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2010年 誕生日記念LAS短編 明日の方を向いて
前と変わらないように見えるコンフォート17の11階にある葛城邸。

ミサトさんと僕とアスカが家族として暮らしていた、コンフォート17で唯一埋まっていた部屋。

綾波の乗った零号機が自爆して第三新東京市の中心部が壊滅した時も、エヴァ量産機が攻めてきてネルフのジオフロントが崩壊した時も、この建物は運良く戦火を免れていた。

本当に全く変わっていないのは建物だけだった。

ベランダから見下ろせていた第三新東京市の美しい街並みも、今は巨大な湖の広がる廃墟になってしまっている。

僕らの通っていた第壱中学校も、ミサトさんと街を見下ろした展望台も、アスカが初めて僕に心を開いてくれたジオフロントの庭園も、全てガレキになってしまっている。

僕もアスカも、ここに戻ってきてから外の景色を眺めるのが嫌になって、もっぱらテレビやゲームをして過ごしていた。

学校もエヴァも使徒も無くなってしまったし、他には荒れ果てて人がすっかり居なくなった街を歩くことぐらいしかできない。

体のいい軟禁状態だ。

もちろん、僕たちが狙われることがあるかもしれないから警備上の理由があるのかもしれない。

ミサトさんは僕らと違ってネルフの戦後処理とかいろいろやることがあるみたいだけど、夜には家に戻ってきてくれる。

残り少ない僕達と一緒に居られる時間を惜しんでいるかのようだ。

そう、僕達はこれから別れて人生を送ることになったんだ。

一番大きな理由はネルフが今月の末で解体することが決定した事。

僕達だけじゃ無くて、ネルフのみんなもバラバラに散って行くことになったんだ。

ミサトさんは使徒戦の功績が評価されて戦略自衛隊の女性指揮官になるんだって。

加持さんは日本政府も弱みを持っていたみたいで、スパイの罪には問われないことになって、戦場カメラマンを目指すことに。

冬月さんは京都の娘さんの家に帰って穏やかに老後を過ごすって話していた。

父さんは……人類補完計画に加担した者として、しばらく収容所に入れられるみたい、でもしばらくしたら出てこれるようだけど……。

リツコさんはNPO団体の技師として世界各地の支援をして行くって、リツコさんなりの償いだって話してた。

マヤさんは大手パソコン会社に就職して、来月から日向さんと一緒に働くって話。

青葉さんは居酒屋でアルバイトをしながらミュージシャンデビューを目指すって息巻いてた。

綾波は消毒液や包帯の匂いに慣れてしまったから、看護士を目指して、今は家に籠って看護資格の勉強をしているみたいだ。



そして、僕とアスカは……。

今日も夕方の決められた時間にインターホンが鳴る。

「今日もお届けにあがりました」

「ありがとうございます」

僕は配達してくれたネルフの元諜報員の人にお礼を言って食材を台所に運び込む。

アスカも運んでくれるのを手伝ってくれているのが、僕にとっては嬉しい。

前だったら僕のことを無視して、ソファに寝っ転がってファッション雑誌でも眺めていたんだろうけど。

「今日は何を作るの?」

「そうだね、今日は冷やし中華と豚肉サラダにしようか」

「うん、じゃあアタシは……茹でる方ね」

僕は毎日アスカとミサトさんの食事を自分で作りたいと思ったから、ネルフの人にお願いをした。

この近くのスーパーや商店街はとっくに人が居なくなっているから、わざわざ配達してもらっているんだ。

「じゃあ僕は、キャベツの千切りを……っと」

僕は手慣れた手つきでまな板の上でキャベツを素早く切り出した。

ミサトさんやアスカに料理を押し付けられて始めたけど、今となってはこんなの朝飯前だ。

アスカは少し感心した目つきで均等にキャベツを切りそろえた僕を見つめていた。

こんなこと、毎日やっていれば誰でも身に着くと思うんだけど……照れちゃうな。

やがてミサトさんが帰ってきて、僕達家族の夕食が始まる。



僕達が家族としての絆を取り戻したのは、つい最近のことだ。

弐号機に乗ったまま量産機にやられたアスカのダメージは相当のものだったし、ミサトさんも戦略自衛隊の隊員に受けた傷が元で何度も死線をさまよった。

僕はカヲル君を殺したショックから完全に立ち直れなくて塞ぎこんでいたんだけど、あの赤い世界にアスカと二人で取り残された時、綾波から母さんの伝言を聞いたんだ。

「人間、生きていれば幸せになるチャンスはいくらでもあるわ」

その言葉を聞いた僕は、心の中で何かが変わった気がして、そして赤い世界は崩れ去って、みんな元に戻ったんだ。

エヴァや量産機が消えてしまったこと以外は。

僕はみんなに生きていてもらいたくて、必死にそれだけを願っていた。

そうしたら、みんな生きていたんだ、加持さんも父さんも。

でも、アスカやミサトさんは瀕死の重傷を負って入院生活が続いた。

僕は二人に元気になって欲しくて、毎日お見舞いに行っていた。

やっと二人同時に退院して、ここに戻ってこれたのがつい最近のこと。

もう一度家族をやり直したいって言う僕の気持ちを二人とも分かってくれた。

夕食の片づけが終わって、僕とアスカがリビングでゲームをしようとしていると、ついに見かねたミサトさんが僕を呼び止めた。

「二人とも、いい加減に荷物の整理を済ませちゃいなさい。大した量じゃないんでしょう?」

僕とアスカはミサトさんの言葉に顔を辛そうに歪ませた。

