93年に週刊ヤングジャンプ「全国女子高生制服コレクション」でグランプリを獲得し、グラドルで活躍。女優としても、フジテレビ系「白鳥麗子でございます」、テレビ朝日系「最高の恋人」などに出演。可憐な笑顔で世の男性を癒してきた“カメグ”が帰ってくる。
神崎は、アイドル時代について「自分には向いていないのではと悩んでいたんです」と振り返る。タレントとしてこれからという20歳で引退し、24歳で彰弘氏と結婚。幸せを手にしたかに見えたが、穏やかな生活は長くは続かなかった。
離婚原因について「子育ての考え方や価値観の違いから、だんだん会話もなくなって、すれ違い生活になったんです。実は5年前から別居していました」と告白した。
当時、彰弘氏は横浜Mの中心選手としてセリエA・レッジーナに移籍した中村俊輔(31)の背番号10を受け継ぐも、ケガに泣き、苦悩していた時期。神崎が家庭や将来のことを話し合いたいと思っても、まともに話ができず、結局、2人目の男児が生まれてすぐに別居。弁護士を通じて話し合いを続け、5年の歳月をかけて今年3月に協議離婚が成立した。
そんな辛い時期を「子供の前で泣くわけにはいかないから、夜、車の中で泣いたりしてました」と振り返った。そんな時に気分転換になったのが大好きな化粧品だった。
中学時代からのめり込み「多い時は1年で500個ぐらい買った」ほどハマッた。趣味が功を奏し、育児の傍ら、04年から主婦向け雑誌「Como」で独自の化粧品使用法などを紹介していたところ、読者から大反響。
常々「子供には働いている大人の姿を近くで見せることが大事」と考えていたこともあり、「これを仕事に生かしたい」と、離婚を機に美容研究家として本格的な芸能界復帰を決意した。
「昔と違い、今は自信が持てるものがある。化粧品は女性にとって元気が出るもの。結婚、出産で得た経験も交えて、世の中の主婦に一緒に頑張ろうと伝えていきたい」。シングルマザーとして、新たな決意をみなぎらせている。