<リプレイ>
●闇潜む さわ、さわわ。 風に翻り、揺れる。 闇に浮かぶ白月はゆるゆる舞い降り、瞬く葉裏を綺羅と弾いた。 凪ぐ度辺りはしんと静まり返り、静寂が更なる闇を連れてくる。 さわ、さわわ。 影が躍り、静寂が募る。 ――静かな、夜だった。
そろ、と何かの影が動いた気がした。 影々を縫い闇をひた進む気配。 ひたりと止んで、また。 影が、動いた。 来た、と或る者は考えただろう。 漸く、と或る者は思っただろう。 決意と疑念。 企みと呆れ。 足音を忍ばせ小さな影がひとつ、闇の中から這い出した。 月明かりがそのか細い腕を白く照らし出した。来い、とでもいうようにひらりと闇に舞う。 じゃら、じゃらり。 何かを引き摺るような音が地を這い震わせる。 ぽつ、ぽつ、と影が続いた。 小、大、小。影が連なり、最後に異様に大きな二つの影が過った。 刹那。
「行くぞ、逃がすな!」
声が響いた。 闇を突き破るように鋭く発せられたそれを皮切りに、次々影が飛び出し彼らの前後を囲う。 「なっ――!?」 進路を断たれ、退路を断たれ、小さな影がたじろぐように足を止める。それを守るように大きな影が素早く前へと飛び出した。月に照らされ男が行く手を阻む者達をじろりと眼だけで辿る。 「何を企んでいるかは知らんが、全力で止めてみせる」 闇に響いた声が、再び。 素早く駆け出した氷采・亮弥(青藍ヴィエチニー・b16836)の進路を塞がんとする二対の巨壁の前に、闇より尚暗く冷たい漆黒の刃を手に黒霧・慎(蒼黒の使者・b26081)が立ちはだかる。 「貴様の相手はこっちだ」 慎は憤怒の表情を浮かべ遥か頭上から己を見下ろす鬼を牽制し斬り付けた。 一瞬、ぐっと動きを止めた巨壁の合間を影がするりと抜ける。 「お前の相手は、俺だ」 振り向き身構える男の眼前、地を蹴り跳んだ亮弥の身体がふっと横へ逸れる。思わず足下の砂利を鳴らした男の背後、天に高々と闇と血潮よりも紅く暗い二対の刃が閃いた。 「悪いが余所見はしないで貰おう」 どっ――と深く穿たれた鈍い衝撃に、男は更に足を滑らせぐっと堪える。不意を突くように放たれた亮弥の蹴撃が空を裂き、男目掛け月の軌跡を残し振り下ろされた。 がくん、と男は大きく首を揺らした。亮弥に向かう深淵の眼が紅走り、異様なまでにぎらついた輝きが浮かべられる。 「……さて行こうか」 神夜・遥斗(血濡れ鬼の刻印・b03993)は深紅の瞳をふっと細め見た。男の地縛霊もまた、すらりと身を起こし肩越しに遥斗を一瞥する。 男が月に艶めく長い刃を横薙ぎに振り抜けば、じりりと足裏で地を掻く二つの影が揺らめいた。 互いに力の使い様は同じ。拮抗する力は己が理念を超え衝突するのみ――ぶつけ合い、目の前のそれを力で捻じ伏せるのだ。 彼らは手にした刃を、互いにかつりと構え直した。 闇に、きんと震える金音が響いた。
●ちっさい とんっと軽く地を蹴り闇に身を躍らせる。 身体に固定した明かりがふわと浮き上がり、トルク・アトラスが地面を捉えた。 白燐蟲で照らされる範囲にも限界がある。光源と逆位置の者が明かりを持つのは正しい判断だ。 不意を突く襲撃。利を活かした挟撃を前に、敵の陣などあってないに等しい。男は包囲を振り払う様子もなく二人と相対し、敵の進路を塞ぐ六人の前には壁など無いも同然だった。 「今度も一体何を企んでるのやら」 二瀬・颯軌(風天・b38458)はふっと息を零し、軽快な足音を立てながら素早い動きで狸を翻弄する。 「まぁ良いことじゃなさそうだし、阻止させてもらうよ」 ととっと地を踏む音が響く。同時、夜空に月の紋引く高速の蹴りが斜角から狸の肩口に打ち込まれた。ぐらりと傾く狸目掛けぐっと深く身を屈めたシュカブラ・キアロ(白従・b41558)が高速回転しながら飛翔突貫する。 