もう少しで引っ越すのはわかっている。

ネルフが解体されたらアスカはドイツに帰国してしまうんだ。

荷作り何かしたら、その事をまざまざと実感させられてしまう。

自分の部屋ではいつもの日常を保つことでその事から目を反らしたかった。

意気地無しだと言われても。



ミサトさんに急かされた僕とアスカは部屋に戻って荷造りを行うことになった。

元々僕の持っていた荷物は少ないので、早く終わってしまった。

でも、アスカの荷物はもっと少なかったんだ。

意外だって?……それには理由があるんだ。

アスカは僕にシンクロ率を抜かされたころから、僕を憎んでしまったことがあるんだって。

それまでは、僕のことを、その……少しは好意を持っていてくれたみたいで……。

初めて会った時に着ていたワンピースとか、ユニゾンの時に来ていた服とか僕の分までこっそり取って置いたらしいんだけど……。

僕はミサトさんに褒められて有頂天になっているのを見て、その想いが逆方向に変化してしまったんだって……。

部屋の中をめちゃくちゃ荒らしたのはもちろんのこと、ワンピースや服とか、僕の写真とか全部切り裂いて捨ててしまったんだって。

「ごめんねアタシ、シンジとの思い出を全部捨てちゃった……」

「ううんアスカの事に気がつかなかった僕が悪いんだよ」

お互い暗い顔をして謝りだす始末。

でも僕は今だからアスカに渡せるものがあるのを知っていた。

そして、ついに決断の時が来た。

「アスカ、これ……ヘッドセットが無くなって、頭が寂しいんじゃないかと思って……」

僕が差し出したのはピンクのリボン。

エヴァに執着していた頃のアスカにはとても渡せるものではないと思っていた。

だって、アスカはヘッドセットを肌身離さず着けていたんだから。学校でも、家でも。

「ありがとう……」

アスカは嬉しそうにリボンを頭に付けて僕に向かってウィンク。

「どう、変じゃないかな?」

「と、とっても可愛くなったよ」



数日後、いよいよネルフ解体が間近に迫った休日、ミサトさんは飛行機で北海道に行こうと言いだした。

僕とアスカは家でゆっくりしていたかったのに。

千歳空港に降り立つと、今度は電車に乗る。

一体ミサトさんは僕らをどこへ連れて行くんだろう?

しばらくすると、車窓から見事なひまわり畑が見えてきた。

看板には『日本一のひまわり畑』『ひまわりまつり開催中』などと書かれている。

「さあ、ここで降りるわよ」

僕達はミサトさんに続いて駅を降り、入園料を払ってゆっくりとひまわりの咲き誇る畑のあぜ道を歩いて行く。

「……あなたたち、これからどうするか決まった?」

ミサトさんが振り返らずに前を向いたまま聞いた。

「アタシは、ドイツに戻ったら、何か乗り物を動かす仕事に就きたいと思ってる」

「じゃあ、パイロットとかドライバーとかね。シンちゃんは?」

「僕は……あんまり学校の成績もよくなかったし、働きながら料理専門学校に通おうと思っています」

僕達エヴァンゲリオンのパイロットの三人は、ネルフから給料と、多額の退職金がもらえるはずだった。

でも、ネルフが解体されることになって……僕達はやっと生活できるほどのお金しかもらえなかったし、普通の社会人として暮らして行くしかできなくなったんだ。

アスカが日本国内に引き続き住むと言う便宜を図る権限も、ネルフには残されていなかった。

「ねえ、シンちゃんにアスカ。あたしは上手く言えないんだけどさ、一緒に同じ方向を見つめ続けていれば、いつか叶うことがあるとは思わない?」

ミサトさんに言われて僕とアスカは意味をいまいち理解できずに首をかしげた。

「ひまわりってさ、ずっと太陽の方を向こうと頑張っているんじゃない、これってあたしたちに似ているんじゃないかな」

ミサトさんの言葉を聞いて僕はやっとミサトさんが僕らをここに連れて来た理由が分かった気がした。

「ミサトさん、僕はずっと前を見つめ続けて頑張ります」

「アタシも明日の方を向いて進んでいくわ」

僕達がそう答えると、ミサトさんはやっと僕達の方を振り返って、笑顔を見せた。

「……ねえ、そのリボン、しばらくは付けていてもらいたいけど、いつか外してもいいからね」

帰り道、僕がアスカにそう言うと、アスカは少し考え込んだ後、

「そうね、そうさせてもらうわ」

アスカは嬉しさと悲しさの入り混じった表情でそう答えたんだ。

それから一週間もたたないうちに、アスカはドイツへと帰国して行った……。



僕がアスカと別れてから十五年後。

ドイツの公園で僕は物陰に隠れながら、金髪に青い目をした小さな少女の姿を眺めていた。

そして、その子の頭には古びてくたびれたリボンが付けられている。

間違いなくアスカの娘だ。

彼女は誰かを探しているらしく、公園の中をキョロキョロと見回していた。

ああ、今すぐ物陰から出て、あの子を抱きしめたい。

でも、それは許されない事だった。

そうしたらきっとアスカは僕を憎むに違いない。



なぜなら……。







それは……。

















「ああ~!パパみっけ!」

「何やってるのよ、シンジ!もうちょっとうまく隠れなさいよ!」

「だって、やっぱりかわいそうになったし」

おもちゃを掛けて親子かくれんぼ勝負の真っ最中だったからね♪
本当は悲劇的な結末で終わる予定だったのですが、LASにしたいために強引なオチで終わってしまいました。ごめんなさい。