2010年 バレンタイン記念LAS短編 バレバレユカイ
ある晴れた日の事。
アスカとシンジは第三新東京市の商店街へ手作りチョコレートの材料を買いに来ていた。
「それにしても、アスカがチョコレートを作りたいだなんて驚きだよ」
「ま、まあちょっとした心境の変化よ」
アスカとシンジは店で買った手作りチョコレートに必要な材料と金型などの器具を半分ずつ分けて手に持って専門店を出ようとすると、入ろうとしたヒカリとすれ違った。
マズイところを見られた、とアスカは急いで立ち去ろうとしたが、ヒカリに気付かれてしまう。
「あらぁ!アスカじゃないの!やっぱり今年は本命の手作りチョコをプレゼントするって話は本当だったのね!」
赤い顔をして何も答えられずに固まってしまったアスカ。
「へーえ、そうだったのか」
まるで他人事のように呟くシンジに、ヒカリは盛大な溜息をついてそれ以上何も言わずに店の中へと入っていった。
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2010年 バレンタイン記念LAS SS
バレバレユカイ
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初めての手作りチョコレートに挑戦するというアスカは、絶対に失敗はしたくないからということで素直にシンジに頭を下げて頼みこんだ。
シンジは今までになく腰が低いアスカに驚きを禁じ得なかった。
それが自分以外の男性に渡されるチョコレートだとしても、真摯なアスカの態度に心を打たれたシンジは、チョコレート作りに喜んで協力する。
コンフォート17の葛城家のキッチンに戻って、さっそくチョコ作りのために材料を広げたアスカは、その一つをつまみ上げて不満そうな顔でぼやく。
「『ラクラクテンパリングの素』って、何か手抜きをしているようでイヤなのよねー」
「でも、チョコレートを固める温度調節は僕たちのような初心者には難しいって店員さんにも言われたじゃないか。失敗したくないんだろう?」
「う、うん……やっぱり初めての手作りチョコが失敗作なんてイヤだし……」
顔を赤らめて恥じらうアスカを見て、シンジはアスカの手作りチョコレートをもらえる幸せな男を羨ましく思った。
少し暗い表情になったシンジに違和感を感じながらも、アスカはシンジの助力を得てチョコレート作りを進めていく。
アスカにとってはタイミングの悪いことに、そこへ仕事が珍しく終わったミサトが上機嫌で帰って来た。
「たっだいまあ~!……ってウソぉ!?アスカが台所に立っている!驚天動地、晴天の霹靂だわ。明日の天気はきっと伊勢湾台風並みの大荒れね」
「何よっ!失礼ね」
「いやあ、昨日の夕食でアスカが手作りチョコを作りたいって言いだした時は冗談かと思ったし……」
ミサトのからかうような口調にアスカは腰に手を当てて言い返す。
「アタシはもともとしっかりとした性格なのよ!ズボラでガサツでいい加減なミサトは自分が一生できないもんだから、そう思うのよ」
「そ、そんなことないわよ。あたしだってチョコの一つや二つぐらい……」
「はん!ミサトのクッキーは最悪だったわよね、シンジ?」
アスカに話をふられたシンジは気まずそうにミサトに向かって頷いた。
「ヒドーい、シンちゃんまでそんなこというの?」
ミサトはあごに手を当ててムンクの叫びのようにしてシンジに向かってぼやいたが、シンジはそれでも肯定の意見を覆そうとはしなかった。
「オーブンから取り出す時、乱暴にするからクッキーが全部くっついちゃってたし、焦げたり生焼けだったり……極めつけは味よ!なんで塩とかワサビとかハバネロとか入ってるのよ!」
「だから、ロシアン風にしてみたんだって」
そう言ってごまかし笑いを浮かべて手を招き猫のようにクイクイっと動かすミサトを見つめるアスカとシンジの表情は冷やかだった。
形勢が圧倒的に不利と見たミサトは話題の方向性を変えることにする。
「今年は加持のヤツにチョコレートあげるのやめたんだって?」
ミサトの発言にシンジは耳を疑った。
去年のバレンタインの本命チョコは加持さんだったとアスカは公言していたはず。
てっきりこのチョコレートも加持のためだと思っていたシンジはその相手を考え出す。
やっぱり学校に居る誰かか?
ケンスケとトウジの顔が真っ先に浮かんだが、シンジはそれはありえないだろうと否定した。
するとサッカー部のキャプテンで中学生探偵として有名な後輩のあの男の子かな?
