1999.02.22
スリーマイル島事故の経過
1. 1960年代の花形技術はプロセス制御でした。
自動制御にはシーケンス制御とプロセス制御があります。
シーケンス制御は「燃料の温度が一定値に上昇したことを確認したらバーナーに点火する」という操作順序の制御です。
一方、プロセス制御は「最終製品の品質を一定にするため、品質情報をフィードバックして原料を制御する」もので、当時重化学産業といわれた製鉄や石油化学の制御の主役でした。
当時制御に多用されたのは空圧式自動調節弁でした。空圧弁の脇役として電磁弁も使われました。空圧式自動弁は空気圧とばねの力をバランスするように設計されていますが、バランスが崩れると開き放しや閉じ放しになります。電磁弁も電磁力とばねの力でオン・オフ動作をするので、開き放し・閉じ放しのトラブルが多発しました。弁の内壁と弁体が摩擦で引っかかって、途中で動かなくなるという故障も多発しました。
さらに自動弁故障時の代替用として、又、試験時の手動操作用として、自動弁に直列及び並列に手動弁が付いていました。しかし、自動弁の動作に注目しすぎたため、補助的に取り付けてある手動弁の開閉状態を間違えているのを見逃してしまい、緊急時に役立たなかったことも多かったとされています。
1980年代になってから空圧式自動弁を減速ギア付き電動機で開閉する電動弁に取り替えるようになりました。電動弁の動作は空圧弁と比較して若干遅くなりますが、確実に動作します。さらに弁の全開全閉の位置にマイクロスイッチを取り付けて、開閉状態を制御室に表示させるようにしました。
スリーマイル島の発電所は弁の開閉状態を制御室で表示できるようにした制御方式の初期の段階でした。事故当時、多数の弁の表示が「異常」を示したため、どれを優先的に扱ったら良いか判断しにくい状態になったことが、対応を誤らせて大事故に結びついたとされています。
スリーマイル島事故の教訓から、「どれを最優先に扱うか」を重視し、それを取扱手順書と制御室内表示の両方で運転員に示そうとするヒューマン・ファクター(人的要素)研究が盛んになりました。
重化学産業が花形だった頃、自動制御は、故障するとプラント全体が停止して、影響が大きいという理由で実績のある企業に発注する傾向が強く、トップ企業が市場を独占する傾向を生じました。日本の石油化学分野の自動制御では横川電機が、鉄鋼は北辰電機が、空調は山武ハネウエルが高いシエアを占めていました。
そして、自動制御の故障の主因は弁関係であるという総論的情報は外部にも流れていましたが、故障の実例が公表されたことはありませんでした。
それだけにスリーマイル島事故の報告を聞いたときは貴重な情報だと思いました。原子力関係は情報公開が原則ですが、それを貴重な情報源として扱わず、「故障の情報が多いから原子力は危険」として扱ったのでは、人類の進歩は望めないという立場で以下の説明を書いています。
雑誌「原子力工業」vol.25No.9(1979/9)「TMI原発事故その原因と責任」水口哲p65-70によると以下のような経過でした。前記文献のP68に略図があります。また、p25第一表にB&W社の見解が出ています。
この経過を見ると、弁の故障とその不完全な管理がトラブルの発端になっています。
2. 事故の第一の原因は緊急冷却用の弁が閉じたままで放置されていたことでした。
他の産業でも、自動弁の故障に備えて、必ず直列及び並列に手動弁を置くのが原則ですが、この手動弁の開閉設定を間違える事故が意外に多かったことは事実です。特に緊急注水用で、通常は使わないはずの自動弁を全閉状態にしたのに漏洩を生じているような場合、直列配置の手動弁を締めて漏洩を止めてしまう例が現実にあって、緊急時に役に立たないという場合があり、スリーマイル島事故もそれに似た例だと言われました。
[(原子力工業、vol.25No.9(1979/9)「TMI原発事故その原因と責任」水口哲p66)そ
もそもの発端は二次冷却水系のポンプが故障したときに、補助給水系ポンプが設計通りに自動作動したにもかかわらず、その下流のバルブが閉じたままであり、それに気づくのに約8分かかった]
[(同p25、B&W社の見解)バルブ開閉の判定及び操作は制御室からでも可能である。]
制御室に弁開閉状態の表示を多く取付けすぎて、どれが問題の弁か確認しにくいことがスリーマイル島事故を拡大させた最大の原因だとされました。
3. 自動弁のトラブルが次の事象の原因になりました。
原子炉の冷却が不十分で、原子炉内で蒸発が始まると圧力が高くなり、その圧力を逃すため、加圧器逃し弁が自動的に開いて、圧力容器内のサンプ(水溜)に一次冷却水を放出します。これは正しく動作したのですが、炉内圧力が下がったのに弁は開き放しになったままで閉じなかったため、炉内の一次冷却水が大量に流出しました。
この結果、炉内の冷却水が不足する一方、サンプの水位が上がりました。水位が上昇したらサンプの水を補助建屋に自動的に汲み出す設計になっていたことから、補助建屋から放射能が漏れました。
[(同p66)設計通りに自動的に開になった加圧器逃し弁が設計通りに自動閉鎖せず、手動閉鎖まで2時間以上かかった。その間に炉内の水がサンプに流出した。]
(同p25、B&W社の見解) 加圧器逃し弁が閉じなかった原因は不明。そのような場合、手動閉鎖装置があるのにオペレーターは2時間以上それに気が付かなかった。
4. 炉内の燃料損傷を生じた最大の原因は水位の誤判断だとされました。
