今すぐ実施すべき 3つの政策
小泉構造改革のエンジン役として金融機関の不良債権処理や郵政民営化など、
日本が「失われた10年」から脱出するために必要な政策課題に
真正面から取り組んできた竹中平蔵氏。その人が、低迷する日本経済を再び
浮揚させるために、今すぐ取り組むべき3つの政策課題を指摘した。
構成=FJ編集部 写真=鰐部春雄
日本は政策後進国
―― 以前から竹中さんは「日本は課題先進国ではなくて、政策後進国だ」と指摘されてきましたが、それはなぜですか?
竹中 私は「日本が課題先進国である」という事実を否定するつもりはありません。例えば、世界で最も速いスピードで高齢化社会を迎えている。すでに人口が減り始め、高齢者の比率が急速に高まっている。こんな国は日本だけです。だから日本が課題先進国であることは間違いありません。
現在、日本経済は大変厳しい状況を迎えています。しかし、それが「日本が課題先進国だからだ」と思わないほうがいい。課題先進国であるならば、むしろ「普通の国」以上に努力しなければならない。しかし、今の日本は「普通の国」が普通にする努力の平均点にすら到達していない。だから厳しい状況を迎えているのではないかということを、まず指摘しておきます。
例えば、なぜ「失われた10年」のようなことが起きたのでしょうか。それは日本が「当たり前」のことをやらなかったからです。「資産バブルの崩壊後は、バランスシートを調整する」「銀行に不良債権ができたら、それを償却しない限り、次のステージには進めない」。これはごく「当たり前」のことだと思います。しかし、日本は、その「当たり前」のことを10年間も拒みました。 最も象徴的なことは、グローバリゼーションへの対応です。米国のライス国務長官は今年のダボス会議で明確にこう言っています。「グローバリゼーションは選択の問題ではなく、事実なのだ(Globalization is not a choice but a fact)」。だからこそ、世界各国はグローバリゼーションの中で、凄まじいほどの勢いで、涙ぐましいぐらいに「政策競争」をしているのです。ところが、日本はその政策競争に入っていく用意すらできていない。「米国型のグローバリゼーションがすべてではない」という人がいます。そんなことは誰もがわかりきっていることで、グローバリゼーションとアメリカナイゼーションは違います。ライス長官が言ったように、もはやグローバリゼーションは事実なのです。
世界全体が、ひとつのマーケットになり、国境を越えてモノや資源が移動し、フラット化していく状況において、どうするのかということが問われているのに、日本はその入り口で文句を言っている。
例えば税制です。国境を越えて資本が移動すれば、税制はある程度の水準に収斂しなければならない。ところが日本の税金は海外と比較して突出して高い。そういう状況で「東京を金融センターにする」などといっても、おぼつかないでしょう。数え出したらきりがないぐらいにいろんな課題が次から次に出てきます。しかし、それは日本が課題先進国だから生じているのではなく、政策後進国だから生じているのです。私たちがそれに気がつくことが非常に重要です。
―― なぜ諸外国のように政策課題に取り組めないのですか?