「そうだな、まぁ碌なことじゃねえだろうな」 「不穏な動きを見せる以上は、何であろうと放ってはおけませんよね」 二人の後方で四宮・菊里(軍星・b65501)がさらりと零れ首筋を滑る艶やかな漆黒の合間から狐の耳を。風揺れる尾をふっさりと生やし、ついと視線を向けた巨壁の只中に幻想的な焔を落とした。 「大人しくお縄に……とは、そう簡単にはさせてくれそうもないですが」 ぐらり。妖しく揺らめく焔に蠱惑された一体が、張り付いた笑顔のままぴたりと動きを止める。 直線上の敵すべてを巻き込み一七夜月・氷辻(運命を結ぶリボン・b44022)と川辺・結花子(夢現を彷徨う者・b60907)の呼び出したナイトメアが戦場を駆け抜ける。 「銀ばら撒いて連絡網、……ねえ。詠唱銀てのは全く便利で厄介なこった」 桜庭・景(桂跳・b56009)が霧のレンズ目掛け放った脚撃は阻む鬼を超え狸の背へ達する。 「いぇいっ、はーどこあ☆」 北坂・理都(クローバーのお姫さま・b17841)が笑顔でギターを振り上げた。
ごすっ☆
鬼が怖い顔で理都を見た。それでも理都の笑顔は崩れない。 「いつかは仲良くできるかもしれないけれど、今は手加減なしだからね☆」 「悪巧みは潰されて然り、だろ? さ、大人しく正義の味方に倒されといてくれっかな」 にや、と嗤う景にぴくりと妖狐の眉が動いた。 「邪魔臭いやつら! 謝っても許さないんだからね!」 憤ったように言い捨てる。赤毛の娘は両手を腰にあて、偉そうに顎をしゃくり見下すような視線を能力者達に向ける――が、身長的な問題でとてもではないが誰一人見下せそうにない。 颯軌は僅かに親近感のようなものを抱きつつ、小さな妖狐をそっと見下ろした。 ――でも悪い子には容赦しません。 首を傾げるようにふわと微笑む。何故か妖狐はびくりと肩を跳ねさせた。 「あ、謝っても許さないんだからね!」 自身を奮起するようにもう一度同じことを口にして、妖狐はびしりと指差した。 途端に颯軌、シュカブラ、氷辻の元へ揺らめく幻楼火が燈される。回避し損ねた氷辻が炎に囚われるも、すぐに淡く輝く琥珀を手にした木村・小夜(神様よりも大切なもの・b10537)がふわりと銀の髪を揺らし月下に舞う。 妖狐が口惜しげな表情でだむだむと地面を踏み鳴らす。 狸がもっふりしっぽをふるふる震わせた。高速回転飛翔突貫する狸にばちこん殴られたシュカブラは、何とかその意識を保ちながら、目を覚ますようにふるりと幾度か首を横に振った。 ――何この負けてられない感じ。 「もふもふは無いが俺だってやる時はやるぞ」 彼の胸の内で、狸に対するライバル心が火炎噴射機を噴きかけられたようにめらっと超速で燃え広がった。 栗髪の女が痺れて動けない笑顔の鬼を一瞬見た。が、ほわわと微笑みながらおでこつーんする。颯軌の額にすこーんと直撃し突き抜けたそれは後方の菊里の元まで達したが、彼は辛うじてそれを退き交わす。 颯軌は一瞬、額を押さえて蹲りそうになるのをぐぐっと堪えた。 なんかおでこがじんじんする。 黒髪の女が手をわきわきさせて狸の尻尾を見た。癒しを享受した狸の毛艶が蘇る――が、何故か狸は非常に複雑そうにぴるぴるひげを震わせた。 すかさず鴻影・朱那(ヘルラビリンス・b33577)の呟いた言葉が呪いと化して狸の身に深く穿たれる。颯軌とシュカブラは視線を交わし、地を蹴り超マヒに陥った狸の眼前へ肉薄した。 風切音を響かせ放たれた脚撃にぐらりと大きく揺らぎ、貫くような回転撃が追い打つ。堪らず狸は意識を失うようにがくりと地に伏し消え失せる。次の瞬間、女がめらっときたように彼らを見た。