炉内の水が不足すると高圧炉心注入系から注水します。この機能は設計通り作動しました。しかし、炉内の水量を加圧器の水位計で判断するシステムになっていて、加圧器の水位が上昇したので、炉内の水が十分あると考えて高圧炉心注入系による注水を止めてしまいました。実際は炉内が過熱状態になって蒸発を起こし、水を加圧器に押し戻したことが加圧器の水位上昇の原因でした。
一般ボイラーの場合、蒸気を放出しすぎて圧力が低下すると、泡立ちが激しくなり、水量が減っているのに水位が高くなります。給水すると泡立ちが沈静化するので、水量が増加しているのに水位が低下します。
スリーマイル島でもこれと似た現象が生じ、炉内は蒸気発生で水位が低下しているのに、加圧器の水位は炉内蒸気の圧力で押し上げられた形で上昇していました。
[(同p66)高圧炉心注入系(HPCI)を早く切りすぎた。高圧炉心注入系は設計通り自動作動したが、加圧器の水位が上昇したため炉内水位も十分に上昇したと判断して切ってしまった]
(同p25、B&W社の見解)オペレーターは水位計のみで判断したが、LOCA(冷却材喪失事故)の運転手順ではHPCIを水位が安定するまで、及び、一次系圧力が1600psi(ポンド/平方インチ)に保たれるまで作動し続けることになっている。加圧器の水位計と圧力計は制御室パネルに隣り合わせにあり、両者を同時に読取ってその信憑性を判断すべきである。
5. ウエスチングハウス型は緊急炉心冷却系(ECCS)動作という事象が発生したら、直ちに格納容器を隔離(外部に通じる配管の隔離弁を全部閉鎖)するシステムですが、B&W型は格納容器の圧力が高くなったら隔離するので、隔離が遅れ、かつ、サンプの水位が上昇したら自動的に補助建屋にサンプの水が汲み出す設計だったために放射能漏れを生じました。
[(p66)格納容器の隔離が早期に行われなかった。格納容器から出ている全ての配管は格納容器の内圧が4psiにあがったとき自動的に閉じる。約4時間後までこの隔離がなされなかった。]
[(原子力工業vol.25No.6(1979/6) 「TMI原子炉事故の経緯と影響」山田大三郎p11)格納容器内の水が補助建屋に移ったのは設計通り。通常はECCS動作で格納容器内外を結ぶ配管は完全閉鎖されるが、この発電所は格納容器内圧が4psiになって初めて隔離する。]
(同p25、B&W社の見解) 格納容器隔離システムはB&W社の範囲外、しかし、格納容器サンプから補助建屋への移送ポンプは再評価する必要があろう。
6. 一次冷却水の循環ポンプがキャビテーション現象を生じたという理由でオペレーターが運転を停止したことも事故を拡大した原因とされました。
高温水を循環させている遠心ポンプの内部で高温水の圧力が低くなって蒸気が発生すると、又は、既に蒸気を含む水を吸い込むと、送り出す水量が急激に低下します。これをキャビテーションと呼びます。キャビテーションを生じると高い異常音を生じますので、オペレーターはあわてて停止する傾向があります。キャビテーション状態で長期間運転すると羽根車の表面が浸食されて孔があきます。その一方で必要動力が軽くなるので羽根車以外の部分には「過負荷による故障」を生じません。従って、数時間という短期間なら運転を継続しても支障はないとされています。また、長時間運転を続けて、羽根車に浸食による孔があくと性能は落ちますが、そのまま運転を続けて定期点検時に羽根車を交換すれば良い例が多いとされています。
(同p25、B&W社の見解)加圧器逃し弁の開き放しと高圧炉心注入系の早期運転停止により、一次系の圧力が低下し、水が沸騰、ポンプに蒸気が混入し、キャビテーションを起こした。しかし、オペレーターは常に「冷却材確保」を念頭に置くべきだった。
1999.03.01
チェルノブイリの放射線被害
1.チェルノブイリ事故は1986年4月に発生したので、1996前後には10周年の国際会議が開かれました。
(「原子力工業」1996年10月p34−37「国際会議チェルノブイリから10年:事故影響の総括に出席して」、斎藤公明)によると[1995年11月WHO主催の会議がジュネーブで、1996年3月EC、ロシア、ベラルーシ、ウクライナ共催の国際会議が、4月にIAEA、UNDHAの主催で国際会議がウイーンで開かれた。]とあります。
上記の会議の内、1996年4月に開かれた「チェルノブイリ10周年(One Decade After
Chernobyl)国際会議で、事故の後遺症についての発表が行われたと聞いています。
そこで、「消火時の無茶な活動で被曝した急性放射能症」以外で放射能の後遺症が見られるのは「小児の甲状腺がん」であり、他の症状は統計的に有意でないという報告があったと聞きました。
甲状腺がんも軽視すると重大な結果を招きますが、注意深く観察できれば最も治療しやすいがんとされています。
多分、これと情報源が同一だと思いますが、以下の記事が原子力工業1996年10月のチェルノブイリ10周年特集記事で紹介されています。
2. 甲状腺がんについて統計分析をできる程度に詳細な調査をするのには日本からの支援が大きな役割を果たしました。
(原子力工業1996年10月p18-23、「放射線健康影響調査から学んだこと」長滝重信)では、以下の記事が出ています。
