「財務省との激しい交渉では、基本的な社会保障を守っていくため神経を使った」
14日、厚生労働省の講堂に都道府県の担当幹部らを集めた会合で、長妻昭厚労相は0・19%増と10年ぶりにプラスとなった診療報酬改定など、10年度予算の成果を誇った。
10年度予算の社会保障費はほぼ同省の意に沿う内容に落ち着いた。最近顔がふっくらし、口数も増えた長妻氏を周囲は「自信を深めている」と見る。ただ長妻氏が「政治主導の実績」と誇示する診療報酬のプラス改定を巡っては、官僚が数字を操作しプラスを「偽装演出」していたことが明らかになった。
「プラス改定は公約同然」。昨年12月末、診療報酬の交渉で長妻氏が「押し」の姿勢に終始し、藤井裕久財務相(当時)を辟易(へきえき)させていたころ。その少し前から、水面下で別の動きが進んでいた。
「玉虫色で工夫できませんかね。計算方法を変えるなりして」
12月上旬、財務省主計局の会議室。財務省側から木下康司主計局次長、可部哲生主計官、厚労省側から大谷泰夫官房長、岡崎淳一総括審議官らが顔をそろえる中、最後に財務省側は診療報酬の決着方法を示唆した。
「財務省から見ればマイナス改定でも、厚労省から見るとプラスということか」。厚労省側はそう理解した。
診療報酬の改定率は、医師の技術料にあたる「本体」(10年度1・55%増)と、薬の公定価格などの「薬価」(同1・36%減)を差し引きした全体像(0・19%増)で表す。
厚労省は当初、薬価の下げ幅を1・52%減と試算していた。ところがそれでは「本体」との差が0・03%増で実質ゼロ改定になってしまう。長妻氏は「プラスが前提」と強調していただけに、厚労省は財務省の示唆を幸いと、ひそかに数字の修正に着手した。
その手口は1・52%の薬価削減幅のうち、制度改革に伴う新薬の値下げ分(0・16%、約600億円)を診療報酬の枠外とし、みかけの削減幅を1・36%に抑えることだった。制度改革で浮く金は診療報酬の内か外か--そこに明快なルールがない点に目をつけたのだ。これで「プラス改定」と説明できるし、何より浮いた600億円を、財源探しに苦心していた中小企業従業員の医療費に充てられることが大きかった。
財務省が一転、0・19%増を受け入れたのは、真の薬価削減幅は1・52%のまま、診療報酬改定率は0・03%増で実質ゼロ改定と言えるからだ。「脱官僚」を掲げる長妻氏も、巧妙な官の振り付けで踊った形となった。
「こういうのが役人の知恵なんだよ」
厚労省幹部は、そううそぶいた。
10年度予算の編成を乗り切り、自信を深める長妻氏は、硬軟取り交ぜて省内の統治に乗り出した。しかし依然、空回りも目立つ。
毎日新聞 2010年1月31日 東京朝刊