「高差」「うちこ」隠語は健在…警視庁ネットハンターが狙う闇サイトの“急所”
2010年05月03日13時21分 / 提供:産経新聞
【衝撃事件の核心】
インターネット上で詐欺など違法行為への協力者を誘うためにつくられた「闇サイト」。平成19年に闇サイトで知り合った男3人が女性を殺害する事件が起こり、社会問題化した。それから警察の指導やネット業者の自主規制、今年4月には警視庁が闇サイト対策専門の特命チームを創設するなど、官民で対策強化が進んでいる。だが、表現の自由の問題から闇サイトそのものを取り締まる法律はなく、いまだに多くの怪しげなサイトが跋扈(ばっこ)しているのが現状だ。撲滅は可能なのだろうか−。(福田涼太郎)
■「とぎんのみ」 字を変え削除の網逃れ
《高差 かなり高額で買い取ります。※とぎんのみ》
《うちこバイトの紹介です。日給三万円〜》
《免許証、卒業証明書など作成、完璧な仕上がりでリピーター多数》
《偽五千円札売ります!》
携帯電話のインターネットで、「闇」「裏」といった言葉に「仕事」「求人」などを加えたキーワードを検索すると、簡単に闇サイトにたどり着くことができる。
冒頭の「高差」とは「口座」、「とぎん」は「都銀」のことを指す。「うちこ」は「打ち子」のことで、パチンコ店などが繁盛しているよう見せかけるためにパチンコを打つ、いわゆる“サクラ”のことだ。
このように投稿者は削除対象になりそうなキーワードを微妙に変え、「削除の網」にかからないようにしている。もちろん冒頭の4つの書き込み内容は、いずれも実行すれば刑法で罰せられる行為だ。
ただ、犯行の標的などを具体的に書き込まない限り、実行行為が明らかにならないと取り締まり対象になることはない。そのことをせせら笑うかのように、投稿者は同じ書き込みを何度も繰り返す。募集に応じた利用者とは個別にメールでやり取りするため、取引内容が表面化することはほぼなく、実態解明は難しい。
「警察などの指導が厳しくなり、以前に比べて闇サイトは下火になった」
こう語るのは、闇サイトに詳しいフリーライターの渋井哲也氏だ。
しかし一方で、「警察などの指導が入れば入るほど一目では内容が分からず、投稿者と直接コンタクトを取らないと犯罪かどうか分からない書き込みが増える」とも指摘する。
警視庁幹部も「闇サイトの数が増えているのか減っているのかも分からないが、たくさんあるのは確かだ」と話しており、闇サイトの“アンダーグラウンド化”が進んでいるといえる。
犯罪の温床とされながら形を変えて生き延びる闇サイト。一体、どのような経緯で誕生したのか。
■「闇の職安」誕生…派遣激増への反発で
一例として挙げられるのが、19年8月の名古屋女性会社員殺害事件で最も有名になった闇サイト「闇の職業安定所」だ。
渋井氏によると、闇の職安は闇サイトの中でも初期のころのもので、初めてネットに登場したのは12年ごろという。現在も同名の掲示板があるが、まったくの別物とされる。
当時は11年の改正労働者派遣法施行で、建設、港湾運送、警備などを除いて派遣労働が原則自由化され、非正規雇用者が激増していた時期だった。
闇の職安の管理人とメールでやり取りをしていたという渋井氏は、闇の職安ができた経緯について「管理人は雇用が不安定な非正規雇用の増加に不満を持っていた。なかなか正規のルートで就職できない人や、その日暮らしですぐにお金が必要な人のために掲示板を作ったようだ」と解説する。
掲示板では管理人の思いに反し、開設後すぐに犯罪の共犯者募集や就職希望者を狙ったウソの採用募集などが書き込まれるようになった。管理人はその都度、書き込みを削除したり、投稿者の情報を警察に伝えたりするなどして秩序を保とうと努め、「悪い人間は少数」と話していたという。
だが、名古屋の女性会社員殺害事件の共犯者募集に闇の職安を利用されたことが明らかになると、管理人はたまりかねて事件から数日後に掲示板を閉鎖。サイトには「『犯罪を許されるサイト』と誤解されている。閉鎖しか方法がないと判断した」と管理人のコメントが残されていた。