[(同上p20)(長崎での被害の長期追跡では)自己免疫性甲状腺機能低下症が被曝後40年を過ぎて初めて増加が確認された。…笹川記念保健協力財団のプロジェクト(1990-1995に50億円)は長崎の調査方法と同一にし、超音波診断器、全身の放射能測定器、血球分析器などを積み込んだバスを作製して事故時10才以下だった子供を対象に調査した。各センターにおける甲状腺がんの頻度はいずれも日本、欧米に比べて高く、とくにゴメリ地区においては100倍以上も甲状腺がんの頻度が高いことが証明された。これは、実際にスクリーニングを行なって甲状腺がんの頻度を調査した唯一の報告である。]
3. 消火の際に「放射能を無視して、かなり無茶な作業をした」ことは良く知られています。それによる急性放射線症の被害については以下のように示されています。
[(同上p20)事故時の現場作業員中499名が経過観察のため一時病院に収容され、237人が放射線障害の疑いを持たれ、最終的に134名が急性放射線症と診断された。このうち28名が3ヵ月以内に急性放射線障害で死亡し、別に2名が事故炉での外傷死、1名が冠動脈血栓症で急死したため、死亡者総数は31名であった。その後現在まで10年間にさらに14名が死亡しているが、被曝線量や死亡原因から見てこの14名は必ずしも放射線被曝とは関係しないと考えられた。]
4. 甲状腺がんの精密な調査結果
[(同上p20)1995年末までに事故時14才以下の子供約890名で、うち400名以上がベラルーシからであった。甲状腺がんの増加が見られたのは事故前か事故後6ヵ月以内に生まれた子供に限られており、事故後6ヵ月以降における出生児の甲状腺がん発生率は非被爆者と同じレベルまで劇的な低下を示していた。甲状腺がんと診断された患者のうち、今日までに死亡したのは3名にすぎない。チェルノブイリ事故後に発生した小児甲状腺の乳頭部のがんは、その悪性度にもかかわらず、標準的な治療法が適切に実施された場合には良好に反応したようである。]
5. 長期的健康影響
甲状腺がん以外の影響については、信頼性の高い精密調査が行われていないのは事実ですが、死因統計等の常識的データからは「放射線による有意な死亡増加」は見られなかったとされています。
[(同上p20)小児甲状腺がんの発生増加が確認された以外に特定部位のがんが増加したとの報告もあるが、データに一致性がない。
理論的には放射線に起因する白血病死が少数ながら増加するはずで、汚染地域や高度管理区域に居住する710万人のうち、470人程度の過剰死亡が期待される。ただし、この程度の過剰死亡者を自然発生による白血病死亡者25000人より識別するのは不可能である。
1986−1987年の汚染除去作業者20万人については、白血病による生涯の自然発生死亡者数は800人と推定されるのに対して過剰死亡の期待数は200人程度であり、事故後の10年間についていえば、自然発生死亡者数の40人に対して過剰死亡は150人と計算される。しかし、白血病や甲状腺がん以外のがんについては今までのところ放射線によって増加したという一致してデータはない。]
1999.03.08
チェルノブイリでの被曝状況
1. 累積被曝量の単位
被害の基準として最も多く使われるのが、線量等量です。これは累積量で、単位が1977年以降レム(rem)からシーベルト(Sv)に変わりました。
1Sv(シーベルト)=100rem(レム)です。一般にはその1/1000の1mSv(ミリシーベルト)が多く使われます。
シーベルトは累積量なので、「その場所に1年間いれば1ミリシーベルトになる」という年間値として使われる例が多く、以下に引用した文献でも「地球上の(自然放射能の)平均は2.4mSv、一生を70年とすると(2.4×70=)約170mSvの生涯被曝線量」
という表現が使われています。
自然放射能は宇宙線及び地中からのラドン・ガスによるもので、日本での測定例は「図解原子力用語辞典第3版、日刊工業新聞社」1983年の「自然放射能」の項に出ています。それによると34−170ミリレム(0.34−1.7ミリシーベルト)と比較的低くなっています。世界的平均値は2−3ミリシーベルトとされていて、その60%がラドン・ガスによるものとされています。特に北欧はウラン含有率の高い花崗岩地帯が多いため、世界的基準値の3倍の自然放射能を受けていると報告されています。他にも高い地域がありますが、自然放射能の地域分布とガン発生率の間には相関性が無いとされています。
チェルノブイリ事故が起きた1986年当時のソ連では、(その場所に1年いたとして)75レム(0.75シーベルト)なら強制避難、25−75レム(0.25−0.75シーベルト)なら官庁判断で避難命令を出すという基準が報道されていました。
職業的従事者の国際基準(1985年ICRP)では5レム/年(50mSv/年)で確率的影響を生じ、500mSv/年で非確率的影響を生じるとされています。この延長として、数千mSv(=数シーベルト)になると死亡者が出るはずだと考えられています。
放射能即ち放射性物質の強さはキューリーからベクレルに変わり、1ベクレル=27ピコキューリーの換算になっています。
健康に影響するのは揮発性の放射性物質で、短期的にはヨード、中期的にはセシウムが問題になります。
人が触れてはならない汚染限度が1平方センチ当たり4ベクレル(α線)(朝日(夕)1999/04/06)とされています。
2.吸収線量
偶発的に1回だけ放射線照射を受けたときに使います。
