2010年04月22日 (木)アジアを読む 「中東問題の根源は ヤコブ・ラブキン教授に聞く」
【冒頭映像】
おととい62回目の「独立記念日」を迎えたイスラエル。
1948年5月、"ユダヤ人の国"としてイスラエルが建国されて以来、
もともと、その土地に暮らしていたパレスチナ人や、
周辺のアラブ諸国との間で激しい対立と戦争を繰り返してきました。
そのイスラエル建国の原動力になったのが、
「シオニズム」と呼ばれるヨーロッパで生まれた思想です。
その意味を正面から問い直す本が、ユダヤ人の歴史家によって著され、
大きな反響を呼んでいます。
(ヤコブ・ラブキン教授)
「イスラエルでは、ホロコーストの悲劇が
意図的に強調されてきたと思います」。
来日中の著者へのインタビューを通じて、
いまだ解決の見通しが立たない中東問題の根源を探ります。
『中東問題の根源は
ヤコブ・ラブキン教授に聞く』
(吉井歌奈子 キャスター)
ここからは出川展恒解説委員とともに進めていきます。
よろしくお願いします。
Q1:
イスラエルは、建国から62年になるのですね。
(出川展恒 解説委員)
A1:
はい。ごく簡単に歴史を振り返りましょう。
1948年5月、ヨーロッパなどで迫害されたユダヤ人が、
祖先の土地と見るパレスチナで、「イスラエル」の建国を宣言しました。
国連の「パレスチナ分割決議」を根拠にしたものでしたが、
アラブ諸国は、
「アラブ人が過半数を占める人口比率を無視した不当な決議だ」
として激しく反発しました。
「第1次中東戦争」が勃発します。
イスラエルは戦争に勝ち、
もともとこの土地に暮らしていたパレスチナ人およそ70万人が難民となりました。
その後、イスラエルとアラブの戦争が繰り返されました。
イスラエルは、周辺国を圧倒する強力な軍事力を備え、
1967年の「第3次中東戦争」では、支配地域を一挙に4倍以上に拡げました。
国連では、イスラエルに対し、占領した土地からの撤退を求める決議が採択され、
その後、アメリカなどの仲介で、中東和平交渉が進められましたが、
多くの問題、とくにパレスチナ問題は未解決のまま、今日に至っています。
(吉井)
Q2:
イスラエルは"ユダヤ人の国"として建国されたのですね。
(出川)
A2:
はい。
現在イスラエル国内には、アラブ系の国民も、人口の20%あまりいるのですが、
イスラエルは、自らを「ユダヤ人国家」と規定しています。
そして、イスラエル建国の原動力となったのが、「シオニズム」という思想です。
「およそ2000年前、ローマ帝国によって、エルサレムの神殿を破壊され、
祖国を追われて世界に散らばったユダヤ人たちが、迫害や差別を逃れて、
"神が約束した祖先の土地"に戻り、国を再建した」
というのが一般的な説明です。
これに、正面から異論を唱えているのが、この本です。
『トーラーの名において ~シオニズムに対するユダヤ教抵抗の歴史~』。
「トーラー」というのは、ユダヤ教の聖典「旧約聖書」のことです。
つまり、「ユダヤ教とシオニズムは相容れない」という刺激的なタイトルです。
(吉井)
Q3:
誰がこの本を書かれたのでしょうか。
(出川)
A3:
モントリオール大学のヤコブ・ラブキン教授です。
ロシア生まれで、現在カナダ国籍を持つ歴史学者で、敬虔なユダヤ教徒です。
この本は、世界各国で反響を呼んでおり、
日本語版の出版に合わせてこのほど来日したラブキン教授の講演会には、
およそ800人が集まりました。
インタビューをお聞きください。。
【インタビュー】
【出川】
「シオニズムについて、わかりやすく説明していただけませんか」。
【ラブキン教授】
「シオニズムは、19世紀の終わりに、ヨーロッパで生まれた政治運動です。
ユダヤ教の集団を、1つの民族に統合し、共通の言語を与え、
パレスチナの土地に移住させ、支配させようという運動です。
宗教用語を多用していますが、根本的にユダヤ教の教えとは相容れません。
無神論的とも言えます」。
(吉井)
Q4:
複雑な中東問題の原因を、教授はどう見ているのでしょうか。
(出川)
A4:
ラブキン教授は、
「中東問題は実は単純だ。すべては、イスラエル建国で始まったことだ。
あたかも宗教問題のように扱うから複雑に聞こえるが、純粋な政治問題だ。
『ユダヤ人国家』を名乗るイスラエルが、パレスチナを占領し、抑圧してきたこと。
他の者への同情や調和、親切心といった、
ユダヤ教の教えとは、およそ正反対の行動をしてきたところに根本的な原因がある」
と指摘しています。
【ラブキン教授】
「すべての問題は、1948年に始まりました。
少数のシオニストが、多数のパレスチナ人を、
もともと住んでいた土地から追い出したのが原因です。
大多数の住民の意思を無視したイスラエル建国を、
国連が決議してしまったことで、周辺国は暴力の渦に巻き込まれたのです。
パレスチナ人に対し、極めて不当な扱いを強いたことをまず率直に認めるべきです」。
(出川)
アメリカをはじめとする国際社会が目指す中東和平の目標は、
