2008年
1337号(8月25日〜8月31日)
新所長日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク・センター 『山田 宗範 氏』

食は関西にあり――文化産業戦略の仕掛人

山田 宗範(やまだ むねのり)
1958年4月7日生まれ。大阪出身。京都大学法学部卒業。米ジョーンズ・ホプキンス大学にて国際公共政策修士号取得。81年通商産業省(当時)入省。94年大臣官房法令審査委員、97年大臣秘書官、04年愛知万博事務局長補佐などを経て、08年8月に現職着任。趣味は登山。タイには単身で赴任。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク・センターの所長に、8月1日付けで着任した。前任の加藤洋一氏より、通商産業省(当時)入省で2年先輩にあたる。都度、若返りを図る人事の通例に照らし合わせると、異例の抜擢だ。ジェトロ本部、それに経済産業省が日系企業の橋頭堡として、同センターの機能と役割を重視していることがうかがえる。

 同センターへの着任前は、経済産業省近畿経済局総務企画部長として2年間、『関西文化産業戦略』の陣頭指揮を執った。

 「日本はよく貿易黒字が指摘されますが、対イタリアとフランスは(貿易)赤字です。ワインやパスタなどの食品に世界的なブランド品があるからです。その背景には、皆があこがれる仏伊の『文化や感性』があります」

◆タイは「文化と感性の発信地」

 山田氏は、「文化は産業活動の資源」という考えから、「文化の産業化」と「産業の文化化」を推進した。前者は文化を担うサービス産業の振興であり、後者はモノづくりやサービスに文化の香りを取り入れることを指す。対象は、コンテンツや食。

 「関西には優れたコンテンツが多い。手塚治虫アニメ、任天堂などのゲームに加え、歌舞伎、文楽、能をはじめ、宝塚やよしもとなど、ライブ・エンターテイメントも盛ん。特に、コンテンツの充実は、都市の魅力を高めます」

 山田氏によれば、アジアの中でもタイは、世界の人々を引き付ける魅力がある。言わば、「文化と感性の発信地」。日本のコンテンツがタイをはじめとする各国の異文化に出会い、磨かれ、新たな方向性を見出すことを期待しているという。

 「文化や感性をいかに産業に応用していくか。1+1=3になる発想でお手伝いをしたい」と抱負を語る。

 さらに、「食」。日本の人口が減少する中、外食・食品加工などの関連産業は海外展開を模索している。しかし、海外進出や展開を支える人材層が不足しているという。山田氏は、関西食文化のキーワードとして広く知られている『食は関西にあり』の仕掛人。発想の根底には、ただ美味しさを宣伝するのではなく、文化的背景をもった広範な視点で食を再認識する見地があった。これは学問においても然りだ。

◆日本初、共同大学院に尽力

 「従来、日本は農学、栄養・生理学を別々に教えています。人間と動物との差である『共食』と『調理』という特徴に基づく食文化を教える大学もありません。これらに食ビジネスの経営学などを加え、食に関して総合的に教え学べる日本で唯一の機関を作ろうと呼びかけ、大阪市立、大阪府大、同志社、関大の4大学で立ち上げることになりました」

 日本初のスキームによる共同大学院は、2010年に開学の予定だ。次世代の食の担い手を輩出する同大学院の開学まで見届けたかったのではとの問いに対し、山田氏は「『行政は継続』ですから」ときっぱり答えた。すでに山田氏の目は、バンコク―ASEAN―アジアに向いている。

 なぜなら、9月10日には、早くも大仕事が控えるからだ。日本人商工会議所は、東南アジア諸国連合(ASEAN)のスリン事務局長を招き、域内各国の商工会議所代表者らが一堂に会す。これを裏方としてサポートするのがジェトロだ。

 「ASEANが(発展に向けて)一体化できるような各種制度やインフラ整備に対する課題、それに日系企業のニーズなどを事務局に伝えていきます」

 ジェトロ・バンコク・センターの所管は、アジアの中で中国、韓国、モンゴルを除いた地域、西はパキスタンから東はフィリピンまで及ぶ。同センターは今後も、日系企業のスムーズな経済活動を支援することに加え、同地域の本部としての調整機能、さらにはタイ国内産業の発展・育成と、多方面に取り組む。(聞き手 岩瀬知夫記者)