1月下旬、「トヨタバッシング」の動きが全米で吹き荒れた。
それが政治的に仕組まれた意図的な動きだったのかどうか、私が見聞きする限り、日本のメディアで論証したところはない。陰謀論を弄することは簡単である。また「政治的な意図が感じられる」といった印象論を述べることもたやすい。けれども本質は見えていない。
トヨタのアクセルペダルの問題は、今年に入ってから浮上したわけではない。ロサンゼルス・タイムズによれば、1999年にすでにアメリカ市場で報告されていた。以来、トヨタ車のアクセルペダル関連の事故は、累計で815件に上っている。
けれども、アクセルペダルの加速問題はトヨタ車だけでなく他社メーカーでも見られる。2008年型に限っても、アメリカ運輸省道路交通安全局(NHTSA)には多くの加速問題での苦情が寄せられていた。そのうちトヨタ車への苦情は全体の41%だったが、他社が対象車をリコールしたわけではない。
そうした中、トヨタは1月21日、アメリカ国内だけで8車種230万台のリコールを発表。その後も別の問題でのリコールが続き、全世界で累計1000万台を軽く超えてしまった。
1月にオバマ政権がトヨタにリコールを迫ったかどうか、定かではない。トヨタ側はあくまで「自発的な決定」としているが、本当のところはトヨタの経営トップとオバマ政権の高官のみが知る領域かもしれない。
確かにことは、1月から2月にかけて、民主党主導の連邦議会、運輸省(オバマ政権)、民事訴訟を起こす弁護士たちが「トヨタバッシング」という渦を形成したことだ。ピークに達したのは、豊田社長が連邦下院の公聴会で証言した2月24日前後である。
4月に入ると、消費者団体の雑誌『コンシューマー・レポート』がレクサスGX460の横転の危険性を報告し、「買うな」とまで書いた。トヨタはすぐに販売を停止し、同車のリコールに踏み切った。またアメリカ運輸省はトヨタの問題処理の遅れを理由に、制裁金1637万5000ドル(約15億4000万円)を科すと発表し、トヨタは支払いに同意した。
しかし、たび重なるリコールがあっても、4月末にはアメリカ国内のトヨタバッシングは沈静化してきた。
なぜだろうか。
アメリカ国内に反トヨタの動きがあることは確かだが、同時にトヨタ擁護の勢力もあった。たとえば、ラジオのトークショー司会者ラッシュ・リンボー氏は、「現在GMのオーナーとなっているオバマ政権(GM株の61%を所有)が、(自国の自動車業界を守るため)トヨタを攻め立てたと見ていい。これはチンピラの政治である」とまで言った。
フォックスニュースのキャスターの一人、ニール・カブート氏もトヨタへの援護射撃を行った。その内容はオバマ大統領が中間選挙で全米自動車労組(UAW)の支持を確保するため、トヨタ問題を利用したというものだ。
「トヨタのリコール問題は、現在窮地に陥っているアメリカの自動車メーカーにとっては願ってもない機会であり、(オバマ政権にとっても)天から贈られたプレゼントのようなものだ」
さらにワシントン・エグザミナー紙は社説でこう書いた。
「オバマ政権がGMとクライスラーを救済したので、両社のライバルであるトヨタを『シカゴの手口(アル・カポネ風の非情なやり方)』で犠牲にしたと考える方が自然だろう」
こうした声は確実に特定層の市民にとどいている。特に保守層に受け入れられている。GMやクライスラーを救済するため、成功しつづけるトヨタを一度蹴落とす必要があったとの論理である。
けれども冒頭で述べたように、オバマ政権が意図的にGMやクライスラー擁護のためにトヨタを攻めたという確固たる証拠はない。保守系メディアがオバマ政権を攻撃するためにトヨタ側に身を寄せることは自然な流れだ。
そんな中、シンガポール国立大学東アジア研究所のラム・ペン・ア研究員は『エポック・タイムズ』で、トヨタ問題についてこう論じた。
「今回のトヨタ危機は、日本の秀逸な自動車製造業の終わりを予兆するものではない。今でもトヨタはアメリカで20万人以上の雇用を生み出し、7州で事業を展開している。そのうち4州の知事はすぐにトヨタ擁護の立場に回った。トヨタはすでにアメリカ企業と言える。今回の問題はトヨタが抱える日本企業のグローバリゼーションへの問題点をあぶりだしはしたが、すぐに適切な解決策を見出していくに違いない」
「トヨタバッシング」が沈静化しているさらなる理由は、過去数十年をかけてアメリカ国内で築き上げられたトヨタ車に対する品質の信頼は、過去数カ月のリコール問題では大きく揺るがないということである。リコールはほとんどのメーカーが経験している。アクセルペダルの問題は、運転者に問題があると考える人も多い。
事実、フォックスニュースの最新の世論調査では、トヨタ車のオーナーの92%は子供にもトヨタ車を運転させると回答している。「運転させない」と答えたのは7%に過ぎない。
GMが経営再建にむけて順調に歩を進めている中で、トヨタもすぐに再浮上してくることは間違いない。
堀田 佳男
1957年東京生まれ。早稲田大学 文学部を卒業後、ワシントンDCにあるアメリカン大学 大学院国際関係課程修了。大学院在学中に読売新聞ワシントン支局で1年間助手を務める。卒業後、米情報調査会社に勤務。アメリカの日刊紙の日本語ダイジェストの執筆・編集に携わる。永住権取得後、1990年に会社を辞して独立。以来、ジャーナリストとして政治、経済、社会問題など幅広い分野で精力的に執筆活動を行っている。25年の滞米生活後、2007年春帰国。
著書に『大統領はカネで買えるか?』(角川新書)『大統領のつくりかた』(プレスプラン)など。
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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