看護師退職勧奨 『HIV 差別なくして』
「エイズウイルス(HIV)の知識があるはずの病院で、こんな差別を受けるなんて」。HIV感染が判明したことで、昨秋に愛知県の病院から退職に追い込まれた看護師は、今も憤りが冷めない。HIVが発見されて25年以上がたつが、いまだに消えない偏見。看護師は「HIVは日常生活や看護業務では感染しないことを広めて、差別をなくしてほしい」と訴える。
「看護師としての業務はできない。リスク高いでしょ?」。誤った認識をもとに副施設長が浴びせた言葉を、看護師は忘れられない。
この病院は、系列にHIV拠点病院があるような大手医療機関。だが、過労で倒れたときとはいえ、本人の同意なしに採血検査を実施された。看護師が診断書を副院長に持参したときも、プライバシー保護のために別の上司の退席を求めたが、認められなかった。
そんなつらい体験をしても看護師は「10年ほど前に、亡くなった患者の家族から礼を言われた体験が忘れられず、看護師の仕事には思い入れがある」と話す。現在は理解ある病院に職を得、看護師として働いている。
一時は訴訟も検討したものの、狭い医療業界で個人情報が広まることを恐れ、断念。看護師は「同じように泣き寝入りしている医師や看護師は多いはず。差別がない社会にしてほしい」と訴えている。
薬害によるHIV感染を公表している川田龍平参院議員の話 HIV感染した看護師や医療従事者の就業を禁止するような法律はない。病院が十分な対策を取れば、そのまま就労可能なはず。感染していることをもって就業を制限するということは、考えられない。「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」の「医療現場は想定外」という項目が理由になるなら、改定すべきだ。HIV感染者の就業の難しさは、いろんな所で聞いており、周囲が十分な知識を持ち意識を変える必要がある。
日本エイズ学会理事を務める名古屋市立大看護学部の市川誠一教授(感染疫学)の話 病院はHIVの知識がある人が一番そろい、患者を支援しなければいけない場所。そこで差別が行われるなんて、ひどいことだ。上司や周囲はサポートに回るべきなのに。この看護師に限ったケースではないだろう。日本でHIV感染者への理解が低いことを示している。
エイズウイルス(HIV)に感染した愛知県の看護師が病院退職に追い込まれた背景にあるのは、HIV感染した医療関係者の就労についての基準がないことだ。
旧労働省(現厚生労働省)の「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(1995年)は、感染を理由にした解雇や就業禁止をしないよう求めているが、医療現場はガイドラインの対象外とした。
旧労働省の検討委員会が94年にまとめた報告書では、医療現場を「HIVに感染する危険を有する職場」と位置づけ、別にガイドラインを設けるよう問題提起した。委員は経営者や労働団体の代表、弁護士ら。医師は2人だけで、うち1人は産業医だった。
結局、医療現場向けのガイドラインは作られなかった。厚労省労働衛生課の担当者は「報告書に基づき、一般の職場と違って感染する可能性が高いと判断した」と話す。
一方、同様に血液を介し感染するB・C型肝炎について、厚労省の「Q&A」は、医療従事者が感染しても患者に感染する危険はほとんどないと説明。仕事の制限はないと明記する。HIVは感染力が弱く、針刺し事故による患者から医療従事者への感染率は、B・C型肝炎の10分の1以下。医療従事者から患者への針刺し事故はまず考えられない。
同省でも、院内感染対策などを指導する医政局指導課の担当者は「医療従事者であっても、HIV感染した場合に仕事に制限を設けるべきではない」と話し、労働衛生課と立場を異にしている。
HIVの治療に詳しい愛知県赤十字血液センターの浜口元洋副所長は「看護業務で感染する危険はなくHIVも肝炎と同様に扱われるべきだ。ガイドラインが医療現場を対象外とするのは間違っている」と指摘する。
病院側の副院長(看護師に応対した副院長とは別人)と、副施設長との一問一答は、次の通り。
−看護師は「退職を強要された」と訴えている。
副院長 退職勧奨はなかった。話し合った時期は本人の体調も悪く、まず十分に療養するべきことなどを中心に話し合った。寛解(症状改善)後の復職は当然のこととしても、具体的な話をする状況ではなかった。
−その場で「看護師としては働けない」と伝えているが。
副施設長 施設では入浴の介助などもあり、車いすでけがをして血を流す職員もいる。本人は「感染していることを周囲の職員には伏せてほしい」と希望したが、何かあったとき対応に困る。
−「看護師を続けたいなら、他の病院に行ったら」などと伝えたのはなぜか。退職勧奨に聞こえるが。
副施設長 (看護師が)理解してもらえる先生(医師)の話をよくしていたので、「それならそちらに行ったら」と話した。退職を勧めるような意図はなかった。
−HIVの知識は持っていたか。病院の医師との連携は。
副施設長 HIVの知識はない。連携も、全くなかった。
副院長 HIVという言葉に、過剰に反応した部分もあったと思う。今後、同じような問題が起きたときにどうするか、院内の感染対策委員長に規約を作るよう頼んだ。
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