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普天間移設―首相、遅すぎた南の旅へ

 袋小路に入った感のある米海兵隊普天間飛行場の移設問題で、ようやく鳩山由紀夫首相が動き出した。

 首相はきのう、鹿児島県徳之島出身の元衆院議員で、いまも島内に影響力があるとされる徳田虎雄氏と会談し、普天間問題への協力を求めた。

 大型連休中の5月4日には、首相就任後初めて沖縄県を訪問し、仲井真弘多知事と会談することも決めた。

 「腹案がある」「職を賭す覚悟だ」と言葉は躍るが、首相はこれまで自分で調整に汗をかいたり、関係閣僚を強力に束ねたりすることはなかった。

 「5月末決着」の期限が迫り、みずから乗り出すほかなくなったのだろう。だが、あまりに遅い。

 国外・県外移設を求める沖縄。現行案が最善とする米国政府。県内移設に反対する連立与党の社民党。すべての要求を満たす最適解は、ありえない。はじめからわかっていたはずである。この8カ月近く、何をしていたのか。

 首相が固めた移設案は、沖縄県名護市の辺野古沿岸部を埋め立てる現行案を修正し、桟橋方式で滑走路を建設するとともに、ヘリ部隊を徳之島に分散させるというものだ。

 「最低でも県外」と約束してきた首相にしてみれば、少しでも徳之島に負担を分かち合ってもらえれば形が整うという思いなのだろう。

 しかし徳之島では島民の約6割が参加し、反対集会が開かれたばかりだ。徳田氏も、受け入れは「無理だ」と首相に明言した。過疎に悩む地域に振興策と引き換えに基地受け入れを迫るのでは、辺野古移設と何ら変わらない。

 「県外」を模索することはいいとしても、沖縄と同様、戦後の一時期、米国に占領された歴史を持つ徳之島で、米軍基地に抵抗感が強いのは当然である。そういう徳之島を安易に「県外」と位置づける発想に、そもそもの疑問を禁じ得ない。本格的な解は、時間と大変な労力をかけてでも「本土」を探ることにあるのではないか。

 政府が検討中の案が五月雨式に報道される一方で、首相や関係閣僚は「まだ何も決まっていない」と口をつぐむ。そんな態度が沖縄県はじめ、移設先として名前のあがった地域の住民を翻弄(ほんろう)し、政府への不信を高めてきた。

 この問題をどう解決しようとしているのか。首相は沖縄県知事に対し、自らの考えを明確に伝えなければいけない。先日も大規模な県民大会が開かれ、「国外・県外移設」を決議した。もはや「腹案」では通らない。

 結局、沖縄県内に引き続き負担をお願いせざるをえないと考えているなら、なおさらである。普天間の危険性除去と沖縄の負担軽減をどう両立させるのか胸襟を開いて語り合うべきだ。

 首相の遅すぎた南への旅は、重苦しいものになる。

死刑破棄―事実に向き合う重い責任

 裁判員の候補者名簿に名前が載っている人はもちろん、今回の最高裁判決の報道に接して身の引き締まる思いをした国民は少なくないのではないか。

 8年前に大阪で起きた殺人事件で、最高裁は無期懲役とした一審と死刑を言い渡した二審の判決をいずれも破棄し、審理を差し戻した。被告が犯人かどうか疑問が残るとの判断である。

 自白など犯行と被告とを直接結びつける証拠はなく、犯人ではないかと推認させる状況証拠があるだけだった。

 5人の裁判官の意見は分かれた。4人は、一、二審判決は事実を誤認した疑いがあるとし、1人は犯人と認めるだけの立証がされていると反論した。多数意見の4人も一様ではない。3人は無罪の色合いをにじませ、1人は今後の審理次第だが有罪方向での認定もありうるとの立場をとった。

 事実を認定することの難しさ、厳しさを、判決は突きつけている。手続き上、今後の差し戻し審は裁判官だけの審理になるが、市民が参加する裁判員裁判でも、こうした困難な事件に向き合わなければならないのは同じだ。

 注目されるのは、今回のようなケースで有罪と判断するためには「様々な証拠によって認められる事実の中に、被告が犯人でないとしたら説明のつかない事実が含まれている必要がある」とする多数意見の判断だ。

 これは、「被告が犯人だという前提に立てば、すべての事実が矛盾なく説明できる」という程度では有罪としてはいけないという指摘であり、慎重な事実認定を求めたものだ。刑事司法の原則に沿った考えと評価できよう。これからの裁判でどのように生かされるのか、見守っていきたい。

 とはいえ、言い回しの難しさもあって、裁判員の胸にストンと落ちるのは簡単ではないだろう。「通常の人が疑いを差しはさむ余地があるうちは、有罪と認められない」「合理的な疑いを入れない程度の証明が必要である」。こうした刑事裁判のルールを、分かりやすく懇切丁寧に伝えることが、裁判官をはじめとする法律家の務めだ。

 事実を見極めることへの「おそれ」は常に持たねばならないが、そのあまり、裁判に参加すること自体に「恐れ」を招かないよう、専門家がしっかりサポートする。裁判員制度を円滑に運営していくための基盤である。

 捜査当局の責任も重い。今回の判決でも、証拠物の収集や鑑定の不備が指摘された。取り調べ段階での警察官の暴行の有無も争点になっている。地道な捜査を行い、聴取の過程を記録してたどれるようにしておけば、このような混迷は防げた可能性がある。

 司法が大転換期にあるいま、裁判とは何か、刑事責任を問うというのはどういうことか、これまで以上に議論を深めていかなければならない。

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