池田信夫 blog

Part 2

2010年04月30日 16:41
IT

モバイル・モダニティ

リキッド・ライフ―現代における生の諸相グローバル化と社会主義の崩壊によって始まった後期近代の特徴は、一方で新興国との国際競争が始まるとともに、それによって資本や労働が国境を超えて移動し、人々の生活を支えていた企業や地域などの中間集団の求心力が弱まり、社会が国家と<私>に二極分化することである。これは見方を変えると、バウマンがリキッド・モダニティ(流動的な近代)と呼んだように個人の流動性が高まり、アイデンティティが失われる時代でもある。

このようなモダニズムに対して、伝統的価値の再建をめざすコミュニタリアニズムが1980年代には流行した。日本ではそれから20年遅れで、2000年代後半になってこうした反モダニズムが「格差社会論」という形で出てきて、「プレカリアート」に同情する左翼の残党と「国家の品格」を求める国粋主義の老人との奇妙な共闘が行なわれたが、それも終わったようだ。こうした動きは経済の衰退期に特有の懐古主義であり、彼らのいう「帰るべき故郷」はもう存在しないからだ。

他方、経済学の立場からは、社会が流動化することは、労働人口を非生産的な部門から生産的な部門に移動して労働生産性を引き上げる。日本の「失われた20年」の原因は、このような労働力の再配分が遅れていることなので、雇用の流動化はきわめて重要な政策なのだが、民主党からみんなの党に至るまで、これをタブーにして「会社主義」秩序を守ろうとしている。この背景には、日本では個が自立していないので、<私>が自由に移動して福祉給付で彼らを守るシステムはなじまないという発想があるのだろう。

しかし最近の若者の行動についての調査をみると、家庭への愛着や企業への忠誠心が薄くなる一方で、ケータイを通じた友人のコミュニケーションがきわめて濃密になり、仮想空間でコミュニティが形成されているような印象を受ける。そこでも「村社会」的な秩序ができているので、あいかわらず個は自立していないのだが、彼らのよりどころにする共同体はモバイルで流動的である。

ここでは欧米的な「後期近代」とは少し違ったモバイル・モダニティともいうべきものが形成されているのかもしれない。非正社員として会社共同体から排除された若者が、その代償としてケータイに共同体を求めているとすれば、日本人が「農民的」で移動をきらうという前提は疑わしい。むしろかつて家父長制から排除された農家の次三男が村を脱出して都会に出たように、会社の家父長主義から排除された非正社員が仮想空間に新たなコミュニティを求めれば、結果的にモビリティは高まる。

その観点からみると、ソフトバンクの提唱している「5000万世帯FTTH」計画は、かつての公共事業のように、田舎までインフラ整備を行なうことによって非生産的な労働人口を地方に固定し、成長率を下げるおそれが強い。それはモビリティを求める若者にもそっぽを向かれ、サービスの収益も上がらないだろう。iPadの大流行にみられるように、ブロードバンドは固定からモバイルに移行しており、いま緊急に必要なのは(FCCと同じく)5年以内に300MHzの周波数を開放してモバイル・ブロードバンドを実現する改革である。

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コメント一覧

  1. 1.
    • bobbob1978
    • 2010年04月30日 17:47

    スタンドアローンコンプレックスの世界のようです。小さな固体的な共同体を積み重ねて構成されたsolidな社会からインターネットを通じて緩く広く繋がった液体的な共同体で構成されるliquidな社会への相転移が起きようとしているのでしょう。

  2. 2.
    • tk856331
    • 2010年05月01日 05:43

    人間は神が創った特別な存在という考えが欧米の思想の根底にあるのではないでしょうか?これが間違いのもとです。
        私たちアジア人は人間は自然の一部と考えます。私達は群れを作る動物です。群れを作るのは本能です。強い敵には恐怖心を持ち逃げる。弱い敵には憎しみを持ち攻撃する。優れた仲間は敬愛し依存する。弱い仲間は慈愛して擁護する。牛も犬も人間もこの点では同じです。いじめ、登校拒否、校内暴力、原因は仲間づくりの問題です。校歌、国歌、あいさつ、運動会、誕生会、クラブ、スポーツ、…。私たちの多くの活動は仲間づくりの役割りを持ちます。
    現代は安定した群れを作ることが出来ません。機械化によって便利になったが共同作業は失われ族でさえも群れとして働かない。現代日本の一番の問題ではないでしょうか?

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