放射線を受けたときの吸収エネルギーを吸収線量といい、ラド(rad)からグレイ(Gy)に変わり1Gy=100radになっています。
吸収線量の影響については、世界大百科事典(平凡社)の「放射線障害」の項に詳細な説明があります。
3.チェルノブイリによる放射線被害
[(原子力工業1996年10月p11-17「チェルノブイリ事故による環境への影響の現状」大畑勉他)原子炉に保有していた放射性物質の外部への放出量
原子炉から環境に放出された割合は希ガス類100%、I、Cs等の揮発性物質が20−60%、SrやPu等が3−6%と見られている。
線量評価
30KM圏内では内部被曝量と外部被曝量がほぼ同程度、屋外80−200nGY/h、屋内50ー100nGy/hである。屋内線量率は日本のバックグラウンドの1−2倍程度である。事故の10年後にCs−137のみでこれだけの寄与があることは高い汚染であることに変わりはない。
食品への影響
I−131は半減期が短いため数ヵ月後には問題にならないレベルまで減少した。放射性Csは1986年に最大濃度11−18MBq/m3を示したが、1991年には国際貿易の食品基準値1000Bq/kgを下回っている。]
[(原子力工業1996年10月p24-28「チェルノブイリ事故後の健康影響について」重松逸造)1986-1987年における汚染除去従事者20万人、1人平均100mSv(ミリシーベルト)程度、このうち約10%は250mSv程度、数%の人が500mSv以上の被曝と推定される。事故初期の作業者数十人については数千mSv(数Sv)といった致死量の放射線を浴びた可能性がある。地球上の平均は2.4mSv、一生を70年とすると約170mSvの生涯被曝線量になる。
チェルノブイリ周辺指定地域よりの疎開者11.6万人、10%以上が50mSv以上、5%以下が100mSv以上]
4. 放出した物質量
[(原子力工業1987年9月p52「チェルノブイリ原発事故における医療」蔵本淳)1986年4月26日早朝に発生したソ連ウクライナ共和国チェルノブイリ原発4号機の爆発事故は冷却装置の操作ミスによる蒸気爆発、膨張したウラン燃料棒に加熱されたジルコニウムと水蒸気の接触により発生した水素の爆発、黒鉛発火が重なって死の灰が広範囲に散布される結果となった。運転開始から事故発生までの860日間に消費されたウラン235は約1100KGと計算され、広島原爆1100発分の死の灰が炉内に貯まっていたと計算される。半減期の長いセシウム137は4号炉に600万キュリーあって、その30%が放出されたと推測されている。広島原爆では4000キュリーのセシウム137が生じたとされているので、広島原爆500個分に相当する規模とも言われている。]
/POST
1999.03.15
スリーマイル島事故の放射能洩れ
1. 最初の事故報道
[(日経(夕)1979/3/29)ペンシルバニア州メトロポリタン・エディソン社の906メガワットの第2原子炉が給水ポンプの機能不良によって自動停止した。放射能は1.2メートルのコンクリート壁を突き抜けて、1.6km離れた地点で検出された。同プラント周辺の住民に退避命令が出された。]
実際には、格納容器内の水を遮蔽対策が不十分な補助建屋に移送する設計だったため、放射能が漏洩したのですが、格納容器で放射能が流出しないようにしているという信頼感が崩れた事が、その後の原子力政策に大きな影響を与えました。現在では、炉心から格納容器サンプ(水溜)に流出した水を再循環して冷却水として炉心にスプレーするようにして、放射能を帯びた水を格納容器外には出さないようにしています。
2. 漏洩した放射能
[(平凡社世界大百科事典「原子炉事故」の項)スリー・マイル・アイランド発電所の事故では,放射性希ガスが250万キュリー,ヨウ素が15キュリー放出されたが,公衆の被曝は最大で100ミリレム,集団線量で約3300人レムで,有意な健康障害は発生しないだろうとされている。ただし,事態の進展中の防災関係者とプラントの間の連絡の悪さと関係者の誤判断が重なって公衆に退避を勧告したので,その結果公衆に強い心理的ストレスを与えたことが指摘されている。]
1999.03.22
スリーマイル島発電所の設備
1. 冷水塔
1979年3月に放射能漏れ事故を起こしたスリーマイル島2号機906メガワットは川の中にある長さ3マイルの中州にあります。臨海発電所では復水器を海水で冷却しますが、スリーマイル島発電所は内陸部の発電所に多く見られる型式として、復水器の冷却水を自然通風式冷水塔で冷却して循環使用しているので、この自然通風式冷水塔の巨大な通風塔がシンボルになっています。冷水塔では蒸発熱で冷却しますが、冷却水の不純物が濃縮して復水器の伝熱管に付着するのを防ぐために、循環量の5−10%の水を補給する必要があります。この補給水を河川から取水しています。
2. 過熱蒸気を発生できる蒸気発生器
バブコック・アンド・ウイルコックス(B&W)社製の加圧水炉を使って発生した高温水を蒸気発生器に送っていますが、蒸気発生器では、二次側で過熱蒸気を発生させることにより高効率を出せる設計になっている点が、ウエスチングハウス型と大きく異なります。ウエスチングハウス型蒸気発生器は飽和蒸気を発生するだけなので、一次冷却水が通過する伝熱管は逆U字型になって、二次冷却水中に完全に水没する状態になっていますが、B&W型は一次冷却水を直管型伝熱管の上から下に流します。直管型伝熱管の上方は蒸気を過熱し、下方は水没状態になっていて、蒸気を発生させます。伝熱管の下部で蒸発した二次冷却水が伝熱管の上部に接触することで過熱蒸気になります。