バスケ部の主将で顔はゴリラみたいにゴツイけど、常に成績上位10位以内に入っている同級生の彼?
去年、コンテストで優勝した僕たちがいつも外食に行っている定食屋の息子さんのあの人かもしれない。
シンジがアレコレ考えていると、さらに悪いニュースが彼の耳に飛び込んできた。
「義理チョコも止めて本命一本に絞るなんて、アスカもついに本気になったのね」
「よ、余計なお世話よっ!さあシンジ、次はどうすればいいのよっ?」
「う、うん、ココアパウダーを入れて後は冷やせば……」
冷静さを失って怒鳴り散らしているアスカには気がつかなかったが、ミサトにはシンジが落ち込んでいる様子が見て取れた。
「ま、明日までの辛抱よ、シンちゃん……」
ミサトは誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、わめきたてるアスカを黙らせるためにそっと彼女に耳打ちをする。
「アスカ、そんなに騒ぐと、シンちゃんにバレバレ」
アスカはそれっきり黙り込み、シンジの顔をチラチラと盗み見しながら火照った顔でチョコ作りを進めた。
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次の日の朝。
シンジはやっぱりアスカの様子がおかしい事に気がついた。
風呂の温度が熱い温いと文句をさっぱり言わないし、何よりもシンジと同じシャンプーの香りをさせていた。
過去にアスカにこっぴどく叱られてから、けっしてアスカの専用シャンプーを切らすことは無かったのに。
朝食に出した納豆や小骨の多い魚も文句を言わずに食べ、いつも残しているホウレンソウのお浸しも完食している。
ミサトはそんなアスカの様子を見て、ニヤリと笑みを浮かべてアスカの耳元で囁く。
「バ・レ・バ・レ」
「……意地を張らないって決めたのよ」
小声でぼそぼそと囁き合うミサトとアスカを見て、シンジは時計を気にしていた。
そろそろ家を出なければいけない時間だからだ。
「……アスカぁー、僕は先に行ってるよー」
「待って待ってシンジ、もうちょっとで用意できるから」
いつもは1人で勝手に先に行っていろと言ってるアスカが今日に限っては執拗にシンジを引き止めた。
「お待たせっ」
息を切らして玄関に姿を現したアスカに、シンジは習慣のように言葉を投げかける。
「忘れ物はない?」
「あ、いけない、チョコレート、チョコレート!」
アスカは慌てて自分の部屋に戻ってチョコレートの入った、キレイにラッピングした箱を持ってカバンに入れる。
「アスカ、すっかり舞い上がってるな……」
アスカとシンジが2人で外に出ると、アスカは顔を下に向けたまま、動かなくなった。
「どうしたの、アスカ?」
シンジが心配そうな様子でアスカに声をかけると、アスカは震える声でしゃべりだす。
「アタシ……今日学校に行くのが怖いの」
「怖い?」
「今日、チョコレートを渡そうとしている相手はね、アタシが好きだって言ったことのない相手なの。だから受け取ってくれるかどうか……」
シンジはいつも勝気なアスカがここまで怯えている事に驚愕した。
しかし、唾を飲み込んでシンジは勇気を出してアスカに笑いかける。
「じゃあ、僕がその人に受け取る様に頼んであげるよ。……多少無理をしても。アスカがその事で悲しい思いをしないようにさ」
「ありがと、シンジ。まだ、ちょっとだけ怖いから、学校に着くまでアタシの手を引いてくれる……?」
シンジは震えるアスカの手を包み込むように優しく握る。
「もっと、力を入れて、離れないようにギュッっと……」
「仕方ないなぁ、みんなに見られて誤解されると困るから、人目の無いところまでだよ?」
シンジはアスカの手を引いていつものペースで通学路を歩いていく。
「~~~~♪~~~~♪」
アスカはすっかり明るい笑顔で、何かの曲をハミングしながら軽い足取りでスキップしていた。
シンジはアスカの豹変ぶりに苦笑いを浮かべたが、アスカが元気になってくれたなら気にしないことにした。
「なんやシンジ。ついに惣流とそんな関係になったんか」
「朝から夫婦ごっこか」
ケンスケとトウジに手を繋いでいるところを目撃されたシンジは、パッとアスカの手を放した。
「ふ、二人とも、この事はみんなに黙っていてくれないかな?この事が知られたら、アスカは好きな人にチョコレートを渡せなくなるんだ」