「大手サイトがなくなると、利用者は小さな闇サイトに分散する。それが自然淘汰(とうた)され、また利用者はいくつかのサイトに集まるようになり、再び人気サイトができあがる。その繰り返しだ」
渋井氏はそう語る。
■進まぬ法整備…「表現の自由害する」
なぜ、闇サイトを取り締まる法整備が進まないのか。
ある捜査幹部は、一部の表現をネットで使うことを法律で規制することについて、「取り締まる側の警察としてはいい話」と歓迎する。しかし、「例えば『殺す』という表現を取り締まり対象にしたとき、ネットに『殺す』と書き込むのはだめなのに、口で言うのは大丈夫ということになってしまう。ネットだけを規制するというのは難しい」と整合性の面で法整備の困難さを説明する。
業界団体をはじめとした民間による自主規制のルール作りを支援している総務省消費者行政課も、「国会での審議で『誰もが有害と思う表現』をしっかりと定義し、国民の同意を得て規制することが望ましい」と法整備の必要性を認める。
だが、「表現というのは不愉快と思う人がいれば、そうでない人もいる。国が『有害な表現』の定義を決めるわけにいかない。法律で正当な表現行為まで規制し、表現の自由や閲覧の自由を害する恐れがある」と、行政による立法には消極的だ。
主権者である国民が同意しない限り、表現の自由という“高いハードル”をクリアすることは難しいというわけだ。
一方で、独自の“闇サイト禁止法”の試案を発表した弁護士もいる。元警察官僚でネット犯罪対策にも携わったことがある後藤啓二弁護士だ。
「問題は闇サイトが現実に犯罪につながっているということ。放置する理由がわからない」
後藤弁護士はそう語り、法規制に及び腰な国の対応に憤りを隠さない。
試案は、(1)ネット掲示板を使って犯罪仲間の募集や犯罪の実行を請け負うような申し入れをすることを禁じる(2)犯罪仲間を募集するなどの書き込みを主な内容とする掲示板をつくってはならない−といった内容だ。
投稿者、管理人双方に闇サイトへの関与を禁じており、具体的な禁止表現を定めてはいない。闇サイトの存在自体を許さないということだ。
また、闇サイトは管理人のほとんどが気軽な副業感覚で広告収入を得るために開設しているとされ、アクセス数が多い有名なサイトであれば「月に1人、2人は食べていくことができる」(渋井氏)ほどの収入があるという。
そうした状況を受け、後藤弁護士は「管理人たちは表現の自由のことなんて考えていない。闇サイトが違法行為となればほとんどが閉鎖される。過剰に『表現の自由』に反応しすぎで、自制するのはおかしい」と訴える。
■潜入捜査で違法行為取り締まり
闇サイトそのものを取り締まる法律はないが、警察も手をこまねいてはいない。警視庁は4月から、同庁犯罪抑止対策本部内に闇サイト対策専門の特命チーム「ネットハンター」を設置した。
闇サイトでよくみられる「短期高収入」「裏仕事」などの書き込みは、本当に犯罪につながるものなのか。そうした「よく分からない部分にしっかり手を付ける」(同本部)ため、身分を隠して投稿者と連絡を取る“潜入捜査”をしたり、違法行為を確認したら担当の捜査部署に通知する“犯罪の仕分け人”としての役割を果たしたりするという。
昨年2月には、神奈川県警の捜査員が実際に闇サイトで高額収入のアルバイトを募集していた男と接触。振り込め詐欺のための他人名義の口座開設などを持ちかけられ、男を共犯者とともに摘発した事例があった。同本部でも同様に闇サイトの投稿者との接触を始めているといい、活躍が期待される。
無数の闇サイトは今も存在するとみられるが、同本部は「取り締まるという姿勢を見せて相手の数を減らし、減った相手を取り締まって撲滅を目指す」と力を込める。
しかし渋井氏は、捜査の面はさておき根源的な対応の必要性を指摘するのだ。
「闇サイトのユーザーを減らすような手だてを取らないとモグラたたきになるだけ。正社員を増やしたり、非正規雇用や無職の人へのサポートを拡充するような施策が必要なのではないか」
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