伝熱管を直管にしたため、蒸気発生器の全長が長くなり、原子炉の上に配置すると、設備全体が高くなりすぎるからと原子炉と蒸気発生器を同じ高さに配置しました。そして、原子炉から蒸気発生器までの一次冷却水用連絡配管(ホットレグ)は、原子炉の一次冷却水出口から垂直に上昇し、逆U字状の最高部を経由して蒸気発生器上端の一次冷却水入口に入るようになっています。この原子炉出口から最高部の逆U字状配管までの高さが14.3mありました(雑誌「原子力工業」vol.25No.9(1979/9)「TMI原発事故その原因と責任」水口哲p65-70のP68に示されている略図)。
当初は、原子炉内の冷却水が不足して、炉心で発生した蒸気がこの高温水配管(ホットレグ)最高部の逆U字状配管にたまったことが「自然循環による冷却」を妨げて事故の影響を大きくしたとされました。しかし、後になって、逆U字状配管が問題なのでなく、「冷却水が不足した時に、残った水を炉心に集中させるように炉心より蒸気発生器を高くする」ことの方が重要だという解析が行われました。
炉心より蒸気発生器を上方に配置すれば、ポンプによる強制循環が止まった緊急時でも、最高部の逆U字型配管に水が充満していれば自然循環による放熱が行われます。さらに、事態が悪化して、水が蒸発したり流出したりして、逆U字管型配管部分より水面が低くなっても、ホットレグや蒸気発生器に残った液体状の水が炉心に集まるようにすれば対策を立てるまでの時間を稼げるということが重要な設計基準になりました。
実際に配置図を見れば、上記の14.3mでも高いと感じるのは事実で、直管型蒸気発生器を立てた形で炉心の上に配置すると30m以上の高さになりますが、居住用建物と比較して、鋼材主体のプラントの方が剛性が高いので、高さに対する耐震対策は立てやすいのではないかと言われました。
B&W社の直管式伝熱管を用いた蒸気発生器は、ウエスチングハウス社の逆U字状伝熱管を用いた蒸気発生器と比較して、缶胴が細くなり、二次冷却水の保有水量が少なくなります。結果として負荷変動に対して短時間で応答できる反面、二次冷却水の循環が止まると、短時間で水が無くなり、蒸気ボイラーとしては最も危険な現象とされる空だき状態(ドライアウト)になります。
[(原子力工業v25n6(1979/6)p6-12「TMI原子炉事故の経緯と影響」山田大三郎)B&W社の蒸気発生器は貫流型で二次側保有水量が少なく、2分でドライアウトになる]
B&W社の原子炉(過熱蒸気を発生するので熱効率が高い)
WH社の蒸気発生器(飽和蒸気を発生)
1999.03.29
高速増殖炉と開発方向
1. 15年後には中国・インド・アフリカでマイカー元年を迎えるという前提でエネルギー政策を考えるべきです。
1970年代に南北格差が国連の重要テーマになり、日本も1971年に特恵関税を導入しました。それから、30年近く経って、東南アジアや南米の中進国が「あと一息でマイカー元年といえる所得水準になった」という段階に達しました。今後、15年で中国・インド・アフリカがマイカー元年を迎えられるように支援を行い、かつ、その時になってあわてないようなエネルギー政策を考えておくことが「先進国の義務」だと思います。
その立場で考えると、増殖炉には問題が多いものの、有力なエネルギー発生源の選択肢として開発を進めるべきだと思います。
2. 大型設備の少数設置か小型設備の多数設置か
原子炉は今後も「単機の大型化」よりも「標準品の並列運転」という方向で開発が進むと思います。
GEが提案しているNa高速増殖炉も小型炉を1種類だけ開発して、並列運転して必要出力を出そうというものです。
[(原子力工業、1986/8、p34)GE社が提案しているモジュール型高速炉PRISMは単基13.8KWeの原子炉モジュール3基で1発電ブロック41.5万KWe、3発電ブロックで125万KWeの発電所になっている]
1台か2台の特別設計では、小型炉は割高になりますが、高速増殖炉の需要が本格化したときにも、試験炉を変更しないで量産体制に移れて、かつ、現場工事を減らせて、工場製作分を増加させられるので信頼性が高まるという立場で考えると、小型標準炉を多数製作する方が有利という主張には一理があります。
小型炉の最大のメリットは大部分の溶接を工場で済ませ、現場溶接を最小限にすることです。
ビルの鉄骨も最初は現場溶接が多かったのですが、現場溶接は信用できないと言うことで、工場で溶接した鉄骨を現場に持ち込み、現場ではボルト締めを主体とする工法に切り替わっています。
3. Na漏洩の対策
金属Naは水と接触すると激しく反応しますが、最終化合物のか性ソーダになった後なら比較的安全に処理できます。
従って、溶接部からNaが漏洩して水と反応する瞬間の対策さえ考えれば比較的安全です。
漏洩したが水と反応していないNaは酸素やアルコールと反応させて、中間化合物を作ってから、最終的に苛性ソーダにすれば安全に処理できます。金属ナトリウムの付着した部品、例えばポンプの部品交換では、まずメチルアルコール入りのタンクに浸漬して、ナトリウムとメチルアルコールを安全に反応させてからアルコールを蒸発させて、残渣としてのアルコール化合物を苛性ソーダにしてから処理します。