シンジの隣で真っ赤な顔をしてシンジの顔を見つめているアスカを見たケンスケとトウジは、やってられないといったリアクションを浮かべシンジに返事をする。
「ヘイヘイ」
「わかったわかった」
昇降口についたシンジは、自分より先にアスカが下駄箱を開けるのを見て目を丸くした。
「よーし、何も入っていないようね」
「アスカ、何で僕の下駄箱を調べるの?」
「そ、その、アンタはエヴァンゲリオンのパイロットだし、命を狙って爆発物とか入れられてたら、アンタはボケボケだから引っ掛かると思ってアタシがチェックしたの!」
とっさのことながらひど言い訳だ、とアスカは目を閉じる。
「あはは、そんなことあるわけないじゃないか」
シンジのノホホンと能天気な反応に、アスカはホッと胸をなでおろした。
教室についてからのアスカは、ピリピリとしたさっきを放っていた。
特に最近転校してきた霧島マナに対しては、一挙動を見逃さないようにずっとにらみつけている。
マナの方もアスカの差すような視線を感じて生きた心地がしなかったという。
「霧島さん、何かアスカを怒らせるようなことしたのかな……」
シンジが見当はずれな理由でマナの背中を眺めていると、不機嫌な顔のアスカがシンジに話しかけてくる。
「アンタ、昼休み屋上で待っていなさい!」
「う、うん……」
アスカの鋭い目つきにシンジは委縮してしまい、心臓をつかまれるような思いだった。
アスカが立ち去った後、シンジは安堵と不安が入り混じった溜息を吐いた。
シンジの側から離れたアスカは青い顔をしてヒカリに相談している。
「やっぱりシンジの方もマナのことが気になっているんだわ……」
「ア、アスカ、きっと大丈夫よ……」
ヒカリがそう言って励ましている時、さらに悲劇が起こった。
ケンスケとふざけていたトウジがアスカの机に激しく激突し、アスカのカバンを思いっきり踏みつけてしまった。
教室中に響き渡るアスカの悲鳴。
アスカの作ったチョコレートの入った箱は無残にもへこんでしまった。
死人のような顔色をして、グッタリと倒れこんでしまったアスカ。
「す・ず・は・らーーーー!!!!」
「か、堪忍してや委員長!ふ、不可抗力や!」
トウジは鬼のような顔をしたヒカリに嵐のようなビンタ攻撃をくらい、顔は真っ赤に腫れあがった。
「アスカ……」
石像と化してしまったアスカに、シンジは心から悲しそうな視線を向けた。
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チャイムが鳴り響き、昼休みの到来を告げる。
昼休みはトウジたちと中庭で昼食を食べる約束をしていたシンジだったが、アスカが暗い表情でゆっくりと重い足を引きずって屋上に行く後ろ姿を見えた。
それを見たシンジはタイミングを見計らって屋上に行くことにする。
顔を腫らしたトウジとケンスケは快くシンジを送り出してくれた。
シンジが屋上に行くと、端っこに暗い顔をして黙り込んでいるアスカが潰れたチョコレートの箱を手にして立っていた。
シンジがアスカの前に駆けつけると、アスカは赤い顔をしながら無言でシンジにチョコレートを差し出す。
「こ、これ……つぶれちゃったけど、アンタに……」
「アスカ……もしかして、チョコレートを渡す僕の前で作ってたの?」
「えへへ……、とんだ間抜けよね、アタシも。……バレバレだった?」
アスカがペロッと舌を出してシンジに問いかけると、シンジは首を横に振って否定する。
「全然気がつかなかったよ。僕は鈍感だから。……ごめんね」
右手で箱を受け取ったシンジは満面の笑顔を浮かべて、箱ごとアスカを正面から抱きしめた……。
その二人の様子を物陰からそっと眺めていたトウジとケンスケとヒカリとマナの4人は顔を見合わせてほくそ笑んだ。
「まったく、アスカと来たら、私たちにはバレバレだったわよね?」
「あーあ、碇君にバレンタインのチョコをあげるなんて言わなきゃよかった。私ったらすっかり踏み台じゃないの」
「まあまあ、ええやんか霧島。これでワイたちもあの2人を見てもどかしく思うことも無くなったんや」
マナをいさめるトウジから視線を外し、ケンスケは雲一つない空を見上げてポツリと呟く。
「今日も晴れ晴れとした天気だな……」
Fin.