●やっぱちっさい ナイトメアが駆ける。 地が震え、鈍い音を響かせ憤怒の鬼が頽れた。 「この夜、全国で同じように狐が暗躍しているようね」 氷辻が零す。麻痺から解き放たれた鬼の笑みが深められ、巨大な拳が勢い良く振り下ろされる。剣の柄を握る慎の腕がびりりと震えた。彼は僅かに眼を細め、淡く輝く刃で旋剣の構えを取る。 「全国六万以上……か」 「闇に蔓延り広がるは情報網、か。悪い冗談だな」 「全く碌でも無い」 零した言葉に遥斗が頷き、亮弥は地を蹴った。己の挙動を見極めんと油断無く構える男の呼吸を乱すように、彼は軽やかな足捌きで翻弄する。 不意に放たれた一撃をやはり交わし損ね、男は黒い靴底でずざりと煙を撒き上げた。息つく間も無く、奥底に禍々しい怨念を秘めた眸が男を睨み据える。ぐ、ぐっと歪ませるように身体を低め、毒に侵された男は歯を食い縛った。 「――気分は如何だ?」 答えは期待しちゃいないが。 男は返答代わりにがすりと地面に刃を突き立て、すべてを引き裂き一筋の剣閃を残して遥斗の胸目掛けそれを解き放った。ボッと火でも点いたかのような音を響かせ、遥斗の身体が吹っ飛ぶ。咄嗟に敵の剣戟を防ぐように交差させた刃に、おんおんと震えが走る。 小夜の呼び覚ました癒しの力が彼の背を押した。痺れるような痛みの走る手で柄を握り直し、彼は即座に体勢を立て直す。 敵に比べれば恐らく未だ未熟。それでもこの力が少しでも役に立ちますように。そんな思いを込めながら、菊里は妖狐に対抗しアヤカシの群れを放った。 黒髪の女の握り締めた拳と栗髪の女の渾身の蹴りが颯軌とシュカブラ目掛け放たれる。朱那が宵闇を淡く彩るリボンをひらと揺らし祈り舞う。氷辻と結花子の幻夢のバリアが能力者達の守りを一層堅くした。 「うぇるかむ・とぅ・まい・らいぶ♪」 景の放った一撃に栗髪の女が倒れ、理都のダンシングワールドに嗤う鬼が踊りだす。立ち上がったシュカブラの前で黒髪の女ががくりと意識を失った。 崩壊し始めた自陣を前に妖狐は歯噛みし、じりと足を後退させた。 「どちらへ……?」 その動きを逃さず捉えた菊里の朱華が闇を喰らい妖狐に喰らい付く。 「どっこへ行くのかなー、そこのちっこいの!」 幾らちっさくても、其の目立つ赤毛じゃ見失わないね。 景は咽喉の奥で噛み殺すようにくっくと笑いながら、レンズ目掛け蹴りを放つ。慎の影より這い出た闇の腕が妖狐の身体を引き裂いた。 「けるさん&ないとめあっ、ごー!」 結花子とけるさんのダブル直線攻撃が地に伏す黒髪の女目掛け放たれる。 「貴方達の企みはわたしたちで潰してみせる」 自分の大切なものを守るように、誰かのそれもきっと守ってみせる――胸の内に決意を秘めた氷辻のナイトメアが戦場を疾走する。 黒髪の女が、声もなく消えた。 さすがに危険を感じたのか、それまで目の前の二人に執着していた男が妖狐の元へ参じようとする――が。 「余所見は赦さんぞ」 亮弥が敢然と立ちはだかった。 ぎりと歯噛みし、男が体勢を低く落とし振り抜くように刃を放つ。咄嗟に弾いた白刃に軸をぶらしながらも、男は幾度も刃を返し、風を引いて亮弥の身を斬り裂いた。 延々と続くかに思われたその斬撃を、梅花の鍔ががきりと捉える。 「妖狐への援護など断じてさせん。――抜かせるか!」 ぱた、ぱたたと血が滴った。 ざり、と砂利が鳴る。 妖狐が息を呑む。いつの間にか自身への包囲網が狭められていることに気がつき、彼女は今度こそ駆け出した。仲間の声に反応した颯軌が素早く立ち回り、シュカブラと景もまた前へ。 退路など、最早。 「逃げるなよちっさいの、おにーさん達は怖くない」 長身のシュカブラが小さな娘を見下ろした。うっと声を詰まらせ、けれど彼女はやはり威勢良く噛み付く。 「ち、ちっさいっていうな!」 「ちっちゃいからって負けてあげないよ♪」 「だから、ちっさいっていうな!!」 「今ちっさくても多分、大きくなれると思います、よ?」 