委ねるミサトを見て、アスカは涙ぐんだ。

「良かったわね、ミサト。……でもアタシは……」

アスカはテーブルに頬杖をついて溜息をついた。

「きっと、アタシはシンジに意地悪なことばかりしたから愛想を付かれたんだ……。ちくしょう……」

きっと今頃、実の両親たちと幸せに暮らしているシンジの姿を思い浮かべると、またアスカの瞳からまた涙が溢れてきた。

何度涙を拭いても涙を抑える事ができない。

しばらくそうしていると、アスカの向かい側の席にミサトと加持が微笑みながら見つめていた。

「アスカ、諦めるのはまだ早いぞ」

「そうよ、シンちゃんがきっと今の素直な自分が出せるようになったアスカを見たらきっと戻って来てくれるわよ」

二人に励まされてアスカはやっと笑顔を見せた。

そして葛城家のリビングでは『碇シンジ救出作戦』の会議が始まった……!

「碇司令が休暇命令まで出して俺を日本から遠ざけたのは、やはりアスカと親しくしていた人間が近くに居たら都合が悪かったと言う事もあると思う。噂ではアスカの帰国に向けた手続きも着々と進んでいるとか」

加持の言葉を聞いたアスカは怒って頬を膨らませる。

「何それ、ひっどーい!」

「アスカがシンジ君の事を諦めるのを手ぐすね引いて待っていたってわけね……となると……」

ミサトの呟きに加持は同意して頷く。

「ああ、今日の学校で起きた事件。ショックを受けたアスカがシンジ君の事を諦めると向こうは思っているかもしれない」

「うん、アタシも本当にシンジに嫌われたと思った……」

「司令は明日にでもアスカの帰国を促すかもしれないな」

加持の言葉にさらに落ち込むアスカに向かってミサトがウインクをする。

「大丈夫、古典的だけど良い手があるわ」



その次の日。

第三新東京市中央病院の303号室に左半身を包帯で覆ったアスカの姿があった。

「アスカっ! 大丈夫?」

「惣流さん……」

アスカが大怪我を負ったと言う事でシンジとレイも見舞いに来ていた。

「うん……何とか命だけは……痛たたたっ!」

そう言ってベッドに横たわるアスカが顔をしかめると、ミサトはシンジとレイに退出を促す。

「これ以上話すと、アスカの怪我に響くから、ね?」

「早く体を治してね」

「お大事に、惣流さん……」

お見舞いの言葉を残してシンジとレイの二人は病室を立ち去る。

入れ替わりに部屋の物陰から加持が姿を現す。

「どうやら、シンジ君達はアスカが本当に怪我をしたと思いこんでくれたようだな」

「ええ、これできっと司令も無理にアスカに帰国を言いだせないし、油断して弐号機の警備も緩めるに違いないわ」

ミサトも加持の言葉に頷いた。

「で、決行日は3月2日でいいのね?」

「ああ、碇司令の事だから、本番に失敗しないように『実物大雛飾り』のリハーサルを行うに違いない。潜入用の特殊部隊はこちらで確保するが……あと一人味方が必要だな」

加持がそう言うタイミングを見計らうかのように病室のドアがノックされる。

「あの……アスカちゃんが怪我をしたって聞いて……」

花束を持っておずおずと病室の中に入って来たのはマヤだった。

「マヤっち、グッドタイミング!」

「え? ええええ?」

嬉しそうなミサトにそう言われて、マヤは戸惑った。

ミサトと加持は真剣な顔をしてマヤに計画の全貌を話し始める。

椅子に腰かけて話に耳を傾けていたマヤは、話を聞いているうちにだんだんと顔色を青くして震えだした。

「わ、私、ネルフに逆らって誘拐に加担することなんて、できません!」

「だから、誘拐じゃ無くて、奪還なんだってば~」