パレスチナ国家を樹立させ、イスラエルと平和共存させる、
いわゆる「2国家共存」ですが、
ラブキン教授は、その実現には、懐疑的な見方を示しました。。
【ラブキン教授】
「パレスチナ国家が、どこにできるのか、全く見えてきません。
たとえば、あなたと私が、1枚のピザを分け合う交渉をしているとしましょう。
交渉のまっ最中に、私はそのピザを食べ続けている。
あなたの取り分は、ほとんど残らない。今は、ちょうどそんな状況です。
イスラエルが入植地を放棄して、占領地から完全に撤退しない限り、
"2国家共存"などありえないでしょう。
ネタニヤフ首相がそうするとは、とても思えません」。
(出川)
イスラエル側が、占領地でユダヤ人入植地の拡大を続けている現状を、
このようにたとえたのです。
(吉井)
Q5:
ラブキン教授は、パレスチナ問題を解決するにはどうすれば良いと言っているのですか。
(出川)
A5:
ラブキン教授は、
「イスラエルに対し、
今までやってきたことは間違っており、自らの利益にもならないことを、
理解させることが必要だ。
しかし、イスラエルが理解しようとしないのなら、
和平を強制的に受け入れさせるしかない。
国際社会、とりわけ、アメリカのオバマ政権による説得や圧力が必要だ」
と述べています。
パレスチナ人に与えた被害の責任を認めさせたうえで、
しかるべき補償を行うのが出発点だとしています。
次に、イスラエルにとって最大の関心事である
イランの核開発問題について、聞きました。
【ラブキン教授】
「イラン脅威論こそ、シオニストが行ってきた、宣伝活動の最たる例です。
イランは、過去300年にわたり、他の国を攻撃したことがありません。
イスラエル自身は、頻繁に近隣諸国を攻撃していますが・・・
ですから、イランが最大の脅威だなどというのは、何の根拠もありません」。
(出川)
このように、ラブキン教授は、
イスラエルが声高に主張する「イラン脅威論」を一刀両断にしました。
そのうえで、イスラエルは、
第2次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺
「ホロコースト」の悲劇を政治宣伝に利用している、
国内の結束を固めるため、意図的に恐怖感をあおっている、と指摘しています。
(吉井)
Q6:
とても厳しい見方をされていますね。
そもそも、ラブキン教授が、イスラエル建国から60年以上も経って、
この本を書いたのはなぜですか。
(出川)
A6:
ラブキン教授は、
「世界の多くの人々が、イスラエルを『ユダヤ人国家』と呼び、
シオニズムをユダヤ教の教えに基づくものと捉えている。
イスラエル人がみな、ホロコーストの犠牲者であるかのように扱われ、
パレスチナ問題を率直に議論したり、
イスラエルを批判したりするのが憚れる空気がつくり出されている。
イスラエルが、ホロコーストの悲劇を振りかざして、
やりたい放題のことを続ける権利はない。
私がこの本を書いたのは、
シオニズムとユダヤ教が、全く異なるものであることを示し、
イスラエルに関する議論が正常な形で行われるようにする目的があった」
と説明しています。
そのうえで、
「日本は、ホロコーストにも、イスラエル建国の国連決議にも関わっていないので、
欧米諸国のように罪悪感に縛られずに行動できるはずだ」
と述べています。
【ラブキン教授】
「日本は、パレスチナ人を抑圧しないよう、
イスラエル政府を説得することもできるのではないでしょうか。
日本のような大国が、独立した立場で声をあげれば、他の国も続くと思います」。
(出川)
実は、イスラエル建国の歴史に関連して、
最近、イスラエルの歴史学者によって書かれたもう1冊の本も注目されています。
(吉井)
Q7:
どんな本ですか。
(出川)
A7:
テルアビブ大学のシュロモ・サンド教授が著した
『ユダヤ人の起源 ~歴史はどのように創作されたのか~』で、
日本語版が出ました。
ユダヤ人は、いったいどこから来たのかというテーマを
歴史学や考古学の手法で解明しようとしたもので、
端的に言えば、
「現在のパレスチナ人こそが、古代ユダヤ人国家の民衆の子孫にあたる」という、
これまた、ユダヤ人の歴史を根底から揺さぶる内容です。
イスラエルでは19週間連続でベストセラーになり、
世界15カ国で翻訳されています。
サンド教授は、6月に来日し、講演会を開く予定です。
現実の世界では、イスラエル政府によるユダヤ人入植地の拡大が障害となり、
和平交渉を再開することさえできない状況が続いています。
そんな中、イスラエル建国の歴史をもう一度見直そう、
パレスチナ人の権利を尊重し、
平和共存の可能性を探ろうという方向性を示す2冊の本が、
いずれも、ユダヤ人の歴史家によって書かれ、広く関心を集めていることは、
中東情勢の今後への人々の危機感を反映したものと言えると思います。
(吉井)
ありがとうございました。
きょうは、ヤコブ・ラブキン教授が考える中東問題の根源と課題について、
出川解説委員に聞きました。
投稿者:出川 展恒 | 投稿時間:18:32