住み始めた支局4階の部屋が市電の路線に面しており、かなりうるさい。しかし文句は言えまい。建物よりも市電の方が昔からあるのだから。
熊本市民にとって、路面電車は生まれた時からそこにある、当たり前の風景の一部だろう。だが県外から来た者にとっては珍しい。全国各地を転勤してきた私も、初めて市電の走る町に住む。
今月、北陸から赴任したばかりの記者が、原稿で「市電の駅」と書き、地元出身の記者から「市電の場合、駅ではなく電停だ」と訂正されていた。私もその時初めて「そうだったのか」と知った次第である。出身県の栃木をはじめ、東北・関東地方に市電はない。
都市の公共の足である地下鉄と路面電車を比べると、東京や大阪で地下鉄を使わない移動はあり得ない。今どき東京に行ったことのない人は少ないだろうから、全国各地の人にとって、地下鉄には何の驚きもない。しかし路面電車は違う。どちらが観光に有利かは明らかなことである。
近代の都市化の歴史で路面電車が流行した時期があり、熊本市の市電は1924年に開業した。戦後の高度経済成長期にマイカーが普及し、路面電車が時代遅れとされる風潮が強まった。熊本市でも乗客の多い主要路線以外の路線が消えた。全国の路面電車の形勢は不利だったが、高齢化やエコへの注目で、車より有利な市電は再び見直されるだろう。防災面では地下鉄よりも有利だ。
九州で路面電車が走るのは熊本、長崎、鹿児島の3市だけである。政令市のうち、福岡は地下鉄の都市だ。北九州は路面電車を廃し、モノレールが走る。全国の政令市では、札幌、岡山、広島などで路面電車が走り、個性的な風景を残す。
私は鉄道マニアではないし、市電の騒音に閉口している一人だ。しかしこの際、市電を擁護したい。路面電車の走る政令市、いいではないか。<熊本支局長・大島透>
毎日新聞 2010年4月26日 地方版