ミサトはそう言ってマヤを宥めようとするが、逆にマヤは機嫌を悪くして怒りだした。

「だいたい、アスカちゃんが今までシンジ君に意地を張っていたのがいけないんじゃないですか!」

そう言われてミサトは困った顔でマヤに対して何も言い返せなかった。

マヤは怒ってそのまま病室を立ち去ろうとした。

しかし、マヤの左腕をつかんで引き止めるアスカ。

「お願い、アタシにもう一度チャンスをちょうだい……」

マヤは渋々アスカの方に向き直ったが、次の瞬間驚いて目を丸くした。

「お願いします。どうか協力してください。アタシはもう一度だけシンジと話したいんです……」

アスカが床に額ををすりつけている。

自慢の金髪も床でごしごしと擦りつけられ、マヤはプライドの高かったアスカがこんなことをするとは信じられなかった。

そしてアスカは大声で、鼻水を垂らしながら泣きだしていた。

マヤは以前からシンジに対して辛く当たるアスカより、シンジにほのかな想いを寄せるレイを微笑ましく見守っていた。

ゲンドウがレイをシンジに近づけさせようとしているのも知っていたが、リツコと共に諸手を挙げて賛成していたのだ。

しかし、マヤの目の前に居るアスカは必死にシンジに対する思いを訴えている恋に苦しむ少女だった。

マヤはそんなアスカの姿を見て、いつしか貰い泣きを始める。

「グスッ……、分かりました。でも……シンジ君がレイちゃんを選んだら、その時はシンジ君をレイちゃんの元に返してあげてください……」

「ああ、もちろんだとも」

こうして準備はすべて整い、後は作戦決行の日を待つのみとなった。



3月2日。

この日のネルフ本部は実物大雛飾りの最終リハーサルで浮足立っていた。

今までのリハーサルはネルフ内の庭園で行われていたのだが、この日は最終日と言う事だけあって、本番が行われる第三新東京市中央公園で行われることになった。

ネルフの幹部達、ゲンドウらは実物大のひな人形に扮するために本部を留守にしていた。

たくさんの職員達も準備などに駆り出され、残ったのはエヴァンゲリオン弐号機を管理する技術部のスタッフ達だけ。

初号機が無くなった今、唯一残ったエヴァンゲリオンとして弐号機は厳重に取り扱われている。

前触れも無く突然、ネルフ本部内に火災警報が鳴り響く。

「いったい何があったと言うの!?」

「4-Bブロックで火災があったようです! 消化装置が作動しません!」

リツコの質問に唯一残っていたオペレータのマヤが答えた。

「このままじゃここも煙に包まれるぞ!」

部屋を出たスタッフ達は泡を食って出口に繋がるV-2エレベータへと殺到した。

リツコとマヤはパニックになったスタッフ達より少し遅れて部屋を出ようとしたが、勘の良いリツコは違和感を感じた。

そして、マヤに怪訝そうな顔で質問をしようとする。

「もしかして、この火災は……」

「ああっ、先輩! ホームズちゃんを助けに行かないと!」

リツコに追及されそうなマヤが慌てた様子でそう言うと、リツコの顔から冷静さが失われた。

焦った様子でリツコは自分の研究室へと駆けだしていく。

リツコの研究室の中では、一匹の利口そうな三毛猫が、大人しく座って慌てて駆けつけた主人を不思議そうな眼で見つめていた。

「……無事でよかったわ」

そう言って三毛猫を抱きしめたリツコの後ろで、ドアが突然閉まった。

「!?」

リツコがいくらドアを開けようとしても開かない。

強制的な電磁ロックがかけられているようだ。

いつの間にか警報も止んでいる事に気がついたリツコは発令所に通じる通信モニターのマイクに向かって怒鳴る。