「もんじゅ」の流出事故のように金属Naが乾燥空気と触れた場合は酸化ナトリウムの粉末になるので、大部分を掃き集めて、最悪の場合でも水で洗い流す形で回収すれば比較的安全な形で処理できるはずです。
4. 増殖炉自体の特色は高温低圧です。
通常の軽水炉は水の蒸発特性により、飽和蒸気を高温にするには高圧にする必要があります。
しかし、高速増殖炉の熱媒体であるNaは液体のまま循環するので、循環流体の摩擦損失に相当する圧力をポンプで発生すれば良いので、低い圧力で良く、炉の耐圧設計は比較的容易です。
機械工学便覧1987年版B6-142ページを見ると、一次冷却材の出口部での温度と圧力は沸騰水炉が288℃、7MPa、加圧水炉が330℃、15.5MPaなのに対して、高速増殖炉は545℃、0.25MPa−1.37MPaになっています。
問題になるのは、繰り返し指摘されているように蒸気発生器の溶接部分に欠陥があったために水と接触する可能性があるという点で、1基当たりの出力を小さくして、Na量を減らし、かつ、溶接部の信頼度を高めるために工場で大部分を溶接して現場溶接を減らすという発想が前述のGE社の提案です。
5. 炉心冷却機能の喪失問題は軽水炉より少ないとされます。
スリーマイル島事故以来、ポンプによる冷却材の強制循環が停止した場合でも炉心の冷却機能を維持することが重視されています。軽水の場合はポンプを使わない自然循環によりどの程度冷却できるか、又、緊急注水を確実に行えるかが問題になります。
自然循環による放熱という点では、水と比較して金属であることから熱伝導が高いので自然循環による冷却能力が非常に高いとされています。むしろ、原子炉外での冷却が進みすぎて、外部配管内で固体化したため、自然循環が不可能になる場合がありますが、その場合でも金属なので高い熱伝導で放熱を続けることができると考えられています。
一次冷却材喪失時の冷却材緊急注入という点では、炉心の通常圧力が非常に低いので緊急注入が容易だとされています。
機械工学便覧1987年版B6-160ページに「もんじゅ」の略図が示されていますが、余剰ナトリウムはオーバーフロータンクに集まり、電磁ポンプで炉心に補給するようになっています。電磁ポンプは非磁性材料のパイプの周囲に電磁コイルを取り付けて、電磁力で金属ナトリウムに流動力を与えるものです。ポンプとしての効率は高くないけれども、パイプの周囲にコイルと取り付けるだけなので、信頼性が高いのが特徴です。
1999.04.05
原子力船「むつ」の軌跡
1. 「むつ」の母港選定
青森県むつ市大湊港を母港とし、原子炉の出力試験は原子炉を船に組み込んだ後で洋上試験として行う方式を採用していました。洋上で放射能漏れを生じたことから帰港を拒否されました。大湊は戦前からの軍港のイメージが強く、政府の施策に協力的だという安易な判断があったようですが、当時はホタテ貝の養殖が本格化していて、養殖ホタテ貝のイメージダウンになると反対されました。そこで佐世保重工で修理した後、下北半島を挟んで、大湊港の反対側(外洋側)にあたる関根浜に新港を作って母港としました。
現在、関根浜には「むつ科学技術館」が建てられています。
「むつ」の事件から私が得た教訓は「内湾はトラブルが出やすい。確実な運用と経済効果を十分検討して、カネがかかる事を覚悟で外洋側を埋め立てるのが望ましい。茨城県鹿嶋港のように掘り込み式にする事も重要な選択肢になる」ということで、これが私の廃棄物処理に関する提案「廃棄物を減らした上で最後に残るものは外洋側の埋め立てに使って、人工干潟を作るか、新潟県寺泊のような観光魚市場にせよ。寺泊の場合は信濃川の分水による堆積でできた土地を駐車場にする事で観光化に成功している」の根底になっています。
[(原子力工業1981/6「原子力船むつをめぐる動向と問題点」菊池渙治p70)原子力船むつは1974年9月1日太平洋上で初期出力上昇試験中に放射線漏れ事故を起こして、50日にわたる漂流を余儀なくされた。むつを帰港させるため、政府・青森県・漁連・むつ市の4者協定で6ヵ月後に新母港を選定し、2年6ヵ月後には母港を大湊港から撤去すると決められた。1978年10月佐世保港に入港して、改修・総点検をするが、その間圧力容器には手を付けないという核封印方式を押しつけられた。
[(原子力工業1978/6「(原子力船開発の現状と展望」p34)昭和49年8月26日むつ港を出港し、9月1日までは順調に諸試験が順調に進められたが、不幸にして出力1.4%で放射線漏洩が発生したため試験を中断し、10月15日帰港以来、原子炉を長期冷態停止とした。(p35)上甲板原子炉ハッチ舷側でガンマ線エリアモニターが警報を発したため、零出力とした。ボロン米を原因探索用遮蔽材として使った調査によりほぼ高速中性子線の漏洩と判明し、圧力容器と一次遮蔽タンクの間の熱絶縁体(遮蔽効果的には効果ゼロ)部からの漏洩と推定され、冷態停止とした。]
2. 設計レビュー
[(朝日1974/9/12)原子炉の設計全般を事前に点検した米ウエスチングハウス社から放射線漏れの怖れがあると指摘されていた。問題のリングは直径2mで圧力容器の一番上にはめられている。最初の設計ではこのリングは厚さ30cmの普通コンクリート製だった。約8000万円で設計の点検を請け負ったWH社はこの厚さでは不十分であり、さらに30cmのコンクリート製リングを追加する必要がある。それもリモナイト・コンクリート(鉄鉱石を含んだ重コンクリート)が望ましいと通知した。同社はこの通知を受けて改良設計にかかったが、ガンマ線を防ぐにはコンクリートより鋼鉄製の方が効果的で工作も容易になるとリングをそっくり鋼鉄製に変えることにした。しかし、鋼鉄製のリングはガンマ線を防ぐには有効でも中性子線をほとんど防ぐことができず、圧力容器周囲から上向きに漏れる中性子線に対しては無防備状態になったと同社軽水炉技術部は判断している。]
