悲しすぎる一日だった。木村拓也さんが亡くなった。回復の祈りは届かず、せめてもと願った広島の勝利もかなわなかった。37歳は早すぎる。若すぎる。神宮の涙雨に打たれても、今は笑顔しか思い出せない。
11年前の春、カープ担当になって初めて取材した選手が木村さんだった。当時は守備・代走要員。数種類のグラブを大事そうに抱え、確かこう言った。「常にチームが自分に何を求めているかを考えている。試合に出るためなら、何でもやる」。揺るぎない信念とプロ意識に圧倒された。
「万能選手」「器用」「名脇役」…。スマートな称号の陰で、どれだけ泥と汗にまみれてきたか。スイッチヒッターに挑んだ時は慣れない左手で食事を続け、人の数倍も受けたノックを礎に投手以外の全ポジションをこなした。本人がよく口にした言葉は「雑草」。いつも全身全霊を傾け、己の存在を訴えていた。
巨人ナインやファンの深い悲しみを承知の上で言う。木村さんにはやはり広島のカラーがよく似合う。11年あまりの在籍年数、しぶといプレースタイル、そして最後に白球を握りしめた場所。プロとしての生きざまと思いを、カープは継承していかなければならない。(加納優)
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