「マヤ、あなたの仕業ね? 一体何を考えているの!」

「……ごめんなさい、先輩。アスカちゃんのためなんです……」

マヤは発令所の正面ディスプレイの一角に映し出されたリツコに向かって呟いた。

エレベーターに乗り込んだスタッフ達もマヤの手によってV-2エレベータ内に閉じ込められてしまっていた。



「よし、これで本部のセキュリティーはほとんど無力化したはずだ」

ネルフの非常口の一つ、第16ゲートの前では加持とミサトとアスカ、そして6人の戦自特殊部隊隊員達が待機していた。

マヤの報告を受けた加持達は入口の扉を手動で開けて潜入を開始する。

わずかに残っていたネルフの警備隊達は次々と戦自の隊員によって気絶させられたり、捕縛させられたりしていった。

アスカ達はネルフの施設内を突き進み、ついにエヴァンゲリオン弐号機が収められているケージへとたどり着く。

「アスカちゃん、出撃準備はできているわ。早くエヴァに乗り込んで」

「ありがとう、マヤ!」

発令所から聞こえてきたマヤの声に嬉しそうに答えるアスカ。

希望に満ちたアスカの笑顔が発令所の正面ディスプレイに大映しにされる。

マヤもアスカの笑顔を見たのは久しぶりに感じていた。

シンジにシンクロ率を抜かされた頃からアスカはずっと苛立ったりした様子だったし、使徒戦が終わってからもどことなくアスカの顔はいつも暗かったなとマヤは思い返した。

レイの心境を考えるとマヤは胸が痛んでいたが、アスカの笑顔を見てやはり自分はやるべきことをやったという満足感にも包まれていた。

ミサトと加持は別ルートでまた弐号機に乗るアスカと合流する予定のようだ。

「お願いママ。最後にアタシにもう一度力を貸して……」

エントリープラグに乗り込んだアスカを見て、マヤは初めて自分以外誰も居ない発令所で号令を下す。

「エヴァンゲリオン弐号機、発進!」

そう力いっぱい叫ぶと同時にマヤはコンソールを操作してエヴァンゲリオンを地表に射出させたのを確認すると、ディスプレイに映し出された弐号機に向かって呟く。

「頑張って、アスカちゃん」

弐号機は全力疾走でシンジ達の居る第三新東京市中央公園へと向かった……。



第三新東京市中央公園では実物大雛人形の服装をしたネルフスタッフの姿で華やいでいた。

「とっても似合っているわ、シンジ」

シンジのお内裏様の服装を見てユイは笑顔になった。

「そ、そうかな……」

シンジは少し照れくさそうな顔でそう呟いた。

「碇君、私もそう思う」

そう言って、少し顔を赤らめたお雛様の服装をしたレイ。

ゲンドウとユイは良い雰囲気の二人の様子を微笑ましく見守っていた。

「明日が楽しみですね」

「ああ、そうだな……」

しかし、その平和な雰囲気を打ち破るかのような凄まじい轟音が辺りに響き渡る。

エヴァンゲリオン弐号機が姿を現すと、辺りは悲鳴に包まれる。

弐号機は素早い動きで雛飾りの一番上にレイと並んで座るシンジの側へと近づいた。

シンジは突然現れた弐号機に驚いて動きを止めている。

「シンジ!」

アスカの大声が辺りに響き渡ると、エントリープラグが顔を出し、中からプラグスーツを着たアスカが姿を見せる。

「シンジ! お願いだから! 早くアタシの所に戻ってきて!」

アスカの叫びを聞いたシンジは困った顔で隣に居るレイを見た。

レイも立ち上がってシンジの腕を手に取る。

「私、碇君の事が好き……。あなたと一緒にいると、体の奥底からポカポカと暖かくなれるの。私……碇君と、ずっと一緒に居たい……。司令とお母さんもきっとそれを望んでいるわ……」