[(朝日1974/9/18)予想外の放射線漏れを起こした原子力船むつの原因について、政府は「原子炉圧力容器と一次遮蔽の隙間をふさぐ遮蔽リングが鋼鉄製だったため、中性子線を防げず、設計の1000倍もの高速中性子線が漏れた」と発表。炉心真横の下部遮蔽タンクは中性子線が一番強いところ、この遮蔽がコンクリートでは重くなる。軽くて遮蔽効果があるのは水タンクだが、熱出力をあげて高温になって沸騰しても、空気が入ってもいけない。中性子線が筒抜けになるからだ。中間一次遮蔽体は炉心に通じる一次冷却水のパイプを通すので、ここの構造もややこしかった。中性子線漏れの原因になった遮蔽リングは上部一次遮蔽体の一部である。むつ原子炉の設計を事前点検した米ウエスチングハウス社の忠告を守らずに三菱原子力工業がこのリングをコンクリート製から鋼鉄製に換えた理由は「中性子線よりガンマ線の漏れの方がこわかったため」という。コンクリートより鋼鉄の方がガンマ線をよく防ぐのだ。ガンマ線の遮蔽は鉛や鉄のような重いものしか使えない。この遮蔽材を追加するのは重量制限のある船では絶望的だった。中性子ならポリエチレンなどの軽いもので遮蔽できる。直径10mの格納容器は圧力容器、2個の蒸気発生器、一次遮蔽、一次冷却水加圧器などでぎっしり。熱出力3.6万kwで一番大きな発電炉の1/100だが炉の振動試験等の船特有の問題がある。]
3. 原子炉の改善策
[(原子力工業1978/6「(原子力船開発の現状と展望」p43)圧力容器と一次遮蔽体の間隙部及び主冷却管貫通部沿いの各漏洩中性子はいずれも設計値より高い。(p45)格納容器下部に蛇紋コンクリート、圧力容器フランジ部にB4C入りクリソタイル保温材、主蒸気管貫通部遮蔽、二重底部にポリエチレン遮蔽を行なう]
1999.04.12
廃炉処理
1. 原子力施設の操業中止後の処置は廃炉処理として特別に検討されています。
原則として、燃料や一次冷却水のように放射能の発生源を除去して、それ以外の設備は一定期間立入を制限する代わりに、現状維持のままにして放射能を減衰させます。その後で、そのまま現状維持を続けるか、密封して完全に立ち入れないようにするか、解体するかを決定します。
「図解原子力用語辞典第3版、日刊工業新聞社」1983年の「廃炉(デコミショニング)」の項では、「原子炉の機能を停止させ、その運転を将来にわたり行わないこと。・・・・(1)密閉管理方式:すべての核燃料、放射性流体及び廃棄物を敷地内から撤去する以外は、原子炉施設をそのまま保って閉鎖し、十分な放射線モニタリング、環境の監視、入出管理などを相当期間にわたり実施する、(2)遮蔽隔離方式:すべての核燃料、放射性流体及び廃棄部を除去し、高放射化あるいは高レベルに汚染された圧力容器などの構造物を生体遮蔽とともにコンクリート、あるいはアスファルトで閉じこめて密閉する。当初は放射線モニタリングが必要であるが、一定期間後は管理を軽減することができる、(3)解体撤去方式:原子炉施設を完全に解体し、敷地から除去してさら地にする」とあります。
2. 次のような記事が掲載されました。
[(朝日(夕)1999/04/06)大宮市の三菱マテリアル総合研究所は88年に研究を終え、放射性廃棄物を1600本のドラム缶で保管している。ウランの精製・加工の研究をしていた建物内も放射能に汚染された状態が10年間そのままだったことが、同社が1997年3月にまとめた調査報告書に記載され、科技庁に報告されていた。科技庁は報告以前に建物外を調べ、周辺への放射能の影響はなかったとしている。中にあった実験機器は最大1平方センチ当たり340ベクレルだった。人が触れてはならない汚染限度が1平方センチ当たり4ベクレル(α線)]
放射性廃棄物を除去しただけの状態で、設備を一定期間現状維持の形で放置するのは廃炉処理の原則であることを前提にして、上記の記事で判断する限り、三菱マテリアルの処理は規定通りの措置であると言えます。その設備への人間の立入が厳重に管理されていたかどうかだけの問題です。除去を必要とする設備を外したため、配管類が口を開けたままになっていても、人間が近づかなければ、そして、その配管が地震等で倒壊しないようになっていれば問題ないはずです。配管類の開口部を閉鎖しようとすると、閉鎖部の取付・取り外しの作業に関連して人体被曝を増加させる可能性があるので、現状維持の段階では開口部を閉鎖しない場合が多いはずです。
原子力のように公開が原則の情報については、公開情報を閲覧する方々は、ある程度の常識を持つべきであり、かつ、「貴重な情報だ」という感覚を持つべきだと思います。そうしないと「原子力を参考に他の分野でも安全を高める」という波及効果を期待できなくなります。その結果、公表を求められていない分野で、「もっと危険な状態なのに改善されずにすまされている」という状況が続きます。
1999.04.19
ステンレスの応力腐食割れ
1. ステンレスは薄い酸化膜で内部を保護しています。