竹中 結局、橋本行革のときに話題になったことに帰するのですが、政策の問題には「アーキテクト(立案者)」が必要なのです。みんなの言うことを「足して2で割って」いたら、ちゃんとした政策なんかできるわけありません。「こういうことがしたい」「こうやろうじゃないか」と明確に打ち出し、実行しなければならないのです。
私はいつも申し上げていますが、政策は、医師の処方箋と同じで、必ず副作用があるのです。手術にしたって、薬にしたって、副作用がないものはありません。しかし、問題は必ず解決しなければならず、そのための副作用も出る。そのときに「解決策を考えると同時に、副作用をできるだけ小さくする」というのが、アーキテクトの仕事なのです。ところが、副作用が出ると、副作用ばかりを批判する人たちが出てきます。政策を実施するということは、新しい秩序を作るということです。そこには既得権を失う人が必ず出てきます。すると、既得権を失う人は確信犯的に副作用のことばかりを言って反対をする。
政策の世界に入ってびっくりしたことは、「担当大臣に会わせろ」と言って既得権を失う人たちがやってきて、「自分は反対だ」と大声で言うのです。彼らは「大臣に直接伝えたのだから、『足して2で割るだろう』と勝手に思い込むのです。一方、私にしてみれば、「議論をして勝ったのだから、彼らの主張は退けた」つもりでいます。私はしばらくしてから、「これが日本の政策風土なのだ」ということに気が付きました。
結局最後は「竹中はけしからん、俺の顔に泥を塗った」という話になりました……(笑)。
財政再建の手順を間違えるな
―― 海外との比較で、気になる数字がいくつかあります。例えば日本の長期債務です。2008年度ベースで、GDP比が約147%です。OECD(経済協力開発機構)の加盟国の平均が約77%です。過去において財政危機が心配されたイタリアが120%です。日本は先進国の中でも飛び抜けて高い。このままでは破綻してしまいます。
竹中 日本の財政について危機意識を持つことは必要です。ただし、長期債務の問題はグロスで見るのか、それともネットで見るのかを明確にして議論しないといけません。それを混同すると「水掛け論」になってしまう。その水掛け論が始まると、それこそ「足して2で割った」話にしかならない。
私はそれを避けるために、経済財政政策担当大臣になったとき、「長期債務がサステイナブル(持続可能)かどうかを議論しよう」ということで、「2010年代のプライマリーバランス黒字化」という目標を導入しました。事実、プライマリーバランスに関しては、10年前に28兆円だった赤字額が、去年の段階では8兆円ぐらいにまで減っています。ところが今年は一転して増加するのです。
今まで順調に減ってきたものが減らなくなった。ようやくサステイナブルな状態に戻りつつあったのに、逆戻りする可能性が出てきた。それが問題なのです。そういう危機感を持つべきです。
―― 日本は長期債務をなぜ減らせないのでしょうか。
竹中 日本は1990年代に、とんでもない赤字をつくってしまいました。私はフローベースで減らしていくことが一番重要だと考えています。それはなぜかというと、日本がとんでもない財政赤字を作ってしまったとき、私は旧大蔵省の財政金融研究室にいました。そのときに、ナポレオン戦争後のフランス、第一次世界大戦後のイギリスは、巨額の財政赤字をつくりましたが、それぞれの国が、その赤字をどのように立て直したのか、歴史的に調査する機会があって、いろいろ調べてみたら、単純だけれども非常に重要なことがわかりました。
財政赤字を抱えた国は、すぐに財政を黒字にすることはできません。だから、どの国も赤字国債を増やさないようにして、じっと我慢するのです。その間にもし経済が2%成長すれば、36年間でGDP(国内総生産)は2倍になりますから、実質的に赤字を半分にできる。その手法しかない。だからこそ、プライマリーバランスは重要な意味を持っているんです。
90年代のように、財政について無責任な議論をする人たちも罪ですが、財政が大変だから、何が何でも財政赤字を減らせというのも無責任なんです。財政は手段であって目的じゃないのです。
―― 経済成長力を高めるよりも、増税で財政赤字を解消しようという話が出てきています。
竹中 それでは国が滅んでしまいます。ハーバード大学の経済学者アルバート・アレシナ氏が指摘しています。戦後世界の多くの国で、何度も何度も財政再建が行われましたが、成功した場合と失敗した場合を比較すると、ある法則があることがわかった。最初に増税した国は必ず失敗しているのです。
私は、それは当然だと思います。増税した瞬間に、経済は必ず悪くなります。経済が悪くなったら、税収は伸びません。悪循環に陥ります。すると、「こんなに悪くしたのは政府のせいだ」「政府は自分の身を削る前に、国民に負担を求めたからこんなことになった」と国民から厳しい批判を受けて、政治は混乱するでしょう。
経済が混乱して、政治が混乱したら、財政再建は続かなくなります。私から見れば、昨今の増税議論は、失敗しようとして、わざとやっているようにしか思えません。これは一般常識にも合致するし、アレシナ氏の実証研究にも合致する。財政再建をやらなければならないのは当たり前で、重要なことは手順なんです。手順を間違ったら、経済も財政も無茶苦茶になります。
大事なことは自由であること
―― 日本の外国人定住率は1000人に0.6人です。これはOECDの中でもかなり低い。日本よりも順位が1つ上のドイツは1000人で2.4人とかなりの開きがある。ある意味、この数字は日本の閉鎖性を示しているようにも思うのですが、最近、人口減少化社会を迎えて、労働力確保のためにも、移民政策を実施する必要があるというような意見も出てきました。この点についてはどのように思いますか?
