職場での過労や心労でうつ病になり、自ら命を絶った52人の遺書や家族の手記など約100点を集めたパネル展「私の中で今、生きているあなた」が30日、和歌山市伝法橋南ノ丁の同市民会館展示室で始まった。2日まで。【加藤明子】
医師や教師、警察官、会社員ら職種はさまざま。自殺直前の超過勤務の実態やパワハラ、いじめについて日記や遺書で伝える。また、「妻とのコミュニケーション不足が自殺の原因の可能性もある」とする判決で二重に苦しむ遺族の立場を説明する資料や、自殺未遂をした人のメッセージもある。警察庁の統計によると、09年の自殺者数(暫定値)は3万2753人と98年以降12年連続で3万人を超え、県内では328人。県精神保健センターによると、50代の男性が多いという。
主催する大阪市のNPO法人働く者のメンタルヘルス相談室の伊福達彦理事長は「派遣や非正規雇用などの不安定な生活、リストラによる負担増加でうつ病になる人が増えている。人ごとではないと分かってほしい」という。07年4月から続く巡回展で、県内では初めて。午前10時~午後5時。無料。
■兵庫の会社員
会場には遺族も駆けつけ、06年11月に自殺した兵庫県尼崎市の大手運輸会社元社員、大橋均さん(当時56歳)の妻錦美さん(60)の姿もあった。
損害賠償などを求めた訴訟は2月に大阪地裁で、会社の安全配慮義務違反を一部認める判決が下され、確定した。錦美さんは「まじめに働いてきた夫を追いつめ、救いもない今の社会は異常だ。もっと人間をありのまま受け入れられる社会になって」と願った。
大橋さんはC型肝炎ウイルス感染が判明後、関連会社への出向など異動が続き、通院を申し出たが、上司から「仕事にならない。会社に迷惑をかけていると思うなら、自分から身をひいたらどうか」と辞職を促され、05年にうつ病と診断された。直筆の日記には、「35年近く勤続し(中略)自分なり会社につかえて来たのに、うまく言い返せなかった事は悔しい」と書かれている。
錦美さんがアメリカで暮らす長男に電話で相談すると、家族旅行を提案された。「お父さんはもう有給休暇使えないよ」と言うと、「週末に行こう」と誘われ、旅行券が郵送されてきた。楽しみにしていたはずの帰国予定日の10日前、大橋さんは亡くなった。錦美さんは「夫は10日も待てないほどつらかった。残された私たちも『もう少し早ければ生きていられたのでは』『自分は生きていていいのか』と自分を責め続けている」と語った。
■県内の自治体職員
入り口の正面には、県内のある自治体に勤めていた男性職員が00年3月に自殺した翌月、当時6歳の息子が書いた詩が掲げられている。
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大きくなったら僕は博士になりたい。そしてドラえもんに出てくるようなタイムマシンを作る/ぼくはタイムマシーンに乗って、お父さんの死んでしまう前の日に行く/そして「仕事に行ったらあかん」ていうんや。
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男性職員の妻は「過労自死は夫で最後にしてほしいと10年間祈り続けてきたのに、増えているのはかなしい。でも、息子の詩を読んで自殺を思いとどまったという話を聞くとうれしい」と話した。
毎日新聞 2010年5月1日 地方版