鉄は錆びるものです。ステンレスも同様にさびますが、表面にできる薄いが丈夫な酸化膜で内部を保護しています。しかし、結晶レベルで炭化物等が介在していると、そして熱ひずみ等による応力が加わると、応力腐食割れ(stress corrosion crack:SCC)又は粒間割れ(intergranular
crack)と呼ばれる髪の毛状の微細な割れを生じます。
ステンレスを多用する原子炉プラントや化学プラントで生じる事故では、この用語を頻繁に耳にします。対策は応力を減らすことと、炭素含有率の低いステンレスを用いることです。
原子炉関係では微細な割れからの微細な漏洩でも放射線検査でチェックできるので、化学プラントでは無視されていた場合でも、原子力では問題になるという例も多いようです。
2. 初期の原子炉はステンレスの応力腐食割れの対策に追われました。
[(日本機械学会、1974年機械工学年鑑p123)JPDR(動力試験炉)での炉心スプレー系の割れによる漏洩の調査から「100℃以上で、僅かでも溶存酸素を含む高温高圧水において溶接熱などの影響を受けたステンレス鋼材は、さして大きくない応力により応力腐食割れをおこす」ことが判明]
[(日本機械学会、1980年機械工学年鑑p122)配管亀裂部分はその付近の配管を切断し、従来より応力がかからないように管厚増加と配管吊り具の適正化を図り、配管と他の構造物の接触が無いようにすると共に、溶接時の熱を少なくなるようにして修復する。材料は従来通り304材(18−8ステンレス鋼)を使用する]
JPDR(動力試験炉)は電力会社の原子炉運転員に運転訓練を施すために導入されました。初期には運転訓練が主目的でしたが、やがて、上記のようなステンレスの応力腐食割れの調査とか「原子炉ではコバルトは危険な放射性物質を生じるとして使わないはずなのに、混入していたので調査したら、給水ポンプの漏れ止め用メカニカル・シールとして当時では最高級の材料とされたステライト材を使っていて、それにコバルトが含まれていた」という「判明してみれば当然の現象」を克明に解明するのに役立ちました。そして最後には廃炉の解体実験に使われました。
おそらく、原子力研究所で使われた原子炉の中では、日本の原子力産業に最も貢献した原子炉と言って良いと思います。
民間企業特に大企業の研究の大半は「アイデアは買ってきたが、すぐには使えず、試作機を徹底的に改良して実用化にこぎつけた」という内容ですが、その「実用化までに発生したトラブル」が公表されることは少ないのが実情です。その点ではJPDRは非常に貴重な教訓を残しました。
3. GEが日本の研究成果を取り入れようとしなかったので、受注を逃がした例がありました。
[(日経1977/02/25)原研で得られたステンレス鋼の応力腐食割れに対する対策を取り入れるようにとGE社に申し入れたが、設計変更を渋ったので、日本原子力発電敦賀2号機は沸騰水型を止めて、ウエスチングハウス型に変更]
この受注がとれず、このままでは日本の原子炉が全てウエスチングハウス型になりそうな情勢になってから、GE社は東芝・日立と協議し、三社の他に大口ユーザーとしての東電も含める形で改良型の共同開発を進めることになりました。
4. 応力腐食割れを生じにくいステンレスも開発されてきました。
日本機械学会の機械工学便覧1987年のB4-50ページ(図37ステンレス鋼の系統図)によると、耐粒界腐食性を強化した材料として、JIS304(AISI304)(18−8ステンレス鋼)の炭素含有量を減少したもの(304L)、Ti添加(321材)、Nb添加(347材)が示されています。
炭素含有量を減らすと強度は低下しますが、応力腐食割れは生じにくくなります。
1999.04.26
ステンレス鋼と防食剤
1. 防食剤(インヒビター)とは石鹸の親戚です。
防食剤は石鹸と同じく、親水基と親油基を持つ分子です。親油基が金属表面に付着し、親水基が水の方を向いて並ぶことで、金属表面に薄い膜を作って保護します。
防食剤には無機系(燐酸塩系が主体)と有機系(アミンやヒドラジン)があります。
防食剤は塩水を循環する吸収式冷凍機などにも使われますが、塗装の下地として金属表面に燐酸塩皮膜を造り、金属と塗料の結合力を強化するのにも使われます(代表的商標名はパーカーライジング)。
2. ボイラーには燐酸塩系を主剤とする清缶剤が使われます。
加圧水型原子炉の蒸気発生器にはNi含有量の多い高級材料が使われました。それなのに炭素鋼を使用した通常ボイラーと同じ水処理でよいはずだと燐酸塩系の防食剤を使ったところ蒸気発生器のインコネル600材に応力腐食割れを生じました。
[(日本機械学会、1975年機械工学年鑑p122)美浜原発の蒸気発生器では伝熱管を支える板(バッフルプレート)付近で伝熱管部分にピンホールを生じた。従来使用されていた無機質燐酸塩による水処理からヒドラジンやアミンなどの揮発性物質による水処理に変更することで改善可能]
[(日本機械学会、1976年機械工学年鑑p119)バッフルプレートの隙間が不均一なことにより、蒸気の泡が伝熱管から離れにくくなり、濡れた状態と乾いた状態が繰り返されて燐酸塩が濃縮し、(濃淡電池の作用により)伝熱管(ASTM規格のB-163材)を腐食させた。そこで隙間の均一化を図り、燐酸塩を洗浄作業で除去し、孔のあいた伝熱管はプラグを埋めて使用不能にし、AVT(アミン等の揮発性防食剤)を用いて運転再開]
界面活性剤(防食剤)の原理