突然の告白を受けたシンジは辛そうな顔をしてレイの手を振り払う。

「ごめん、綾波。僕を好きだって言ってくれた事は嬉しかった。僕も綾波の事は好きだよ。でも、他人を傷つけてまでも僕が愛したいと思うのは、アスカなんだよ」

シンジはそうレイに囁いて弐号機の方へと走って行った。

ガックリと肩を落として崩れ落ちるレイ。

その姿を見てユイとゲンドウも呆然としてへたり込んだ。

「アスカ、僕も一緒に行くよ」

「シンジ……」

「アスカは弐号機を奪ってまで僕を連れ戻そうとしてくれたんだよね」

「う、うん……」

アスカは照れ臭そうな顔をして頷いた。

シンジが下になる格好でアスカもエントリープラグに乗り込む。

「あ、アタシさ……シンジが側に居なくなっちゃってから……」

「うん……」

「し、シンジの事が好きなんだって、はっきりわかっちゃったりしたのよね……」

「僕ももっと早くアスカに言えばよかった……」

「アタシも加持さん加持さんで、シンジに全然気が無い振りばかりしてたし……」

「そんな! 僕もミサトさんや綾波ばかりと話していたこともあったし……び、病院でもアスカを傷つけるようなことを……」

「アタシ、気にしてないよ……。シンジだから……ガリガリに痩せ細って人形のようにベッドに横たわるアタシの所に来てくれたから嬉しかったの……」

シンジは弐号機を操るアスカを後ろから優しく抱きしめた。

「アスカ、ごめん……寂しい思いをさせて。僕にもう少し勇気があったらアスカをこんなに泣かせずに済んだのに……」

「シンジは……パパとママが喜んでいるのを見て、なかなか言い出せなかったんでしょう? わかってる……アタシはそんなシンジの優しい所が好きなんだからさ……」

「アスカ……ありがとう」



我に返ったゲンドウとユイは直ちにネルフの軍隊を総動員し、逃げた弐号機を追いかけた。

「レイ、シンジはきっと連れ戻すからそんなに泣かないで」

「誘拐など許されないことだ」

泣きじゃくるレイを抱きしめるユイを見て、ゲンドウは強い口調でそう呟いた。

アスカとシンジの乗った弐号機は追ってから逃れている間に、ついに崖っぷちまで追いつめられてしまった。

ザザーン。

波が崖に押し寄せ、風がススキ野原を駆け抜けて行く。

にらみ合う弐号機とネルフの軍隊。

弐号機の起動時間は残り少ない。

しかし、囲みを強行突破するだけの力はある。

ネルフの方はこのまま弐号機の時間切れを狙っているのだろうか、動こうとしなかった。

アスカとシンジは決断を迫られていた……!

そこへ大きな爆音を立てながら青いルノーが飛び込んで来た。

中から出てきたのは加持とミサトだった。

その姿を見てゲンドウは不快感をあらわにして思いっきり怒鳴りつける。

「やはり君の仕業か。サードチルドレンを誘拐するとは大胆なことをしてくれたな!」

「何をおっしゃいますか碇司令。息子さんを軟禁していたのはあなたではないですか」

「何だと!」

ユイはすっかり落ち込んでいるレイを抱き寄せながら加持とミサトをにらみつけながら叫ぶ。

「私達は、レイに幸せになって欲しいとただ願っているだけなのです! この子は今までずっと辛い思いをしてきたんです! だからこの子はシンジと一緒に幸せになってあげたいの!」

ユイがそう言い放つと、ミサトは鬼のような表情になり、ユイやゲンドウたちに向かってがなり立てる。

「何を言っているんですか! ずっと辛い思いをしていたのはアスカだって同じなんですよ! アスカはレイと違うと言うんですか!」

ミサトの言葉にネルフの軍隊達はシンと静まりかえった。

「あなたは、レイの幸せのためと言いますが、本当はシンジ君を自分の手元に縛りつけたいだけなんじゃないですか?」

「わ、私はそんなつもりはありません! レイがシンジの事を好きだって言うから……」

声を荒げて反論するユイをレイが押し止める。

「もういいの。私は、お母さんとお父さんと一緒に居られるだけでもう十分だから、碇君の事は……」

そう言ってレイは再び涙を流し始めた。

「レイ、まだ諦めちゃダメよ。シンジはきっとまだレイの事を好きはなず。あんなに仲良くしていたじゃない」

「母さん、父さん! 僕は内罰的で、イジイジしていたけど、そんな僕の背中を押してくれた太陽のようなアスカが好きなんだ!」

シンジの叫び声が辺りに響き渡った。

レイはついに耐えきれなくなったのか、シンジやゲンドウ達の居る海岸に背を向けて走り去ってしまった。

「レイちゃん!」

遅れてこちらに到着していたマヤが慌ててその後を追いかけて行く。

ゲンドウとユイはすっかり力が抜けて座り込んでしまった。

その様子を見てアスカはシンジに向かって溜息交じりにもらす。

「ねえアタシ、ユイさんと司令に受け入れてもらえるのかな? ママとパパになってもらえるのかな?」

「大丈夫だよきっと、母さんも父さんも、きっとアスカの事をいつか分かってくれるよ」

シンジは不安そうに震えるアスカの体を優しく抱きしめた。

「うん……アタシ、頑張ってみる」

アスカはそう言って決意を固めるのだった。
ゲンドウとユイとアスカが完全に和解するまでに至らず、レイも泣いたままと言うタイトルと裏腹に後味の悪い話になってしまいました。全員が幸せになるにはもう少し時間が必要のようです。続編を作ってみたいとは思いますが、別の記念日の作品になると思います。