理都にも噛み付く娘を、結花子が枕を抱えながら小首を傾げ見た。 「ほ、ほんと!?」 きらっと瞳が煌めく。結花子はこくりと頷いて、こだわりの快眠投げ枕を思い切り投げつけた。 「ぶっ」 クリティカル! ちっさい妖狐、ばたんきゅー。 残る敵は――颯軌の視線が三メートルはあろうかという巨壁を上へ上へと辿ってゆく。 ――でっかいのにはもっと容赦しません。 きらんと颯軌の瞳が月光を弾いたのは気のせいか。彼はざっと土煙を撒き上げ鬼へ迫る。 「ところで戦う時ってものすごい怒った顔相手より、ものすごい笑った顔の方が怖いね……!」 確かにギンギンの笑顔で殴りかかってくる鬼はちょっと怖い。若干青筋立っているのは踊り疲れたせいかもしれない。 闇を駆ける颯軌がぐっと握り締めた拳に螺旋を纏う。 強く地面を蹴りつけ、月へ舞う。 堅い拳が強かに敵を撃ち据えた瞬間、その背後の闇に煌めく銀雫のカルネヴァーレ。 煙を撒き上げ靴底が大地を捉える。 翳された白刃が月の雫を受けて艶めく斬撃を放った。 具に最後の敵に視線を流すシュカブラの傍らに、軽やかな着地音が響く。 舞い降りた淡い丁子の髪がふわりと風を抱いた。 どうっと豪快な地響きを鳴らし、背後で最後の巨壁が崩れる。 震動に、男を抑えていた二人の視線が動く。 目の前の男が最後の敵となれば、やることはただひとつ。 赫い靴がとっと地面を蹴り出した。 男の元へ黒塗りの刃が迫る。 斬音は無。 影を縫い直走る風が男の腕を切り裂いた。 霞の如き雄麗な龍が闇天を駆け抜け、跡には朱華が花開く。 二対の玄哭剣が男の闇色の胸を引き裂いた。 黒狼夜に紅蓮に紅蓮を重ね凝縮したような焔が宿る。 「――赤の地獄に焼け堕ちろ、命の遣り取りは終わりにしようぜ?」 「付き従うのはいいが、……盲従とは感心せんな」 深い紅蓮の焔が駆け抜け、白刃が煌めき退紅の結紐が闇を滑る。 最後の一撃は、ほぼ同時。 蓄積、より苛烈な攻勢。 一溜まりもなかった。 がしゃりと、刀が地に零れる。 男は、地に臥すより先に闇へ消えた。
●相当ちっさい 「お仕事終わりっ☆ 妖狐の子は連れて帰るのかな? かな?」 理都の言葉を受けて、地面の上できゅーっと伸びる妖狐に結花子が語りかける。 「一緒に学園へいこうよ。ご飯食べてゆっくり休んで、それからお話しようよ」 「アンタ達と話すことなんてなーいー!」 「そう簡単に喋ってはくれないか」 ぷいっと顔を背ける狐に、慎はあっさりと頷く。 這ってでも逃げようと地面に腕をついた妖狐は、はっとして顔を上げた。逃げられるわけがない。亮弥、遥斗、菊里のでっかいお兄さんズが油断なく見張っている。 妖狐は咄嗟に目を泳がせた。しゃがんだ体勢でじっと自分を見詰める颯軌と目が合って、またぷいっと顔を背ける。 「喋んない! 絶対喋んない! アンタ達みたいなでっかい奴らにー!」 何か色々根に持ってるっぽい。 「はいはい、羨ましいなー」 小さな妖狐をひょいと抱え上げ、捕獲完了、とばかりにシュカブラが歩き出す。 「はーなーせー!」 景はじたじた暴れる子狐を一瞥し。 「……にしても、何か愉快なご一行だったな。でっかくてちっさくて」 呟いた直後、髪をぴーんと引っ張られるような感覚を覚えて彼女は振り向いた。 「ちっさいって、いうな……っ!」 最後まで。
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参加者:10人
作成日:2010/04/27
得票数:楽しい8
カッコいい9
知的1
ハートフル5
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
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