竹中 海外で講演をすると、必ず「どうして日本は移民を積極的に受け入れないんだ」と聞かれます。個人的には、移民を受け入れる時代が必ず来ると思っています。もちろん、日本の社会、文化、歴史などについては、十分に尊重する必要があると思います。ヨーロッパのように地続きであるとか、アメリカのように最初から移民でスタートした国と日本は成り立ちが違いますから、定着率が低いことは別に問題ではないと思います。
むしろ重要なことは、日本に「呼びたい人が呼べて、来たい人が来られるような自由があるかどうか」ということなんです。その上で、さまざまな理由から定着率が低いというのであれば理解できます。
日本も今後は、キャリアディベロップメントをしたいという人が増えるでしょう。そういう人たちはメイドさんに家事をしてほしいと思うはずです。しかし、今の日本では雇えません。そのための枠組みをつくる必要があります。
ヨーロッパの例を見ても明らかですが、異なるバックグラウンドを持つ人たちが入ってくるということは、社会として大変な試練なのです。だからこそ、その枠組みをつくらなければいけない。だからこそ、そのための準備を早くしましょうというのが、普通の議論だと思います。日本のような、ホモジニアス(単一民族)とも言える画一性の高い社会では、そうしたことにかなり「慣れる」必要があります。
私は海外で、「少し待ってください。5、6年すると、日本から『受け入れたい』と必ず言ってきますから」と答えています。その頃から、日本は毎年100万人単位で人口が減っていきますから、そうならざるを得ない。重要なことは、外国人を増やすことではなく、自由にすることです。
日本は東大を民営化せよ
―― EUは経済を強くするために、教育制度の改革を始めました。人の移動を自由にするために、それぞれの国の教育機関で取った単位を認め合うような仕組みを構築し始めています。日本は教育でも、諸外国からかなり後れを取っています。教育者でもある竹中さんの目に、こうした状況はどのように映りますか?
竹中 そうですね。本当にグローバリゼーションというのは、選択の問題ではなくて、事実なんですね。日本もグローバル化が進む中で、いったいどういう教育をするか、根本的な議論をするべきです。
本当は「教育再生会議」では、そういうことをやってほしかったのですが、気が付いたら、いじめの問題ばかりでした。
日本の金融機関に行くと、働いているのは日本人ばかりです、でも、海外の金融機関では、普通は外国人比率が高い。情報というのはローカリティ(地域性)を持っています。だからこそ、実は国際化が必要なんです。日本には日本のローカリティがあるからこそ、日本人も外に出ていかなくてはいけない。そういう中で、競争力のある有能な人材を育てていく。教育改革こそが、日本にとって最大のチャレンジじゃないでしょうか。
―― 竹中さんは「東大民営化」を言われていますね。
竹中 強い経済をつくろうと思ったら、強い教育機関がないと絶対にダメだということです。経済の基礎は人です。「人づくり」は教育です。日本で一番最先端だと言われて、一番たくさんのおカネを使っている東京大学が、いったい世界で何位ですか。
―― 大学ランキングで20位にやっと入ったぐらいですね。
竹中 17位ですよ。かつてGDPで世界第2位となった日本の大学が世界100位の中に4校しか入っていないのです。実は中国が4校入っています。日本よりも1人あたりの所得がはるかに低い中国ですら、日本と同じレベルに到達している。裏を返せば、相対的に見て、いかに日本の高等教育が遅れているかということです。少なくとも東大は、世界のトップ3、せめてトップ5には入ってほしい。
東大をトップ5に入れるにはどうしたらいいのか。それは徹底的に競争してもらうことです。文部科学省の制約から解き放つことです。文科省には運営補助金を出さないようにして、むしろ競争研究資金でやってもらいたい。これは民営化ということです。
ちなみに、世界のトップ5の大学に、国立大学なんか1校もありませんよ。どこも私立で競争している。もちろん、寄付税制も整備しないといけませんが、日本もそういうことに挑戦していかなければいけない・・・
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