昨年4月14日、広島市立基町小(中区、児童133人)の遠足。集合写真に、1年生だった益田旭(あきら)君(7)がうつろな表情で写っている。当時、旭君は中国から来たばかり。日本語はまったく分からなかった。
旭君は祖母が中国残留孤児。その息子にあたる父・益田才智さん(43)は90年に来日した。01年に留学生だった中国人の于傑(うけつ)さん(32)と結婚。02年に旭君が生まれた。
「中国か、日本か」。両親は両国を行き来して暮らす中でどちらの学校に入れたらいいのか迷った。一昨年9月、いったん中国の小学校に入ったが、最終的には才智さんが働く広島で家族一緒に暮らした方がいいと考えた。旭君は昨年4月に来日。不安を抱えたまま基町小に入学した。
旭君は当初、通学を嫌がった。「みんなが何をしゃべっているのか分からなかった」。于さんが毎朝、旭君の手を引いて登校した。入学直後にあった遠足では、地面に敷くシートを持参するように言われたが、言葉が分からずに持って行けなかった。腰を下ろして弁当を食べる場所がなく、べそをかいた。
外国にルーツを持つ児童が約4割を占める基町小で、専任教師5人態勢で日本語を教える「世界なかよし教室」。旭君は、ここで少しずつ言葉を身に着けていった。分からない言葉は、先生が中国語を交えながら丁寧に教えてくれた。中国から来たクラスメートや上級生たちも助けてくれた。「1人じゃない」。安心感があった。
世界なかよし教室は、異国での子育てに不安を持つ保護者の支えでもある。母親の于さんは「持ち物や学校の規則が分からない時には先生に聞けるし、育児の悩みも話せるのでありがたい」と話す。
入学から半年たったころ、旭君は日本語で会話ができるようになった。昨年11月の学習発表会で和太鼓を演奏した時には、家でも物をたたいてはしゃぐほど太鼓が好きになった。
1年たった今では、国語の教科書を暗記するほど勉強が好きだし、絵日記も上手に書ける。多くの友だちに囲まれ、旭君は「学校がすごく楽しみ」と話す。于さんは「この1年で表情が180度変わった。本当に成長した」としみじみ語る。
今月13日、西区の大芝公園への遠足。2年生になった旭君は元気いっぱいに遊び、くたくたになって帰宅した。「ママ、楽しかったよ」。額に汗が光っていた。【樋口岳大】
毎日新聞 2010年4月28日 地方版