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スポーツ報知大阪版>コラム>菊地陽子 あしたのヨー

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長谷川が負けた夜

4回、モンティエル(右)にロープ際まで攻め込まれ、TKO負けした長谷川

 昨日までのチャンピオンは敗戦の翌朝、ホテルのロビーにマスク姿で現れた。Tシャツにお気に入りのチェックのシャツをはおり、記者たちを見つけると「あれ、どうしたんですか」と笑った。少し作ったような笑顔で「よく眠れましたよ」。本当かどうかは別にして、こんな朝にでもきちんと記者に向き合ってくれる彼の人間性に頭を下げずにはいられない。私は、長谷川がめった打ちにあった残像が焼き付いて眠れなかった。ショックもあったが、見応えのある試合そのものの興奮もあった。

 無敵を誇ったV10王者はなぜ負けたのか。WBO同級王者モンティエルに4回2分59秒TKO負けした4月30日の夜、日本武道館を埋めた1万1千人だけでなく、テレビの前で声を上げた人も多いだろう。悪夢のような光景の始まりは4回2分52秒、残り10秒を告げる拍子木の音が聞こえた直後だった。4回の中盤まではモンティエルの左フックをうまくいなしていた長谷川がリードしていたが、少しずつ相手の左に誘われるように右が前に出る。そしてあの瞬間、飛び込んできた乱暴な左フック。顔を吹っ飛ばされ、おそらく倒れまいとロープをつかもうとしながら連打を浴びた。あの一撃を打ち込むタイミングだけを計っていたモンティエルの見事な攻撃。長谷川はハイレベルな攻防合戦で負けた。

 勝てば勝因になることが、負ければすべて敗因と言われるものだ。調整が失敗したとか、テレビに出過ぎたとか、まだ先の具志堅用高氏の持つV13の記録を見てしまったとか。何が黒星と関係したかは分からないが、明らかに最近の世界戦と違っていた点が前日計量からのリバウンドの量だ。リングに上がった瞬間、長谷川が小さい、と思った。後から聞けば、リミットの53・5キロからいつもより2キロ少ない4キロ程度の増量だったという。これまでの6キロ増量が異常だったが、モンティエルはなんと8キロ増量の61キロにしてきていたそうだ。相手はフライ級から上がってきた選手で、体格差は勝ると思われていた。ここですでに想定外が生じていた。

 今回の長谷川は時間をかけて減量に臨んだ。おかげで苦しみは軽減され、本人も順調な調整に手応えを感じていた。だが、なだらかな減量では胃袋も徐々に小さくなるため、いざ計量を終えても大量の食事を口にすることができないという。一方で急激な減量はラスト数日は水分断ちで壮絶な苦しみを味わうが、試合前日は大きいままの胃袋に食事を詰め込むことが可能だ。あるボクサーは「ゆっくり減量すると水分しか受け付けなくなって、試合当日に筋肉が復活しない」と話す。長谷川は減量の終盤、前回までならわずかでも固形の食事をとっていたのに、今回はその量の水分だけをとっていた。5連続KO防衛の間に見たパワーが感じられなかった一因は新しい減量法にあったのだろうか。

 一夜明けた5月1日、長谷川は1回にモンティエルに食らった左で右側のあごを骨折していたことが判明した。山下会長は「次の回もやっていたら相当なダメージが残った。不幸中の幸いかもしれない」と振り返る。それだけ3階級王者のパンチは威力があった。

 周囲は何でも言えると思う。翌日の記事でも書いたように、珍しく今回の長谷川は自信を口にしていた。彼は本心を口にするタイプなので、本当に自信があったのだと思う。謙虚にしていることが勝利につながるわけではないが、陣営や関係者にも「勝てる」という気のゆるみがあったのは事実だ。ただ、長谷川がこの挫折を次への力へと変えることは確信している。敗戦後の控室で初めて彼の涙を見た。報道陣にノーコメントでもいい状況で、きちんと対応し、「楽しかった」と試合の実現に感謝し、「油断があった」と潔く負けを認めた。母・裕美子さんが「もっと成長してまた復活してくれる」と言ったように、偉大なチャンプの第2章の幕開けを静かに待ちたい。

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(2010年5月2日18時12分  スポーツ報知)

筆者略歴  菊地 陽子(きくち・ようこ)

02年入社。大阪府出身。文化社会部での宝塚歌劇、運動部でのオリックス担当などを経て、07年12月からボクシング担当。リングサイドでの初取材では、ボクサーの鮮血が顔にかかって卒倒しそうになったが、今ではすっかり拳闘の魅力にハマっている。

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